夕彩の猫日和

作者:犬塚ひなこ

●ねこねこねこびより
 二月二十二日。
 数字の二が並ぶこの日はよく語呂合わせでにゃんにゃんにゃんの日。つまり猫の日と呼ばれることが多い。そんな日に生まれた少女は何の縁か、昔から猫が好きだった。
「ってことで、もーすぐあたしの誕生日なの!」
 満面の笑みを浮かべて彩羽・アヤ(絢色・en0276)は来たる日について語る。
 誕生日はいつだって嬉しいもの。だって自分の記念日だもんね、と嬉しげに話す少女はふと周りの仲間達の様子に気付いて首を振る。
「あはは、だいじょーぶ。誕生日プレゼントをねだってるわけじゃないから安心してほしいな。でもね、少しだけお願いがあるんだよね」
 誕生日はわがままを言っても良いと聞いたアヤは思い付いたことがあるという。
 そして少女は手元のスマートフォンを器用に操作して、ある街のことが掲載されているページを表示した。

「あったあった、ここ! 猫がいっぱい住んでるとこがあってね」
 曰く、猫の街と呼ばれる所があるらしい。
 ちいさな神社仏閣やお店が建ち並ぶ街角には古き良き昭和レトロな風情がある。商店街や其処に住む人々によって猫は大切にされており、路地裏は勿論、店の前や神社の鳥居の傍などの至る所で猫がのんびり過ごしている姿が見られる。
「もちろんあたしは猫に会いに行くんだけど、商店街も楽しそーでいいんだよ」
 アイスクリームショップに生花店、喫茶店に古書の店。
 そして、一番気になるのは猫のしっぽに見立てたドーナツを売っている店だ。スティック状のドーナツは縞模様や三毛模様に見立てたチョコやココアが練り込まれていたり、きなこやキャラメル味になっていたりと種類も豊富だ。それを買って食べ歩きをしながら街の猫を眺めて過ごす日も良いものだろう。
 夕暮れ時が一番風情があって素敵らしいよ、と話した少女は始終にこにこしていた。
 また、アヤには絶対に行きたい場所があるらしい。
「ふふー、見てみて。このカフェではちっちゃい招き猫ペイントができるんだって!」
 そういってアヤが皆に見せたのはレトロモダンな雰囲気の喫茶店。
 そして、手のひらサイズの真っ白な陶器の猫が映っている画像だ。この猫に模様を描いたり、顔や髭を書き込んだりして自分だけのオリジナル招き猫を作ろうという趣旨らしい。
 作業が出来るのは穏やかなカフェ内なので、紅茶やコーヒーを飲みながらゆっくりと自分のペースでペイントができる。
「ね、面白そうでしょ。だから皆にもいっしょに付き合って貰いたいの」
 だめかな? と首を傾げて問い掛けたアヤは期待の眼差しを向けていた。
 つまりはこれが先程言っていたお願いだ。
「それじゃー、行ける人はカフェで待ち合わせしよ。約束だからね!」
 ひとりで行くのも悪くはないのだが、皆でわいわいとお茶を飲みながら其々の色を招き猫に宿していく。そんな時間はきっと楽しくて幸せなはず。
 そう考えたアヤは間もなく訪れる時間に思いを馳せ、仲間達に明るい笑顔を向けた。


■リプレイ

●招福
 彩るのは世界でひとつの招き猫。
 掌に乗るちいさな陶器猫を前にしてラウルとシズネ、灰は真剣な眼差しを向ける。その様子が少し可愛らしく見え、小町は彼らの様子をカメラに収めてゆく。
 ラウルが描くのは宵色の毛並みと黄昏を映す瞳。そして、額に咲くのは萌黄。
(「この招き猫が誰なのか、きっと皆にはわかるよね」)
 そんなことを思って皆の手元を眺めるラウル。その視線を感じたシズネはふと気付く。
「ラウル……それ、もしかしてオレか! ホンモノよりも、かっこよくしてくれよな?」
「シズネはもしかしてルネッタを?」
 ああ、と頷いたシズネは嬉しそうに笑った。
 君が描いてくれるなら、どんな彩でも幸せを運んできてくれる。穏やかな気持ちが巡っていく中、小町は灰の招き猫を見遣った。
「灰のは夜朱かぁ……猫の寝てる姿って癒されるわよね!」
「小町の猫は晴れやかで元気が出てきそうな赤色だね」
 其々に違う様相をした猫達は愛らしい。
 猫達が福を招いてくれるように。そして、沢山の幸福が満ちるように。
 楽しく過ぎる時間は紛れもなく招かれた福に違いない。
 両招きの猫を手に、夜は傍らの少女に視線を移す。
 自分が飼っているハチワレ娘とお揃いの模様を描くあかりは真剣。不意に夜の様子が気になって見てみれば、彼の筆遣いに目を奪われた。
 すごい、と見つめる少女に夜はこの猫の柄は庭先に住み着いたサバトラをモデルにしたものだと告げる。出会った時には掌に乗る位だったのにもう大分大きくなった。懐かしむ眼差しを陶器に向けた彼は小さく零す。
「いつか小秋も嫁に出るのだろうか」
 勝手に着いて来ただけだから出ていくのも勝手だと取り繕った夜は筆先で模様を描き続ける。そうして完成した猫はまるで抱っこしてと言わんばかりのポーズだ。
 すると、あかりがそっと告げる。
「あの子も「この子」も、あなたの元は去らないよ」
 だって、こんなに可愛がられたら到底他には行けないから。
 ね、と微笑んだ少女の眸は澄んでいて、不思議な甘やかさを宿していた。
 御利益がありそうな招き猫対決と称し、サイガとダイナは勝負を始めていた。
「おうまずネコ化しろよ」
「は? 必要ねーだろ」
「しゃあなし耳尻尾のみで勘弁したろう」
「仕方ねえな」
 自分を作っているらしいサイガに対抗し、ダイナは彼の髪の色と同じ灰色を招き猫に塗っていく。サイガは小判をハートに変え、ピンクで仕上げて出会い運を演出した。なんでそんな乙女チックなの、と突っ込みを入れるダイナにサイガは得意気な視線を寄越す。
 だが、二人には誤算があった。審議を下す者が居ないのだ。
 そして審査員が居ないまま、じゃれあいにも似た泥仕合は暫し続いてゆく。
「流石に何処もかしこも猫だらけだな。撫子は猫、好きか」
「はい、猫は大好きですわ。甘える姿もツンとした姿も、とっても癒されますもの」
 猫について語りながら、ゼノアと撫子は猫を彩っていく。
 人相の悪いどら猫のようになったと自信なさげに見せたゼノアに、撫子はくすりと微笑んだ。円らな瞳のキジトラと三毛猫は二人の間で交換される。
「まあ……こんなもん、だよな?」
「ふふ、大切に飾りますわね。ありがとうございますの、ゼノア様!」
 互いの手に渡った猫達はきっと、今日の記念と思い出の品となるのだろう。
 招く山猫を筆先で飾り立て、ミシェルは其処に花を飾る。
 隣に座るイリーネが彩っていくのは晴れ渡る空の色。まだみちゃだめ、と首をふるふると振った少女を待ち、ミシェルは指先でルーナの額に触れて遊ぶ。
 そうして暫し、イリーネは出来上がったものをミシェルに差し出した。
「ね、帽子屋さま、アリス。この『招待状』が導くお茶会に、招かれてくださる?」
「こンな素敵な夢への『招待状』は初めてだ。あァ勿論喜ンで、イリーネ嬢!」
 交わす笑みは穏やかに、二人の間に嬉しさと心地良さが巡ってゆく。
 我が家の愛猫を思い浮かべ、エトヴァとジェミは筆を取る。
 暫しの作業の後、できあがったのは悪戯な表情の招き猫。ふたつを向かい合わせればとても愛らしい光景になった。
「はっぴーかもん! こうやって福を招き寄せて、僕の幸せはエトヴァに巡らせるよ」
「……では、俺の幸せはジェミへ。沢山、幸せを招きまショウ」
 勿論、うちの看板猫殿にも、と、自然に顔を綻ばせたエトヴァはジェミと共に笑いあう。
 幸せはほら、もう此処にある。
 蓮華が描く猫のモデルは勿論、傍らの翼猫。
 肉球ぷにぷにスタンプで手伝って貰いながら蓮華は作業を進めていく。
「やったー! 招きぽかちゃん先生の完成ー!」
「わあ、可愛い!」
 喜ぶ彼女の横からアヤが顔を出し、向かいの席に座っていた映も、すごい、と目を輝かせる。あたしたちも頑張ろうと意気込むアヤに頷き、映も筆を取った。
「あれ? なんかはみ出ちゃった」
「だいじょーぶ、ペイントは勢いが肝心だからね。ね、おじいちゃん!」
 アヤは隣のゼーに同意を求める。彼は目を細めた後、そうじゃの、と娘や孫を見守るような瞳を向けた。
「ちぃと老眼にはつらいかの」
「わっ、手にべったり絵具がついてる!」
 真白な陶器の猫を柑橘色で彩っていくゼー。色を塗り重ね過ぎて慌てる映。ぽかちゃん先生と招き猫を並べる蓮華。そして、猫を七色に塗るアヤは仲間達を楽しげに見つめる。
「ふふ、皆といると楽しいね!」
 そういってアヤが浮かべたのは心からの笑顔だった。

●猫の日
 路地裏を澄まし顔で歩く子、陽だまりで大あくびの子。
 水たまりで喉を潤す子に丁寧に毛繕いをする子。可愛らしい猫達の姿を写真に収めながら、メリノは街をゆく。
 神社の一角で猫を待ち、水筒に入れておいたお茶を飲めばひと心地。
「えへへ、こっちの膝も、腕も暖かいです、よ」
 おいで、と招けばメリノの傍に三毛猫と斑猫が座る。
 どうぞ、日が暮れるまでのひとときを御一緒させて下さい。そう告げた言葉への返事代わりに、にゃーん、という愛らしい声が響いた。
 アヤにねこじゃらしの贈り物をした後、こまりは街を散策していた。
 三毛猫の後についていくこまりの手にはきなこ味の尻尾ドーナツ。食べるのが勿体ないと感じながらも一口頬張れば仄かな幸せが満ちる。
「にゃー……にゃー……♪」
 まるで自分も猫になったような気分になり、こまりは愛らしく鳴いた。
 猫尻尾の店の前、エルディスは率直な願いを告げた。
「クリーパーさん! 是非ともここはあーんを! お願いします!」
「ほい、あーんでございます」
 少し呆れ気味ではあったが、ケイトは求められた通りにドーナツを差し出す。その代わりにケイトはエルディスに身に着けてきたアクセサリーが似合っているかを問うた。
「ええ! 勿論、お似合いですとも! 銀の川とも言うべきクリーパーさんの髪と動物のようにしなやかな身体を彩るアクセサリー。完璧です!」
「よし、そこまででございます。それ以上は……」
 ツンデレ系照れ隠しが炸裂するでございますよ、とそっぽを向いたケイト。
 そんな二人の様子を、街の猫達が不思議そうに眺めていた。
「アリアお姉さま、あちらに三毛さんが」
 街角にて、瑠璃音は猫を見つけて近付いていく。
 アリアはふと思いつき、そっと猫を一匹抱えて瑠璃音の頭の上に乗せてみた。人懐こい猫は頭の上でのんびりと座っている。
「……落ちないね……じゃあ、そのままで」
 写真を撮るアリアに淡い微笑みを向ける瑠璃音。するとアリアは他にも猫が居ることに気付く。まだ乗るかな、と呟く彼女に瑠璃音はそっと願った。
「アリアお姉さまにも猫さん乗せてくださいませ」
 そして、少女達は猫と戯れる。
 あたたかな猫の温もりを感じながら、二人は小さな幸せを感じていた。
「にゃんこを沢山探しちゃうニャン!」
「行くんだにゃんっ! にゃんこウォッチング~♪」
 お揃いの黒猫パーカーで決めたロゼとユアの元気な声が響き、楽しい散歩の時間が始まる。羽玩具を右手に、猫饅頭を左手に猫探しを始めるユア達の傍、猫のミコトを頭の上にのせた季由と久遠も街の雰囲気を楽しんでいた。
「ロゼの猫耳パーカー姿もいいな」
「いざ往かんモフモフ天国へ」
 其々の思いを抱きつつ、猫じゃらしを片手に一行は進む。
 途中、久遠が猫に群がられて猫タワーになるというハプニングもあったがそれもまた良い思い出。
「酷い目に遭った……。お、いい空地があるじゃん」
「はわわ、いっぱいにゃんこがいるじゃないか~!」
 ここでモフモフを堪能しようぜ、と誘う久遠に目を輝かせるユア。行こ、とロゼの手を引いてにゃんだまりへ向かったユアの背を見守り、季由は目を細める。
 そう、まるで此処は猫の世界。
 傍にあるのは皆の笑顔にもふもふ猫。なんて幸せな昼下がりだろうと感じ、少女達は明るい笑みを浮かべた。
「ねこ、ねこ」
 人懐っこい猫達の傍に屈み、市邨は目を細める。
 傍らには今しがたドーナツをはんぶんこした相手、ムジカが猫とじゃれていた。抱き上げた猫の手を取ったムジカは市邨に向け、えい、と戯れに肉球ねこパンチを見舞う。
 その感触はあたたくてくすぐったい。
「ね、もっとあったかくなってきたら、市邨ちゃんちで一緒にお昼寝しましょ♪」
「ふふ、日向ぼっこ、ムゥと一緒に出来たらいいな」
 今日のにゃんこさん達みたいに、とムジカが願うと市邨もその日を思う。
 暖かな縁側でふたり。
 それはきっと、きっと、心地よいはずだから。

●倖猫
 古めかしくて何処か懐かしい、不思議な街並み。
 別の世界に迷い込んだような感覚の中、クィルはジエロの手をそっと握る。
 見上げた其処にはいつもと変わらぬ優しい笑顔。行こうか、と告げたジエロは二人ならばどんな世界で迷っても構わないけれど、と独り言ちた。
 途中で買った尻尾ドーナツを片手に街角の猫を眺め、クィルは或る黒猫を指差す。
「あそこの黒猫、すこしクゥに似ているかも」
「ジジに似た子もいるかな」
 道往けば猫が過る。その光景に和んだジエロも辺りを見渡した。ふと隣を見遣ればドーナツを頬張るクィルの様子が見え、ジエロは柔かに微笑む。
 甘味片手に探検気分。二人で過ごす楽しい時間は、まだまだ続いていく。
 縞に三毛、黒に白。
 雨音が真剣に見つめるのはショーケース内の猫尻尾ドーナツ。悩む様子の彼女を微笑ましく眺め、怜四郎は手にしたドーナツを示す。
「私はこのオレンジ色のしましま猫ちゃんと真っ白猫ちゃんにしたわ」
 しましまが雨音とお揃いだと笑んだ怜四郎はしっかりとそれらを写真に収めた。その頃には雨音も三毛柄のドーナツを選んでおり、勿体なさそうに見つめていた。
 しかし、意を決した彼女はそれをがぶっと口にする。
「怜ちゃん、これ超美味しいにゃ! レッサーパンダしっぽドーナツもあればいいにゃー」
「ほんと、おいしいわぁ~」
 やっぱりお菓子は幸せを呼ぶ。けれど共食いかも、なんて過ぎった思いは口にせず、怜四郎は雨音と過ごす楽しい時間に思いを馳せた。
 黒猫の先生に連れられ、紅太郎は街に出た。
 同じく三毛猫のモカ蔵を追って街に訪れた密と彼は偶然出会うことになる。
「あれ、先生に……蓮村さん?」
「おや、これはまた奇遇ですね」
 以前と同じような邂逅に目を細めた紅太郎は不思議な縁を感じた。
「春の季語に猫の恋というものがありますが、しかし二匹ともオスでしたね」
「え? 先生は女の子ですよ」
「あなたメスだったんですか……」
 戯れに紡いだ言葉の先、衝撃の事実が密から告げられる。若干のショックから抜け出せない彼にくすりと笑み、密は街角を指さす。
「蓮村さん、よければご一緒しません? 折角だしお土産探しましょ!」
 そして――偶然から巡ったひとときが始まってゆく。
 懐かしい甘さの三毛猫尻尾を手に、レトロな街並みを行く。
「ガイスト、御馳走様。とっても美味しい」
 甘い、と微笑むメロゥとアラタを見守るガイストはふと家で待っている本命猫のことを思い浮かべた。だが、浮気ではないと首を振った彼は路地に目を遣る。
 此方を見ている猫に気付き、アラタは其処にしゃがんだ。
 焦りは禁物だとそっと手を伸ばせば指先に猫の鼻先が近付く。そのまますりすりと寄って来る黒猫。アラタは目を細め、人懐っこい猫を抱き上げた。
「撫でるか?」
 アラタが日溜まりの匂いがする猫をガイストに差し出すと、彼は首を振る。
「猫は好きなのだがこの面構えの所為かあまり好かれぬ」
「大丈夫。猫は心でみてくれる」
 ガイストに笑いかけたアラタは無邪気に告げた。すると別の白猫を抱いていたメロゥが手招きポーズして写真を一枚撮って欲しいと願う。
「にゃーん……なんて」
 悪戯っぽく笑うメロゥとアラタにスマートフォンを向けたガイストは頷いた。
 何故だか心が浮き立つのはきっと、今が楽しいひとときであるからだ。

●夕彩
 ねこをじょうずになりたい。もとい、なり隊。
 サヤとウィリアム、そしてメルカダンテは日向に集まる猫達の前に居た。ウィリアムはこほんと咳払いをして少女達に教示していく。
「いいですか、猫と目が合ったらゆっくり瞬きか目を細めるのが挨拶みたいなもんです」
 すると、人馴れしている猫は人間達に興味津々な様子で寄って来た。
「あわわわちかいちかい、かわいい」
「ね、ねこっ、ウィリアム、サヤ、ねこが近くに……!」
「メルカダンテおちついて、おちついてごあいさつを」
「あっ、わっ、まっ」
 心の準備が出来ていなかった二人は戦々恐々。メルカダンテは思わず用意してきた木天蓼をウィリアムに投げてしまう。
 わあ、とサヤが声をあげた次の瞬間。
 ウィリアムが猫に埋まった。
「あああメルカダッ、ちょ、テメーッ! 爪、爪が、爪が痛ッ、いってェエエエエ」
「ウ、ウィリアムううううう……!」
 もう助からない仲間の名を呼びながら、サヤはスマートフォンを構えた。
 カシャコーカシャコー。哀れな青年と目を細めたまま固まる王の傍ら、サヤが押すシャッター音が軽快に響き渡っていた。
 虎猫の傍、ゆっくりとした歩みで共に行くのはイェロと白縹。
「……ね。どこに連れてってくれる?」
 問いかけに答えぬ猫が導いたのは神社の鳥居前。猫達が集う其処で白縹が梅の花を食む様を眺め、イェロは階段に腰を下ろす。おいで、と膝を叩けば虎猫が其処で丸まった。
 視界に入るのは長閑な日々の光景と夕彩。
 和やかな優しい時間を噛み締め、イェロはそっと目を閉じた。
 ドーナツとアイスを両手に猫探し。
 楽しそうに神社の方に向かうミュゼットを追い、終は猫尻尾型の菓子を齧る。
「……悪くはないかな」
「あっ、猫いた。いっしょにドーナツたべる?」
 呟いた彼の先ではミュゼットが白猫に問いかけていた。しかし猫はふいと顔を背ける。駄目みたい、と笑った少女は傍らに座った猫を撫でた。
「かわいいねえ。こっちのドーナツはシュウくんにあげようね。わけっこ!」
 無邪気に笑う彼女を眺め、終は微笑ましさを感じる。
 なんだか昔に戻ったような気分だ。ふと浮かんだ思いは言葉には出さず、終は不思議な心地良さを覚えていた。
 視界の隅、ぴんと立った尻尾が路地裏へと駆けていった。
「あっ! あの子可愛い、このしっぽのモデルかな?」
 恵に買ってやった尻尾ドーナツの会計を済ませ、和は尻尾の主を追いかける。だが、猫の姿は消えてしまった。おかしいな、と肩を落とす和の後ろに居た恵はふと脇道を見遣る。
 すると其処には数匹の猫が集っていた。
「こんなところで集会とは珍しいじゃねぇか」
 恵は夕色の陽射しに目を細める。
「なぁんだ、猫集会か。夕陽で毛並みが光ってる。綺麗だね」
 和もくすくすと笑って近くの塀に背を預けた。そして、此方に気付いて擦り寄って来る猫達。彼らと過ごすひとときも悪くないと感じ、二人はそっと頷きあった。
 夕陽の街を散策しながら猫探索。
 其々に猫を撮って来た後、マイヤとラズリーは各自の写真を見せあう。
 ラズリーが収めたのは夕陽に赤く染まる昭和レトロな街並みを背景に自由にのびのび生きる猫の姿。
「わあ、素敵! こういうの、ノスタルジックっていうんだよね」
 マイヤは彼女の写真を褒めながら、わたしも素敵なものを見つけたと告げる。
「ぐっじょぶマイヤ。茶トラニャンモナイトだ」
 猫が丸まっている様子を捉えた図に微笑み、ラズリーは和みを覚えた。そうして二人はこの日の記念に一緒に写真を撮ろうと試みる。
 街を背にしてインカメラでぱしゃりと撮った一枚。其処には通り掛かった猫も写り込んでおり、少女達はくすくすと笑って口元を押さえる。
 とびきりの一枚になったねと笑う二人の笑顔もまた、とびきりのものだった。
 古びた鳥居の下、少女達の影が夕焼けに染まる。
「――お揃いのいろですね」
 聞こえた声にティアンが顔をあげれば、アイヴォリーの姿があった。鳥居の傍らで毛繕いをする猫をそっと撫でた少女は不意に問う。
「ティアンは、怖くありませんか」
 明日にはもう居ないかもしれない。気紛れで、残酷で、儚い、いきものを愛することを。
「それなら人とて然程かわるまいよ」
 するとティアンは静かに答えた。いつだったか、彼女に恋が怖いと聞いた時の事を思い返す。アイヴォリーが返す言葉を探している間、ティアンは手を伸ばす。
 何かを、誰かを、愛しいと思う心。
 もう知ってしまっていた想いは繋いだ手のぬくもりに似て、とても温かかった。

作者:犬塚ひなこ 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2018年3月2日
難度:易しい
参加:50人
結果:成功!
得票:格好よかった 0/感動した 1/素敵だった 11/キャラが大事にされていた 3
 あなたが購入した「複数ピンナップ(複数バトルピンナップ)」を、このシナリオの挿絵にして貰うよう、担当マスターに申請できます。
 シナリオの通常参加者は、掲載されている「自分の顔アイコン」を変更できます。