殺人機マグナ

作者:紫村雪乃


 黒衣に身を包んだ女の姿がぼうと浮かび上がった。
 美しい女である。が、人間ではない。死神であった。
 死神は身を屈めた。足元に男が横たわっている。巌のような顔の男だ。二メートルを超える巨躯の持ち主であった。
 死神は男に球根のようなものを植え付けた。『死神の因子』である。
「さあ、お行きなさい。そしてグラビティ・チェインを蓄え、ケルベロスに殺されるのです」
 死神はいった。すると男はゆっくりと身を起こした。目が赤光を放つ。電子の目であった。
 次の瞬間だ。男は転がっていたガトリングガンを掴んだ。そして凍りついた表情のまま立ち上がった。
 男の名はマグナ。かつて人間を狩るために生み出された殺人機であった。


「死神によって『死神の因子』を埋め込まれたデウスエクスが暴走するわ」
 場所は鹿児島と和泉・香蓮(サキュバスの鹵獲術士・en0013)はいった。
「デウスエクスは大量のグラビティ・チェインを得るために人間を虐殺しようとしている。もし、このデウスエクスが大量のグラビティ・チェインを獲得してから死ねば、死神の強力な手駒になってしまうわ」
 それを防ぐにはデウスエクスがグラビティ・チェインを得るよりも早く撃破するしかない。急ぎ現地に向かう必要があった。
「デウスエクスはアンドロイド型のダモクレスよ。武器はガトリングガン。ケルベロスのものより強力よ。おまけに怪力の持ち主。注意が必要ね」
 香蓮はあらためてケルベロスたちを見回した。
「死神の動きは不気味だわ。けれど、まずは暴走するデウスエクスの被害を食い止めないとね。撃破をお願いするわ」


参加者
桂木・京(ダモクレスハンター・e03102)
ミント・ハーバルガーデン(眠れる薔薇姫・e05471)
ヒナタ・イクスェス(世界一シリアスが似合わない漢・e08816)
黒鉄・鋼(黒鉄の要塞・e13471)
ウルトレス・クレイドルキーパー(虚無の慟哭・e29591)
差深月・紫音(死闘歓迎・e36172)
月見里・ゼノア(バスカヴィルの猟犬・e36605)
ベルローズ・ボールドウィン(惨劇を視る魔女・e44755)

■リプレイ


「死神が蘇らせた殺人機ですか。他勢力の戦力ですら、蘇らせて戦力化してしまう死神達。非常に厄介な相手ですね」
 鹿児島市につづく道の途中、八人の男女は足をとめた。つぶやきをもらしたのは、その中の一人である。
 夜色の髪をもった冷然たる美少女だ。異界の空を思わせる灰色の瞳が魅惑的であった。名をベルローズ・ボールドウィン(惨劇を視る魔女・e44755)という。と――。
 ベルローズの瞳が翳った。
「惨劇の記憶を、もうみたくない、と思う私がいるけど、それ以上に……惨劇の記憶に慣れてしまいそうな私もいる。慣れないと、この先重圧で押し潰されそうなのはわかってる」
 ベルローズは呻きに似た声をもらした。
「けれど惨劇に慣れてしまうのは……何か、自分が恐ろしいモノになってしまいそうで。言い知れない不安に震えるのは、自身の弱さなのでしょうか」
 苦しげにベルローズは問うた。が、答えてくれる者は誰もいない。彼女が背負った十字架を支えてくれる者は彼女独りしかいないのだった。
「とにかく、今は目の前の問題を排除するのが先決ですね」
「そうですね」
 深い海を思わせる群青の髪の少女がうなずいた。人形のように端正な顔には冷たい表情しかなく、どこか妖しい。
 少女――ミント・ハーバルガーデン(眠れる薔薇姫・e05471)は寒夜の鈴の音のような声で続けた。
「今は、起こってしまった事件を一つずつ解決していきましょう。けれど何とも不気味な存在ですね、死神というものは。事件は数多く起これども、その足取りは掴めない……」
「ダモクレスか」
 ふん、と桂木・京(ダモクレスハンター・e03102)という名の女が鼻を鳴らした。
 二十四歳。短く切りそろえた黒髪に眼鏡という理知的な顔立ちの娘だ。身につけた強化軍服の胸元は大きくはだけられ、はりのある乳房が覗いていた。
「死んでからも死神に利用されるとは哀れなものだが、ダモクレスであるなら二度と蘇らないように破壊してやろう」
 京はいった。その語調に剣呑なもものが滲んでいるのはダモクレスが彼女にとって宿敵であるからだ。
 六年前、ダモクレスの襲撃を受けた時に姉は行方不明となった。そして京自身も右腕を奪われたのだった。
「時間はないかもしれないが」
 京は立入禁止テープを貼り巡らせはじめた。その様子を眺めながら、ニンマリと笑った者がいる。
 月見里・ゼノア(バスカヴィルの猟犬・e36605)。異端の魔術士である。
 西洋の生まれらしく、また由緒正しき血筋も相まって、ゼノアは秀麗な顔立ちの美少女であった。が、どこか見ている者をひやりとさせるところがある。壊れた人形を思わせる不気味があるのだ。
「さてさて、今日も今日とて死神の影を追いかけましょう。追いかけて追いかけて、唯、追いかけて……あれ? なんででしたっけ……?」
 ゼノアは首を傾げた。
 その時だ。地鳴りが響いた。


 地を踏みつけて歩み寄ってくる男の姿があった。マグナだ。
「哀れな」
 長い黒髪を風に靡かせた男がいった。彫りの深い顔立ちは端正といっていい。ただ表情が欠落していた。
 男――ウルトレス・クレイドルキーパー(虚無の慟哭・e29591)は静かな声で続けた。
「恐らく自分もかつてはダモクレスであった存在。一歩違えば、目の前の敵は自分であったかもしれない。死神などに利用されぬよう成仏させるのがせめてもの情けか」
 ウルトレスの顔に表情が動いた。戦いの予感に戦慄している。
 彼は常に虚無感に抱いていた。戦いに身を投じた時、その虚無感は薄れるのだ。
「ふん」
 差深月・紫音(死闘歓迎・e36172)という名の女が忌々しげに鼻を鳴らした。猫の耳と尾をもっているところからみてウェアライダーであろう。しなやかな肢体も持ち主で、目尻に紅をさしている。
「死にかけの戦士に贐を、と言えば聞こえはいいが、結局は捨て駒じゃねぇか。そんな無粋ことするやつに好き勝手させるわけにはいかねぇよなぁ」
 紫音は不敵に笑った。
 その時、マグナが足をとめた。眼前に立ちはだかるケルベロスに気づいたのだ。
 マグナは巨大なガトリングガンをかまえた。邪魔者すべてを粉砕せんと弾丸をばらまく。
 通常、携行するガトリングガンの弾丸は重機関銃のそれを用いる。当然威力も重機関銃弾のそれだ。
 が、マグナの放つ弾丸の威力は違った。対戦車機関砲のそれすら凌駕するものだ。辺りの木々は紙のようにちぎれ、岩は卵の殻のように粉砕された。


「くぁ、花は見事に散るが良い。オチね~♪」
 くるくると、身を回転させつつ踊るようにマグナに迫った者がいる。赤いペンぐるみに身を包んだ若者だ。名をヒナタ・イクスェス(世界一シリアスが似合わない漢・e08816)というのであるが、何を考えているのか良くわからない男であった。
 その時だ。八人めのケルベロスが動いた。凶猛な印象すら抱かせる超硬度の鎧で全身を包んだ男だ。胸に抱いた忠誠に衝き動かれるまま、男――黒鉄・鋼(黒鉄の要塞・e13471)もまたマグナに迫った。
「ダモクレスの戦士。その名誉、俺が守る」
 地を蹴り散らし、鋼は距離をつめた。その目は彼にむけられたガトリングガンの銃口を見とめている。が、鋼の足がとまることはない。
 前進制圧。それこそが鋼の真骨頂であった。
 次の瞬間、ガトリングガンが吼えた。雷鳴に似た轟きと無数の閃光。怒涛のように乱れ飛んだ弾丸が鋼に着弾した。
「ぬっ」
 鋼ほどの男が足をとめた。ものすごい破壊力に、砕け散ってはいないものの彼のまとった鎧の砕片が飛び散っている。そして内部衝撃はただならぬものであった。無視できぬ衝撃に生身はダメージを受けている。がくりと鋼は膝を折った。
「これでは近づけん」
「へいへい~ヒナタさんはココのオチね~」
 声は空中からした。空を舞うヒナタの声だ。そのヒナタの腕はドリルのように回転していた。内蔵モーター回転させているのだ。
 唸りをあげて旋回させた拳をヒナタはマグナの胸に叩き込んだ。
 鋼と鋼が相博つ音が響いた。衝撃音とともに火花が散るが、マグナに動じた様子はない。仮面めいた無表情のまま、マグナは腕を振り下ろした。殴打されたヒナタが地に叩きつけられ、粉塵を巻き上げる。
「私の動きに、付いて来られますか?」
 ミントがマグナの前へと駆け、光散る蹴りの一撃で敵の足を蹴りはらった。
「くっ」
 呻く声は、しかしミントの口から発せられた。マグナは倒れない。ミントの足は鋼鉄の塊を蹴りつけたような感触を彼女に伝えている。
 マグナがじろりと足元を一瞥した。そしてガトリングガンの銃口をむけた。
 その時だ。雷鳴のごとく銃声が鳴り響いた。ばらまかれた熱弾がマグナの身をうった。さすがにたまらずマグナはわずかに身動ぎした。
 次の瞬間、射手を特定したマグナのガトリングガンの銃口が動いた。京にむかって。
 そうと悟った京は地を滑った。後を追って放たれる弾丸が地を穿つ。京の機動に追いつけないのだった。
「こっちだ」
 かき鳴らされるギターの音色が響いた。ウルトレスだ。
 振り向いたマグナは見た。ウルトレスの肩に装備されたガトリングガンの銃口を。
 咄嗟にマグナがガトリングガンをむけたのと、ウルトレスのそれが火を噴いたのが同時であった。
 空で無数の火花が散った。噛み合わずに流れすぎた銃弾が彼我の身体に着弾する。
 マグナはよろめいた。ウルトレスは吹き飛ばされた。威力はやはりマグナのガトリングガンの方が上だ。
「やってくれるじゃねえか」
 紫音の手から漆黒の鎖が噴出した。それは地を疾り、仲間を守護する魔法陣を描いた。
「さぁ、せめて愉しみましょう」
 ゼノアは脚をはねあげた。理力をこめた星型のオーラを蹴りとばす。光流はマグナを直撃し、赤い火花を派手に散らせた。


「死を告げし嘆きの精よ。一陣の疾風となりて、我らに敵を屠る権能(ちから)を与え賜え!」
 ベルローズは叫んだ。呪文の詠唱だ。
 怨嗟の絶叫にも似た音を響かせ、疾風が吹き荒れた。舞う砂塵がケルベロスたちを包む。
 バンシィゲイル。死霊魔法だ。惨劇の記憶から抽出された魔力により引き起こされた風は仲間達を癒やすとともに、彼らが秘めた力を引き出すのだった。
 同じ時、テレビウムのぽんこつ一号は倒れたウルトレスに駆け寄っている。応援動画を見せ、傷を癒していた。
 じろり。
 すばやくマグナは目で走査した。ガトリングガンを振り、弾丸をばらまく。
「この銃弾の雨…避けられるか?」
 マグナの掃射を避けた京は地を疾走しつつ、二丁のリボルバー銃をかまえた。撃つ。
 吐き出された弾丸はしかし、あらぬ方向へと飛んでいった。はずした。誰もがそう思ったことだろう。が――。
 着弾の衝撃にマグナはよろけた。それは京が放った弾丸の仕業であった。彼女は跳弾を利用し、マグナの死角を狙撃したのであった。
 恐るべし。疾走しつつ、同時に跳弾の軌道を計算してのけた彼女の銃撃の業を何と評してよいか。
「ぬっ」
 マグナは脚を踏みしめた。京を追って弾丸をばらまく。さすがに躱しきれず京は被弾の衝撃に倒れた。
「ほーら、こちらですよー」
 嘲弄するような声はマグナの背後からした。ゼノアだ。
 マグナははじかれたように振り向いた。するとゼノアの顔にうかんでいた笑みがすうと消えた。
「孤独に寄り添う影よ、解放の時は来た」
 ゼノアはいった。
 刹那である。彼女の影が離れた。そして黒き者とした立ち上がる。
 が、それも一瞬だ。模倣すべき形を失った影は無形の闇と変じた。そしてマグナを包み込んだ。
 さすがのマグナが慌てた。闇から逃れようとし、すぐに動きをとめた。身体が痺れてしまっている。
 今だ。
 そう悟ったミントは指を闇にむけた。
「優しさオーラの弾丸を受けなさい、まぁ、貴方にとっては優しくないでしょうけど」
 ミントの指から光が迸りでた。それはオーラを凝縮させた弾丸である。
 着弾。闇が消えた後、マグナは片膝ついていた。
「死神に使役されし者……」
 ミントの氷の美貌に表情が動いた。それは破壊される定めの道具とされたものに対する憐憫であったのかもしれない。
 と、ゆっくりと、しかし確かな物腰でマグナは立ち上がった。その手のガトリングガンが火を吹く。怒涛のように弾丸が唸りとんだ。
 さすがにケルベロスたちも躱すことは不可能であった。鮮血をしぶかせ吹き飛ぶ。
 が、一人、佇んでいる者がいた。いや、むしろ歩み進んでいる。鋼であった。
 その背後、動いたのはぽんこつ一号であった。駆け寄り、映像を見せ、癒す。
「もう見たくないけれど」
 辛そうに唇を噛み、しかしベルローズは大地に塗り込められた惨劇の記憶から魔力を抽出。掃射で傷ついた仲間に超自然的治癒を施した。
 その時、鋼はマグナに接近していた。弾丸に鎧を削らせつつ。すでに彼の鎧には亀裂がはしっているが、しかし鋼はとまらなかった。
 マグナの眼前、ついに鋼はがくりと膝を追った。その足元には鎧から流れ出た彼の鮮血が血溜まりをつくっている。
 とどめとばかりにマグナはトリガーをひいた。火線はしかし、空に流れた。ガトリングガンの銃身をつかみ、鋼が上にむけたからだ。
「届いたぞ」
 マグナはこたえない。無表情のままガトリングガンから鋼の腕を振り払う。
 わずかな隙。それをヒナタは見逃さない。
 大きく跳躍したヒナタはマグナの腹部に迅雷の蹴りを叩き込んだ。あまりにも重い蹴撃。それは鉄の魔人にとっても重すぎた。
「くぁ、さすがに効いたのがオチね~」
 反動を利用し、空で旋転。よろめくマグナを見下ろし、ヒナタはニッと笑ってみせた。が――。
 ヒナタの笑みが凍りついた。マグナが手をのばし、ヒナタの脚を掴んだからだ。
「くぁ、は、放すのオチね~――あっ」
 ヒナタはぐいとひかれた。そして子猫のように大地に叩きつけられた。
「くぁ」
 ヒナタの口から鮮血が溢れた。衝撃に地が陥没している。
 ヒナタの足を放し、マグナは内部機構を走査した。ダメージは八十パーセントを超えている。早急なる対象の撃破が必要であった。
 マグナのガトリングガンが吼えた。ばらまかれた弾丸の威力は増幅されている。着弾した箇所はすべて爆裂した。
 粉砕された木々が吹き飛ぶ。大地は爆散し、土砂を巻き上げた。ケルベロスたちも例外ではない。破壊の神が辺りを蹂躙した。
「破壊完了」
 マグナが機械的な声音でつぶやいた。
 刹那だ。爆炎を裂いて飛び出した者がいる。オウガメタルを鋼の鬼と化し、全身にまとわせたウルトレスだ。
 ウルトレスの拳が疾った。マグナのそれも。
 ウルトレスはマグナの拳をはじいた。代わって左の拳をマグナの顔面に叩き込む。
 ガンッ。
 重く硬い鋼の激突音。ウルトレスの拳がマグナの顔面をとらえた。一気にうちぬく。
 マグナの巨体が空にういた。その時、紫音は信じられぬスピードで中空を翔けている。
「独学の喧嘩殺法と侮るなかれ! 間合いの詰め方はお手の物ってな!」
 マグナの懐に紫音は飛び込んだ。刹那、二条の光流が乱舞した。紫音の両手の二剣――無銘とゾディアックソードが閃いたのだ。
 血煙舞踏・塵。マグナを滅多切りにした後、紫音は蹴り飛ばした。反動で空に舞う。
 マグナは地に叩きつけられた。砂塵の中、しかしマグナは身を起こした。が、その姿はあまりに無残であった。内部機構が露出され、オイルが先決の黒々と彼の身を染めている。
「マグナ。貴様の名誉は俺が守る」
 鋼はチェーンソー剣を振り上げた。そして一気にマグナを斬り下げた。
 キュイィィィン。
 ウルトレスがベースの弦を素手で引き千切った。それが戦闘――ライブの終了を告げる鬨の鐘となった。


「今回の相手も死神に利用された被害者でもあるんですよね。せめて、最後の弔いぐらいは……」
 ゼノアは痛ましげにマグナの骸を見下ろした。うなずくと京は火を放った。
「ここまですれば蘇ることもないだろう」
「利用されたとはいえ、最期に心行くまで戦えたのは戦士の本望だろ」
 紫音がぼそりと呟く。するとヒナタは手をあわせた。
「くぁ、花は儚く散るのが定め……グッバイ、マグナ。次は来世で会おうのオチね~♪」
「それは機密漏洩の防止でもあり、誰にも亡骸を弄ばせない為の弔いでもある。
「貴方の裏切りは未遂に終わりました。それなら、貴方は最後までダモクレスだった筈です……」
 鋼は敬礼した。戦士に対する戦士の挨拶だ。
「……そうそう。鹿児島と言えばかるかんに薩摩揚げですよね。折角ですし、壊れた箇所にヒールしたら、お土産みていきません?」
 ベルローズがいった。すると他のケルベロスたちは顔を見合わせた。上品可憐なベルローズがそんなことをいうと思っていなかったのだ。
 可笑しそうな笑い声が春めいた空に響いた。

作者:紫村雪乃 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2018年3月6日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 3/感動した 0/素敵だった 1/キャラが大事にされていた 2
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