人形茶会と招かれざる客

作者:天枷由良

●襲撃
 その日、東京都内にある複合施設では、人形(ドール)のイベントが開かれていた。
 これでもかと並べられた長机の上に、種々様々なドールとその関連品が飾られている。フリルたっぷりのドレスや、着物にメイド服、クラシカルな少年服。或いはドールのサイズに合わせた椅子やベッドなどの家具類、さらにはアクセサリー類などなど。
 その殆どは愛好家による自作の品々だ。当然、それらを求めて来る側も愛好家であり、イベント会場ではあちらこちらでドール――もとい『うちの子』の話に花が咲いていた。
 だが、そんな幸せな空間に、突如として崩壊が訪れる。
 人々が笑顔から驚愕に表情を変えて、見やった先には穴の空いた壁。そして穴を塞ぐように立つ、筋骨隆々で獣のような臭いを漂わせる巨漢。
「――ヒヒッ!」
 体躯の割に高くて気色悪い声を上げた後、巨漢は手にした金棒で長机やドールごと人間を粉々に叩き潰す。
 事態を理解した人々が恐怖を露わにして逃げ出すが、もう遅い。
 華やかな世界は瞬く間に、おぞましい血溜まりと化してしまうのだった。

●ヘリポートにて
「なんて酷いことを……」
 アンセルム・ビドー(蔦に鎖す・e34762)が苦悶の声を洩らし、人形を抱きしめる。
 まるで悪夢でも見たかのようだ。いや、事実として今しがた語られた予知の内容は、彼のような者にとってどんな事件よりも惨たらしい悪夢なのかもしれない。
「幸いなことに、アンセルムさんのおかげで犠牲が出る前に行動を予知できたわ。相手はかねてから出現報告が相次いでいる重罪のエインヘリアル。知性が低く極めて残忍で、破壊と殺戮にしか興味のない輩よ。十分に気をつけて、しかし迅速に撃破してしまいましょう」
 ミィル・ケントニス(採録羊のヘリオライダー・en0134)は言いながら、手帳をめくる。
「場所は東京都内にある複合施設の展示場。時間はお昼ちょうど。予定されていたドールイベントは、開場を繰り下げる形で対応してもらうことになったわ」
「ほう。中止ではないのじゃな」
 静かに説明を聞いていたファルマコ・ファーマシー(ドワーフの心霊治療士・en0272)が、神妙な面持ちで尋ねる。
「最初はそのつもりで主催者と連絡を取ったのだけれど……午後からでも開けるのなら開きたいって、まぁ凄い熱意だったのよ。もちろん、エインヘリアルを撃破した上で開催に問題がないようなら、との条件付きではあるけれど」
「つまりボクたちが頑張れば、ドールイベントは台無しにされずに済むんだね!?」
「え、ええ……」
 気炎を吐くアンセルムに、やや気圧されながらミィルは頷いた。
「エインヘリアルが侵入してくる区画以外は施設側で封鎖する手はずを整えてもらったから、皆は現場でエインヘリアルを待ち構えて撃破するだけでいいわ。敵は金棒や体術を駆使して強烈な攻撃を繰り出すようだから、回復を怠らないようにね」
「うむ。では催しを楽しみにしとった人々のためにも、皆の者、頑張ろうではないか」
 わしも微力ではあるが加勢するゆえ。
 ファルマコはそう言って、古木の杖を掲げた。


参加者
メリルディ・ファーレン(陽だまりのふわふわ綿菓子・e00015)
リリア・カサブランカ(グロリオサの花嫁・e00241)
アイリス・フィリス(音響兵器・e02148)
エルモア・イェルネフェルト(金赤の狙撃手・e03004)
ロジオン・ジュラフスキー(筆持つ獅子・e03898)
アバン・バナーブ(過去から繋ぐ絆・e04036)
クオン・ライアート(緋の巨獣・e24469)
アメリー・ノイアルベール(本家からの使い・e45765)

■リプレイ


 沢山のドールで華やかに、大勢の愛好家で賑やかになるはずだった展示場。
 そこには今、打ち放しコンクリートの味気ない景色と、敵を待ち受けるケルベロスの姿しか無い。
「会場を封鎖していただけたのは有り難いですね」
 ロジオン・ジュラフスキー(筆持つ獅子・e03898)が片手の魔術書を開きつつ言った。
「本当ね。主催者の判断にも頭が下がるわ」
 リリア・カサブランカ(グロリオサの花嫁・e00241)が場内を見回して答える。
 展示場はとかく広い。此処に入るだけの人々を避難させながら戦うのは困難だったろう。
 その手間が省けたのは偏に理解ある一般市民のおかげだ。
「わたしたちもきちんと役目を果たさなきゃね」
「ええ。無事にイベントが開催できるよう尽力いたしましょう」
 リリアとロジオンはまた言葉を交わして、コンクリート壁の一端を見据えた。
 敵はそこからやってくる。力任せに金棒を振るって壁を打ち砕き――。
「――ヒヒッ!」
 巨躯に似合わぬ高くて気色悪い声を上げながら、獲物を前に舌なめずりする獣のような目で、此方を見やるのだ。
(「おぉ……」)
 ぱらぱらと音を立ててこぼれる欠片、そして開かれた大穴に、アイリス・フィリス(音響兵器・e02148)は若干の好奇を含めた視線を送る。
 一方、アメリー・ノイアルベール(本家からの使い・e45765)は出現した敵を見やって、槍の柄を握りしめた。
(「あれが噂に聞く、重罪の……」)
 自身が失伝の力でケルベロスに覚醒してから此処まで、エインヘリアルとも相対したことはあったが……やはり母星で凶悪犯罪者として隔離されていたような輩は雰囲気が違う。
(「ですが、これ以上の罪を重ねさせるわけにはいきません」)
 アメリーは思い切って穂先を敵に向けた。たとえ相手が自分より遥かに大きな狂戦士でも、ケルベロスならば臆していられない。
 事実、経験豊富な先輩たちは――それが経験から来るものかはさておき、まるで動じていない。盾役を務めるアイリスや、クオン・ライアート(緋の巨獣・e24469)、アバン・バナーブ(過去から繋ぐ絆・e04036)などは早速一歩二歩と進み出て攻撃に備えている。
 その三人を少し後ろから眺めつつ、エルモア・イェルネフェルト(金赤の狙撃手・e03004)が不敵に笑って言い放つ。
「いまさら金棒なんて持ち出して。節分には遅すぎるんじゃありませんの?」
「……ヒヒヒッ!!」
 破壊ばかりを求める低能な犯罪者でも、なんとなくバカにされたとは思ったのかもしれない。エインヘリアルは威嚇するように凶器を振り上げて、滅多矢鱈に地面へ叩き付けた。
(「まったく、この手のエインヘリアルは迷惑しかかけないんだから」)
 一つ、二つと増えていくその凹みを、誰が直すというのか。
 メリルディ・ファーレン(陽だまりのふわふわ綿菓子・e00015)は心底呆れながら、共に癒し手を担うこととなったファルマコ・ファーマシー(ドワーフの心霊治療士・en0272)に目配せして片腕を上げた。


「――ケルス!」
 メリルディが呼ぶなり、その手から伸びた蔓薔薇は黄金の果実を宿す。
 果実は瞬く間に輝きを増して、前衛に立つ者たちを照らし尽くした。
「来るは権能、逸れや逸れ!」
 魔術書を紐解き、ロジオンも自らの脳に強化を施す。
 同時にエインヘリアルも衝動をぶつけるべく猛進、一気に間合いを詰めてきた。
「無粋な輩め。血に飢えた哀れな獣などこの地には不要だ!」
 肩を並べる盾三人から抜け出す形で、クオンが真っ向から堂々と立ちはだかって声を張る。
「さあ聴くが良い。大地を震わし、天に轟く巨獣の咆哮を!!」
 叫びは次第に迫力を増し、展示場をも揺らさんばかりの勢いで広がっていく。
 それは迫り来る敵の巨体だけでなく、魂までも震わせたらしい。
「ヒャッハー!!」
 最初の獲物はお前だ!
 恐らくそんなつもりで発しただろう奇声と共に、エインヘリアルはクオン目掛けて金棒を振り下ろした。
「やらせません!」
 すぐさまアイリスが割り込み、動力剣で凶器を受け止める。
 そのままクオンに任せてもよかったのだろうが、しかし盾役とは庇えるときに庇うもの。
 ぐぐっとのしかかってくる力に骨が軋むのを感じつつ、アイリスは敵と競り合う。
 そこで身体の周りに、ぽつぽつと青白い光が起こるのが見えた。
(「上手く効いてくれよ……!」)
 光を放ったのはアバンだ。
 フェーズシフト・スピリッツ――霊力による技が効果を発揮すれば、自身を含め前衛陣の防御力を少しは向上させることができる。
 そして、その狙いは成功したといっていいはずだ。光を纏ったアイリスは自身の倍もあるエインヘリアルと対して、むしろその巨躯を押し返そうとしていた。
「そのままご退場くださいませ!」
 エルモアが側面に回り込み、バスターライフルを向ける。
「鬼は外――と言っても、これは豆鉄砲ではありませんわよ!」
 言葉の通り、銃口から飛び出したのは豆と呼ぶに大きすぎる塊。
 敵を弱体化させるグラビティ中和弾だ。それを体側に受けて拮抗が崩れ、動力剣で押しやられた巨体が尻もちをつく。
(「……!」)
 仕掛けるには絶好機。アメリーは槍をエインヘリアルの上に向けた。
「宝瓶宮の殉教者よ、彼の者に枷を嵌め、歩みを止めるです……le Verseau!」
 詠唱が終わるやいなや、空中に現れた巨大な水瓶から清水が溢れ出す。その流れに囚われたエインヘリアルは起き上がろうと幾度も足掻いては、無様な姿を晒すばかり。
 その隙を逃さず、リリアが杖から迸る雷を放って浴びせて。
 さらに、ロジオンが魔導書の新たな頁を開いて咆える。
「貴方の悪行もここで終焉でございます、重罪人! ――竜の産声、塞げや塞げ!」
 紡がれた古代語は竜を形作って飛び、滝のような水流さえも喰らいつくすほどの勢いでエインヘリアルを飲み込んだ。
「ヒー! ヒー!」
 苦しんでいるのか笑っているのか。どちらにせよ気色悪い声が、水と火と雷の接触で生じた靄の中から漏れ聞こえてくる。
「このまま一気に終わらせてしまいましょう」
 時間をかける理由などない。アイリスの言葉に仲間たちは頷き、追い打ちをかけようと構えた。


 直後。
「――ヒャー!」
 ケルベロスたちの決意を折る素っ頓狂な叫びと共に、巨体が宙を舞った。
 見上げる九人。その一人――水瓶を作った少女と視線を交えて、エインヘリアルは墜ちてくる。
「危ねえ!」
 庇う相手より自身の方が小さいことなど気にせず、半ば突き飛ばす形でアバンがアメリーの居場所を奪い取った。
 僅かに遅れて金棒が伸び、全体重を乗せた一撃が少年ドワーフの身体を襲う。
「このっ……!」
 種族特有の頑強さと全身に纏った闘気で堪えるも、破壊の力は容赦なく防具を越えてアバンを蝕んでいく。
「ふん、その凶暴さ。本当にただの『獣(ケダモノ)』だな。見苦しい」
 自らを狙ってこないことにやや不服を示しつつ、クオンが虹の弧を描くようにして跳び、エインヘリアルの背を蹴りつけた。
「ヒヒッ!」
 その一撃で気を削がれたか、敵の目がクオンを追って、金棒が浮き上がる。
「メリルディさん、ファルマコさん! アバンさんの回復を!」
「任せて!」「承知した!」
 癒し手の二人に呼び掛けつつ、リリアは杖を動力剣に持ちかえて敵に肉薄。アバンを痛めつけた凶器ごと斬り飛ばすように、刃を下から上へと振るってすぐさま抜けた。
 抑えつける力がなくなったアバンも自由を得て、一旦エインヘリアルと間合いを取る。
「すみません、助かりました……!」
 庇われたアメリーが少し申し訳なさそうに駆け寄って、アバンをエクトプラズムの疑似肉体で覆った。
 合わせて、メリルディはケルスに咲いたアルメリアの金平糖を分け与え、ファルマコも古木の杖を通じて自身と自然とアバンを霊的に繋ぎ合わせる。三人がかりの治癒で身体に残る痛みも一気に消し飛び、アバンはなんてことないという表情をアメリーに見せた。
 その間、エインヘリアルは一心不乱に金棒を振るって、クオンを仕留めようと躍起になっている。
「さあどうした、獣。その程度で力では我は倒せんぞ!」
 やたらめったら丈夫で硬いバールのような何かで猛攻を凌ぎつつ、クオンは相対する敵を煽る。その口振りと振る舞い、見据えてくる瞳がエインヘリアルを苛立たせ、元より低能な頭から判断力を奪っていく。
「本当に獣のようね。クレバーでエレガントなわたくしとは正反対」
 そんなことを言ったエルモアが後方に回り込んでも、まるで見えていない様子。
 ただでさえ無駄に広い背中がいい的だ。強烈な一撃を確実にと、エルモアは巨躯の中心に狙い定めて引き金を引く。
 バスターライフルから撃ち出されるのは、死を感じるような冷たい光線だ。直撃を受けたエインヘリアルの背は血の通わない色となり、そこを狙ってアイリスがアームドフォートを唸らせると共に、アバンも懐に滑り込んでライフルを向けた。
 下手な鉄砲近けりゃ当たる。砲口が腹に密着するほどの距離から発射された魔法光線は、エインヘリアルを貫いて天井すれすれに消えた。


 それくらいではまだ死なないのがデウスエクスであるが。
 如何せん、手数も足りなければ攻撃範囲も狭すぎる。遮二無二振るった金棒も、大木のように太い手足で繰り出す体術も、概ね盾役たちに受け止められてしまって、ご自慢の攻撃力は真価を発揮できない。
 そしてリリアとアメリーが代わる代わるに繰り出す斬撃で傷口を抉られて、エインヘリアルの動きはどんどん鈍く、肌もどんどん脆くなっていく。
 ついには会場の壁を壊して現れたとは思えないほどに哀れで見窄らしい姿となって、そこでケルベロスたちは止めを刺すべく、攻勢を強めた。
「靡くは炎縄、焦がせや焦がせ!」
 またも器用に魔術書を捲って、ロジオンが古代語を唱える。
 生み出されたのは一振りの炎槍。それは獲物を目掛けて飛ぶ最中で幾重にも分かたれて、檻でも築くかのように四方からエインヘリアルを襲った。
 金棒を振るって打ち払えたのは一本がやっと。逃げる敵さえ追い回す炎槍の群れにとって、弱化の激しい巨漢など相手にならない。たちまちエインヘリアルは轟炎に包まれ、今度こそはっきり悲鳴だと分かる声を上げた。
 武器である金棒だけは握りしめているが、それだってもはや離すことが出来ないだけかもしれない。
 とにかくじたばたと悶えるだけの巨漢を左右から挟み込み、アイリスとアメリーが斬撃を放つ。
 片や慈悲もなく皮を削ぎ、片や加減なく肉を削ぎ。一際醜くなった敵から、しかし目を逸らさずにリリアは口ずさむ。
『愛しの母、愛しの母。貴女の娘を穢す卑しき者の魂を、花と交えて惑わし給え』
 そうして一節を語り終えた途端、敵の悲鳴は悍ましいものへと変貌した。
 対象の心に潜む恐怖を増幅させて精神を破壊する魔法――それがリリアが唱えた言葉、小妖精の悪夢(ダークネス・リリー)の正体。
 金髪に白百合を咲かせる彼女の可憐な身なりからは想像し得ぬ術を受け、エインヘリアルは身体だけでなく心の一欠片までも打ち砕かれた。
 あとに残るのは獣以下のなにか。
「貴様には“英雄”として敬意を払う価値も無い。ただの害獣として駆除してやる」
 元より凶悪犯罪者である敵を更に扱き下ろし、クオンが間合いを詰めた。
 近づけば闇雲に暴れるだけの金棒も一応の凶器にはなる。クオンは不意に伸びてきた一撃を浴びて――しかし苦悶する気配も見せずに踏みとどまると、如意棒をヌンチャク型に変えた。
 そこにメリルディがアルメリアの金平糖を放る。一粒でたちまち痛みは失せて、もう一度しっかりと敵を見据えたクオンが金棒をいなしつつ一撃浴びせると、合わせてアバンも冷凍光線を一射。
「イベントを楽しみにしている方々の為、そろそろ片付けさせていただきましょうか」
 十分なお膳立てを経て、エルモアがガトリングガンを向けた。
 金棒とは形が違うが、それもまた破壊を体現する凶器には変わりない。
 トリガーを引いた瞬間、けたたましい音が響く。一時ばかり氷像のように固まっていたエインヘリアルは身体を蜂の巣にされて、この世から消え失せた。


「――よかった! 本当によかった!」
 会場修復と開場準備が進む中、アンセルム・ビドーが歓喜に満ち溢れた声をもらしている。
 紆余曲折あって不届きなエインヘリアルを直接蹴り飛ばすには至らなかったが、ドールイベントは予定通り、時間繰り下げのうえで開催されることとなっていた。
「よかったですね、アンセルムさん」
「よかった! 本当によかった!」
 アンセルムは興奮で語彙力が極端に低下しているようだ。
 付き添って来た霧山・和希でさえ生暖かく見守るしかないほどのそれに、後片付けと設営を手伝って――とは言うまでもなかった。
「この後使いますからね、ちゃんとイベントが出来るようにしなくては」
 尋常ならざる気合で設営を手伝い始めた彼は、よほど人形が好きなのだろうかと想像して笑いつつ、ロジオンが壁に護符をぺたぺたと貼り付ける。
 これでエインヘリアルの開けた大穴を塞いで、修復作業は概ね完了。
「あとは……ああ、この机をそちらに運べばよろしいのですね?」
 物腰柔らかな獅子紳士は頼り甲斐があるのかもしれない。近場のドール愛好家に声をかけられて、ロジオンは設営の準備にも加わ――。
「……あ゛だっ!?」
「どうした!?」「だ、だいじょぶですか!?」
 突如聞こえた悲鳴に、クオンとアイリスが駆け寄ってくる。
 彼女たちが見たものは……足の上に(それも恐らく何処かの指の真上とかに)机を落として、悶絶する獅子の姿であった。

 そんな不慮の事故による犠牲者一名なんかも出しつつ、設営は終わり。
 スピーカーから開会の挨拶が流れて、イベント開催を待ちわびた全国津々浦々の愛好家達が続々と雪崩込んでくる。
「すごい人ですね、アンセルムさん……って」
 和希は親友に呼びかけようとするも、その親友の人形愛を見くびっていたとまた思い知らされた。
 アンセルムの動きは――目で追えない。
 きっと設営を手伝いながら、自分の獲物を見定めていたのだろう。やがて両手いっぱいにあれこれを抱えて戻ってきた彼は、そんな顔も出来るのねと言いたくなるくらいに満面の笑みで『戦利品』を見せつけてくる。
「ああ、そうだ! 春物の着物とかんざしも買ってあげるんだった! ……それにあの子! ねぇ和希、あの、あの子!! 可愛いよね? ね!?」
「……ええ、まぁ……」
「あぁ、お迎えしちゃおうかな……どうしようかな……!」
「……ええと、あの……」
 かけてあげられる言葉があるとすれば「お好きにどうぞ」くらいだろうか。
 悩む間に親友の姿は百間先まで行っちゃったのではと思うほど遠ざかり……しかし楽しそうな彼を眺めて、和希は結局、微笑みを湛えたのだった。

 そして彼ほど興奮はせずとも、他のケルベロスたちも会場を彷徨いている。
 例えば――迷子になる寸前でファルマコと遭遇したアメリーは、初めてのイベントに興味津々。
「ファルマコさんはこういうお人形で遊んだりは……やっぱりしませんよね」
「まぁ、そうじゃな」
「わたしも、家ではお勉強ばかりでお人形遊びってしたことなくて……あ」
 ふと足を止めて見やった先には綺麗な黒髪の人形が一つ。
「……わたし、白雪姫みたいに綺麗な黒髪って結構憧れてたんです」
「ふむ」
 銀髪も美しいではないか、なんて野暮は言わずに待つこと暫く。
「結局、買ってしまいました。――よろしくです、ファルマコさん」
 アメリーは大事そうに抱えた人形をお辞儀させて、声を弾ませた。
「これでわたしもお人形遊び、デビューです」
「うむ、よろしくのぅ」
 ファルマコも微笑みながら律儀に礼を返して、どことなくメメ殿に似ているお人形じゃのう、と呟いた。
 それから。アバンはホラーテイストな一角に踏み込んで思わず声を上げてしまったり、メリルディなどは何か気になるドールがあるかと見て回るうちに、オラトリオのような花飾りを頭に付けた子を見つけて暫し見つめ合い、その持ち主である愛好家に(極めて熱心な)勧誘を受けていた。
 曰く「一緒に沼に落ちましょう」とのことだ。
「ドールって奥が深いのね……」
 興味本位で話に加わったリリアが、愛好家の熱烈トークに思わず唸る。
 いっそ可愛い子をお迎えしてみようか――なんて思わないこともないが。
(「でもドールに構ってばかりだと、旦那さんがやきもちやいちゃうかも……!」)
 ようやっと二ヶ月が過ぎようかという新婚のリリアには、もっと愛でなければならないものがあるようだ。
 一方、エルモアはドールを語る側。
「わたくしのお屋敷に新しいお仲間を増やしてあげるのも良さそうですわね」
 ついでに似合いそうな小物類も……と、物色するなかで歓談の輪に取り込まれた。
 もちろん、話すのも聞くのも楽しいものではある。レプリカントであることを活かして、掌の上に立体映像で表示させた自身のSNSからドールの写真を引っ張り出しては見せたり喋ったり。
「この金髪縦ロールの子は、わたくしの一番のお気に入りでアルティシアと言いますのよ」
 愛称はティッシ。何故そんな名前をつけたのかというと……何故かずっと、心に残っていたからだそうな。

作者:天枷由良 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2018年2月27日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 1/感動した 0/素敵だった 1/キャラが大事にされていた 5
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