罪人エインヘリアルと在庫一掃処分セール

作者:砂浦俊一


 休日の秋葉原電気街。
 とある二階建てパソコンショップの入り口には、在庫一掃処分セールと書かれた紅白の横断幕がかけられていた。同店は数日後に新装開店のための一時閉店を控えており、その前に在庫処分のセールを行っていた。これ目当ての客も多く、店内は賑わっている。
 と、その時。晴天の空を引き裂いて、巨大な何かが落ちてきた。
 落下物は歩行者天国となっていた道路に深くめり込み、粉塵を巻き上げた。
「いててて……ここはどこだ?」
 粉塵の中から現れたのは巨漢の罪人エインヘリアル。その目に最初に映ったのは、突然の出来事に驚く群衆ではなく、紅白の横断幕。
「在庫一掃処分セール……? 処分? 処分だとコラァァァァ!」
 突如エインヘリアルは眦を吊り上げてパソコンショップへと突撃する。
 ガードレールを踏み潰し、歩道の一般人を蹴散らし、手にした大剣でショップ一階の売り場を薙ぎ払った。
「何が処分セールだ! 捨て駒扱いで処分された俺への当てつけか!」
 既に店内は破壊された商品や巻き込まれた人々の惨殺体が散乱する地獄絵図だが、エインヘリアルは怒りのままに更なる一撃を叩きこむ。


「アスガルドが罪人の戦力化をしていますが、今回のエインヘリアルはその仕打ちをかなり恨んでいるようです」
 シャドウエルフのヘリオライダー、セリカ・リュミエールの話に、ケルベロスたちは耳を傾けていた。
 在庫一掃処分セールの横断幕に怒って虐殺と破壊行為に出るのだから、八つ当たりも甚だしい。送り込まれた場所が悪かった気がしないでもないが、凶悪なエインヘリアルであるから場所を問わず虐殺行為に出ていただろう。
「敵は午前11時、処分セールをやっているパソコンショップ目の前の道路へ落ちてきます。ゾディアックソードによるゾディアックブレイクを好む、挑発には簡単に引っかかる、脳筋思考なので撤退はしないという特徴があります。ただ場所が休日の秋葉原ですので、一般人が多いですね。避難完了までには時間を要すると思いますので、その間は敵の注意を引きつけておく必要があります。もっとも道路は歩行者天国になるほどの広さですので、避難さえ終われば戦闘をするには適しています」
 大罪人を捨て駒扱いの戦力とするアスガルド側の作戦は、在庫処分に似ていると言えなくもない。しかしその在庫、永久コギトエルゴスム化の刑に処されたエインヘリアルが、アスガルドにはどれだけいるのだろう?
 数はともかく、アスガルド側もうまい作戦を考えたものである。
 送り込まれてくるこちらにしてみれば、迷惑極まりない話であるが。
「罪のない人々が虐殺され、恐怖と憎悪が広がれば、地球で活動するエインヘリアルの定命化を遅らせる要因にもなります。なんとしても防がなければなりません」
 秋葉原電気街の皆さんが安心して商売ができるように、また買い物客たちのために。
 ケルベロスたちは罪人エインヘリアル討伐へと向かう。


参加者
不知火・梓(酔虎・e00528)
相馬・泰地(マッスル拳士・e00550)
チャールストン・ダニエルソン(グレイゴースト・e03596)
百鬼・澪(癒しの御手・e03871)
渡羽・数汰(勇者候補生・e15313)
天司・桜子(桜花絢爛・e20368)
神野・雅(玲瓏たる雪華・e24167)
陽月・空(陽はまた昇る・e45009)

■リプレイ


 ヘリオンで現場に急行したケルベロスたちが見たのは、秋葉原電気街の一角にもうもうと立ちこめる粉塵だった。落下してきた罪人エインヘリアルが巻き上げた粉塵だろう。周辺では歩行者天国の人々がむせ返っている。
「間に合ったようですね。花車、賦活」
 仲間たちへと、百鬼・澪(癒しの御手・e03871)による白苑。
 淡雪のような花が咲き乱れては消える中、ケルベロスたちはヘリオンから降下する。
 一方、粉塵の中で仁王立ちするエインヘリアルは、眼前のパソコンショップの横断幕に眦を吊り上げていた。
「在庫一掃処分セール……? 処分? 処分だとコラァァァァ!」
 怒号を発し、エインヘリアルが腰の大剣を右手で引き抜く。その巨体と威圧感に、店頭にいた従業員は腰が抜けてしまう。店内の人々もエインヘリアルの出現に混乱の極み、押し合いへし合いで逃げることもままならない。
「捨て駒扱いで処分された俺への当てつけか!」
 怒れるエインヘリアルが大剣を振り上げた、その時。
「待ちやがれ捨て駒ぁ!」
「ああン!」
 捨て駒呼ばわりされたエインヘリアルは声の方向へ首を動かし――その視界一杯に、相馬・泰地(マッスル拳士・e00550)の足の裏が映った。顔面蹴りの一撃にエインヘリアルは吹っ飛んで歩道を転がり、街路樹で背中を強かに打った。
「さぁ吼えろ、九罪!」
 さらに神野・雅(玲瓏たる雪華・e24167)の轟龍砲が追い討ちをかけ、避難の時間を稼ぐ。チャールストン・ダニエルソン(グレイゴースト・e03596)は仲間たちにジョブレスオーラをかけた後、店内の人々に声をかけた。
「我々はケルベロスです。エインヘリアルはこちらで駆除します。一刻も早くこの周辺から避難してください。子連れの人はお子さんから手を離さないように。ケガ人、老人など移動困難者への手助けもお願いします」
 拡声器を手に、彼は店舗内そして周囲へと声をかける。
「立てますか? じきに警察も駆けつけますので避難誘導に手を貸してください」
 チャールストンは店頭で腰を抜かしていた従業員を起こすと、隣人力も駆使して協力を依頼する。従業員は頷き、店内の人々の避難誘導を始めた。
「やりゃあがったな!」
 身震いして体を起こし、エインヘリアルが八つ当たりの拳を街路樹に叩きつけた。
 ヘシ折れて倒れる街路樹の先には、まだ避難途中の一般人の姿。
 これにドラゴニックハンマーをブチ当て、人のいない車道へと逸らしたのは不知火・梓(酔虎・e00528)だった。
「他人を巻き込みたくねえ。避ける方向にゃ注意だな」
 彼は煙草代わりに咥えていた長楊枝を路上へ吐き捨てる。
「あいつは俺たちが引き受ける、慌てずに避難してくれっ」
 渡羽・数汰(勇者候補生・e15313)は避難する人々の盾となるようにエインヘリアルの前に立つ。
「チンピラめ。こんな使い捨ての作戦に投入されるなんて、雑魚は惨めだな」
 数汰は挑発を交えつつ、梓と連携しての挟撃。
「誰が雑魚だコラァ!」
 エインヘリアルが反撃の大剣を振ろうとする。だが二人の姿は既に視界から消えていた。
 代わりにその血走った目に映ったのは、路上でふわりと体を舞わせる天司・桜子(桜花絢爛・e20368)の姿。
「桜の花々よ、紅き炎となりて、かの者を焼き尽くせ」
 放たれる桜の花弁状のエナジーは敵を囲み、紅蓮の炎へと変化する。
「おおおォッ?」
 包み込む業火にエインヘリアルも思わず防御姿勢となる。そのガードの上から陽月・空(陽はまた昇る・e45009)のスターゲイザー。
「相手は格上だしね。足止めは大切、大切」
 足止め役をこなす彼は、敵の姿にこう思った。
(エインヘリアル……か。元上司だったのが随分前に感じるよ。あれから何年たってたっけ……)


「ケルベロスめ。タイミング良く来やがって。そういやさっき、俺を捨て駒だの雑魚だの言いやがったのは、どのツラだ!」
 エインヘリアルが地団駄を踏み、衝撃に大地が揺れた。
 敵は下半身に革製の防具、上半身は裸という軽装。しかし筋骨隆々の肉体には、生半可な攻撃は通りそうにない。
「避難の進み具合は……?」
 澪は避難する人々へと視線を走らせる。さすがに休日の秋葉原電気街、人が多い。警察も駆け付けたものの、避難の完了までには時間を要するだろう。
 敵への攻撃に備えて、彼女は気力溜めを行う。
「捨て駒が嫌なら捨て石だな!」
 敵と同じく全身筋肉の塊である泰地は正面から突っ込み、至近距離からのファナティックレインボウ。
「我が手に宿るは断罪の雷霆――その身に刻め。裁きの鉄槌を!」
 泰地と入れ替わるように前に出たのは数汰。簒奪者の鎌に上空からの落雷を受け、一点に凝縮した力を敵へと叩きこむ。
 たまらずエインヘリアルは片膝をつき、顔を苦悶に歪ませた。
「なるほど。所詮はこの程度か。本国から切り捨てられるのも納得だ」
「ぬかせ!」
 エインヘリアルが右手で掴んだ大剣を横薙ぎに振ろうとするが、そこに雅の撃ったプラズムキャノンが命中した。被弾の衝撃にその巨躯も揺れる。
「貴様は我々番犬によって処分される。その短絡な脳味噌でも……この皮肉を理解出来たとは驚きだ」
 雅が親指で指したのは『在庫一掃処分セール』の横断幕。アスガルド側が狙って送ったのか、まったくの偶然かはわからない。だが処分後に最初に見たのがこれでは、短絡思考の持ち主でなくても怒りを覚えるだろう。
「どいつもこいつも……俺を怒らせるとどうなるのか、体に教えてやらぁ!」
 鼻息も荒くエインヘリアルが立ち上がり、猛然と前衛組へ襲いかかった。
「教えて欲しいもんだが、ゴミにできるのか?」
「ドリルの腕だよー、その筋肉、貫いてあげる!」
 ドラゴニックハンマーを振る梓、腕をドリルへ変化させた桜子。両者、突っ込んでくる敵を迎撃する。これに空が後方から援護の轟龍砲。
「遠距離の方が……好みだからね」
 しかし度重なる被弾にも敵の勢いは衰えず、むしろ激しさを増していく。
「さあ皆さん急いで急いで! 警察の指示はよく聞いてくださいよ!」
 その頃、チャールストンは駆け付けた警察への避難誘導の引き継ぎを終えていた。
 避難も着々と進んでいる。さて戦況は、と彼は仲間たちの方へ顔を向ける。
 現状、戦場が拡大しないよう敵を抑え込んでいる。
 だが戦局がどう動くかはわからない、油断はできない。


 猪突猛進のエインヘリアル、素早く動いて翻弄するケルベロスたち。
 戦場は少しづつ移動し、最初にエインヘリアルが落下してきた場所に戻りつつあった。
「オラぁ!」
 車道から歩道へ、そして紅白の横断幕のかかるパソコンショップの前まで一気に押し切り、エインヘリアルは数汰を無人の店舗内へと突き飛ばす。続けざまに店舗めがけて大剣の一撃。店舗ごと破壊する気か。
「花嵐、お願いっ」
 澪は敵へと妹分のボクスドラゴンを向かわせ、自身は倒壊寸前の店舗に飛び込む。
「スマン、そっちは任せたぜ! さあ俺がてめぇを廃棄処分してやる。楽勝だぜ!」
「廃棄だ処分だうるせえんだよ!」
 泰地が激昂する敵と殴り合う隙に、澪は数汰を連れて倒壊する店舗から脱出、その際に負傷も癒やす。
「ちょっと暴れた程度で大罪人扱い、あげく使い捨ての消耗品っ。てめえらよりも俺を処罰した連中をブチ殺してやりてえ!」
 嵐の如き剣撃にガードレールはズタズタに裂かれ、歩道が削り取られる。自動販売機は破壊されて商品の缶飲料を撒き散らし、周辺店舗のショーウィンドウは砕け散り、真っ赤な郵便ポストが空中に吹っ飛ぶ。ケルベロスを襲う横薙ぎの刃に、叩き落とす斬撃に、己が処分された恨みが込められていた。
「少々の狼藉では廃棄処分されもしないでしょうに。アナタ、本当はどれだけ暴れたんです? 同胞をどれほど殺したのです?」
「ああン?」
 問いかけの声は、避難誘導を終えて戦列に加わったチャールストン。リボルバー銃を構える彼とエインヘリアルの間の路上に、空中に舞った郵便ポストが落ちてきた。チャールストンが引き金を引いたのはその直後。大剣を持つ敵の右腕に銃弾が命中する。
「短気は損気って言葉、知ってっか?」
 ここへ梓が加勢、敵の右脇を斬りつける。
「さっきはやってくれたな。だが俺たちの1人とて倒せないようじゃ、貴様は在庫どころか粗大ゴミだ」
「近距離は……得意じゃないけど」
 復帰した数汰と空、さらなる痛打を敵の負傷した部位に集中させる。
 ケルベロスたちはエインヘリアルを押し返し、再び戦場は広い車道へ移る。
「そこなら周囲の建物に引火の心配もない。祈りは焔に、慟哭は牙に。我従えしは炎神の僕――さぁ、灰燼と化せ」
「お店をあんなに壊して。もうおとなしくするんだよー!」
 銀鱗の翼を舞わせた雅の炎神の篝火と、桜子の紅蓮桜。
 二つの業火にエインヘリアルは絶叫を上げ、炎を消そうと車道を転がる。


 荒い呼吸を吐きながらエインヘリアルが起き上がった。全身、裂傷に火傷だらけ。右腕は垂れ下がり、上げることもままならない。
「右腕が……ダメか」
 敵は左手で大剣を掴むものの、剣先が小刻みに揺れている。さすがにダメージが蓄積してきたか。しかし、それは味方も同じ。大小の負傷が目立ち、呼吸も乱れてきている。
「正念場、ですね」
 澪がメディカルレインの雨を降らせ、ケルベロスたちは敵を包囲しての猛攻に出る。
「負傷を計算に入れずに戦うのは蛮勇だ。力はあっても頭が足りない。エインヘリアルの名が泣くぜ」
「そんなんだから使い捨て扱いされるわけだ!」
「黙れぇ!」
 エインヘリアルの斬撃をしゃがんで避け、その胴へと泰地が怒涛のラッシュを叩きこむ。この乱打に身を屈めた敵、その顎へと数汰の降魔真拳。拳に骨の砕ける感触が走る。
 敵は仰向けに倒れるが、まだ立ち上がってくる。
「景色が回ってやがる……どうせもう右腕は使えねえっ」
 舌打ちするエインヘリアルは、動かなくなった右腕に自らの大剣を突き立てた。
「イテェ! イテェぜ畜生! だが痛みで頭の中がすっきりした!」
 痛みで意識を保つエインへリアルは凄惨な笑みを浮かべ、なおも突進してくる。
「さすがに驚いたけど、まだ戦う気なら容赦はしないよ」
「……ねえ、貴方はどんな罪を犯して捕まったの?」
 雅と空が敵とのすれ違いにざまにその胴を裂き、周囲に血飛沫が舞った。
「自分で自分の腕を捨て駒にするとは。ま、このまま生きていても捨て駒人生は変わりません。なので破壊された後の再生に賭けてみるのはいかがです?」
「そいつぁ誰の話だ!」
 エインヘリアルが歯牙を剥き出し、跳躍する。
「アナタですよ。そのお手伝いを全力でしてあげる、いやーアタシって善人!」
 半身を逸らして直上からの攻撃を避けた彼の拳が、敵の砕けた顎を打ち抜いた。
 頭蓋骨の中で脳が激しく揺れ、エインヘリアルが白目を剥く。
 この隙は逃せない。
「トドメは任せたんだよー」
 桜子からの脳髄の賦活、呼吸を整えて得物を正中に構えた梓へ送られた。
 そして裂帛の剣気が斬撃とともに迸る。
 試製・桜霞一閃。飛び往く剣気は敵の体内に浸透し――心臓にて一気に解放される。
 エインヘリアルが塊のような黒々とした血を吐き出す。その心臓は既に鼓動を止めており、肉塊となった巨躯が車道へと崩れ落ちる。
「斬り結ぶ、太刀の下こそ、地獄なれ。踏み込みゆかば、後は極楽ってなぁ」
 得物を一振りし、梓が会心の笑みを浮かべる。
 泰地はエインヘリアルの履いていた悪臭漂うサンダルを拾い上げていた。
「あの捨て駒野郎のか。さすがに……臭う」
 人間用の履物にはならないサイズだが、他に何か使い道はないか、鼻をつまみながら彼は思案する。
 捨て駒。言葉の響きは悪いが、使われずに捨てられるよりは使われて捨てられる方がマシだろう。在庫品の処分も、売り物にならないのなら特売品ではなく廃棄されるはずだ。店舗の倉庫を空けたい、少しでも売り上げにしたい、これを必要とする人がいるかもしれない。事情は、種々様々。
 ふとケルベロスたちは思い出す。
 エインヘリアルの怒りを買い、戦闘の最中に破壊されたパソコンショップ。ここが在庫処分のセールを行っていたのは、新装開店のための一時閉店を控えていたからだ。
「壊されちゃったお店、ヒールで新築同然の店舗にしようよ」
 桜子の提案に一同は頷く。それが被害にあった店舗への、ケルベロスからの贈り物だ。

作者:砂浦俊一 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2018年2月26日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 0/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 8
 あなたが購入した「複数ピンナップ(複数バトルピンナップ)」を、このシナリオの挿絵にして貰うよう、担当マスターに申請できます。
 シナリオの通常参加者は、掲載されている「自分の顔アイコン」を変更できます。