逆風吹かば

作者:そらばる

●梅乱す風
 紅、桃、白。色鮮やかな花々が一面に溢れている。桜並木に勝るとも劣らぬ絶景に、爽やかな香りが匂い立つ。
 落ち着いた日本庭園を模した広大な公園は、梅祭り初日。
 園内の少し奥まったところに鎮座する、真っ赤な番傘がトレードマークの茶屋も、開園と同時に暖簾を掲げた。入り口方向からやってくる来園者の先触れを認め、着物姿の看板娘は嬉しそうに微笑む。
「今年も、たくさんお客さん来てくださるといいですね」
「そうだねぇ。……おや」
 店を切り盛りする甚兵衛姿の老爺も、にこにこと店先に出たところで、ふと目を瞬いた。
 入り口とは逆方向から、見知らぬ女性がやってくる。鮮やかな着物を婀娜っぽく着崩して、咲き乱れる梅の下をしゃなりしゃなりと歩みくる、匂い立つような美女。
「なんと……」
 年甲斐もなく見惚れてしまった、次の瞬間。
 店先を疾風が駆け抜け、老爺の体は腹から真っ二つに斬り分けられた。飛び散る鮮血。看板娘の悲鳴が庭園を切り裂いた。
 美女は扇子を翻し、あでやかに微笑む。
「あァ、いいねぇ……もっともっとイイ声で鳴いておくれよ」
 扇子が優雅に宙を泳ぐと、再び風が巻き起こる。
 梅の香りを孕んだ風は凶器と化して、庭園中を人々の悲鳴で満たしていった。

●風使いの罪人
「梅祭りを狙う、女エインヘリアル、か。さぞかし性根の曲がった罪人だろうな」
 皮肉めかして吐き捨てるヒルダガルデ・ヴィッダー(弑逆のブリュンヒルデ・e00020)。
 戸賀・鬼灯(ドラゴニアンのヘリオライダー・en0096)は神妙に頷き返した。
「罪人エインヘリアル、名を『逆風(さかて)』。他者の悲鳴を聞いて悦ぶ癖が昂じ、アスガルドにおいて、重罪人として長らく獄に繋がれていた女にございます」
 アスガルドは今回、この女を捨て駒として地球に放った。放置すれば多くの命が無残に奪われるのはもちろん、恐怖と憎悪が人々にもたらされ、地球で活動するエインヘリアルの定命化を遅らせてしまうかもしれない。
「皆様は急ぎ現場へと向かい、『逆風』の撃破をお願い致します」

 敵は『逆風』1体。扇子を振るうことで風を起こし、遠くのものを切り裂いたり、複数をつむじ風に巻き込んだり、風で強化した扇子で強かに叩きつけたりと、婀娜っぽい立ち振る舞いで攻撃してくる。
「エインヘリアル側にとっては使い捨ての戦力。当人も暴れることしか頭にない短慮な戦士でございますゆえ、窮地に追い込まれようとも、撤退することは決してございません」
 梅祭りが襲撃されるのは、会場である庭園が開園した直後。事前の避難誘導はできないが、最初に狙われる茶屋さえ抑えておければ、一般人の被害は食い止められるはずだ。
「こたびは庭園側に協力を仰げますゆえ、皆様は従業員に代わって茶屋にて待機し、敵を迎え撃って頂くことになります」
 店先に人の姿が視認できなければ、『逆風』の攻撃はそこを素通りして来園者へと向かうだろう。
 逆に言えば、一人でも正面きって堂々と待ち構えていれば、『逆風』はケルベロス達を狙ってきてくれる。そうなればこちらのもの、庭園のスタッフが避難誘導も引き受けてくれるので、戦いに集中することができるはずだ。
「人々の命を弄ぶ凶悪犯罪者を、この地球に野放しには出来ませぬ。必ずや撃破し、平穏な梅祭りを取り戻すよう、お願い致します」


参加者
ヒルダガルデ・ヴィッダー(弑逆のブリュンヒルデ・e00020)
卯京・若雪(花雪・e01967)
レスター・ヴェルナッザ(凪の狂閃・e11206)
カペル・カネレ(山羊・e14691)
愛沢・瑠璃(メロコア系地下アイドル・e19468)
四葉・リーフ(天真爛漫・e22439)
七辻・淡(煙り花・e28380)
カロン・レインズ(悪戯と嘘・e37629)

■リプレイ

●一名様ご案内
 爽やかな香り匂い立つ梅園は、開園間近。
 赤い番傘がトレードマークの茶屋には従業員が出入りし、開店準備に明け暮れているように見える。……表向きは。
「人々を襲う風を操るエインヘリアルかー、許せないなー! 絶対阻止しないとなー!!」
 店内で従業員用の着物をばっちり着込んだ四葉・リーフ(天真爛漫・e22439)は、気合いを入れて店先へと繰り出した。その瞬間から所作は楚々として、おしとやかな看板娘になりきってみせる。
 愛沢・瑠璃(メロコア系地下アイドル・e19468)もまた店先に出て、のぼりを立てたり道を掃除したりして、目立たぬよう風景に溶け込んでいる。傍らで同じく従業員然として振る舞う七辻・淡(煙り花・e28380)は、爽やかな香りを連れて来る季節の風に、ふと顔を上げた。
「梅が咲くと、冬の終わりを感じるね。心地よい風景だ――血風で汚すわけには、いかないさ」
 見事に従業員になりきっている三人を、他の面々は付近の物陰に隠れて見守っていた。茶屋の出入り口に、樹木の陰に、垣根の裏に、各々気配を押し殺しながら。
 植え込みの陰にしゃがみ込んで隠れながら、近衛木・ヒダリギ(森の人・en0090)は傍らの少年の様子を訝しむ。
「……へいきか?」
「だ、大丈夫……っ」
 潜めた声で返しながら、カペル・カネレ(山羊・e14691)は体の震えを誤魔化すように、寄り添うオルトロスのステラを抱きしめ、今は見えぬ星に祈った。
(「――おかあさん。どうか、皆をおまもりください」)
 少年らの後方に控えるヒルダガルデ・ヴィッダー(弑逆のブリュンヒルデ・e00020)は、小さな友人の震える背に、戦いへの恐怖を見る。己の中にはとうに尽きてしまったそれに、心臓が燻る感覚に、懐かしさすら覚える。
(「私はそれを、塵も残らぬ程に焼き尽くすまで」)
 年少の憂いを晴らすのは、いつだって年長者の役目であるゆえに。
 ほどなく開園時間を迎え、人々が流動し始める気配が伝わって来た。その先頭が入り口方向に視認できると同時、ケルベロスの目は逆方向に招かれざる人影を認める。
 鮮やかな着物を婀娜っぽく着崩す、女性エインヘリアル――『逆風』。
 『逆風』は店先の三人の姿に、唇を色っぽく綻ばせると、何気なく扇子を翻した。疾風が駆け――しかし立ちはだかった人物に難なく受け止められてしまう。
「……なんだい?」
 不測の事態に眉を吊り上げる『逆風』へ、鎌鼬の衝撃に耐え抜いた淡は微笑みかけた。
「やあ、艶やかなお客さんだ。けれど……梅見には少々、血の匂いが過ぎるかな」
 言いつつ、傍らのリーフに目配せする淡。
「いらっしゃいませ……」
 リーフはらしくもなく端然と佇み、言葉少なに、目一杯おしとやかに腰を折り頭を下げた。――かと思えば、
「お客様ごあんなーい!」
 勢いよく顔をあげ、いつもの天真爛漫な口調で声を張り上げた。と同時、脱ぎ捨てられた着物がばさりと宙を舞う。
 その一言が、戦闘開始の合図だった。
「はーい、一名様ご案内ー。残念だけどあんたにくれてやるのはお茶でもお菓子でも梅の花でも……ましてや人の命でもなくて……地獄への片道キップよ!」
 真っ先に火を噴いたのは瑠璃のバスターライフルだった。驚愕する『逆風』の足元を、竜砲弾が派手に撃ち抜き足を止めさせる。
 それを逃さず、物陰から一斉に飛び出したケルベロス達が、次々とグラビティを叩き込んでいく。月光斬が、ブレイズクラッシュが、デッドエンドインパクトが、ファナティックレインボウが、達人の一撃が、サーヴァント達の攻撃が、息つく暇なく『逆風』に浴びせられる。
(「今は目の前の事件を解決することに専念しよう」)
 昇は患い事を振り切るように、数多の弾丸をばら撒いて『逆風』の動きを封じていく。
「みんなが梅をたのしみにしてるんだ。めちゃくちゃになんか、させない!」
 吠え猛る二対の獅子。跪拝せよ、王に背く事叶わず――。恐怖を抑え、果敢に踏み込んだカペルの戦車が、『逆風』を精一杯に打ち据えた。

●悲鳴を好む風
 苛烈な連続攻撃を浴びながら、『逆風』は口の端を釣り上げる。
「ふふっ……くくく……まさかの待ち伏せかい。定命の者共風情が、まったく愉快だねぇッ」
 扇子が力強く振り払われる。風が逆巻き、つむじ風となって前衛を薙ぎ払う。
「やーい! そよ風ぐらいにしか効かないぞー!」
 いつも通りの服装に戻ったリーフは、風をいなしながら、あっかんべー、と挑発する。
「……茶より先にしばくもんがありそうだ。春一番にしちゃ随分と質の悪い」
 レスター・ヴェルナッザ(凪の狂閃・e11206)は風の衝撃をやり過ごしつつ、眼光鋭い銀眼を細めた。
「おれは花見の流儀も礼儀も知らんが、煩いのは嫌いでな。悲鳴は『逆風』、お前のだけで充分だ」
 攻撃を途切れさすまいと、目にも止まらぬ速さで撃ち込まれたレスターの弾丸が扇子に命中し、『逆風』の腕が跳ね上がるようにのけ反った。
「花に嵐とは良く言いますが……命すら散らす暴風とは、一層性質が悪い。風除けに厄除けを、確と果たしてみせましょう」
 流れる様に、舞う様に。卯京・若雪(花雪・e01967)は刃を閃かせる。
「――咲き誇れ」
 疵が焼き付いた『逆風』の柔肌には、忽ち幻の花が絡み咲く。ふわり漂う優しい花香がそっと眩瞑をもたらしていく。
「回復なら僕とチビさんに任せてくださいー! フォーマルハウトはみんなを守ってね!」
 禁断の断章を紐解き、攻撃手へと癒しと強化を施すカロン・レインズ(悪戯と嘘・e37629)。攻撃と防護をミミックに託し、リーフのウイングキャットと手分けして治癒を振り撒いていく。ヒダリギもまた治癒に回り、黄金に輝く果実でサポートする。
 途切れることなく降り注ぐグラビティ。しかし『逆風』は笑みを絶やさない。戦いの本能に目覚めた戦士の、獰猛な笑顔だ。
「いやいや案外やるじゃないかい。こいつは悲鳴の上げさせ甲斐があるってもんだ」
 どこからか吹き込んだ風が、扇子を取り巻き逆巻いた。同時に高下駄が勢いよく地を蹴り、『逆風』の体が前のめりに若雪へと肉薄する。
 が、その軌道の先には淡がそつなく割り込み、風纏う強烈な打擲を受け止めた。風の余波が、額を軽く裂いて真紅を散らす。
「全く、難儀な性癖をお持ちのようだ。残念ながら、僕たちは君を悦ばせるつもりはないけどね」
 淡々と呟きながら、淡は玄撫<残花水月>を共鳴させた。
「僕に悲鳴を上げさせてみなよ。……意地でも、あげてやらねえけど」
 左手の甲に埋め込んだ種子が、影絵の如き歪な花を咲かせ、一瞬だけ高められた治癒の力が、裂かれた額の傷を、破れた薄い翼を、瞬く間に癒していく……。
 若雪は生来の落ち着きと忍耐強さを総動員し、今回はとりわけ努めて苦を漏らさぬよう振る舞った。
(「花や平穏を壊す、斯様な趣味とは相容れねど……」)
 愛するものを踏みにじられたからといって、冷静さは失えない。雪のように凛と冴えた心は、氷結の弾丸となって鋭く『逆風』を撃ち抜いた。
「エインヘリアルは何かアレな性癖がないとなれないのかとすら思えるな。どうにも、そういった輩に遭遇しがちだ」
 ぼやきつつ、ヒルダガルデはジグザグに変形させた惨殺ナイフで斬り込む。
 『逆風』は痛みと不快な感触にわずかに顔をしかめつつ、皮肉げに顔を歪める。
「そうさねぇ。アンタが遭った連中が、あたいと同じに獄に繋がれていた連中ってんなら、そうもなろうさ。……むしろアンタからも、同族くさい匂いがプンプンするがねぇ?」
「……同族? よせよせ、私は下衆に身の程を弁えさせてやりたいだけさ」
 げんなりと返すヒルダガルデ。口振りに反して、その口許にも皮肉めいた笑みが宿っていた。

●逆風を押し返せ
 『逆風』の攻撃はほとんどを前衛が受け止める形になったが、風の余波は梅の木を容赦なく揺らし、花をわずかずつ散らしていく。
 カロンは治癒で仲間たちを支えながらも、少し悲しげな顔をした。目で見て楽しむものだから大切にしたいのに、と。
「できるだけ、傷つけたくはないですよね……」
「そうね。少しずつ戦線を押し上げて、せめて影響が少なく済むように動きましょ」
 瑠璃はレーザーで的確に敵を撃ち抜き、ウイングキャットのプロデューサーさんのリングも追い討ちをかける。後方からの攻撃が、『逆風』を茶屋や梅の木から遠ざけるように、少し開けた広場の方面へと押し込んでいく。
「鬼さんこっちらー!」
 変装中のおしとやかさはどこへやら、お尻をペンペン叩いて挑発するリーフ。『逆風』は不快げに顔をしかめつつ、風を巻き起こす。
「なんとも腹の立つ連中だねぇッ」
 その瞳には密かに植え込まれた『怒り』が燻り、逆巻く風がリーフと淡を狙って前衛全体を巻き込んだ。二体のミミック――淡の古箱とカロンのフォーマルハウトが、それぞれヒルダガルデとレスターを突き飛ばす形でつむじ風を受け止める。
「ありがとう、フォーマルハウト!」
 サーヴァントを労い、カロンは伝承魔法を共鳴させる。叙事境界のカテドラル。昔々に存在した祝福と幸運を司る鐘のお話。再現された伝承が、傷を瞬く間に癒していく。
 レスターは己が危険も顧みずに肉薄し、地獄の銀炎纏う腕を振り上げた。雪さえも退く凍気を纏わせた大杭を打ち込まれ、『逆風』は避けられず、ダメージをいなすこともできない。強烈な手応えが、レスターの骨の芯を揺さぶった。
「……どうやら足が鈍ってきたようだな」
「準備は上々、ってところね」
 回避低下は十分と見て取り、瑠璃は武器をドラゴニックハンマーに持ち替えて敵の懐へと踏み込んだ。生命の進化可能性を奪う、超重の一撃で『逆風』を強烈に打ち据える。
 氷結が『逆風』を侵食し、ケルベロスたちのグラビティが着弾するたびに苛んでいく。絶え間なく付与され、増殖され、『逆風』の感覚は極寒の中に閉ざされていく。
「ぐ……う……、こしゃくな……っ」
 『逆風』は余裕を失い、風纏う扇子を握りしめて打って出た。強烈な打擲が、淡を激しく打ち据える。再度の鮮血。淡は決して悲鳴を上げない。
「……っ、淡さんが! 誰か回復を!」
 派手な流血に怯みながらも、カペルは決して顔を背けず、仲間の危機を報せる。
(「みんなが前を向き続けられるように、ぼくも目を逸らさない」)
 小さな戦士の想いに、即座に応えたのはヒルダガルデ。
「火よ、悪辣なる篝の王よ。烟る血潮は誰が為なるや。応え給え、示し給え」
 燃える心の臓より流れる、猛火を宿し煮え滾る紅血。蝕むことを、阻むことを、脅かすことを赦さない蒼い熱。剿滅のローゲが、淡の傷を癒していく。燼滅と言うには生温く、浄化と言うには壮烈に。
 雨あられと注ぐグラビティは決して『逆風』を逃さず、そのつど刺激される氷結効果が体力をみるみる奪っていく。
 駄目押しの凍結光線で敵の熱をさらに奪う瑠璃。『逆風』の喉がいよいよ押し殺したような短い悲鳴を上げたのを見て、仲間たちを鋭く振り返る。
「――今よ!」
「よっしゃあ!」
 元気に応えたのはリーフ。助走から高々と跳び上がり、
「落下して、蹴ーる!!」
 そのまま敵の頭上めがけて落下。凄まじい速度の蹴撃が、『逆風』の脳天を揺るがし動きを封じる。
「花も命もいずれ散るものなれど、今は未だ――」
 若雪が静かに歩み出、刃を翻す。
「此処で散花を迎えるのは貴女だけです。鎮まりなさい、そしてお休みなさい」
 月をなぞるような弧を描く日本刀の刃は、的確に『逆風』の腱を斬り裂き、その動きを縛り付けていく。
 ヒルダガルデが駆けだす。揺れる巻き毛にひらひらと舞い降りた梅の花弁を、青白い業火が瞬きの間に焼き尽くす。
 戦う彼女の姿は勇ましくて、きれいで。
 怖くはなかった。だから、カペルは彼女の名を呼んだ。
 彼女が振り向かなくても良いように。
 ――応えは戦意で返される。
「たまには自分で鳴いてみたらどうだね? ホラ」
 喰霊刀の呪詛に載せた美しい軌跡が、敵を斬り裂き、絶叫を上げさせる。
 淡は地を蹴り、ボロボロになった翼を広げて天高く跳び上がった。
「お客人一名、彼岸にご案内だよ」
 美しい虹をまといながらの急降下蹴り。『逆風』の『怒り』をいっそう燃え上がらせる。――が。
「く、う、ぐぅぅぅ……っ」
 『逆風』はもはや言葉にもならない呻きを漏らすのみ。扇子を操る手はぎこちなく震え、風もまともに起こせない。
「どうした、微風しか吹かせられねえか。逆風を名乗るならこの剣を押し返してみせろ」
 地獄の炎は骸の剣先へと至り、火柱となって吹き出ずる。レスターの銀炎纏う腕が掲げる大剣は、銘を『骸』、基礎となった竜の名を『無風』。渦巻きうねる炎が首をしならせ銀の牙剥き、その名に恥じぬ苛烈な一撃で『逆風』を喰らう。
「この場所は絶対に傷つけさせません!」
 強い意志と重力を込めて、カロンは獣化した手足から重量ある一撃を高速で放ち、息も絶え絶えな『逆風』を圧倒する。
 押し込まれた『逆風』に肉薄するのは、瑠璃のしなやかな細身。
「さあ、いまからあんたのために最高にハイになれるワンマンライブを開いてあげるから、あたしのファンになりながら逝っちゃいなさい!」
 凍結を帯びたハンマーが容赦なく打ち下ろされる。
 『逆風』からどっと風が溢れ、その肉体は甲高い絶叫と共に、引き裂かれるように消えていく。
 陽の光に煌めく細氷と梅の花弁が、風に巻き上げられて散っていった。

●匂いおこせよ
 脅威は去り、梅園は守られた。
「どうか、また人々が訪れることができますように」
 カロンは壊れた設備や抉れた地面にヒールを振り撒いていく。
 十分に注意を払った立ち回りのおかげで、公園の損傷も最小限で済んだようだ。ヒールによる簡単な修復ののち、梅祭りはすぐさま再開された。運営スタッフの誘導によって避難していた人々が再び入園してくる気配を感じながら、ケルベロス達は人心地つく。
「さて、打ち上げだな。……お手をどうぞ?」
 おどけて小さな友人に手を差し出すヒルダガルデ。
 カペルは満面の笑みで頷き、掌を重ねる。
「えへへ。ヒルデおねえさん、とっても格好よかったよ」
「それはよかった。花を見ながら話そうか。三色団子に、それから美味い茶があると良いな」
「ぼく、お菓子をもってきたよ!」
 たちまち賑やかになる一同。
「あたしも混ぜてもらおっかな」
「私も私もー!」
 オウガ粒子によるヒールを終えた瑠璃が参加表明し、リーフも大きく手を上げて盛んに主張する。
「お茶屋さん、再開するそうです。お勧めは梅風味のあんころ餅だとか」
 人々に戦いが終わった一報を伝えて戻って来た若雪は、にこにこと一同に合流する。
 かくて小さなお花見会が、茶屋の店先で催されることとなった。もちろん、全員参加で。
「お団子とか大福とか、食べたいなあ!」
 茶屋のメニューを見ながら、目をキラキラ輝かせるカロンに、淡は笑いかける。
「年下の分くらいは奢ってやるよ。こういう時は甘えておくもんだ」
「えっ本当!?」
「おや気前がいい」
「……姉さん方は自腹でな」
 仲間の勢いに流される形で花見に加わったレスターは、
(「花を愛でるなど柄でもないのだが……」)
 胸中でぼやきつつも、折角だからと茶屋で団子を購入し、皆に振る舞っていく。
「沢山食え」
 年少組に勧めるその声は、いつになく柔らかく響いた。
 真っ赤な番傘の下、赤いクロスを敷いた椅子に並んで腰かけ、梅の絶景を楽しみながら、茶と菓子とおしゃべりが進む。
「この穏やかな賑わいが、花と笑顔に満ちた光景が、何よりの報酬ですね」
 あんころ餅を傍らに、目に鮮やかな佳景に心癒されながら、若雪は春陽の如く微笑む。
「帰ったらみんなのことを絵日記に描くんだ。ぼくたちは向かい風にも真っ直ぐ立ち向かったんだって!」
 輝くような笑顔で、カペルは決意を豪語した。
(「思えば巡った数を数えるばかりの春だったが……」)
 賑やかな仲間たちの声を片耳に、レスターは咲き乱れる梅を見上げた。
(「たまには悪くねえな、こんなのも」)
 東から吹く風が暖かな春の気配と梅の香りを運んで、逆風やんだ梅園を包んでいった。

作者:そらばる 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2018年3月6日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 4/感動した 0/素敵だった 1/キャラが大事にされていた 0
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