病魔根絶計画~約束の青リボン

作者:澤見夜行

●切り裂かれる約束
 ――回帰性懐疑症候群。
 絆や愛といった目に見えない繋がりを信じられなくなり、それらを嫌悪・忌避するようになると同時に、酷い鋏の音の幻聴や寒気といった症状をもたらす病。重傷化した患者は誰の事も信じられなくなり、『自分の周りにいるのは敵ばかりである』という不条理な妄想に囚われ、敵とみなした他者を見境なく害するような行動に出てしまうこともある。

「待って! さゆ!」
 学校の階段を駆け上る少女青海美春は、自分から逃げる少女三木原沙由理を追っていた。
 どうしてこんなことになったのだろう。階段を駆け上がりながら沙由理の様子を思い出す。
 ――近頃、沙由理の調子が悪そうだとは思っていた。だからいつもより心配そうに声をかけただけなのに……。
 つい今し方、教室で起こった出来事を思い出す。
 ――この嘘つき!
 小さい頃から仲の良かった沙由理。美春にとって唯一無二の親友だ。
 何をするにもいつも一緒にいた。たまには喧嘩だってするけれど、それでもすぐに仲直りした。だって私達にはあの流星群の下でした約束があるんだもの。
 美春は自身の長い黒髪を縛る青いリボンに触れる。それは逃げる沙由理の髪にも巻かれている物だった。
 ――互いの髪を縛る青いリボン。それこそ二人を裏切らない約束の証。二人はどんなことがあっても――死ぬまで――一緒なのだという固い絆。
 教室で嘘つき呼ばわりされ、今まで見た事もない嫌悪の視線を向けられた美春は、机を倒しながら駆け出す沙由理を必死に追いかける。
 視線の先沙由理が階段の踊り場で足を止める。よかった、やっと話あえる。美春は安堵しながらゆっくりと近づいた。
 しかし――。
「えっ……」
 沙由理は自身の髪を縛る二人の絆、青いリボンをほどくと、どこに隠し持っていたのか手にした鋏で躊躇なくリボンを切り裂いた。
「どうして……ひどい、ねぇなんで? 私なにかした?」
「うるさい! 美春の方こそ私を騙して私を殺そうとしているくせに!」
「何……言ってるの?」
「お前がそういうつもりなら、私だって……!!」
 不意に美春のバランスが崩れる。沙由理が昇ってきた美春を突き飛ばしたのだ。
 まるでスローモーションのように階段から転げ落ちる美春。その視線の先に切り裂かれた青いリボンと、美春を見下ろす狂気に駆られた沙由理の瞳が映る。
 その情景を最後に、美春の意識は途絶えた――。

 その後、沙由理は拘束され回帰性懐疑症候群の重症患者であると判断される。
 隔離病棟に入れられた沙由理は、一人頭を抱えながら呟き続ける。
「約束なんて嘘……私は悪くない……私は――」
 その髪に、青いリボンは、巻かれていない――。


 集まった番犬達にクーリャ・リリルノア(銀曜のヘリオライダー・en0262)が依頼の説明を始める。
「今回は『回帰性懐疑症候群』という病魔を根絶してもらいたいのですよ」
 順調にその効果を実証している病魔根絶計画の新しい準備が整ったということだ。
 例によって、今回集まってもらった番犬達には特に強い『重病患者の病魔』を倒して貰う事になる。
「今、重病患者の病魔を一体残らず倒す事ができれば、この病気は根絶されて、もう新たな患者が現れる事もなくなるのです。勿論皆さんが敗北してしまえば病気は根絶されず、今後も新たな患者が現れてしまうので注意して欲しいのですよ」
 デウスエクスとの戦いに比べれば、決して緊急の依頼という訳ではないが、この病気に苦しむ人をなくすため、ぜひ作戦を成功させて欲しいとクーリャは番犬達に頭を下げた。
 続けてクーリャは敵の情報を伝えてくる。
 今回の病魔は治癒能力を阻害する鋏や、トラウマを植え付ける視線攻撃、拒絶の盾を生み出し自身を治癒する能力をもっているようだ。
「病魔根絶計画ではおなじみですが、今回もこの病魔への『個別耐性』を得られると、戦闘を有利に運ぶ事ができるのです」
 個別耐性は、この病気の患者の看病をしたり、話し相手になってあげたり、慰問などで元気づける事で、一時的に得られるものだ。
「今回のケースでは、目に見えない絆への不信感を解いてあげる事が重要なのです。患者さんに、病気になる前の幸せな人間関係を思い出させてあげることができれば、きっとうまく行くはずなのですよ」
 もちろん、患者が抱いている不条理な不信感について、優しく話し相手になってあげるだけでも、きっと心を和らげてくれることだろう。
 最後になりますが、とクーリャは番犬達に向き直る。
「大切な絆が壊れてしまうのは患者さんもその周りの人もきっと悲しいことなのです。そんな病気に苦しんでいる人を助け出して皆を幸せにしてほしいのですよ! どうか、皆さんのお力を貸してくださいっ!」
 ぺこりと頭をさげるクーリャは、そうして番犬達を送り出すのだった。


参加者
八千草・保(天心望花・e01190)
エリオット・シャルトリュー(イカロス・e01740)
神楽火・みやび(リベリアスウィッチ・e02651)
バフォメット・アイベックス(山羊座の守護の下・e14843)
アニーネ・ニールセン(清明の羽根・e40922)
早乙女・千早(喪失ノスタルジア・e44289)
メル・クオリア(妖騎士・e46599)

■リプレイ

●心解きほぐして
 担当する事になった三木原沙由理の慰問の準備として、番犬達は青海美春の元を訊ねた。
「こんにちは。わぁケルベロスの方に会うなんて初めてです!」
 幸い怪我は大した事がなかったようで、明るく番犬達を迎える美春。
 そんな美春に神楽火・みやび(リベリアスウィッチ・e02651)が質問した。
「沙由理さんとのこれまでのこと、そしてこれからどうしたいか。良かったら聞かせてくれませんか?」
 その質問に美春は少し悲しげな表情を浮かべながら、答える。
 小さな頃から一緒に育った沙由理。
 何ものにも変えられない約束は宝物で、一生忘れる事の出来ない思い出。
 そして、二人で選んだリボンはその約束の証明だ。
「――リボンを切ったのも、私を嫌っていたのも全部病気のせいだって聞きました……。でもそれはどうでも良くて……私はさゆが好き。さゆを信じています。たとえさゆが私を嫌いになっても……私はさゆとした約束を守り続けたいです」
「素敵な話です。良ければ過去の思い出、幾つか聞かせてはくれませんか?」
 頷きながらバフォメット・アイベックス(山羊座の守護の下・e14843)が思い出話を訊ねる。
 すこし照れくさそうに笑いながら、美春は沙由理との思い出を語った。
 それは幸せに満ちた二人の記憶。かけがえのない二人の足跡だった。
 優しく頷きながら聞いていたバフォメットは最後に、沙由理によって切られたリボンを預かりたいと申し出た。
 少し不安げになりながら、切れたリボンを差し出す美春。バフォメットは心配を取り除くように優しく、そして力強く語りかけた。
「大丈夫です。貴女の大事な人は、必ずこのリボンと共に戻します」
「そ、それなら、これも持って行って下さい!」
 そういって美春は自分の黒髪を縛る青いリボンをほどくと、それも番犬達に預けた。
「安心して待っていてください。沙由理ちゃんは病魔から必ず救いだします」
 メル・クオリア(妖騎士・e46599)が美春を元気づけるように言葉を重ねて、美春との面会は終わった。
 事前の準備は整った。番犬達は三木原沙由理の慰問へと向かう――。

 病室のドアをノックすると、どこかか細い声で返事が届く。
 ドアを開き中へと番犬達が入ると、線の細そうな少女がベッドに腰掛けていた。
「こんにちは……三木原沙由理です。……ケルベロスの方に会うなんて初めてで、緊張しますね」
 美春と同じような事を言う沙由理に番犬達は心の中で笑みをこぼす。似たもの同士というものだろうか。
 メルが果物をお見舞いの品として渡す。甘味は心を解かしてくれる――好みもあるかもしれないが、果物に目を輝かせる沙由理を見てその心配は杞憂だと思った。
 八千草・保(天心望花・e01190)もまた青い花の籠を差入れする。ほのかに香る花の香りが精神を落ち着けるようだった。
 軽く自己紹介をしながら雑談に花を咲かせる。緊張がほぐれてきたところで、病魔についての話に触れ、本題へと入っていく。
「三木原さんはまず、怪我をさせたことについて青海さんに謝らないといけない」
 そう口火を切ったのは早乙女・千早(喪失ノスタルジア・e44289)だった。
「でも……美春は私を……」
「それは病魔の仕業というのもあるけれど、友達じゃなかったとしても、無闇に他人を傷つけるのはよくないことだ。三木原さんは、そうは思わない?」
 千早の言葉に、どこか不満げになりながらも納得する沙由理。
 千早は大切な者達を失った自分の境遇もあり、沙由理と美春には絆を取り戻してほしかった。
 あまり口が上手いほうではない。拙い言葉を重ねながら一生懸命に沙由理を説得する。その最中、千早の手は無意識に左手薬指にはめた母親の形見の指輪に触れていた。
「青海さんはきっと許してくれると思う。だって、友達だから」
「病気のせいだって言われても……まだ私には美春の事が……信じられません」
「それならどうしてそう思うのか、話してみて? ね?」
 アニーネ・ニールセン(清明の羽根・e40922)が沙由理の中で膨らんだ美春への不信感を吐露するように促す。
 沙由理は、少しずつ言葉を紡いでいった。
 自分の中で膨らんだ美春への不信感。目に見えない約束や絆は糸が切れたように途切れ、そんなあやふやな物は信じられなくなった。
 一度切れてしまえば、あとは坂を転がるように不信は高まる。全ての思い出が塗り替えられていって、消えていった。
「私にはもう、美春への不信感しかない……それだけじゃない、何も信じる事ができないんです」
「青海さんと過ごしてきた三木原さんは本当にそうだったかしら?」
「……前はそんなやなかった? ……何が怖いんかな」
 アニーネと保の言葉に、沙由理が答える。何かを信じようとするとひどい鋏の幻聴が聞こえて信じられなくなるのだと沙由理は頭を抱えた。
「……私にはもうわからない……私には皆敵に思える。美春も両親も、貴方達も……」
 それは本心ではない。けれど病魔に冒された心は沙由理の意識を塗り替えていく。思わず出てしまった言葉に沙由理は小さく「ごめんなさい」と謝った。
「――そうですね。あなたの言う事は理解できます」
 病魔に冒された少女の心を慮って、バフォメットが同意の相槌を打つ。その上で、美春より預かってきた切れたリボンを見せながら、美春に聞かせてもらった思い出を語った。どこか遠い目をしながらその話を聞く沙由理にアニーネが言葉を重ねる。
「素敵な思い出がきっとたくさんあると思うの。私達も聞かせてもらったもの。青海さんと三木原さん二人の大切な思い出。大丈夫、ゆっくりでいいのよ。ゆっくり思い出してみて」
 アニーネは、美春が沙由理を傷つけるような人ではないと、大切な人であるということ思い出す手伝いをするように優しく笑顔で言葉を投げかける。そして、それに合わせるようにバフォメットも言葉を折り重ねていった。
「ゆっくり思い出して――そして、あの頃の貴女の思いはどうでした? もう一度、信じて見ませんか?」
「私は……美春と……」
 思い返す数々の情景。病魔に塗りつぶされた過去の記憶が、少しずつ解きほぐされていく。
「……きっと、誰でも、疑ってしまうことはある……。沙由理はんの、ほんまに大切にしたい気持ちは何? きっと、単純でええん。……たとえ、傷ついてもええ……、そう思えるなら、信じたいものを、信じればえんよ」
 沙由理に差し出されている青いリボンを見ながら保が言葉を紡ぐ。自分も好きな青色。御守り代わりたまに持ち歩くリボン。どこか他人事とは思えない思いが言葉を走らせる。
「流星群、覚えてるかな……。どんな約束を、したん? 美春はん、きっと待ってる。あなたのことを信じてる……そうは、思わへん?」
 沙由理の目に、あの時の流星群の情景が広がる。誓いを立てた二人の約束。互いに結び合った約束のリボンを、私は――切り裂いてしまった。衝動に駆られて行った行為に、今になって後悔と慚愧が浮かんでくる。何かに覚醒するように沙由理は目を見開いた。
「……私は……なんてことを……」
 か細い身体が震える。瞳に涙が浮かび、こぼれ落ちる。
 エリオット・シャルトリュー(イカロス・e01740)がもう一つのリボンを沙由理に見せる。
「流星群の下で約束をした時、君はどう思った? 今ではどう思っているんだ?」
「わた、私は……本当に、美春が、好きで……いつまでも一緒にいたいって……」
 その言葉にエリオットは頷く。
「そっちがリボンを破ったとしても、青海はまだ大切に持っていたようだぜ? 自分を害する人が、約束の品を未だに持っているものだろうかね。どう思う?」
「うぅ、美春……」
 エリオットの問いかけに、涙する事でしか答えられない沙由理。しかしその答えはすでに出ているだろう。美春の事を理解できているはずだ。
「怖がっていちゃ疲れるばかりだろう。信じるまではいかなくとも、折れる前に縋るぐらいは良いんじゃないか」
 病魔を根絶しないかぎり、沙由理の心を塗りつぶす不信感は消える事はないだろう。しかし、その思いを払拭するきっかけを番犬達は与えていく。
 後を引き取るように、みやびが美春の言葉を沙由理に伝えていく。
 姉妹のように育ち、親友で――恋人で。どんなことがあっても沙由理を信じ、約束を守ると言った美春。その言葉をみやびが代弁した。
「いかがでしょう。今お話したことが正しいかどうか、確かめてみませんか?」
 それは電話での確認を促すものだった。沙由理は不安げに顔を曇らせる。
「……今は、正直怖いです……」
 覚悟の決まらない沙由理に、部屋の端で壁に寄りかかっていたギルフォード・アドレウス(咎人・e21730)が自虐気味に言葉を溢した。
「取り敢えず俺は22年間無駄に生きてきた訳だが「竹馬の友」と呼んで良い奴なんてのはいなかったぞと。まあ、それほど貴重な存在な訳だ。病魔による一時の過ちはあったかも知れんが、ちゃんと何時ものように説明して謝罪すれば問題はないだろう」
 まあ、それはおたくの方が良くご存じなはずだが、と不器用に、皮肉交じりにギルフォードが言う。
 その言葉に――まだ覚悟は決まらないけれど――沙由理は涙を拭って番犬達に向き直った。
「病気が治ったなら、その時は――」
 沙由理は番犬達に頭を下げる。どうかこの心に救う病魔を倒して欲しいと。
 その言葉にしっかりと頷き、任せて欲しい、と番犬達は答えた。
 そうして慰問は終わる。あとは病魔を倒すだけだ――。

●病魔根絶の時
 病魔召喚が行われる――。
 保とバフォメットが二人がかりで召喚を行う。すぐに白い布を纏ったかのような病魔『回帰性懐疑症候群』が姿を現した。
「獣身変!」
 バフォメットが左斜め上に真っ直ぐ伸ばした右手を右へ回転させながら気合いを入れる。その姿が戦闘を行う為の黒山羊の姿へと変わっていった。
 ウィッチドクター達が直ぐさま沙由理を避難させる。人の心を拐かし、絆を破壊せんと目論む病魔との戦いはすぐに始まった。
 絆を断ち切る鋏が中空を舞い番犬達に襲いかかり、浮かび上がった不信の視線が心のトラウマを生み出していく。番犬達の猛攻を拒絶の姿勢で耐え凌ぐ回帰性懐疑症候群は孤独の魂塊だった。
「さぁ『嘆き』を……! 噛みつけ!」
 ギルフォードが『悪意』を込めたナイフを投擲する。投げ込まれたナイフは病魔に『噛み付き』続け『悪意』を浸食し、自己再生を阻害する。
 オウガ粒子を散布しながら集中力を高めると、戦場を駆け、手にした刀で一合、二合と斬り結ぶ。
 襲いかかる鋏をその身を盾に撃ち落とすエリオット。怯む事無く目標へと走り込むと、高速演算からの痛烈な一撃を放つ。
「青炎の地獄鳥よ、我が敵をその地に縛れ」
 続けざまに脚の地獄を解放し、地面を蹴る。澄んだ青色の炎で構成された鵙が生み出されると同時に突撃し、青炎の楔となって病魔を釘付けにした。
「お薬の時間です!」
 バフォメットは駆けながらウイルスカプセルを投射し治癒阻害を行うと、魔力を込めた咆哮を響かせ病魔の動きを封じる。
「守護星座の光のもと、仇成すものに罰を。ともに歩む者に癒しを」
 詠唱と共に祈りを捧げれば、辺りに光が降り注ぐ。清浄なる光は回帰性懐疑症候群へとダメージを与え、仲間達に癒やしをもたらした。
「その守護、打ち払う――!」
 メルが疾駆し、手にした剣に星座の重力を宿すと、重く激しい一撃を持って病魔の守護を打ち払う。
 混沌を纏わせたメルの積極的な攻勢は、次々と病魔のその身を削り、守護を打ち払っていく。おぞましい悲鳴にも似た奇怪な音を立てながら病魔は逃げ惑い、メチャクチャに鋏を飛ばしてくる。
 鬼気迫るその攻撃を時に受け、時に弾き飛ばしながら、番犬達は病魔へと攻勢を続けていく。
「皆はんはボクが支えます――」
 襲い来る病魔の攻撃に仲間達が傷つく。しかし保がすぐさま癒やしのグラビティを持って治癒し、支えていく。
 また次々と植え付けられる状態異常に対しても、雷の壁を構築し、異常耐性を付与し、対応していった。
 仲間と連携を密にし、的確にサポートしていく保。その甲斐あって番犬達は十全の力を持って継戦することが出来ていた。
「あなたが奪ったものの重さ、痛みとして思い知らせてあげますわ」
 みやびを中心に多種多様な聖剣、魔剣が召喚される。そしてみやびの傍には残霊たる神楽火・皇士朗が現れる。
 皇士朗に託された一振りの剣。残霊である皇士朗が地を蹴り疾走すると、常人ならざる剣技を持って病魔の肉体だけでなく精神さえも断ち切った。
 消えゆく残霊――皇士朗を見送りながら、みやびも病魔に肉薄すると視認困難な斬撃をもってその傷を切り広げていった。
「回帰性懐疑症候群、ここで根絶するわ」
「お前には、これ以上何も奪わせない」
 アニーネと千早が、グラビティを迸らせながら病魔へと駆ける。アニーネは『鋼の鬼』と化したその身をもって病魔の装甲を拳で打ち破っていく。前のめりに連激を繰り出すアニーネの前に病魔を包む白布が解れて破ける。
 同時に、千早の力任せの斬撃が病魔を襲う。度重なる番犬達の猛攻を前に、病魔の動きが止まる。
「もっと強く、もっと鋭く、もっと……速く!」
 ワイルド化した心臓が生み出す『混沌の血潮』が千早の全身の筋力を強化し、刹那の間に病魔を切り刻む。
 そうして、千早の限界を超えた一撃を為す術無く受けた病魔は短い断末魔を残し消滅していった。
 ここに、回帰性懐疑症候群は根絶されたのであった――。

●約束の青リボン
 保が咲かせた青い花に満たされた病室で、番犬達と沙由理が対面する。
 どこか照れくさそうに笑う沙由理は、症状が無くなり美春に対し謝らなければと思っていることを番犬達に話す。それならばと、すぐにみやびが沙由理を公衆電話まで連れて行った。
「……あ……み、美春?」
 少し恐怖の入り交じったか細い声。しかしその不安を払拭するように、受話器越しでも聞こえる大声で美春は沙由理を気遣った。
「うん……うん……ごめ、ごめんね」
 涙ながらに謝罪の言葉を重ねる沙由理。でもどこか嬉しそうで、番犬達はホッとする。
 電話を終え、涙を拭う沙由理に、バフォメットが切れた青リボンを渡す。
「ヒールで直す事もできるが、元通りとはいかないかもしれない」
 その言葉に、沙由理は首を振る。
「これは私の過ちです。今日のことを忘れないためにこのまま持っておきたいです。それに……」
 受け取ったリボンを左右の髪に小さく結ぶ。不格好ながらそれは髪留めとして機能していた。
「こうして、ちゃんと美春との約束を守りたいです……今度こそ」
 そういって微笑む沙由理は、ようやく心の重荷が溶けたようだった。
 その微笑みを見た番犬達は、きっと二人はもう大丈夫だろうと、心から想うのだった――。

作者:澤見夜行 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2018年3月7日
難度:やや易
参加:8人
結果:成功!
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