思いのまま

作者:藍鳶カナン

●咲き初め
 花に霞む。白に薄桃に紅に数多咲き溢れる梅の花は、梅園の光景のみならず冷たく冴える早春の大気をも、清らであえかに甘い花の香気でほんのりと染めていた。
 花が咲き溢れる光景に、あるいは冷たく澄んだ空気とともに胸を満たす香りに誘われて、梅の苑を多くのひとびとが訪れる。『ひと』ではない者までも。
 ただ、『ひと』ではない者は、花よりもひとびとの気配に惹かれてやってきた。
「ねえ酷いと思わない? 折角思いのままに咲いていたのに、むりやり蕾にするなんて」
 何の前触れもなく降り立ってそう語り出したのは、薄桃色の髪と紅の瞳を持つ少女。
 但し、どこか古びた感のある白い軽鎧を纏った少女は、ひとびとが見上げるほどの背丈を持ち、己の言葉への応えに対する期待を持っていなかった。
「永久に蕾のままでいろって言われたの。けど遂に蕾のあたしは綻ぶことができた。だから何も我慢なんかしない、今度こそ好きなように、あたしの思いのままに咲くんだから」
 いっぱいいっぱい殺すの。
 たくさんたくさん殺すの。
 思いのままに力を揮って思いのままに弱いものを蹂躙して。
「そんな時がいちばん生きてるって感じるの。そんな快感をいっぱいいっぱい蓄えたなら、あたしはきっと満開に咲き誇れるから。だから、思いのままにさせてもらうわ」
 少女は己の言葉のとおりにした。
 思いのままに力を揮って思いのままにひとびとを蹂躙して。
 花に霞む梅の苑を血で霞ませていく。思いのままだった。何もかも。
 少女の思いのままであり、そして――白の八重咲き、桃の八重咲き、白と桃の入り混じる八重咲き、一本の木がこれらの花々を思いのまま咲かせる、少女が降り立った場所にあった梅の名もまた『思いのまま』であった。

●思いのまま
 ――永久に蕾のままでいろ。
 天堂・遥夏(ブルーヘリオライダー・en0232)から語られた予知のなかでの言葉を聴き、ケルベロスの多くがピンと来た。
 誰もが見上げるほどの背丈を持つその少女、即ちエインヘリアルは、過去にアスガルドで重罪を犯し、永久コギトエルゴスム化の刑を受けていたのだ。
 少女が刑から解き放たれて地球に送り込まれたのは、凶悪犯罪者たる彼女が思いのままに地球のひとびとを蹂躙することで齎される恐怖や憎悪で、地球にいる他のエインヘリアルの定命化を遅らせることを期待したものと思われる。
「彼女の思いのままにも、エインヘリアル勢力の思いのままにもさせられないよね。だからあなた達には彼女の撃破をお願いしたいんだ」
 少女の望みは思いのままに力を揮って弱きものを蹂躙すること。ゆえに事前の避難勧告は彼女が別のところ、つまり予知にない場所を襲うことに繋がると遥夏は語った。従って、
「敵の出現直後にあなた達がヘリオンから降下して即座に戦いを仕掛け、同時にひとびとの避難誘導を開始って手筈になる。警察にはもう協力要請済みだけど――」
「合点承知、わたしも避難誘導のお手伝いしますなの、みんなは敵をがっつりお願いしますなの~!」
 遥夏の言葉に手と尻尾で挙手し、仲間を見回したのは真白・桃花(めざめ・en0142)。
「うん、それで大丈夫だと思う。あなた達ケルベロスが攻撃を仕掛ければ敵も応戦せざるを得ないし、彼女の武器はフェアリーブーツで揮うのもその力。複数を攻撃する技はないから敵が応戦してくれば一般人に矛先が向かうこともない」
 個体の能力では少女エインヘリアルが上。
 ゆえに彼女はケルベロスを『手応えのある、蹂躙しがいのある弱きもの』と見做すはず。
 だが一対一では到底敵わずとも、皆が一丸となって全力で立ち向かうなら勝機はある。
「相手の性格からして、ポジションはクラッシャーだろうね。攻撃の威力はかなりのものと見て間違いないはずだから、対策は忘れないで」
 手加減してくれるような相手ではない。ゆえに此方も全力で。
 敵はアスガルドで重罪を犯した凶悪犯罪者。
 けれど自分達は彼女を裁きに行くわけではない。断罪しに行くわけではない。
 そう思うの、と桃花が仲間達に笑んだ。
「わたし達は、わたし達が思いのままに咲くために、彼女を倒しに行くの」
 少女エインヘリアルがその思いのままに咲くなら、それは数多のひとびとが思いのままに咲けなくなるということ。だから彼女を咲き誇らせはしない。同じ星の上でともに咲けない花だから。
 思いのままに咲きにいこう。
 そうしてまた一歩進むのだ。
 この世界を、デウスエクスの脅威より解き放たれた――真に自由な楽園にするために。


参加者
藤守・景臣(ウィスタリア・e00069)
アマルティア・ゾーリンゲン(フラットライン・e00119)
連城・最中(隠逸花・e01567)
ニケ・セン(六花ノ空・e02547)
鮫洲・蓮華(ぽかちゃん先生の助手・e09420)
シド・ノート(墓掘・e11166)
シレネッタ・ロア(海の噛痕・e38993)

■リプレイ

●白梅
 空渡る風は冷たくとも、地には春が満ちていた。
 花に霞む梅の苑。ウィンタージャスミンも黄の梅と呼びならわす国だけど、眼下に広がる花は間違いなく、学名プラムス・ムメ、この瑞穂の国で百花のさきがけと謳われる梅の花。
 見惚れるのは後回しと一気に風を突き抜け降り立つ先は、薄桃色の髪と紅の瞳を持ち白き軽鎧を纏う、咲き初めの春花を体現したような少女のもと。
「それじゃ――rozruch misji!」
 胸に満たした清らな梅花の香気をミッションスタートと高らかに告げる声に変えた瞬間、ローザマリア・クライツァール(双裁劒姫・e02948)はたった今己が後にして来た天空から数多の刃を降らしめた。範囲攻撃ゆえ威力は浅く、敵の矛を鈍らせられるか否かも運任せ、だが視覚的なインパクトで少女に一瞬息を呑ませるのには十分。
 だけれども、
『何コレうざったい。あたしはやっと改めて咲き初めたところなのに、邪魔しないで!』
 仲間に心を繋がぬローザマリアは機を繋ぐことも叶わず、見上げる程の背丈を持つ少女、即ちエインヘリアルは間髪容れず振り抜いた脚の靴先から眩い幸運の星を撃ち込んだ。が、
「上出来だ、パフ! 手折るには惜しい花だが――今、咲いた姿で終わらせてやる」
 ローザマリアの首を貫かんとした星を間一髪で白きボクスドラゴンが受けとめる。
 相棒の勇姿に破顔したアマルティア・ゾーリンゲン(フラットライン・e00119)が即座に不敵な笑みに塗り替え、真っ向から跳び込んだ敵の懐へ己がグラビティ・チェインから成す純然たる破壊力を叩きつけたなら、互いに眼鏡の消えた眼差しを交わした刹那に連城・最中(隠逸花・e01567)と藤守・景臣(ウィスタリア・e00069)が左右に展開、
「貴女の獲物は此方です。多少反抗的ですけどね」
「なれど咲けば散るのが世の道理。――ですから貴女も、御覚悟は宜しいですね?」
 雲居に科戸の風吹くがごとく跳んだ最中が流星の一撃を少女の肩へ見舞うと同時、下がり藤の透かし鍔からすらり立つ刀身に雷を凝らせた景臣が逆の脇腹を穿った。
『いいわ。そこまで言うならあなた達から蹂躙してあげる』
 痛みすら快感とばかりに彼女が笑む。
 可憐な少女を首が痛くなるほど見上げるという珍しい体験を味わいながらも、彼女が次の獲物を見定めるより速く、
「地べたに這い蹲らせて俺達を見下せないようにしてあげるよ。この頼もしい皆さんが!」
「ええ、とっても活きのいいケルベロス揃い。だから余所見は禁物よ!」
 皆で彼女を包囲すべく位置取ったシド・ノート(墓掘・e11166)が指先で描いた大丈夫の文字が世界に融けて前衛に不可視の護りを幾重にも築き、彼が抜かりなく付け足した言葉に笑んだシレネッタ・ロア(海の噛痕・e38993)が流体金属の粒子を解き放てば、
「ぽかちゃん先生、思いっきりお願い!!」
 白き箱竜へと光の盾を顕現させた鮫洲・蓮華(ぽかちゃん先生の助手・e09420)の許から跳んだウイングキャットが黒きもふもふ尻尾のリングを放つ。
「真白さん、梅園のお客さん達をお願いするね」
「合点承知! 勿論そのつもりでしたとも~!」
 皆へ心繋がぬゆえに出遅れたニケ・セン(六花ノ空・e02547)は、真白・桃花(めざめ・en0142)が駆けていく様を気配のみで確かめながら、バスターライフルで少女を捉え確たる狙いで眩い光弾を撃ち込んだ。
 爆ぜる光に彩られる少女、まさに瑞々しく綻んだばかりの花のごとき彼女が思いのままに咲き誇るなら、それはそれは綺麗だろう。なればこそ、
「梅の花のもとで踊ろうよ。それが貴女への餞だから」
『粋な御誘いね、シャドウエルフ。でもそんな後ろにいちゃ一緒に踊れやしないわ』
 妖精を見下すその物言いは成程いにしえのエインヘリアルのもの。悪戯に笑んで告げると同時、少女は彼の視界から消えた。
 否、瞬時に天空高く跳躍して描く虹、彼女がその蹴撃で狙ったのは後衛ゆえに近接攻撃の届かぬニケでなく、一目で彼と縁深い者と見抜いたらしい、中衛から蒔絵細工めいた偽物の財宝をばらまく桐箱風ミミック。
 天から咲いた虹は魔法耐性を持たぬミミックを踏み砕かんばかりの威力。だが、
「すぐ癒すから耐えて! ぽかちゃん先生!」
 咄嗟に跳び込んだ翼猫が盾として凌ぎきり、即座に爪で反撃する白衣の黒猫を蓮華が放つ甘やかな桃色の霧が包み込む。敵攻撃はすべて魔法力を帯びたもの、翼猫とミミック以外は皆魔法耐性を備えているが、それでも、翼猫と力を分け合う蓮華と加護を行き渡らせるため列ヒールで戦術を組むシレネッタではメディック二人でも回復量が心許無い。けれど、
『楽しい! 手応えあるのが素敵ね、思いのままに蹂躙させてもらうわ、あなた達!』
 瞳を輝かせた彼女は勿論容赦なく己が力を揮う。
 防具も肉も骨も何もかも貫く幸運の星、天から絶大な威で降り落ちる虹の蹴撃。華やかな七色の輝きが景臣の頭蓋めがけて落ちる軌跡をアマルティアが己が身で遮って、
「私は自前のヒールもあるから、皆の護りを固めるのを優先で頼む!」
「うん、蓮華も手術でいくから、ロアさんは後衛の護りを!」
「わかったわ、みんな万全にしておかなければね!」
 鮮血と胸奥に燃える地獄の火の粉を爆ぜさせ声を張る彼女の傷を蓮華が迷わず魔術切開、共鳴の気配を感じつつシレネッタは、既に後衛を護るシドの障壁に重ねてヒールドローンを展開する。
 ――聞けよ、聞け。神々よ聞け、この呪いを!
 凛々しくも雄々しく辺りの梅花を震わすアマルティアの詠唱、途端に彼女の胸から溢れる地獄の業火が赤い髪を踊らせ真紅のドレスで装う娘を更なる紅蓮で彩り癒す。輝く火の粉を舞い散らせた彼女が怯まず敵に立ち向かう様に、最中が僅かに瞳を瞠った。
 誇らしげに咲き誇る。
 蕾から瑞々しく綻んだ敵の少女ばかりでなく、ともに戦う仲間達も。
 怖れゆえに凪ぎ、心にあることすら気づかぬふりをしていた想いという泉の水面が微かに揺らぐ。在り処を忘れてしまったはずの蕾が疼く気配さえ感じた気がして。
 ――その戸惑いさえも唯一点に凝らす意志の魔力に変えて、最中は花たる少女を盛大なる爆発で彩った。白と桃に咲き溢れる梅花の中、鮮紅の血が咲き誇る。

●紅梅
 冷たく澄んだ大気を早春の息吹で緩ますような梅花の香気。
 血の匂いを孕ませてなお清らな香気のなか、めまぐるしく展開していく戦場を泳ぐように駆け、シレネッタは銀の吹雪めく流体金属の粒子を踊らせた。咲いて散る花の、その刹那の美しさに焦がれはするけれど――。
「危ないロアさん! ぽかちゃん先生……!!」
 彼女めがけて香気を裂いた星が、盾となった翼猫に盛大な血の花を咲かせて消滅させる。
『ああ、これよこれ! こうしてあたしはもっと大きく咲くんだから!』
「させない!!」
 思いのまま何者にも縛られず咲く花は確かに綺麗で、だけど、それが誰かを傷つけた上で咲く花ならば、一緒には、咲けない。
 あとひとり盾が欠ければ己が前に出て盾となる覚悟を決めつつ、誰にも回復の必要がないこの機に蓮華も銃を手に取った。バスターライフルから迸るのは凍結光線、直撃したそれが少女の脇腹を吹き飛ばして氷を奔らせる様に、彼女の挙動を観察し続けていた景臣と最中が頷き合う。
「破壊で確定、ですね」
「ええ、破壊攻撃が弱点のようですが……」
「何、破壊を使える者は使って、君らの力は私が底上げすればいい。それだけのことだ」
 惜しむらくは攻撃の要たる彼らが破壊攻撃を持たぬところ。だが白き箱竜を突撃させつつアマルティアが口の端を擡げて、オイルライター型のスイッチを握りこめば、七色の爆風が二人の背を押してくれる。
 包囲に然して意味がないことは皆すぐに気づいていた。
 大きさは唯それだけで優位性となりうるものだ。誰もが見上げる程の背丈を持ち、足技を得手とする少女が『天空高く飛び上がる』虹の蹴撃を見れば、その気になればケルベロスの包囲も跳び越せることは火を見るより明らか。
 だがそこに、
「もう大丈夫なの、ばっちりみんな避難したの~!」
 警察と共に避難誘導に当たっていた桃花が駆け戻ってきたなら、後はもう何も憂いなく、ただ確実にこの少女エインヘリアルを倒すだけ。
 けれど咲き綻ぶ花を名も知らぬまま散らすのも不粋に思え、
「お嬢さん、お名前なんていうの? 俺はシドっていうんだ」
 何処か愛嬌のある笑みで見上げた男の瞳に、みるみる花開く笑みが映る。
 蹂躙する相手に名を訊かれたのも、教えてもらったのも初めて。
『あたしはアストリッド。ねえシド、お願いアストリッド様、って命乞いをしてくれる?』
 少女――アストリッドは幸せそうに頬を紅潮させ、
『そうしたらあたしきっと、あなたの命も身体も、心から念入りに踏み躙ってあげられる』
 あなたを愛撫してあげる。
 まるでそう囁くような笑みと声音で、思いのままを明かした。
 楽しげに弾む跳躍、彼めがけて落ちる虹。
 胸か腹を踏み抜くはずだった美しくも残酷な虹を防具の援けで逸らすが、それでも左腕の骨を持っていかれた。けれども攻撃直後の隙を逃す手はないとばかりにシドが右の腕で揮う釘満載のエクスカリバール、それが白き軽鎧の合間から覗く彼女の腿を派手に血で染める。
 思いのままに咲くのも命懸け。だってお互いこんなに痛い。
「わあ、御指名されて光栄だ~……って言っていいのこれ?」
「蓮華的にはいいかも! けどロアさん、中衛陣の護りももっと固めてこ!」
「うふふ、レネもいいと思うわ。でも、ええ。護りは厚く重ねていくわね!」
 少女とシドの間を割るよう蓮華が咲かせた指輪の光が盾を成し、シレネッタの許から飛び立ったヒールドローンが彼ら中衛陣を護りにかかれば、軽く間合いを取った少女がいっそう瞳を輝かせた。
『ああ嬉しい。あなた達みんな、もっと踏み躙って、もっと踏み潰していいのよね!』
「永久に蕾のままでいろ――いやはや、同族の方々がそう言いたくなるのも頷けます」
 勇者の矜持を持つエインヘリアル達ならさぞかし彼女を持て余したことだろう。
 奔放娘に手を焼いたろう彼らに思いを馳せつつ、手遅れにならぬうちに彼女という花木を剪定すべく、景臣は淡桃に色づく梅花の彩よりも幽けき紅蓮の炎を踊らせる。ひそやかに、なれど鮮やかに、炎が少女の神経を灼き切るが、次の瞬間ローザマリアが撃ち込んだ石化の魔法光線を少女は迷わず蹴り飛ばしてみせた。
 誰しも得手不得手があるのは当然のこと。しかし己の能力に極端すぎる補正を施しているローザマリアは得意技こそ突出した命中率を誇るが他種の技ではその五分の一まで落ちる。精鋭クラスの練度を持つスナイパーでありながら、得意技以外は前中衛の仲間より命中率が劣る状態に『自ら調整している』のだ。
 思えば一年前にも、同じポジションからの同じ魔法を敵に弾き飛ばされた。
「……確かこの国じゃ、同じ轍を踏むって言うのよね、こういうの」
 自分自身の轍を踏んだことに臍を噛みつつ、彼女は両手の双刀を強く握り込む。
 思いのままに事が運べない。
 眼前の戦いにはなかなか終わりが見えず、心躍る楽しいことばかり重ねていきたい日々も晴れやかなときばかりではなくて。知らずニケが洩らしたのは自嘲めく苦笑。
「思うままにいきられたらいいのに。難しいよね、ほんと」
「だねー。四十路初心者の俺が断言するけど、なかなか思うままにいかないのが人生だよ」
 彼女に――アストリッドさんにもそれを教えてあげようか、と若人に笑ってシドが後衛へ贈る銀の吹雪。幾重にも超感覚を冴え渡らせてくれる彼に強化を任せ、おっちゃんの左腕の仇とってくる、と言いたげに蓋をぱかぱかしたミミックが敵へ躍りかかる様に微かに笑み、一気に距離を殺したニケはその手のエクスカリバールで彼女の軽鎧を突き破る。
 着実に確実に、ケルベロス達は少女に痛手を重ね、その力を削いでいた。
 だのに彼女から苦しげな様子が窺えないのは、余裕があるのではなくて。
「随分と楽しんでらっしゃるようですね。ええ、存分にどうぞ」
 ――貴女を斃すまで、幾らでも抵抗致しましょう。
 藤色燈す双眸を細め、景臣は銀月の閃き咲かす直刃に空の霊力を凝らせた。
 梅花愛でるひとびとを護るための初手には妻が見立てた刃を、強敵に抗うための一手には己と似た熱抱く友から贈られた刃を迷わず揮う。
『ええ、あなた達手応えたっぷりで、とっても楽しいの!』
 斬り広げられる傷の熱にアストリッドは変わらず笑みを咲かせ、舞の足取りで跳び退る。同時に降るのは光の花。思いのままに、この日彼女が初めて咲かせた癒しの花。

●絞り
 願いが叶い、報われる。
 恐らくはすべてにそう在れるのが理想郷なのだろう。
 だが世界はいまだ理想には届かない。眼の前にはどうしたって咲かせられない花がある。
 思いのまま咲き誇らんとする花の少女が戦術に組み込んだ癒しの花、その花や幸運の星を揮った次には必ず、見切られぬための虹が来る。つまり、戦いが終焉に近づくほど、彼女の攻め手は虹に寄る。
 天空から降り落ちる虹を刀で完全に受け流したのは防具耐性を活かした最中、体勢を崩す彼女にすかさず触れ、相手の裡で螺旋の力を爆ぜさせれば、
『すごいわ、素敵な手応え!!』
「お褒めにあずかり光栄です。貴女の思いのままにさせてばかりとはいかないので」
 鮮血を溢れさせた唇が彼を賛嘆。好機を活かしてシレネッタも打って出る。
 秘密の水槽から捨てられて、大いなる海に沈んで抱かれて、機械の少女は恋をした。
 同じ想いを返されることは望めない永遠の片恋。だから想いは花開かずに、ただまあるく膨らむばかり。でも、だからこそ。
 ――特別に大きな蕾なの、わたし。
「きっと、咲き誇るあなたとぶつかりあったとしても、落ちることはないわ」
 機械の少女が再生するのは鯨の恋の唄、命中率は心許無くとも寄せる波のごとき唄の力は相手を逃さず追いかけ嵐のごとき恋心へ呑み込んでいく。
 己は蕾のまま終わるのだと言いたげなシレネッタの様子を胸に留め、アマルティアが揮う達人の一撃が凍てる軌跡を描けば、ニケと蓮華が撃ち込む凍結光線が更なる氷花を添える。雷の杖でアストリッドを指したシドの雷撃が氷片と三重の麻痺を彼女に刻み込めば、春風に揺れるともしびのごとき景臣の炎が更に少女の神経を灼き切って。
 幾重もの、恍惚めいた痺れに支配され、彼女の足がとまる。
『あたし……咲け、ないの?』
「蕾のままが不満なら、咲かせてあげる。――そのうえで、華と散りなさい」
 幾重もの剣閃のみが光の花吹雪めいて見える超高速斬撃、因果応報の双刀でそれを揮い。
 Dobranoc.古の咎人さん。ローザマリアが呟いた言葉が聴こえた、そのとき。
 ――断罪しに行くわけではない。
 最中の脳裏に竜の娘の言葉が蘇った。
 この星を、皆を護りたいという思いのため、そう願う仲間達のため、どれほど傷ついても傷つけられても咲かせたい花。
 確かにそれは、俺の願いだ。
「思うまま咲き誇ると良い。貴女の生も散り際も、俺達が見届けよう」
 ――咲き誇れ、紫電の花よ。
 丁寧な物言いは不意に消え、詠唱と同時に突き立てた刃に手を添えればその刹那、烈しい雷光が迸り、紫電の菊花が鮮やかに咲き誇って煌きの花弁を散らす。見事な花に瞳を細め、光の花咲く少女のもとへアマルティアが跳び込んだ。
 愛刀は今この手になく、代わりに拳を覆う気侭な流体金属に己がグラビティ・チェインを破壊力として重ね、私の花はもう散っているわけだが、と紡いで最後の一撃を撃ち込んで。
 少女の腹を貫いたまま、彼女に、そして叶うならシレネッタに届くよう、笑みで告げた。
「女は咲いているものだよ。産まれたときから、な」
『――!! そう、そうだったのね……』
 鮮やかでなく、柔らかに。
 それこそ八重の梅が咲くような笑顔で、アストリッドは世界に還った。

 咲という漢字は、笑うという意も持っている。
 ――どうか安心して、咲って。
 怖い思いをさせたろう梅花達に語りかけるよう口遊んだのは、いつのまにか歌えるようになっていた異国の歌。妻が花木に、家族に歌ってくれた子守唄。
 不意に四十路初心者というシドの言葉を思い出し、四十路リーチの景臣は苦笑を洩らす。大切な妻を喪い、護れなかった罪悪感と募る愛おしさを抱えたまま、いつしかここまで歳を重ねていた。
 同じ木に咲くのに、白に桃に、時にはふたいろ混じらせて咲く八重の梅。
 自分の思うように、誰からも縛られずに咲く花もあるように。
「ひとの思いと願い、それを叶えようと咲く花もあるのかもしれないね……」
 白梅の香りのごとく、何処かひんやりと、それでいて惹かれずにはおれない面影が蓮華の胸に燈る。忘れえぬ白き人魚。白く優しく透ける石を握りしめ、
 ――それでも、咲く花の代償に誰かが傷つくのなら、私は。
 思いつめたよう唇を引き結ぶ彼女をそっと桃花がぽふぽふ撫でる様を見遣り、天真爛漫な蓮華にも長く抱えたままの翳りがあるのだと察しつつ、シドは掌に飴を転がした。
 清らな花の香気ごと、煙草代わりの飴玉を口に含む。
 香るのは、思いのまま。白に桃に、そしてどちらも抱えて咲く梅の花。
 一見自由奔放に咲き誇るこの花も。
 ――たくさん矛盾を抱えて生きる、ひとのようだ。

作者:藍鳶カナン 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2018年3月3日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 0/感動した 0/素敵だった 6/キャラが大事にされていた 2
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