悪意の拳

作者:零風堂

 学生から会社員、子供を送る主婦から散歩するお年寄りまで、多くの人々が行き交う駅前の広場に、突如として巨大な牙が突き刺さった。牙はすぐに鎧兜を纏った骸骨の怪物、竜牙兵へと姿を変えていく。
「ククク……、殺ス。殺シテヤル」
「オマエたちがワレらにムケタ、ゾウオとキョゼツは、ドラゴンサマのカテとナル」
 竜牙兵はそう言って、周囲の人々に殴りかかる。その全身は禍々しいほどのオーラで覆われており、目にも留まらぬ拳の一撃で、容易く人の頭を砕き、腹を穿って鮮血を撒き散らす。
「サア、グラビティ・チェインを捧ゲルガイイ!」
 竜牙兵は嬉々として吼え、人々を蹂躙してゆくのであった。

「兵庫県のとある駅前に竜牙兵が現れ、人々を殺戮することが予知されました」
 セリカ・リュミエール(シャドウエルフのヘリオライダー・en0002)はそう言って、集まったケルベロス達へ、その内容を説明し始めた。
「竜牙兵が出現する前に、周囲に避難勧告をすると、竜牙兵は他の場所に出現してしまうため、事件を阻止する事ができなくなってしまいます」
 ケルベロスが介入できなければ、被害は甚大なものとなってしまう。ここは敵が出現したタイミングに合わせ、ヘリオンから降下するのがいいだろう。
「皆さんが戦場に到着した後は、避難誘導は警察などに任せられるので、竜牙兵を撃破することに集中してください」
 そいつは有り難いと、ケルベロスのひとりも頷く。
「敵は竜牙兵が5体で、全員がバトルオーラを纏っています。どうも人を殴って壊すのを好んでいるらしく、戦闘でも殴打による戦いを得意とします。駅前の広場は大きな障害物などもありませんので、真っ向勝負をするなり、狙撃で倒すなり、どちらの戦法も取ることができるでしょう」
 戦い方は、皆さまの判断に任せますとセリカは付け加える。
「また、この竜牙兵は戦闘が始まれば撤退することもないようなので、逃走を心配する必要もないでしょう」
 ならば存分に打ち倒してみせようと意気込むケルベロスたちに、セリカは静かな視線を向ける。
「竜牙兵による虐殺を見過ごす訳には行きません。どうか、討伐をよろしくお願いします」
 セリカはそう言って一礼し、ケルベロスたちを激励するのだった。


参加者
アリシア・メイデンフェルト(マグダレーネ・e01432)
武田・克己(雷凰・e02613)
霧島・絶奈(暗き獣・e04612)
ジェミ・フロート(紅蓮風姫・e20983)
朱藤・環(飼い猫の爪・e22414)
阿東・絡奈(蜘蛛の眷属・e37712)
ノルン・ホルダー(黒雷姫・e42445)
レイナ・クレセント(古代の狭間・e44267)

■リプレイ

「死ネッ!」
 突き出された竜牙兵の拳が、通勤途中の女性に迫る。このままでは一撃が頭部を砕き、その女性の命を無残に砕き散らしてしまう……。そう思われた次の瞬間、太陽のように眩い光が竜牙兵の眼前へと突っ込んで来た。
 燃えるような炎の赤に、煌めく金糸。ジェミ・フロート(紅蓮風姫・e20983)のバトルコスチュームは、皆に勇気を与えるように輝いていた。
「私たちが竜牙兵を倒すから、皆さんは警察などの避難誘導に従ってね!」
 ジェミの声にハッとした様子で女性が逃げ始める。狩りの邪魔をされた竜牙兵は怒りの形相で拳を繰り出してくるが、ジェミは奥歯を噛みしめ、掌と体捌きで衝撃を受け止める。
「っ! ……絶対勝つから、安心して!」
 痛みに耐えながら、ジェミは人々を励ますように声を出し続けていた。
「我々はケルベロスです。警察の指示に従って、慌てずに避難を開始して下さい」
 同様にヘリオンから降下してきた霧島・絶奈(暗き獣・e04612)が避難を促しつつ、ケルベロスチェインを地面に展開して守護の陣を展開していく。それから絶奈は小さく顎で指図して、テレビウムを人々の護衛にと向かわせた。
「殺戮を繰り返し、グラビティ・チェインを得ようとするなんて、そんな相手は許せないですね」
 避難する人々を追いかけようとする竜牙兵に向けて、レイナ・クレセント(古代の狭間・e44267)が言い放つ。薔薇の紋章に軽く触れて気を引き締めてから、ミサイルポッドを射出し始めた。
「大量のミサイルの嵐を受けてみなさい!」
 無数の弾頭が白煙の軌跡を描きながら、竜牙兵に着弾して炸裂していく。その只中に、ノルン・ホルダー(黒雷姫・e42445)も突っ込んでいった。
「……骨があるってやつ? 全身骨だけに?」
 冗談っぽく言って口元に笑みを浮かべつつ、体内のグラビティをイメージする。その流れが加速し、高速で循環するように……。そして生じたエネルギーが肉体から黒い雷となって溢れ出し、黒い瞳が金色に輝く。
「破っ!」
 気合いと共に繰り出した掌底が竜牙兵のあばらを打ち、その進行を止めて退がらせた。
「もう結構な回数返り討ちにしているはずですけど、本当に懲りないですよねぇ……」
 やれやれといった様子で朱藤・環(飼い猫の爪・e22414)はぼやきながらも、戦場を駆けていた。
 逃げる人たちと降下したケルベロス。交戦開始と避難とでやや混乱が残っているとは言え、乱戦という程ではない。
 戦況を見極めながら、握った手榴弾のピンを咥えて歯で引き抜く。
 アブソリュートボムを1、2の3のタイミングで投げつけて、絶対零度の凍気を撒き散らす。成果と敵の反応を見てから、環は再び走り始めた。

「オノレ、ケルベロスッ!」
 吼えて繰り出された竜牙兵の拳を、ジェミが鍛えた腹筋で受け止める。
「さぁ、どっからでもかかってきなさい! 全部受け切ってあげるから!」
 衰えぬ闘志で言い放ちつつも、ジェミは祝福の矢をレイナへと放ち、その力を託していた。
 レイナはガジェットを拳銃形態へと変形させ、撃鉄部分に薔薇飾りの蜻蛉玉を嵌め込んだ。ジェミから受けた妖精の祝福も合わせて魔力をそこに込めて、トリガーを引き絞る!
「それっ! 魔導石化弾だよ、これで石化してしまいなさい!」
 魔力を帯びた弾丸が竜牙兵へと突き刺さり、その身体に石化の変化を与え始める。
「我ラノ邪魔ヲスル者ヨ、滅ベ!」
 竜牙兵の闘気が膨れ上がり、拳から閃光が放たれる。
「散発的に現れる竜牙兵。未だその根絶は為せませんか……」
 アリシア・メイデンフェルト(マグダレーネ・e01432)は橙の瞳を僅かに細め、その軌跡を見切って『獅子心王』の名を戴く刃を振り上げていた。勇気の刃は邪悪な力を打ち払い、その衝撃をいくらか緩和する。
 そのままアリシアは斧を握る力を緩めないで構えつつ、身に纏うオウガメタルから光の粒子を振り撒き、仲間の感覚を研ぎ澄ませていった。
「陣を整えるのも蜘蛛の技」
 阿東・絡奈(蜘蛛の眷属・e37712)は蜘蛛の糸を束ねたようなケルベロスチェインを展開し、守護の陣形を取っていく。そこから自身のボクスドラゴン『アトラクス』にも、ブレスで攻撃に参加するよう指示を出していた。
「殺ス! 受ケヨ、我ラノ憎悪ヲ!」
 突き出された骨の拳が、武田・克己(雷凰・e02613)のみぞおちへとめり込んだ。しかし克己は一歩も退かず、逆に愉悦を帯びたかのような笑みを浮かべる。
「さて、こっからが本当の勝負だ」
 研ぎ澄まされた刃に稲妻が走り、相手へ高速の突きを打ち込んだ! 堪らず下がる敵の動きを見据えながら、克己は口元の血を手の甲で拭う。
「シーくん!」
 そこへボクスドラゴン『シグフレド』がふわふわと飛んできて、属性の力を落として力を回復させていった。
「――条件は同じ。対等の勝負」
 ノルンは対峙する竜牙兵の動きを見ながら、暫しの撃ち合いに興じていた。フェイント混じりの拳打を見極め、打ちに来た一発をスウェイで避ける。ぴっと黒髪が弾かれてハラハラと散るが構わずに、カウンター気味の一撃を相手の肝臓へ……。
(「あっ、肝臓ないや」)
 空振りになりそうなところを爪先の力で踏ん張って堪え、黒猫のグローブの中で拳を獣化させる。
「にゃ……ああっ!」
 獣の力で咆哮しつつ、強引に背骨へと拳を叩き込んだ!
 振り抜いて相手を吹っ飛ばしたものの、ノルンもバランスを崩して地面に倒れ込む。
 ぴょんっと猫を思わせる動きで起き上ると、ノルンはダッシュで敵を追いかけた。
「しかし今は、一人でも多くの命を守らねばなりません。その殺意、我らが受け止め――。そして、砕きます」
 アリシアが闘争と復活のルーンに呼びかけるようにして、刃の力を高めていく。それでも竜牙兵たちは怯まずに、アリシアへの攻撃を続けようとするが……。
「……今此処に顕れ出でよ、生命の根源にして我が原点の至宝」
 絶奈がにぃ、と狂気を孕んだ笑みを見せる。その眼前には幾重にも巡らされた魔法陣が広がっており、輝く何かが造り出されていた。
「かつて何処かの世界で在り得た可能性。『銀の雨の物語』が紡ぐ――、生命賛歌の力よ」
 解き放たれた槍のような光は竜牙兵の拳を弾き、その骨を数本、折り砕いていた。
「じゃあ……、そこかなっ!」
 仲間たちの攻撃の間を縫うように、環はするすると戦場を走っていた。駅前広場の中央に立つ時計の上に駆けあがると、頂点を蹴ってくるりと回る。
(「ここなら、誰の邪魔にもならずに……、撃てる!」)
 竜牙兵の頭上から、敵が反応するよりも先に、縛霊手を突き出した。
「いっけぇ!」
 手の平に生まれた光弾が降り注ぎ、竜牙兵たちがあたふたと動揺している。環は自動販売機の上に着地すると、するりと降りて再び戦場を駆け出していた。

「軽い軽いっ! そんな拳じゃ私の腹筋は貫けないわよっ!」
 ジェミが相手の拳を受けて、意気揚々と声を張り上げる。
「お返しっ!」
 それから勢いよく足を振り上げれば、星型のオーラが敵の顔面へとぶつかり、相手が僅かに仰け反った。
「骨の拳なんかに負けるつもりはないからね!」
 生じた隙を逃さずにジェミが踏み込む。一瞬の計算……、本能と経験から相手の隙を導き出し、思い切り拳を叩き込んだ!
 ばぎゃん! と骨が音を立てて砕け、そのまま相手はガラガラと崩れ去っていく。
「知りなさい、これこそが憎悪を求めし貴方達へ唯一贈られる救済であると」
 アリシアが鋭く、竜牙兵を見据えて構える。同時に溢れ出した紅蓮の炎が、アリシアの翼に宿っていく。
「汝等を包むは永久に冷めぬ灼熱なり。案ずるなかれ、此れは汝等の終末の日なれば――!」
 紅蓮の羽ばたきは煉獄の炎の如く、敵陣を燃やし始める。その只中で崩れ始めた竜牙兵が1体、黒い灰となって焼き尽くされていった。

「貴方の魂を頂きましょう、それはきっと主も喜びになりますわ」
 絡奈は迫り来る闘気の拳を紙一重で避けてから、糸のような鎖を全方位に射出していく。それは残った竜牙兵たちに喰らい付き、神殺しの毒で汚染していく。
「あとは全力で戦って、勝つ」
 直後にノルンが駆け出した。ふらつきながらも拳を突き出してくる竜牙兵だったが、ノルンは身を屈めてそれを回避する。
「覚醒、黒雷閃迅」
 ばちっ、とノルンの全身から黒い雷が溢れ、空気が震える。竜牙兵が捉えられたのは、ノルンの瞳が残した金色の軌跡のみ――。
 超高速で背後に回ったノルンは無防備な敵の後頭部に、渾身の一撃を叩き込んでいた。相手は何が起きたのかも認識できなかったように、抵抗なく砕けて崩れ落ちていく。
 残すは2体。仲間がやられてもその敵意は衰えることなく、ケルベロスたちに向かってきていた。絶奈はそんな竜牙兵の見据えながら、一瞬だけ笑みを深くする。
「憎悪と絶望が敵の糧となり、それ故にこの殺戮を引き起こすのであれば……。私は貴方方を排除する事で人々に熱愛と希望を与えましょう」
 迫り来る竜牙兵を前に、絶奈のブラックスライム『親愛なる者の欠片』が変形し、牙を剥いた。捕食するモノと化したソレは憎悪を帯びた骨を呑み込み、跡形すら残さずに消滅させていった。
「太古の暴君よ、我が武器にその牙を宿して、敵を喰らい尽くしなさい!」
 レイナがガジェットを変形させつつ、恐竜のようなオーラを生み出していく。そうして形作られた暴君蜥蜴の顎を開き、最後の竜牙兵へと突き出した!
「!」
 全身のオーラを腕部に集中させ、レイナの牙を受け止める竜牙兵。レイナもガジェットを支えながら、噛み砕こうと力を込める。
「く……!」
 レイナの肌に汗が流れる。防ぎ切られるか? と思った、次の瞬間!
「悪いですけど、容赦してる余裕はないんで!」
 環が白い砲弾を撃ち込んできた! それは着弾の寸前に弾け、無数の礫となって竜牙兵の身体を抉り裂いていく。
「ガ……!?」
「やああーっ!」
 相手が怯んだその一瞬に、レイナは渾身の力を解き放っていた。そして暴君蜥蜴の顎は閉じられ、噛み砕かれた竜牙兵は、無残にもバラバラになって崩れ落ちていくのだった。

「ほら、私たちの勝ち! やっぱり筋肉もないと、ダメね!」
 戦いの終わりにジェミは笑顔を見せて、自慢の腹筋を軽くパチパチと叩いてみせる。それから一行は周辺の損傷箇所に対するヒールと、一般人に負傷者がいないかなどを確認していった。
「さて、兵庫の名物でもお土産に買ってから、帰りましょうかねー」
 環はそんな風に言って、平穏を取り戻した駅の方を見る。そこにはいつもと変わらぬ、日常の風景。人々が生き、生活する世界の姿……。
 売店のひとつでもあるだろうかと考えながら、環は皆と共に帰路につくのだった。

作者:零風堂 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2018年3月1日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 2/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 0
 あなたが購入した「複数ピンナップ(複数バトルピンナップ)」を、このシナリオの挿絵にして貰うよう、担当マスターに申請できます。
 シナリオの通常参加者は、掲載されている「自分の顔アイコン」を変更できます。