残り物には正義がある

作者:雨乃香

 節分、バレンタイン商戦もおわり落ち着いたデパートの地下一階。平日ということもあって客足も少ないそのデパ地下の隅っこに設置された小さなワゴン。
「ほあー!」
 それを目の前に、感嘆のため息を吐く男が一人いた。
「海外有名ブランドのチョコが! 気になっていたあの洋菓子点の詰め合わせが! 安い! 素晴らしい! 楽園はここにあった!」
 彼がワゴンから漁っては言葉を漏らし頬擦りするのは、バレンタイン商戦によって売れ残った無数のチョコ達。どれも元の定価より随分と値下がりした値札をつけられ、雑に並べられている。
「そうか、そうだったのか……」
 たくさんのチョコを前に感極まった男ががくりと項垂れながら呟いたかと思うと、突如その体がカッと強烈な光に包まれる。
「バレンタインとは、翌日以降の売れ残り格安チョコを買うためにあったのだ! これこそが大正義!」
 言葉と共に光の中から現れたのは、人と鳥とを掛け合わせた鳥人の見た目をしたデウスエクス、ビルシャナであった。
「あぁ、今までの僕はなんとバカだったのだ! 世間体ばかり気にして大好きなチョコを買うこともできなかったなんて! 世の甘党男子のためにこの大正義を布教せねば!」
 言うが早いかビルシャナは財布から取り出したお札を置いて周囲のチョコを適当にひっつかむと、彼は人々の多いフロアを目指して走り始めた。

「ハッピーバレンタイン! 遅ればせながらニアからチョコを皆さんにプレゼントですよ!」
 ケルベロス達が呼び出された部屋に集まるなり、そういって人数分のチョコを差し出すニア・シャッテン(サキュバスのヘリオライダー・en0089)はにっこりと笑みを浮かべ、一人一人にしっかりと高そうな包みのチョコを手渡していく。
「さて、皆さんはいくらほどチョコをもらえましたか? 本命は? 義理は? 中には食べきれない程もらってしまった罪作りな方もいるのではないですか? 反面、貰えない人々が泣くのも風物詩ではありますが」
 まあ、皆さんはニアにもらえたからへーきですけどね? とニアはおどけて見せる。
「同様に、売れ残ったチョコを買い漁るチョコ好きがいるのもこの時期の醍醐味ですね」
 さっきのも実は、とそこまで口にしてからニアは慌てて咳払いをすると、話題を急遽本来の方向へと変える。
「そんな売れ残りのチョコを買うことこそが大正義と主張するビルシャナが現れるとの情報が、ダレン・カーティス(自堕落系刀剣士・e01435)さんの調査により判明しました」
 言いながらニアは顔をしかめ、うーんとうなりながら後を続ける。
「どうやらデパ地下の売れ残りチョコを前にして大正義に目覚めたようですが、場所が場所だけにちょぉっと厄介かも?」
 いいながら首を傾げるニアはそのままかいつまんで状況を説明する。
 このビルシャナは出現したばかりで配下こそいないものの、自らの正義を人々に布教し、同じ大正義の心を持つビルシャナを産み出そうとするため、人の集まるデパートに出現したのは少々不味いかもしれない、ということらしい。
「なので、まずはデパート内の人々を逃がすところから始めてください。このビルシャナはこちらが戦闘行動をとらない限りは、自らの掲げる大正義にたいし、言葉を投げ掛けるとその内容に関わらず反応してしまう習性があります、これを逆手にとって議論を展開する内に人々の避難を済ませてしまうのがよいでしょう」
 そこで一度言葉を切ったニアはホットチョコレートに口をつけ、喉を潤してからさらに続ける。
「ビルシャナは自らの正義を曲げることはありません、故に、彼を元の人に戻すことも不可能です。チョコが好きすぎる故に狂ってしまった彼のような被害者をこれ以上増やさないためにも、なんとしてもここでビルシャナを仕留めましょう」
 キリッと表情を引き締め、ケルベロス達にそういい放ったあと、ふと思い出したように、ニアはあっ声を漏らして、飛び切りの笑顔をケルベロス達へと向ける。
「そうそう、ホワイトデーのお返しは三倍でおねがいしますね?」


参加者
暁星・輝凛(獅子座の斬翔騎士・e00443)
蛇荷・カイリ(暗夜切り裂く雷光となりて・e00608)
アイン・オルキス(誇りの帆を上げて・e00841)
ダレン・カーティス(自堕落系刀剣士・e01435)
ジゼル・クラウン(ルチルクォーツ・e01651)
鎧塚・纏(アンフィットエモーション・e03001)
ガロンド・エクシャメル(災禍喚ぶ呪いの黄金・e09925)
三石・いさな(ちいさなくじら・e16839)

■リプレイ


 節分、バレンタイン商戦も終わり、普段通りの落ち着きを見せるごく普通のデパート。ホワイトデーもまだ遠く、平日の昼間ということもあってあ客足は普段よりやや少ない程度か。
 表向き特に変化のない日常のその風景の中、いつもと違う行動をとっている者達がいた。
 デパートの一角、放送室には暁星・輝凛(獅子座の斬翔騎士・e00443)の姿があった、
「協力の申し出承諾して頂きありがとうございます」
 彼がそこで話していたのは、このデパートの管理を任されている責任者の内の一人。
 形式上、よそ行きの口調を使っていた輝凛は、交渉が問題なく終わると、まず一仕事を終えた安堵感に、短く息を吐いた。
「ジゼルさん、カイリさん、こっちは纏まったよ」
「こちらも、手筈は整っているいつでも問題ない」
「私の方も準備万端よ、合図と共に動けるわ」
 耳元に当てたインカムを通信状態にした輝凛が仲間であるジゼル・クラウン(ルチルクォーツ・e01651)と蛇荷・カイリ(暗夜切り裂く雷光となりて・e00608)に連絡をとると直ぐ様、返事が返り、
「纏よ、警察の方に説明も終えて定位置についてもらったわ」
 鎧塚・纏(アンフィットエモーション・e03001)からの通信がそれらに続いて、輝凛の元へと届く。
「皆ご苦労様、だよ。それじゃあここからもう一頑張りだね」
 輝凛は仲間達にそう言葉を送りながら、傍らで待つ責任者へと顔を向けて、小さく頷く。
「お願いします」
 その言葉と共に、デパートの一階にだけ回線が開き、あらかじめデウスエクス被害用に作成されていた音声が流れ始める。同時に、待機していたジゼル、カイリ、纏の三人を中心に、デパートの従業員と警察官達も交えた、大規模な避難誘導が開始された。
「地下への入り口の封鎖完了よ」
「了解、私はこのまま地下に残された一般人の避難誘導にあたる」
「ジゼルちゃんは西? じゃあこっちは東階段方面にいくわ」
 世話しなく飛び交う通信、輝凛はそれらを聞き取りつつ、放送室からデパート内に設置されている監視カメラを通じて、各所の状況を確認し、ざっと全体の映像に目を通すと、一言二言、その場にいる人々に指示を出すと、自分も現場へと向かうべくその場を後にする。
「それじゃ、後で、耳を澄ませて、待っててよね!」
 インカムの向こう、ビルシャナと対峙する仲間達へとそう言葉を残し、彼は人気のずいぶんとなくなったデパート内を駆け出した。


「やはり格安で買ったチョコレートの味は美味! バレンタイン万歳! この喜びを世の人々と分かち合わねば!」
 時は少し戻り、デパートの地下一階。すでに人気のあまりないそのフロアをビルシャナは闊歩していた。
 先程買ったばかりのチョコレートを口に放りいれては蕩けるような表情を浮かべつつ、奇声をあげて彼はその幸せを共有できそうな相手を求めてさ迷っているのだが、不思議と他人に出会うことがない。そうして従業員とも出会わないのはおかしいのではないかと、ビルシャナが首をかしげ始めた頃。
「おお! 第一から第四デパ地下人発見!」
 彼は固まって歩く四人の集団と出くわした。
 彼は嬉しさのあまり小躍りしながら彼らへと近づくと、ぱたぱたとその腕を羽ばたかせつつ、口を開いた。
「もし、そこの方々、丁度いい所に! 主らよ! 僕の話を聞いてくれたまえよ!」
「ん、ああ、手短に頼むよ」
 そんなビルシャナの言葉に答えたのは、四人の内の一人、金と銀のよく目立つ鱗とは裏腹に物腰柔らかなドラゴニアンの男、ガロンド・エクシャメル(災禍喚ぶ呪いの黄金・e09925)であった。
「君達は本当に運がいいぞ! 今日ほどこの僕の大正義を耳にしてお得な日はないのだから。君達バレンタインは何のために存在するかご存じかな!?」
「何が正解とは言わないが、例えば企業の売り上げの為だとか、世間的に言えば女性が男性に伝えるためだとか、その辺りだろ?」
 鼻息荒く問いを投げ掛けてくる、ビルシャナの暑苦しさにやや引き気味になりながらたダレン・カーティス(自堕落系刀剣士・e01435)がそう返すと、ビルシャナは盛大な溜め息と共に、その手で大きなばつ印をつくって見せる。
「残念! 正解は翌日、人気のチョコや、あるいは前々から気になっていたあの有名店の美味しいチョコレートを格安で手に入れるためです! バレンタイン最高!」
 甘いチョコレートの匂いをさせるビルシャナはそうウザったく叫ぶなり、またチョコレートを新たに摘まんで、もぐもぐと租借する。
「一ついいだろうか?」
 そんなビルシャナに向かって、しばし片目に着用した眼帯に手をやっていたアイン・オルキス(誇りの帆を上げて・e00841)が手を軽くあげて、ビルシャナに言葉を投げ掛けた。
「ん? なにかな?」
「値引き物しか求めない奴が増えれば企業の売上が減る。
 それが供給量低下に繋がり、いずれは貴様が求めるものが消える事になるぞ」
「ふんふん、なるほどなるほど」
「あ、私もいいですか」
 こくこくと頷いてアインの言葉を聞きつつチョコレートを貪っていたビルシャナに対し、三石・いさな(ちいさなくじら・e16839)もまた彼の主張に意見しようと手を挙げる。
「聞こうじゃないか」
 言葉とは真反対に、聞いているのかも怪しい程にぽりぽりとチョコレートを租借するビルシャナに怪訝な目を向けつつも、いさなはすぅっと大きく息を吸い込むと、思いきり自らの言葉をビルシャナへとぶつける。
「まず残り物を求めている時点で遅い! 先に来た人たちが色んなものをゲットした後の残り物なんだからそれは正義でもなんでもなくてただのお得な残り物なの! というか売れ残っているというだけで味は変わらないしおいしいんだけどその頭には残り物っていう言葉がついてくるんだからむしろ縁の下? みたいな活躍であって輝く一番星じゃないんだよ! 残り物は年中買えない一瞬の流れ星なんだからそれを一年中広め続けるのは無理があるよ!! というか残り物残り物ってこっちはもう正月の残り物のお餅食べ飽きたんだよ!!」
 はぁはぁと肩で息をするいさなの前でビルシャナは指についたチョコレートをぺろぺろと舐めとった後、ふんと鼻を鳴らしてその嘴を開く。
「ミルクチョコレートくらいその主張は甘い! まず、僕の正義が広まれば企業の売り上げが減り、供給量の低下に繋がる、といったね君ぃ!」
 ビルシャナが指を指すのを受けてアインは頷きを返す。
「そもそも今現在バレンタイン当日、あるいはそれ以前、高いチョコレートを買っている層というのは、自分が食べるためではなく、当日、誰かに渡すために買っているのだ! 詰まるところバレンタイン翌日に買ったのでは意味がないのである!」
 至極全うな意見を言いながら、彼は次にいさなの方へと向き直る。
「ナンバーワンになぞならなくてもよい! オンリーワンのチョコがあればいいのだ! 一年中は確かに手に入らない、しかしだからこそ、燦然と輝く一年のうちのたった一日、バレンタインの翌日がよりいっそう輝くのだ!」
 どこかで聞いたことのあるような節をつけて喋りながら持論を展開するビルシャナ。うして、熱く語った後に彼は、お餅はピザにしたりおこわにしたり使い道は無限ぞ、とこっそりいさなに囁いた後踏ん反り返る。
「残り物にはなんとやら。この国の諺だったかね? 故事成語だっけか、まあどっちでもいいンだが」
 額に指をあて、思い出そうとするかのような素振りをみせてから、さらにダレンは続ける。
「実際、残り物だろうが価値は変わらねェよ、ウマいモンはウマい、間違いないね。それに価値を見出すアンタの感性も別に否定はしねぇ……が、ソレでビルシャナになっちまって良いのかはまた別の話だよな!」
 ダレンのそんな共感を示すような言葉に、ビルシャナはピタリと一度動きを止めたかと思うと、その両の瞳からぼろぼろと涙を流し、彼はガッとダレンの両肩を掴む。
「別にビルシャナになってもチョコの味は変わらないのである。美味しいのである。君はなかなかに見所がある。あ、チョコ食べる? さっき買った中でもとっておきであるぞ」
 最後の言葉と共に軽く敵意を向けていたダレンも、さすがにビルシャナのその態度は予想外だったのか、困惑して渡されたチョコレートをどうしたものかと迷いつつ、頭をかく。
「あ、君も食べるかい?」
 よほど上機嫌になっているらしいビルシャナは、ここまで黙って話を聞いていたガロンドもまた自分の意見に賛同してくれるものと思い、なれなれしく肩を叩きつつそう声をかけるのだが、ガロンドはその手をやんわりと退け、ビルシャナの目を見てゆっくりと話し出す。
「チョコレートを安く買うだけなら今かもしれない。しかしだ。人が高い金を払うということは、それだけの価値があるという事。食べ物は、素材だけじゃない。食べごろがあり、経緯があり、思いがある。
 同質じゃないんだよ。今のチョコをいくら集めても、ちょっと前のチョコより勝るどころか、届いてすらないのだよ」
 その主張を受けて、ぷるぷると震えるビルシャナは差し出していたチョコを自分の口に放り込んで、地を踏みしめる。
「君の語る付加価値など、所詮は受け手の気持ち次第! 手作りバレンタインチョコなどよりも、高級店のお安いチョコレートの方が大事という僕のようなタイプにはそのような付加価値は無意味! ナンセンス!」
 ビルシャナはそう言い切ると、ぐっと拳を握り、ケルベロス達の方を見やる。
「少しは話のわかる者もいたようだが、これでは埒が空かぬ! 布教の為にも僕はもっと素直な羊達を探さねば!」
 これ以上話していても理解はされぬだろうと悟ったビルシャナはそう言ってその場を去ろうとする。
「まぁ、時間は十分稼げたようだな」
 その態度を受けて、再び眼帯、そこに仕込まれたアイズフォンで避難誘導に回っていた仲間達から既に十分な時間稼ぎが出来た報告を受けていたアインは呟きながら、武器を構える。
「悪いねぇ、付き合ってもらって」
 ガロンドもまた、獲物を手に他の仲間達とビルシャナを逃がさないように、その周囲を囲む。
「まんまとのせられたというわけか」
 ようやくビルシャナが事態に気づいた時には既に遅すぎる程であった。
「だが僕はここで死ぬわけにはいかないまだここに食べきれていないチョコレートがあるのだ!」
 叫びとともに、その身から孔雀のごとき炎を顕現させるビルシャナに対し、
「悪いけどそれは、天国で食べてよね!」
 いさなもまた、ビルシャナにそう言葉を返しながら、対抗するように地を蹴った。


 ビルシャナの放つ炎の一撃を受け止める、ガロンド。怯むことなく前に進む彼に気圧されるように、ビルシャナは一歩後退。
 それに追いすがるアインの炎を纏う蹴りの一撃が、ビルシャナの羽毛を焦がしながらその身を吹き飛ばす。
「チョコが溶けたらどうしてくれる!?」
 自らの放つ炎の事を棚にあげ、飛び起きながら文句を言うビルシャナの目の前。いさなの繰り出す、卓越した斧の一撃がビルシャナの胸元を強く打ち付け、その体内に強烈なダメージを与え、
「それじゃァ、正義の名の下にオシオキと行きますかね……ッ!」
 青白い閃光を纏うダレンの拳がビルシャナの体を再度吹き飛ばす。
 商品の棚を数列巻き込んでようやく止まったビルシャナは飛び起きてチョコレートを貪るやいなや、
「――!!」
 音とも言葉ともとれぬ奇妙な経文をその嘴から垂れ流す。思わずいさなが耳を塞ぐもののそれは、脳を直接震わせるかの如く、ビリビリと響く。
 いさなが堪えきれず、膝をつきかけたその時だった。
「こんな状況で耳を澄ませて、なんて少し酷だったね」
 耳に届くのはそんな輝凛の声。
「我が身模するは神の雷ッ! 白光にッ、飲み込まれろぉッ!」
 その声よりも早く、雷光がフロアを焼いていた。ビルシャナをまっすぐに目指し走るそれは、カイリの転じた雷の軌跡。既に彼女の自身の体はビルシャナを突き抜けその背後へと切り抜けている。
 ビルシャナがその身に何が起こったのかを理解する間もなく、輝凛の振るう刀が呪詛を載せ、美しい軌跡を残しビルシャナの錫杖を真っ二つに切り落とす。さらについでとばかりに纏の放った突きの一撃が、ビルシャナの胸元から呪詛をその体に流し込み、引き抜かれる。
「なぜに貴様ら増えている、卑怯ではないか!」
 叫びとともにビルシャナが懐から切り落とされた錫杖の先についた鐘を鳴らし、反撃を心みるものの、
「戦いは数だ、合理的だろう?」
 その音を遮るかのように、ジゼルの展開した雷の壁がバチバチとけたたましい音をたてて、ビルシャナとケルベロスの間に横一文字の線を引く。
「お待たせダーリン」
「なーに、今丁度はじまったトコだぜ」
 一瞬にして追い詰められたビルシャナに比べ、纏とダレンの方は待ち合わせ中のカップルの様な余裕をもったやり取りをしている。
「君のおかがで僕も多少はいい思いをさせてもらったんだ、だから抵抗しなければ楽に終わらせてあげるよ」
 大勢が決した今、せめて楽にいけるようにとガロンドの発した言葉に対してビルシャナは目を剥いて声を荒げる。
「施しなど、チョコレートであっても受け取らぬ!」
 激情の炎が彼の体を多い、孔雀の翼の如く、炎が燃え上がる。
 彼はその炎とともに、ただ真っ直ぐに走る。
 それに対しダレンもまた愚直に正面からぶつかる。炎に身を焼かれながら、彼はそのすれ違い様、敵の両足首を深く切り裂く。
 たまらず数歩後ずさるビルシャナの目前、迫るのは刀を納め、拳を振り上げる纏の姿。とっさに防御のために掲げた両腕に纏の拳が触れる。
「届かせるわ。届くと信じたもの」
 しかしその防御は意味をなさない。
 打撃そのものにさしたる意味はない、同調する魔力の波が触れたその拳からビルシャナの体へと浸透し、瞬間、その体を内側から破壊し尽くす。
 決して派手な一撃ではなかった、しかし、その内側から体を破壊され尽くしたビルシャナはもはや立つこともままならずその場に崩れ落ちた。
「平気、ダーリン?」
 燻る炎を身に受け、決死の一撃を放ったダレンにそう言って纏は手を差し伸べる。その手を握りしめ、立ち上がったダレンは、倒れ伏すビルシャナを見下ろして、悲しそうに口を開く。
「さっきは否定はしねぇとはいったがよ……やっぱ、きちんとした形でもらう方がとびっっきりウマかったぜ」
 ぎゅっと手を握る二人の様子に、なにかを察したらしいビルシャナは脱力して、低いデパ地下の天井を見上げた。
「そうかい、そこまで言うのなら、一度くらいは食べてみたかったな……」
 力なく項垂れた彼の手から落ちたチョコレートは床に落ち、そのままどこへともなく転がっていき、戦いの跡に紛れ、もはや見つかる事はなかった。

作者:雨乃香 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2018年3月1日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 3/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 0
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