誰もいない山に木霊は響く

作者:波多野志郎

 ソレがいつからあったのか、正確に把握している者はどこにもいない。不法投棄されたものか、落としたものか、忘れたものか――山間部の谷底に落ちていたラジカセだ。当然、壊れて動きはしない。ただの鉄屑だ。
 しかし、ソレに這い寄るものがあった。機械で出来た蜘蛛足で忍び寄る、コギトエルゴスムだ。そのまま、割れた部分に潜り込むことしばし――。
「ラァアアアアアジ!!」
 その大音響が、木霊した。爆発した音波が、周囲をなぎ払う。その中心に立つのは、メタリックブラックのボディを持つ人型ロボダモクレスだった。
 だが、そのボディはただのロボではない。両肩はスピーカーとなり、そこから音を放射するラゼカセ機能つきダモクレスである。
 ダモクレスが、歩き出した。何故? 理由は、問うまでもない。ラジカセは音を聞かせるためにある物、聞かせる相手を求めてだ。では、ダモクレスとしては――?
 大音響が、山に響き渡る。直線に、ただ直線に、ダモクレスは麓の街へと進んでいった……。

「何故、あんなところにラジカセがあったのかは永遠の謎ですね……」
 悪い事が起きる時は重なるものです、とセリカ・リュミエール(シャドウエルフのヘリオライダー・en0002)はため息混じりに続ける。
「山に落ちていたラジカセが、ダモクレスになってしまう事件が発生します。幸い、被害者は出ていませんが……このままだと、麓の街へとたどり着いて虐殺を行なうでしょう」
 そうなれば、甚大な被害が出てしまう。グラビティ・チェイン目的の虐殺を、許してはならない。
「どうか、その前にダモクレスを倒してください」
 ダモクレスは、真っ直ぐに街へと進んでいる。幸い、途中に伐採業の人達が使う材木置き場がある。広く平坦な場所なので、戦うのには向いているだろう。
「敵は一体のダモクレスです。ダモクレスとガトリングガンのグラビティを、音によって再現してくるようです」
 音によって広い範囲を薙ぎ払う攻撃を得意としている敵だ。一撃の重みはさほどではないが、数が重なれば一気に瓦解する原因になりかねない。慎重な対応が、必要だろう。
「へたに森で戦うと、周囲を破壊して回れる分、向こうの独壇場になりかねません。平坦で障害物のない場所を通ってくれるのは、不幸中の幸いです」
 そうして、戦場の利を得ても条件は五分五分だ。きちんと戦術を練って、対処に当たってほしい。
「何にせよ、犠牲者が出るかどうかの瀬戸際です。最悪の結果になる前に、対処を願います」


参加者
楠・牡丹(スプリングバンク・e00060)
芥川・辰乃(終われない物語・e00816)
ウォーグ・レイヘリオス(山吹の竜騎を継ぐもの・e01045)
赤星・緋色(小学生ご当地ヒーロー・e03584)
天宮・陽斗(天陽の葬爪・e09873)
リディア・リズリーン(想いの力は無限大・e11588)
サフィール・アルフライラ(千夜の伽星・e15381)
ソールロッド・エギル(影の祀り手・e45970)

■リプレイ


「私、この前CDプレイヤー倒してきたんだけど、今度はラジカセなのね。これも時代の流れなのかなぁ。いやしかし不法投棄が原因だよねきっと。困っちゃうよねぇ」
 冬の冷たい風が吹き抜ける山を見上げて、楠・牡丹(スプリングバンク・e00060)がため息混じりに呟いた。
「やれやれ、山奥に響くにしては随分と無粋な音だな」
 天宮・陽斗(天陽の葬爪・e09873)が言う通り、山の奥からは既に音が聞こえてきている。その音楽と呼ぶにはふさわしくない騒音に、赤星・緋色(小学生ご当地ヒーロー・e03584)がしみじみとこぼした。
「ラジカセってCDとかSDとかラジオ聞けるやつだったよね。ミュージックファイター的に楽しい音楽はいいけど、うるさいだけのはごめんなさいかな」
 音は無情に近づいてくる。ズン、と足音を響かせ、両肩はスピーカーから音を放射するラゼカセ機能つきダモクレスが森の中から姿を現した。
「ふははははー、出たねダモクレス。小江戸の緋色とその仲間たちが退治してあげる!」
 緋色が即興のヒーローっぽいポーズを取れば、返すようにダモクレスの発する音が高くなる。その音をうるさいと聞こえるか、あるいは別の意味を見い出すかは人それぞれだろう。
「谷底にずっとひとりぼっちで、音を聞かせる相手が欲しいってなんですかそれ寂し……こほん、街には行かせませんっ」
 ソールロッド・エギル(影の祀り手・e45970)の言い掛けた言葉に、芥川・辰乃(終われない物語・e00816)は真っ直ぐにダモクレスに視線を向ける。
「貴方の音は、既に言葉にはなりませんけれど。哀しい音だと、そう思います」
 放置されたラジカセも、足さえあれば同じ事をしていたのではないか? そう思えば、同情すべき点はあるだろう。
 しかし、目の前のソレはラジカセではない。ダモクレスなのだ。
「他の個体にも遭遇した事はあるが…ダモクレスは何故か打ち捨てられた機械に宿る事が多い気がする、な。ある意味ではラジカセの反逆にもなるのだろうが……人を弑す事は認めるわけにはいかないんだ。身勝手は承知している」
 サフィール・アルフライラ(千夜の伽星・e15381)の言葉と同時、ダモクレスが歩みを再開した。その動きに、ウォーグ・レイヘリオス(山吹の竜騎を継ぐもの・e01045)が言う。
「どうやら、問答無用のようですね」
 ヴン! とスピーカーから伝わる振動が、大気を震わせる。ラジカセとしてではなく、ダモクレスとしての役割を――敵を目の前に、リディア・リズリーン(想いの力は無限大・e11588)が立ち塞がった。
「誰かに音を聴かせる為に――なるほど……その想いに関しては、どうしても理解できてしまう部分がありますね……! いいでしょう。聴かせてみせろ、お前の音を! そして……」
 スウ、とリディアが大きく息を吸う。声に想いを乗せて、リディアが言い放った。
「――私の歌を聴けぇぇッ!!」
 直後、ダモクレスが発した轟音が周囲を薙ぎ払った。


 音楽と呼ぶにはあまりにも大きな音が、開けた大地を砕いていく。音とは空気の振動であり、振動とはエネルギーである。風が物を動かすように、音もまた物を吹き飛ばせるのだ。
「私は私ができることをしますから。棗、頼みましたよ」
 辰乃が両手を振るい紙兵を散布するのと同時、ボクスドラゴンの棗が属性インストールで緋色を強化した。
「うるさーい! スピーカーは物を壊す音波出すための物じゃないのに!」
 思わず耳を塞いだ緋色が、真っ直ぐにダモクレスへと疾走する。両手は耳で塞がっているが、その代わりと言わんばかりに緋色のオウガメタルが鋼の鬼へと変形。ダモクレスへと豪腕を振るった。
 ゴォ! と鈍い打撃音が、騒音に混じる。しかし、ダモクレスは退かない。なおも強引に前へ出ようと、踏み出した。
「頼んだぜ、相棒。例え相手と同じ様な鋼鉄の体だとしても、お前はこの星を守る為に来てくれた誇り高き者だ」
 そこへライドキャリバーの天狼へ語りかけ、陽斗が跳ぶ。前に出たダモクレスに、空中で身を捻っての陽斗の回し蹴りと毛皮を模した飾りにふさわしい狼のごとき動きで突っ込んだ天狼が激突する。ミシリ、とダモクレスの装甲が軋みを上げるが、重量差は大きい。
「まだです!」
 そこに竜騎の御旗を聖槍形態にしたウォーグの稲妻をまとう突きと、ボクスドラゴンのメルゥガによるブレスが重なった。度重なる攻撃に、ダモクレスの前進が止まる。バサリ、と旗を振るいながら、ウォーグは後退した。
「やはり硬い相手だな」
 サフィールは自らの周囲に魔法の木の葉を展開、リディアがバイオレンスギターを掻き鳴らした。
「最後まで音を聞かせよう、そういう気概は買うよ!」
 ここはもはや、戦場ではない。互いの音楽を聞かせあうステージだ――その熱意が、リディアの奏でる音色に熱さを宿す。
「ぜーったいに、ここは通さないんだから。通行止め!」
 牡丹がゾディアックソードを地面に突き立て、スターサンクチュアリをスレージに刻む。テレビウムのブローラは、牡丹の動きに合わせて支援動画を上映した。
「今ここにいる英雄、戦う意思を見せる勇士に、奇跡を」
 そして、ソールロッドは謳う。それはケルベロス達の物語、クーラーがダモクレスと化した季節外れの冷たい風さえも打ち砕いた者達の戦いの記憶だ。その物語を背負って、テレビウムのナノビィがダモクレスへと挑みかかった。
「古き者は朽ちるのではなく、人の思い出の中に――」
 あなたもそうなるのです、とソールロッドが想いを紡げばダモクレスの音が更に激しさを増す。それは肯定か、あるいは否定か――どちらにせよ、答えを出すために両者は音を奏であった。


 ダモクレスが発する音楽が、戦いの激しさに呼応するようにテンポをアップさせていく。刻むビートは戦う者達の鼓動とシンクロする、心臓の音が耳元にあるような……そんな錯覚さえ覚えるほど、振動が心地いい。
「まるでフィーの腹の音みてーに響く声だな……っと」
 陽斗の軽口が、不意に止まる。文字通り殺意が自分に向いたからだ。
「ふふふハル兄、口は災いの元とは良く言ったものだな? ん?」
「悪かったから殺界をこっちに向けんな。寒いわ」
 陽斗とサフィールが、同時に動く。二人同時に空中で前転、陽斗の踵落しが左肩へ、サフィールの踵落しが右の肩へと同時にダモクレスを捉えた。ズシリ、と重圧がダモクレスの動きを止めた直後、炎に包まれた天狼が真正面から突っ込んだ。
『――――!!』
 ギュオ! と両肩から上がる音が跳ね上がる。二人と一台の攻撃に踏ん張ったダモクレスへ、右に回り込んだ牡丹と左へ回ったブローラが挟撃する。牡丹のブラックスライムの槍とブローラの閃光に、ダモクレスが思わず体勢を崩した。
「ここだよ!」
「はい!」
 牡丹の言葉に答え、ウォーグとメルゥガが同時に前へ出る。ウォーグは竜騎の御旗を振るう遠心力を利用して光の斧で下段から切り上げ、メルゥガもそれに合わせて凶器を振るった。ガゴン! とダモクレスの巨体が宙に浮いた瞬間だ。
「いっけぇぇぇぇッ!!」
 リディアが、ただ全力で叫ぶ。吼え立てろ、無限の闘志(ケルベロス・ロア)の鼓舞を受けて、緋色が跳躍した。
「いっくよぉぉぉッ!!」
 両足を揃えたスタンプキック、緋色の全力のスターゲイザーがダモクレスの巨体を地面に叩き付けた。巨体に見合うクレーターがそこに生まれ、ナノビィもダモクレスに凶器を突き立てた。
『オ、オオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!』
 オ、の単音からなる高速のビートが、クレーターを更に広げた。ダモクレスの音波攻撃だ。前衛が吹き飛ばされそうになるのを、ソールロッドの歌声が支え淡く光る花びらを舞わせた。
「まだです……! 向こうだって、苦しいはずです」
 服の上からアリアデバイスを握り締め、ソールロッドが言う。それにうなずき、辰乃は棗のブレスと共にクイックドロウで銃弾を撃ち込んだ。
「貴方に命を奪わせることはできません。かつて、人の営みと共にあった貴方には……絶対に」
 辰乃の決意に、ダモクレスは答えない。ただ、そのスピーカーから放たれる音楽が激しくなる、それだけだ。
「いい音楽でぇすっ♪」
 リディアは不謹慎とわかっていても、心躍ってしまうのを抑え切れなかった。
 ジャズセッションというものがある。その場の空気や演奏者の気持ちを譜面よりも優先する、即興音楽だ。その日、その時、その場に集まった者にしか出来ない、世界でただ一つの演奏だ。
 そう考えてしまえば、今この場にある音とはまさしく即興音楽だ。ケルベロス達が、ダダモクレスが、敵が味方が。過去の自分はもちろん、未来の自分にももう出せないだろう音を持ち寄って奏でる、『音楽』なのだ。
「いい音合わせです……録っておけば良かったですね」
 ソールロッドは、その事を少し惜しむ。ラジカセとは、元来そういうものなのだ。二度とないその音を録って、何度でも聞かせてくれる……音のアルバムとも言うべき存在で。
 だから、全員が思う。このダモクレスに――ラジカセに、人の命を奪わせてはいけない、と。
「どんなステージにだって終わりがある! 名残惜しいが、そろそろ幕だ!」
 リディアが吼え、ナノビィと共に跳んだ。リディアの爪弾く「欺騙のワルツ」に乗って、ナノビィが舞い踊り凶器を叩き付けていく。それに乗ったのは、ブローラだ。二体のテレビウムによる舞いがごとき連打が、ダモクレスを打楽器に変えた。
『――!!』
「させないよ!」
 反撃しようとしたダモクレスに、牡丹が掌打を胸部に叩き込む。ズン! と牡丹の破鎧衝の一撃に、ダモクレスの巨体が大きくのけぞった。
「棗!」
「メルゥガ!」
 辰乃とウォーグの声に、棗とメルゥガのブレスが左右からダモクレスへ叩き付けられる。ズズン……、と一歩後ずさったダモクレスへ、辰乃が横回転の遠心力を込めて縛霊手を振るった。
 ガゴン! と装甲の脆い部分を狙った一撃が硬いはずのそれを歪ませる。ギリギリ、とダモクレスの動きが鈍ったところで、辰乃が言った。
「お願いします」
「はい、繋ぎます」
 ウォーグは答え、竜騎の御旗をはばたかせて跳躍。ダモクレスの頭上へ光の斧を振り下ろした。ダモクレスがウォーグのスカルブレイカーを両手で、受け止める。ギイ、と装甲にめり込む光の斧の刃――その間隙に、陽斗とサフィールが同時に動いた。
「深淵に眠るる荒ぶる魂よ、汝が怒号を焔と化せ!」
「戀獄の章、第八節。斯くしてカミと人は灰燼に帰す――」
 陽斗の放つ天魔灰燼符(テンマカイジンフ)とサフィールの紡いだ熱砂の咎焔(アムード・アル・イフリータ)――恐るべき天魔と炎熱の魔神が、業火をダモクレスへともたらした。
『――――!!』
 動きが完全に止まったダモクレスの足元を、天狼のキャリバースピンが薙ぎ払う。ソールロッドは高々と、奇蹟を請願する外典の禁歌を歌い上げた。
「今です……幕引きを」
 ソールロッドの歌声に合わせて動いたのは、緋色だ。ルーンアックスに川越市で抽出したグラビティチェインをまとわせ跳躍、渾身の力で頭上から投げ放った。
「いちげきひっさーつ!」
 PS-CC(パニッシングストライクコエドシティ)の大爆発が、ダモクレスを飲み込んだ。その一撃はまさに必殺、ダモクレスの巨体がその場に崩れ落ちる。
「じゃあね、次は変なところに捨てられたりダモクレスになったりしないようなラジカセになってね!」
 その言葉は届いただろうか? もう、ラジカセは動かない……。


「お休みなさい、木霊に変わりし文明の声よ」
 静かに辰乃は、壊れたラジカセに黙祷を捧げた。いつかは誰かに愛され、そしてその想いに答えたはずの機械――人と寄り添うべき物が命を奪わずにすんだ、その尊厳を守れたのだと、辰乃はようやく胸を撫で下ろした。
「あなたにも人に必要とされた時間があったのでしょうか……思い出とともに、安らかに」
 ラジカセの残骸をそっと一撫でして、ソールロッドはこぼす。誰かに何かを伝える、物と者の差こそあれ、同志だった物への敬意がソールロッドの言葉にはあった。
「もっと穏やかで、優しい音も聴けたら良かったんだけど……」
 リディアはギターを奏でる。ただの鉄へ還った彼の魂が安らげる音を――機械にも心は宿るのだと、そう信じて。
 終わりのない曲が、物語がないように、こうして捨てられたラジカセは終わった。しかし、ケルベロス達の戦いは終わらない。これまでと同じように、人々を守るために戦い続けなければならないのだ……。

作者:波多野志郎 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2018年2月27日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 1/感動した 4/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 1
 あなたが購入した「複数ピンナップ(複数バトルピンナップ)」を、このシナリオの挿絵にして貰うよう、担当マスターに申請できます。
 シナリオの通常参加者は、掲載されている「自分の顔アイコン」を変更できます。