余は支配を希求せん

作者:あき缶

●春風すら支配するか
 背中に聞こえた、ありがとうございましたーという声が、自動ドアによって途切れる。
 イリス・フルーリア(銀天の剣・e09423)は嬉しそうに紙包みを抱きかかえて家路を急ぐ。
「限定百個の桜ケーキ、ギリギリでしたが買えました……!」
 保冷剤が力尽きる前に戻らなくては、とイリスは軽い足取りは保ちつつ、速度をあげようとし――。
「あれ?」
 一陣の風のあと、街からひとが消えたことに気づいた。
 きょろきょろと見回した先、赤がいた。
 『王』を思わせるロイヤルレッドに身を包む、長い金髪の美男の手には巨大な黄金の鍵がある。
「貴方は……!」
 イリスはその男に覚えがある気がした。
 鷹揚に美男はイリスを見やり、
「ふむ、余の見立てに間違いはなかったな。王たる余に支配されるにふさわしい面をしておるではないか。さあ、這いつくばって余に隷属するがいい!」
 と勝手なことを言うなり、鍵を振りかざしてくる。
 どさり、と紙包みが落ちて、桜色の中身が無残に散らばった。

●救援求ム
 香久山・いかる(天降り付くヘリオライダー・en0042)は息せき切ってヘリポートに駆け上がってきた。
 ぜえはあと肩を上下させながら、
「イリス・フルーリアさんが、げほ、ドリームイーターの襲撃を受ける未来が、見えたんや……っゲホ」
 ところどころ咽ながらも何とか言い切る。
 誰かが差し出してくれた水に、手で謝意を示し、一気に飲んで落ち着いたいかるは、続ける。
「イリスさんに連絡はとろうとしたんやけど、どうも繋がらんくて……。とにかく、一人じゃ危険や。助けに行ったらなあかんねん、協力頼みます」

 いかるが、イリスを襲うと予知した敵の名前は「支配王」レイド・ミナシオン。欠落(モザイク)の関係か、支配を求めるという。
「えらそーな王様って感じの奴やね。錫杖代わりの鍵がメインウェポン。あと、威風堂々たるオーラを飛ばして薙ぎ払う攻撃もしてくる感じ。せやけど単騎やから、そこは心配せんでいい」
 街中だが、レイドが人払いをしてくれているようで、一般人はいない。特にイリス以外に心配すべき対象はない。
「これで僕から説明すべきことは終わり。時間がないさかい、ヘリオンぶっとばして行くで! イリスさんが手遅れになる前にドリームイーターを倒してな!」
 といかるはヘリオンをヘリポートに喚び出すのだった。


参加者
ノーフィア・アステローペ(黒曜牙竜・e00720)
立花・恵(翠の流星・e01060)
井伊・異紡(地球人のウィッチドクター・e04091)
イリス・フルーリア(銀天の剣・e09423)
美津羽・光流(水妖・e29827)
浜本・英世(ドクター風・e34862)
斬崎・冬重(天眼通・e43391)
九十九・九十九(ドラゴニアンの零式忍者・e44473)

■リプレイ

●桜は散らさせぬ
 唐突にイリス・フルーリア(銀天の剣・e09423)を襲った王鍵。それをすんでのところで、イリスは回避した。代償に、抱えていた桜ケーキの入った紙袋は地べたに落ちてしまったが。
「貴方は……!」
 イリスは眼前のドリームイーターによって蘇る苦い過去に、唇を噛む。
「奴隷だった頃を忘れようとしても、貴方の事を忘れたことはありませんでした……!」
「ほぉ?」
 イリスの睨みを、「支配王」レイド・ミナシオンは不思議そうに受け止めるも、
「奴隷……? 有象無象のひとつひとつを覚えてはいないが、なるほどなるほど。元々余のものだと言うならば、取り返すまでよな」
 言葉を重ねるたびに笑みを深めていく。
「さあ、歓喜のもとにひれ伏すがよい!」
 と再び鍵を振るわんとする彼の前に、次々とケルベロスが降下してくる。
「女性に対するお誘いとしては、落第点のようだよ、支配王?」
 浜本・英世(ドクター風・e34862)が凶科学式超鋼を眩く輝かせながら言い、着地すると、続けて豪腕がドリームイーターを襲う。
「よっし、まだ無事だねイリス! 首突っ込みに来たさ」
 古の鋼竜を右腕に宿して、ノーフィア・アステローペ(黒曜牙竜・e00720)はイリスに笑みを向けた。
「みなさん……!」
 イリスは救援にやってきてくれた面々の顔を見回し、安堵と喜びに相好を崩す。
 皆、知った者ばかりだ。否ひとり、初見の失伝者がいた。しかし、初対面のイリスを救いに来てくれたのだ、それについてイリスが抱く感謝はひとしおだった。
 彼――斬崎・冬重(天眼通・e43391)は、レイドを睨み、言う。
「レイド、欠落を補うために人様を奴隷だとか何様なんだ? イリスくんを奴隷にした罪、償ってもらう」
「何様? 何を聞くかと思えば……余は、まさしく「支配王」よ! 支配するべく君臨する余に罪などないわ! フハハハハ……」
 高笑いで冬重の言葉を軽くいなすレイド。
 それを聞いて、立花・恵(翠の流星・e01060)は肩をすくめる。
「支配を求める王……か。誰からも求められない支配を望む王様なんて、滑稽なもんだ」
 そして、恵は空高く舞い上がる。
「イリス、助太刀する! ここで決着つけてやろうぜ!」
 それを見て、九十九・九十九(ドラゴニアンの零式忍者・e44473)も同じ高度まで跳んだ。
「さぁ、夢喰いと呼ばれしモノ、王を僭称する独りきりの神よ。地獄に堕ちろ」
 二人ほぼ同時の上空からの流星の如き蹴りは、二人がスナイパーだったため、かろうじて当たった。
「あなたは私を置いて先に進む。振り返らず、立ち止まらない。ならば引き摺り落してしまおう。遥かな天から私のいるこの大地に。だから――」
 二人に続けと、詠唱する井伊・異紡(地球人のウィッチドクター・e04091)により、不可視の重力鎖がレイドに絡もうとする。しかしレイドはそれをまるで見えているかのように鍵で払い除けた。
「ハ、さすがの回避やな」
 回避と命中に長けた王に届くよう、美津羽・光流(水妖・e29827)はオウガメタルを光らせる。
「私の為に本当に有難うございます……!」
 イリスは自分を守るように動く仲間たちに胸を熱くし、深く頭を下げると、紫黒の妖気を漂わせる妖刀「紅雪散華」の切っ先をレイドに突きつけた。
「再び隷属なんて絶対にしません! 銀天剣、イリス・フルーリア――参ります!!」
 月光を思わせる一閃を、レイドは悠々と避けて笑む。
「奴隷の分際で余の手を煩わせようとは。仕置が必要なようだな」
 ぶわりと広がるプレッシャー。これが王風というものか。
 無理やり頭を垂れさせようとしてくる力に、ケルベロス達は必死に抗う。

●孤独ではなく孤高
 金糸の髪を華麗に揺らし、支配王は避け、当ててくる。
 本人の立ち位置も攻撃を寄せ付けないキャスターの上、威風堂々たる態度から放たれるプレッシャーが、ケルベロスの狙いを鈍らせる。強制的に『王を傷つけるなど不敬』と思わせてくる王風の威圧。
「他者の自由を奪い取り……王たる君は何を与えるのかね?」
 前衛にオウガメタルの輝きを与えながら英世は王に疑問を投げかける。王の回答はシンプルだった。
「勘違いをするでない、奴隷は家臣でも国民でもない。余が何かしてやることなど在りえぬ」
「黒曜牙竜の……違うか。イリスの友人の一人より、友の昔の傷痕たるレイド・ミナシオンへ。……ぶっとばす」
 ボクスドラゴンの体当たりと挟むようにノーフィアは蹴りを放つ。
「出来もせぬことを」
 それを避けて、レイドは冷笑したが、恵の絶空を食らって顔を歪める。
「今までお前が奴隷にした人達の悲しみ、イリスの痛み、その胸に刻み付けろ!」
「ハハハ、断る。さあ観念して余に従え!」
 イリスに突き立てんとしてくる鍵を、光流は身を挺して受け止める。
「力づくで従わせようとか、王様が聞いて呆れるわ。そないやから独りぼっちなんやろ。欠落しとるんはカリスマちゃうか?」
 血を吐きながら、光流はそう言って挑発するもレイドは涼しい顔だ。
「孤独ではない、余は孤高なのだ。無知なる者にありがたくも教授してやろう。奴隷に求めるものは余を守ることでも余に媚びることでもない」
「は?」
「奴隷とは余にひれ伏し、ただ畏れ、そしてグラビティ・チェインを捧げるだけのモノよ!」
 ごり、と体内で抉るように拗じられる鍵に、光流は絶叫する。
 鍵が抜かれると同時に異紡が駆け寄り、緊急手術で傷を塞ぐ。
「……傷口を見るだけで相手の性格の悪さがよく分かるよ」
 縫合しながら異紡は眉をひそめた。
 傷が癒えるなり、光流はレイドの頭を蹴ろうとする。
「這いつくばるのはお前の方や」
 しかし背後からの奇襲だったにも関わらず、レイドは後ろにも目があるかのように彼の足を楽々避けた。
「知人であれば助力を厭う理由もなく、また神が出てきたとあれば憤怒を叩きつけるに不足はない」
 九十九の釘まみれのエクスカリバールが、
「この力を受けてみろ!」
 冬重の投げた名刺が、微かな傷だが確かにレイドを傷つける。
 イリスの上空から蹴りが当たった。
「ぬ……!?」
「届きますね。もう」
 イリスは険しい顔を少し緩めた。支配王のプレッシャーをもねじ伏せる、重ねた妨害の力と命中を上げる力が、ようやくキャスターにケルベロスの技を到達させたのだ。
「小癪な!」
「この手で、貴方を倒します!」
 初めて苦渋の表情を見せるレイドへ放ったイリスの宣言は鋭くも晴れ晴れとしていた。
 イリスの声を聞いて、ケルベロスは一様に頷く。
 彼女のレイドへの因縁は皆知っている。
(「あれがイリスくんの断ち切るべき過去ならば及ばずながら、手伝わせてもらう」)
 英世の考えは、多少の差異こそあれ、全員が持つ共通認識。あのデウスエクスを討つべきは、イリス・フルーリアの他はなし。自らが行うべきは、彼女を支え、レイドを追い詰めることだ……と。

●抗命せよ刀姫
「我黒曜の牙を継ぎし者なり。然れば我は求め命じたり。顕現せよ、汝鋼の鱗持ちし竜。我が一肢と成りて立塞がる愚者へと鉄鎚を打ち下ろせ」
 ヘリオンから降りたばかりのときは当てられなかったノーフィアの剛竜鎚が、痛烈にレイドの腹に決まる。
 よろめくレイドに、ノーフィアは憤懣をあらわにする。
「愛でたくなる顔してるのは割と同意だけど」
「へっ」
 赤面するイリスは意に介さず、
「昔のこととはいえ友達を酷い目に遭わせた張本人だよ? ケルベロスとして、とか以前に私情が入るね! 当たるとなれば手加減は出来ないから、容赦なく行くね」
 古竜を宿す異形の腕を握りしめ、ノーフィアはフンと鼻息を吹いた。
「今までもその態度と行動で、たくさんの人を酷い目に遭わせてきたんだろうが。イリスに辛い過去を背負わせた張本人なら、なおさら許すわけにはいかない」
 ――ここで絶対に討ち取ってやる!
 恵は闘気をT&W-M5キャットウォークに込める。
 神速にて迫り、放つ、ゼロ距離射撃。
「一撃をッ! ぶっ放す!!」
 内部で炸裂し、ドリームイーターのモザイクが爆ぜて飛び散る。
 その傷の空間を的確に光流が二刀を振るって断つ。
 英世のレーザーが叩き込まれ、いいようにされたレイドは血走った目で周囲を睥睨した。
「不敬の極み……許さんぞ、貴様ら……」
 放つ幻影の鍵が遠くの九十九の体を開き、強制的に生命力を王に献上させる。
 九十九をすかさず異紡が癒やす。誰一人倒れないことこそが、治療者の誉れ。怪我人には早期の対処が肝要だ。
 達人級の一撃が冬重によって振るわれ、九十九は入念にレイドを足止めする。
 押されぎみのレイドは、在りえぬと呟く。支配王たるレイドに服従しないばかりか、滅そうと追い詰めてくるケルベロス……ありえない。
「もはや隷属も許さぬ、貴様らはここで死ね!!!」
 豪ッと吹き荒れる王風。
 立つことすら叶わぬほどの重圧がイリス達を襲うが、白い文様が広がるなり異紡のゾディアックソードが前衛の重圧を軽減した。
「さぁ、悪夢の時間はおしまいだ。今こそ奴の命を奪うときだ!」
 冬重が鼓舞する。
 彼の言葉通りケルベロスは王風に抗い、また連撃をデウスエクスに叩き込む。王の余裕が失われているということは、彼の寿命もあと僅かであることの証左だ。
「ぬうう……!」
「隷属もしませんし、もちろんここで死ぬこともお断りです」
 イリスは立ち上がり、まっすぐにレイドを見つめた。
「その反抗的な目を、即刻やめよ!」
 イリスにレイドは王鍵を突き立てようとする。
 それを庇って受け、己に埋まった鍵を握り止め、押し込まれる力をギリギリと押し戻しながら、ノーフィアはレイドに言い放つ。
「黙って聞きなよ。イリスが喋ってる途中だよ……!!」
 ボクスドラゴンが体当たりしてレイドをノーフィアから引き剥がす。ノーフィアは自分に開いた穴をヒールしながら、イリスの前から退く。
 イリスとノーフィアの視線が交差し、無言の謝辞を交わすなり、イリスは抜刀した。
「綺麗な景色も、美味しい食べ物も、そして信じ合える仲間にも沢山会えました! もうあの頃の私では……ありません!」
 全天から集まる光が、イリスの翼と妖刀「紅雪散華」を輝かせる。
「光よ、彼の敵を縛り断ち斬る刃と為せ! 銀天剣・零の斬!!」
 眩い刃が、支配王を切り伏せた。
 途端に光はレイドを縫い止め、イリスの翼から放たれる無数の光刃が凄まじい勢いで突き立った。
 断末魔をあげ、レイドは光に呑まれていく。
 消え行く悲鳴をイリスはじっと聞いていた。彼女の耳には、その叫びが解放の鐘の音に聞こえていた。

●桜ケーキの代償は
 光が消えるとともに跡形もなく失せたデウスエクスを認め、光流はため息を吐く。彼もまた昔は隷属の屈辱を味わっていた身だ。同じような身の上のイリスが救われたのは、重畳だった。
 冬重は優しい眼差しをイリスに送る。
「悲願達成だね、……おめでとう」
「はい。皆さん、本当に本当にありがとうございました……!」
 イリスは改めてケルベロス達に頭を下げた。
 そして腰の二振りの刀にそっと触れ、目を閉じる。支配から逃れたきっかけとなった妖刀、ずっと自分を支えてくれた冽刀。そのどちらもイリスを救ってくれた武器だ。同じように感謝を捧げる。
「うーん、確かにケーキが残念だなあ」
 ボクスドラゴンのペレが、落ちて無残なことになった桜ケーキにポテポテと近寄り、首を傾げているのに寄り添い、ノーフィアは言う。
「ケーキの恨みもぶつけたつもりだけど、もう死んじまってるから弁償はさせられないな」
 恵はレイドが居た場所を見やり、苦笑する。
 異紡と共に周囲のヒールをしていた九十九だが、ケーキにもヒールを試み、やはり覆水は盆に返らぬことを確認すると肩を落とした。
「そうだね、折角のスイーツが台無しだ」
 英世が頷くと、ノーフィアは彼に振り向く。
「お祝い代わりにでっかいの、買ってく?」
「それはいい。私で良ければ奢らせてもらおう」
「さすが先輩、太っ腹やなあ!」
 光流が手を叩いた。
 ね、という皆の視線を受け、イリスは笑顔で大きく頷いた。
「ありがとうございます。じゃあ、桜ケーキの代わりに、美味しいものでも食べて帰りましょう! ごちそうさまです!」

作者:あき缶 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2018年3月4日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 0/感動した 0/素敵だった 3/キャラが大事にされていた 2
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