「うー……。さぶさぶ……」
ここは奈良県奈良市と生駒市の間にある、富雄川付近にある梅林である。日が沈みかけた梅林に、梅の木の世話をしている中川・幸恵さんが最後の作業を行っていた。梅の木は数千本にも及び、パートタイマーの主婦の方々が何人もかけて世話をしているのだ。
「これで最後やわ。もうすぐ咲きそうやな……」
幸恵さんは今度結婚する娘の事を思いながら、寒いながらも蕾となった梅の花を見る。
「幸恵ちゃーん! 先にあがっとくで!」
はるか遠くから、北風に乗った仲間の声が聞こえてきた。幸恵さんはその声に手を上げて応え、最後の作業を行う。簡単な清掃を行い、もうすぐ訪れる梅の時期に備える為だ。
すると、一人になった幸恵さんの目の前に、なにやら花粉のようなものが降りてきた。
「ん? なんやろ。これ?」
ずず……ずずずず……。
幸恵さんはその花粉のようなものを見ていると、世話をしていた梅の木が彼女に纏わり付く。幸恵さんはその異常に気がつくことが出来ず、一気に締め上げられる。そして、木に取り込まれてしまったのだった。
攻性植物となってしまった梅の木は、そのまま街の方へと歩き出す。
「それじゃ、景気よくいっちゃおー。山を降りたら自然を破壊してきた文明とか、ドッカーンって破壊しちゃってね!」
元気良く響く、鬼百合の陽ちゃんの声は、幸恵さんの耳には届かなかった。
「みんなええか。奈良県の奈良市、生駒市の間に梅林があるねん。そこで、中川・幸恵さんっちゅう女性が攻性植物になった梅の木にとらわれてしもた。どうやら、鬼百合の陽ちゃんの仕業やっちゅう事までは分かったけど、とりあえず急いで、この幸恵さんを宿主にした攻性植物を倒してほしい!」
宮元・絹(レプリカントのヘリオライダー・en0084)が、集まってくれたケルベロス達に説明する。
人は自然に還ろう計画を行っている5体の攻性植物の話は、ケルベロス達も知っていたようで、力強く頷く。
「とりあえず、状況の説明やけど。梅の木の攻性植物は、1体だけや。梅の木を攻性植物にした鬼百合の陽ちゃんはもうおらん。
で、知ってるかもしらんけど、取り込まれた幸恵さんは、この攻性植物を倒すと一緒に死んでまう。でも、ヒールをかけながら戦う事で、幸恵さんを救える可能性があるで。
今回の相手はどうやら催眠を中心に仕掛けてくる事まで分かってるから、その辺の対応も確りやりつつ、幸恵さんを助ける。でもな、正直なんか作戦たてな、ギリギリかもしれん」
絹はそう言って、少し困った顔をして、手持ちのタブレット端末を確認して、更に説明を行う。
「ちゅうのも、当然相手にヒールをするわけやから、いつもより時間がかかる。でも、こっちが催眠にかかってしもたら、そんな作戦もわやや。相手の攻撃をいなしつつ、きっちりとヒール不能ダメージを蓄積させる事。これが重要や。せやから、しっかりと作戦考えるんやで!」
当然、敵も攻撃を集めてくるだろう。敵、それに自分達の状態を見極め、適切な行動を取る必要がある。
ケルベロス達は、絹の説明を聞いて、少し唸った。
「攻性植物に寄生されてしもた人を救うのは、難しいは難しい。でも、前例が無い訳やないで。それに、うち桜の季節も好きやけど、梅も大好きや。梅林を一生懸命世話してくれた幸恵さん。絶対に咲くのを見たいはずや。それに、娘さんももうすぐ結婚するそうや……。せやから、頑張ってや!」
こうしてケルベロス達は、ヘリオンに乗り込んでいったのだった。
参加者 | |
---|---|
リュートニア・ファーレン(紅氷の一閃・e02550) |
ルルゥ・ヴィルヴェール(竜の子守唄・e04047) |
霖道・裁一(残機数無限で警備する羽サバト・e04479) |
黒住・舞彩(鶏竜拳士・e04871) |
ヒマラヤン・サイアミーゼス(カオスウィザード・e16046) |
篠・佐久弥(塵塚怪王・e19558) |
マーシャ・メルクロフ(月落ち烏啼いて霜天に満つ・e26659) |
浜咲・アルメリア(捧花・e27886) |
●梅林にて
「見つけたでござる!」
マーシャ・メルクロフ(月落ち烏啼いて霜天に満つ・e26659)がライドキャリバーの『まちゅかぜ』に乗って、いち早く目標の姿を捉えた。
「梅の花は春のさきがけ。必ず……守るわ」
アルメリアの花を髪に咲かせ、ウイングキャットの『すあま』と共に、ぼんやりとした眼差しを少しだけきりっとさせた浜咲・アルメリア(捧花・e27886)はマーシャの言葉を聞き、妖精弓『Primrose』を手にする。
ケルベロス達は、ここ、奈良市の梅林に直行していた。幾つもの梅の木が整地されて、綺麗に並んでいる中から、一本だけ蠢いているその様は、明らかに異常な存在に映った。
「この手の人質を使う敵は厄介っすね……」
「そうね。でも、相手の戦い方は分かってるわ。宮元の情報、無駄にしないように頑張りましょうか」
篠・佐久弥(塵塚怪王・e19558)のぽつりとした声に、黒住・舞彩(鶏竜拳士・e04871)が頷いて答え、最後方へと下がっていく。それを確認しながら佐久弥は、携帯照明の『ごついんです』を腰に下げて点灯させた。
「皆で幸恵さんを助けましょう。頑張ってきたのにその成果を見られないのは、幸恵さんも悲しいでしょう」
ルルゥ・ヴィルヴェール(竜の子守唄・e04047)も、二人の言葉に気がつき、走りながら隣に並んで佐久弥の少し後ろに位置を取る。
「自然に還ろう……でしたか。理由はわからなくもないですけど、だからといって許せるものでもないです」
ボクスドラゴンの『クゥ』を両手で抱えて、少しだけぎゅっとするリュートニア・ファーレン(紅氷の一閃・e02550)は、そのボクスドラゴンに、がんばろうね、クゥと呟いてガジェット『Fusil』を確認する。
「またあの子達の仕業……」
ヒマラヤン・サイアミーゼス(カオスウィザード・e16046)はリュートニアの様子に気がついたのか、憤慨した表情で白い髪から猫の耳を後ろに畳み、金色の目を鋭くし、耐衝撃ランプを点灯させた。彼女の顔と同じ高さには、ウイングキャットの『ヴィー・エフト』が同じ速度で飛行する。
「植物を好きな人達が犠牲になるのは、もう沢山なのですよ!」
ケルベロスチェイン『ヒーリングチェイン』を取り出し、佐久弥とマーシャ、それにアルメリアとクゥ、まちゅかぜにケルベロスチェインを展開していった。まずは盾をしっかりと張る事。その沢山のチェインの数は、長期戦を覚悟した形を作り出したのだ。
「ギギ……ギギ、ガアァァ……」
ケルベロス達の姿に気がついたのか、蠢いている梅の木は、ゆらり、ゆらりとその枝を揺らし始める。だが、その攻撃を放つ前に、ケルベロス達が一気動いた。
「どうも、自然破壊をしに来ました。害ある植物死すべし!」
霖道・裁一(残機数無限で警備する羽サバト・e04479)が、煌めきを放ちながら宙から飛び蹴りを打ち込んだ。
●消耗戦
『動かないでください』
リュートニアが攻性植物の周囲へと弾丸を撃ち込み、その足の動きをまず止め、クゥは前に立ち、己に属性を施す。
「まちゅかぜ! 燃やしてはダメでござるよ!」
マーシャがそうまちゅかぜに指示し、スピンで攻撃を繰り出させ、同時に獣化した手足を打ち込む。
「ギャアアアアア!」
ケルベロス達の連携により、暴れだす攻性植物。そして地面から槍のように、中盤に位置したリュートニア、裁一、ルルゥ、ヒマラヤン、そしてヴィー・エフトへと次々と枝を突き出した。
「気をつけてください!」
「緑が多ければいいもんでもないです!」
リュートニアと裁一はその攻撃を避けたが、他の二人と一匹はそれを避けることが出来ない。しかし、なんとか佐久弥とマーシャ、まちゅかぜが身体を投げ出し、庇う。
「く、あ……。いきなり、くるっすね……」
佐久弥が、その枝の先端からグラビティが注がれるのを感じ、自らの中枢をジャミングするように感じ、少し頭を振る。盾の力が幸いして、ダメージを抑えることには成功したが、その催眠の効果までは己を貫通し、蝕む。
「確かに、結構なモノでござるな……」
マーシャも同様に、少しめまいのような感覚に、獣化させた拳を握って感覚を確かめる。
「皆、気を確り!」
舞彩がすぐにフェアリーブーツ『ゴーストブーツ』から、花びらのオーラを降らせる。だが、その催眠の効果全てを打ち消すことは出来なかった。
「予想はしていましたが……」
ルルゥはそう言いながら、伝承の歌を口ずさむ。
(「もう少し、持ってください!」)
本当はすぐにその催眠の効果を打ち消さなければならないが、まだ序盤である。催眠の効果が発揮されるまでに、前衛が倒れてはそれこそ元も子もない。
『空より降るる星ひとつ。けして消えない輝きひとつ。―――そう、それは。きらきらひかる、きみのこころ。』
その歌が、前衛の三人と二匹に諦めない力を与える。
「すあま、お願いします!」
アルメリアがすあまに指示を出し、己は裁一に呪的防御を破る力を与える。すあまはその羽根を羽ばたかせ、前衛へと風を送る。それは、攻性植物の催眠に耐える力を施すためだ。
ケルベロス達は絹の情報にあった催眠への対抗策を、直ぐに回復させるという手段を取った。特に効果的だったのは、すあまの羽ばたきの効果であった。その邪気払いの力は、例え攻撃を受けたとしても、直ぐに吹き飛ばす力となってケルベロス達を守ったのだった。
だが、それだけでは、後手となってしまっていた。
『はーい、痛くしないので、逃げちゃ駄目なのですよ~?』
ヒマラヤンが特大注射器を打ち込み、攻性植物共々幸恵さんを回復させる。
「あ……」
「今助けるから、気をしっかりっす」
気の幹に顔だけ出した状態の幸恵さんが気がついた時には、ケルベロス達は既にかなりのダメージを受けていた。ぼろぼろになりながら佐久弥が声をかけた。
こうして、ケルベロス達は攻性植物と同じく、消耗戦へと突入していったのだった。
●思い出、そして……
すあまと共に、ヴィー・エフトが同じく羽ばたきを与えて、邪気を払う力を施すようになり、漸くケルベロス達の防御は安定しだした。
『流彩、力を貸して』
舞彩が美しい虹をまとう急降下蹴りを放ち、攻性植物の気を引いた後、自分の過去に眠るボクスドラゴン『流彩』を呼び出す。すると、彼女のドラゴニアンの翼に、水の力が宿る。
「たった一人の私に催眠、向けてもらうわよ」
最後の策は、一人で後衛に位置した舞彩が、攻性植物の催眠の効果を一人で受けるというものだった。それで、この陣は完成を向かえ、的確に攻撃を与え続けることができ始めた。
そして、ルルゥが縛霊手から網状の霊力を放射し、その動きを一気に封じ込めた。
「皆さん、少し待ってください!」
しかしその時、リュートニアがある事に気がつき、叫んだ。
「幸恵殿!」
マーシャも叫ぶが、幸恵さんの反応は、余り帰ってこない。少しだけ、顔を向ける程度にとどまる。幸恵さんの意識が、切れかけていたのだ。彼女は既にぐったりとしており、限界近いことが分かった。
「そんな……遅すぎた、というの!?」
アルメリアが、青ざめた表情で、狼狽する。
そう、この消耗戦の中で一番堪えるのは、一般人に他ならない。まして、中年の女性である。体力には限りがあった。
『我信ずる路を歩き満足とす。我愛とトモに生き幸せとす。我は炎に還りし霊なれど――愛に、友に応え汝らの生に【祝い】を為さん!!』
『癒せ、《枸杞》。叢雲流霊華術、壱輪・芍薬』
佐久弥とアルメリアが、必至に攻性植物ごと、幸恵さんにヒールをかける。すると、幸恵さんの目が開く。
「娘さんがリア充だそうなので! 爆破したいですが!! まずは、救わなければ、爆破もできません!」
裁一が一歩踏み出し、気力を注入する。
「幸恵さん! あと、あと少しです。素敵な梅と花嫁さんの姿を見られないままにここで倒れても、悲しい思いをする人が増えていくだけです! 私たち、絶対あなたを助けますから!」
「……娘。……理恵」
幸恵さんは、うわごとのように呟く。
「あの子、元気で、暮らしていけるんかなあ……」
その言葉を言い、幸恵さんは、少し空を見上げる。その視線の先には何が映っているのか。それは、ケルベロス達には分からない。
「……!」
リュートニアはその姿を見て、瞳を潤ませる。そして、クゥを抱きしめ、口を開く。
「幸恵さん。もう少し、頑張ってくれませんか? 僕達がきっと、ううん、僕は必ず助けます。ですから、後、ほんの少しで良い。力を、貸してください!」
続いて、アルメリアも言葉を投げかける。
「この梅林、とても大切にされているのが分かります。破壊なんて、させるものですか。勿論、貴女も」
すると、舞彩が花びらのオーラで梅の花を作り出した。
「これは偽物だけど、もうすぐ本物が見れるでしょ? それに、娘さんも待ってるわ。だから、頑張って」
舞彩はそう言って、攻性植物の攻撃を避けながら、ふわりとその花びらを浮かせた。すると、幸恵さんは、何とかゆっくりと頷いたのだった。
「皆、大変そうなのですが、多分もうちょっとだと思うのです。もう少し、頑張るのですよ!」
ヒマラヤンの声は、全員の想いとなり、最大の集中を完成させたのだった。
●梅の花の香り
ルルゥが如意棒で枝の攻撃を弾きながら、ゆっくりとダメージを与え、そしてリュートニアが直ぐに回復させる。命を繋ぐために、細心の注意を払う。
「番犬式枯葉剤、レッツ注入!」
続いて裁一が薬物を、注射器で攻性植物の根元に注入し、舞彩がにわとりファミリアの『メイ』を飛ばす。そして今度はヒマラヤンが再び特大の注射器で、攻性植物を回復させた。
「う……うぅ……」
幸恵さんは、今にも気を失いそうな状態だった。だが、何とか目の前の若者たちの頑張りに応えようと、必至に気を保とうとした。
「頑張るのですぞ。拙者達は、決して諦めないでござる!」
マーシャが、呼びかけを行いながら、刀剣を召喚し、的確に幸恵さん以外の部分に突き刺した。そして、アルメリアが電光石火の蹴りを浴びせた。
「グアァァァ……」
攻性植物は、いよいよ動けない状態となった。
「幸恵さん!」
だが、ふとリュートニアが幸恵さんを見ると、完全に気を失っている事が分かった。限界だった。
(「頼むっす……」)
佐久弥がそう言いながら、強く地面を踏みしめる。
ボウ……!
佐久弥の力が、攻性植物の周囲から焼いていく。出来るだけ彼女に直接ダメージが行かないように、ゆっくりと、攻性植物だけを焼き尽くす。
そして……。
ぱんっと梅の木の攻性植物が弾けた。
そのグラビティと共に、周囲に霧散していく。
「幸恵殿!!」
一番近くに居たマーシャが、駆け寄る。
その攻性植物の霧散した中心には、幸恵さんが横たわっていた。
少しの静寂と、まさかという諦め。様々な想いが交錯し、ケルベロス達は、無事で居てくれ、と願った。
「あ……、あ……」
リュートニアはクゥを抱きしめながら、涙を抑えられない。
「……生きてる! 生きているでござるよ!!」
マーシャは、確かにその力強い鼓動を感じ、幸恵さんを抱きしめた。
「災難っしたね。もう、大丈夫っすよ」
ふうと息を吐いた佐久弥はそう呟いた。
その後、リュートニアが手配した救急車によって幸恵さんは、病院へと運ばれていった。
「こっちの方は、こんな感じで良いのです?」
「そうね、そんな感じじゃないかしら?」
ヒマラヤンの声に、舞彩が答える。
梅林は自体は、それ程ダメージも無かったようで、ケルベロス達のヒールによって、その状態を回復できたのだった。
見ると、梅の花が幾つか咲き始めていることが分かった。
「梅の花もだけど……香りが、好きなのよ。
それに……梅酒はまだ無理だけど、梅シロップに梅ゼリーなんかも大好き」
アルメリアはそう呟き、花達を見た。
「咲いた頃……また見に来るわね」
「そうですね。今度は正真正銘のリア充を見に来なければいけませんしね」
いつの間にかアルメリアの横に並んだ裁一が頷くと、アルメリアも少し笑いながら、頷いた。
こうして、ケルベロス達は、現場を後にした。春の風を少し感じる程、冬は過ぎ去っていきそうだった。
ルルゥは、梅林にメッセージカードを残していった。
『今年の綺麗な梅が咲くのを、楽しみにしていますね。
娘さんがご結婚されるそうで、おめでとうございます』
そこにはそう、したためられていたのだった。
作者:沙羅衝 |
重傷:なし 死亡:なし 暴走:なし |
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種類:
公開:2018年3月1日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
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得票:格好よかった 0/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 6
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