
●まんまる雀と靴職人
緑深きシルヴァヌスの森。
小さな工房のちょっとした庭は、まんまる雀たちと靴職人の約束で緑深き森になった。
職人の靴にひょいと腰掛けて、ころんとすぽん、と入った雀たちがすよすよと眠る。
木々を眺める庭は森となり、職人は悩める弟子を残して眠りについた。今はまんまる雀の見守る工房のーーその奥に、古びたミシンも眠っていた。折れてしまったアームと、外れたベルトは庭の机に。思い出が残る倉庫で眠っているはずだったミシンに、だが影が落ちる。
カツン、と硬い足音は機械でできた蜘蛛の足。コギトエルゴスムに足がついただけの機械のダモクレスが、ひょい、と古びたミシンの中に入り込む。次の瞬間、ヒュン、とベルトは引き戻されーー古びたミシンは機械的なヒールでその体を作り変えられた。
「ビィイイ」
まんまる雀たちの鳴き声に似た、機械の軋む音を響かせながら歯車を足につけたミシンは動き出した。靴を縫う針を放ち、倉庫の扉を叩き割ってーー外へと。
●リフシルヴァヌスの工房
「皆様、お集まりいただきありがとうございます。実は、とある靴工房の倉庫に置かれたままになっていたミシンがダモクレスになってしまうことが分かりました」
レイリ・フォルティカロ(天藍のヘリオライダー・en0114)はそう言って、ケルベロスたちを見た。
「ミシン、と言っても靴用のミシンでちょっと普通のミシンとは違うようです。先先代の靴職人さんが使っていたもので、随分前に使えなくなってしまって今は倉庫に置かれていたそうなんです」
それがダモクレスによって機械的なヒールを施され、動き出してしまった。ダモクレスとなったミシンは放っておけば、グラビティ・チェインを奪うために人々を襲ってしまうだろう。
「放っておくわけには行きません。現場に向かいミシン型ダモクレスを止めてください」
このミシン型ダモクレスは、歯車を足につけカラカラとよく移動する。機動力は高く、反面防御力はあまり高い方ではないようだとレイリは言った。
「攻撃は、主に針を使っての射出攻撃、近距離では体当たり、他に糸を使っての絡めとりなどがあります」
「さすがはミシンらしい……って感じはするけど、針が飛んで来るのは笑ってはいられなさそうだねぇ」
三芝・千鷲(ラディウス・en0113)の言葉に、レイリは頷いた。
「機械的にヒールをされ、ミシン型ダモクレスが巨大化しているので、針もこうどーんと大きい感じになっています」
鋭く尖った鉄の棒が来る感じで。
「電気を帯びています」
「……地味に全く別のものに見えて来たなぁ」
息をつく千鷲を置いて、レイリは戦場となる場所の説明を続けた。
現場は、工房の庭。
緑深きシルヴァヌスの森だ。
元々は広い庭だったらしいが、今は木々が植えられ倉庫のある空間が一番開けている。円形の空間には切り株などがあるため、足元には注意が必要だ。
「中は私有地のため、勝手に入って来る方はいらっしゃらないと思います。工房の主である職人様には私の方から話を」
無事に終わったら、職人の靴工房を見に行くのも良いかもしれない。
得意とするのは女性もののヒールらしいが、他にも何か新しいものを作れないか悩んでいるらしい。
「先代の職人さんは男性ものの革靴を得意とされていたそうで、これだと思う方にはお売りするようにと言われていたそうです」
それが余計に悩みのタネでもあるらしい。
「もしよければ、話を聞いて見てください。おしゃべり好きの方ですが、最近は篭りっきりだったそうなので」
ではでは、とレイリはケルベロスたちを見た。
「たくさんの靴を生み出したミシンが、誰かの命を奪うことなど無いように。撃破を、お願いいたします」
皆様に幸運を。
参加者 | |
---|---|
![]() アリッサ・イデア(夢亡き月茨・e00220) |
![]() シヴィル・カジャス(太陽の騎士・e00374) |
![]() 藤守・つかさ(闇視者・e00546) |
![]() 春日・いぶき(遊具箱・e00678) |
![]() 機理原・真理(フォートレスガール・e08508) |
![]() ニュニル・ベルクローネス(ミスティックテラー・e09758) |
![]() ウェイン・デッカード(鋼鉄殲機・e22756) |
![]() レティ・エレミータ(彩花・e37824) |
●荒ぶるミシン
高く背を伸ばした木々が、淡い影を落としていた。緑深き森と言われるのも不思議はない。春を感じさせる風を頬に受けながら、ほう、と少女は息をついた。
(「シルヴァヌス……精霊の加護を受けし森ということだね。どこか神聖な空気の中に、どんな工房があるのだろう」)
楽しみだね、マルコ?
ニュニル・ベルクローネス(ミスティックテラー・e09758)はピンククマのぬいぐるみにそっと笑みを見せる。ここにあるのは、澄んだ森の空気だ。
「……」
故郷の森に似た神聖な雰囲気を、仄かに感じながらニュニルは息を落とす。人払いは済み、雀は手伝いに来たケルベロス達が避難させてくれている。奥の工房にいる職人に話がいっているとはいえーー。
「静かすぎるね」
「虫の声ひとつなく、と言う所でしょうか」
辺りを見渡して春日・いぶき(遊具箱・e00678)は、さて、と息をつく。風の匂いにほんの少し古い機械の匂いがした。動き出したか。
「切り株はあちらが少し多め、ですね」
元々の森の関係だろう。機理原・真理(フォートレスガール・e08508)は一点を指さすと、軽く地形を確認する。カラカラ、と動き出す音を聞いたからだ。
「ーー来た、か」
ウェイン・デッカード(鋼鉄殲機・e22756)は息を零す。静かな声と共に、手にした武器がその視線の先へと向けられた。
カラカラ、と歯車の回る音が勢いよく響きーーそれは、姿を見せた。
「ビィイイ」
靴用のミシンであった時の姿は遠く、人間の大人程の大きさに変えられたミシンは足の代わりに歯車をつけ、機械の軋む音を鳥の鳴き声のように響かせた。
「貴方の使命は靴を縫うことで、人の命を奪うことではないわ」
靡く髪をそのままにアリッサ・イデア(夢亡き月茨・e00220)は告げる。バチ、と爆ぜた光。巨大化した針は、靴を作っていた頃のミシンとはまるで違うーー誰かを襲い、グラビティチェインを奪い取る為に尖っている。
「貴方の使命は靴を縫うことで、人の命を奪うことではないわ」
その針が血色に染まっては、貴方と共に歩んできた職人が悲しむでしょう。
穏やかに紡がれた言葉の最後、アリッサの手が武器を持つ。
「その前に、止めて差し上げましょうか」
「ビィイイイ!」
告げる一声が、戦いの幕を上げた。
●縫い合わせたのは
甲高い機械音と共に巨大な針がケルベロス達に向かって射出された。向かう先はーー前衛だ。ゴウ、と唸る射出音と同時に針が前衛を貫き白い光が爆ぜる。
「こいつはまた、派手だな」
その光に、電光を見たのは藤守・つかさ(闇視者・e00546)だ。息をひとつ、落とした彼の視線の先真正面から一撃を受けたアリッサが息を吐きーー地を、蹴った。
「ビィ!?」
驚きに似た声がミシンから上がる。動けぬ筈だと言わんばかりの警戒音に吐息ひとつ零してアリッサはその手に斧を持つ。
「リトヴァ、相手の動きをしっかりと留めてね」
告げた先、ビハインドのリトヴァが両の手を広げた。瞬間、バチ、と空間が歪む。派手に響いたポルターガイストが加速しようとしたミシンの歯車を捉えればアリッサの踏み込みは容易にーー届く。
「行くわ」
「ギィイイ!?」
振り下ろす斧の一撃が、巨大化したミシンに沈んだ。庇うように構えた針では足らず、衝撃に僅かに後ろに下がったダモクレスへとウェインは行く。
「その魂に、誇り高き結末を――――」
それは、獅子座を冠するダモクレスの技術。
た、と踏み込み、次の瞬間、光の粒子となったウェインにミシン型ダモクレスはカラ、と歯車を回す。回避は右に。だがそこもーー獅子の間合いだ。
「!?」
光が届く。その瞬間に、ミシンは自分に一撃が届いたと知る。
雨霰と降り注ぐ輝きに、鋼の零す火花が混じった。
「ギィイイ!?」
キュイン、と歯車が高速に回る。ドリフトでもするように、距離を取り直した姿を正面にシヴィル・カジャス(太陽の騎士・e00374)は剣を抜く。
「太陽の騎士シヴィル・カジャス、ここに見参!」
宣言と、加速は同時に行く。深く、間合いへと飛び込んだシヴィルの刃が緩やかに上げられた。
「ギィ!」
警戒の一声を上げるミシンの奥へと高い命中率と共に、シヴィルの刃は歯車の付け根を切り裂いた。キン、と鋼が飛ぶ。欠け落ちた破片に地を蹴れば、鼻先に香るのは木々の深い香りだ。葉が一枚散り落ちたのか。
「雀たちが平和に暮らす静かな森、か。自然が少なくなった現代において、このような場所がまだ存在しているというのはまるで現代のファンタジーだな」
人々ではなく雀たちを守るのは初めてだが、平和を守る盾である騎士として出来る限りのことはさせてもらおう。
「ギィイイ!」
「それが反論であるのならば」
悪いが、と零すつかさの手から溢れ落ちるのは聖なる光。黄金の果実は癒しと加護を後衛へと紡ぎ落とす。
「三芝、攻撃を受けた隊列がある場合は……」
「回復を、だね。仰せのままに」
応じた三芝・千鷲(ラディウス・en0113)が、刃を抜く。抜き払う一音を耳に、真理は力を解放する。
「守り続ける事が、私の戦いなのです……!」
それは、無数の小型治療無人機だった。淡い光と共に群れとなったドローン達を真理は自らのグラビティで操りきる。警護と共に回復の光が灯れば、改造ミシンの視線がこちらを向く。目は無くとも、向けられた敵意に少女は気がつく。
「プライド・ワン、ダモクレスも早いみたいですが、負けちゃダメなのですよ」
その敵意を、真正面から受け止め真理は相棒へと声をかける。回るタイヤは応えか。
「ギィイイ!」
軋む音は、鳥の鳴き声から遠ざかる。滲む殺意に、指先に挟んだ紙兵をレティ・エレミータ(彩花・e37824)は空へと放つ。癒しと共に耐性を前衛へと紡ぎながら、ほう、と一つ息をついた。
「これがミシンかぁ。なかなかワイルドな造形だね」
なにせ大きい。あの針など、宛ら槍のようだ。
カラン、と回る歯車と共に、切っ先がレティを選ぶのは回復手であるからか。
「回復を嫌うかい?」
口元を、笑みを浮かべたニュニルが一気に地を蹴り上げる。踏み込みは軽く、そこから一気に前へとーー飛ぶ。
「クロノワもディフェンダーで」
応じるように翼を広げたウイングキャットを視界に、深く、踏み込んだ間合いで手を伸ばす。叩き込むのはーー拳だ。
ゴウン、と重い音と共に網状の霊力を解き放つ。絡みとる一撃に歯車が、苛立ちを示すかのようにギュイン、と周りーーそのまま一気にニュニルへと体当たりを仕掛けた。
「っと」
ガウン、と重い、鋼の一撃に少女は鑪を踏む。ぱたぱたと流れ落ちる血は指先を濡らし、だが払うより先にきらきらと光る何かに触れた。
「生とは、煌めいてこそ」
それはいぶきの紡ぐ癒しの術。
血に触れて溶ける硝子の粉塵は、いぶきの指先から飛び立つように戦場を舞う。きらきらと光る粉塵は前衛へと届き、癒しと盾となる。
「ギィ」
「機械文明と豊かな自然が確り調和の取れている工房ではありませんか。いけませんね、ダモクレスは主張が激しすぎて調和を乱してしまいます」
威嚇のような声に、いぶきは静かに告げた。
「思い出の品を壊してしまうのは忍びないですが……お覚悟を」
●針の行き先
鋼と鋼がぶつかり合う音が、森に響く。鑪を踏むかのように傾いだミシンへとウェインが一気に踏み込む。一瞬の間さえ逃すつもりはないのだ。
加速する戦場に、剣戟と雷光が散っていた。氷はこちらの紡ぐものだろう。絡みつく糸は敵のものだ。タンと距離をとった改造をミシンにつかさが眉を寄せる。
「逃走用では無く、間合いか」
ならば、紡ぐ一手は逃走を防ぐものではない。攻撃としての一手。踏み込んだ足で体をそのまま前に飛ばす。
「これで」
つかさが叩き込むは、卓越した技量からなる一撃。衝撃を真正面から受け止めたミシンの表面がバキと凍る。冷気に、ふ、と息を零した男の耳に高い音が届く。
「針か。ーー来るぞ」
つかさが警戒を告げてすぐ、電撃を帯びた針が打ち出された。ゴウ、と風さえ唸る一撃が狙ったのは後衛だ。ーーだが。
「させないよ」
「誰も傷つけさせないです……!」
「ギィイ!?」
踏み込んだニュニルと真理、そしてサーヴァントによって防がれる。一撃、受け止めた二人が視線を上げれば驚いたように改造ミシンが跳ねていた。
「お洋服に穴が開かなったみたいだね。マルコ」
ほう、と息をついたニュニルが武器を構え直す。真正面、叩きつけられる敵意を真理も受け止め、次の一撃を用意する。軸線でそれをするのは踏み込むアリッサとウェインの姿が見えていたからだ。
(「優しい雰囲気の良い森だ。先代と当代、そして雀達の大切な場所、守ってみせよう」)
レティはひとつ息を吸う。戦場の流れは、こちらにある。針を打ち出す攻撃は派手だが列に対応しておいたお陰で大きなダメージにはなっていない。
「まずは、制約を振り払おうか」
レティの伸ばした指先から光り輝くオウガ粒子が飛び立ち、盾役の二人を含めた前衛への制約を払う。
「こっちの制約もはまって来ているね」
戦況を見据え、いぶきはそう言った。それに仲間に紡ぐ回復が減ってきている。ダメージ、というよりは制約を打ち払う意味が多かったがーーだがそれも、こちらの制約が届けば話は変わって来る。こまめな回復と制約の解除により、戦線は維持できた。ならば次はーー終わらせる為の一撃。
「ギィイ!」
暴れる改造ミシンの突撃が空を切る。歯車についた氷がバキ、と音を立てて広がる。
「此処が、勝負になるようですね」
ほう、と息を落としたいぶきが指先を前に出す。瞬間、空間が歪んだ。解き放たれた虚無球体が改造ミシンをーー撃ち抜く。
「ギィイイ!?」
「そのまま追えば、切り株にぶつかります。左であれば……」
「……了解。それ、ならば」
いぶきの言葉にこっちだ、とウェインは身を横に飛ばす。詰められる距離を嫌ってか、暴れるような音をあげ、ミシンが巨大な針を構える。高い音は電撃を込めるそれか。
「あまり騒がせて、この森に雀たちが寄りつかなくなってしまっては忍びない。手早く仕留めさせてもらおう!」
その光に、シヴィルは自らも光を以って答える。唇に乗せるのは古代語。宙に浮かぶは無数の光の矢。
「貴様の針と私の魔法の矢。どちらが上か、力比べといこうじゃないか」
「ギィイ!」
ガウン、と放たれる針と、光の矢がぶつかり合いーー矢が、鋼を砕いた。
「!」
そして、光の矢は届く。火花散らすことなく砕け散った針の破片を焼き消して。ガウン、と落ちた衝撃に改造ミシンが大きく揺らぐ。飛び乗れていた筈の切り株に体が引っかかる。
「終わりにしましょう」
と、と踏み込みも軽く。握るアリッサの拳が硬化する。接近に気がついたミシンが身を固めるようにパーツを動かすそこに、迷うことなくアリッサは拳を叩き込んだ。
ヒュン、と一撃は素早く。打撃の瞬間に、固められたミシンの防御が砕け散る。
「キミにも思いではあるのだろうけれど、僕はキミを破壊する」
告げる一声はウェインのものだ。
構える槍の切っ先から、打ち出されたのは虚無の球体。
「――懺悔の時間だ」
「ギ……」
一撃は深く、鋼を貫く。放つ筈だった糸が地面に落ちーーミシン型ダモクレスは、崩れ落ちた。
●まんまる雀と工房
見学を、といえば職人は嬉しそうに頷いた。勿論ですよ、と言う彼の用意したクッキーをひょい、とまんまる雀が持っていくのまでが基本なのか。職人の工房の色々な所に雀たちは収まっているようだった。
「女性もののヒールが得意な店らしいが、ヒールが似合うのは私よりもロベリアだな。好きなものを選ぶと良い。それを買って贈るとしよう」
プレゼントだと告げるシヴィルに、ロベリアは背を押されるまま見渡した工房に気に入った靴はあったのだが。
「……」
ショートブーツにはすっぽりはまったまんまる雀たち。
「お気持ちだけ頂いておきましょう」
目を細めて見守ると、ロベリアはチラリ、とシヴィルへと視線をやった。
「そう言う団長は気に入った靴はないのですか?」
「私には、このような綺麗な靴は似合わないからな」
お洒落などしたことがないのでな。とシヴィルは軽く肩を竦める。
「私には、このような綺麗な靴は似合わないからな」
「ふふっ…いつぞやの青いドレスは可愛らしかったですよ」
「……あの時のドレスか」
揶揄うような彼女の声に、恥ずかしいな、と少しばかりシヴィルは口元に手をやった。楽しげな声を耳に、ニュニルは好みの高さの革ヒールを見つけた。手に取ればつま先に寄りかかっていたまんまる雀がピヨ、と顔を上げた。
「……おや、まん丸な雀達も」
くすくすと笑いながら、ニュニルは視線を上げる。
「千鷲は靴、好きなのかい。それとも此処に特別な何かが?」
「ん。靴は好きだよ。今日は、どっちかといえば買い物、かなぁ。おにーさん風を吹かせたい身の上としてね」
ふふ、と小さく笑って千鷲はニュニルを見た。
「キミは靴は好き?」
リトヴァと共に工房を見て回れば、藍色の花が飾られたヒールが少し高い所が目についた。作りかけなのだと苦笑した職人は成る程確かに悩んでいるらしい。あの形で止まったヒールは他にもあった。
「職人さんは、将来どんな職人を目指しているのかしら?」
「先代みたいな職人すね。動きやすさと優美さを兼ね備えた。……ただ」
俺はどうにも極端で。とアリッサの言葉に職人は苦笑した。インスピレーションと現実が今ひとつ重ならない。
「一番作りたいものは、それなのかしら?」
「一番、一番か……」
アリッサの言葉に初めて気がついたと、職人が顔を上げる。考え込む職人に一つ、レティは声をかけた。
「得意を極めるのも良いと思うけど、新しいものを探すなら……新しい物や場所、人に触れてみるとか?」
「新しいもの、っすか?」
首を傾げた職人に、ふ、とレティは笑った。
「ね、例えば私や仲間達に似合う靴はあるかなぁ?」
「似合う……」
小さく目を瞠った職人が、デザイン画を引っ張り出すのはそれから少ししてのこと。
「ミュゲに、ここの靴はちょっと無理そうかな?」
二人して見惚れた靴にふ、と息をつき、つかさはミュゲを抱き上げながらレイヴンへと笑いかけた。
「確かに、ミュゲの靴にするには難しいか。ヒールのデザインも、先程とはまた違った良さがあっていいなと思ったけれど。……って、ミュゲ? 何か気になるものでもあったのか?」
レイヴンの言葉に、ミュゲはじーっと一点を見つめていた。そこにいたのは、ヒールからひょっこり顔を出すまんまる雀だ。
「ミュゲ、雀さん……とても可愛いな? もふもふ、もこもこがあんなに沢山……癒されるのも頷ける」
驚かせない為だろう。静かにしているミュゲにふ、とレイヴンは笑った。
「確かにふくふくふわふわだからなぁ……」
「……20センチくらいのヒールって出来たりしますかね……?」
シーネが小声で伝えれば、職人は少し考えるような顔をした。
「厚底っぽくなるっすね。それでもよければって感じですが……」
とりあえず履いて見ますか? と言う職人にシーネはこくりと頷いた。
なにせ、背を伸ばせるヒールを求めるには理由があるのだ。
(「ふ、ふふふ。私も夢の170センチ台に……! キスしやすい身長差が16センチって聞いたから……ええっと……」)
そろり、と足を通す。椅子から立ち上がって見れば視界が変わる。変わった所までは良かったのだがーー。
「わ、と、っと、あっ!?」
「大丈夫?」
バランスの悪さが、転びそうになったシーネの手を取って、ウェインはそのまま抱き抱えた。
「!?」
「……こうやって抱えればいいし、気にしなくていいと思うけれど」
頬を染めた少女は腕の中。ぴよっとまんまる雀が空気を読むように飛び立った。
「真理に合う靴を」
「マリー?」
ずいずいと手を引っ張ってマルレーネは真理を座らせる。足、と小さな声に急かされるままに足を上げれば「仲がいいっすね」と職人は笑った。
「そういう方々に靴を頼まれるのって、楽しいんですよ」
笑みを零した職人に、頷いたのはどちらだったか。動きやすさを優先した靴を、と頼んでマルレーネは小さく、口元を緩めた。
「誕生日に間に合うといいね、真理♪」
「ありがとう、マリー」
それと、と真理は職人に目配せをした。静かに笑った職人から箱を受け取ると、首を傾げる恋人に差し出した。
「……これ、マリーに似合うと思うのです」
それは白地に紫の蝶模様のヒール。真理からマルレーネへのプレゼントだった。
雀達も目を覚まして、工房は賑やかになっていた。ぴよぴよという鳴き声と、靴を作る音。靴作りを見るのはいぶきも初めてだった。ヒールの折に懐いたまんまる雀がぽふり、と肩に座ってーーまた次の靴を見つけて収まっていく。色も形も様々なものを眺めるのは楽しい。
「ヒールの靴はとても繊細なイメージがあります。華やかで軽やかで、素敵な音色の足音が好きですよ」
笑みを零していぶきは工房の棚を眺めた。
「女性に靴を贈る機会があったら、オーダーさせてもらえたりするのかな」
「それは勿論!」
ぴよ、とまんまる雀が相槌を打つ。
「あぁ、ほんと皆さんとこうして話せて良かった」
雀を軽く撫でて職人は笑った。道が、見えて来そうだと言う彼は晴れやかな笑みを浮かべていた。
作者:秋月諒 |
重傷:なし 死亡:なし 暴走:なし |
|
種類:
![]() 公開:2018年3月6日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
|
||
得票:格好よかった 1/感動した 0/素敵だった 2/キャラが大事にされていた 0
|
||
![]() あなたが購入した「複数ピンナップ(複数バトルピンナップ)」を、このシナリオの挿絵にして貰うよう、担当マスターに申請できます。
|
||
![]() シナリオの通常参加者は、掲載されている「自分の顔アイコン」を変更できます。
|