花狩の死神と光の蝶

作者:そうすけ


 キアラ・エスタリン(光放つ蝶の騎士・e36085)は、ウグイス色の風呂敷を下げて先を急いでいた。風呂敷の中には満開の桜を表したこしあん入りの練り切りが入っている。胡蝶蘭でこの春に出す新作だ。
(「みなさん、喜んでくれるでしょうか」)
 冷たく乾いた風が吹くその下で、ゆっくりと、しかし確実に草花が芽吹き始めているのが感じられる。キアラには目的地である廃墟となった戦場跡にも春の気配が漂っていような気がした。
 定命化の後、キアラが覚えた言葉の一つに「墓参り」というのがあった。この言葉とその意味を知った時からこうして時々、ケルベロスたちとの激戦で死んでいったヴァルキュリアに会いに行っている。今夜は新たに仲間となるオウガたちのことや、彼らの星で戦ったことなどを墓標に見立てた廃ビルの前で報告しよう。
(「――え、いまのは?!」)
 意外なものを目にして立ち止まる。と、また赤い花びらのようなオーラの破片が、ゆっくりと上から流れて落ちてきた。
「まあ、なんて素敵な羽なんでしょう。春の宴に備えて花となる戦乙女の魂を狩りに来たのだけど……」
 声がした方へ顔を向ける。
 朧月を背景に、巨大な釜を持つ死神が瓦礫の上に立っていた。
「いいわ、貴女。私のためにさっさと死んで頂戴」


「早く、早く!」
 ゼノ・モルス(サキュバスのヘリオライダー・en0206)はヘリオンのドアから身を乗り出して、ケルベロスたちを呼んだ。その後ろにはセルベリア・ブランシュ(シャドウエルフの鎧装騎兵・en0017)の顔も見える。
「早く乗って! キアラ・エスタリン(光放つ蝶の騎士・e36085)に危険が迫ってるんだ。早く助けに行かなきゃ!」
 キアラが宿敵であるデウスエクスの襲撃を受ける予知得たゼノは、あわてて本人と連絡を取ろうとした。だが、どんなに手を尽くしても連絡をつけることは出来なかった。
 こうなればキアラが無事なうちに大至急、救援に向かうしかない。
「キアラを襲うデウスエクスは死神だよ」
 ケルベロスたちを向かい入れながら、ゼノは必要な情報を大声で告げる。
「場所は以前、ケルベロスとヴァルキュリアたちがぶつかった戦場跡……いまはほぼ廃墟となっているところだ。月は霞んでいるし、周囲に人工的な明かりはないしで暗いうえに、足元は瓦礫が散乱して不安定。隠れる場所は多いけど、それは相手にも言えることで、敵がどこから襲ってくるのか分からない中、キアラはたった一人で頑張っているんだ」
 予知では夜目が効くらしき死神のほうが有利で、獲物であるキアラをいたぶりながら少しずつ袋小路へ追い込んでいったという。
「死神が手にしている武器は『簒奪者の鎌』で、鎌のグラビティと独自のグラビティを使って攻撃する」
 乗り込んだケルベロスから順に、セルベリアが予知レポートを手渡していく。
「とにかく、一刻の猶予もない状況だよ。詳細は移動中に確かめて! みんなの手でキアラを救い、戦乙女狩りのアルキスを撃破するんだ。さあ、行こう!」
 ドアが締められると同時に、ヘリオンはヘリポートを飛び立った。


参加者
御神・白陽(死ヲ語ル無垢ノ月・e00327)
ルクレッツィア・ソーラ(ブラッドペインター・e18139)
コル・ヴァニタス(煌剣の焔凰騎・e24574)
セシリア・クラーク(神風ゴシップガール・e30320)
明星・舞鈴(神装銃士ディオスガンナー・e33789)
キアラ・エスタリン(光放つ蝶の騎士・e36085)
浅葱・マダラ(不死蝶・e37965)
ミカエル・ヘルパー(白き翼のヘルパー・e40402)

■リプレイ


 暗い空にパタパタと空気を切る微かな音を聞きつけて、二人同時に顔を上げる。もしかして、いまの音は。
 瓦礫の山に立つ死神――戦乙女狩りのアルキスだけが音の跡を追いかけるように、視線をビルの向こうへ流した。
(「いまのうちに!」)
 キアラ・エスタリン(光放つ蝶の騎士・e36085)は、アルキスの足元へ腕を伸ばした。闇をものともせず、正確にこちらを狙って畳みかけてくる攻撃を回避しているうちに、手にしていた風呂敷包みをうっかり落としてしまったのだ。
 中身はぐちゃぐちゃに潰れてしまっているだろう。それでも、この忌まわしき者に踏まれたままにしておくのは忍びない。入っているのは、ヴァルハラへ戻ること叶わず、いまも地球に留まりつづける姉や妹たちの魂へ捧げる「お供え」ものなのだから。
「――っつ!!」
 手の甲に痛みを感じてすぐさま腕を下げた。
 それが幸いした。暗がりにも手の甲に血があふれ出ているのが分かる。引き戻していれば、深く刺さった鎌の刃が手を裂いていたに違いない。
「うふふ、残念だったわね」
 ほんの少し先から、ぐちゃ、ぐちゃ、と風呂敷が踏みにじられる音が聞こえてくる。
 悔しさが涙となって目の縁からあふれそう出そうになり、あわてて袖の端でぬぐった。
「そのきれいな羽、いただきき♪」
 集中が途切れたのは瞬き一つのあいだ。しかし、気がつけば鎌の先はもう目の前に迫っていた。死に魅入られてしまったか、体が動かない。胸に芽生えた希望が急速に萎んでいく。
 死の直前、まつげの先で青白く光が爆ぜた。
 真っ白になった視界の中に、青白い炎で打たれたような固い男の声が響く。
『死にゆく者は無知であるべきだ。要らぬ煩悶は捨てて逝け』
 少しずつ、少しずつ、ホワイトアウトが解けていく。
 何か固いものが落とされた音がたかと思うと、また目を光に射抜かれた。先程のものよりもまぶしくはないが、それでもこちらへ向かって歩いてくる人物を見るために目を細めなくてはならなかった。
「あ……」
 ピンチを救ってくれたのはケルベロス、板御神・白陽(死ヲ語ル無垢ノ月・e00327)だった。
 さきほど夜空に響いたのは、やはり仲間たちを乗せたヘリオンの音だったのだ。
 キアラの胸に暖かいものが広がる。
 きっと来てくれると信じてはいたが、まさかこんなに早く駆けつけてくれるとは。
「死にゆく者? それ、もしかして私のことを言っているのかしら?」
「ふっ、ほかに誰がいる?」
 しかし、光に照らし出された死神の顔にはまだ余裕があった。助けに現れたのは一人だと思い込んでいるのだろうか。
「ほかにも何も――」
「……そう、僕達はキアラちゃんを助けるために来たんだ。ここで倒れるのは君だよ、アルキス!」
 白陽の背の後ろからセシリア・クラーク(神風ゴシップガール・e30320)が、ウイングキャット『ぽち』と一緒に現れた。素早く動き回ってライトを二つ、三つと増設し、あたり一帯を明るく照らし出していく。
 瓦礫が散乱する戦場で、隠れ場所となる影をなるべく作らないようにと、コル・ヴァニタス(煌剣の焔凰騎・e24574)も、彼女たちとは別の角度から光が当たるようライトを設置した。
 次々と現れるケルベロスたち、追い払われていく闇にアルキスは歯ぎしりする。
「は、地獄の番犬が聞いてあきれるわ。死臭の元も嗅ぎ分けられないなんてね!」
「ほざけ。キアラはお前にはやらせない。逆にお前が死ぬ番だ。死神の名の通り、黄泉の果てに沈め」
 死神に向けて指を突きつけたコルの足元から、緑色をした地獄の炎が立ちあがった。全身を包み込んだ炎を、死神を切るしぐさで払う。炎が消えると地上に落ちた月のごとく、全身を覆い隠す銀色の鎧がライトの光を受けて輝いていた。
「あら、貴方。見たことがないタイプのケルベロスね。もしかしていま噂の新手……甲冑騎士? それに、なんとなんと。男のヴァルキュリア!?」
 そうだと胸を張った甲冑騎士と死神の間に、はらり、はらり、と本物の花びらが零れ落ちる。光の翼を翻し、花束を腕に抱え持ったミカエル・ヘルパー(白き翼のヘルパー・e40402)が瓦礫に降り立った。
「キアラちゃん、無事? ……ああ、大変!!」
 駆けつけるのが遅れてごめんなさい。ミカエルは謝りながら、キアラの手の甲を穿つ傷を癒した。
 死神の鎌をくるりと回された。何気にアルキスが構えを整える。
「きれいな花束ね。私への貢ぎ物を持って殺されに来るなんて、貴女、なかなかいい心掛けをしているじゃないの!!」
 アルキスが投げた死神の鎌が、唸りを上げて回転しながらヴァルキュリアたちに迫る。
 ――と。
 禍々しい刃が光の羽根を切り裂こうとする寸前、光輝くオウガメタルを纏ったセシリアが間に割り入り、鎌を弾き返した。
「倒れるのは君だって、さっき僕が言ったよね、アルキス!!」
 光る蝶の羽の横で『ぽち』が尾を強く振る。グラビティで作られたリングが、主の手元に戻っていく死神の鎌にはまった。
「ちっ! この程度の重力で動きが鈍ると思っているのなら大間違いよ」
「そうか。なら、遠慮はいらないな」
 白陽は一瞬で間合いを詰めた。死神の背に迫り、七ツ月と七ツ影を胸の前で交差させる。
 アルキスはふりかえりざまに踏みつけていた風呂敷を蹴り飛ばし、腕を開こうとしていたケルベロスの剣士を牽制した。
「その行い、許し難し!!」
 上空で壁を蹴る音がしたかと思うと、激しく光る流星が鎌を構えた死神めがけて落ちて来た。
 流星の正体はルクレッツィア・ソーラ(ブラッドペインター・e18139)だ。密かに倒壊したビルの側面を駆けあがり、頂を蹴ってデウスエクスを強襲。光の尾を長く引いた蹴りが胸の前で構えられた鎌の柄に当たって、アルキスの片膝を地につかせた。
 ルクレッツィアは後方宙返りで着地を決めると、すぐに地を蹴ってウグイス色の風呂敷包みの元へ走った。
「お前が足で踏み、いま蹴ったもの……これが何か解っているのか!」
「さあ、何かしら?」
 ケルベロスたちの神経を逆なでするように、死神がにいぃと笑う。
 それを見た明星・舞鈴(神装銃士ディオスガンナー・e33789)は激怒した。
「和菓子屋『胡蝶蘭』、亡き戦乙女たちへの愛と餡が詰まった春の新作よ。みんなが一生懸命作ったねりきりをよくも!! 土下座して謝れ!」
 びしっと、変身ポーズを決め神装銃士ディオスガンナーに。
 次の瞬間、ディオスガンナーの姿が地上から消えて、燃えたつ流れ星が再び天より飛来した。
 猛攻にたまらず、死神はもう片方の膝も瓦礫の地に落とした。
 着地したディオスガンナーが、リボルバー銃の先でカウボーイハットを押し上げる。
「はーい、キアラ? お助けヒーロー舞鈴様、参上ってね! ま、私以外にもいるけどさ!」
 アルキスはよそ見した舞鈴に足払いをかけて転ばせると、素早く立ちあがった。これまでに狩りとってきたヴァルキュリアたちの魂を鎌から解放し、ケルベロスたちに向けて放つ。
 死神によって怨霊と化した戦乙女たち、その中には――。
「あ、ああ……まさか、そんな……」
 キアラと親しい人たちの姿があった。
 キアラだけではなく隣のミカエルも、セシリアも、コルも、かつての仲間たちの変わり果てた姿にショックをうけて呆然としている。
「どうかしたの、蝶々ちゃん? ははぁん……その中に誰か見つけちゃったのね。ふふ、悲しまないで。すぐに貴女もこの中の一人になるわ」
 記憶と誇りをはぎ取られた、悲しい怨霊の群れがキアラたちに襲い掛かった。
 ほぼ無防備のまま、ダメージを受けたケルベロスたちを見て気を良くしたアルキスが、続けてレギオンファントムを放つべく死神の鎌を前につきだす。
「――させないよ、死神。俺の前で、キアラは連れて行かせない。お前に相応しいのはこっちの蝶だ!」
 浅葱・マダラ(不死蝶・e37965)は指先を噛みちぎった。傷口から地獄の業火が吹きだす。灼熱の火の粉は夜を飛んで地獄蝶と成り、死神の回りをひらひらと舞った。
 地獄蝶はアルキスに触れた途端に爆ぜた。
「ウザいわね!」
『ほらほら、こっちだよ……!』
 小爆発を繰り返し起こさせることで、死神の意識をキアラたちから自分の方へ向けせた。追って来い、と心の内で叫びながら、たった一人でデウスエクスを引き離しにかかる。
 と、その時、マダラは死神の後方を走る後続支援チームの影を見つけた。
 彼らが安全かつ有利なポジションを確保するまで、もう少し時間がかかりそうだ。
 このまま自分が敵を引きつけて時間を稼ごう、そう思った瞬間、後続支援チーム気配を察したアルキスが振り返る。
(「――誰か!」)
 マダラは白陽とルクレッツィアを見た。
 だめだ、遠い。
 舞鈴は……いま立ちあがったところだ。それにやはり遠い。
 攻撃どころか、防御も回避もできない状態の後続支援チームに向けて、死神が鎌を振るう。
「させん!」
 力強い声が響いた。
 コルは心と体にダメージを受けつつも、誰よりも早く立ちあがり、マダラたちのあとを追ってきていたのだ。
「『……舞え、煉獄の使者よ』。我が怒りを孕んだ業火の翼で、魂を弄ぶ忌まわしき死神を焼き払え!」
 光の翼が地獄の炎に包まれて翡翠色に燃え上がり、鳳凰を形作る。
 鳳凰は甲高く鳴くと、バスタードソードが示す先の敵へ向かって飛んだ。


 翡翠色の炎に包まれる死神の向こう、瓦礫の山の上にからセルベリア・ブランシュ(シャドウエルフの鎧装騎兵・en0017)たち後続支援チームが立った。
「出遅れてすまん!」
 ヒールドローン数機が展開するその下で、レベッカ・パーソン(悩ましい壮挙・e45262)とユッフィー・ヨルムンド(夢見るブルーベリー・e36633)、そして蒼龍院・静葉(蒼月光纏いし巫狐・e00229)がそれぞれ回復の技を振るう。
「キアラさん、負けないで」
 レベッカの祈るような舞いとともに、花びらのような癒しのオーラが傷を負ったケルベロスたちの上に降り注ぐ。
 背景でユッフィーが賦活の雷を落とすと、辺り一面がぱっと明るくなった。
「ミカエルお姉様、助太刀しますわ!」
「ありがとう、ユッフィー王女」
 ふさり、微笑みを浮かべた静葉が白い尾を揺らす。
「ここからは私たちがみなさんを支えましょう。さあ、思う存分戦いくださいませ」
 炎を振り切った死神は憤怒に震えながら鎌を握り直した。
 じり、じり、と四方から距離を詰めてくるケルベロスたちを睨めつける。
「――思う存分戦え、ですって? は、数で押せばこの私に勝てるとでも? ふざけた連中ね。いいわ、まとめて殺してやる!!」
 額を流れる血を手のひらで拭い取ると、腕を大きく振って手についた血を飛ばした。
「みんなと一緒にキアラさんを守るです!」
 すかさず、ユリス・ミルククォーツ(蛍狩りの魄・e37164)とエリン・ウェントゥス(クローザーズフェイト・e38033)が盾となってブロックする。
「わわっ!?」
 死神の血でできた玉がエリンのケルベロスコートの上ではじけて開く。
 隣でユリスも次々と体の上で咲く死血花に顔をしかめた。
「エリン! ユリスさんも一旦、下がって」
 静葉は清めの月神符・祝蒼希花を空に放った。
 マシェル・ラフィーヴェ(海平線に映るヤレアッハ・e47837)が「砲撃形態」に変形させたハンマーから竜砲弾を撃って追撃にかかる死神を威嚇、たたらを踏ませる。
「お二人とも、いまのうちです。ルクレッツィアさんとセシリアさんに代わってください」
 左右に割れた盾の間から、光放つルーンアックスルーンを振りかぶったルクレッツィアが飛び出してきた。
 真っ直ぐ振り下された斧は死神の鎌と激しくぶつかりあって花火を散らし、キンと甲高い音を響かせた。
 マシェルはもう一度、死神を狙い打った。
「ポチっとな!」
 セシリアが手に握り込んだ爆破スイッチのボタンを親指で押す。
 アルキスの胸の上で爆発が起こり、白い煙が上半身を覆い隠した。
「ちりちりアフロ……にはならなかったか。うーん、残念」
 煙が晴れると、怒りに醜く歪んだ顔が現れた。最初に見せていた余裕など、もう何処にものこっていない。
「狩りは終わりだ。お前たちなど狩る価値もない。魂ごと引き裂き、踏み潰してやる!」
 死神の咆哮をリュリュ・リュリュ(リタリ・e24445)は鼻であしらった。向けられた血走る目をさめた目で見つめ返しつつ、地面にケルベロスチェインを落とす。ぐるりと腕を回し、重力の鎖で守護魔法陣を描いた。
「ヴァルキュリアも舐められたものだね。狩れる相手と侮られるとは心外だよ」
 死神ごときが――。
 吐き捨てた言葉に激しく反応して足元の魔法陣が守護の光を放つ。
「なん……だと……」
「リュリュが支援する。キアラ、勝ちに行こう!」
「ええ! そう、私は一人じゃない……だから、ここで彼女を皆さんと共に討ちます!」
 断罪の斬蝶と名付けた鎌の刃を、朧月が零す僅かな光が闇から浮きあがらせる。
 光放つ蝶の騎士と戦乙女狩りのアルキスが、同時に鎌を振り抜いた。
 キアラの思いが具象化した半透明の姉妹たちが、死神の放った怨霊の群れを炎で浄化する。
 白陽は炎を抜けてきた怨霊の手をかわすと、攻撃直後で隙を見せる死神に立ち人の一撃を浴びせた。
 ダメージを受けながらもアルキスは、即座に返す鎌で白陽の首を狙う。
「そんな甘い攻撃がケルベロスに通じるか!」
 コルが振り下したエクスカリバールが、死神の鎌を強打。刃にヒビを走らせた。
 捕らわれていたヴァルキュリアの魂がヒビから飛び出し、螺旋を描きながら空へ逃げていく。
「お、おおおっおのれ!」
「まあ、なんて醜い……そして見苦しい。あなた、いま自分がどんな姿をさらしているか、おわかり?」
 片腕に花束を優雅に抱え、ミカエルは光の翼を広げる。
「解放されし我が姉妹たちよ、我らケルベロスにヴァルキュリアの慈悲を……」
 芝居がかったしぐさと台詞で朧に霞む雲の間から薬液の雨を降らせると、強張った仲間の体をほぐした。
 優しい雨に打たれながら、舞鈴はウェスタンドライバーのスイッチを入れた。
『《ディオス・フィニッシュ! カウント・レディ!》』
 ウェスタンドライバーが発する電子音声が、カウントダウンを開始する。
『《スリー》《ツー》《ワン》《カウント・ゼロ!!》《クリティカルシューティング!!》』
 グラビティ・チェインの波動を装填した愛銃を敵に向け、迷うことなく引き金を絞った。視界が闇に包まれ、時間が途絶えた。重力により圧縮されていたエネルギーが一閃、銃口から迸る。
 死神を貫いた黒き光の残滓が、むしり取られたカラスの羽根のごとく飛び散った。
「ナイス、シューティング。さすがだね、明星のねーさん!! ――と、危ないあぶない。誰がお前に命を吸われてやるもんか」
 マダラは薙がれた死神の鎌の刃を紙一重でかわすと、地獄より生じた炎の蝶を指先に集めた。舞鈴が死神の体に穿った穴に狙いを定める。
「逆に喰ってやる!」
 マダラとともに、セルベリアたち後方支援チームも一斉に攻撃を放った。
 アルキスを芯にして火球が膨れ上がったかと思うと、瓦礫の砂や砂利、ガラスの破片を含んだ爆風が吹いた。
 更地にぽつんと、鎌と利き腕を失った死神が立っていた。
「まだ! 私は負けていない。この血で――」
「この虹色の光の蝶はせめてもの手向け。永遠にこの世界から消えてください、アルキス!」
 キアラの頬を伝い落ちた一滴の涙が地に広がって水鏡を作ると、朧月の下に虹が立った。
 舞うがごとく腕を振い、夜に輝く虹を束ねて結ぶ。と、それは虹色の光を纏った蝶となった。
『虹色の翼が煌く。どこへ逃げても構いませんよ、必ず虹色の蝶が追いかけます』
 もはや死神にその場から逃げる力は残されていなかった。最後の意地で残った腕をあげると、ゆっくり飛んでくる虹色の蝶に向けてどす黒い血を振り飛ばす。
 虹色の蝶は空で次々と咲く黒い花に惑わされることなく、戦乙女狩りのアルキスに当たって閃光を発した。
「――さようなら」
 悪夢のあごに捕らわれていたヴァルキュリアたちの魂は、いまこの瞬間に真の解放を迎えた。


(「この廃ビルの前で、私の同胞たちは命を落とした……ここは、墓標……」)
 崩れたビルの一角に花を添えると、ミカエルは壁に額をおしつけて、そっと目蓋を伏せた。
「……お姉様、スカイランタンを飛ばす準備ができましたわ」
 振り向くと、仲間たちが灯がともったスカイランタンを手に待っていた。
「キアラちゃんは?」
 セシリアが俯く横で、ルクレッツィアが力なく首を横に振る。
 コルが横を向いて、悲しみに肩を丸める後ろ姿を目で指示した。
 キアラは独り、仲間たちから離れて墓に見立てた廃ビルに手を合わせていた。
(「終わってしまったんだ、アルキスと共に、姉貴分や妹分たちの運命も……」)
 堪えていた涙が溢れ出す。
 とっさにこぶしを口に押し当てて、嗚咽をこらえた。
 すすり泣きに震える肩に、小さな手が当てられた。
 気つけば、こちらを気遣い無言で寄り添う――マダラの小さな体にすがりついて泣いていた。
 その泣き声をやさしく隠すように、ヴァルキュリアたちの魂を鎮める歌が流れる。
 ケルベロスたちの手から飛び立ったスカイランタンが夜空を美しく灯した。

作者:そうすけ 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2018年3月10日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 4/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 3
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