紡いだ記憶は幸せの

作者:ヒサ

 とあるベーカリーの倉庫に、不要となった旧式のオーブンが眠っていた。
 その足元を這うのは小さなダモクレス。宝石を抱くそれがオーブンに入り込んでほどなく、箱型をしていた機械は金属音を伴い変形して行く。扉部が次々開き、呼吸するに似て蒸気を大きく吐き出した。脚があった底面には幾つものタイヤを備えるようになり、擦れる音を伴いオーブン、否、ダモクレスは、倉庫の扉の前へ。がしゃんと更に音を立てたかと思うと、金属板を張った扉へと熱風を吹きつける。
「温度上昇中……シカシ不足、更ニ出力ヲ上ゲマス」
 範囲を絞った熱気がやがて扉を変形させる。そうして脆くなったそれを体当たりで破り、ダモクレスは屋外へと出て行った。

「パン屋さんの古いオーブンが、ダモクレスになっちゃうみたいなんです」
 そう言った笹島・ねむ(ウェアライダーのヘリオライダー・en0003)は、ケルベロス達にこれの討伐を依頼する。このオーブンは使われなくなって久しく、しかし回収に出される機会を逸したまま仕舞い込まれていたのだという。
「このままですと、外に出たダモクレスが人を襲っちゃいます。だから、そうなる前に止めて来て欲しいんです!」
 ダモクレスが居る倉庫は店の裏手にある。市街地ではあるが、そちらは建物の隙間を走る裏道に面しており、人通りはほぼ無い。倉庫の外に出て来た所を迎撃すれば良いだろう。付近には不要品等が置かれている為もあり少々手狭だが、ケルベロス達ならば問題無い筈だ。
「オーブンは元々ですね、おっきい人がお二人並んだくらいか、もう一回り大きいくらいの銀色の箱だったみたいです。ダモクレスになってもその大きさはあんまり変わらないですけど、タイヤでびゅんびゅん走り回って、熱風とか火とかを吐いて攻撃して来るので、火傷と、あと体当たりにも気をつけてくださいね」
 大きい割に動きは結構速いらしい、とねむは言った。
「まだお昼過ぎの時間ですので、お店が開いてます。お店の人にはねむから事情をお伝えしておきますけど、みんなが急いでくれるとお客さん達も安心出来ると思いますっ」
 そう説明を終えた彼女は、あと、と語調を緩めた。
「無事に終わったら、お店でお買い物するのも楽しいかもしれません。パン屋さんですけど、パウンドケーキとかクッキーとかも扱われてるみたいですっ」
 店の表側には少ないながらテーブル席があり、そこで食べて行く客も居るようだ、と続けるねむの目は、話に出た菓子が目の前にあるかの如く輝く。
「……お土産くらいなら、買えるかもだけど」
「あ、お客さんの多くはお持ち帰りで買って行かれるみたいですよ。みんながお店で食べて行くのでしたら、お席がいっぱいって心配はしなくて良さそうですっ」
 楽しげな少女のその様をどことなく感心した風見遣った出口・七緒(過渡色・en0049)の呟きにねむは笑顔で応えた後、はたとすれ違いに気付いて慌てた顔になる。
「──あ、いえ、ねむの事はいいんです! 頑張ってくれるのはみんななんですから、みんなが楽しんでくださるのが一番で最優先ですよっ!」
 そう彼女はケルベロス達を見渡して、ぐっと拳を握った。


参加者
カトレア・ベルローズ(紅薔薇の魔術師・e00568)
ナディア・ノヴァ(わすれなぐさ・e00787)
エヴァンジェリン・エトワール(白きエウリュアレ・e00968)
木戸・ケイ(流浪のキッド・e02634)
神宮時・あお(囚われの心・e04014)
佐々木・照彦(レプリカントの住所不定無職・e08003)
ウーリ・ヴァーツェル(アフターライト・e25074)
尾方・広喜(量産型イロハ式ヲ型・e36130)

■リプレイ


「したらカトレアは向こうを頼むな」
「ええ、お任せ下さいな」
 ウーリ・ヴァーツェル(アフターライト・e25074)とカトレア・ベルローズ(紅薔薇の魔術師・e00568)がそれぞれ逆方向へ向かう。
「手伝おう」
「人がいたら、驚かせてしまうもの、ね」
 路地の出入口、表通りに面する辺りを封鎖する為にとテープ片手の二名へそれぞれ続くのは、ナディア・ノヴァ(わすれなぐさ・e00787)とエヴァンジェリン・エトワール(白きエウリュアレ・e00968)。
「気ぃつけてなー」
 彼女達を見送り手を振る佐々木・照彦(レプリカントの住所不定無職・e08003)達は問題の倉庫前で待機する。いつ戦いが始まっても良いよう、敷地から公道への出口を重点的に塞ぐ構えだった。
「お前も手伝ってくれるんだな、頼りにしてるぜ!」
 入力済みの照合データから洩れる仲間の姿を見、尾方・広喜(量産型イロハ式ヲ型・e36130)が、その相手である木下・昇へ近づき笑顔を向ける。
「いえ……、これが俺の役目ですから」
 全くの初対面では無い相手と広喜の記憶──記録という方が近いだろうか──にはあった。自分は敵の行動を阻むよう援護を試みると続けて申告した昇へ彼は、頼もしい、と目を細めた。
「お待たせしましたわ!」
「お疲れさん」
 余裕を持っての行動ではあったが念の為と急ぎ戻った四名を、待機していた面々が労う。現場は未だ静かで、杞憂で済んだと安堵した。それから暫しの後に彼らは、倉庫の扉が歪む様を目にする事となった。
 扉を突き破り敵が現れる。軽快に滑り移動する相手へ応戦すべく彼らは即座に動く。
(「オーブン、だった筈です、のに、……どうして、タイヤ」)
「──行くわ」
 父からの愛の形を一つ撫で、エヴァンジェリンがその手で白くきらめくナイフを抜いた。前へ出る仲間達へ広喜が銀の光を纏わせる。飛び出して来た時のまま、自身に備えた扉を開け放った姿で敵は熱気をまき散らす。
「こんがり丸焼き、なんてのは勘弁だなぁ」
 その存在感、あるいは距離があっても見て取れる巨体の圧迫感に目線を上げた木戸・ケイ(流浪のキッド・e02634)は、流石業務用、と感嘆交じりの声を。前方から流れ来る熱が程良く冷め得る距離から神宮時・あお(囚われの心・e04014)が砲撃を放った。動く対象に合わせ狙う轟砲の精度は、かろうじて、といったところ。容易くは無い相手と射手達は敵を捉えるべく張り詰める。
「その熱、冷ましてあげますわ!」
 薔薇を宿す刀を手にカトレアが冴えた斬撃を浴びせ、照彦が放つ気弾が敵を追尾し喰らいつく。
「奥の手ってやつやな! いきなり出したけど」
 暴れるに似て駆け回る敵の動きに振り回されざるを得ない前衛達へ向け、出口・七緒(過渡色・en0049)は雷壁の護りを成した。今回癒し手に就くのは二体のサーヴァントのみゆえに、彼ら中衛も補助に回る。
「てつちゃん、気ぃつけてな」
 盾として敵を惹きつけるべく画面を瞬かせるテレビウムへ傍らのウーリが言う。その彼女は白い手に夜色の札を繰り騎兵を喚び凍気を御した。辺りが冷え、金属が白く曇り、けれどそれでも敵は炎を噴き抗う。
「まだ肌寒い時季だからな、丁度良い……ってレベルを超えてるな流石に!」
 熱気どころか火そのものを直接浴びせられては余裕ぶるのにも限界がある。見切ってなお当てに来る敵にケイは煩わしげに息を吐いた。ポヨンが急ぎ水を操り火傷を癒す。
 敵を追い捉え、敷地外にだけは出さぬようにと気と体を張る中、やがてケルベロス達はとある確信に至る。
「キャスター……で、良さそうだな」
 敵にまみえる前、エヴァンジェリンはその出方を予測していた。それは的はずれでは無かったようで、異論は誰からも無く。
「エヴァンジェリン凄えっ」
 広喜が無垢な笑みを見せ、照彦が拍手を贈る。アリガト、と短い応えを受けて、一旦この話を置いておく。図体に見合った質量をぶつけに来る敵をあしらう為にと急ぎ意識を切り替えた。
 タイヤの音を伴い迫る敵の進路に、仲間を護るべく割り込んだのはウーリ。接触して、その細身では勢いを殺し切れず押された彼女の靴が地面に擦れる。
「ウーリ、退がってくれ」
 それでも敵が減速したその隙にと、高く跳んだナディアが宙から敵へ長銃を向ける。友人が応じ身を翻した瞬間に光線は敵を貫く。怯ませて、畳み掛けるべく動ける者が追撃へ。踏み込んだ照彦が敵を腹を殴りつけ。
「手ぇビィ~ンってなったわ痛ぁー」
 堅いなぁ、とぼやく彼へ、待ってて、と、エヴァンジェリンが標的の護りを崩すべく矛を振るう。敵の注意が散ったところで主の指示を受けたテレ坊が懸命にウーリを応援していた。
 被害は広がる前に、とケルベロス達は互いを気遣い合いながら戦いを進める。敵の狙いが偏り手当が追いつかぬ事があれば声を掛け合い分担を。
「オッサンも歳やなぁ」
「世話を掛けたな、先輩」
 刀で斬り払った直後の僅かな間を突かれ炎に巻かれた仲間へ照彦が治癒を。脳の奥底を揺さぶるプログラムを走らせた事に疲労を覚えたかのよう彼は目頭に手を遣り嘆息する。その後彼が取り出し装着した眼鏡が遠視用、より正確には老眼鏡だと気付き、恩恵を受けたナディアが年長者への敬意を表した。
「──さあ、一気に攻めますわよ!」
 手を重ねるにつれ敵を追う負担は徐々に軽くなり行く。頃合いと見てカトレアの刀が風を纏った。素早く距離を詰めた彼女の刃が敵の表面に刻まれた傷を狙い抉り裂く。細身には不似合いなほどの大太刀をしかし軽々振るうケイが続き、その傷を更に深めて穴を開けた。
「こんだけ壊せばホラーも起きないだろ」
 中の機構まで見えるほど腹を開かれた状態では、たとえ逃げられたとてうっかり肉焼き臭が、などという事態は回避出来よう──逃がす気は毛頭無いけれど。
 ケルベロス達からも視認出来る状態となった蒸気口が熱気を放つ。初めに比べれば対処し易くはあるが完全に回避とは行かず、肌を灼かれ顔をしかめる前衛達を案じ広喜が癒しの花を結ぶ。幾度もの攻撃を受けているとはいえ礼を寄越す彼らの声は未だ確かで、戦線が崩れる事は無さそうだと彼は安堵した。
 彼らは攻める手を緩める事無く着実に敵を追い込み、傷にくすんだ銀の箱は軋んだ音を零しながらぎこちなく応戦する──終わりは近いと、誰もが判る。
「こういうん見る度思うんやけど、勿体ないわなぁ」
「この子も現役だった頃があるわけやしねぇ」
 ウーリの手が大きく一つ、知覚を揺らす音を立てた。何気ない風洩らした声は、戻れぬ過去を悼むよう。
「そう、ね。幾つもの『幸せ』や『美味しい』を焼き上げたアナタは、どうか愛されたアナタのままで」
 エヴァンジェリンの手にある銀に輝く槍が、眩い光を纏う。その様は、慈しむような声は、聖女の尊い祈りの如く。
(「……あなたの為に、歌える詩、を、ボクは知りません、けれど」)
 合わせた両の手を丁寧に握りあおはそっと目を伏せる。音無き唄は終わりをと、強く願う。
 かつての彼は心持たぬものであったろうけれど、それでも、生まれた意義を誇り得るのならばきっと、とヒトたる者達は想う。歪められた再生など、彼は望まなかったであろうと──銀の箱型であったものが過ぎるダメージに塵と化して行く様を、ケルベロス達はしかと見届けた。


「お待たせ。もうキレイになってるのね、アリガト」
 事前と同様の分担で後始末を終えた。テープの回収と付近の第三者へのフォローを済ませ戻った者達は概ね煉瓦造り風に修復された倉庫や地面を見、それを為した者達を労った。
 すべき事を終え、ケルベロス達──敵の撃破を確認して後に己が務めは済んだと場を辞した昇を除く──は店の表側へ回る。一般客に交じって来店した彼らを迎えた店員は、事情を聞いている為だろう、深々と頭を下げた。
「ようやく、と思ってしまいますわね。良い香りですわ」
「そうやねえ。裏に居ても誘惑凄かったもんなぁ」
 上品に目を伏せるカトレアにウーリが微笑む。食欲を刺激されてならなかったと、同様に思う者は何名も居た事だろう。
「はー、凄え沢山あるんだなあ」
「どれも旨そうなのがまた。ポヨンは何食う?」
 年格好に反して物珍しげに店内を見回す広喜の声は無邪気な感嘆を響かせる。軽い語調ながら同意を示し頷いたケイは、自身のボクスドラゴンを伴い商品を選ぶ為のトレイとトングを手に取った。
「アタシ達も、皆にお土産、買わないとね」
 白手袋を外したエヴァンジェリンが続き、一つずつ丁寧に見定めて行く。
「エヴァンジェリン、これを」
 ややの後、彼女へと声を掛けたのはナディア。レジから引き返して来た彼女の手には細いリボンで飾られたクッキーの小袋。
「約束通り、名推理を讃えてな。助かった」
「まぁ」
 応えて手を伸べ掛けるも、近付く体温を感じ取り一瞬迷う白い指。気付いてナディアは掌を盆のように開いて揃え、その上に袋を乗せて差し出した。
「……アリガト」
 緑の目が驚いたように瞬いて後、柔らかに細められる。そっと持ち上げられ袋が渡り、白い娘は控えめなれど嬉しげに頬へ薔薇色を乗せた。

「あなたは何を買われるんですの?」
 友人らへの土産をあれこれ選んでいたカトレアが、テレビウムと連れ立って店内を見回る照彦へと問い掛けた。
「オッサンな、でっかいふわふわの食パンが食べたいねん。あとチーズのやつと、カレーパンと、卵乗ってるのとか──」
 彼女へと笑顔を向けた彼は朗らかに羅列する。が、ふと我に返ったように自身の財布に目を遣り、
「──け、けどそんな食べられへんから一個だけにしとこかな」
 結構な軽さのそれをさりげなく、豪奢な出で立ちで佇む少女の視界から隠した。
「あら、持ち帰りを想定して作られている商品でしょうから、お好きなだけ買われても構わないのでは?」
「いや、ほら、せやけどやっぱ出来たてが一番美味しいやん? カトレアちゃんみたいに誰かへのお土産にするんやったらそこはどうも出来へんけど、折角オッサンここ来れたんやし」
「なるほど、可能な限り最高の状態で頂こうと……商品にも職人にも礼を尽くすその姿勢、素敵ですわ。わたくしも見習わなくては」
 かくして現場で食べきれないであろう食パン一斤ルートは潰えた。
 彼らの事情を見て取り胸中で合掌したナディアとウーリは、やや遅めの昼食を選んでいた。それこそ幾つもは食べられないので、二つ辺りが限度かと彼女達は悩みに悩んでようやくレジ前へ並ぶ事が出来た。
 が、視界の隅を横切った橙の長髪を何気なく目で追ったナディアが難しい顔になる。その視線の行く先は、会計を済ませた七緒の手に提がる袋に入ったフルーツパウンドケーキ(一本)だった。
(「私も食べ……いや、お土産に……」)
 元より後ほど土産を届ける予定の彼女は、なんなら、と他の宛先の候補も脳裏に浮かべ悩み。
「ナディア、ナディア。一口ずつトレードいかがですか」
 概ね察したらしいウーリが楽しげに友人の肩をつつき、トレイに乗せたクロワッサンと件のケーキ(スライス)を提示する。青い瞳が小さな驚きと微かな恥じらいに瞬いて、友人を見上げる。輝く瞳が語る言葉は『ほら、折角やし色々食べたいやん?』。
「謹んでお受けします」
 であればと擽ったそうに表情を和らげたナディアのトレイには胡桃パンとチーズを折り込んだ白パンがあった。

「なあなあ、メロンパンてどれだ?」
 メロンは入って無いんだってな? と傍の友人へと広喜は問うた。エヴァンジェリンは軽く視線を彷徨わせ、とある一画を指し示す。
「アレね。広喜はお遣いだったわね、種類の指定はある?」
「ん? んー、色々あるかもとは聞いたが」
「……ノーマル、メープル、チョコチップ、クリーム入り──」
 悩む声を受けて彼女は商品の前に添えられた札を読み上げる。これだけのバリエーションが世に溢れているとなれば某元女神もそうそう飽きなかろうと感嘆の息を零した。
「全種類、買っちゃいましょうか?」
「おう、そうだな!」
 名案だとばかり広喜が屈託無く笑う。だったらこのくらいの量が欲しいと彼が長い腕を軽く広げた結果、急いで作るので暫し待ってくれと店員が試食品を詰めた籠を持って飛んで来たという。

「──これはクロックムッシュと、フィナンシェ」
「ふんふん……本当に色々あるんだなあ」
 試食品を仲間達にも分けて回る先生と生徒状態の二人へ礼を言い見送って後、テーブルについていたナディアとウーリは交換したパンをそれぞれ返却する。
「うん、匂いでも美味しいな」
「そやね、ふわふわなんもええなぁ」
 微笑んだナディアの嗅覚を次いで刺激するのはチーズの香り。ウーリの口元からはバターを含んだ生地がさくりと割れる音。各々一口分を咀嚼して。
「美味しい!」
「私達はこれを護れたわけだな」
 口元を押さえ目を細めるウーリの姿は、周囲の人々にも溢れる幸せを体現していて。頷き応えたナディアもまた自身のそれを味わいながら、優しい景色達を映す目の色を和らげた。
「──ところで、あれは大丈夫なのか」
 一つめを食べ終えた頃、ナディアの目は陳列棚前に長居している二名へ向いた。高い所の商品は取り辛いあおを七緒が(勝手に)手伝っているのだが。
「年頃のお嬢さんに勧めるのもなんだけど。キミはもう少し、太った方が良いと思う。……その方が喜びそうなヒトの心当たり、何人か居るんだよね」
 返答を挟める隙間を交えつつの結果奇妙に間延びした語調でぽつぽつと、しかし一方的に青年が話し掛ける形。少女の方は時折首を動かし応じるものの、概ね困惑した様子で相手を見上げているものだから、事情を知らぬ人から見れば大人しそうな女児につきまとう不審な男性の図である。
 これは好きか、こちらは日保ちする、小麦粉以外も栄養摂れ、等の勧め(ネタと時間がある為か、だらりと続く上に発散して留まる様子は未だ無い)と共に徐々に重量を増して行く腕に掛けた籠と青年に取り上げられたままのトレイの様に耐えかねたか、あおは彼の襟巻の端を引いて一時停止を要求した後、筆記具を取り出し何事か書きつける。
(「こんなに、食べられ、ません」)
 提示された紙面にある苦情へ目を落とした彼は、次いで視線の合わない少女の体格を流し見て、ああごめん、とごく軽く謝罪を発した。
「一人で全部食べなくても良いよ」
「…………」
 誰かと、と当たり前のように勧めて見本を示した彼につられてあおの視線が──受けた言葉ゆえに思考に沈んだ結果、定まらぬまま──宙を漂う。会計を済ませた荷を抱えるカトレアは仲間から試食を勧められ選びきれぬと楽しげに悩んでいた。買う物をようやく決められた照彦はトレイを持ってお手伝い中のテレ坊と共ににこにこしながらレジへと向かう。
「──まあ、他のお客さんらの迷惑になりそうやったら止めに行こか」
 ほんの一瞬視線が交差して、ウーリは少女へ小さく手を振った。
「良いなそれ、お土産か?」
 落ち着かぬ様子のあおがふと気付くと、食事を終え土産を選びに来たケイが近くに居た。菓子が満載の籠を見ての声に少女は戸惑うが、
「俺も世話になってる家の子達に買ってくんだぜ、うちはパン派が多いしな」
 この店のものなら味に文句は出なかろう、と自身の舌でも確かめた彼はそう続け品を選びに向かう。吟味する目は穏やかなれど真剣に。元気なあの子の好物と、物静かな淑女が喜びそうな物を探し、つやつやのチョコを掛けたコロネとココア生地と組合せ目にも楽しげな模様を描いたクッキーの袋を選んで会計へ。
「おチビちゃんも嬢ちゃんもこれなら気に入るんじゃねえかな」
 トレイを覗いて首を傾げるポヨンへ語りかける彼の声に興味を惹かれ、事情を聞いたエヴァンジェリンは花が綻ぶよう笑んだ。
「素敵。好きな物とか、喜ぶだろうなとか、一生懸命考えて貰えるの、きっと、凄く嬉しい」
「だと良いな。気が利くお兄さんだって見直してくれたりとか」
「アラ。見直す余地があるの?」
 問いは意外そうに。答えがからりと笑った。届けたい相手に喜んで欲しいのは同じと、交わしたのは優しい色。
 やがて広喜が求める品が揃い会計を終えるのに合わせ、彼女も自身の荷を受け取りにカウンタへ。彼で無くては手に負えぬであろう荷を抱え、お遣い完了と嬉しげに笑う友人をエヴァンジェリンは見上げた。
「広喜、少し屈んでくれるかしら」
「ん、どうかしたか?」
「ええ。コレ、あげる」
 彼の荷の天辺に彼女は、亀を象った小さなメロンパンを乗せる。チョコペンの線で描かれた子供のような笑顔が彼へと向いた。
「お? こんなのもあったのか」
 可愛らしいそれに、気付かなかった、と彼は無邪気に目を輝かせる。それに彼女は、熊のチョコパンや犬のクリームパン等と一緒に低い台に並んでいたのだと、気付いた仲間がそれを教えてくれたのだと答えた──子供に向けたそれは長身の広喜には低過ぎた。
「今日は、アリガト」
 喜んで貰えたようで良かったと、友を見上げる娘の視線は柔らかく。
「俺の方こそ、ありがとなっ」
 その優しさを感じてより一層、彼の笑顔は惜しみなく温かく。

作者:ヒサ 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2018年3月6日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 0/感動した 0/素敵だった 6/キャラが大事にされていた 5
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