ミッション破壊作戦～光を抱いて飛べ

■リプレイ

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　潮の香りが濃く、風に流れていく。
　二月。水場の近くだけあって多少肌寒さがあり、海水浴を楽しむ砂浜と違う雰囲気があるのは、此処が華やかなビーチではなく漁港というその場所柄ゆえだろう。今も数隻の船が停泊しており、波に揺れているのが見える。
　ミッション破壊作戦では行き先はケルベロスたちに一任される。皆で集まり話し合った結果、遠野森・空（虹描き・e44142）たちは行き先を『24-1』とラベリングされた宮城県石巻市に決定した。
　漁港から程近い場所に倉庫街がある。その一角でオークたちが、うねうねと触手を蠢かせながら集まっているのだった。

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「牡蠣の養殖に有名な漫画家さんのテーマパーク。変身ヒーローが好きな方にとっては、一刻も早く解放したい場所でしょうね。……まあ、オークみたいに人を騙すための変身は許せませんが」
「何にしても、ろくなことにはならないでしょう。それでは、お仕事と参りましょうか」
　グラディウスを携えたベルローズ・ボールドウィン（惨劇を視る魔女・e44755）とアゼル・グリゴール（アームドトルーパー・e06528）は短く言葉を交わすと、他の仲間たちと一緒にヘリオンから飛び降りる。
　銀色の長い髪を風に乱された荊・綺華（エウカリスティカ・e19440）はほんの僅か、グラディウスを持つ手に力を込めた。無意識であったかもしれない。普段から喜怒哀楽の色を表情に出すことはなかったが、綺華の心には感情の灯火が確かににある。
「素敵な殿方に声をかけていただくのは……女性の夢……」
　幼い唇が、そっと言葉を紡ぎ始める。
「それを利用して……醜い姿を隠して純粋な乙女を……邪な牙にかけるその手口……許しません……！」
　その信心深さゆえ、綺華は言う。幻影を利用し、女性を捕らえようとするオークに罰をと。
「主に代わり……罰を与えて差し上げます……」
「本物のイケメンさんが居たら超絶迷惑だから、ここから出て行けー！」
　相棒のシャーマンズゴーストと共に飛び出した神冥・飛燕（アニマートポルカ・e45124）は作戦の為、対照的に元気いっぱいの声を。
「男も女も見た目じゃなくてハートでしょ！　そんな事も分かんないオークが超絶イケメンになれるわけないじゃない！」
　粘液に塗れた触手を生やし女性を辱める。その目的の為に、幻術を使い姿を誤魔化すとは。齢十二の心にはイケメンかそうでないかなど良く分かりはしないが、思い描き憧れるのは白馬に乗った王子。憧れや夢をオークに汚されたようで、許せはしないと強く飛燕は思う。それから純粋に、背中から触手などというものを生やしたオークが気色悪いというのもある。ケルベロスの眼力では一発で幻影は幻影だと見破れるが、そんな術を使うオークを気持ちが悪い、その上、女性にひどいことをしようなどあり得ないと思うのは空も同じようだ。
「ふっざけんなっつーの！　俺は場所がどうのとか、誰がどうのとか、そういうのねぇけど。でも！　気に入んない。絶対やだ」
　自身がパレットと呼ぶ極彩色の光の翼が、光を浴びながら広げられる。まるで一枚の、美しい絵画のように。
　空にとって、自分はもちろん皆も楽しく笑っていて欲しいと、そう願う心はひどく大切なものだ。己の描く絵で世界の悲しみや辛い思いが少しでも減らせたら。皆笑って暮らせたら。
「お前らみたいな害悪の増長許したら、みんな楽しく笑えねぇだろ！」
　心からの叫びを、空はグラディウスに託す。
（「姫騎士の『くっころ』が出る辺り、私の感性も貧相な部類に入るのでしょうか」）
　今回対峙する敵、オークに対してアゼルはそんなことを思う。
　品性は底辺もいいところ、見た目を取り繕って誤魔化す辺り余計に虫唾が走る。嫌悪感と一言では済ませられない冷気を隠しもせず、けれど激昂するでもなくアゼルは地上へ目を向ける。
「お前たちの居場所は人間社会にありはしない。居たければせめて霊的に生まれ変わって見せろ！」
　アゼルの持つグラディウスが、呼応するように光を増していく。ヴィクトル・ヴェルマン（ネズミ機兵・e44135）も己のグラディウスに心の内で語りかけた。
（「……この想い、お前さんに託すぞ」）
　過去の苦い記憶が蘇ると共に、ヴィクトルの心の内に激しい怒りがこみ上げてくる。
「催淫に幻影……お前さんらオークはどこまで性根が腐ってやがる。そうやって女の尊厳も未来も根こそぎ奪うとか、ふざけるな！」
　美しきもの。かの者の姿が色鮮やかに脳裏に浮かんだ。
「これ以上、俺の大切な相棒を……大切な女(ひと)を傷つけさせはしない！！」
（「若き芽、新緑。儂にもあんな頃がと懐かしく思い出すばかりでは、な。どれ、老骨に鞭打ち、ちと頑張るかのぅ」）
　仲間の姿を横目に、ヘリオンから飛び立ったゼー・フラクトゥール（篝火・e32448）もまた、ケルベロスの役目を果たすべく抱く想いを口にする。ボクスドラゴンのリィーンリィーンもすぐ傍におり、どのような言葉を紡ぎぶつけるのかと興味の色を宿してゼーの方を見ているようだ。
「良き漁港の民を苦しませるとは見逃せぬのぅ。民に大きな被害が出る前に早急にお帰りいただこうかの」
　何処かのんびりとした口調でありながらもグラディウスは掴んで決して離さず、修羅場をくぐって来た老獪の武将は笑むでもなくぴりりとした空気を纏い短く命ず。
「この地を、――去れ」
　炎を抱くゼーの左胸が、その熱を僅かに上げた。
（「外見を偽り女性を騙そうとする女の敵め」）
　ベルローズの灰色の瞳には明確な敵意が滲む。癖の無い漆黒の髪はいくら風に嬲られようとも、その意志まで乱し曲げるには至らない。
「石巻が誇る水産の要たる漁港での悪だくみ。石巻の誇りに泥を塗る蛮行、決して見過ごすことはできない！　その偽りの幻影を引き剥がし醜悪な本性を引きずり出して、この場で討ち滅ぼしてくれん！」
　グラディウスの切っ先を迷いなくバリアに向け、トドメの言葉を。
「この機を逃すな。醜悪で下劣な竜の尖兵には滅びを、石巻に解放の明日を！　いざ進め猟犬達よ！」
「っと、……。危ない危ない。飛ばしてなくしちゃったとか、ちょっと笑えないからね」
　ルードヴィヒ・フォントルロイ（キングフィッシャー・e03455）は風に帽子を奪われないよう手を遣り被り直した。
（「最初の一回で取り戻す勢いでいかないとダメだろう、今回の敵」）
　いろいろな事があったこの漁港、負けずに立て直した人たちの力強さや生活を邪な手段で打ち壊すやり方もオークも放っておく事などできはしない。
「無理矢理女性をかどわかすのも日頃から許せないけど、イケメン装うとか卑怯すぎだろうが」
　すっと深く息を吸い込み、ルードヴィヒは前を見据える。
「地力で勝負しろや、ごらぁぁぁぁぁ！！」
　接触。
　そして、光が、膨れ上がる。

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「破壊ならず……のようです……」
「残念ながらそのようじゃ。だがダメージは確かに与えているはず、後に続く者に希望を託そうぞ。儂らができることはやった。あとは」
　軽い身のこなしで地面に着地した綺華が言うと、ゼーが頷き白く濁る煙の方へ目を遣る。
「半分イケメンとか気持ち悪！　ぶっ飛ばして帰ろうぜ。皆で笑って帰るまでが依頼だもんな」
「うへぇ、オークって聞いた通りキモい外見してるんだねー。うん、空くん。こんなのにみんながやられるとか、絶対にありえないもんね！　がんばろ、どんどん回復して、やっつけちゃうんだから！」
　余波によって護衛部隊のほとんどは無力化したようだが、全てというわけにはいかなかった。ケルベロスに気付いた敵が向かって来る。
　使ったグラディウスは腰のベルトに固定したりと、手元にあるかを全員が確かめたが紛失している者は誰もいないようだ。
　現れたのはオークの幻術使いが一体。
　濃い紫色の触手は粘液に塗れ、口から垂れている涎を気にした様子も無い。
「て、敵襲！　こうなったら返り討ちにしてやるブヒよ。覚悟！」
　最初に動いたのはオークだ。ぱちりと視線が合ったベルローズへ長い触手が伸ばされる。ギリギリ、と安堵するも一瞬後、避けられていないことに気付く。豊かな胸元を撫で上げ、濡れた触手がギリギリと胴を締め付けて来るが、何とかそれを掴み払っても布地が濡れた気配は無い。
「……っ、幻術。これが」
　アゼルと綺華が前衛に、それぞれ守護の力と攻撃力アップの支援をして態勢を整える。巨大なハンマーから竜砲弾を放つのはゼーだ。それに合わせリィーンリィーンの白き体躯が素早く動き、癒し手である飛燕へ属性の力を守りの力に変えて与える。守り手としてオークの攻撃を受け止めながら攻撃に参加し、時折攻撃を見切られるもヴィクトルによるメタリックバーストでサポートされ少しずつ確実に当てられるようになる。
「これが幻術使いってわけだ。煙幕が晴れる前にさっさと片付けちまわないと」
「だね。囲まれたらやばいもんな」
　溢れるは極彩色、はしゃぐように笑って光と彩を撒き散らすは虹描き。
「ハレルヤ！　さあ楽しくなって来たよ！」
　絵筆を走らせれば生まれる煌めき、七色の奔流。青い空をキャンバスにして描くは虹。使う絵の具は光の翼。目を離すなんて勿体ない。
　オークが呻く。己に似合わぬ虹を凝視した侭、ぴりりと痺れを足先、指の先に感じて。
　しかしぶつぶつと呟いているのが魔法を成す為の竜語だとルードヴィヒが気付く。だが、空もまた避けるには僅かに遅かった。咄嗟に腕を持ち上げ目を瞑る。
「ご無事ですか、ルードヴィヒさま……」
　綺華の赤き瞳は攻撃を正確に捉えていた。広範囲に渡る攻撃魔法を身に受けながらも、ルードヴィヒに届く前に盾として役目を果たしたのだ。Evangelionの守りの力をもってしてもダメージは殺しきれず、仄かに甘い香りが鼻腔を掠めた。現実世界からふわりと意識が一瞬離れるが、それ一瞬後に身体の奥まで響く痛みにびくりと身体を強張らせる。
「女の子に何てことを。……狡猾というか知恵をつけたオークだけども」
　バレンタイン直後ということもあってか、卑怯さが増したような気がしてルードヴィヒは遠い目をしてしまう。
「父よ……あなたは何でも……おできになります……この杯を……わたしから……取り除けてください……」
　オークの攻撃による催眠を重く見た綺華は、胸の前でそっと手を組み清らかな光を生む。天に祈りを捧げ、空の苦痛を淡く溶けるよう和らげる。
　ヴィクトルも仲間の命中力と攻撃力をあげようとサポートに時間を費やす。
「回復は任せてねー。シャーマンズゴーストくん、がんばって！」
　幻影ではあるが触手は触れられもするしケルベロスたちに確実なダメージを与えて来る。相棒が触手に巻き付かれ押し返すのを激励し、飛燕は後ろを振り返り地面に光の線で星座を描いていく。後衛の傷を癒すだけでなく、催眠に対抗する力を与え備えた。
　癒し手を中心とした回復や、守護の力もあって催眠にかかりながらも戦線を派手に掻き回されるような事態には至らずに済んでいる。最初は攻撃攻撃とがむしゃらに暴れていたオークも、時折陣を描き自らの回復を挟むようになっていた。その分、攻撃の手数が減る。加えてアンチヒールにより回復量も落ち始めていた。
「怨嗟に縛られし嘆きの御霊達よ。ここに集いて、我が敵を貪るがいい！」
　此処は押すべきところだ。
　そう判断したベルローズは回復したばかりのオークへ死霊魔法を使う。潮の香り、海の傍。波によって或いは沖で命を奪われた死者たちの持つ『惨劇の記憶』から抽出した魔力、それは無数の黒き腕へ具現化させオークの動きを阻害する。
（「そういえば、初陣以来ですね」）
　縛霊撃でオークを殴りつけ己の手に嵌めた縛霊手にちらと視線を落としたアゼルは、胸に薄く広がる懐かしさに思わず呟く。もちろん初陣の時と同じモノではないが、時の流れを感じずにはいられない。地面を蹴って駆け出したゼーが、オークへ痛烈な蹴りを叩き込む。避けられたかもしれない攻撃しかし、足元が危うく腹部へ命中する。
　全体に命中率の上がったケルベロス側は結果としてダメージ量も増え、じりじりとオークを追い詰める。しかし手厚いサポートに時間を取られ堅実な戦いと引き換えに煙幕が薄れてきたようだ。それでも、ゼーがポジション変更を迫られるほどのまずい事態ではない。
「こいつはよろしくないな」
「煙がわたしたちの砦であり壁……これが完全に晴れてしまえば撤退は……難しいです……」
　慣れた手付きで攻撃後の銃をくるりと回して戻し、綺華は傷だらけのオークを一瞥する。己の身体にも細かな傷が重ねられ、守り手であっても体力は確実に削られていた。
「まだ撤退が不可と決まったわけではありません。まだ少し時間はあります」
　頬についた粘液をベルローズが細い指で拭う。
「コイツにとって俺は哀れなネズミだ。……お前さんもな」
　小さな憐れみをもってヴィクトルが帽子を深く被る。
　ガジェットに絡めたグラビティチェインによってその形は猫を模した機獣形態へと変化を遂げる。全てのデウスエクスはネズミ、鋭い爪をもって猫はそれを狩るだけ。一度、そしてもう一度爪がオークを切り裂く。
「おっし、もうちょい。ここがイイところだ」
　猫の爪に合わせ空が連携を仕掛けた。翼が虹色の粒子と貸し、収束したそれがオークのぶくぶくと太った体躯を貫く。
「一度で壊したかったけど……できないなら。せめて幻術使いは、此処で食い止めさせてもらうよ。『Imagination means nothing without doing』」
　ルードヴィヒが歌うよう口に乗せた言葉が風を呼ぶ。それは潮風ではなく、もうすぐ訪れるだろう草や花の香りを僅かに含んだ春の風、風の刃。吹き抜けた一陣の風が穿ち奪いしはオークの命、あとにはただ、番犬のみが残っていた。
　水気の少ない薄墨色の鱗から埃を払い、ゼーが仲間たちに撤退を呼びかけた。
「帰ろう、儂らは儂らの場所へ。ここに長居は無用」
「今度は観光で来たいな」
「此処にも遺跡あるかな、きっとあるよね。そうしたらわたしも探検したいな」
　後ろを振り返ったルードヴィヒに飛燕が明るい声で応える。破壊のならなかったことにそっと目を伏せたベルローズは、瞼を持ち上げ足早に去り行く。さほど時間は経っていないはずだが、とても長く此処にいた気がしていた。
「あなたに……祝福が……ありますように……」
　最後に綺華が祈りを、アゼルは黙祷を。倒され散った魂が安らかにと、そう願って。

作者：成瀬	重傷：なし 死亡：なし 暴走：なし
種類： 公開：2018年3月1日 難度：普通 参加：8人 結果：成功！
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