近くの商店街で買った弁当を片手に、30代前半のスーツを着た男性が公園のベンチに腰掛ける。取引先との会議が長引き、これから遅めの昼食と、弁当のふたを開ける。
ミィーミィー。
食べ物の匂いに誘われたのか、いつの間にか側にいた子猫が鳴いている。その隣には我が子を守ろうと親猫が男性をじっと見つめていた。
「猫……」
疲れ切った体と心に、癒しが広がる。そして――。
「猫ぉぉぉおお! その可愛さ、大正義ぃぃぃいい!」
男性の身体はみるみると羽毛に覆われ、ビルシャナへと姿を変えた。
「一般人がビルシャナ化してしまう事件が予知されました」
セリカ・リュミエール(シャドウエルフのヘリオライダー・en0002)が集まった皆に説明を始める。
「個人的な趣味趣向による『大正義』を目の当たりにした一般人が、その場で、ビルシャナ化してしまう事件です」
ビルシャナ化するのは、その事柄に強いこだわりを持ち、『大正義』であると信じる、強い心の持ち主であるようだ。
「このまま放置すると、その大正義の心でもって、一般人を信者化し、同じ大正義の心を持つビルシャナを次々生み出していく為、その前に、撃破する必要があります」
大正義ビルシャナは、出現したばかりで配下はいないが、周囲の一般人が、大正義に感銘を受けて信者になったり、場合によってはビルシャナ化してしまう危険性がある。
「大正義ビルシャナは、ケルベロスが戦闘行動を取らない限り、自分の大正義に対して賛成する意見であろうと反論する意見であろうと、意見を言われれば、それに反応してしまうようですので、その習性を利用して、議論を挑みつつ、周囲の一般人の避難などを行うようにしてください」
賛成意見にしろ反対意見にしろ、本気の意見を叩きつけなければ、ケルベロスでは無く他の一般人に向かって大正義を主張し信者としてしまうので、議論を挑む場合は、本気の本気で挑む必要があるだろう。
「現場である公園は近くの幼稚園の子供達が遊びに来ていて、子供、保育士合わせて30人ほどが居ます」
「また、避難誘導時に『パニックテレパス』や『剣気解放』などの、能力を使用した場合は、大正義ビルシャナが『戦闘行為と判断してしまう』危険性があるので、できるだけ能力を使用せずに、避難誘導するのが望ましいです」
子供達はパニックになったら、転んだりして怪我をしかねない。そうならないためにも、保育士の人達と協力し、遊びの一環として避難させるのがいいだろう。
「この大正義ビルシャナは子猫の警戒心のない無垢さに惹かれたようです。それと、大正義ビルシャナの攻撃方法は、他のビルシャナと変わりありません。それに、ビルシャナ化したばかりか、戦闘力もあまり高くはないようです」
大正義ビルシャナは強い心でビルシャナ化した為、説得して一般人に戻す事は出来ない。
「一般の人々にも猫好きはたくさんいます。大正義ビルシャナの影響を受ける人も多いでしょう。ですので、何としてもここで大正義ビルシャナを倒してください」
参加者 | |
---|---|
安曇・柊(告罪天使・e00166) |
ティセ・ルミエル(猫まっぷたつ・e00611) |
修月・雫(秋空から落ちる蒼き涙・e01754) |
リーズレット・ヴィッセンシャフト(その呪いは私の鼓動を止める・e02234) |
ヴィヴィアン・ローゼット(色彩の聖歌・e02608) |
天津・総一郎(クリップラー・e03243) |
八崎・伶(放浪酒人・e06365) |
鍔鳴・奏(あさきゆめみし・e25076) |
●
ビルシャナ化事件が発生する公園へとやってきたケルベロス達は、公園の入り口にあった地図の元へと集まっていた。
避難経路を見誤って一般人がビルシャナと鉢合わせ。なんてことにならないためにも道の把握は重要だ。
「また厄介なビルシャナが出ましたね……。正義の理屈はその人によって違うものなんですが、被害が出る前に止めないといけませんね」
「だ、大の大人が子供が居る場所で危険行為を行おうとする時点で、それがどんなに崇高で重要な主張であろうと最低行為でしかないですよ……」
修月・雫(秋空から落ちる蒼き涙・e01754)と安曇・柊(告罪天使・e00166)が地図を見ながら言葉を交わす。
「猫、可愛いのは同意するが何事も節度ってヤツだ」
地図の道を指でなぞりながら、八崎・伶(放浪酒人・e06365)。そして、
「地図の確認も終わったし、行くか」
散歩道を歩き出す。
しっかりね、と頭を撫でヴィヴィアン・ローゼット(色彩の聖歌・e02608)はボクスドラゴンのアネリーを送り出す。
「そちらは任せました」
「ああ! いいとこ見せてくるぜ!」
雫の言葉に天津・総一郎(クリップラー・e03243)が張り切って返事を返した。
ビルシャナの足止めと一般人の避難と二手に別れ行動を開始する。
「なん……だと……」
女性の保育士にいいところを見せようという、思惑はものの数分で打ち砕かれ、総一郎はガクリと膝をつく。
その横で避難を担当する柊と伶の2人が、子供達の付き添いの男性保育士2人に、ケルベロスであることを明かし事情を説明する。
「えぇと、僕達はケルベロスです。この公園は今危険で――」
「だからよ、安全になるまでの少しの間だけ避難してもらいたいんだ」
保育士と話をしている間、子供達は5体のボクスドラゴンに興味を示している。
軽く打ち合わせを終え、伶が手を二度叩くと、子供達の視線が伶へと集まる。
「さぁ、鬼ごっこをして遊ぼう。みんな、あいつらを捕まえられるか?」
よーいどん。の合図と共に、4体のボクスドラゴンが公園の出口方向へと動き出すと、子供達は楽しそうにボクスドラゴンを追いかけていく。
運動が苦手でのんびりと歩く子供達には、柊とボクスドラゴンの天花が寄り添い歩いている。
その後ろ、全体を把握していつでも動けるように、保育士2人と一緒に総一郎が歩いている。
「こうして人に寄り添い無事を守る……うん、まさにオトナの男の振る舞いだな!」
大人の男3人が子供達を見守る。それもいいものだと、総一郎は笑う。
「おっと」
ボクスドラゴンを追いかけるのに夢中で、転びそうになった男の子を伶が咄嗟に抱き留める。そしてそのまま男の子を肩車してあげると、先頭の子供達に追い付く様に駆け出した。
「ほぉら、高いだろう? しっかりつかまってろよ」
公園の入り口に到着し、その場を後にしようとすると、子供達が寂しそうに見つめてくる。
「あの、すぐ戻ってきますから……そしたら遊びましょう?」
後の事を保育士に任せ、3人は他の仲間と合流する為、走り出した。
●
「猫ぉぉぉおお! その可愛さ、大正義ぃぃぃいい!」
ビルシャナの叫びに側にいた猫達が驚き逃げ出した。
「どうしてそんなに猫ちゃんに癒されてるのです? ずっとお仕事で大変だったのですね」
逃げ出した猫達を庇うように立って話しかける、ティセ・ルミエル(猫まっぷたつ・e00611)。
「でも突然大きな声を出したりしたらダメなのです。猫ちゃんびっくりしちゃうですよ」
「ぐっ、それもそうだな……すまん」
大好きな猫の事だからか、素直に謝るビルシャナ。
リーズレット・ヴィッセンシャフト(その呪いは私の鼓動を止める・e02234)と鍔鳴・奏(あさきゆめみし・e25076)が並んでビルシャナの前へ出る。リーズレットの手にはマイクが握られている。気分を盛り上げるための小道具な為、もちろんスピーカー等はない。そしてマイクを口元へと持っていく。
「さぁ、始まりました! 第222回にゃんこ大議論大会!」
「はい、ネコの日に因んで222回目のやってきましたね。こりゃめでたい」
「本日議論してくれるのは、猫と言えば俺! な鍔鳴・奏さん! 存分に思いの丈を語ってもらいましょー!」
リーズレットが声を張り上げる。そしてマイクを奏へ……。
「え、良いの? 俺に猫を語らせたら長いよ? の奏です。どうかよろしく」
奏がお辞儀を一つ。そして語り始める。
「では猫の魅力と言えば……存在全てに決まってるだろうが!!!! 鳴き声、仕草、フォルム、どれを取っても万物の全てを上回る!! 強いて言うのならば……可愛さは大正義、かな」
序盤の勢いから徐々に恥ずかしくなって……最後には照れる奏。
「そうだっ! 可愛さは大正義!」
「いえーい! 可愛さは大正義!」
ビルシャナとリーズレットが拍手を送る。リーズレットの方は照れ顔の奏を見れて満足顔。そして、自ら猫耳を付けるとビルシャナの元へ……。
「つまり猫耳付けた私も正義! 鳥よ! 存分に私を愛でるが良い!」
――暴論である。
リーズレットは両手を広げ、抱っこしてポーズをとる。
「ふん、何を言ってる? そんな物付けたくらいで猫の可愛さに敵うと思うなよ!」
もちろん通じるわけもなく、鼻で笑われトボトボと奏の元へ戻る。
「そっかー、リズは駄目だったかー」
リーズレットへと生暖かい眼差しを向ける。そしてぶつかる視線。
「惜しかったにゃん!」
誤魔化すように軽く舌を出して、おどけて見せた。
「ちょっと待ってください。猫もいいですが……犬はもっと可愛いですよ」
動物好きな雫。ここはあえて一番好きな、犬の良さを語り始める。
「猫って気まぐれで、こちらからかまっていこうとすると、避けられたりするじゃないですか。犬はしっかりと愛情をかけてれば、忠実に応えてくれるんです。辛い時でも寄り添ってもらえますよ。子犬もじっとこちらを見つめてくる視線は猫に劣らず可愛いですし、呼びかけたりすればよちよち歩きで来たりするんですから」
熱弁する雫。聞き入るビルシャナ……頭の中では今頃、子犬がよちよちと歩いているのかもしれない。
「確かに可愛い……それでも私は、猫が一番大好きなんだ!」
「うんうん、猫さんは可愛いよね、すごく可愛い。大正義だよね! そんなの、わざわざビルシャナに布教されなくてもみんな知ってることだよ」
ビルシャナの言葉に頷くヴィヴィアンだが……。
「でもね、大正義な存在は他にもいるよ。可愛さと強さを併せ持つ、最強の存在……きっと一目見たら虜になること間違いなしだよ!」
ちょうど戻ってきたアネリーをおかえりと胸に抱く。
「……そう、ボクスドラゴン! ほらほら、可愛いでしょー!」
アネリーを見せつけるヴィヴィアンに、訳が分からずアネリーは小首を傾げる。
「避難の方は終わったよ」
総一郎に続き、柊と伶、他のボクスドラゴン達。避難を行っていたメンバーが戻ってきた。
●
「ビルシャナ化さえしなければ、ただの超猫好きで終わったのにな……残念だな……」
避難が終わり、もう時間を稼ぐ必要もないと、リーズレットが武器を取り出す。
空気が変わるのを感じ取った、ビルシャナもまた構える。
「しかし鳥っぽいのに猫が好きとか、捕食されそうだよな、ビルシャナ」
伶の言葉に、意外な方向から答えが返ってくる。
「可愛い猫に噛まれるくらい、むしろご褒美だ!」
ビルシャナの叫びに、場の空気が凍り付く。
――こいつはもうダメだ!
誰もがそう感じている時、雫が口を開く。
「こうなってしまった以上は、速やかに倒すしかありません」
そうだなと、一同、気を取り直し武器を構えた。
「いきます」
柊が姿勢を低くし、一気に飛びかかる。ビルシャナの腰元へと組み付き、注意を引く。
「くっ、離れろっ!」
柊が組み付いている間、天花は自らの属性を注入し援護する。
「悪いな、お前の正義を認めちまうと……俺はケルベロスでいられなくなる」
やっとのことで柊を引き剥がした瞬間。総一郎の蹴りがビルシャナの鳩尾を捕らえる。
苦し気に呻くビルシャナの元、ティセの刀が弧を描く――真昼に現れた月の様に。
「さあ一緒に行こう、手と手を取って みんなの気持ちが集まれば、迷いも恐れも吹き飛んじゃうよ」
ヴィヴィアンが歌う。――明るく希望に満ちた唄を。
苛烈なケルベロス達の攻撃に、何とか体勢を立て直し、光を放つ。放たれた光は破壊の光となってケルベロス達を襲う。
「光よ、みんなを癒して」
リーズレットが祈り、ビルシャナの攻撃を受けた仲間を、オーロラのような光で包み込む。
その間、ボクスドラゴンの響はブレスを吐き牽制する。
「みんな巻き込まれるなよ?」
伶のバスターライフルが咆える。放たれた光線がビルシャナへと直撃。みるみるうちに熱を奪い取っていく。
光が止み、雫がオーラを放つ。放たれたオーラは弾丸の様に凍り付いているビルシャナへと襲い掛かると、先端が獣の口の様に割れ、のど元へと喰らいついた。
奏がファミリアロッドをバトンの様に、クルクルと回すと上空へと放り投げる。杖は上空で猫の姿へと変わり落ちてくる。奏が猫を受け止めると一撫で。
「さあ、行っておいで」
奏の魔力を受け、猫がビルシャナ目掛け走る。ボクスドラゴンのモラも続いて突進する。
「猫だと!? さあ来い。ぐわあああぁあ」
両手を広げ、喜んで猫の攻撃を受けるビルシャナ。
『うわぁ……』
戦いよりも猫愛を選んだビルシャナに一同、感心やら呆れやら……。
ビルシャナは光を放ち、回復を試みるが最早回復しきれる傷ではなかった。
●
既にボロボロのビルシャナ。ダメージの蓄積も相当なもので肩で息をしている。ケルベロス達は勝負を決めるため、一気に畳みかける。
流星の煌めきと重力を宿し、柊の蹴りが先陣を切る。
「俺の太陽は勢いよく昇るけどよォ~、オメーの太陽は沈む時だぜ!」
ビルシャナの懐に飛び来む総一郎。一瞬かがみ、その反動を使い顎目掛け掌底を叩き込み飛び上がる。
「選んで快感、猫まっぷたつ! 必殺! にゃんこめ、すらっしゅ!」
空中に投げ出されたビルシャナに飛びかかるティセ。刀を振り上げ、ビルシャナの頭上から足へ向かって一気に振り下ろす。
傷口から大量の血を噴き出しながら、地面へと落下するビルシャナ。
「戦術超鋼拳」
「スパイラルアーム」
地上で待ち構えていたヴィヴィアンと伶の攻撃が、立て続けにビルシャナを撃つ。
更にボクスドラゴンのアネリーと焔がタックルを浴びせる。
「見えなき鎖よ、汝を束縛せよ」
リーズレットの放つ魔法の鎖が、ビルシャナの脚に腕に胴にと絡みつき自由を奪う。
「お前の信念、気持ちは分かるよ。だから、その魂、全てを貰い受ける」
『魂喰らい』――奏の放つグラビティがビルシャナの体力を奪い取っていく。
「光よ、空を翔る星となれ!」
掛け声と共に、雫が集めた光をビルシャナ目掛けて放つ。強力な光が尾を引き、流れ星の様に流れ、流れ、炸裂する。目を開けていられないほどの光が辺りに溢れる。
「ぐあああぁあ!」
光が収束した時、ビルシャナの姿はどこにもなかった。
『正義を信じる者は、それに疑いを持たず行動する。恐ろしいことだと思わないかい、総一郎?』
武器を収めながら総一郎は、ふと師匠の言葉を思い出す。
「その結果が……このビルシャナなのか?」
正義を信じ行動するまではまだいい。だがそこに他人を巻き込み害を為すというのなら、止めるしかない。
「ほら猫ちゃん、遊びましょー。まっぷたつになんてしないですよ」
植木に隠れている猫に向かって声をかけるティセ。
「えぇと……あの、折角の散歩の時間を奪ってしまいましたし、子供達とボクスドラゴンのふれあい広場なんて……どうでしょう?」
「おう、それはいいな。ちょっと子供達を呼んでくるな」
柊の提案に伶が公園の入り口へと走る。皆も賛同し準備を始めた。
ボクスドラゴンを撫でたり、追いかけっこをしたりとしばらく子供達の笑い声が公園に響く。
ひとしきり遊んだ後、子供達に手を振り公園を後にした。
作者:神無月シュン |
重傷:なし 死亡:なし 暴走:なし |
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種類:
公開:2018年3月1日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
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得票:格好よかった 0/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 3
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