あいつはもう踊れない

■リプレイ

●偽りのダンサー
　午後３時。かつてダンサーたちで賑わった広場も、いまはダンスグループの５人と、ベンチに座るサラリーマン風の男性がいるのみだった。セリカの予知と違うのは、物陰に８人のケルベロスたちが身を潜めていることだ。
　広井・世界（井の中のイタチ世界を廻る・e00603）は、看板の陰に身を潜め、攻性植物と一体化したシュンを待つ。
（「なーんか最近よく聞くよなぁ。謎の果実を食ったのは何のためか……たまたま拾ったってことはねぇ気がするけど」）
　世界は、周囲を見回す。シュンが現れる気配はなく、グループの５人も、スマホをいじったり音楽を聴いたりしている。
　少し離れた所では、ウォーレン・ホリィウッド（ホーリーロック・e00813）と、ブランネージュ・ヴァイスブリーゼ（白雪風の幻影・e17167）が、物陰に身を隠していた。いつも温厚なウォーレンの表情が少し暗い。ブランネージュは、そんなウォーレンに気付いて小声で話しかけた。
「……あなた、偽物に同情は不要よ」
「どういうことだい？」
「ダンサーなのに、ダンスの技術を磨きあうことから逃げたってことよね。そんな奴に甘い所を見せたら、足元をすくわれるよ？」
「うん……そうだね、覚えておくよ」
　遠くを見つめながら、ウォーレンは生返事をした。
　その時、グループのメンバーの１人が、だるそうな口調で話を始めた。グループの緩みきった会話とは対照的に、ケルベロスたちに緊張が走る。
　緩い会話に導かれるように、攻性植物と一体化したシュンが歩み寄ってくる。すでにその姿は人間のものでなく、葉やツタの生い茂った塊が動いているかのようだった。しかしグループの５人が、異形の者の接近に気付いた様子はない。
　木霊・ウタ（地獄が歌うは希望・e02879）が、敵とグループとの間に割って入るように飛び出すと同時に叫んだ。
「ケルベロスだ！　デスウエクスを撃破する！　落ち着いて避難してくれ！」
　グループの５人が、困惑した表情を見せる。
「早く逃げろ！　巻き込まれたいのか！」
　必死の形相のウタ。そしてその向こうには、攻性植物と化したシュンがいる。ようやく彼らも状況を把握し、這うような姿で逃げ出した。イリス、ウォーレン、ウタの３人が攻性植物を包囲し、さらに他のケルベロスたちがそれを取り囲むようなポジションを取った。
　戦いが、始まる。
　
●ケンカのセオリー
「てめえら、ケルベロスって言ったよな。上等だよ！」
　攻性植物となったシュンが、体の一部を巨大なハエトリグサのような形に変形させた。
「これでも食らいな！」
　植物の牙がイリス・ローゼンベルグ（白薔薇の黒い棘・e15555）に襲い掛かる。
　衝撃と同時に、イリスの体を嫌な感覚が包み込んだ。
「何これ……毒……？」
　痛烈な一撃と毒を受けても、イリスは勝ち気な表情を崩さない。
「ここで倒れるわけには……いかないのよ！」
　姫百合・ロビネッタ（自給自足型トラブルメーカー・e01974）にも、イリスの辛さはわかった。しかし自分にできるのは、敵の戦力を削ぐこと。ロビネッタはセミロングの髪をなびかせながら、踊るような足取りで好位置に付いてリボルバーを構える。
「今のあなたにならダンスでも勝てそうだね！　あたし、ダンスは結構得意なの！」
　ロビネッタの瞳が、敵の動きを捉えた。
「シュンくん、あなたはもう普通のダンスを出来なくなっちゃったよね。だったら……天使とダンスだ！」
　銃声が轟く。
「ほらほら！　ちゃんとステップ踏まなきゃ避けられないよっ」
　銃弾が、攻性植物から触手のように伸びたツタを撃ち抜く。
「狙いどおり！　でも嫌な予感がする。みんな、気を付けて！」
　ロビネッタの呼びかけにウタが応じる。
「探偵の直感ってやつか？　どっちにしたって、俺には攻撃以外の手が無えんだけどな！」
　ウタが鎌を持って身構える。
　敵のリズムを読み取ろうとするウタ。しかし上手く乗り切れない。
「理由はわかってるさ。やっぱり、『元』人間ってやつと戦うのはいい気がしねえな！」
　敵との間合いを詰めながら、ウタは少しずつリズムを掴んでいく。
「それにしたって、もう元に戻せないんなら倒すしかないよな……。憑りついて、死なば諸共とは胸糞悪いぜ！」
　すべての迷いを断ち切るかのごとく、ウタは鎌を振り下ろす。
「こんな戦い、さっさと終わらせようぜ！」
　戦場の最後方では、月乃・静奈（雪化粧・e04048）が戦局を冷静に分析していた。これまで戦いの経験を積んできた静奈には、敵の狙いが手に取るようにわかる。
（「この戦い、序盤の苦戦は避けられそうにないです……！」）
　イリスの傷が気になる。しかし、ここは最善の手を選ぶしかない。紙兵を散布し、敵の攻撃に備える静奈。イリスから毒が消えた気配はない。そしてこれだけではイリスが完全に回復しないことも、静奈は計算済みだった。
「イリスさん、ごめんなさい。少しだけ我慢してください！」
「大丈夫……静奈さんのことは信頼してるわ」
　イリスは苦痛に耐えながらも、静奈に笑顔を返した。
　静奈に続き、世界が攻撃を仕掛ける。ケイオスランサーで的確に攻性植物の体を貫く世界。世界のサーヴァント、ボクスドラゴンの『ディア』もそれに続くが、敵はその姿から想像できないような素早い動きで攻撃をかわす。
　ウォーレンも、この戦局を冷静に理解していた。
（「優先度は攻撃よりも回復……でも今は仕方ないか」）
　イリスの状態が良くない。さらに気がかりなのは、ダンスグループの５人など、一般人の避難が完全に終わったかどうかだ。
（「少し、目立つことでもやってみるかな？」）
　ウォーレンは、わざと挑発するような笑顔と仕草を敵に向ける。
「さあ、僕らと踊ろう？」
　２本のチェーンソー剣を構え、スカーレットシザースを放つウォーレン。剣が敵を捉え、千切れ飛んだツタや葉が宙に舞う。
（「これで敵が僕を狙ってくれればいいけど……ま、そんなに甘くないよね」）
　ケルベロスたちの攻撃は止まらない。九六九六・七七式（フレンドリーレプリカント・e05886）が、ロングレンジから次の一手を考える。
「目標確認デス！」
　行動の選択肢は２つ。敵を妨害するか、イリスを回復するか。七七式は、ウォーレンたちの意図を理解して次の行動を決定する。
「目標ノ行動ヲ阻害シマス！」
　七七式がガトリングガンを敵に向け、瞬時に狙いを定めた。
「攻撃ハ拙速ヲ尊ビマスヨー！」
　放たれた銃弾が敵を貫く。
「目標ヘノ着弾ヲ確認。損傷ハ軽微ノ模様。引キ続キ攻撃ヲ行イマス」
　ガトリングガンを構えなおす七七式。
　七七式の銃撃に続き、ブランネージュの赤い瞳が敵を捉えた。
「ふふん、私の幻影を見せてあげるわ！」
　ブランネージュは少し息を吸い込み、必殺技『幻影のファニングショット』の体勢を整える。ホルスターから取り出した銃を腰の位置に据え、手の平で撃鉄を連打する。
「最後のダンス、私達と踊って貰うわ」
　わずか1秒足らずのうちに、何発もの銃声が轟いた。
　それに続き、イリスは痛みに耐えつつ自らの武器である攻性植物のシュヴァルツ・ヴァルトに炎を纏わせる。
「いかに初動で先手を取れるかが重要……逃がさないわ」
　炎を纏った黒い茨が、敵に向けて放たれる。
　しかし敵は、触手のようなツタで攻撃を払いのけた。
「外された？！」
　ひざを着き、苦悶の表情を浮かべるイリス。全身に回った毒が彼女を苦しめる。
　敵は、見下すかのような口調でイリスを挑発する。
「いい顔してるじゃねえか。安心しな、すぐに楽にしてやるからよ！」
　敵から何本ものツタが延び、イリスの体を締め付けていく。
　ロビネッタは、開戦当初の嫌な予感の正体を確信した。
「イリスさん、狙われてるよ！　みんなもそのつもりで動いて！」
　世界にも、敵の作戦は読めていた。
「わかってるさ。１人に的を絞って徹底的にやるってのは、悪ガキのケンカなら、よくあるやり方だぜ？」
　ロビネッタと世界が攻撃を放ち、着実に敵の戦力を削いでいく。
　ウタもそれに続く。イリスを助けたいという思いはあるが、ウタにはその手段がない。
「イリス、耐えてくれ……！」
　ウタの強い思いに反応するかのごとく、その身に纏った炎が勢いを増す。
「俺は、自分の役目を果たすのみだぜ！」
　炎が爆ぜ、加速した一撃が敵に打ち込まれる。
「静奈、いまだ！」
「はい！　イリスさん、いまお助けします！」
　静奈のマインドシールドがイリスを包み込む。ここで仲間に的確な指示を出すのが自分の役割であることも、静奈はわかっている。
「ウォーレンさん、七七式さん、一緒にお願いします！」
「うん、いい手だね」
「支援要請ヲ承認。イリスサンヲ、サポートシマス！」
　静奈の呼びかけに応じ、ウォーレンと七七式もイリスの回復を図る。
　イリスの表情から苦悶の影が消えていく。それは彼女の解毒に成功したことを意味した。
　静奈たちに続いてボクスドラゴンのディアが攻撃を放つ。しかし、またもや敵にかわされてしまった。少し申し訳なさそうな顔をしているディア。
　世界は、そんなディアに笑顔で声をかける。
「気にすんな。いまはイリスを守るのがお前の仕事だぜ」
　一瞬、敵の動きが止まった。
　世界の一言で、敵は自分の作戦が成功しないことを知ったのだ。
　互いの攻撃の応酬が続いたが、静奈が守備のバランスをコントロールしていることもあって、敵は確実に追い込まれていく。
　突然、敵が攻撃をやめた。
「悪かった！　助けてくれよ、俺、いまはこんなだけど人間なんだぜ？　な、いいだろ？」
　この戦いの結末がわかったのか、敵は必死に命乞いを始める。
　それに応じ、ケルベロスたちも攻撃の手を止めた。
　
●踊れない君へ
「ここは任せたよ」
　ロビネッタの声に促されるように、ウォーレンが前に出る。
（「さて、敵に気を許すつもりはないけど、仲間の言うことは守らないとね」）
　ウォーレンは開戦前のブランネージュの言葉に従い、少し広めの間合いを保つようにした。そして笑顔を浮かべつつ、穏やかな口調でシュンに語りかける。
「攻撃をやめよう。その代わり、僕の質問に答えてくれないかな」
「何だよ？」
「どうしてこうなったか、攻性植物の果実を誰にもらったのか、教えてほしいんだ」
　数秒間の沈黙の後、シュンが答える。
「……教えてやってもいいぜ。でも、まず俺の傷を治せよ」
　ウォーレンの表情が少し曇ったが、即答はしない。
　世界が、しびれを切らしたかのように叫ぶ。
「おい、そいつの話に乗るのかよ？！」
　焦りを隠せない世界とは正反対に、敵は媚びるような口調でウォーレンに話しかける。
「な、いいだろ？　完全回復で頼むぜ？」
　ウォーレンは目を閉じ、少し考えた後、シュンに尋ねた。
「質問を変えよう。君はただ、ここで踊りたかっただけなんだよね？　だからその力を手に入れて、ライバルたちを追い出したんだろ？」
「あぁん？」
「違うのかい？」
「ムカついたからやったのに決まってんだろ。あいつら、ちょっと踊れるからって、いい気になりやがって。だからボコってやったんだよ」
　ウォーレンの瞳に悲しみが宿り、落胆を交えた溜息が漏れる。
（「得られる情報が真実である可能性は未知数……でもリスクはかなり高い、か」）
「おい、早くしろよ、痛えって言ってんだろうがよ！」
　敵は声を高ぶらせる。
「残念、ここでの情報収集は失敗だね」
　ウォーレンが仲間たちに、悲しみを帯びた笑顔を向けた。
「交渉ノ決裂ヲ確認。攻撃許可ガ発令サレマシタ」
　七七式が表情を変えずにガトリングガンを連射し、ブランネージュがそれに続く。
　そして、傷を回復したイリスが仕上げにかかる。
「あなたはもう踊れない。最後は、楽に逝かせてあげる」
　必殺技『悪夢の揺り籠（ナイトメアクレイドル）』を放つイリス。
「闇より深い永遠の眠りを貴方に……」
　イリスの武器、シュヴァルツ・ヴァルトの茨が敵を包み込んでいく。
「あなたって本当に馬鹿ね。せめて、夢の中で踊りなさい」
　動かなくなった敵に、イリスは憐れむような視線を向けた。

「ターゲット撃破。作戦ヲ終了シマス」
　七七式が装備を仕舞い、ブランネージュもリボルバーをホルスターに収めた。
　ウタの鎮魂曲が流れる中、ケルベロスたちは周囲を見回す。広場のあちこちが破損している。特に、ダンサーたちのいた場所がひどい。
　世界が、つま先で軽く地面を蹴った。
「まずはここか。また、みんなが踊れるようにしないとな」
　世界の言葉に応じるかのごとく、静奈が一歩前に出た。
「大丈夫です。私が元に戻しますから」
　静奈が『雪花雪化粧』で雪の結晶を降らせ、ダンサーたちがいた場所の損傷を直していく……が、明らかに元の様子とは違ったものになりつつある。
　ロビネッタが、思わず驚きの声を上げた。
「これ、元のと違うけどすごいね。かなりいいコンディションだよ？」
　ロビネッタは、軽くステップを踏んで地面の感触を確かめている。
　その時、ウォーレンが、ケルベロスたちを遠巻きに見ている者がいることに気付いた。
　それはダンスグループの若者たちだった。
　ウォーレンは気付かないふりをしつつ、広場の修復を続ける。
（「仲間を失った悲しみを乗り超えて、またあの子たちが踊る日が来ればいいけど」）
　その時は、ここで僕も一緒に踊ろう。
　ウォーレンは、心の片隅で小さな誓いを立てるのだった。

作者：東山ぱんだ	重傷：なし 死亡：なし 暴走：なし
種類： 公開：2015年11月8日 難度：普通 参加：8人 結果：成功！
得票：格好よかった 1／感動した 0／素敵だった 3／キャラが大事にされていた 3
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