病魔根絶計画~信じられるのは自分だけ

作者:神無月シュン

 野球部の学生2人が言い争っている。普段は仲の良い2人なのだが、1人の様子がおかしい。
「おまえ、そのバットで俺を殴ろうとしているんだろう?」
「おい、何言っているんだ? もう練習が始まるぞ」
「ち、近寄るなあああ!」
 青年――シンイチは心配そうに近づいてくる、友人の顔面を思い切り殴りつけた。
 それからすぐに、シンイチは隔離病棟へと入れられた。
 傷つけ合わない様に、一人一人個室の病室に入れられ、家族や友人も落ち着いたときにしか会うことが出来ない状態だ。
「寒い……寒い。それにさっきから聞こえるハサミの音。あいつら俺を閉じ込めて、殺す気なんだ」
 一人きりの病室のベットの上で、シンイチは寒気とハサミの音の幻聴に怯えていた。

「病院の医師やウィッチドクターの努力で、『回帰性懐疑症候群』という病気を根絶する準備が整いました。ですので今回は、皆さんに病魔を倒してもらいたいのです」
 セリカ・リュミエール(シャドウエルフのヘリオライダー・en0002)は集まった皆にそう説明する。
「この病気は絆や愛といった目に見えない繋がりを信じられなくなり、重症化すると、患者はやがて誰のことも信じられなくなって、『自分の周りにいるのは敵ばかりである』という不条理な妄想に囚われ、敵とみなした他者を見境なく害するような行動に出てしまうこともあるようです」
 現在、この病気の患者達が大病院に集められ、病魔との戦闘準備が進められている。
「皆さんには、この中で特に強い、『重病患者の病魔』を倒して貰いたいのです」
 今、重病患者の病魔を一体残らず倒す事ができれば、この病気は根絶され、もう、新たな患者が現れる事も無くなるそうだ。勿論、敗北すれば病気は根絶されず、今後も新たな患者が現れてしまう。
「デウスエクスとの戦いに比べれば、緊急の依頼という訳ではありません。ですが、この病気に苦しむ人をなくすため、ぜひ、作戦を成功させて欲しいのです」

「この病魔は回復阻害やトラウマを与える攻撃を得意としています。今回の戦いでは『個別耐性』を得ることが出来れば、戦闘を有利に運ぶことができます」
 個別耐性は、この病気の患者の看病をしたり、話し相手になってあげたり、慰問などで元気づける事で、一時的に得られるようだ。
「個別耐性を得る事で、『この病魔から受けるダメージが減少する』ので、戦闘が楽になると思います」
 この病気で重要なのは、目に見えない絆への不信感を解いてあげる事だ。
「患者本人に、病気になる前の幸せな人間関係を思い出させてあげることができれば、有効となるでしょう。そのほか、患者が抱いている不条理な不信感について、優しく話し相手になってあげるだけでも、心を和らげてくれるかもしれません」

「病魔を根絶する為、皆さんの力を貸してください」


参加者
彼方・悠乃(永遠のひとかけら・e07456)
マサヨシ・ストフム(蒼炎拳闘竜・e08872)
イッパイアッテナ・ルドルフ(ドワーフの鎧装騎兵・e10770)
園城寺・藍励(深淵の闇と約束の光の猫・e39538)
彩葉・戀(蒼き彗星・e41638)
レッヘルン・ドク(怪奇紙袋ヘッドクター・e43326)
黎薄・悠希(憑き物の妖剣士・e44084)
クロエ・テニア(彩の錬象術師・e44238)

■リプレイ


 患者の元へと向かうため、ケルベロス達は病院の廊下を歩いていた。一般病棟を抜け、先ほどまでとはうって変わって、辺りは静寂に包まれている。ただ仲間達のコツ、コツという靴音だけが響く。
「人を信じられぬというのは辛いことじゃろうな……そんな状態じゃ生活もままならんじゃろうに。早く助けてやらねばの」
 彩葉・戀(蒼き彗星・e41638)が頬に張り付いた、銀色の髪をかき上げる。青年の回復を祈り、病院へと赴く前に行った水垢離の為か、髪の毛はまだかすかに湿っていた。
「誰かを信じられなくなるばかりか、敵とみなしてしまう病気ですか。何やら、昔の特撮でそんな話を見たことがありますね……今回は病魔が相手。なれば確実に駆除できます。必ず根絶してみせますよ」
 ケルベロスとして、そしてウィッチドクターとして何としても救ってみせると、レッヘルン・ドク(怪奇紙袋ヘッドクター・e43326)。
「物理的に病気撲滅ってマジすごいヨネ。病魔関係は初めてだケド頑張るし!」
 レッヘルンの言葉に、反応するクロエ・テニア(彩の錬象術師・e44238)。
 話をしながらしばらく歩いていると、やがて病室の扉が見えてきた。
「病魔とは言え、倒さなきゃ行けない敵に変わりはない……人々の希望の障害になるのなら、うちはそれを断つだけ。希望の未来の為に……」
 園城寺・藍励(深淵の闇と約束の光の猫・e39538)の身体が光だし、姿を変えていく。光が消えその場には白猫の姿へと変身した藍励。
 レッヘルンが病室の扉を開けると、隙間から真っ先に中へと入っていく。
「にゃー」
 甘えたような声でひと鳴き。青年――シンイチの膝の上に陣取った。
「な、なんだ!?」
 急なことに驚くも、それが猫だとわかると、恐る恐る頭を撫でる。
 猫を撫でて落ち着いていた所に、他の気配を感じ顔を上げたシンイチは、突然の来訪者に顔が一気に強張る。だが、反応はそこまででいきなり敵意をむき出しにはしない。友人や家族と違って、初対面の間柄。元々知らない相手なのだから裏切りも何もない。
「だ、誰?」
「私はあなたに危害を加える気はありません」
 安心してと、彼方・悠乃(永遠のひとかけら・e07456)が微笑み話しかける。
「でも、私のその心は見えないですよね。だから、分かってほしいのは私の力」
 悠乃は一歩踏み出し、しゃがむと視線を合わせ優しく語りかけた。
「あなたは私にとって守るべき人。デウスエクスと戦ってきた私は、あなたを一撃で殺せるけど、守るべき人だから……だから今、生きているあなたの存在を信じて。それこそが私があなたを傷つけない証」
 本当に殺す気ならこの部屋に入ってきた時点で終わっていると……。
 悠乃が話をしている最中、横から声が割り込んだ。
「ちょっといいか? 病気ゆえに無理に信頼しろとか、安心しろとは言わん。だが、相互に利益があることは理解してくれ」
「え……えっ?」
「俺はその病気を根絶することで、相応の収入が手に入る。君はその病気が治ることで、煩わしい幻聴も謎の寒気も無くなる。つまり君が治療を受けてくれりゃあ、皆幸せってわけよ」
 マサヨシ・ストフム(蒼炎拳闘竜・e08872)がニッと笑う。
「それでも信じられないのなら、今この場で俺を好きなだけ、殴り、傷つけ、排除しようとして構わん。俺は一切やり返さないからな」
 どこからでもかかってこいと、両手を広げてみせるマサヨシ。
「誰も信じられなくて、一人きりで……ずっと、寂しかったんじゃないかしら? こんな子供みたいなお姉さんで良かったら、お話、聞かせてもらえないかな。見た目はこんなだけど、これでも20歳なのよ? 私って」
 落ち着いたのを確認し、黎薄・悠希(憑き物の妖剣士・e44084)が声をかける。
 身長だけなら小学生と言われても納得してしまいそうになるが、もちろんそうではない。
「野球部なんですってね。仲のいい友達もいたそうじゃない。どんな理由で、その子と友達になって、どんな理由で、野球部に入ったのかしら。楽しんでいた頃のお話、聞きたいわね」
 しばらく猫を撫でた後、シンイチは思い出しながら昔の事を話し始めた。


「以前はお互いどう接していたのですか?」
「そんなに仲良かった彼が本当に? よく思い出してみてください」
 シンイチの話を聞いていたイッパイアッテナ・ルドルフ(ドワーフの鎧装騎兵・e10770)は時々、言葉を促すように質問を投げかけていく。
「シンイチさん、聞いてほしいものがあるのですが……」
 レッヘルンがボイスレコーダーを取り出す。本当は野球部全員の声を届けてあげたかったが、時間が足りなかった。再生ボタンを押すと、聞こえてきたのはシンイチが病気を発症して殴ってしまった友人の声。病気を治してまた一緒に野球をやろうな――と。
「貴方が信じてくれなくなっても、彼は貴方を信じています。もう一度、ご自分の歩みを振り返ってみませんか? お互いに信頼し合っていたことを思い出してください」
 涙を堪えようとうつむくと猫と目が合う。猫は膝の上から飛び降りると光に包まれる。光が消え、立っていたのは藍励。
「ふふ、ごめんね、驚かせちゃったかな……」
「猫が人に……?」
「少しは、落ち着いた……? よかったら、キミが楽しかったと思える、友達との思い出、聞かせてくれないかな……」
 藍励に促され、再び話し始める。
 話が途切れ、会話を黙って聞いていた戀が口を開く。
「どうじゃ? 話をしてみて。お主自身は結局、どうしたいのじゃ?」
「俺は……俺はっ」
「楽しかった時を思い出して、それでも信じられぬのは辛いじゃろう……じゃが、それでもじゃ。その辛さに抗うのじゃ。信じようと足掻くのじゃ。それに打ち勝てたら、今までよりももっと楽しいことがあるはずじゃ」
「私達と一緒に、戦いましょう?……大丈夫、お姉さんこう見えても強いんだから。誰も信じられないというのなら……まずは、私を、私達を信じてみて?」
 悠希の言葉に一同頷く。助けたいという気持ちは皆同じだ。
「まだ怖いなら、アタシともっとお話ししよ?」
 クロエがベットの縁に腰掛けると、前屈みに詰め寄った。その拍子、シンイチの視線はクロエの胸元へと吸い込まれる。胸元が開いた露出の高めな服装だ。男ならついつい見てしまうのも仕方ない。顔を真っ赤にしながらも視線を逸らすことができない。
「んー、大丈夫? おっぱい揉む?」
「クロエさん、いきなり何言ってるんですか」
 クロエの提案にイッパイアッテナが慌てて止めに入る。
「少しくらい揉まれてもヘーキだし?」
「そう言う問題ではなくてですね……ああもう、避難の準備しますよ」
「ちょっとイッパイアッテナ、引っ張らないでっテ」
 イッパイアッテナとクロエが移動式ベットのロックを外す。
「レッヘルンさん、病魔の方お願いします」
「さあ、出てきなさい。私達がぶっ飛ばして差し上げます」
 頷くとレッヘルンはシンイチの体内から病魔を呼び出した。
 体内から飛び出した黒い霧が空中に像を結ぶ。シーツのような白い布で包まれた何か。あれが本体だろうか。護るように宙を舞う目玉のようなものと鋏、はさみ、ハサミ。
 チョキチョキと忙しなく鳴る音は、ケルベロス達を威嚇しているようにも聞こえる。
 病魔の召喚が成功したのを確認した、イッパイアッテナとクロエはベットを押し、病室の外へと運ぶ。外へ出ると待機していた看護師へと託し戻る。
「不快な音……」
「まったくだ」
 連続するハサミの音に顔をしかめる藍励。同感だとマサヨシが頷く。おそらくこの音がシンイチが苦しめられていたものだろう。こんなものを延々と聞かされていたら、誰だっておかしくなる。
「さーて、アタシ参上! 出会いがサヨナラになるのはアタシ達の運命ダネ!」
 クロエとイッパイアッテナが戻り、ケルベロス達は武器を構えた。


 悠乃が地面を蹴り、病魔へと飛び蹴りを入れる。続けてマサヨシが『竜鱗鉄剣-シニープラーミャ』を振り上げ病魔に向かって叩き込む。
 2人の攻撃受けた本体が布の中でもごもごと蠢いている。
「気味が悪いですね」
「まったくだ」
 攻撃を加えるたびに蠢くその様子を眺めていると、急に動きが止まり無数のハサミが病魔の周りを回転し始めた。
 数えきれない数のハサミが嵐のように襲い掛かる。チョキ、チョキ、チョキ……。
 体と一緒に目に見えない何かを斬られている感覚。
「皆さん大丈夫ですか?」
 ナノナノがバリアを展開しレッヘルンを護る。その間に薬液の雨を降らせ、治療しようとするレッヘルン……しかし、どうにも傷の治りが悪い。
「これは……、少々厄介ですね」
「そーゆー時は早く倒しちゃうのが一番ッショ」
 クロエがガジェットを構える。
「術式、セット! 天より降れ、地より絡めよ、汝の身を染めるは……潰崩の赤! シュート!」
 放たれる赤――その波動は濁流の如く病魔を飲み込んでいく。
「大地の力を今ここに――顕れ出でよ!」
 イッパイアッテナが足りない分を補うように、回復を重ねる。
 『スピリチュアルレイド』をフルスイングする藍励。攻撃を受け、病魔が後方へ下がる。その間に浮遊していた目玉のようなものが割り込むと、藍励と視線がぶつかる。
「!? しまっ……」
 心の内側まで見透かすような視線が、過去のトラウマを呼び起こしていく。友を失ったあの時を――。
「ああ、あああっ、こ、こないでっ」
「ここで一つ、お聞きあれ。幻想曲『星雲の儚き光』」
 戀の奏でる。星々の儚き光を連想させる優しい旋律が、藍励を包み込む。
「離れろぉぉ!」
 藍励の前へと飛び出した悠希が目玉を斬り落とす。
「落ち着いたかの?」
「ありがとう……もう大丈夫」
 耐性のおかげで、ダメージ自体は抑えられてはいるが、付加効果がケルベロス達を苦しめる。戦闘が長引けば長引くほど、こちらの消耗の方が大きくなっていく。それならばと先程のクロエの言葉通り、一気に攻勢にでる。
「古の祈り、守りの印、危害を封じる力をここに」
 悠乃が詠唱を終え、威力を減退させる封印を宙に浮く目玉やハサミに施していく。
「武器の次は本体です」
 ミミックの『相箱のザラキ』から、金色の鎖を受け取るイッパイアッテナ。その鎖を病魔へと向かって放つ。伸びた鎖が布の上から病魔を縛り付ける。
「マサヨシさん、今です!」
「おう! 我が炎に焼き尽くせぬもの無し――我が拳に砕けぬもの無し――我が信念、決して消えること無し――故にこの一撃は極致に至り!」
 目を閉じ集中。『最強の自分』という暗示に拳に蒼炎が宿る。目を見開くと同時、踏み込む――。
「焼き潰す! 極致・蒼炎の一撃ぃぃぃぃ!!」
 蒼炎を纏った正拳突き。その拳が病魔の中心を捉え吹き飛ばす。
「さっきのお返しだよ……時解、弐之型『三攻』」
 吹き飛ぶ病魔へと藍励が追撃。
 怒涛の攻撃に、たまらず病魔が拒絶の姿勢をとるが、
「無駄じゃ」
 全身を光の粒子に変え、突撃する戀。その一撃は病魔の守りを砕き、突き抜ける。
「ガジェット、モードチェンジ! 魔導石化弾シュート!」
「五ノ刻、黎明。十七ノ刻、薄暮。始り、終わりの交わり、来たりて――――宵闇、瑠璃斬!」
 悠希は『黎魂喰大刀』『薄魔喰小刀』2本の刀を交差させ、詠唱。刻が交わり創り出される瑠璃色の世界。瞬間、その世界から目にも留まらぬ神速の一撃が病魔へと襲い掛かる。
 攻撃を受け吹き飛ぶ病魔。その先には『ボコスカバット』を握りしめ、一本足打法の構えのレッヘルン。
「葬らん!!!」
 ――フルスイング。打ち返されたボールの様に病魔は上空へ。しかしここは室内。程なくして天井へと叩きつけられた病魔は、黒い煙となって霧のように掻き消えた。


「皆、お疲れ様……」
「お疲れ様なのじゃ」
 武器を収め、藍励と戀が皆を労う。
「脈も正常ですし、もう大丈夫でしょう」
 シンイチを病室へと戻し、レッヘルンは懐から『銀時計』を取り出し、脈を測る。
 病魔は退治された。目を覚ませば普段通りの生活に戻れるだろう。
「もう安心だね♪」
 『クロマ』の上に乗り、寝顔を眺める悠希は優しい笑みを浮かべる。
「目に見えないものなんてたくさんある。それらを全部疑って生きるのはスゲェ疲れるからな。かるーく信じて、考えすぎずに生きるのが楽ちんってもんさ」
 眠っているシンイチに語りかけるマサヨシ。
「友人との絆大事にしてください」
「早く元気になって、野球が出来るといいですね」
「野球頑張んなヨ。ジャーネ」
 各々言葉をかけ、ケルベロス達は病室を後にする。部活の仲間との絆がより深まることを祈りながら――。

作者:神無月シュン 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2018年3月7日
難度:やや易
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 1/感動した 0/素敵だった 2/キャラが大事にされていた 1
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