ホワイトデーのお返しはマカロン！？

■リプレイ

●なぜビルシャナはホワイトデーの返礼品はマカロンと主張するのか
「ーム……」
　菓子店内に入った瞬間ざわつく気配を感じ、バーヴェン・ルース（復讐者・e00819）は低く唸る。
　確かに、異種族が珍しくない都会ならともかく、地方都市の菓子屋に魁偉な竜派ドラゴニアンが突然入ってきたら、客も店員も動揺するだろう。
（「ーム……まあ、人避けと思えばいいか」）
　数人の客が足早に出ていくのを感じ、呟くバーヴェンの前へ一人の少年が立つ。
「あの、本物のドラゴニアンさんですね？　ケルベロスの人ですか？」
　躊躇いながら訊ねる少年に、バーヴェンはうなずく。
「ああ、そうだ。もっとも、今日はケルベロスの仕事じゃない。菓子を買いに来たんだ」
　彼が、そう言った時。
　菓子店の入口に突っ込みそうな勢いで爆走、急停止したワゴン車から、鳥人間ビルシャナと三人の信者が降りてくる。
　ちなみに、ラリー・グリッター（古霊アルビオンの騎士・e05288）は、降下からビルシャナ突入までの十五分間にレンタカーを借り、店の前で待機するという離れ技を演じたが、ビルシャナたちが入店する前に阻止することはできず、背後から声をかけたが完全に無視された。
　そして、半分演技半分本気で、バーヴェンは唸る。
「デウスエクスめ！　買い物もゆっくりさせてくれないのか！」
　そして彼は、少年に告げる。
「居合わせた以上、奴らはオレたちが必ず阻止する。君たちは、急いで避難してくれ」
「はい！」
　少年は、両親らしき人たちと避難する。店から出る瞬間、彼は振り返って叫んだ。
「ケルベロスさん！　どうか、ご武運を！」
「おう、よ」
　意図的に余裕ありげな態度で応じ、バーヴェンは改めてビルシャナ一味を見やる。
「我こそは、ホワイトデーのお返しはマカロン以外認めない明王である！　マカロンのみは、選別して運び出せ。それ以外の菓子は、不浄のものとして焼き払う！」
　喚くビルシャナと、指示に従おうとする信者たちの前に、バーヴェンは、ずい、と進み出た。
「―ム。店じゅうのマカロンを奪い去る気か。そんなにお返し品が欲しいとは……バレンタインのチョコ……さぞや沢山の女性からもらったのだな」
「ぐはっ！」
　バーヴェンの言葉に、なぜか相手はよろめき、信者たちは驚いてビルシャナを見やる。
　そしてバーヴェンは、構わず言葉を続ける。
「マカロンの賞味期限は２～３日……今から用意してホワイトデーまで持つのか？」
「……今回、選別して運び出すマカロンは、ホワイトデーのお返し品ではない。マカロンを焼き払うのは忍びないので、保護するだけだ。……ああ、そうだ。今年は、私は、誰からも、バレンタインのチョコをもらえなかった！」
　悲痛な声で、ビルシャナは叫ぶ。
（「まあ、妖力で誑かして信者にせん限り、化け鳥にチョコやる女性はおらんわなぁ」）
　呟くと、ディークス・カフェイン（月影宿す白狼・e01544）が訊ねる。
「なぁ、お前達……『最中』じゃ、ダメなのか？」
「……『最中』？」
　ビルシャナが訊ね返すと、ディークスは軽く続ける。
「此処は御茶の名産地だ……同時に、茶菓子である最中も有名な場所だろう。餡をパリパリの最中で挟むあの菓子は御茶請にも最適だ。更に、どら焼の中に饅頭を入れたどら大福何て物もある。……餡を挟むマカロンと……構造は大して変わらないが？」
「何をぬかす。構造が同じでも、素材が違えば、それは全然味わいの違う別の菓子だ」
　ビルシャナが大真面目に反論すると、ディークスは鼻で嗤って応じる。
「静岡で御茶に合わないマカロンを選ぶとは、全く以って解っていない。特産品に合わせて魅せろ……洒落てないぞ、お前達」
「我々は、静岡土産の話をしておるのではない。問題はあくまで、ホワイトデーの返礼品！　それを特産品に合わせろとは、笑止千万。それでは、地域によって返礼品が変わってしまうではないか！」
　言い放ち、ビルシャナは胸を張る。
「バレンタインのプレゼントが基本的にチョコであるように、ホワイトデーの返礼品は基本的にマカロンであるべき！　それが我々の主張である！」
「それは、あまりに安易ではありませんか？」
　弘前・仁王（魂のざわめき・e02120）が厳しく告げる。
「バレンタインのお返しとは言えプレゼントです。それを安易にホワイトデーだからマカロンだけでいいなどと愚の骨頂！　そんな考えで相手を喜ばせる事ができる訳がない！」
「ふっ、それならバレインタインだからチョコというのも、充分安易だと思うが？」
　意外に余裕ありげに、ビルシャナは切り返す。
「現状、ホワイトデーにはマカロンという風習は定着しておらん。チョコを贈ってきた女性が返礼に何が欲しいと、言ってくれればまだいい。お返しなんて、お気遣いなく、などと曖昧模糊に言われたら地獄だ。真に受けて返礼しなければ大炎上必至、悩んで決めたものを苦手ですと一蹴される危険は常にある。そういう悲劇を避けるためのマカロン、むしろ安易でなくてはならん」
「バレンタインのお返しにマカロン、それは別にかまいません！　ですがそれしかダメというのは危険です！」
　ビルシャナたちの背後から、ラリーが声を張る。
「マカロンには、アーモンドをはじめとしたアレルギーを引き起こす材料が入っています！　【食べたくても食べられない人】だっているんです！　もちろん、前もって知っていればそれらの入っていないマカロンを探すことは難しくはないでしょう！　でも万が一知らなかったら、あなた達はどうするのですか！」
「お嬢さん。それは、マカロンに限った話ではない。何を返礼品にしようが、相手がアレルギーを表明してくれなければ、悲劇の危険は常にある」
　穏やかな口調で、ビルシャナは応じる。
「何も言わなければマカロンがお返しになるなら、マカロンにアレルギーのある女性は、チョコを渡すとき、私はマカロンダメなんです、と言ってくれるだろう。そうなれば、悲劇は避けられる」
「でもね！　プレゼントをもらう時に一番嬉しいのは、そんな風に、私が好きなものを知ろうとしてくれるとか、そういう『気持ち』なんですよ！」
　リディア・リズリーン（想いの力は無限大・e11588）が、勢いよく言い放つ。
「私マカロン好きです。マカロンお返しにもらったら、嬉しくて踊っちゃいます。でも、マカロンをお返しにした理由が、私がマカロン好きだと知ってるからでなくて、マカロンが定番だからじゃ、ちょっとしょんぼりですね」
「……それなら、バレンタインデーにも馬鹿の一つ覚えなチョコではなく、贈る男性の好きなものを調べて贈ってもらいたいな」
　少し疲れたような口調で、ビルシャナは応じる。
「私は、マカロン以外の菓子を否定するつもりはない。ただ、ホワイトデーの返礼品に定番を作らねば男ばかりが酷い目に遭うと言っている。そこでマカロンを絶対的に推すのは、確かに私が好きだからだが」
「あのさぁ……チョコ贈ってきた女に曖昧な態度されて、悩んだ末にマカロン贈ったら、苦手ですって拒否されたっつーの、あんたの実体験かぁ？」
　外木・咒八（地球人のウィッチドクター・e07362）の問いに、ビルシャナは躊躇した後に応じる。
「……そうだ」
「それ、マカロンがどーとかじゃねーよ。その女、もともとあんたに全然気がなくて、義理のつもりでチョコ贈ったら、大マジでお返しは何をと訊かれたんでビビッたんだ。あんたが贈ったのがマカロンじゃなくてダイヤモンドでも、その女は受け取らずに逃げたと思うぜ」
　咒八の言葉に、ビルシャナはがくりと首を垂れる。
「……そうかもしれん。だが、私は信じたいんだ。あの時、マカロンではなく、彼女が本当に欲する何かを返せれば……未来は違っていたかもしれないと」
「はあ……でも、それなら、返礼品にマカロンってのはおかしくね？　結局、あんた、マカロン選んでしくじったんだろ？」
　指摘する咒八に、ビルシャナは切なげに応じる。
「私には、彼女を憎むことも、マカロンを憎むこともできなかった。ならば後は、曖昧なホワイトデー返礼品の風習を是正するしかない。そう悟った時、私は明王となった」
（「……まあ、女憎んで拉致監禁に走るよりゃマシか……だけど、さすがにナナメ上過ぎるぜ」）
　咒八が溜息をつくと、フレック・ヴィクター（武器を鳴らす者・e24378）が進み出て言い放つ。
「貴方達は知っているの？　渡すお菓子の意味を。クッキーは友であろう。キャンディーは貴方が好き。そして……マカロンとは貴方は特別を意味するのよ！」
「な、なんとー！」
　大きく身をのけぞらせ、ビルシャナは叫ぶ。
「そのような、花言葉ならぬ菓子言葉が！　知らなかった！　知らなかった！　ああ、己の浅学非才が呪わしい！」
　激しい動揺でビルシャナの妖力が途切れたのか、夢遊病患者のように突っ立っていた三人の信者が我に返る。
「どこだ、ここは……菓子屋？」
「うげっ、化け鳥……デウスエクスのビルシャナか？！」
「あなたがたは、デウスエクスに惑わされていたのです」
　そう言って、リアナ・ディミニ（一人ぼっちのアリア・e44765）が信者……元信者たちを促す。
「私たちはケルベロス。間もなく、ここで戦闘が起きます。危険ですから、退避してください」
「わ、わかりました」
　いまいち状況を理解してない表情だったが、元信者たちはぺこぺこと頭を下げて退避する。
　一方ビルシャナは、逃げる元信者の方など見向きもせず、大仰に叫ぶ。
「あの時、彼女がその言葉を知っていたら！　いやむしろ、せめて私が知っていて、彼女に説明することができれば！　しかし、時は戻らない！　後悔は役に立たない！」
　妙に前向きな口調で、ビルシャナは言い放つ。いや、その女は菓子言葉説明したところでダメだろ、と、咒八が内心突っ込むが、声にはしない。
　そしてビルシャナは、フレックに深々と頭を下げる。
「ありがとうございます。ホワイトデーのお返し菓子にそれぞれ言葉があるなら、マカロンに一本化するなど愚の骨頂！　ましてや、マカロンに崇高な菓子言葉があるなら、マカロン自体をも侮辱する行為！　美しいお嬢さん、あなたの言葉で我が迷妄は解けました！　尊師と呼ばせてください！」
「……悪いけど、尊師は勘弁して」
　かくもストレートに、信者どころかビルシャナ本人が説得されるとは予想外、とフレックは複雑な表情で唸る。
　そしてビルシャナは、高らかに叫ぶ。
「ホワイトデーのお返しはマカロン以外認めない明王は、これにて終了！　これからは、ホワイトデーのお返しは菓子言葉を知った上で、それに乗っ取って選ぶようお勧めする明王になるぞ！」
「……残念だけど、それはダメよ」
　複雑な表情のまま、フレックは告げる。
「自覚がないの？　貴方は、地球侵略者デウスエクスと化している。貴方の説く教義がまともで、賛同者が増えたら最後、デウスエクスの勢力が拡大し、地球は危機に陥る。見過ごすわけにはいかないわ」
「な、なんと！」
　愕然とした声を出し、ビルシャナはフレックを見やる。
「尊師から、知恵と真理の言葉をいただいたのに、私には、それを説くことが許されないのですか！？　嗚呼！」
「言っても詮無いことだけど、ビルシャナと化す前の貴方に会ってみたかった」
　でも、尊師はやめてね、と言外に続け、フレックは攻撃態勢を整える。
「せめてできるだけ……手早く送ってあげるわ」

●せめて祈ろう。汝の魂に幸いあれ
「ソラナキ……唯一あたしを認めあたしが認めた魔剣よ……今こそその力を解放し……我が哀れなる敵にすみやかに示せ……時さえ刻むその刃を……！」
　詠唱に続き、フレックのオリジナルグラビティ『時刻み（トキキザミ）』が炸裂する。
　ビルシャナの肩から胸元に斬撃が入るが、当人は斬られたことを認識していないのか、倒れずに呻く。
「尊師……尊師よ……私は死ぬのですか……貴女方の手で……ならばせめて最後にお言葉を……間違いだらけの我が人生……それでも無駄ではなかったと……」
「ええ、私の知る限り、貴方はデウスエクスと化しても、誰も殺さず、傷つけなかった。来世はきっと、良きものになるでしょう」
　今生が無駄かどうかは、また別問題だけど、とフレックは告げる。
　そして仁王が、気咬弾を撃ち込む。オリジナルグラビティ『飢餓印（キガイン）』もあるが、彼自身が「嫌がらせに最適」という低威力高命中技なので、この相手に使うのは不憫と判断した。
　更に咒八がオリジナルグラビティ『菫（ウルフズベイン）』を放つ。
「ったく、めんどくせえ……全部忘れて安息に堕ちな」
　乱暴な口調とは裏腹な哀しげな表情で、咒八は甘やかな匂いと共にビルシャナを安息の眠りへと誘う。
　続いてラリーが意識を失ったビルシャナに、オリジナルグラビティ『Sacred Energy Shooter（セイクリッド・エナジーシューター）』を放つ。
「輝く刃をもって……正義に祝福を、邪悪に裁きを！」
　でも、このビルシャナさん、邪悪とは思えませんね、と、ラリーは内心呟く。その躊躇がまずかったのか、orヒール のエフェクトを持つ光の刃は、眠るビルシャナを傷つけるどころか癒してしまう。
「あ、あれ？」
「ダメですよ！！　デウスエクスは敵！　しっかり見定めないと！」
　そう言って、リディアがオリジナルグラビティ『【想いの力は無限大】（エモーショナルバースト・インフィニティ）』を放つ。これもorヒールエフェクトのグラビティで、マカロン好きのリディアはビルシャナに同情的なため、ヒールになってしまうおそれが実はあったが、勢い余って外れたのでエフェクトは不明である。
「……はあ」
　溜息をついて、リアナがオリジナルグラビティ『Licht Glanz（キリサクツルギ）』を放つ。実は彼女はケルベロス歴が浅く、オリジナルグラビティの命中率も低い。それでもリアナは、気合を籠めて言い放つ。
「私は、あなたを、斬ります」
　ずばっと斬撃が生じ、眠れるビルシャナを斬る。その一撃で斃せはしなかったが、確かにダメージを与えた。
「決めるか。目が覚めないうちに」
　呟いて、ディークスがオリジナルグラビティ『煉鎖劒魄（レンサコンパク）』を放つ。
「高まる熱に上限は無く……絡まる深さに際限は無い」
　いつもは軽妙を装うが、やる時はやる男の秘技が炸裂。ビルシャナは地を割って出現した高熱の鎖に絡まれ、苦しげに呻く。
「ウ……グ……」
「おっと、いかんな。これで終わりとしよう」
　バーヴェンが唸り、オリジナルグラビティ『水龍天翔斬（アクア・ラグナ・ザン）』の構えをとる。
「せめて祈ろう。汝の魂に……救いアレ！！」
　それは、どんな敵に対しても使うバーヴェンの決め台詞ではあるが、今回はまさに嵌った。ビルシャナは意識を取り戻すことなく、凄絶な斬撃で両断され、絶命した。

作者：秋津透	重傷：なし 死亡：なし 暴走：なし
種類： 公開：2018年3月6日 難度：普通 参加：8人 結果：成功！
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