病魔根絶計画~無縄で自縛なメリノウール

作者:銀條彦

●冷たきブランケットの殻
「千恵梨……知ってるのよ私。貴女ずっと私に危害を加えるつもりだったんでしょう? そんなに私が憎いの?」
「そんな、違います! あたしはただミミさんの様子がこのところおかしくて心配だったから……」
「もっともらしいこと言って油断させる気なんでしょう? この手編みマフラーだって何が仕込んであるんだか……騙されないわ!」
「きゃ……っ!?」
 まっしろなマフラーはつたないガーター編み。初心者向きだと千恵梨にすすめたのはかつてのミミだった。
 他人よりもやや長い時間を掛けながらも初めて自分の手で完成させたこの作品は、編み物教室の先生以上に根気よく丁寧にアドバイスしてくれたミミさんにこそ贈りたい。
 ただそれだけの純粋な好意が今のミミには届かない。
 冷たく響く鋏刃の音が、絆も想いも、容赦なく断ち切ってゆく。
 乱暴に掴みあげられた贈り物は少女のか細い喉を締めあげる凶器と化す寸前、間に合った周囲の制止によって阻止されるのだった。

 ──そして今は、白く静かな隔離病棟のベッドの上。
 ミミが逃げ込んだ先はあたたかでなめらかなメリノウールの毛糸玉の山。
 家族の為知人の為にと、数々の心尽くしの編み物を生み出してきたその指先も、今はただひたすら己の為にとたった一枚の巨大毛布だけしか紡がない。
「ああ、五月蝿い……寒い……もっとだわ、もっともっと編まないと……もっとあつく、私を、覆わないと……」
 徐々に大きくなって来た『あの音』を思い出させる糸切り鋏も使わずひたすら紅一色。
 ガクガクと悪寒に震える指先はそれでも一心不乱に編み棒を動かし続ける。
 存在しない鋏と『敵』の及ばぬ、己だけを包み続ける安全地帯の完成を求めながら。

●無縄自縛を解くために
「今日ケルベロスの皆さんに向かっていただくのは、とある大病院です」
 召集に応じたケルベロスの一人ひとりをまっすぐな赤瞳で見回し、ぱちりと瞬かせた後、そう語り始めたイマジネイター・リコレクション(レプリカントのヘリオライダー・en0255)の説明に曰く。
 多くの医師やウィッチドクター達の努力で、ひそかに蔓延しつつあった『回帰性懐疑症候群』という新病を根絶する為の準備が今ようやく整ったのだという。
 それは決して死に至る類いの病気ではない。だが、罹患した者は鋏の音の幻聴や寒気といった症状に心身を絶えず苛まれる中で、絆や愛といった目に見えない繋がりを信じられず嫌悪・忌避するようになるという極めて厄介な性質を備えているらしい。
「重症化が進むとすっかり誰のことも信じられなくなり「自分の周りにいるのは敵ばかりである」という不条理な妄想に支配される事になります。敵とみなした他者を見境なく害するような行動に出てしまった患者さんも既に何件か出ているようです……」
 悲しげにそう漏らすヘリオライダーの白い手にぎゅっと力がこもる。
 幸いそれらはおおむね軽傷で食い止められ現在に到るまで死者重傷者はゼロだというが、『回帰性懐疑症候群』が引き起こす悲劇は被害者の体以上に心へ傷を負わせてゆく。
 親しくしていた者から突然向けられた敵意。
 しかも患者の多くはそんな凶行とはまるで無縁な社交的で多くの人から愛される人気者タイプだというから、被害者のショックもひと際深くなり病気の事を知らなければ何か自分に落ち度があったのではと自責に追い込んでしまいかねない。

「今回皆さんに『治療』していただく重症者もそんな悲劇に見舞われたおひとりです」
 この病気と接するにあたって何より重要なのは目に見えない絆への不信感を解いてあげることだとイマジネイターは説く。
「重症患者さんとの交流や看病によって一時的な『個別耐性』を獲得できれば病魔から受けるダメージを減少させ戦いを有利なものとすることが出来ます。ただそれ以上に──少しでも早く痛々しいあの姿を癒してあげられたら、と、僕は願わずにはいられません」
 目指すべきは患者本人に発症前の幸せな人間関係を思い出させること。
 またあるいはケルベロスが心優しく話し相手となって温かな想いを注げばそこに不条理な疑心暗鬼を和らげる新たな絆が生み出せるかもしれない。

 あらかたの事前情報を告げたヘリオライダーは、最後に、エヤミ・クロゥーエ(疫病草・en0155)を紹介した。
「……ウィッチドクターのはしくれだ。根絶計画のサポートに就かせて貰っている」
 多発同時にこの病魔を討ち果たすことが叶えばまたひとつ人々を苦しめる病魔を根絶させることが出来る。
 地道な積み重ねの後の、最後の一手だけは、ケルベロスの力抜きには達成されない。
「……見えぬから信じられぬと言うのであれば、その眼、見開かせるしか無いだろうな」
 シャドウエルフの口からさもた易げに漏れたその言葉こそが難しい。
 そう言いたげに──ふわりと無言の微笑で頷いた後、レプリカントの少女は猟犬達に出立を促すのだった。


参加者
ルードヴィヒ・フォントルロイ(キングフィッシャー・e03455)
大成・朝希(朝露の一滴・e06698)
クラレット・エミュー(君の世は冬・e27106)
小鳥谷・善彦(明華の烏・e28399)
月井・未明(彼誰時・e30287)
空野・紀美(ソラノキミ・e35685)

■リプレイ


 ケルベロス達が案内されたその病室は窓もカーテンも固く閉じられていた。患者からの強い要望らしい。
 召喚後の病魔との戦闘を見越して用意されたのであろう特別病室は、広々と、充分すぎる程のスペースを備えていた。
「……うるさい……寒い……寒い……」
 そんな病室の主たる入院患者──美濃輪・ミミ。パジャマ姿から薄紅の翼覗かせる彼女は遠目にもそれと判るグラマラスなサキュバス女性だった。
 隔離入院が続いた所為か化粧っけこそ薄いが美女と呼んで差し支えない造形のその顔立ちは、しかし、取り憑かれたようにただ己が身を覆うブランケットだけを編み続ける事だけに必死で、陰鬱で。
 ──いや、実際に彼女は取り憑かれてしまっているのだ。病魔という存在に。
「こんにちはーっ、ミミさんっ。ケルベロスがあそびにきましたっ!」
 一番槍はきゃるるんとあっかるく参上の空野・紀美(ソラノキミ・e35685)。同じサキュバスである少女はキラキラと瞳を輝かせいつも以上に念入りにネイルが施された手を元気に差し伸べた。
「さむい? ねね、手、出して、手!」
「…………嫌よ」
 ぎゅっとすれば寒さなんか吹き飛んじゃうよ作戦を挿げなく断られてしまった紀美だったが、そっかーと、睫毛を伏せて引き下がった表情は落胆よりもミミを思い遣る色が強い。
(「ウィッチドクターのせんせもたくさんいるんだもん。わたしにできるのは、元気いっぱい励ますことだよね」)
 続く、アウレリア・ドレヴァンツ(瑞花・e26848)もにこやかに一礼した後、患者以上に生気薄い白磁の掌でそっと見舞いの花束を差し出した。それは生花では無かった。
「えーっ、ナニこれー布のお花ーっ? わーっ、ふっわふわのひらひらで、カワイイーっ」
 桃、橙、クリームイエロー……淡く甘い色合いのコットン生地の花々にチュールレースをあしらったそのミニブーケには生花の瑞々しさこそ無いが、本物よりも軽やかで柔らかで、怯える手にもきっとぬくもりを伝えてくれるはず。
 だが、ミミの手は想い籠められた花にも伸ばされず頑として編み棒を繰り続ける。
「本当に貴方達ケルベロスなの?」
 ──ジャキン。
 重症へと到った『回帰性懐疑症候群』はケルベロスに対する信頼すらも揺らがせる。
 それでも……見知らぬ男女の集団に囲まれながらも即爆発にまで到らず堪えていられるのはケルベロス全体がこれまでに積み重ねて来た実績の大きさに加え、ミミが備えている筈の社交的な部分がいまだ枯れ尽くしてはいないから。
 クラレット・エミュー(君の世は冬・e27106)は茫洋たる海色の瞳でそう診立てていた。
(「そんな彼女が疑心暗鬼で友達を失うのはあんまりにかわいそうだ」)
 さしあたってまずは無理強いはせず、少しずつゆっくりと。
「ええ、そうよ」
 アウレリアは穏やかな微笑と共に頷いた。
 愛らしい花々はそのままベッドから少し離れたサイドテーブル上へちょこんと飾られる。
「無理もないよね。だって、初めましてだもの。こんにちは、ミミ。僕たちみんな、確かにケルベロスでキミの病気を治しに来たんだ」
 ひらひらとルードヴィヒ・フォントルロイ(キングフィッシャー・e03455)が空の両腕を泳がせる。害意は無いのだと安心させる為の動作だ。
 大成・朝希(朝露の一滴・e06698)も丁寧なお辞儀で続き、まずは簡単に自己紹介。
「ちなみにこの中の何と7人がウィッチドクターなんですよ」
 誰がそうだか見分けられますか、なんて、いたずらっぽく少年が謎かけを口にして場を和ませようとしたのとほぼ同時、エヤミ・クロゥーエ(疫病草・en0155)はごそごそと懐から取り出したケルベロスカードを提示した。
「っていきなり盛大に7分の1をネタバラシしちゃっていますよエヤミさん」
「……眼に見える証拠をと考えたんだが──そうだな、あそこの窓から飛び降りてみせた方がよほど話は早かったか」
「うわーい、怖がらせないよう心砕いてる端から衝撃シーン炸裂はやめてほしいかなー」
 とにかく最短距離を選びがちなシャドウエルフの青年へやんわりストップをかける朝希にルードヴィヒも殊更おどけてみせての笑顔で加わる。
 ちなみにこの3人全員がウィッチドクターである、と、ミミに見抜けたかは不明だ。
(「病院、か……あの時は俺様も何もかも見えず信じられず、苦しかった……」)
 何処か虚ろに機械仕掛けの視線をさ迷わせるばかりだったレッドレーク・レッドレッド(赤熊手・e04650)が咳払いの後、意を決して切り出した。
「あー……鋏の音から気を紛らわせるなら音楽はどうだろうか」
 完全に意識を切り替えた彼は、一定の距離を保ちつつスマホを取り出し、何か好きな曲はあるかと訊ねた。らしく無い硬さはもうすっかりと彼から拭い去られている。
(「早く美濃輪を此処から出してやらなければな……まったく、唯でさえ人の心とは見えづらく御しにくいものなのに、病で余計に混ぜっ返されてしまうとは」)
 問われたミミも、そういえばそもそもここしばらく音楽でもという考えすら浮かばなかったと試しに曲名リストを横目で流し見……とある流行歌のタイトルで視線が留まる。
 ──ジャキン。
 ──……ミさん! この新曲、超キュンキュンで……おすすめ──……。
 ──ジャキリ、ジャキ、ジャキ、ジャキン。

「あ、この曲ーっ? イイよねーっコレ♪」
「……違っ!? そ、その3つ下のにしてっ!」
「ん、懐かしの演歌メドレーだぞ」
「!?? ……っ、そ、そんなの勝手でしょっ!!」
 そののち白く広く四角い病室では、明らかに動揺中のテキトーなチョイスから偶々選ばれ引っ込みのつかないまま流された音楽が、朗々と響き渡る事となる。


「それはさておき、良い色の毛布を編んでいるな! そして俺様は編み物に詳しくないが技術も素晴らしい!」
 やはり赤だ。赤はいい。赤一色だけの特大毛布なぞ夢の様ではないかとミミのメリノウールに対して興奮気味のレッドレークは心からの称讃を惜しまない。
「でも一色だけ、一枚だけではやはり寂しいな」
 月井・未明(彼誰時・e30287)が持参した大きな紙袋に、これでもかと詰め込まれていたのは色とりどりの毛糸玉。ころりと転がり落ちたその内の一つを追いかけて、ひょっこり、ウイングキャットの梅太郎が飛び出した。
 猫が嫌いでなければ遠慮なくこいつを湯たんぽにでも使ってくれと未明に勧められ、今度のミミは驚くほどあっさりと梅太郎をブランケットの内へと招き入れた。
 人は信じられなくとも小動物ならば嘘はつかないという理屈、だろうか。
 何にせよ前進には違いないと、小鳥谷・善彦(明華の烏・e28399)もまた未明の毛糸玉の一つを掴んでポンポンと手慰みに投げ上げつつ重い口を開いた。
「面白いなあんた……猫と毛糸玉なら信じられるって言うのならここはひとつ俺たちに編み物を教えてみないか?」
「え……?」
「さっきからえらく簡単にやるけど実際にそうなのか、俺もやってみたくなった」
 いきなり何をと完全に虚を突かれたサキュバスへ、濡羽鴉のオラトリオは顔色一つ変えずしれっと提案を重ねる。
「うんうん! せっかく未明ちゃん差し入れの毛糸もこーんなにあることだし、みんなで編み物しよう? わたしにも編み物、教えてほしいんだーっ」
「それは好いな、ここでは私が先生ではなく編物のミミ先生というわけだ」
 紀美やクラレットもここぞとばかり話を広げてゆく。
 皆に囲まれるなか己ひとり黙々と編み物に没頭するよりもその逆……俺達全員を巻き込んで毛糸玉へ夢中にさせた方がきっとあんたも安心できるのではと善彦に押し切られる形で、しぶしぶながらもミミ先生の編み物教室が急遽ここに開講される運びとなった。
 とはいえ。ミミの手はといえば相変わらずブランケット(と梅太郎)に包まれながら編み棒を駆使するばかり。
 ──ジャキン。
 千恵梨という年下の友人には丁寧な指導で感謝されたと伝え聞いたが、今の彼女にそんな余裕は無いのだ。
「好きこそものの上手なれ、好きだからこそ上手くなるんだろうな」
 指先や糸の扱いには自信のあった善彦やクラレットといった医師勢ものきなみ苦戦を強いられ、だが、その苦戦すら楽しみとして彼らは堪能する。
「編み図ってよく解らなくって……」
「この毛糸は何というの?」
「……毛布には向かない毛質ね。気に入ったのなら貴女が使えばいいわ。あとその付箋だらけの教本、どちらかといえば中級者用」
 ゆっくりと言の葉を紡いで教えを請おうとするアウレリアや朝希への返答はどれも素っ気無いが其処には徐々に世話焼き気質が顔を出しつつもあった。
「ね、僕は帽子が好きなんだ。毛糸のキャスケットって自分でも作れたりするのかな? 教えてもらうことって出来ないかな?」
「それならいっそ、棒針よりもカギ針ともっと極太のメリノを使って細編みしたほうがシンプルでメンズらしくなるしブリム部分の手間も……、あ、いえ、邪魔しないで頂戴」
 ルードヴィヒからのお願いは、長らく封じ込められていた創作意欲を刺激したらしい。あるいは発症前の編み物教室での記憶が紐解かれていってるのだろうか。

 一本の糸がみるみると赤の編み目へ織り上げられるさまはまるで魔法のよう。
 惜しむらくは、よどみないとその指先を評する事を間断なく襲う震えが阻んだ。そのたびに早々に毛糸玉に飽いたらしい翼猫が頬擦りをする。
「ものを作り出すのって素敵よね。大切な人やだいすきな人を想いながら。或いは、手にしてくれた人が喜んでくれる姿を思いながら、こころを籠めてつくるの」
 ふわり。
 またひとつ差し入れられたぬくもりは春の訪れを想わせる、アウレリアからの薄桃のショール。
「――あなたは、どう?」

 そろそろ休憩の頃合と朝希がいったん退室し、しばしの後、最寄りの給湯室で支度に励んでいたシャドウエルフやサーヴァント達を伴い、人数分のティーセットを運び込む。
「こちらも良い色だ、 ……有難いな」
 カフェ店員のミミだから紅茶や珈琲の香りできっとリラックスできる筈という少女の発想は己だったら一生掛かってもひねり出せなかったに違いない。
 銘柄や作法などさっぱりだがこの茶は美味いと心からの感謝を籠めレッドレークはカップを飲み干した。
(「……どうしようもない気持ちを、どうしてあげるのが正解なんだろう」)
 病魔と同じに殴って治るなら簡単なのにと、患者たるミミと同様に『眼に見えないもの』との戦いに朝希は思い悩む。
 青き若枝は自らの未熟を痛感し……それでも懸命に『生』を戦うものへ癒しの葉を差し伸べる事だけは、決して、諦められやしない。
「一緒にお話ししたいです。呑み込むのはあたたかなこの紅茶だけにして……今の不信も未来への希望も、全部全部聞かせて下さい」
 そのすべてを僕達みんなで引き受けるからと、こくり、香り高いディンブラの魔法に勇気を得て少年戦医は語りかけた。
「うむ。ここに集まったのは一様に君を救いたい、助けたいとおもった者たちばかりだ。君を傷つけたりは、決してせんし、させんよ」
 安心して呉れと、勇気振り絞る後輩の言葉へ町医者の先輩たるクラレット先生も頼もしく口添え、そして──それは何秒か、あるいは何百秒かの長い沈黙と逡巡の後。
 無縄自縛のほつれから『絆』を編み足したケルベロス達の働きかけに、遂に、患者は病魔と向き合い始めた。


 皆が心配ないから治療に専念してくれとメール越しには言ってくれているが無理を重ねているであろうカフェのシフトが心配だし店長の特製ブレンドと賄いごはんが恋しい。遠い実家の家族にまで心配を掛けてしまって申し訳ない。編み物教室にだって戻りたい。
 なによりも……まず真っ先に千恵梨のマフラー完成を褒めてあげたいしまたふたりで笑い合いたい。 ──けれどその全てが恐いのだ、とミミは吐露した。
 素性の知れない不特定多数の客や他の生徒達に囲まれる事にも。
 揃えたように言葉だけは優しい知人達からの視線に曝される事にも。
「……今まで一体どうやって耐えてこられたのか……自分にはもう思い出せない……」
 とうとう堪えきれぬとばかりミミの紅瞳からは涙が零れ、噴きあがる不信も不安もとめどない。だがもはや他者に対する過剰防衛としての攻撃性が発揮される心配は無かった。

「歌を歌ってもいいかな。ミミの周りから少しでも鋏の音が遠のくように、僕からの大丈夫をこめて……──あ、演歌以外でっ!」
 そう断りを入れたルードヴィヒはスマホを借り受け、先の、ミミが本当に好きな曲タイトルを確かめるや歌い上げた。
「ねっ? ひとりより、こうしてみんないっしょの方があったかいんだよ」
 ハンカチでミミの涙を拭った紀美の手は、今度こそしっかりと、冷えたミミの指先を包み込んで温める。
「これだけ精巧なものを手で編むには余程修練が必要なのだろう。そして修練には目標が必要だ」
 改めて赤き毛布の端を手に取りしげしげと感嘆の溜め息を漏らすレッドレーク。だが本当は他にもっと編みたい物があり贈りたい相手がいた筈なのではないか。ならばその修練が正しく報われる日常を我々が必ず取り戻させてみせると赤熊手に誓う。
「見せたらきっと喜んでくれる……そう思い描く相手があんたには幾人も居たんだろう?」
 敬意すら込めて紡がれたのは善彦の声。
「編んでいる傍に居るのは好きだったよ。誰かを想って何かをつくる手は、いつもやさしい……ミミを守るのはこれまで積み重ねてきたものだ」
 過去は喪われない、きみと誰かを繋ぐ糸は途切れないと。
 いつしか声に熱を滲ませ鋏などには負けないとばかり、未明は強く語り掛ける。そして朝希もまた。
「毛糸玉より毛布より暖かい、やさしいもの。ミミさんは知ってたはず」
 見えぬものは無いものでは決して無い──そこに『有る』。
 そう信じ得た女からケルベロスに向けて『個別耐性』という名の見えざる力が流れ込んでゆく。


「エヤミさん、病魔召喚おねがいしますっ!」
 病魔出現と同時、速やかにミミを室外へ逃すべく紀美とクラレットが医療用寝台車の両脇を固める。
 準備は万端。ミミ手ずから卓上より回収した布の花のブーケが優しく咲き誇る。

 ──ジャキン。

 エヤミの召喚儀式と、ミミの退出開始と、彼女を庇う位置に陣取る残るケルベロス達の戦闘開始がほぼ同時。
 レッドレークが放った赤蔓が糸切り鋏にすら負けぬ糸と化して紡ぎ出され病魔をその場へと縫い止めれば、すかさず善彦が『痺穿』を叩き込む。
「痺れちまいな!」
「僕は前後列の回復に努めます。中衛の、僕の回復はみなさんにおまかせです」
 朝希がジャマーとして後衛勢を護り厚き雷壁に包めば、エヤミと共にメディックを担うルードヴィヒもまた最前列の仲間に星宿の守護を与える。
「こんな病気は絶対治すよ。健やかに、文字通りミミがね、健やかになるように。それこそがウィッチドクターの本分だから」

「すてきなやさしいひとをいじめたの、許さないんだからーっ!」
 無事役目を果たした後、遅れて陣に加わった紀美から射放たれた矢は『無邪気な射手座(シュッツェ)』。
「おかえり、けど、『視線』にきをつけろ紀美」
 ばきゅーんと指鉄砲の構えのままの頼れる『馴染み』を未明はその身を呈して庇い、警戒を促した。
「それでは供をして呉れ、ノーレ」
 ネモフィラの花冠戴く『傍え』の少女が舞うようにとゆるりと頭を廻らせればたちまちに脚無き病魔の足捌きが阻害される。
 キュアは足りていると見たクラレットは纏う『流氷』から細氷のごとき煌めきを降らせて仲間を援護する。

 充分に力は削いだと見た善彦は麻痺の手数勝負から石化の重力注ぐ強打主体へとパターンを切り替えた。浮遊する鋏は次々に力喪われ、砕け散るばかり。
 がんじがらめの自ら白布へと囚われた病魔へ最期を手向けたのはアウレリアの『夕花(ウェスペル)』。
「――夢も視ずに、眠って」
 底無しの不信漲るまなこ全てが音も無く崩れ落ちてゆく。
 燃え盛る茜の中。
 纏う全てを剥ぎ取られたそこにはただがらんどうの『無』だけが佇み……それすらも降り注ぐ無数の花弁の中へと呑まれたのだった。


 完治を喜び改めて手と手を握り合うミミと紀美。
 サキュバスとサキュバスの、特に寒さとか感じなくてもとりあえずぎゅっとし合っちゃえ合同作戦の発令中である。
「紀美に『ミミさん』って呼ばれるたび千恵梨を思い出しちゃう……」
 今すぐ謝りに行きたいと気を急かせるミミを宥めるケルベロス達。
「そっか……じゃあ退院までにキャスケット帽の編み図、完成させちゃおう」
 むろんルードヴィヒ用である。そして――。
「朝希からのクイズはネタバラシ組以外は結局さっぱり……だけど未明がウィッチドクターなのは判ったわ」
「へ? なんで??」
 珍しく齢相応に陽色の双眸をぱちくりとさせた未明。
 彼女と梅太郎からはうっすらと薬草の残り香がして、病院とは全く別種だけれどこれも癒す為の匂いだと感じたのだとミミは種明かしした。
 なるほど世話焼きお姉さんとは目端のきく気配りの達人でもあるのだ。

 ――誰かを想って何かをつくる手はいつもやさしいわ、と。
 薬師見習いの手を握ったミミの手は、もう決して、ありもしない寒さに震える事も他者すべてを拒絶する事もないだろう。

作者:銀條彦 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2018年3月7日
難度:やや易
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 1/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 7
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