影なき侵撃者

作者:土師三良

●宿縁のビジョン
 その日、夜陣・碧人(影灯篭・e05022)はボクスドラゴンのフレアとともに山中を散策していた。
 これといった目的があってのことではない。自然を愛する彼にとって、山歩きというのは明確な目的を必要とする行為ではなかった。
 だが、しかし――、
「退場の時間だよ」
 ――と、碧人の背後で声を発した者には目的があるらしい。
 邪悪な目的が。
 碧人は振り返った。
 そこに立っていたのは一人の青年。
 碧人と同様、シャドウエルフだ。一見した限りでは。
 そして、これも碧人と同様にボクスドラゴンを連れている。半透明の影のようなもので構成されたそれをボクスドラゴンと呼べるとすればの話だが。
「ぎゃうっ!」
 フレアが吠えた。警戒心を剥き出しにして。恐怖を押し隠して。
 そんな相棒の頭を指先で撫でて宥めつつ、碧人は青年に尋ねた。
「どちら様ですか?」
「セッカ・フォスキア。『偽る陽炎』という洒落た二つ名もあるよ」
 堂々と名乗った後、青年は薄く笑った。
「でも、名前は覚えなくていい。さっきも言ったように君は退場するんだから。より正確に言うと、僕が退場させるんだけどね。死という形で」
「ああ、そういう手合いか……ケルベロスも安く見られたもんだ」
 碧人の口調が変わった。スイッチが切り替わり、精神状態が『戦闘モード』とでも呼ぶべきものになったのだ。
 眼鏡の奥の目付きもそれに相応しいものに変わったが、セッカと名乗った青年は臆する様子を見せなかった。
「おやおや。随分と余裕だねぇ。君のほうこそ、安く見てるんじゃないか。たった一人で、この僕に勝てるとでも?」
「思ってないさ。だが、俺は一人じゃない。フレアがいる」
「ぎゃう、ぎゃう、ぎゃーう!」
 碧人の言葉に応じて、フレアが可愛くも鋭い牙を剥いた。
「それに――」
 伊達眼鏡を指先で押し上げながら、碧人は確信を込めて言った。
「――他の仲間たちも」

●音々子かく語りき
「岩手県の山中で夜陣・碧人くんがドラグナーに襲撃されちゃいます!」
 ヘリポートに召集されたケルベロスたちの前にヘリオライダーの根占・音々子が息せき切って現れ、そう告げた。
「そのことを碧人くんに伝えようとしたのですが、連絡が取れませんでした。でも、今から現場に行けば、間に合うはずです! 皆さんの力で碧人くんを救い、そのドラグナーをやっつけてください!」
 敵の名は『セッカ・フォスキア』。シャドウエルフのような姿をしているが、ドラグナーであるらしい。
「なんらかの意図を持って碧人くんを狙ったのか、あるいはたまたま目についた獲物が碧人くんだったのか……そのあたりのことは判りません。まあ、意図があろうがなかろうが、有能なるヘリオライダーに事前に予知されちゃったら、無意味ですけどねー!」
『えっへん』とばかりに胸を張ってみせる自称『有能なるヘリオライダー』の音々子。
 だが、勝ち誇ってる場合ではないということを思い出したのか、すぐにまた話を再開した。
「敵は一体ではありません。黒い煙のような、影のような……とにかく、なんだか禍々しい感じの『擬似ボクスドラゴン』とでもいうような存在を伴っています。本体のセッカが死ねば、そいつも消えてしまうでしょう。逆にそいつが先に死んでも、セッカに影響はありません。まあ、そんな眷属を連れていようが連れていまいが――」
 グルグル眼鏡を指先で押し上げながら、音々子は確信を込めて言った。
「――有能なるケルベロスである皆さんが負けるわけありませんけどね。チョーシこいてるドラグナー野郎なんか、ギッタンギッタンにしちゃってください!」


参加者
大弓・言葉(花冠に棘・e00431)
アジサイ・フォルドレイズ(絶望請負人・e02470)
二藤・樹(不動の仕事人・e03613)
新条・あかり(点灯夫・e04291)
夜陣・碧人(影灯篭・e05022)
玉榮・陣内(双頭の豹・e05753)
タクティ・ハーロット(重力を喰らう晶龍・e06699)
ネリシア・アンダーソン(黒鉛鬆餅の蒼きファードラゴン・e36221)

■リプレイ

●竜の世に……
 いつの間にか、鳥の囀りが消えていた。
 ただし、近場だけだ。森の彼方からは鳥たちの声がまだ聞こえてくる。
 肩に乗るボクスドラゴンのフレアを指先で撫でながら、夜陣・碧人(影灯篭・e05022)はなにかを感じ取ろうとするかのように眼を閉じた。
 そして、すぐにまた開き、問いかけた。
 ボクスドラゴンに似た黒い影を肩に乗せたドラグナー――セッカ・フォスキアに。
「おまえは誰の使いだ? なぜ、俺とフレアを狙う?」
「ぷっ!」
 と、セッカはわざとらしく吹き出した。
「愚問だねぇ。人間っていうのは、デウスエクスのいわば家畜だよ。家畜を屠るのに特別な理由なんか必要ないだろう。よしんば理由があったとしても――」
 黒い疑似ボクスドラゴンが翼を広げ、セッカの肩から舞い上がった。
「――それを家畜ごときに教えてあげると思う?」
「なるほど。では、お喋りはここまでだな」
 フレアも主人の肩から飛び立った。
 小さな翼のはばたきが空気を揺らす。
 それ以外の音はない。
 そう、彼方から聞こえていたはずの鳥たちの声が消えている。
 碧人は左右に素早く目を走らせ、静かに呟いた。
「始めましょう」
「おーやおや。いきなり敬語かい?」
「おまえに言ったわけじゃない」
「じゃあ、誰に言ったのかなー?」
 セッカが嘲るように尋ねると――、
「俺たちに決まってるんだぜぇーっ!」
 ――と、碧人の後方で叫び声が響いた。
 爆発音がそれに続く。
 ブレイブマインだ。
 カラフルな爆煙が巻き起こったかと思うと、そこにフォートレスキャノンの砲煙が加わった。
 そして、煙の奥から叫び声の主がミミックとともに躍り出た。
 人派ドラゴニアンのタクティ・ハーロット(重力を喰らう晶龍・e06699)である。
「助太刀するぜ、碧人!」
 タクティは左腕を振り下ろした。そこに装着されているのはガントレット型のドラゴニックハンマー『ligula』。
 アイスエイジインパクトが炸裂したが、標的となった疑似ボクスドラゴンはそれをかろうじて躱した(先程のフォートレスキャノンの洗礼も回避していた)。
 しかし、碧人が素早く投擲したエクスカリバール『鱗剥ぎの杖』までは避け切れなかった。
「ありがとうございます」
 赤い杖が黒い体に傷を負わせたのを見届けて、碧人は礼を述べた。
 感謝の相手はタクティだけではない。他のケルベロスたちも次々と姿を現していたのだ。タクティと同様に後方の煙を突き破って、あるいは右側の森から、あるいは左側の森から。
「遅くなってごめんね、フレアくーん!」
 あざといアニメ声をフレアに投げているのはオラトリオの大弓・言葉(花冠に棘・e00431)。頭上ではボクスドラゴンのぶーちゃんがヘリポートにいた時の根占・音々子と同じように『えっへん』とばかりに胸を張っている。威厳もなにもないという点でも音々子と同じだが。
「ぎゃーう!」
 と、フレアも皆に感謝の意を示した。

●竜の野で……
「君たち、この人のオトモダチかい?」
 セッカがケルベロスたちを見回した。口許には冷笑が浮かんでいる。十人以上もの敵に囲まれているにもかかわらず、恐怖も動揺も感じていないらしい。
「……そんなところだ」
『疑似混沌』を擬似ボクスドラゴンに叩き込みながら、上野・零が無表情に答えた。
「……彼を殺したいなら……まず、私たちを倒すことだな」
「うわー、あつい友情だ。泣かせるね。でも、君たち、判ってないでしょ? 有象無象が束になったところで――」
 冷笑を浮かべたまま、セッカは魔導書を開いた。
「――僕に勝てるわけないってことが」
 次元の狭間から水晶の剣の群れが召喚され、ケルベロスの前衛陣に降り注いだ。
 それらはダメージを与えるだけでなく、先程のブレイブマインによるエンチャントの幾割かをブレイクした。
 しかし、すぐに別のエンチャントがもたらされた。
「あんまり調子に乗ってんじゃないよ」
 シャドウエルフの新条・あかり(点灯夫・e04291)がライトニングウォールを築いたのだ。
「僕らは有象無象なんかじゃない。樹さんもいるし――」
 あかりは右側に視線を走らせた。そこに立っているのは、最初にブレイブマインを爆発させた二藤・樹(不動の仕事人・e03613)。
「――アジサイ先生もいる」
「そのとおり」
 あかりの視線が左側に移行するのに合わせて、竜派ドラゴニアンのアジサイ・フォルドレイズ(絶望請負人・e02470)が前に出た。彼もまたライトニングロッドの『救雷』を用いて、雷の障壁を生み出している。
「それにヴァーミスラックスもいるぞ」
「そう! 俺もいるぅー!」
 アジサイの声に応じて、ヴァオ・ヴァーミスラックス(憎みきれないロック魂・en0123)が『紅瞳覚醒』の演奏を始めた。無駄に派手なギターアクションを交えて。
「……」
 冷ややかな目でヴァオを見ながら、比嘉・アガサが『氷華』をシャドウにぶつけた。
「……」
 同じく冷ややかにヴァオを眺めながら、神崎・晟が無言でヒールドローンの群れを放ち、皆の守りを固めた。
「……」
 主人に一瞥もくれることなく、オルトロスのイヌマルが神器の剣でシャドウに斬りつけた。
 そんな二人と一体の様子に苦笑を浮かべつつ――、
「私もいます! 及ばずながら!」
 ――イッパイアッテナ・ルドルフが黄金の果実の光を放射した。
「猫ちゃんもいるよ」
「にゃあー!」
 あかりが頭上を指さすと、ウイングキャットが清浄の翼をはためかせた。
 その主人がセッカに突進していく。黒豹の獣人型ウェアライダーの玉榮・陣内(双頭の豹・e05753)。得物はゲシュタルトグレイブ。
「おーっと!」
 おどけた仕草とともに身を躱そうとしたセッカであったが、稲妻突きによって肩を抉られた。
 しかし、陣内も無傷では済まなかった。擬似ボクスドラゴンが空中で弧を描き、降下ざまにボクスブレスを浴びせてきたのだ。
「あれが……疑似ボクスドラゴン……」
 再び高度を上げる黒い影を追って、竜派ドラゴニアンがネリシア・アンダーソン(黒鉛鬆餅の蒼きファードラゴン・e36221)が走る。その背後に控えているのはルリィ・シャルラッハロート。先程、フォートレスキャノンを発射したのは彼女だ。
「ワッフェルシルド……展開!」
 ネリシアは『鬆餅盾の一撃(シュベーレシュラーク・ワッフェルシルド)』を発動させた。両肩に装着されたワッフル型の盾が唸りととともに突き出され、先端の衝角で疑似ボクスゴラゴンに傷を穿つ。
 狐色の美味しそうな盾が離れると同時に弾丸が撃ち込まれた。言葉の時空凍結弾だ。
「フレアくんとは似ても似つかないわね。まあ、そのおかげで容赦なくブっ込めるけどー」
「でも、本体のほうは……碧人くんに……なんとなく似てる……」
「確かに似てるな」
 ネリシアに同意を示しつつ、霧島・カイトがブレイブマインで仲間たちの攻撃力を高めた。
「碧人のそっくりさんとやり合うのはこれで二度目だ」
「一度目はワイルドハントか。あの時はボクスドラゴンのおまけはなかったが……」
 と、晟が言った。かつて、碧人の暴走時の姿をしたワイルドハントが出現したことがあるのだが、それを討伐したチームの中には碧人の他にカイトと晟もいたのだ。
「あいつはワイルドハントの同類……ってわけじゃないんですよね」
 そう呟いたのは、『三狐神召喚』で陣内の傷を癒していた御子神・宵一。
「ただのパチモンといったところでしょうか」
「はははっ!」
 セッカが大声で笑った。
「『偽る陽炎』の二つ名を持つ僕をパチモン呼ばわりとはね。いやはや、無知な家畜っていうのは度し難いよ」
「はーはーはー」
 と、樹が笑い返した。セッカの言動を戯画化するかのように抑揚のない声で。
「自分で『偽る』とか言っちゃうなんて、無意識に負けを認めてるとしか思えないんだけど」
「ほざいてろよ、家畜くん」
 樹の挑発を涼しげに受け流しつつ、セッカは氷河期の精霊を召喚し、アイスエイジで攻撃した。
「なにせ、今だけなんだからね。君たちが戯言を抜かしていられるのはさ」
「俺の耳には――」
 アジサイが再びライトニングウォールを築き、ポジション効果によるキュアでアイスエイジの氷を溶かした。
「――おまえの抜かしていることのほうが戯言に聞こえるがなぁ」

●竜の徒と……
 ケルベロスたちは各個撃破の方針を取り、擬似ボクスドラゴンを集中的に狙っていたが、セッカを放置していたわけではない。
「イツワルカゲローさんとやらに教えてほしいんだが――」
 陣内が腕を振り下ろすと、セッカの前に水の壁が生まれた。いや、壁ではなく、鏡だ。幻影を映し出してパラライズを付与する『ナルキッソスの水鏡』。
「――その鏡に映る姿も偽りなのか?」
 皆が擬似ボクスドラゴンを攻撃している間、陣内はセッカの相手をしていた。足止め役として。そして、敵の能力を知るための観察役として。
(「今までの手応えから察するところ……残念ながら、特定の攻撃に弱いとかいうことはないらしいな」)
 心中でそう結論づける陣内の視線の先で水鏡が溶けて流れ落ち、その奥にいたセッカがまた姿を現した。ダメージを受け、おそらく鏡像に幻惑されてパラライズも付与されているだろうが、口許にはまだ余裕の冷笑が浮かんでいる。
「君の考えは見え見えだよ。弱点を探ってるんだろう? でも、残念でした。僕には弱点なんかない。もちろん、シャドウにもね」
「こいつの名前、シャドウっていうの? もうちょっと捻ろうよ」
 戦場を翔ける小さな黒い影を目で追いながら、樹が右腕を体の前にやった。
 他の多くのケルベロスと同様に彼もシャドウばかり攻撃していたが、射線上にセッカが入るような位置取りを常に心がけていた。主人を庇わざるをえない状況にシャドウを追い込むためだ。シャドウが樹の攻撃の盾になれば(樹は最初からシャドウを狙っているのだが)、その分、陣内の攻撃がセッカに通りやすくなる。
「確かに弱点はないみたいだけど――」
 右前腕部に装着した複雑な装置に樹は指を走らせた。小さな爆発が虚空に生じ、爆風に吹き飛ばされた氷の破片がシャドウに突き刺さる。爆破スイッチによる達人の一撃。
「――耐性もないみたいだぜぇーっ!」
 タクティが後を引き取り、右腕のガントレット『nibaru』から伸びるマインドソードでシャドウを斬り伏せた。
「たたみかけろ!」
「言われなくても判ってる」
 陣内の指示を背中で聞きながら、アガサがシャドウに肉薄し、ジグザグスラッシュを見舞う。
 そして、碧人とネリシアが素早く両側から回り込み、バリケードクラッシュと大器晩成撃を打ち込むと――、
「クェーッ!?」
 ――断末魔の叫びだけを残して(声を出すことができたらしい)シャドウは雲散霧消した。
「さあ、次はあんたの番! 覚悟しなさーい!」
 言葉がセッカに指を突きつけて、己の体を地獄の炎で包み込んだ。インフェルノファクターだ。
「覚悟ぉ? なにを言ってんだか」
 文字通り『燃えている』言葉に対して、セッカはせせら笑いをぶつけた。同時にペトリフィケイションの光線も。
「壁を一枚壊した程度で勝ち誇ってんじゃないよ」
「壁ェ? ナニヲ言ッテンダカ」
 セッカの声音を真似て(ちっとも似ていなかったが)、アジサイが気力溜めで言葉を癒した。
「サーヴァントをただの壁扱いしているようでは絶対に勝てないぞ。フレアと強い絆を結んだ碧人にはな」
「いえ、アジサイさん。私だけじゃありませんよ。皆さんだって、強い絆を有しているはずです」
「ぎゃーう!」
 碧人の意見に同意するかのように空中でフレアが鳴いた。
 その下を黒豹が駆け、ケルベロスたちに破剣の力を付与していく。もちろん、本物の豹ではない。あかりのグラビティ『残照』によって生み出された幻獣だ。
 彼女の意識が反映されたのか、その黒豹は陣内に似ていたが――、
「――本物のほうが良いだろう?」
「ふふっ」
 自身の顔を指さして問いかける陣内に対して、あかりは微笑を返した。

●竜の仔が……
 防壁たるシャドウを失い、攻撃を一身に受けることとなっても、セッカは余裕のある態度を崩さなかった。
 三分ほどの間は。
 今はもう違う。
 本人はまだ冷笑を浮かべているつもりなのかもしれないが、口許は引き攣り、眉間に皺が寄り、目には焦りの色が見える。
「口数が減ったな。この期に及んで寡黙系にイメチェンか?」
 セッカを挑発しながら、陣内がパイルバンカーを打ち出した。
「いやいや、第一印象通りのキャラをしっかり貫いてると思うよ」
 樹が爆破スイッチを操作し、『二藤式段発解体術』を発動させた。一列に並んだ不可視の爆弾が続け様に炸裂し、爆風の刃でセッカを切り刻んでいく。
「だって、ほら。劣勢になったら地が出ちゃうってのは、高慢系ニセモノキャラのお約束だし」
「うるさい!」
 セッカが初めて声を荒げた。冷笑になっていない冷笑を浮かべたまま。
 その叫びに応じるかのように、緑色の粘菌のようなものが彼の足下に湧いて出た。無貌の従属。
「数で圧すことしかできない家畜のくせに!」
「……どうして……今更、人数のことを……持ち出すの? 『有象無象が束になっても』云々って……言ってたのに……」
「黙れ!」
 首をかしげたネリシア(挑発の意図はなく、純粋に疑問を口にしただけなのだが)に緑の粘菌が襲いかかる。
 だが、同じく緑色の影が両者の間に素早く割り込み、盾となった。
 タクティだ。
 その背中にアジサイが気力溜めを施した。
「二藤の言うとおり、地が出たな」
「まったく、判りやすい野郎だぜ!」
 アジサイの呟きに頷きながら、タクティは左腕の『ligula』を突き出した。
 同時にネリシアがオウガメタルの『グラファイト』をバスターライフルに変形させた。
 棘状の結晶がついたガントレットから竜砲弾が撃ち出され、トリケラトプスの頭部を思わせるバスターライフルからフロストレーザーが伸びる。
 更に碧人がディスインテグレートを放った。
 砲弾と光線と虚無球体を続け様に浴びて、セッカは後方に吹き飛んだ。いや、衝撃を利用して飛び退り、間合いを広げたのである。
 そして、魔導書の頁に指を這わせ、呪文を詠唱しようとしたが――、
「……」
 ――舌がもつれて声が出なかった。パラライズの効果だ。
「脳髄の賦活かな?」
 と、敵が唱えようとした呪文の名を口にしたのは鹵獲術士のあかり。
「上手く唱えられたとしても、焼け石に水だったと思うよ」
「ぐぎゃっ!?」
 あかりのライトニングボルトを胸に受け、『焼け石』たるセッカは無様にのけぞった。
 そこに陣内が稲妻突きを、タクティが竜爪撃を、ネリシアが大器晩成撃を容赦なく浴びせていく。
「だいたい、偽りのナンタラとか言ってるけどさぁ」
 樹が破鎧衝で追撃した。
「ぜっんぜん上手く偽れてないじゃん。自分の姿を夜陣さんに似せてるつもりなのかもしれないけど、いちばん大事なところが真似できてないよ。ですよね、夜陣さん?」
「そうそう!」
 と、碧人より先に言葉が答えた。
「いちばん大事なところ――それはフレアくんの可愛らしさ! 可愛いは正義なのー!」
 正義の刃ならぬ簒奪者の鎌を振り下ろし、ブレイズクラッシュを叩きつける。
「ぎゃう!」
 樹と言葉の称賛に対して喜びの声を返しつつ、セッカにボクスブレスを浴びせるフレア。
 一方、ともにブレスを吐くぶーちゃんは少しばかり不満げな顔をしていた。言葉がフレアばかり推すので、妬いているのだろう。
 それを察したネリシアが優しくかつ不器用にフォローした。
「ぶーちゃんも……可愛いと……思うよ。だから……拗ねないで」
 それから顔を反対に向け、ぶーちゃん以上に不遇な存在を慰めた。
「あ? ヴァオさんも……拗ねないで……」
「いやいやいやいや! なぜ、ここで俺に振る? べつに拗ねてないから! 拗ねてなーいーかーらー!」
 駄々っ子のように両腕を振るヴァオの足元でタクティのミミックが地を蹴り、セッカにガブリングを見舞った。
「……くっ!」
 セッカはミックを引き剥がすと、後退りを始めた。苦痛の声が漏れた口許は先程よりも更に引き攣っているし、眉間の皺は深くなっているし、目に浮かぶ色は焦りから絶望に変わっている。それでもまだ冷笑の名残りを顔に張り付けているのは流石というべきか。
「こ、これで勝ったと思うなよ。薄汚い家畜どもを始末する役目を負っているのは僕だけじゃないんだからね。所詮、君た……」
「煌ける星、すべてを照らせ!」
 捻りのない捨て台詞は迷いなき声に断ち切られた。
 声の主は碧人。
 ゆっくりとセッカに近付きながら、彼は『天焦がす竜星(ドラゴニック・エルタニン)』の呪文を詠唱していた。
「すべてを焦がせ!」
 碧人の足が止まり、煌めく光球がセッカを包み込んだ。
 そして、すぐに消失した。
 セッカもろとも。

「ありがとうございました」
 碧人は仲間たちに改めて礼を述べた。
「気にしなくていいんだぜ。俺も『春の愚者』に襲われた時に助けてもらったからな。その時を借りを返しただけだぜ」
 そう言って、タクティが笑った。
 他の者たちも笑っていた。
『他の者たち』とはケルベロスだけではない。フレアも笑っている。ぶーちゃんや陣内のウイングキャットやタクティのミミックやイヌマルを含む八体のサーヴァントに囲まれて。
「ぎゃうーっ!」

作者:土師三良 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2018年3月10日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 0/感動した 0/素敵だった 1/キャラが大事にされていた 8
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