貴女に贈るレクイエム

作者:椎名遥

 最後の演奏が終わっても、ライブはまだ終わらない。
 会場に残る熱気は観客の心へと宿り、その中で今日の演奏を繰り返し響かせる。
 いつかはそれも薄れてゆくのだろうけれど――その時まで、ずっとライブは続いてゆく。
「~♪」
 会場を背にして、胸に残る余韻を楽しみながらキサナ・ドゥ(夭桃灼灼・e01283)は出口へ向かう。
 足は自然とリズムを刻み、口ずさむ歌もそれに合わせてテンポを変化させながら。
 そうして出口まで来た時、
「うん?」
 ふと、キサナの目に大きなポスターが飛び込んでくる。
 それは、可愛らしいイラストが描かれた、新しく始まるアニメの宣伝ポスター。
 入るときには無かったそのポスターに、キサナは何とはなしに興味をひかれて近づいて……。

 ――バンッ!

 音を立てて、ポスターに血色の手形が付く。
 続けて二つ、三つと、手形はポスターを塗りつぶすように現れて、
「こいつは――っ!」
 その光景に、キサナは得物を手繰り、身構え――反射的にその場を飛び退く。
 直後、一瞬前までキサナが立っていた場所を白刃が通り過ぎる。
「あ、避けられた……残念」
 言葉とは裏腹に、どこか楽しそうに呟く刃の主。その姿に、キサナの視線が鋭くなる。
 ポスターから抜け出してきたような可愛らしい衣装を身にまとい、片手に携えるのは先刻背後から切り付けてきた大鎌。
 そして、
「まあ、これで終わりじゃつまらないものね。くひひ」
「……てめぇ」
 ――どこかキサナに似たものを宿す顔立ちと、笑い声。
 それは、デウスエクス――死神『シィアン・ドゥ』。
「ちっ」
 小さく舌打ちをして周囲に視線を巡らせるキサナに、シィアンは笑って手を振る。
「あ、こっちには誰も来ないようにしてるから、心配しなくていいよ」
(「……人払いか」)
 その言葉を証明するように、ライブが終わったばかりだというのに周囲に人の気配は全くない。
 それはつまり、
「オレが狙いってことか」
「そういうこと♪」
 巻き込まれる人がいないなら、キサナが彼らを守ることに意識を割く必要はない。
 同時に、シィアンにとっては戦いの邪魔になる存在を排除できるということ。
「他の人のことなんて考えなくていいから……ちゃんと私を見て、本気で戦って、そして――殺されてね。くひひ♪」
 左手に周囲からかき集められた怨念を黒く纏わせて、シィアンは楽しそうに笑い。
 同時に、キサナは全身にグラビティチェインを巡らせる。
「本当だったら、もっと大勢の人をまとめて狩るつもりだったんだけど……あなたを見つけちゃったんだから、仕方ないよね!」
「特別扱いたぁ、光栄だね」
 相手の強さは、最初の一撃だけでも十分わかる。
 歩き始めたばかりの新しい人生に、やりたいことはいくつもある。
 それでも、この相手に背を向けるわけにはいかないと、胸の奥から声がする。
 だから、
「せっかく舞台を準備してあげたんだから、逃げるなんて言わないでね」
「せっかく舞台を準備してくれたんだ、逃げるなんて言うんじゃねぇぞ」
 そうして、二人は同時に床を蹴る。
 ――さあ、
「「始めようか!」」


「集まっていただき、ありがとうございます――そして、急いで現場へ向かってください」
 集まったケルベロス達へのあいさつもそこそこに、緊迫した表情でセリカ・リュミエール(シャドウエルフのヘリオライダー・en0002)は説明を始める。
「キサナさんが、ライブハウスで死神のデウスエクスに襲撃されることが予知されました。本人に連絡を取ろうとしましたが、とれる全ての手段でも連絡がつきません」
 それが相手の妨害なのか偶然なのかはわからない。
 だが、このままであれば確実にキサナは死神と一人で対峙することになり……そして、命を失うだろう。
「ですので、皆さんは今から急いでライブハウスへと向かってください……それでも、到着する前に戦闘が始まっている可能性がありますが」
 そう言ってセリカはわずかに表情を曇らせて……すぐに首を振ると、少しでも早く出発できるように相手の情報を口早に語る。
「キサナさんを襲撃する死神の名は『シィアン・ドゥ』。配下を連れず単独で行動しており、手に持った大鎌と怨霊を操る術が攻撃手段です」
 近距離、遠距離、対複数と、一通りの攻撃手段を持ったうえで状況に応じて使い分けてくるために、決して容易な相手にはならないだろう。
「戦場になるのはライブハウスの入り口近くの広場ですが、事前にシィアンの手で人払いがされているために巻き込まれる民間人はいません」
 そのために、到着後はシィアンを倒すことだけに全力を向ければいい。
 そう説明を終えると、セリカはヘリオンへと乗り込み……その直前で、一度ケルベロス達を振り返る。
「今からなら、まだ間に合います。死神の撃破と……何より、キサナさんの救出をお願いします」


参加者
ガド・モデスティア(隻角の金牛・e01142)
キサナ・ドゥ(夭桃灼灼・e01283)
立花・佑繕(身命二刀・e02453)
逢魔・琢磨(曇天を貫く弾丸・e03944)
玄梛・ユウマ(燻る篝火・e09497)
浦戸・希里笑(黒蓮花・e13064)
フィア・ミラリード(自由奔放な小悪魔少女・e40183)
エリザベス・ナイツ(駆け出しケルベロス・e45135)

■リプレイ

「シィアンッ!」
「くひひ♪」
 互いに立ち位置を入れ替えながら、激しい舞踏を繰り広げるように交錯する二つの影。
 頭上から振り下ろされる白刃を身をそらしてかわし、その動きのままに打ち込むキサナ・ドゥ(夭桃灼灼・e01283)の拳をシィアンの鎌の柄が受け止めて。
 後ろに下がりながら横薙ぎに鎌を振るうシィアンを、身を深く沈めて刃の下をくぐりながらキサナが追う。
 そして――、
「――ちっ!」
 幾度目かの交錯か、避けきれなかった鎌がキサナを捉える。
 とっさに得物で受け止めたものの、死神の力で振るわれる鎌はキサナの体を軽々と跳ね飛ばし。
 続けて大降りに振るった鎌が生み出す真空刃が、体勢を崩したキサナへと放たれる。
 ――だが、
「間に合った!」
「琢磨!」
 聞きなれた逢魔・琢磨(曇天を貫く弾丸・e03944)声と共に、キサナの背後から飛来した紫電を纏った弾丸が、彼女に迫る真空刃を打ち砕く。
 それに続け、
「エリィ参上よ!」
「助けに来ました、キサナさん!」
 エリザベス・ナイツ(駆け出しケルベロス・e45135)の言葉と同時にシィアンの足元から爆発が起こり、その爆煙が晴れるよりも早く飛び込んだ玄梛・ユウマ(燻る篝火・e09497)が大剣を振るう。
「はぁああああ――!」
「やぁああああ――!」
 鉄塊の如き巨大な剣を片手で振るって連撃を叩き込むユウマと、それを大鎌を振るって打ち返すシィアン。
 一瞬で十を超えるほどに打ち合わせられる打撃の音が鳴り響き、
「――もろた!」
 シィアンの意識がユウマに向いたわずかな隙をとらえ、ガド・モデスティア(隻角の金牛・e01142)の繰り出す氷結の螺旋がその腕を凍てつかせる。
 だが、
「く、ひひ、やるね、すごいね! キサナちゃんの友達かな? なら、みんな一緒に連れて行ってあげるよ!」
「キサナさんに似た死神!? 人型の死神って事は……」
 一撃を受けながらも即座に体勢を立て直し、より一層の笑みを浮かべて鎌を振るい攻勢に回るシィアン。
 その姿と纏う雰囲気に、琢磨の脳裏にデウスエクスの知識がよぎる。
 多くの死神が魚の姿をしている中で、サルベージした者から肉体を奪って人型を得た個体も存在していると言う。
 ならば、この――キサナと通じる名と容姿を持つ『シィアン・ドゥ』は……。
「確か琢磨にゃ、シィアンの事は話したコトなかったっけな……悪いけど」
「――大丈夫です」
 見つめるキサナの瞳を見て、シィアンの目を見て、一度頷くと琢磨は愛武器デヴァステイターを握り締め――。
 その背を、ガドが軽く叩いて笑いかける。
「その目、その言葉。ただの縁じゃあないとみた――けど、一人やないんや、背中は預け合っていこうや」
「キサナ、自分が後悔しない様な選択を―――私たちが手を貸すよ」
「ああ――頼む」
 笑いかけるガドの、心配そうに見つめる浦戸・希里笑(黒蓮花・e13064)の言葉に、キサナは頷きを返す。
 近しい人がいる。間接的につながっている人がいる。新しくつながっていく人もいる。
 自分一人で戦ってるんじゃない。
(「だから勝手に突っ走るなよ、オレ」)
 そう、自分に言い聞かせ、
「任せて」
「マスターのお友達さん、頑張って助けるよー!」
「マスターって……誰だ?」
「内緒だよ♪」
 軽いノリで笑って答えるフィア・ミラリード(自由奔放な小悪魔少女・e40183)に調子を崩されつつ、希里笑とフィアが振りまく光を受けてキサナは仲間達と共に駆ける。
(「――深く詮索する気は無いさ」)
 その隣を駆けながら、立花・佑繕(身命二刀・e02453)は胸中で呟く。
 かの宿敵が”ドゥ”を名乗っていることについても。
 かの番犬が”ドゥ”としてそこに対峙していることについても。
 この物語は彼女達のもの。
 ただこの身は身命二刀として、その物語の端役を艶やかに飾って魅せるだけ。
 だから、
「――いけ!」
「ああ!」
 踏み込みながら振るった佑繕の二刀が大鎌を跳ね上げて、空いた空間へと飛び込んでキサナは拳を突き出す。
「まずは、いっぺんマジでブン殴る!」


「――っと、まだまだ!」
 キサナの拳を受けて一歩よろめきながらも、即座に体勢を立て直してシィアンは大鎌を振るう。
 キサナの歌によって呼び出された巨大な骨剣の群れと同時に、左右から打ち込まれる希里笑のスパイラルアームと佑繕の二刀。
 その全てを大鎌を操って切り払い、
「位置よし、気合よし……せーのっ!!」
 足が止まったところにガドの衝撃の槍を受けて後ろへ弾かれつつも、放つ怨霊弾は前衛を巻き込んで呪毒を体に刻み込む。
「これが――死神」
 その姿にエリザベスは息をのむ。
 侮っていたつもりはなかったけれど、眼前で繰り広げられる光景はその想像を超える。
 だけど、
「だいじょぶ? ……はい! もとどーり!」
「お爺ちゃん直伝のグラビティよ! くらいなさい、フォーリングスター!」
 刻み込まれた毒はフィアが振りまく癒しの力が傷と共に拭い去り。
 幾人ものケルベロスを同時に相手取りながら戦場を駆けるシィアンを、天から降り注ぐエリザベスの創り出した流星群が打ち抜く。
 続くユウマの斬撃は大鎌に受け止められるも、
「琢磨さん!」
「ああ! 電光石火、奴を痺れさせろ、パラライザーッ!」
 止まることなく、身を沈めて放つユウマの蹴撃がシィアンの足を刈り、体勢を崩したところに琢磨の銃から放たれる紫電を纏った弾丸が突き刺さる。
 微かに胸中をよぎった恐怖を追い払い、得物を握りなおしてエリザベスは相手の動きを注視する。
 死神は――シィアンは強い。
 間違いなく、この場にいる誰よりも。
 だけど、自分達全員の力はシィアンにも決して負けてはいない。
 だから――絶対大丈夫。
「ふふ、いい顔になってるねキサナちゃん。さっきよりもずっといいよ。きひひ♪」
「――」
 大鎌を振るってケルベロス達を牽制しながら一歩退いて、キサナを見つめてシィアンはより一層笑みを深める。
 その声に、表情に、大切な人の面影が重なって……、
(「思い出せ、『あいつ』があの、『シィアン・ドゥ』の姿をサルベージして、どれだけの命を踏み荒らしてきたのか」)
 揺らぎそうになる心を殺意と怒りで奮い立たせて、キサナは新たに歌を紡ぐ。
 その内面を映してか、わずかに揺らぐ歌声に希里笑は小さく表情を曇らせ、
「――っ!」
 撃ち込まれる真空刃をオウガメタルを集めた腕で受け止め、いなす。
 噛み殺した声とともに血がしぶき――さらに追撃をかけようとシィアンが鎌を振りかぶり、
「その大鎌で、大切な人と仲間の生命を奪わせる物かよ!」
 その刃が放たれるより早く、琢磨が踏み込む。
 振り返りざまに放たれる真空刃を手にしたナイフで受け流し、逆の手に持った銃から撃ち放つのは冷気を帯びた銃弾。
 達人の域にある一撃を受けて左腕は白く凍てつき――それでも、シィアンは鎌を手放すことなく握りなおす。
「ハリー、お願い」
「行け、ギンカク!」
「まだまだ!」
 ガドと希里笑の呼びかけで突撃をかけてきた二人のライドキャリバー『ハリー』と『ギンカク』を、シィアンが回避の動きのままに振るう大鎌が退けて。
 そのまま暴風のように振るわれる大鎌は、続けざまに撃ち込まれるガドの気咬弾と希里笑のバスタービームをも切り払う。
 ……だが、その動きもそこまで。
「それ以上は――やらせないわ!」
 それだけの攻撃を受け止め、跳ね除け、鎌の動きが遅くなった瞬間を狙ったエリザベスのサイコフォースがシィアンをとらえ。
「合わせていくよ」
「はい!」
 同時に飛び込んだ佑繕とユウマが、呼吸を合わせて左右から刃を振るう。
 佑繕の振るう空の霊力を帯びた刀とユウマの振るう傷口を広げるチェーンソーの刃は、振るわれるたびにシィアンに刻み込まれた呪縛を幾重にも増幅させてその戦力を大きく減じさせてゆく。
 そして、
「守ってあげるね!」
 傷を負った希里笑を、フィアの飛ばした光の盾が包み込んで癒してゆく。
 一人の時、複数名の時。毒を受けていた時、いない時。
 回復に専念し、無数の回復グラビティを必要に応じて使い分けるフィアの援護を受けて。
 そうして少しづつ――だが確実に、戦況はケルベロスへと傾いてゆく。
 積み重なった呪縛はシィアンの身のこなしを鈍らせて、凍てついた手足は動くたびに裂けて血をまき散らす。
 無論、ケルベロスの消耗も決して軽いものではない。
 戦いの中で積み重なる癒しきれない負傷は、決して軽視できるものではない。
 そして――それ以上に精神面の負荷が重くのしかかってくる。
「止まってくれ! 貴女にも届いてるはずだ、キサナさんの声が、歌がッ!」
 叫ぶような琢磨の呼びかけに、シィアンはその身を朱に染めながら柔らかく笑って――、
「駄目だよ。言葉なんかじゃ、歌なんかじゃ止まってあげない」
「……くっ!?」
 その表情に、一瞬、琢磨の意識がそれた瞬間に、大鎌が振るわれる。
 受けようとするナイフよりも、銃よりも速く、振るわれた刃に胸を切り裂かれて琢磨は膝をつく。
「だから――止めて見せて?」
「……ああ。終わらせるぜ――この歌を聴くならば 死を思え敵対者!」
 向けられた視線に……わずかな逡巡の後に頷いて、キサナが歌を紡ぐと同時にシィアンは地面を蹴る。
「流れ出る命脈の鼓動 その弱拍に 死の呪いは突き刺さる!」
 紡がれるキサナの歌。
 エリザベスの呼び出す流星群の雨の中、いくつもの流星を受けながらもシィアンは左手に怨霊を集めて。
 撃ち出される怨霊の群れに、希里笑はバスターライフルを向ける。
(「これが悪縁なのか、別のものなのかはわからないけれど――」)
「――せめて悔いなく断ち切れるように」
 怨霊弾を貫いたフロストレーザーが、シィアンの右足を白く染めて。
 それに続け、
「これで――」
「――どないや!」
 レーザーに並走したユウマが刃を振るい、それを受け止めて動きが止まったシィアンをガドの渾身の飛び蹴りが退かせ。
「諸々の禍事罪穢れを浄め祓え給え――」
 よろめいたシィアンに、祝詞と共に佑繕が刀を振るう。
 振るう刀身から放たれた波動は――シィアンをかすめて通り過ぎる。
 ――残念、とシィアンが笑みを浮かべ。
 ――外してなどいないさ、と佑繕は笑みを返す。
 禊祓の理は祓うべき穢を祓い、浄めるべき身を浄める業。
 不浄には裁きを、そして善き者には癒しを。
 我が身はこの物語を飾る端役。
 主役を務めるのは彼女と――、
「立てるね、琢磨」
「最後の一撃決めちゃって!」
「ええ! 大切な人が俺の目の前で一緒に戦ってるんだ! こんな場面で地べたとキスして浮気できるかってんですよ!」
 佑繕とフィアの回復を受けて、気合の声と共に琢磨は立ち上がり銃を構える。
 愛銃が宿すのは迸るほどの紫電。
「お願いだから、止まってくれよッ!!」
 撃ち出された銃弾はシィアンの胸を打ち抜いて――。
「――頑張ったね、キサナちゃん」
「――――オール・ザット・レイ・デッド!」
 鎌を振りかぶり、一瞬、動きを止めたシィアンの前でキサナの歌は完成する。
 そして――降り注ぐ骨剣の群れが、一つの宿縁に終わりを告げた。


「皆、無事だね」
「は、はい。自分も大丈夫です」
 振り返る佑繕に、普段の口調に戻ったユウマが頷きを返す。
 誰もが無傷ではなく、戦場となったこの場所も戦いの爪痕がそこかしこに残っている。
 それでも、自力で立てないほどの怪我を負ったものが出なかったことに、佑繕は安心した笑みを浮かべる。
「お疲れ様ー。災難だったねー」
「手ごわい相手だったわ。これが死神の強さなのね……でも勝てて良かったわ。ねっ、キサナさん! ……キサナさん?」
 ぐっと伸びをするフィアの言葉に頷いて、エリザベスはキサナを振り返り……倒れたシィアンの前でうつむくキサナの姿に、言葉を失う。
「キサナ……」
「悪いな、オレのママへのゴアイサツが、こんな形になっちゃってさ♪」
 そっとシィアンの顔についた汚れをぬぐって……顔を上げて希里笑の声に応える姿は、いつものように明るいけれど、
「無理はせんとき」
「大丈夫ですよ」
「……うん」
 ガドの言葉に頷いて、抱きしめる琢磨の腕に身を預けると少しの間目を閉じて……。
 そうして、目を開けると静かに息を吸う。
「キサナさん?」
「ああ、昔ママが教えてくれたレクイエムを、お返しに歌ってあげようかな、って」
 首をかしげるフィアに、
「――永遠の安息を得られますように、ってヤツ、オレは結局、ママほど信心深く育ったわけじゃねーけどな。くひひ」
 そう、小さく笑って紡ぐ歌は、静かに、やさしく周囲に響き渡ってゆく。
 大切な人が幸せに眠れるように、祈りをこめて。
「……ママ」
 いつしか歌は泣き声へと変わり。
「ママ、ママ……」
 腕の中で身を震わせるキサナを感じながら、琢磨はシィアンの最後を思い出す。
 あの瞬間、シィアンは動きを止めていた。
 それは積み重なったパラライズの結果なのだろうけれど……それでも『もしかしたら』と思うくらいは許されるだろう。
「俺はあなたの傍にずっと居ます。あの人の分まで……」
 言葉を交わすことなく別れることになった『彼女』のことを思いながら、琢磨はキサナを抱きしめる。
 彼女の涙が止まる、その時まで。

作者:椎名遥 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2018年3月7日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
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