缺いた星の行方

作者:小鳥遊彩羽

●邂逅
 その日は、星が綺麗な夜だった。
 鼓膜を擽る、波の音。それを辿るように、ラウル・フェルディナンド(缺星・e01243)は波打ち際を宛もなく歩く。何故こんな所にいるのか考えて、これという答えまで辿り着くことが出来なかった。
 誰かに呼ばれたような、そんな漠然とした予感。ただそれだけのことで、気づけば一人で誰にも何も言わずにこんな場所まで来ていた。
 ――逢えるような、気がしたのだ。
 そして、ラウルは、不意に視界に現れた人影に目を瞠った。
「な……っ」
 長く柔らかな金の、月の彩りにも似た色合いの髪に青い瞳の娘。
 ラウルの姿に気づいた娘は、ゆらりと、覚束ない足取りで近づいてきた。
 目の前に現れたその娘を信じられないといった風に見つめながら、ラウルは辛うじて震える声を絞り出す。
「……ルーネ……?」
「わたしに、逢いに来てくれたの?」
「――っ!?」
 娘がふわりと微笑んだ瞬間、ラウルは本能的に後方へと飛び退った。娘の手に握られていたナイフは、間違いなく彼の心臓を狙って繰り出されたものだった。
「あら……残念」
 娘は微笑んだまま。だが、ラウルを見つめる瞳を彩るのは、底知れぬほど純粋で明確な殺意で、目の前に居る娘が紛れもなく『敵』であると、ラウルに伝えるには十分だった。
 それでもまだ銃を抜くことを躊躇いながら、ラウルは縋るように叫ぶ。
「ルーネ、ルーネ、……俺だよ、――君は……っ!」
 しかし、ラウルの声に娘は答えることはなく、ただただ淡く微笑んで、告げた。
「――さようなら」

●缺いた星の行方
「皆、集まってくれてありがとう。……緊急事態だ」
 トキサ・ツキシロ(蒼昊のヘリオライダー・en0055)は、今から現場に向かう、とケルベロス達をヘリオンへいざなった後、自身もすぐにヘリオンに乗り込み、その途中で説明をすると告げた。
「ラウル君が、宿敵のデウスエクスの襲撃を受ける予知を得たんだ。急いで連絡を取ろうとしたんだけど、繋がらなくて……」
 一刻を争う事態であり、猶予はない。至急ラウルの救援に向かって欲しいとトキサは続けた。
「敵は人間の女性の姿をしているけれど、おそらくは死神だ。ラウルさんは彼女を知っているようだったけれど、死神のほうは明確な殺意を持ってラウルさんの命を奪おうとしている。彼女の武器は一振りのナイフと、あとは、黄色い花冠みたいなのを持ってて、それも何かの形で使ってくると思う」
 戦いの場所となるのは、海だ。正確には、海に面した砂浜ではあるが――。夜も遅い時間で、辺りに避難誘導が必要な一般人などの姿はない。よって、ラウルの援護をしつつ死神との戦いに集中して欲しいとトキサは言い、そして現場の上空に到着した旨をケルベロス達に告げた。
 準備が出来次第、ヘリオンの扉が開かれるだろう。最後にトキサはこう言い添えた。
「ラウルさんには、辛い戦いになるかもしれない。でも、皆で力を合わせて、宿敵――デウスエクスを撃破してほしい。――気をつけて」


参加者
月織・宿利(ツクヨミ・e01366)
レネ・トリラーレ(花守唄・e02760)
木霊・ウタ(地獄が歌うは希望・e02879)
ムジカ・レヴリス(花舞・e12997)
ルチル・アルコル(天の瞳・e33675)
シュネー・グリュクトート(ヴァイスケッツァー・e42582)
レターレ・ロサ(禍福の讃美歌・e44624)

■リプレイ

 何度名を呼んでも、君は応えてはくれない。
 微笑む君の瞳に、きっと、『俺』の姿は映っていないのだろう。
 でも、月と共に在る姿は俺が愛する彼女のままで、幾ら考えを巡らせても解らない。
 もしも、彼女に心が残っていたら?
 もしも、彼女の死が、とうに目覚めていいはずの悪い夢だったら?
 ――何よりも、『君』を傷つけるくらいなら……。

「――ラウルくんっ!」
 その時、自身を叱咤する声が、ラウル・フェルディナンド(缺星・e01243)の耳に届く。
 振り返れば、駆けてくる幾つもの人影。
 誰もが、同じケルベロスとして彼の力になりたいという一心で集った同胞達だった。
「……皆、」
 真っ直ぐにラウルを見つめ、月織・宿利(ツクヨミ・e01366)は続ける。
「しっかりなさい、此処で挫けたらきっと君は後悔するわ。……大切な人だったのでしょう。君の手でちゃんと眠らせてあげて」
 月に似た色合いの女性。彼女が、ラウルにとっての大切な人。
 そこに残っているのは彼女という形を為す器だけで、記憶も心も、既にこの世界の何処にもないのだろう。
 それでも、心が揺らいでしまうのは痛いほどにわかるから。
 何かを堪えるように唇を引き結んでいたレネ・トリラーレ(花守唄・e02760)もまた、震える声でラウルへの想いを紡いだ。
「ルーネさんを取り戻すと言った……貴方の言葉を私は信じております」
 その時、『死神』――ルーネが動いた。青い瞳に冷えた色を滲ませて。
「……あなた達、どうして邪魔をするの?」
 ふわりと溢れる、ミモザの花色。
 それは素早く布陣したケルベロス達の中でも、ラウルが身を置く後衛へ。
 だが、ほぼ同時に動いた影があった。
 盾役の宿利とルチル・アルコル(天の瞳・e33675)、そしてルチルのサーヴァントであるミミックのルービィである。
 ルーネが巻き起こしたミモザの花嵐。
 その幾つかを引き受けて、ルチルは代わりに星剣を乾いた砂地に突き立てる。
「彼女の攻撃は、わたし達が引き受ける。悔いのないように、想いを届けてくれ」
 星剣の切っ先で描かれた守護星座が淡く光を帯びて煌めいた。
 今にも飛び出していきそうなほどに跳ねるルービィへ、ルチルが一言。
「見切られぬように。あと、庇いに行くのを忘れるなよ」
 そうしてルービィを送り出したルチルがちらりと振り返れば、頷いて応えたフィエルテ・プリエール(祈りの花・en0046)が前衛を護る雷壁を編み上げた。
「……綺麗な星月夜ね。久しぶりの逢瀬に無粋な自覚はあるけれど、その刃も相応しくないから落とさせて頂くわ」
 舞う花の如くムジカ・レヴリス(花舞・e12997)が打ち込むのは電光石火の蹴り。
 そこに、シュネー・グリュクトート(ヴァイスケッツァー・e42582)が煌めく星の尾を引きながら、重力を乗せた蹴りをもう一つ刻みつけた。
「シュネー達、ラウルお兄ちゃんの望む結末の手助けに来たのよ。そのために、頑張るわ」
 真っ白な髪をふわりと風に靡かせ、シュネーはあどけなく笑う。
「そうだぜ、何があっても俺達がいる。これからが本番だ!」
 仲間の危機は見過ごせないと駆けつけた木霊・ウタ(地獄が歌うは希望・e02879)は、ラウルのために『青の凱歌』を歌い上げる。
 青き地球のグラビティを乗せた勇気を齎す歌声と旋律が、ラウルに確かな力を添えて。
「ラウルさん、私も……力をお貸しします!」
 レネが掲げた杖から迸った雷光が、ラウルの秘められた力を更に引き出した。
 オルトロスの成親が神器の瞳でルーネを睨み、炎で包み込む。
 続けて一歩踏み込んだ宿利は、真白き拵えから抜き放った六花の刃を手に、すっと瞳を細めてルーネを見据えた。
「火依り生まれし傷よ、黄泉への契りを交わせ」
 刹那、刀身から噴き出したカグヅチの炎が、ルーネへと絡みつく。
「きゃあっ……」
 触れた炎が齎す痛みに、それまでラウルを見ていたルーネの瞳が宿利を捉えた。
(「……死神は、なぜ彼女を選んだのだろうね」)
 レターレ・ロサ(禍福の讃美歌・e44624)の胸中に灯るのは純粋な疑問と、奇妙で不思議で興味深い二人の関係。
 けれどそれは今探ることでも口にすることでもないとわかっているから、代わりに、レターレは穏やかな笑みと共にラウルを振り返る。
「本当に恐れる事態は、本当に彼女が哀しむ事態は。きっとキミがよく知っているのだろう?」
 富める者の詩篇を綴り、一瞬の儚き栄華に灯を授けて。
 レターレは静かに続けた。
「必要ならば、あとはやるだけだよ」

 駆けつけてくれた皆の姿に、そして己を呼ぶ声に、ラウルは自分が独りではないと気付く。魂を分かち合った翼猫のルネッタも、懸命に翼を羽ばたかせてラウルを支えようとしてくれている。
「ラウル、死ぬな。彼女自身を見誤るな。アンタがおらんなったら寂しい。こんな最期は違う」
 縋るように親友である彼を呼ぶ香・褐也は、ラウルとルーネ――二人を見た瞬間、月と星に重ねた想い出に、全てを理解して。
(「ホンマ世話の焼ける奴や……オレなら耐えられない」)
 けれど絶対に死なせないと、褐也は竦む足を叱咤して、黒鎖を握る手に力を込めた。
「覚悟を決めてしっかり向き合ってこいよ」
 出逢い、別れた後に残るものはどれも本物で、思い出も因縁も、変わらないままいつも心の奥底にあり続ける。
 だからこそ別れを告げる時は一つだって後悔してはならないと、瀬戸口・灰はラウルの背を押すべく想いを託す。
「今のラウルは一人で夜を歩いているんじゃない。お前の後ろにも、一番近しい隣にも、お前を想う星が待ってる」
「そうだ、ラウル。お前は独りではない。支えてくれる仲間が居る。――お前が本当に守りたいものを思い出せ!」
 愛しい人の姿に刃を向けさせるのは、酷なことだとわかっている。
 だが、それでも彼を死なせるつもりはないと、クレス・ヴァレリーもまた、ラウルを呼び続けた。
「大切な人の手が血に塗れるのを止められるのは……ラウル、お前だけだ」
 彼のためにこんなにも沢山の友人達が集まってくれた。
 それは、ラウルが日本に来た時、初めての友人となった九条・小町にとっては、とても喜ばしく誇らしいことだ。
 ラウルの優しさに救われているのは皆も小町も同じ。
 だからこそ少しでも力になりたいと、小町は銃を構える。
「ラウル、しっかりしなさいよ! ここで彼女を倒さないと、彼女の身体が沢山の人を殺めるのよ。……そんなこと、一番させたくないのは貴方でしょ?」
 本当は、彼に大切な彼女を倒させたくなどない。
 けれど、そうしなければどこにも救いは残らない。
 ――彼女を彼に倒させることで、自分達が彼を苦しめているのかもしれないとしても。
 そして、燈・シズネは胸の中の想いを全て声に変えて、彼の名を呼んだ。
「――ラウル!!!」
 背を向けたまま、否、振り返らなくとも、ラウルには今、シズネがどんな表情でこちらを見ているのかがわかった。
「オレはここに居て、見届けてやる! ――だから、ちゃんと帰ってこい!」
「……うん、――帰るよ」
 シズネが一振りの刀を抜くと、刀身が忽ち無数の赤い花弁へと変じ、鞘から舞い踊るように零れ落ちる。
 どうか、彼が生きてくれるように。
 どうか、彼がこの彩を離さないように。
 生への渇望を乗せた花弁の祝福に、ラウルは確りと象牙の銃把を握り締めた。
 薄縹色の瞳は、迷わずに月の彩りを捉えて。
「君を死神から救い出すよ、ルーネ」
 何時だって、月のように導いてくれた人。
(「……今度は、俺が」)
 ――君を蝕む闇を照らす星になる。

(「――それにしても。死神ってものすごく趣味が悪いのね」)
 繰り返される攻防の中で、シュネーはふと想いを巡らせる。
 死は生きとし生けるもの全てに等しく平等に訪れるもの。
 それを覆し、別の存在に変えてしまうという行為は、死者への冒涜に他ならない。
 暗殺者として、かつて自らの手で屠ってきた命を想えばこそ、シュネーの中に灯る死神への想いは憎悪と呼ぶに相応しいものだろう。
 ――それ以上に興味が湧いたと言えば、それも嘘ではないけれど。
「ラウルの為も勿論あるけれど……全力で阻止させてもらうわ」
 両手に携えたナイフと共に舞うシュネーの姿は、可憐な見目にそぐわぬほどに洗練され尽くしていた。
(「……大切なひとが、死神に利用されての再会なんて」)
 飛ぶ鳥を狙い穿つようなムジカの鮮麗な一蹴が、ルーネの身体に綻ぶ花の名残を刻む。
 かつてデウスエクスに奪われた最愛のひと、そして、今自身の世界の中に在る大好きな仲間達――誰がその身を利用されても、きっと彼のように向き合える自信はないとムジカは思う。
 だからこそ、今向き合っている彼の覚悟も想いも全て賭せるよう、全力で支えたいとも。
 そう想っているのはここに居る自分達だけではなく、ちらりと見上げた空の向こう、星空の色に紛れたヘリオンの中で皆の帰りを待つ彼も、きっとそうに違いないだろうし、何より――。
 ムジカの視線の先には、彼の窮地に自分達と同様に駆けつけた、彼を支える親しい仲間達の姿。
(「彼が今、一人ではないからこそ……向き合えているのかしらね」)
 だから、大丈夫だろう。
 ならば彼が彼女を送ってやれるよう、力を尽くすだけ。
「ラウルちゃんを、連れて行かせはしないわ。それに、何より――あなたに、死神の刃は似合わないもの」
 ゆらりと傾ぐ、ルーネの身体。
 その動きは、まるで糸で縛られたマリオネットに似ていた。
 刹那、ルーネの口から放たれた音のない旋律が、漣のように前衛を呑み込んでいく。
「……っ、」
 心の底から揺さぶられるような不快感。
 けれど深呼吸を一つ、強く砂地を踏みしめれば、与えられていた耐性によって忽ち心は晴れていく。
(「大切な人の身体を死神に利用されるのは、きっと、とても苦しいことね」)
 人間としてではなく、死神として動く彼女を哀しげに見つめ、宿利は抜き身の刀を手に斬り込んだ。
 卓越した技量からなる達人の刀捌きと神器の剣で斬り掛かってきた成親の息を合わせた連携に翻弄されたルーネの元へ、死角から迫る青い影が一つ。
「ルチルちゃん!」
「ああ、続こう」
 遠慮も容赦もしないつもりだった。
 だが、自分ではない誰かの――ラウルの大切な人の姿で現れた死神を傷つけるというのは、ほんの少しだけ、胸が痛む。
 けれどそんな迷いを払うように、ルチルは戦いが始まったその時からずっと、攻める手を休めることなくルーネへの攻撃を続けていた。
 元より彼女を知らないからこそ掛ける言葉もなく、だからこそ自分以外の誰かが少しでも想いを届けられるようにと、ルーネの狙いを引き付けながら高速演算で導き出した一点へ鋭い蹴りの一撃を入れる。
 その想いを感じ取ったのか否か、ルービィもエクトプラズムのナイフや剣を手に、果敢に立ち向かっていて。
 月彩の調べを受けた前衛へフィエルテが極光の癒しを送り、ウタは歌声と旋律に乗せてオウガメタルの星のような粒子の煌めきを振り撒き、内に秘められた超感覚を覚醒させる。
「ラウルを呼んだのは死神の策略なのか? それともあんたが逢いたかったのか?」
 問いかけとも独り言ともつかぬウタの声に、ルーネは答えることはなかった。
 だが、それはウタにとっては瑣末なこと。
 ウタは力強い笑みを浮かべながら、ルーネに告げる。
「……どっちか判んないけど安心してくれ。死神の軛から解放してやるぜ。……ラウルと、俺達がな」
 レターレはジャマーとしての立ち位置を存分に活かし、皆が惜しみなくその力を揮えるよう、序盤から数々の攻撃に付随するエフェクトでルーネの動きを封じていた。
 常に戦況の動きに気を配り、手が足りないと感じたらすぐさま回復にも回る。
 足りない穴を埋めるようこと細かに動きながら、今回のボクは縁の下の力持ちさとレターレは笑みを覗かせて。
「キミが、想いを届けることが出来るなら、ボクはそのための踏み台にでも何にでもなろう」
 ラウルを振り返り、レターレは笑う。
 その先にある物語を、その結末を他の誰でもない彼に見届けさせるために。
「――だから、出来る最善を掴み取っておいで?」
 一方、レターレと同じジャマーであるレネが避雷の杖を差し向けた先はルーネ。
 強固な護りを仲間達へ与えるレネの力は、同時に敵の動きを強く封じるものであった。
 迸る雷光の輝きが、彼女の身体を奔っていく。
 愛した人とこんな形で向き合うことになるなど、誰が想像しただろう。
(「……私だったら」)
 もしもあの人が変わらぬ姿で現れたら、きっと戦えないだろうとレネは思う。
 彼女を傷つけることで心が痛むのはレネも同じ。
 それでも、彼が彼女の生を望んだように、彼女もまた、彼が生きることを望んでくれるだろうから。
 ――月が標となって導いてくれるのなら、星は強く輝くことが出来るのだから。

 ルーネが手にしていたナイフが、乾いた砂の上に落ちる。
 同時にルーネ自身もまた、その場に膝をついた。
 ケルベロス達の攻撃により、少しずつ追い詰められていった死神。
 相手がラウル一人であったなら、完全に死神に分があっただろう。
 だが、今、ラウルは一人ではなかった。
 多くの仲間達と共に、彼は戦っていた。
「……ラウル」
 ほぼ動けなくなったと言っても過言ではない状態のルーネを見て、誰かが、彼の名を呼んだ。
「最後の一手は、どうかラウルさんの手で……」
 彼女が安らかな眠りに包まれるように。
 そう願うレネの声は、少し震えていた。
「うん、……皆、ありがとう」
 大丈夫だと言うように頷いて、ラウルは『彼女』の名を冠した銃を、その銃口をルーネへと向ける。
「――……おやすみ、愛しい人」
 響いたのは、一発の銃声。
 想い出も、願いも、誓いも、魂も――己の全てを籠めて放たれた月彩の弾丸が、煌めく光の軌跡を描いてルーネの胸元へ吸い込まれていく。
 刹那、爆ぜるように溢れ咲いたのは、春の雫にも似たミモザの花。
 ――もう約束は違えない、絶対に。

 少しだけ、二人きりにして欲しい――ラウルの願いに仲間達は頷き、一人、また一人とその場を離れていく。
(「今は、凡てが無粋さ」)
 そう、祈ることさえも今は。
 レターレが見上げた空には、数え切れないほどの星々が瞬いている。
 それでも少しだけ心配で、遠くから彼の様子を見やりつつ、宿利は成親をぎゅっと抱きしめた。
「きっと、大丈夫だよね」
 彼は、彼を大切に思う人がたくさんいるから。
 星の瞬く空を見上げ、波の音に耳を傾けながら、宿利は思う。
「私もいつか、姐様と相対することがあるのかしら……」
 そのために、ずっと強さを求めてきた。
 もし、相見える時が来たら。――覚悟が、出来るだろうか。
 二人から遠く離れた場所で、ウタはメロディアスな鎮魂曲を爪弾いていた。
(「愛する者との二度目の別れ、か」)
 満天の星の元、愛しい人の顔を見ながら逝くことが出来るのなら、それは幸せなことなのかもしれないとウタは思い、祈りを捧げる。
 母なる地球の元で安らかに――と。
(「……アタシがあの子と再会出来た時には、彼のように逢うことが出来るのカシラ」)
 万が一を思いつつも、彼が望む時を過ごせるよう願いながら、ムジカは星降る砂浜を辿る。
 目を閉じれば、瞼の裏に浮かぶ愛しい笑顔。
 もう人を愛することはないと思っていた自分も、再び愛する人に出逢うことが出来た。だから――。
 彼の行く先に幸いがあるようにと、ムジカはそっと星に願った。
 ルービィを連れてルチルが向かうのは、二人の姿も見えず、声も聞こえない所。
「なあ、ルービィ。……こんなに星がたくさんの夜だ。きっとひとつくらい、落ちる星もあるだろう」
 願いが、祈りが、言葉が届くはずだと、願うように紡ぐルチルの声に応えるように、ルービィもぴょんと跳ねてみせる。
(「いつか、自分の前にも現れるのだろうか」)
 ラウルにとっての彼女のように、ルチルにとっての『誰か』が現れた時、彼のように受け止めることが出来るだろうかとルチルは考える。
 そこにあったのは、少しの恐怖。
 けれどそれを振り払うように、ルチルは眩い星の煌めきを青く蒼い藍の瞳に焼き付けた。

 ――君の優しさも笑顔も、俺が必ず護る。
 それが、約束だった。
 今、腕の中に抱くのは再びの死。溢れる想いは雫となって、白い頬を濡らす。
「……君のいない世界は苦しいよ、ルーネ。それでも……」
 例え死が二人を別とうとも、月を仰げばそこに『君』はいる。
 何時だって、心は傍に在る。
「君に還るその日まで、ルーネが愛した世界の彩をこの心に満たすよ。だからそれまで、……待っていて」
 ラウルはルーネの左手を取り、薬指に月彩の指環を嵌めると、最期の口付けを贈った。
 触れたぬくもりに、ルーネの唇が微かに動いたような気がして、それを見たラウルの表情が、幼い子供のようにくしゃりと歪んでいく。
「ルーネ……っ!」
 そして、まるで、空に還るかのように。
 ルーネの身体が、ラウルが咲かせたミモザの花ごと、淡い光の粒子となって静かに消えていく。
 やがて、一人その場に遺された青年を、遠い空の果てに灯る淡い月の光が優しく照らしていた――。

作者:小鳥遊彩羽 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2018年3月2日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 0/感動した 2/素敵だった 2/キャラが大事にされていた 5
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