寒い国から来た格闘家

作者:青葉桂都

●日本の伝統
 雪の積もった山の中、分厚い防寒着を身につけて1人の女性が走っていた。
 一定のペースで彼女は走り続け、そしてキャンピングカーのそばで足を止める。
 ニットの帽子とゴーグルを外すと、青い瞳とホブカットにしたブロンドの髪が現れた。防寒着を脱いだ下は、柔道着に似た道着を身につけている。
 詳しい者ならば、それがサンボというロシアの格闘技で使われるものだとわかったかもしれない。
 胸元には彼女の名前であろうガラノヴァというロシア語の文字が縫い取りされていた。
 格闘家の彼女が始めたのはまず雪の上での受け身の練習だった。さらに、車からダミー人形を引っ張り出して、関節技や投げ技など、さまざまな技を黙々と繰り返す。
 やがて、彼女は起き上がり、大きなタオルで汗を吹きつつ大きな水筒の中身を口の中に流し込む。
「……『ヤマゴモリ』はなかなか大変ね。でも、ヤポーニヤの伝統の特訓をこなせば、きっとサンボ教室に入門者が増えるはず」
 バーナーに火をつけてあたりながら、ガラノヴァはロシア語で呟いた。
「せっかく海を渡って来たんだもの。この国にサンボの魅力を伝えるために頑張らなきゃ」
 彼女の背後で声が響いたのはその時だった。
「なら、その魅力って奴を、まずは僕に教えてよ」
 いつの間にやら教室内に姿を現していたのは、ポニーテールの少女。『幻武極』というドリームイーターだということを、一般人に過ぎない女性はもちろん知らなかった。
 誘われるように少女の腕を取り、体を引き付けて素早く投げ落とす。
 平然と立ち上がって来た極を、流れるような動きで再び投げると、今度は一緒に倒れ込む。
 格闘家はそのまま極を押さえ込み、足の関節に腕を絡ませて力を込める。
 当然ながら、デウスエクスである極にいくら関節技をかけたところで痛みは感じない。
「これで終わりかい?」
 幾度も投げ飛ばされ、関節を極められ、そのすべてを平然とした顔で受け止めた後で少女は問いかけた。
 後方に転がりつつ起き上がった格闘家の前で、極は地面に手もつかずに軽々と立ってみせる。
「ウラー!」
 かけ声と共に踏み込んだ格闘家は極が着ている体操服の襟をつかむと、素早く背後に回り込んで首を締め上げる。
 だが極は、まるで何事もなかったかのように前進し、締め技から逃れた。
「僕のモザイクは晴れないけど、お前の武術はそれなりに素敵だったよ」
 振り向いたときには、極の手に鍵が握られていた。
 ガラノヴァの胸が鍵で貫かれ、彼女は地面に倒れる。
 その横に、彼女と同じ姿をした人物が出現した。
 動きを確かめるように、現れた格闘家のドリームイーターは左右にステップを踏み、そして獲物を求めて山を降りていった。

●格闘家を救え
 ドリームイーターに格闘家が狙われる事件がまた起こると、レイス・アリディラ(プリン好きの幽霊少女・e40180)は告げた。
「幻武極のことは知っているかしら? 自分のモザイクを晴らすために武術家を襲っているドリームイーターよ」
 今回も極のモザイクは晴れることはなく、武術家のドリームイーターが生み出されるのだ。
 レイスの調査から予知された事件では襲われるのは、サンボという格闘技を広めるためにロシアから日本にやってきた女性らしい。
 彼女はサンボを宣伝するために、山籠もりをしていた時に、極に襲われるのだという。
「どうして山籠もりが宣伝になると思ったのかはわからないけど、なんにしても生み出されたドリームイーターが人里にたどり着く前に倒さなくてはならないわ」
 ドリームイーターは、元になった武術家の理想とする武術を使うため、かなりの強敵なのだという。
 レイスの後ろに控えていたドラゴニアンのヘリオライダーが、事件の情報を語り始めた。
「今回戦う敵は、幻武極によって生み出された格闘家ドリームイーター、1体のみになります」
 極本人は、ケルベロスたちが到着する頃にはすでに姿を消している。
 攻撃手段は主に投げ技と関節技だ。どちらも近接攻撃だ。
 様々なタイミングから繰り出される多彩な投げ技は対象にプレッシャーを与える効果がある。
 関節技は単に投げるだけの技より多少命中しにくいが、威力がいくらか高い。さらに武器を持つ手足を痛めつけて攻撃の威力を減ずる効果もある。
「それから、絞め技も使えるようです。接近する速度が非常に早いため遠くにいる相手にもかけられ、絞め続ける事で追加の攻撃を与えてきます」
 ただし、この技はあまり使いたくないようだ。ある程度追いつめられるか、あるいは後方にいる者を狙う必要がある場合しか使わないらしい。
 また、このドリームイーターは中距離での戦いを好んでいるようだという。
 余計な時間を使わなければ山中で遭遇することが可能で、周囲の被害を気にする必要はない。
 犠牲者は極と出会った場所で意識を失っているが、ドリームイーターさえ倒せば回復するという。
 へリオライダーは説明を終えた。
「ドリームイーターは自分の武術を見せつけたいと考えているから、戦いの場を用意すれば向こうから挑んでくるはずよ」
 レイスは言った。
 少なくとも、ドリームイーターのもとになってしまった武術家のためにも、武術を使えない一般人に挑ませるようなことは避けなくてはならないだろう。


参加者
アンジェラ・コルレアーニ(泉の奏者・e05715)
除・神月(猛拳・e16846)
リョウ・カリン(蓮華・e29534)
月島・彩希(未熟な拳士・e30745)
小鳥遊・涼香(サキュバスの鹵獲術士・e31920)
イリス・アルカディア(レプリカントのパラディオン・e44789)
羅生門・夜叉(赤き鬼の姫・e50606)
ティファレト・ソレイユ(脳筋お嬢様・e50623)

■リプレイ

●雪山のケルベロス
 ヘリオンから降り立ったケルベロスたちは、冬山を駆け上っていた。
「ええと、なんて武術の使い手だっけ。サン……ボ??」
 革靴で雪の上を走りながら、小鳥遊・涼香(サキュバスの鹵獲術士・e31920)が空を見上げて少し考える。
「そうそう。関節技と投げ技と絞め技、所謂スポーツサンボって言うのだねっ」
 イリス・アルカディア(レプリカントのパラディオン・e44789)が言った。
「世界にはいろんな武術があるんだね。わざわざロシアから来てくれたのなら頑張って欲しいな」
 答えを聞いて、涼香が呟く。
「ガラノヴァを助けるためにもサンボマスターレディを早く倒さないと。……雪山で意識を失ってるって拙いよね?」
 ボーイッシュな雰囲気をした顔を、イリスは少しくもらせた。
「雪の中に倒れてたら、風邪ひいちゃいそう、です……? でもロシアの人なら大丈夫だったり……?」
 一行の中で一番幼い、オラトリオの少女が首を傾げた。
 アンジェラ・コルレアーニ(泉の奏者・e05715)の言葉からわずかに間をおいてから、狼の耳を生やした少女が口を開く。
「わからないけど……さすがに、それはない気がするなあ」
 月島・彩希(未熟な拳士・e30745)が言った。
「とりあえず、人払いは心配いらないみたいだよね。後は敵を倒す事に集中して被害者を助け出すよ!」
 元気な声を出し、彼女は仲間たちに呼びかける。
「サンボとかあんま見ねーからナー、どんなんなのか楽しみだゼ」
 除・神月(猛拳・e16846)が走りながら、不敵な表情を見せる。
「夢想から生まれた武人のドリームイーター。手合わせできることが単純に楽しみだよ。勿論それで誰かが死んでしまうのは気が引けるから全霊を尽くすけどね」
 リョウ・カリン(蓮華・e29534)の長いツインテールが冷たい風の中になびいた。
「それとは別に、今回はオウガのお仲間は初依頼だし上手くサポートしていかないとね」
 最近ケルベロスになったばかりの仲間に、リョウは視線を送った。
 角を持つ2人の女性は定命化して初めての戦いにも関わらず、気負う様子はまったくない。
「ふふふ、山籠りをする異国の格闘技の使い手……お相手できると思うと胸が高鳴りますわ」
 羅生門・夜叉(赤き鬼の姫・e50606)の表情には笑みが浮かんでいる。
「これがケルベロスになって初めての戦いです。わたくしの力がどこまで衰えたか見極める好機ですわね」
 呟く彼女に、自分がかつてほどの力がないことを思い悩んでいる様子はない。
「武術家の理想の具現ですか、強そうですね。ああ、滾りますわ!」
 ティファレト・ソレイユ(脳筋お嬢様・e50623)も拳を固めて気合いを入れている。
 柔道に似た道着の女性が前方から走ってくるのを見つけるまで、さして時間はかからなかった。
「ふふ、見つけました、です。あなたの技、是非見せてください、です」
 その前に立ちはだかったのはアンジェラだ。
「ちょうど極め技、グラビティに取り入れたかったところ、です。参考にさせてもらいます、です♪」
 自らの技に興味を示す少女に、ドリームイーターは足を止める。
「力を見せつけたいなら私達ケルベロスはうってつけじゃない?」
 涼香からも言葉を投げかけられて、彼女は身構えた。
「サンボ、どのような格闘技なのでしょうね」
「詳しくは知らないけど柔道のような武術なのかな?」
 ティファレトの言葉に答えたのか、敵から目を逸らさず彩希が呟く。
「話によると関節技や投げ技主体の格闘技とのこと。わたくしの羅生門流格闘術とどちらが上か勝負いたしましょう」
 言葉と共に夜叉が動き出した。
 それが合図となって、戦いが始まった。

●サンボマスターの技
 ドリームイーターは自分より先に動いたケルベロスよりも早く攻撃を仕掛けてきた。
 両腕がよどみなく動いてアンジェラの服をつかんだかと思うと、すでに少女の体は雪の上に倒れていた。
 しっかりと固まった雪は地面と変わらない。いや、デウスエクスの投げならば、仮に柔らかな新雪の上に投げられても十分なダメージを受けていただろう。
 つかみ、崩し、投げる。そのすべてが一呼吸のうちに行われていた。
「く、うぅ……素直に狙ってはくれない、ですね。なら、わたしを狙いたくなるようにさせてあげます、です!」
 もっとも、その攻撃が完全に意図通りであったかと言えばそうではない。
 夜叉を狙おうとしたその移動の途中にアンジェラが割り込んでかばったため、敵は狙いを変えざるを得なかったのだ。
 アンジェラは跳ね起きながら、雪の固まりを蹴って跳躍した。
 叩きつけられた背中が、頭が痛む。
 動きが鈍っていることを感じながらも、彼女は虹の輝きを放ちながら敵に飛び蹴りを叩き込んだ。
 他の仲間たちも攻撃を仕掛けたものの、その半分はかわされていた。
「くっ、これが異国の格闘技、サンバ……やりますわね! このわたくしの羅生門流格闘術が避けられるとは!」
 かわされた1人である夜叉が悔しげに呟く。
 神月は、獰猛な笑みを浮かべて狙いを定める。
「いい足捌きだゼ。つかむだけじゃなク、逃げるのも得意みてーだナ。まずは足止めが最優先だゼ」
「そうね。まずは当てに行くことを考えなきゃいけないみたい。ねーさんは、みんなに清浄な翼で加護を与えていて」
 涼香が同意し、ウイングキャットのねーさんに指示を与えながらオウガメタル粒子を放出した。
 後方で敵の動きをしっかりと見極めながら、神月は息を吸い込む。
「ちまちまと逃げ回ってんじゃねーヨ!」
 咆哮が敵を威圧し、敵の足を止める。
 その隙に、リョウの飛ばした水晶の炎が敵を切り裂いた。
「武術に必要の心、技、体 。技と体は確かに理想そのものなのだろうね。 でも心は? 作り物の心は真に至ることはできるのか 、それを見せて貰おうじゃない」
 呟きながら、少女が敵からいくらか距離をとった。
「ゴメンねっ、格闘には付き合ってあげれないよ。痺れてっ」
 素早い動きから放ったイリスの雷撃が敵を打った。
 だが、それに続く夜叉やティファレトの攻撃は空を切った。足止めが足りないようだ。
「素晴らしい動きですわ。早く追いつきたいものですこと」
 もっとも、攻撃をかわされてもティファレトは平気で敵を賞賛する余裕を見せていたが。
「おかしいですわね、相手が避ける速度よりも速く殴ればあたるはずですのに。こうなったら本気を出しますわ」
 夜叉のほうははいていた鉄下駄を脱ぎ捨てている。
 彩希は敵の動きにケルベロスたちがついていけるようになるまで、しっかりと仲間を支えた。
「単体攻撃だけの分威力は高いね。アカツキ、ダメージの多い人を治してあげて」
 ボクスドラゴンに指示しながら、彩希もまた回復を行う。
 彼女自身、体術を好むたちなので技を試してみたい想いはあるが、当面は我慢しなければならないようだ。
 アンジェラにドリームイーターの腕が絡みつき、本来曲がらぬ方向に足をねじっている。体は両脚を下敷きになり、半ば見えなくなっていた。
「ぐぅ……あぁぁっ……つ、強い、です……」
 脚の関節を強く痛めつけられ、少女が悲鳴をあげる。
 他のケルベロスの攻撃が仕掛けられたところで、敵は彼女を解放して飛び退いた。
「武術は本当に色々な種類があって奥が深いね。でも、それで人を傷つけるのは許さないよ!」
 マインドリングから盾を生み出して、彩希はアンジェラを回復した。
「ありがとう、です!」
 礼を述べながら、なおも彼女は敵へと立ち向かっていった。
 敵の動きは鈍り続け、攻撃が当たる頻度が確実に上がっていく。
 夜叉は、最初敵の動きについていけなかったと言っていいだろう。
 ティファレトもそうだが、オウガである彼女たちはまだ定命化し、ケルベロスとなったばかり。他のケルベロスたちほどの練度はまだない。
 とは言え、重要なのは自分の実力を理解し、それに合わせた作戦を立てることだ。
 涼香がばらまくオウガメタル粒子によって感覚が研ぎ澄まされ、夜叉の目はだんだんと敵の動きが見えるようになっていた。
「仕方のないことですけれど、伝説の鬼の末裔ともあろう私が、情けない話ですね」
 自嘲の呟きを漏らし、しかし夜叉は正面から正々堂々と、飽きることなく攻撃を続ける。
「羅生門流格闘術、受けてくださいませ!」
 素早く薙払った爪が、とうとう敵を捉えた。
 確かな手応えを夜叉は感じた。
 鮮血が雪の上に飛び散る。だが、ドリームイーターはまだ倒れる様子を見せなかった。

●格闘家は雪に散る
 アンジェラや涼香、ねーさんがうまく敵の攻撃を防いでいたおかげで、しばらくの間倒されるケルベロスはいなかった。
「敵はジャマーみたいね」
 涼香はオウガメタル粒子による強化を行き渡らせながら、敵の動きを見極めていた。
 倒されることはなかったが、彼女自身やアンジェラの動きはかなり鈍っている。ねーさんが耐性をつけてくれていたが、それだけで十分ではない。
「彩希さん、自分は自分で回復するから、アンジェラさんを回復してあげて」
「はい、わかりましたっ!」
 声をかけて連携をとりながら、涼香は風を吹かせる。
 冬の冷たい風とは違う風。遥か彼方より鳥を運ぶ強い風。
「遠くまで。もっと遠くまで」
 厄を吹き飛ばす風が、手足にまとわりつき続ける痛みを吹き飛ばしてくれた。
「絞め技、使えません、です? 使わないと負けてしまいます、ですよ?」
 月の狂気を与えられたアンジェラが、敵を挑発してみせた。
 挑発にのって敵が強力な絞め技を使い始めたのは、それだけ追いつめられている証だろう。
 だが、デウスエクスもただ倒されるのを待つだけではなかった。
「あなたとの戦いは、いい鍛錬になりますわ!」
 ティファレトは神に抗う一撃を敵へ叩き込む。
 だが、その一撃でドリームイーターがよろめいたのはわずかな時間だけのことだった。
 反撃に備えて距離を取ろうとしたティファレトへと、瞬く間に敵が接近してくる。
 ディフェンダーたちがかばおうとするが、間に合わなかった。
 背後に回られたかと思った時には首に腕が伸び、締め上げられてる。
 息が詰まる。
 的確に呼吸を阻害する技を受けているのがもしケルベロスでなければ、一瞬にして窒息して絶命していただろう。
「これが……今の私の実力なんですね。素敵……もっともっと……鍛えられます」
 どうにか脱出するが、否応なく目の前が暗くなっていく。
 もっとあの敵と戦いたい。
 もっともっと、自分を鍛え上げたい。
 意識を失うほどの苦しさよりも、あの強敵とこれ以上戦えないということのほうが、彼女にとっては辛いことだった。
 ティファレトは雪の上に静かに横たわり、動かなくなった。
 1人が倒され、しかしケルベロスたちの有利はもう揺るがない。
「オラオラァッ! あたしにもっとサンボの真髄ってモンを見せてみろヤ! ズタズタに引き裂いてやるゼェ!」
 パンダの意外と凶悪な手足にグラビティを込めて、神月が正確な動きで敵の傷跡をえぐり取る。
 イリスは鋸刃の形をした炎が並ぶ剣を振り上げる。
「格闘相手に凶器攻撃って何だか悪者みたい」
 そんな感想を述べながらも、彼女は神月に続いて敵をジグザグに切り刻む。
 足が完全に止まったところに、夜叉の拳がクリーンヒットした。
 いや、足だけではない。全身が動きを止めている。
 イリスが何度も放った雷撃によるものか、麻痺しているのだ。
「格闘家相手に麻痺なんて、卑怯かな? けど、悪く思わないでねっ!」
 言葉が終わらないうちに、仲間たちが攻撃を仕掛ける。
「わたしだって、ちょっとした投げ技、使えます、です!」
 アンジェラが敵をつかみ、翼を広げた。
 回転しながら、重力に任せて叩きつける。
 さらに涼香が竜の幻影を呼び出し、神月が鋭い蹴りを繰り出す。
「もっと速く……ッ! もっと鋭く……ッ! この一撃を!」
 彩希も回復は不要と判断し、冷気を帯びた手刀で敵を切り裂いた。
 リョウは仲間たちに続いて敵に接近した。
 魔術師であり武術者でもある彼女にとって、武道家の夢想から生まれたというこの敵は興味深い相手だった。
 いかに接近し、いかに崩すか。その際の呼吸の取り方は。
 戦いの中で彼女はそれを観察していた。
「でも残念だ。やはり心なくして真にはたどりつけないね」
 呟き、足を高々と振り上げる。
「陰を守護せし影の虎、その蹴撃は万物の護りをも蹴り砕く!」
 引き締まった足に、炎のごとき陰が宿る。
 裂帛の気合いを込めて振り下ろした踵は、金剛石すら破壊する勢いでもって、ドリームイーターを打ち砕いていた。

●修行は終わらない
 リョウは敵を倒しても、構えを解かなかった。
 そのまま完全に消え去ってから、彼女は息を吐く。
「無事……片付いたね」
 涼香の言葉に彼女は静かに頷いた。
「それにしても、この程度の重りで身体が重く感じるなんて、定命化とはなんて修行に適しているんでしょう。素晴らしいですわ」
 脱ぎ捨てた鉄下駄と鎖帷子を拾い上げて夜叉が呟いた。
「この辺り一帯は簡単に直しちゃいます、です。それから……」
「ガラノヴァが無事か確かめに行きてーナ いくら修行中とは言ってモ、そのままじゃ風邪でも引いちまうんじゃねーノ?」
 オラトリオヴェールで周囲を修復するアンジェラに、神月が応じた。
 手当もそこそこに、ケルベロスたちは犠牲者である女性の元へと急いだ。雪の上に倒れている彼女を囲んで手当てを始める。
 毛布をかけてやると、やがて彼女は目を覚ました。
「こんな所で気を失ってたら身体壊しちゃうよ、温かいスープ飲んで体を暖めて」
 体を起こさせ、イリスが用意してきたスープを飲ませてやる。
「暖かい場所に連れてった方がいいかもしれないね」
 彩希の提案を受けて、開けっ放しになっているキャンピングカーにケルベロスたちは彼女を運び込んだ。
 ロシア人の体は冷え切っていたが、幸い命に別状はないようだった。
 女性の様子を確かめながら、ケルベロスも自分たちの手当てを始める。
「皆さんは、ケルベロスなのね……ありがとう」
 弱々しい声ながら、回復した彼女は礼を述べた。
「大変でしたね、です。風邪ひかないように、特訓、頑張ってください、です!」
「ええ。でも、まずは一度……」
 山を下りて休息しようと、きっと彼女は言うつもりだったのだろう。
 しかしそれをさえぎる声が響いた。
「お互い、もっと努力が必要ですわね。『ヤマゴモリ』、私もぜひお付き合い致しましょう。そこでサンボもご教授願えると嬉しいですわ。さあ、参りましょう!」
 先ほどまで意識を失っていたとは思えない勢いで、ティファレトはガラノヴァの襟首をひっつかみ、山の奥へと引きずっていこうとする。
 何人かの常識的な判断ができる者があわてて2人を追いかけた。
 武術の道に終わりはない。

作者:青葉桂都 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2018年3月8日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 1/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 2
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