ゆめみたこいの

作者:皆川皐月

 せんぱい。
 何となく、ぽそりと呼んでみる。走って返ってきた勢いのまま部屋へ入り、俯せで寝転がった明日香は泣いた。
「……せんっ、ぱい」
 恋しい。でもきっと呼んではいけない名前。
 試合で負けたあの日、情けなくも転んだ自分を助けてくれたカッコいい人。
 一人泣いてたあの時、親身になって悩みを聞いてくれたとっても優しい人。
 二人で片付けした日、本当は方向が違うのに送ってくれた素敵なせんぱい。
 でも。でも、でも、せんぱいは。
 先輩にも後輩にも、私の同級生にも、沢山告白されている。今日だってそうだった。
 本当は聞く気なんて無かったのに、聞こえてしまった『好きな子がいるから』の声。
「せんぱい、好きな子って……誰ですか」
 こんな風に聞けたらよかった。でも自分にそんな勇気は無い。
 そう思った瞬間、明日香の瞳が熱くなりまた涙零れる。
「せんぱいの……せんぱいの好きな子、いなくなっちゃえばいいのに」
 お願い、神様。年頃の恋をする少女らしい願いは、ただの呟きで終わらなかった。
 その小さな願いに微笑みかける、妖しき大願天女の影があった。
 涙で視界を歪ませていた明日香が、突如むくりと起き上がる。泣き腫らした目は、今や爛々と輝いていた。
「そっか……えへへ、そうだよね。学校の女の子なんて皆いなくなっちゃえばいいんだ」
 着飾る羽はふんわりと柔らかく。
 誰も居ない家の中、楽しげに笑う明日香の声だけが響いた。

●乙女の心
 説明の部屋でケルベロス達を待っていたのは、漣白・潤(ドラゴニアンのヘリオライダー・en0270)とイルヴァ・セリアン(あけいろの葬雪花・e04389)の二人。
「お集まりくださりありがとうございます。では、説明を開始いたします」
 一人一人の顔を確認した後、ぺこりと礼をした潤が配ろうとした資料は、手伝いを申し出たイルヴァが代わりに配布した。
「ありがとうございます。今回イルヴァさんがが危惧されていた通り、大願天女が女の子の恋を利用する危険が予知されました」
「恋にまつわる願いを利用するなんて……許せません!」
 赤色の瞳をきゅうっと吊り上げ、イルヴァが拳を握る。
 大願天女の幻に唆されビルシャナ化してしまったのは、明日香という中学生の少女。
 彼女の願いが、グラビティチェインの収奪を目的とする大願天女の手で歪められている。
「大願天女は幻影として一般人の前に現れ、力を与えてビルシャナ化させると同時にグラビティチェイン収奪のため『願いを叶える為には本来必要ではない、他者の殺害』を『願いを叶える為の最も素晴らしい方法』であると刷り込んでいます」
 よって、明日香はビルシャナの力を用い『他者を殺害する事で願いを叶える』ために襲撃事件を起こそうとしているのだ。
「ビルシャナ化された明日香さんを説得して計画を諦めさせることが出来れば、救うこともできるはず。どうか、助けてあげてください……」
 幸い、明日香はビルシャナ化したばかり。配下はおらず、まだ何も傷付けてはいない。
「歪められた明日香さんの願いは、片想いの先輩のために学校中の女の子を殺すこと……今向かえばまだ自宅の部屋にいる明日香さんとの接触が叶います」
 現場は郊外、日中の住宅街。
 ベッドタウンの一角ではあるが周囲の住人は出払っており、心配することは無いという。
「説得の方向性は大きく三点あります。まず一つ、『願いを叶える』こと。二つ、『これから行う暴力的な手段では願いが叶わない事を証明する』こと。三つ、『願望の内容が下らない事を納得させる』こと、です」
 説得が功を奏し迷いを生じさせることが出来たなら、明日香は意識を失いビルシャナのみを撃破することが出来る。だが、説得に失敗すれば友紀の救出は不可能となり、ビルシャナ化した明日香を撃破する以外、手段が無くなってしまう。
「ビルシャナは閃光、孔雀炎、氷輪と妨害に秀でた三つのグラビティを扱います」
 その点にご注意ください、と潤は話を締めた。

「早期に発見できたことが、幸いでした……どうか明日香さんの救出を宜しくお願い致します」
「お任せください!」
 ヘリオンの前、風になびくイルヴァの空色が陽光の下で鮮やかに煌めいた。


参加者
ティアン・バ(没む・e00040)
ユスティーナ・ローゼ(ノーブルダンサー・e01000)
平坂・サヤ(こととい・e01301)
鎧塚・纏(アンフィットエモーション・e03001)
アウィス・ノクテ(ルスキニア・e03311)
イルヴァ・セリアン(あけいろの葬雪花・e04389)
風魔・遊鬼(風鎖・e08021)
フィオ・エリアルド(ランビットガール・e21930)

■リプレイ

●こころから
 踏み込んだ部屋は、まるで“少女らしさ”を詰めた様な空間だった。
 レースのカーテン。ハートのクッション。丸テーブル。ピンクのラグ。
 それは目の前でレースのような羽を纏った明日香の、努力の結晶。
「恋とは、むずかしいものですねえ」
 平坂・サヤ(こととい・e01301)の青い瞳が瞬く。
 隣に立っていたユスティーナ・ローゼ(ノーブルダンサー・e01000)がサヤの言葉にふっと瞳を緩めた。
「私は、恋って経験ないのよね……でも、恋で幸せになった子も、泣いた子も、知ってる」
 だからこそ、目の前で泣き腫らした目のまま微笑む明日香を救いたい。
 その強い気持ちが緊張するユスティーナの心を押し込め、説得する勇気を引き出した。
「こんにちは、明日香」
『……お姉さん、綺麗ね』
 声に、ふと顔を上げた明日香の黒い瞳が、焦点が合って直ぐ見開かれる。
 きろきろと宝石のように光を通す金緑石の瞳。艶やかに波打つ桜色の髪。
 どれも明日香には無い鮮やかな色。お姫様みたい、と恍惚に微笑む明日香の姿にユスティーナの胸が締め付けられた。
「邪魔な誰かがいなかったら……それは誰もが思ってしまうことよね。好きな人を欲しいって思うの、普通の事だと思う」
 ユスティーナの言葉に明日香が不思議そうな顔をして首を傾げれば、サヤも同意するように頷いてみせる。
「他にライバルがいなければなんて、そゆのは恋するひとなら誰でも願うことかもです」
『お姉さんたちも思うの?』
 二人の言葉は、まず明日香の意識を掴むことに成功した。
「でも、それだけで想いが叶った物語を見たことはありますか」
 横目に見えたと本棚に並ぶ少女漫画。それに重ねる形でサヤが話を切り出せば、明日香が見せたのは戸惑い。
『わかんない。でも、叶うって……叶えていいって言ってたもん!』
 大願天女の幻による洗脳の根張り具合に怯まず、二人は揺さぶりをかける。
「サヤは、他人を害して明日香が残ることは明日香自身の加点にはならないと思うのですよ」
「そうね……貴方の好きな先輩を、もう一度よく思い出して欲しいの。困っている人に手を差し伸べられて、悩んでいる人に寄り添える、とても素敵な人なのでしょう?」
 諭す言葉と、問う言葉。しっかりと明日香は理解し、徐々に心は揺れていた。
 双方、常であれば頷ける正論ではある。だが、まだ固まったままの幼い心はただ吼えた。
『なんでお姉さんたちはダメってばっかりいうの!』
 泣きそうな声だった。
 何か我慢しているような、叫び。
『しょうがないじゃん!わかんないんだもん!そうだよ、せんぱいはすっごくかっこいいんだから!』
 意識を支配する洗脳に無意識に抗いながら、小さな体に数多想いを交差させる明日香の姿をティアン・バ(没む・e00040)は静かな瞳で見つめていた。
 ふと脳裏に浮かんだのは、亡くした恋い慕う人。己の中で微笑む彼の人。
 今はいつか追いつきたいと、追いつけると思い始めた彼の背。頭を振って、ティアンは改めて明日香を見る。
「たとえば」
 ティアンの静かな声に、ヒートアップしかけた明日香が振り向く。
「たとえば、今、せんぱいが死んだとして。お前は、せんぱいをきらいになるのか」
 もしもの話ではあるものの、“せんぱい”という言葉に強い反応を示していた明日香が、ティアンの言葉に目を剥いた。
『やだ、ぜったいやだ!』
「そうだ。むしろ、ずっとすきなままでいるようになるんじゃないか?」
 明日香の黒い瞳が揺れた。
 剥き出しになりつつある心を押さえるように、明日香は強く強く胸元を握り締める。
「死んだ人は―……」
 ティアンもゆっくりと瞳を伏せ、胸元に手を当てる。
「永遠に、なるんだ。綺麗なまま永遠にのこる相手……勝てる自信、ある?」
 明日香の顔が僅かに青くなる。そう、思い出とは永遠だ。
 何ともない時もふと湧き立ち、廻るように輝く。輝きに等しい重さで永遠に在り続ける。
『それ、は』
 無理だ。言いたくはないし認めたくもない。だが、分かる。
 理解できると、頷きたくなってしまう。しかし、明日香の中の何かが躊躇い強く抵抗した。
『でも、でもっ、神様は……それでいいって、言ってたんだから!』
 まるで明日香自身に言い聞かせるような言葉が並べられる様に、風魔・遊鬼(風鎖・e08021)が別の説得口を開こうと静かに黒い口布を下ろす。
「想いを向けてくれるのは男として嬉しいものです。が、周りを消し無理やり振り向かせようとする女性は魅力的ではありません」
 遊鬼の低い声が丁寧ながら強い言葉で切り込めば、明日香が顔を上げた。
『なんでだめなの。じゃあどうすれば……!』
「自分を磨こうともせず安易な手段を選ぶのは、相手に対しての妥協です」
 明日香を見つめていた赤い瞳が伏せられ、口布が戻される。
 淡々とした遊鬼の言葉と様相が、逆に明日香の焦りを掻き立てた。
『もう!もうじゃあどうすればいいのよ!あれもだめ!これもだめ!じゃあ、もう……!』

●まず一歩
「明日香ちゃん、少し冷静になって考えてみよう?」
 殺すしかないじゃない。そう発しようとした明日香の前に飛び出したのは、フィオ・エリアルド(ランビットガール・e21930)。
『冷静にって……なに、うさぎさん』
 フィオの頭上でふんわり揺れる兎耳は、年頃の少女心をくすぐり興味を引いた。
 明日香が爆発する前に押し止められたことにフィオは内心ホッとしながら、言葉を紡ぐ。
「もし、せんぱいの好きな人があなた以外だったとして、その人の事を忘れてくれるかな?」
『そんなの、わかんないし』
「じゃあ、もしせんぱいの好きな人があなただったとして……自分のために人を殺すような人を、今までのように見てくれるかな?」
 明日香ちゃんだったらできる?と問われれば、落ち着かない様子で目を泳がせた明日香が唇を噛む。
『で、でも!わたし!』
「私は、誰も幸せになるとは思えないよ」
 明日香が言えぬのならば、自分が。精一杯の優しさと勇気を籠めて。
 密かに手を握り締めたままフィオは言う。
「……実はね、私、今怖いんだ」
 明日香にとって、ひどく唐突な告白。
 先とは違うフィオの様子に、明日香が不思議そうに首を傾げる。
『なんで?』
 明日香には、フィオが輝いて見えていた。何も恐れる必要のない可愛らしい少女。
 さらりと揺れる青緑の髪。潤めば尚美しい瞳。そして愛らしさを付加する柔らかな兎耳。こんなに可愛いのに、と言いたげな明日香の様子にフィオは苦笑いのまま、あのねと続ける。
「本当にあなたを助けられるのか。もし何の役にも立てずに助けられなかったらどうしよう、って」
『うさぎさん、わたしを助けに来たの』
「私だけじゃない、皆で来たよ。でもね、私は……もしもを思うと、怖い」
『そんなに可愛いのに、怖いことってあるんだ』
「うん。けど、それは逃げちゃいけない怖さなんだよ。怖いからって逃げてたら、何も進まない」
 沢山の想いが込められた言葉の応酬。
 自身の心を吐露するフィオに、明日香は小さく返事をし、時に頷いて。
 そして何も進まないのだという言葉が耳を打った時、明日香の目に映ったのは少し泣きそうに微笑むフィオの顔。
「私は、逃げないよ。全力であなたを……明日香ちゃんをビルシャナから解放する」
『うさぎさ……ううん、お姉さん、優しいんだ』
 すごいなぁ、と俯いた明日香の目からとうとう涙が落ちた。
 ぎゅっとスカートを握り締め、明日香はただ嗚咽を零す。
「だから……明日香ちゃんも、その怖さから逃げないでほしいんだ」
「フィオさんの言う通りです」
 歩み出たイルヴァ・セリアン(あけいろの葬雪花・e04389)が、下を向いたままの明日香の前にそっと膝をつく。
「ね、明日香さん。その気持ちを、先輩に一度伝えてみませんか」
「そうそう。明日香ちゃん、あなたの思い先輩に伝えてないのでしょう」
 後押しするように頷く鎧塚・纏(アンフィットエモーション・e03001)の様子に、涙に濡れた明日香の瞳が驚いたように瞬いた。
「せんぱいの好きなひと、誰かわからない。もしかすると、学校以外にいるのかも」
『う、うそ!どうしよう!』
 ぽそりと囁くアウィス・ノクテ(ルスキニア・e03311)の言葉に、わぁっと明日香が焦る。
 年頃の子供らしい、大半の時間を過ごす学校を中心に考えすぎていたことに慌てたのだ。
「でも!先輩が好きなのはひょっとしたら……明日香ちゃんかもしれないよ?」
『え!で、でででも、そんなの、そのなの!』
「うん、そうね。そんな甘い少女漫画みたいな都合のいい展開、早々ないのは分かってる」
 纏の言葉に明日香は一喜一憂。
 最終的に、少ししょんぼりとまた下を向いてしまう。
「やっぱり……明日香さんは、何よりもまっすぐで純粋なんですね」
 興奮して、すぐに落胆して……纏やアウィスの言葉に初めて少女らしい反応を見せた明日香にイルヴァは目を細めて微笑み、纏は恐れもせずに隣に立って。イルヴァと共に膝をつくアウィスが揃えば、ただ少女達が語らっているようにさえ見えた。
「その気持ちを誰かの血や憎しみで怪我してしまうのは、もったいないです」
 羽塗れの小さな手を、イルヴァが取る。
「だからこそ、訊いてみなきゃ。もし良かったら、わたし達が一緒について行く。良い答えだったら一緒に喜びましょ。悪い答えだったら、一緒に泣きましょう」
 羽の揺れる細い背を、纏がゆっくり撫でる。
「ひとは真摯な想いに心を揺すぶられる。大好きって想いは、伝えてもいいんだよ」
 恋人を落とした経験談、と澄んだ声でアウィスが微笑んだ。
『いいの、かな。いいのかな。わたし、こんなだよ?きっと、もう……』
「良いに決まってるわ、大丈夫よ!」
「ユスティーナちゃんの言う通り。そうだ、行くときはとっておきのおめかしもしましょ?」
 少し大きな声を出してしまったと口を押えるユスティーナと、笑みを零した纏に明日香はまた涙を零す。
『わたし……言いたい。せんぱいに、すきって、言いたい!』

●踏み出すこと
 スローモーションのようだった。
 奔った光が雷の如く明日香を打つ。咄嗟に倒れ行く明日香の身を受け止めた纏。
 その目の前に立っていたのは、半身を黒く焦がしケルベロス達を睨む一羽の大願白鳥。
 威嚇するように、羽が広げられる。
「参りましょう。あなたを惑わすものはすべて……氷に閉ざして、葬ります」
 ゆっくりと抜き打たれたイルヴァの刃がぬらりと閃いたのは、一瞬。
 断たれて初めて切られたことに気づく視認困難な一撃。確かな手腕でイルヴァが右翼を切り落とした時、舞ったのはユスティーナの可愛がるウイングキャットの羽。
「んにゃ!」
「これ以上、明日香を悲しませたりなんてさせない!」
 舞い散る羽を目隠しに、ユスティーナの手から滴るオウガメタル 永劫のブレイズが針と化し、達人が如き精密さで白鳥の胸を貫くと同時、仕返しのように氷輪が前衛を凪ぐ。
 だが、肌を浅く切る薄氷はティアンにとって児戯に等しかった。
「わるいゆめは、お終い。――”祈りの門は閉さるとも、涙の門は閉されず”」
 ティアンの言葉を鍵に開くのは夢幻が如き大扉。
 零れた光と清い雫が綺麗に纏達の傷を塞げば、ほつりほつりと雨が降る。
 噎せ返るような雨の香。幾重にも耳を打つ水の音。気付けば白鳥の眼下に着物の少女。
 白鳥の腹を、ひたりと翠黛の頭が突く。覗く刃から、溢れる声。
「血のお化粧も、香りも、明日香ちゃんには似合わないわ」
 表情伺わせぬままに纏が居合抜いた喰霊の刃は、強かに白鳥の命を啜る。
 同時に駆けた遊鬼の足音は密やかに、躊躇いの無い刃が音も無く傷を抉っていく。
『っ!』
「――崩す!」
 畳み掛ける。
 右に灯喰い刀。左に日本刀。軽やかに踏み込んだフィオの刃が、川流れのように白鳥を袈裟に切った。
 たたらを踏む白鳥に影が重なる。
 ふわり舞うアウィスの淡銀は月に似た。
「明日香は助ける……あなたは、退いて」
 夜空の如き翼が生む無重力。瞬く青をきゅっと吊り上げて。鋭い星の一蹴が眩い輝きと共に白鳥を蹴り飛ばした。しかし輝きは終わらない。
「ありえることは、おこること」
 なにもなくどこにもなく、しかし在る。空白からサヤが綴る収蔵の一節が星を捉え、収束。
 全ては可能性。弾け戻ることもまた可能性。輝きが白鳥を血に染めることもまた、可能性。
「明日香のきもちがわかるのは、明日香だけですからねえ……――サヤは曲げられた結末を、ゆるしませんよ」
 殺到した輝きが抉り穿った時、白鳥はもう虫の息。
「イルヴァ」
「はい、アウィスさん」
 這い尚も足掻こうとした白鳥をアウィスの神速の突きが捕らえる。
 もうお終い。虚ろも嘘も幻も、何もかも。
「――討ち果たすは闇をこそ。凍て尽くすは影をこそ。亡空の落涙、朔夜の蒼刃」
 イルヴァの指がgrastaの刃をなぞり、うたう。
 靡く冬色の髪。収束する水、生まれる氷。
 白鳥の背筋が寒さを感じた時既に、懐に凍夜の星が瞬いていた。
「疾く奔り、鋭く穿て!」
 一閃。
 白鳥の幻が硝子のように砕け、露と散り消えた。

 明日香が目を覚ます前に全ての修復が終了する。
 砕けた窓も裂けたラグも元通り。穴の開いたクッションもなんのその。
「明日香ちゃん、おかえり」
 目覚めて一番に声を掛けたのは纏。そっと覗き込むケルベロス達もまた、無事で良かったと笑いあう。
『あの、ご、ごめんなさ……!』
「明日香が無事で、良かったわ」
 心配したんだから!と目元を拭ったのはユスティーナ。お姉さん泣いたの?の明日香に覗き込まれれば、嬉し涙よ、と微笑み返した。
「明日香。私、明日香よりちょっとだけ大人だから、アドバイスできるかも」
『ほんと!?』
「イルヴァも、できる」
「アウィスさん?!」
『もしかして、お姉さんたち……!』
 年頃の少女は割と鋭い。
 彼氏がいるのね!と起き抜けに飛びつく明日香の目は、純粋にキラキラと輝いていた。
「……中身が大人っぽくなれる方法、ティアンも興味があるな」
「サヤも、コイバナぜひ聞きたいです」
 しれっと混じって、揃ってにっこり。サヤとティアンにしっかりと包囲されれば、イルヴァに逃げ道は無く。
 必死に振り返ったイルヴァの目に移ったのは、壁に背を預けて静観する遊鬼の姿。
 いつのまにか広げられた丸テーブルを少女達は囲んでいた。
「イルヴァちゃんの恋はね―……」
「ま、纏さんー!」
 助け船はなく、むしろ漕ぐ船頭がいた。
 女三人寄れば姦しいとはよく言ったもの。まして倍以上なら尚賑やかに。

 窓から香る春の風。
 賑やかな少女達の恋話はまだ始まったばかり。

作者:皆川皐月 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2018年3月2日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 0/感動した 3/素敵だった 2/キャラが大事にされていた 0
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