狙われた赤いピスケス

■リプレイ

●陽は西に沈む
　遠く広島平野を囲む山々が赤く染まった夕空に黒く沈みこんで見える。街には明かりが灯り始めていた。高架を走る鉄道、整然と流れる車列のライト、今はまだいつもと変わらない日常があった。
　目標地点まであと僅か、ヘリオンは急激に減速する。
　プロ野球はそろそろオープン戦の季節、上空から見る市民球場のグラウンドは暗く、天然芝の色も見えない。
「縦縞にやられそうになるのは、ゲームだけで十分ですしね、絶対に止めないと、です」
　窓越しに外を眺めていた、ヴァルリシア・ゲルズ（シャドウエルフのウィッチドクター・e11864）は、ギリッと歯を噛みしめて、嘗て訪れた記憶の中にある広島の風景に思いを巡らせる。
「空中からですと、意外に赤は目立たないものですね」
「縦縞……ピンストライプですか？　重罪人の証か、証か、または違った意味合いがあるんでしょうか……」
　その横で、赤いウインドブレーカーを着用した、火岬・律（幽蝶・e05593）が、首を傾げている。
　逡巡の後、罪人のシンボルと割り切ることにする。変な意味なんてあるはず無い。
　高度約１５０メートルだろうか、建物や車の形がハッキリと見える。降下を緩めたヘリオンは北東方向に機首を向け微速で前進し、間も無くホバリングに入った。
　直後、胴体側面の扉のロックが外れる音がして、降下開始を告げるブザーが鳴り響く。
「やっと着いたか、遅えだろ」
　時間が無い。イライラした様子で、真っ先に外に飛び出したのは、相馬・竜人（エッシャーの多爾袞・e01889）であった。眼下に見える人の動きは恐らくいつもと変わらない。予知にあった店の前にも行列が出来ている。が、時刻は既に５時を回っており、いつエインヘリアルが現れてもおかしくはない。
　そうまだ出現していない。だから、一条・雄太（一条ノックダウン・e02180）は、喉元まで出かけている声を抑えるしか無い。いま避難を促せば予知がぶれる。予知がぶれてエインヘリアルが襲撃地点を変えれば、虐殺を防ぐ手立ても戦いの機会も失われてしまう。だから出来ない。
「面倒くさいですね。赤い看板やらに、敵意を示すエインヘリアルなんて、錦鯉に嫌な思い出でもあるのでしょうかねえ。……居眠りしている間に、お殿様が大事にしている錦鯉を猫に食べられたとか」
　なんとなく呟いただけの、クリームヒルデ・ビスマルク（自宅警備ヒーラー天使系・e01397）は、鷹のように背中の羽根を開いて緩降下しながら、暮れゆく街並みに中にエインヘリアルの姿を探す。
　その時だった。
「来た？！」
　後方から迫り来る強力な闘気を感じ反射的に振り向くと、エインヘリアルの女騎士が、何かのわめき声をと共に電光石火の勢いで突っ込んで来る。そして、一気に追い抜いて轟音と共に着地した。
「なんやわれは！？　死にたいのか！！」
　エインヘリアルの女騎士の５ｍ程手前で、独逸製高級スポーツカーが急停止し、乗っていた男が怒号を飛ばす。——予知と少し違ってきてる。マズい。クリームヒルデは咄嗟の判断で、スポーツカーのボンネットに着地して真面目な表情で言い放つ。
「おどれわしの車になにするんじゃあ！！！」
「逃げて下さい！！　車と命どっちが大事なんですか？」
　後には別の車、狭い路地、バックをすればぶつかる状況だから、ローアングルからの男の目線など気にせずに、クリームヒルデは警告を飛ばす。
「車じゃ！」
　プリンセスモードに励まされてややこしい人になったのか、ババを引いた不運に目眩がした。
　視線を巡らせれば、お店の赤い看板、夕焼け空、車、野球帽を被った人の行列。女騎士は予知の通りに不機嫌になっている。さらに、赤いマントとか色々を纏った、バジル・ハーバルガーデン（薔薇庭園の守り人・e05462）が腕を組んでポーズを取っている姿までもが目に入って女騎士の苛立ちのボルテージは上がる。
「赤、赤、赤色ばっかりじゃないの——」
　叫び声を上げかけた女騎士の声に割り込んで来たのは、シルフィリアス・セレナーデ（善悪の狭間で揺れる・e00583）であった。
「魔法少女ウィスタリア☆シルフィ参上っす！　こんなところで暴れさせるわけにはいかないっす！」
「何ですの、あなたたちは？！」
　二度名乗るのは流儀に反するので、決めポーズだけもう一回サービスして、シルフィリアスは注意を引こうと話を引き延ばす。そんな機を逃さずに雄太は声を張り上げて、避難を呼びかけた。「ケルベロスだ！　全員早くここから避難しろぉ！」呼びかけに応じて逃げ出す人々、幸いその足取りは落ちついている。ふと、なにか手助けをせねばという考えが頭を過ぎったが、普通に逃げたほうが断然速そうなので、雄太は周囲の警戒に徹することにした。
「我々はケルベロス、デウスエクスによる襲撃です。危険ですので、速やかにこの場を離れてください」
　殺界形成の効果にも負けずに車から降りようとしない男１人を除けば、店の前に並んでいた人たちも、律やヴァルリシアの呼びかけに応じて立ち去って行く。殺界形成はお店の中の人々や付近の屋内に居る者も影響を及ぼし、この場からの退去を促した。
　従って避難には予定よりも多くの時間が掛かる見込みになったが、引きつけ役に取っては、それも想定の範囲内、逆に精一杯時間を稼いでやろうとトークに熱が籠もる。
「物は相談っすが。ここは似たもの同士、うまいことやれないっすかね。ぶっちゃけ、戦うのも面倒じゃないっすか？　でも、あちしらも仕事っすので、見つけたからには止めないといけないんすよ」
「あらあらお仕事大変よねー。こっちとしてもさぁ、グラビティ・チェインさえ頂ければ、戦いなんて面倒なことしたくないわよ。だからねえ、ちょっと融通を利かせてくんない？」
「いやいや、見ちゃったからにはねえ」
「類にもれず外道ですね。いい加減怒りを通り越してあきれます」
　そんなタイミングで、非難の言葉と共に、カナメ・クレッセント（羅狼・e12065）が突き出した、真紅の刀身『紅の運命』が重心を変えて身体を斜めに向けた巨体の脇を掠めて後に抜けた。
「あら残念ね。それじゃあ、あなた方を、ぶっ殺してグラビティ･チェインを頂くことになるけど、いいの？　実力差を考えたらやめといた方がお利口だと思うけどな」
　唇に人さし指を当てて無邪気な笑顔を見せた刹那、突っ込んで来た、赤シャツ姿の竜人をひらりと躱し、お返しとばかりに軽く薙いだ腕から猛虎の覇気を帯びた波動を放つ。それは前衛の者たちに襲いかかり、クリームヒルデと彼女が立っていたスポーツカーをも巻き込んでしまう。
「チッ、サボりすぎの鼻つまみ者のくせに出来るじゃねえか」
　血の塊を吐き出して、睨みつける竜人に女騎士は、微笑みで応じる。
「俺の車がああああ！」
　愛車をスクラップにされた男の声が響く、そして頭から血を流しながらクリームヒルデは展開したエアバッグの向こう側にいる男に向かって、此処は戦場だから、死にたくないなら逃げて下さい。最後通牒となる言葉を突きつける。今大人しく避難するなら、車はヒールで直してあげます。嫌ならケルベロスカードも差し上げましょう。これ以上邪魔するなら残るのは屑鉄だけです。どうしますか？　遂に男は観念して、潰れた車の外に飛び出して逃げて行った。クリームヒルデから引ったくったケルベロスカードを握りしめて。
「……あなたの言うことも分かるような気がするっす。確かに、殺されても構わない人間も世の中にいるっすよね」
　闇の力に屈する魔法少女の如くに、シルフィリアスは目を虚ろにして見せると、女騎士は歓喜の表情を見せる。
「あたしらは定命じゃないから、いまいち殺すとか死ぬとか正直わけわかんないのよね。でも、あなた方って時間が経てばどうせ死ぬんでしょう？　だったらさ、もうすぐ死にそうなのを、２、３人くらい用意してくれるだけでも良いわよ？　殺されても構わないのって、そういうのでしょう？」
　どうせ死ぬのだから、心は痛まないと思っているらしい。それを慈悲だと女騎士は言う。価値感の違いは分かっていたが、流石に根本的な認識で食い違っていると次第にイライラしてくる。
「確かにその通りかも知れ無いっす。でも、公序良俗とか、地球にはいろいろあるっすよ。それに、命は地球より重いって言うのが、この国の是……なんすよ」
　車を諦めて逃げた男の姿は完全に見えなくなり、周囲の建物からも人気は消えた。
「おかしくないかしら？　それってあなたの国だけじゃ無いの？　どうせ死ぬのよ。壊れると分かっている物にどうして、そんなに拘るの？　わけがわからないわよ」
　感情的に否定する以外に、女騎士の言葉にどれだけの者が正しい否定を返すことが出来るかは分からない。
　この国には命の値段を一銭五厘と称し家族を戦地に送り出していた歴史もある。
「誰一人殺させはしません。平和に暮らす人たちの日常を壊す行いは必ず止めさせて頂きます」
　ヴァルリシアはメタリックバーストを発動する。戦場は清らかな銀色の輝きが満たされて、爽やかな気配と共に超感覚がもたらされる。
　定命の者には、定められた寿命を全うする権利がある。その生を奪う正当性は女騎士には無いだろう。
　命は進化して未来に継承される。集積した知識は予期せぬ躍進の可能性を孕む。安易に否定しても良いのか？
　だから——。
「やっぱりあなたとは友達にはなれそうも無いっすね」
「テメエらよ。死なねえくせに、グラビティ・チェインには薄汚ぇんだよな」
「……赤い血が流れるこの星にはあなたは相応しくないですね」
　だからぶっ潰す。たとえ宇宙の異端と罵られても。それがケルベロスのジャスティスだ。
　それは血みどろの過去を内包した、勇ましくも悲しい正義なのかも知れない。

●抑止力としての良心
「その素早い動きを、まずは封じてあげますよ」
　流星の煌めきと共に衝突したバジルの蹴が反撃の狼煙の如くに、足止めの効果を刻みつけた。舌打ちひとつして間合いを広げる女騎士。
「謀ったわね……」
「知りませんよ。僕らが遊びに来たとでも思っていたのですか？」
「まったくだな。たるんでいるにも程がある。万全の状態なら危なかったが、君の愚かさに助けられたよ」
　言い放ち、律がローラダッシュの炎を纏った蹴りを叩き込めば、エインヘリアルの巨体は瞬く間に炎に包まれた。
　シルフィリアスが行き当たりばったりの会話を繰り広げて、また民間人を避難を促す間、残りの者は戦いが有利に運べるように出来る努力を惜しまなかった。
「いいからさっさと死んどけや、なぁッッ！」
　気に入らない。苛立つ原因は、自身の勝手な闘争心だと結論づけて竜人は戦う。手にしたドラゴニックハンマー『破壊の王』の柄を握る手に力を籠めて、砲撃を開始、撃ち放たれた竜砲弾が大爆発と共に足止めの効果を重ねた。
　大きなダメージに揺らぐ女騎士の巨体。最初は当たらなかった攻撃も今なら当てられる。
　雄太は間合いを詰めて、軸足を踏み込んで身体を回転させる。
「伝説になった虎の一撃、見せてやる！」
　瞬間、回転の勢いを乗せた蹴りに打ち据えられた巨体は路面を打つ。その衝撃は瓦礫を巻き上げた。
　シルフィリアスはマジカルロッドに魔力を集めて光線を放つ。莫大な癒力を孕んだ極太の光線は降り注ぐ瓦礫の中に横たわる女騎士を吸い込むようにして命中して、その巨体を氷の結晶で包み込む。
　一気に畳みかける好機とクリームヒルデは間合いを詰める。攻性植物を蔓草の茂みの如き、蔓触手形態と変える。その目の前で、女騎士を包む氷が砕け散る様が見えた。続けて、襲い来る蔓草を巨斧で薙ぎ払い、クリームヒルデの頭越しに、後衛のヴァルリシアの方を狙う破壊の波動。咄嗟に跳び上がったクリームヒルデが、その直撃に羽毛を散らし、続けて鋭い身のこなしで射線に割り入ってきた、律の身体が吹き飛ばされて赤い看板に叩きつけられる。
　轟音と共に看板を支えていた鉄骨構造が崩れ始めて、隣接する古ぼけたビルに倒れかかった。
　ダメージは苛烈だったが、倒れるほどでは無かった。クリームヒルデもヴァルリシアも鉄骨を放り投げるようにしてから立ち上がり、荒れる呼吸を咳払いで落ちつかせると、ファイティングポーズを取る。
　重罪人のエインヘリアル。
　自ら何もしないことで、大罪を犯した女騎士だ。
　こんな奴に、これ以上誰も傷つけさせたくは無いと、カナメは心の底から思った。
　絶対に倒したいと思った。
「この剣の誇りに賭けて——あなたを二度と目覚めない奈落に落として差し上げます」
　言って、カナメは二本目のゾディアックソード『蒼の運命』を抜き放ち、アスファルトの路面を蹴って間合いを詰める。
「星皇十字斬！」
　凜とした声と共に繰り出された斬撃が縦横に巨体を裂く。しかし壮絶な威力に耐えきれなかったのか、２本のゾディアックソードの刀刃には無数の亀裂が走り、鱗のような破片が澄んだ音を立てて零れ落ちる。
　刹那、女騎士は全てが終わったかのような表情で瞼を閉じる。
「まだ終わっていません！」
　ヴァルリシアの鋭い声と共に、癒力を孕んだ銀色の光が暗くなった路地に満ちる。
「全く往生際の悪い。ならばコギトエルゴスム化した貴方を解き放った者の名を言いなさい」
　律は元より答えなど期待せずに言い放ち刃を持つ腕に力を籠める。
「——ッ！」
　直後、律の振り下ろす刃は空の霊力と共に、何かを言おうとした、女騎士の傷をなぞり、その巨躯をまるで豆腐でも切るかのように斬り広げる。
「嫌、嫌よ。なんで死ななきゃいけないのよ、あたしは死すべき存在じゃ無い、助けて——」
「この星では、誰だっていつかは死ぬんだ」
　律は感情を込めずに告げて、刃を振り抜いた。
　エインヘリアルの女騎士は、恐怖と苦痛に目を見開いたまま両断され、二つの肉の塊は無数の光の粒に変わって天空に散って消えた。
　かくしてあなた方ケルベロスは罪人のエインヘリアルを討ち滅ぼし戦いに勝利する。
　戦いの跡はヒールを掛けるだけで簡単に元通りになった。
　ただ赤い看板のあちこちに、鷹やら虎やら誰かが思いを寄せていたイメージが混入している。
　そして、クリームヒルデが持ち主と何か約束を交わしていたスポーツカーもどこか微妙な直り具合。
「この車って独逸製らしいですが、いったい幾らぐらいするのでしょうか？」
　ケルベロスカードを渡してしまったクリームヒルデの何気ない呟きに、緊張が走った。
「お前、知らねえのか？」
　竜人は跳ね馬のようなエンブレムを指さしながら、呆れたような顔をする。
　およその推定価格を聞いて、クリームヒルデは衝撃を受けた。
「メシ食って帰るか。今日だけは奢ってやる」
「はい……」
　ゴーストタウンのようだった街並みにも少しずつ人が戻って来ていた。今ならどのお店にも並ばずに入れそうだ。

作者：ほむらもやし	重傷：なし 死亡：なし 暴走：なし
種類： 公開：2018年3月3日 難度：普通 参加：8人 結果：成功！
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