シャイターンの星

作者:蘇我真

 カキンカキンと耳に心地よい金属音が鳴り響く。
 ここはとある市内のバッティングセンター。
 追加練習に来ている将来有望な野球少年や、日ごろのストレス解消をするべくバットを振り回すサラリーマンがそれぞれ快音を響かせていた。
「ホームラン!」
 ファンファーレと共に、的に当たったことを示す機械音声が鳴る。良くあることなので誰も気に留めていなかったが、異変はすぐに訪れた。
「ホームラン! ホームラン! ホホホホームラン!」
 機械が故障したのか、何度も音声が繰り返される。利用者たちもこれには思わず上のホームランゾーンへと視線を移す。
 瞬間、防球ネットやフェンスが倒れはじめた。バッターボックス頭上のひさし部分も崩落していく。慌てて逃げようと出入り口に殺到する利用者。
「ど、どけ!! 俺が先に出るんだ!!」
 その中にひとり、際立って目立つ人物がいた。小太りで壮年の男性だ。手にした金属バットを振り回して、他の人々を倒してでも逃げようとする。
「邪魔だ!!!」
 そして近くの少年へとバットを振りかぶり―――崩れ落ちた。
「あ、オータニ君!」
 他の客がチャレンジしていた160キロ剛速球を投げるピッチングマシン、オータニ君。崩壊しつつあるバッティングセンターで狙いがずれたその球が、危険球よろしく金属バットおじさんの後頭部に直撃する。ヘルメットも被っていないときに受けるそれは、一般人の骨を砕くには充分すぎた。
 因果応報、昏倒する金属バットおじさん。慈悲深い他の客は金属バットおじさんを助けるべく近寄ろうとするが、その傍らにシャイターンが舞い降りる。
「おっとぉ、こいつは俺の獲物だからなぁ~?」
 ねっとりとした口調、乱杭歯を剥きだしにしてニタニタと笑うその禍々しさに気圧されて利用客は遠ざかっていく。
「他人を蹴落としてでも生き延びたい……いいねぇその根性、勇者の器ってもんだぁ」
 シャイターンは手にした弓に矢をつがえると、倒れた金属バットおじさんへと狙いを定める。
「喜べよぉ、俺様がエインヘリアルに選定してやらぁ」
 躊躇うことなく、背中へ矢を撃ちこみ心臓を貫く。気絶していた金属バットおじさんは、ピクリとも動かない。傷口からじわりと血が広がっていく。
「……んだよ失敗かよぉ。ったく使えねぇなぁ……勇者っつ~の、やっぱ無しなぁ。んじゃ」
 地面に唾を吐くと、シャイターンはタールの翼を広げて宙に舞う。自らが崩壊させたバッティングセンターには目もくれず、そのまま飛び去っていくのだった。


「シャイターンがバッティングセンターを狙ったようだ」
 星友・瞬(ウェアライダーのヘリオライダー・en0065)は集まったケルベロスたちへそう告げる。
 シャイターンは自らの手で施設を破壊し、そこで死にかけた人間を使ってエインヘリアルを量産しようとしている。
「皆にはこの予知を防いでもらいたいのだが、厄介なのは事前避難などをしてしまうとシャイターンは別の建物を襲撃しはじめる点だ」
 人がいない施設ではシャイターンも壊そうとしない。人のいる施設へと攻撃目標を変えてしまうだろう。そうなると予知にない被害を止められなくなってしまう。
「そこで、ケルベロスの皆には事前に問題のバッティングセンターに潜伏しておいてもらう。襲撃が発生した後、まずはシャイターンが選定しようとする被害者以外の避難誘導を行ったり、崩壊しそうな建物をヒールして崩壊を止めるといった対処を行ってほしい」
 あえて事件を起こさせてから、最小限の被害にとどめる。それが最善の解決策だった。
「避難や建物の崩壊を阻止した後にシャイターンが選定対象を襲撃する場所に向かって、シャイターンを撃破するといった流れになるだろう」
 予知によるとシャイターンの選定対象はバッティングセンターの利用客である男。出入り口付近で金属バットを振り回し、回りの客を倒してでも逃げようとする。
「バッティングセンターの具体的な規模だが、2階建ての施設で1階は駐車スペースや事務室などが入っている。2階がバッティングセンターになっていて、出入り口は客たちが逃げ出そうとする出入り口の他、従業員が出入り口に使っている非常階段がある。この階段へ一般客を誘導するといいだろう」
 上部に天井はほとんどなく、バッターボックスの上にある雨除けのひさしくらいだが、フェンスや防球ネットに加えてピッチングマシンも倒れ込んできて、逃げるのは思ったよりも難しそうだ。ヒールや障害物の除去で避難をサポートする必要がありそうだ。
「また、シャイターンの数は1体翼を持っているが、空を飛んで逃げるといった様子はない。逃げる必要もないと思っているんだろう……」
 このシャイターンの獲物は妖精8種族が創りし弓だ。遠距離にまで攻撃できるのが強みだろう。自動追尾するホーミングアローには後衛といえども攻撃に気をつけなければならない。
「鈍器を振り回してまで自分だけ助かろうとするのは確かにいただけない。だが、彼もまたここで死ぬ運命ではないはずだ。どうか、運命を変えてやってほしい」
 瞬はそう言って、静かに頭を下げた。


参加者
スレイン・フォード(ロジカルマグス・e00886)
木霊・ウタ(地獄が歌うは希望・e02879)
ジェノバイド・ドラグロア(忌まわしき狂血と紫焔・e06599)
七隈・綴(断罪鉄拳・e20400)
モモコ・キッドマン(グラビティ兵器技術研究所・e27476)
トート・アメン(サキュバスの土蔵篭り・e44510)
空鳴・熾彩(ドラゴニアンのブラックウィザード・e45238)
晦冥・弌(ドワーフの土蔵篭り・e45400)

■リプレイ

●それぞれの思い
「ホームラン! ホームラン! ホホホホームラン!」
 異常な機械音声は、シャイターンの襲撃を告げる時報だった。
「デウスエクスの襲撃だ」
 非常階段付近に潜んでいたスレイン・フォード(ロジカルマグス・e00886)は困惑するバッティングセンターの従業員へと声をかける。
「え? なんですか? 襲撃って」
「ああ、そうか。俺達は――」
 従業員の疑問は、すぐに氷解した。バッティングセンター全体が揺れ、頭上の防球ネットやフェンスが倒れ始めたからだ。
「ケルベロスだ! 俺達がいれば大丈夫だ。建物もヒールしてるから安心して、落ち着いて避難してくれ!」
 避難誘導を行うのは木霊・ウタ(地獄が歌うは希望・e02879)だ。よく通る声を持ってはいるが、それでも入口付近にいる客たちは受付のある出入り口の方へと向かっていく。
 ややあって、鈍い破砕音。自分だけ逃げるために金属バットを振るおうとした小太りの壮年男性が、後頭部に時速160キロの剛速球を受けた音だ。
「助けられずに申し訳ありません……」
 予知をなぞるために仕方のないことなのだが、不幸な事故を知っていて防げないことに七隈・綴(断罪鉄拳・e20400)は心を痛めていた。
「運が良かったなクソおっさん、俺だけだったら首を切り落としてトドメさしてたぜ」
 一方、そうとは思っていないケルベロスもいる。ジェノバイド・ドラグロア(忌まわしき狂血と紫焔・e06599)だ。
「因果応報つってな、自分だけ助かろうとした罰だっての」
「そのようなこと……確かにその心は許されるものではないですが、一人の命である事には変わり有りません」
 その考え方に異を唱える綴だが、更に別の考えを持つ者もいる。
「自分のことしか考えないって、そんなに悪いことですか?」
 吸い込まれるように青い瞳を丸くして、きょとんとした様子の晦冥・弌(ドワーフの土蔵篭り・e45400)だ。
「人間誰しも自分のことが一番大切じゃないですか。おじさんの気持ちわかるけどなぁ……あぁ、ぼくは誰かを蹴落としたことはないですけどね?」
「実際にやってたらオレがぶん殴ってるとこだ」
 ジェノバイドの刺すような視線を受けても弌は平然と笑っている。綴は反論しようとしたが、更にバッティングセンターが揺れた。
「きゃっ……! と、とにかくこちらは私に任せて下さい、貴方は向こうをお願いします」
「ええ、わかりました。目の前で死なれるのは夢見が悪いですからね」
「チッ……俺は避難誘導に向かう、しっかりヒールしとけよ!」
 それぞれが三方へと散る。思惑は違えど、求める結果は同じだ。
「避難には非常階段を使うんだ。大丈夫、私がヒールしているから壊れたりはしない」
 非常階段へと方向を変えた客たちを出迎えるのはスレインとウタ、それに空鳴・熾彩(ドラゴニアンのブラックウィザード・e45238)。
 熾彩が非常階段付近の崩壊をヒールで抑え、スレインとウタが誘導を行っていく。
 事態を理解した従業員も誘導に参加し、客がいなくなってから避難するつもりのようだ。
「悪いな、無理だと思ったらすぐ逃げてくれ!」
 ウタが従業員へ声をかけていると、不意に頭上から影が差す。見上げると、ちょうどシャイターンが金属バットおじさんの下へと舞い降りたところだった。
「他人を蹴落としてでも生き延びたい……いいねぇその根性、勇者の器ってもんだぁ」
 ニタニタと嫌悪感を与える笑みを浮かべながら着地するシャイターンだが、すぐにその身体を滑らせるように横へステップする。
 先ほどまでシャイターンがいたところへ、刀の一撃が振り下ろされていた。
「そこまでです! 汚い大人なんて散々見てきたし、この男に同情なんてしないけど……それ以上に貴方のやり方を私は許せません!」
 モモコ・キッドマン(グラビティ兵器技術研究所・e27476)の咆哮が気合いとなり、倒れ伏した金属バットおじさんへと生命力を与えていく。
「やれやれ、無粋よな」
 モモコの後ろからトート・アメン(サキュバスの土蔵篭り・e44510)も顔を出す。傲慢不遜な物言いで、シャイターンを見下すように宣言する。
「死は自然に訪れる物。そなたのやり方は中々……どういうか……不敬よな」
「何言ってんだ、死ってのは、俺様たちシャイターンが、エインヘリアルを選び出すために与えるモンなんだよ」
 常識からは大きく逸脱したシャイターンの死生観を冷笑するトート。トートの死への認識もずれているのだが、それとはまた別方向のずれ方だった。
「まぁ良い……勇者を求めるならそなたも勇者になり得るか挑ませてやろう」
 血染めの包帯を巻きつけた腕で、簒奪者の鎌を振り上げる。
 避難誘導が終わるまで、モモコとトートのふたりによるシャイターンの足止めが始まった。

●星、墜ちる時
「はあぁっ!」
 モモコが刀を下から上へと振り上げると、鎧をも砕くかのような衝撃波がシャイターンを襲う。
「おっ、と」
 半身になって躱すシャイターン。着ていた衣服、上半身に刃が掠ってその浅黒い素肌を露わにする。
「せえいっ!!」
 切り上げた刃先がぴたりと止まると、こんどはそこから斜め下方へと突き刺していく。雷にも似た剣の軌道、今度は避けきれずにシャイターンの脇腹を服ごと抉った。
 おおよそ剣術では考えられない連撃は、彼女が我流で剣を学んだことに起因するのだろう。
「ぐっ……! 服ばかり破りやがって、そういう性癖持ちかい?」
 シャイターンは脂汗を流しながらも、余裕の笑みを崩そうとはしない。
「私は人々を守るために剣を振るうと誓った。貴方のような人を陥れるための刃を私は許さない……!」
 刀を横へ倒し、刃先を滑らせて傷口を抉ろうとするモモコ。シャイターンは引くのではなく、腹に力を入れつつ押してきた。
「許してくれなんて頼んでねぇよぉっ!」
 刀がシャイターンの胴体を貫通し、抜けなくなる。肉薄されたモモコの胸に、シャイターンは手にした矢を直接突き立てた。
「さあ、俺様に服従しなぁっ!!」
 胸を穿たれ、モモコの身体と心が衝撃に揺れる。頭に靄がかかり、シャイターンの言葉を聞いてしまいそうになっていく。
「そこまでにしてもらおう」
 その時、靄を吹き飛ばすような威厳のある声が聞こえる。
「なっ、ぐっ……!!」
 シャイターンの表情から笑みが消える。モモコの頭越しに、トートの美貌が呪いとなってシャイターンに降りかかっていた。
「どうした、怖気づいたか。死を前に尚動じず戦う者こそ勇者であろうに!」
 シャイターンの動きが止まると、腹部に入っていた力も抜けてモモコは刀を引き抜くことができた。蹴り飛ばすようにして距離を取る。
「ちっ、邪魔すんじゃねぇっ!」
 シャイターンは身体を動かしづらいのなら、と炎を作り出す。自らを中心に巻き起こった炎がかげろうを作り、熱風がトートを襲う。
「それが、炎だとでも言うのか」
 叩きつけられた炎は、トートの肌を焦がすだけに終わる。
「貴様に見せてやろう。真の炎……大いなる日輪の光を」
 トートの頭上に、小さな太陽が出現した。
 全てを燃やし、浄化する炎の球が投げつけられる。
「なっ……!」
 危機を悟り、動きづらい足を動かして避けようとするシャイターン。
「之が……世界を照らす炎だ……とくと味わい……そして旅立つがいい」
 しかし、火球の直撃は免れてもその熱波まで避けることはできない。指先から黒く炭化し、ボロボロと崩れ出す。
「ほう、狙い定めた余の一撃を躱すか。死を恐れる必要はないというのに」
「う、うるせぇ、こんなところで死んでたまるか!」
「おかしなやつだな。殺すことには恐怖を感じないのに、殺されるのには恐怖するとは」
 背後から聞こえてきた新たな声に、シャイターンは振り返る。
「殺していいのは殺される覚悟があるやつだけだと、データベースには書いてあったが」
 スレインだ。その背後に気力を奮い立たせる爆発が巻き起こる。
「自分がされて嫌なことをするんじゃない。そんな非道は見過ごせないぜ」
 かけつけたウタは、金属バットおじさんを回収して安全な箇所まで移動させていた。
「護り抜こうぜ、地球と地球に宿る沢山の命の輝きを!」
 さらに凱歌を唄い、モモコの傷を癒していく。
「くそっ、新手か……!」
 挟み撃ちはまずいとタールの翼で移動し仕切り直そうとするシャイターンだが、不意にその翼が重くなる。
「お、当たりやがった。命中率2割ちょいだったんだがな」
 ジェノバイドがわざわざ部位狙いでシャイターンの翼を斬りつけたのだ。傷口から霊体が侵入し、その身体を毒のように蝕んでいく。
「ぐぅ……てめぇ、何しやがった、俺様の翼に!!」
「何、もぎ取っただけだ」
 スレインの腕が伸び、シャイターンの翼を掴む。掴んだ腕から特定の周波数を含む振動を与え、傷と同時にその使用を封じていく。
「おいおい、キャンキャン吠えやがって、ずいぶんと余裕がなくなってきたな? 最初の威勢はどぉしたぁ?」
 更にジェノバイドに挑発されて、シャイターンは悔し気に歯ぎしりをする。
「舐めんなよ……群れやがって番犬風情がぁ!!」
 指が無くなり、歯で矢を弓につがえて放つシャイターン。もちろん狙いが定まらずあらぬ方向へと飛ぶのだが、その矢はまるで最初から命中することが決まっているかのように、弧を描いてジェノバイドへと飛んでいく。
「さぁ、貴方の相手は私達ですよ。この一撃を食らいなさい!」
 その運命は、綴によって覆された。跳躍した綴が星の力を込めた蹴りでホーミングアローを弾き落とすと、そのまま振り上げた足を踵落としの要領でシャイターンの頭へと落とす。
「んなぁっ!!」
 シャイターンは吠えると、最早気合だけでなんとか首を巡らせた。
 骨が砕ける音。脳天への直撃は防いだものの、綴の飛び蹴りはシャイターンの鎖骨を粉砕していた。
「あ、ぐぁっ……! い、嫌だ、やめて、くれ……ゆるし……死にたく、ねぇ……」
「許してくれ、と頼んだ覚えはないのでは?」
 モモコが先ほどの意趣返しをお見舞いすると、シャイターンの目に絶望が宿った。
「あれだけ悪趣味な選定をしておいて、自らは命乞いとは……下種め」
 熾彩はともすれば噴出してしまいそうになる怒りを抑え込んで冷静を務める。
「俺は、勇者を選んだだけ……俺が選ばれる立場になんざ……」
 ウタが避難させた金属バットおじさんの方をちらりと見やり、告げる熾彩。
「この男性も、下種であることに変わりはないが……その報いは、人の社会の中で受けるだろう」
 水晶に、彼女の怒りを代弁するかのような炎が灯った。
「故にお前……デウスエクスは私達ケルベロスが報いを与える」
「や、やめ――」
「炎は刃、刃は炎……切り裂け」
 最後まで言わせず、シャイターンを炎で包む。熱を持たない水晶の炎が、その身体を容赦無く切り刻んでいく。
「お兄さん……いや、おじさんかなぁ? まあいいや、熱そうだねぇ」
 悶えるシャイターンを前にしても、弌はにこにこと笑っていた。
「冷やしてあげようか?」
 伸ばした細い腕。刺青の入ったその腕からは、切り裂くような冷気が漏れ出していて。
「………! ………!!」
 炎に焼かれたシャイターンは、最早喉から声を発することもできない。
「ほぉら、捕まえた」
 その喉に手を添えて、弌はゆっくりと握りしめた。
 聞こえない、しかし確かに聞こえる断末魔。
 ウタは目蓋を閉じて、鎮魂歌を奏でる。
「あばよ。母なる地球の元で安らかにな」
 亡くなってしまえば、それは全て弔うべき存在。そんな思いと共に、ウタはデウスエクスへと歌う。
 騒乱が収まったバッティングセンターに、レクイエムが鳴り響き続けるのだった。

作者:蘇我真 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2018年2月20日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 4/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 1
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