愚姉愚妹

作者:八幡

●悪い子
 その赤い空が茜色と呼ばれることを、母に聞いたとき自分の名前がとても誇らしかったことを覚えている。
 それから、暫くすると空は瑠璃色になるんだよと聞いて、妹が嬉しそうに笑っていたことを覚えている。
 茜色の空を見上げるたびに思い出す、そんな他愛の無いお話……けれど、その時に茜はお姉ちゃんだから、瑠璃のことを見守ってねと自分の頭を撫でた母の手の感触を今でも忘れられない。
 そんな茜色の空を見つめながら家路を急いでいた少女……茜は、玄関の前で目元を拭ってから扉を開け……脱ぎ散らかされた靴下や投げ出された鞄を見て溜息をつく。
「瑠璃? 帰っているの? いつも脱ぎっぱなしにしちゃダメって言ってるでしょ?」
 妹の瑠璃はよく言えば奔放、悪く言えばがさつで、何でもすぐに諦めてしまって……茜がもう一度息を吐こうとしたところで、仏間にある母の遺影の前に佇む妹の姿を見つけた。
 否、それは妹の姿などではなく……半身を羽毛に包まれた妹に似た何かだった。
「お姉ちゃん……お姉ちゃんはなんでもできるし良い子だし、お父さんに褒められて羨ましいなって思ってたんだ」
 茜がその姿に言葉を失っていると、その異形が話しかけてくる。愛らしい妹の声を使って。
「それでね。私はなんでもできちゃうお姉ちゃんが大好きだったんだ……でも、気付いちゃったんだよ、お姉ちゃん、私を苛めてるんでしょう?」
 発せられた言葉に思わず違うと叫ぼうとするが、その口元を羽毛の生えた手で瑠璃に押さえられた。
「いつもいつも勉強を無理やりやらせようとする、そんな意地悪は許せない」
 それは瑠璃のためにやっていたはずのことだ。
 だが、瑠璃は茜の言葉を聞く素振りすら見せず、茜の手を取ると……その手を簡単に握りつぶした。
 茜は唐突に走った激痛に叫び声を上げそうになるも、口を押えられて呻き声しか出ない。そして瑠璃は続ける。
「私が嫌いなものを食べさせようとする、そんな酷いことは許せない」
 それは私がお姉ちゃんだから妹に好き嫌いをさせちゃいけないと……そんな考えが脳裏をよぎるが、瑠璃は最初から話を聞く気が無いのか今度は茜の耳を簡単に引きちぎった。
 あまりの痛みに涙と鼻水を垂らしながら手足を動かすと、瑠璃の手がようやく離れて、
「私がどんなに頑張っても、お姉ちゃんは褒めてくれない。そんな悪い子は私のお姉ちゃんじゃない」
 整った顔を汚くゆがめる茜を見下ろし、瑠璃は冷たく吐き捨てた。それは……それは、何のためだっただろうか、
「でも、そんな悪いお姉ちゃんも好きだったよ……だって、悪いお姉ちゃんの気持ちは少しだけ分かったんだもん」
 意識が闇に呑まれる中、茜が最後に見たものは……氷の輪を持ちながら、とても嬉しそうに、あの時のように笑う妹の姿だった。

●姉と妹と
「大変だよ! ビルシャナを召喚した女の子が事件を起こすんだよ!」
 小金井・透子(シャドウエルフのヘリオライダー・en0227)はケルベロスたちの前に立つと話を初め、
「ビルシャナ……ですか」
 透子の話を聞いた、斬宮・紅緒(憧憬の雪路・en0267)はビルシャナについて思い起こす。
 ビルシャナを召喚するもの……ビルシャナを召喚した人間は、理不尽で身勝手な理由での復讐をビルシャナに願い、その願いが叶えばビルシャナの言うことを聞く契約を結んだもの。
 そして言うことを聞くとは、すなわち完全にビルシャナと化すことに他ならない。
「女の子がビルシャナになっちゃう前に……何より理不尽な復讐で誰かが死んじゃう前に、何とか助けて欲しいんだよ!」
 思案している紅緒に一つ頷いて、透子はケルベロスたちに助けて欲しいと願う。
「ビルシャナが現れるのは、郊外の一軒家だよ。場所は分かってるからすぐに着けるよ」
 それから透子はビルシャナについての説明を始める。
「被害にあうのは茜ちゃんって言う女の子で、ビルシャナになっちゃうのが……瑠璃ちゃんって言う茜ちゃんの妹なんだ。二人はとっても仲が良い姉妹だったんだけど、お母さんが死んじゃってからギクシャクしちゃってるみたい」
 どうしてそんなことになっちゃったんだろうと透子は目を伏せるが、ほんの些細なきっかけで関係が壊れる。それは良くあることだ、そして些細な行き違いが、想いの違いが積み重なり、何時しか人は自分で自分の首を絞めるのだ。自分自身でも気が付かないうちに。
「戦いが始まったら、ビルシャナは茜ちゃんより先に皆を倒そうとするんだよ」
「それならば茜様を守るのは問題なさそうですね」
 再びケルベロスたちを真っ直ぐ見据え、瑠璃をあえてビルシャナと表現した透子の言葉に、紅緒が頷く。
 後回しにする理由は苦しめて殺したいからだろう。だが、明確に攻撃対象から外れるというのであれば、それは利用できる。
「でも、ビルシャナが自分が危ないと思ったら、道連れで茜ちゃんを殺そうとするかもしれないから気を付けてね。それから……ビルシャナと融合しちゃった人は、普通ならビルシャナと一緒に死んじゃうんだ。でも、瑠璃ちゃんが『復讐を諦めて契約を解除する』と宣言した場合は、助かることもあるんだよ」
 とっても難しいんだけどと透子は願うような瞳でケルベロスたちを見つめる。
 復讐を止めさせる。それには心からそう願わせる説得が必要だろう。そしてそれは容易なことではない。
 どうしたものかと考えるケルベロスたちの前で、透子は祈るように両手を胸の前で重ねて、
「どうか、多くの人を救って欲しいんだよ」
 姉妹の行く末をケルベロスたちへ託した。


参加者
藤守・景臣(ウィスタリア・e00069)
マキナ・アルカディア(蒼銀の鋼乙女・e00701)
ルピナス・ミラ(黒星と闇花・e07184)
月杜・イサギ(蘭奢待・e13792)
音無・凪(片端のキツツキ・e16182)
橘・相(気怠い藍・e23255)
ルト・ファルーク(千一夜の紡ぎ手・e28924)
ライガ・アムール(虎さん・e37051)

■リプレイ


 真っ赤に染まる部屋の中。
 母の遺影の前に居た異形の鳥は、愛らしい妹……瑠璃の声を使って語りかけてくる。
「お姉ちゃん、私を苛めてるんでしょう?」
 それがビルシャナと呼ばれる存在である事を他人事のように思い出しながら、眼前に迫ってくる羽毛に包まれた細い手を茜は只見つめる。
 虐めている? それは違うはずだ。自分は姉としての責務を果たしているだけ。母の願いを果たそうとしているだけ……だけど、その行為はダレのナンノためだったのだろうか。
 一瞬脳裏を横切った仄暗い想いを否定するように、違うと茜は声を張り上げようとするが――その言葉は唐突に響いた乾いた音によって掻き消された。
 夕焼けの色を映して輝くガラスの欠片が周囲に飛び散り、マキナ・アルカディア(蒼銀の鋼乙女・e00701)と、ルト・ファルーク(千一夜の紡ぎ手・e28924)が光の粒子の中に身を躍らせるように部屋の中へ飛び込んできた。
 それから一呼吸を置いて、月杜・イサギ(蘭奢待・e13792)が同じく窓を破って入り込む。
「な?!」
 今にも茜の顔を掴もうとしていた瑠璃だが、唐突に侵入してきたマキナ達に驚いて思わず飛び退くと、警戒するように低く構えた。
 マキナとルトは飛び退いた瑠璃と茜の間に割り込むように立ち、飛び込んだ勢いのまま茜の元まで駆けたイサギがそのまま茜を抱えるように仏間の入り口へと飛んだ。
「僕達はケルベロスです」
 着地する寸前に黒い翼で宙を打ち付けて態勢を整えたイサギと入れ替わるように廊下側から仏間に入ってきた、藤守・景臣(ウィスタリア・e00069)と、音無・凪(片端のキツツキ・e16182)が茜の前に立ちながら自分達がケルベロスである事を告げる。
「あ~お取り込み中すまないんだが……そこの姉妹二人ちょっといいかい? 邪魔しないでとかの決まり文句は言うなよ?」
 ケルベロスと聞いた瑠璃がますます警戒を強めるように体を強張らせる中、ライガ・アムール(虎さん・e37051)は堂々と瑠璃の目の前まで移動し、
「どうしてこうなった?」
 瑠璃の瞳を覗き込むように顔を近づけて問いかける。
「どうしてお姉さんを許せないと思ったのですか?」
 ライガに問いかけられた瑠璃はきょとんと小首を傾げるが、橘・相(気怠い藍・e23255)と共に部屋に入ってきた、ルピナス・ミラ(黒星と闇花・e07184)が再度問い直すと、
「だってお姉ちゃんばっかりお父さんに褒められてずるいし、私には嫌いなものを食べさせようとしたり、勉強させようとしたりするんだもん」
 頬を膨らませながらそう答えた。その仕草は本当に小さな子供のものだが、
「それに、お姉ちゃんは私を褒めてくれない。お姉ちゃんだって本当は悪い子なのに私にばっかり厳しくする……だからお姉ちゃんにも罰を与えるんだ。邪魔をするならお姉さん達から殺すよ?」
 続けて吐かれた言葉は呪詛を唱えるように、暗く静かなものだった。
 その声に偽りは無く、瑠璃が本気で茜を殺そうとしている事が分かる。そして瑠璃の言葉を聞いた茜は崩れ落ちるように座り込み、怯えるように体を震わせる。
「姉妹は仲良くしなくちゃね。だから大丈夫」
 恐怖のためだろうか? 震える茜の肩に手を置いて、相が宣言すると……ケルベロス達は各々の得物を構えた。

 獲物を構えて瑠璃と対峙するマキナ達を後ろから支援しつつ、斬宮・紅緒(憧憬の雪路・en0267)はその背中をじっと見つめる。
 マキナ達はこれから、あの子を説得しようと言うのだが子供を説得するのは難しい……人は自分が体験した事なら素直に受け止める事ができるが、体験の伴わない話では実感がわかない。
 だからこそ、人の話を聞く器が出来上がっていない、年端も行かぬ、体験そのものが乏しい子供に理を説くのは難しい。
 どうするつもりだろうかとマキナ達へ視線を巡らせていると、イサギの肩に乗った黒豹と目が合って……その黒豹に小さく頷くと、しっかり支援しましょうと紅緒は瑠璃と向き合った。


 お姉ちゃんは完璧な人間だった。
 少なくとも私からはそう見えた……だから私にとってお姉ちゃんは自慢のお姉ちゃんだった。でも、お母さんが居なくなってから、お姉ちゃんは私にきびしくするようになった。
 私はお姉ちゃんじゃないのに。私はお姉ちゃんにはなれないのに。そんな事も分からないお姉ちゃんは私の好きなお姉ちゃんじゃないし、私を羨ましそうに見るお姉ちゃんは嫌いだ。

「瑠璃、本当に嫌だと、苛められているのだと思うのなら。自分のその思いの丈を言葉にして伝えればいいのよ。言わなければお姉さんも分からないわ」
 冷たい視線を茜へ向ける瑠璃にマキナが話しかける。言葉にしなければ思いは伝わらない、当たり前の事だが人はそれを忘れがちだ。
 感情を手に入れてから間もないマキナだからこそ、人の思いを強く意識するのだろうか……だが、マキナの言葉に瑠璃は言ったよと冷たく答えた。
「好きな食べ物を教えてくれるかい嫌いな食べ物は?」
「えっと、ハンバーグが好きで、嫌いなのはニンジンとピーマンとパクチーと……」
 マキナの言葉に反応を示したという事は、少なくとも会話をする気はあるようだ。そう判断したイサギが瑠璃の好きなものと嫌いなものを聞くと、瑠璃は少し視線を宙に彷徨わせてから答える。
「私も好き嫌いがとても多くてね好きな物ばかり食べて大人になった。でもね『大切な人が私のために作ってくれたご飯を、食べられなかったんだ』悔しくて、悲しくて、情けなくて、恥ずかしかった」
 止めども無く出てくる嫌いな食べ物に、頷いてからイサギは話始める。
「私には『好き嫌いをしていると、いつか大切な人を傷つける』と教えてくれる人がいなかったんだ……君は幸運だよ」
 それはイサギの体験。大切な人からの好意を無下にしてしまった過去の話。しかし、もしイサギにその未来の可能性がある事を教える人が居たのなら、結果は違っていたのかもしれない……そう考えると、好き嫌いは駄目と教えてくれる人が居る瑠璃は幸せと言えるだろう。
「瑠璃さん、貴女はまだ幼いですから実感がないかも知れませんけど、大人になっていくにつれて、良い学校に行くためには勉強が良くできる子にならないといけないのです」
 大切な人を傷つけると言ったイサギの言葉に目線を泳がせた瑠璃に、ルピナスが茜が勉強をさせようとした理由について彼女なりの見解を説明する。
「良い学校に行けば、その分幸せな人生が待っていると思いますよ。茜さんは、その為に、貴女に勉強をする様に促したのだと思います」
 ルピナスもまた一人の少女であり、その先の人生を経験している訳ではないが、多くの大人が言ってるように、勉強とは幸せな人生のために必要なものだろうと予想する。
「でも、私が嫌いなものを食べても、勉強を頑張ってもお姉ちゃんは褒めてくれないよ?」
 イサギとルピナスの話を聞いた瑠璃は何でと首を傾げる……子供は褒められたくて頑張る側面がある。瑠璃の疑問は当然と言えるだろう。
「勿論、褒めるべき時は褒めるべきです……しかし貴女が勉強中分からない箇所があった時、貴女が嫌いな物を食べた時、茜さんは如何されていましたか? 傍に居て下さいませんでした? 手を貸しては下さいませんでした?」
 そんな瑠璃に景臣は一度頷き、瑠璃が頑張っているときに茜は何をしていたのかと問いかけた。茜は瑠璃を放置などせず、ちゃんと見守っていたのではないかと。
「何でも出来る様に見せるのは意外としんどかったりするんです。それでも守りたい人の前では格好良くありたいから努力する……きっと、茜さんも」
 景臣の言葉は、娘を持つものとしての経験からきているものだろうか……人は完璧ではない、だから完璧を演じるのは並大抵の努力では務まらないだろう。
「それでも……苛めをしていると?」
 もし茜が妹の前で完璧であるのならそれは凄まじい努力の結果だろうし、そんな人間が苛めなどするだろうかと、景臣は瑠璃へ問いかける。
「違うよ、悪いお姉ちゃんが私を苛めるんだもん!」
 だが瑠璃は景臣を猫のように威嚇して否定する。景臣の言う事はもっともなのだが、それは少しでも完璧を演じようとした事のある人間にしか実感できないものだ。
「今の瑠璃の気持ち、わかるぜ」
 瑠璃の剣幕に思わず言葉を飲んだ景臣に変わって、ルトが己の体験談を交えて話しかける。
「オレも昔、兄さんに似たような事を言われて、同じ気持ちになった事があるからな。オレが出来ない事を軽々やってのける上に、何をするにしたって小言を並べてきて……兄さんはオレを苛めてるのかよ、ってさ」
 何でもできる兄と、劣等感や兄に追いつけない焦りからそれを苛めととらえる弟……それは正に今の茜と瑠璃の関係に酷似しているように思える。
「でも、そうじゃなかった。面と向かって聞いてみた時、兄さんは笑いながら言ってくれたんだ『大切な弟分を苛めたい訳が無いだろ』ってな。そうやって話してみて、オレは理解できたんだ。兄さんのその想いをさ」
 そしてルトの兄はルトを本当に大切に思っていたようだ。
「瑠璃は茜に自分の思いをぶつけてみた事はあったか? 無いなら今、聞いてみるといいぜ。茜の想いをな。きっと、正直に答えてくれるからさ」
 だからルトは瑠璃に茜の思いを聞いてみろと言い、
「……お姉ちゃんは私の事を苛めてたの?」
 瑠璃は床に座り込んだまま震えている茜へ、視線を向けた。


 私はお姉ちゃんだから瑠璃を守らなきゃいけない。私はお姉ちゃんだから瑠璃の手本にならなくちゃいけない。私はお姉ちゃんだから……嗚呼、そうだ、これは責務だ。姉として生まれた責務。母に託された責務。
 お父さんは良いお姉ちゃんだねと私を褒めてくれるけど、それは責務を果たした事を褒めてくれているだけ。
 だから、私は、お姉ちゃんじゃない瑠璃が羨ましくて……嫉妬してしまったんだ。

(「黙って聞いていてくれ。瑠璃は今ビルシャナに囚われている。このままにしておけばいずれ瑠璃は本当にビルシャナになってしまうだろう」)
 どうして良いのか分からずに震える茜の肩に手を置いた凪は、声を出さずに茜へ語り掛ける。
(「そうなったらもう瑠璃を助ける方法は無い。だけど、今ならまだ瑠璃を人に戻せる。瑠璃が本心からビルシャナを拒絶すれば戻せるんだ」)
 そして今の瑠璃の状態と、本心から契約を解除したいと望めば瑠璃は元に戻せる事を凪は茜へ伝え、
(「……どうしたい?」)
 茜自身はどうしたいのか? と問いかけた。
 問いかけられた茜は弾かれたように凪の顔を見上げる。そんなのは助けたいに決まっている、決まってはいるが上手く言葉が出ない、何かが心に引っかかっている。
「茜、君も嫌いなものがあるだろう。自分は嫌いでも妹が好きな食べ物を料理して、一緒に食べたりは? 将来、妹が困ったり辛い思いをしないように、お母さんがしていたように考えているね。皆で囲む温かいご飯は、とても美味しいからね」
 凪を見上げ言葉を失ってしまった茜へイサギは語りかける。妹のために、母のように考えて良くやっているねと、
「茜、人を見守るというのは時に厳しさも必要だけれども。時に貴方達の名前の由来を語っていた母の様に見返りのない愛情で優しく包み。いつも褒めてくる父の様に言葉に出して伝える事はとても大切だわ」
 それからマキナは言葉に出す事の重要性を説いて背中を押してやろうとするも、茜の言葉は出てこない。
「本当はお姉ちゃん大好きなんでしょ、いいこ!」
 結果的に沈黙する事になった茜を冷たく見つめる瑠璃を、相はまずは褒める。
 相の基本方針は褒める事のようだ。そして瑠璃には茜より優れた部分がいくつもあるはずだ、姉を好きだと言う思いもその一つかもしれない。
 実際、相の知り合いの中には闇気味な妹の方がおっぱいが大きくても仲の良い姉妹は居たのだから……それはこの姉妹には関係の無い事かもしれないが、兎に角妹と言う存在は姉の影響を受けて、ころころ変わるもんだと相は思う。
 だからこそ、姉が揺らいでしまったら、その影響を受けた妹も大きく揺らいでしまう。
「ひとつやふたつ褒めるところあるでしょう。恥ずかしがってちゃいけません褒めれるときは褒めましょう。瑠璃ちゃんの事が好きなんでしょう」
 茜の沈黙を照れだと判断したのか相もまた、茜の背中を押すように言葉をかける。やっぱ姉妹は仲良しが一番だよと。
 しかし、相達に背中を押されても茜は座ったまま震えるばかり……、
「……それが、てめぇの選択なんだな」
 そしてそれは一つの選択を意味する。茜の肩に置いていた手を離した凪は、茜の顔を見ずに一言だけ呟いた。


 立ち上がる事ができない茜の様子に、景臣は首を振る。
 人は完璧ではない。悪いお姉ちゃんと言っていた瑠璃の言葉通り、茜にも悪い部分がある。そしてそれこそは瑠璃が茜に持つ憧れや嫉妬と同じで……だからこそ瑠璃は敏感に感じ取ったのだろう。
(「良かれと思った事でも相手がどうとらえるかなんて分からない……」)
 然し、だからこそ尊い。何もしなければ何の結果も得られないのだ。
 景臣達の今回の行動もそうだろう。結果としては救えなかったかもしれない。けれど、この行動は何時か彼女が受け入れられるようになった時に、彼女の救いとなるだろう。
「瑠璃は、頑張ってきたんだよな?」
 ライガは目の高さを同じにして瑠璃の瞳を覗き込む……それから、小さく頷いた瑠璃の頭を、半分羽毛に包まれたそれを偉いなと撫でてやる。それから母ちゃんは、好きか? と問い、
「好きだろうな。きっと瑠璃の事も大好きだろうな。でも、今お前の母ちゃん泣いてるな。自分の子供が家族の一人を殺そうとしている」
 ライガに再び小さく頷く瑠璃の瞳から目を離さず、ライガは語り続ける。
「そして、姉ちゃん殺したら瑠璃はどうするんだい? 父ちゃん置いて消えるのか?」
 それは復讐の後の話だ。
「頑張って帰ってきたら誰も居ない……母ちゃんが居なくなった悲しみと同じ事父ちゃんに二回も味あわせるんだな。もしかしたら、父ちゃん自分で命をたつ事も考えられるな」
 復讐を果たしたとしても後に残るのは悲しみしかない。母を失った経験のある瑠璃には痛いほど良く分かる話。
「そうなると死んでからもずっと母ちゃん悲しんですごすんだろうな……それが嫌ならこんな事はやめるべきだ」
 小さな体から伝わる震えに一縷の望みをかけてライガはじっと瑠璃の瞳を見つめ続ける。
 体から伝わるように、瑠璃の感情は揺らいでいる。だから後少し感情を揺らし瑠璃の体験や嫉妬を踏まえた上で言葉をかけてやれれば……あるいは茜の心の棘を見抜けていれば、結果は変わったかもしれない。

「そうだね。酷い話……でも、もうどうしようもないんだよ。私は鳥さんにこの体をあげるって約束しちゃったんだから」
 瑠璃の体の震えが止まると同時に、その手に氷の輪が出現した。
「ライガさん、残念ですが」
 氷が放たれると同時にルピナスがライガ肩を引き、行き場を失った氷の輪がルピナスの肩を裂く。分かっては居たが……金色のガンドレットの向こうに見える瑠璃だったものの姿にライガは小さく息を吐き、同時に茜を抱えたイサギが窓の外へと跳んだ。
 茜の身を守るためと、妹の変わり果てた姿を見せないようにするためだろう。
 イサギが羽ばたく音を聞きながらマキナは一瞬目を伏せるが、すぐに瑠璃に向き合ってカプセルを投射する。
 カプセルから撒き散らされる対デウスエクス用のウイルスに瑠璃に降り注ぐ中、景臣が此咲を鞘から抜けば白刃が煌いて凍える紅炎が瑠璃の肉叢の熱を奪ってゆく。
 熱を奪われ思わず自分の両肩を抱いた瑠璃の目の前に居たルピナスは卓越した技量からなる達人の一撃を放ち、ルトは簒奪者の鎌に虚の力を纏って瑠璃を激しく斬りつける。
 交差するように交わるルピナスとルトの刃は瑠璃の胸元を大きく切り裂き、その様子を高速演算プログラムが搭載された眼鏡で観察していた相が、裂かれた胸元へ魔狼のオーラを封じ込めたスナイパーライフルを向ける。相のスナイパーライフルから放たれた一撃は違わず瑠璃の胸を貫いて大穴を穿つ。そして虚ろな目で自分に空いた穴を見つめる瑠璃の前に凪は立って、
「あたしらケルベロスはあくまでも問題を解決するための道具なんだ」
 自分に言い聞かせるように言葉にする。そして、道具としても不完全なら……と脳裏によぎった考えを振り払うように、だからてめぇを止めるよと右手のオウガメタルを振り抜いた。

「母ちゃんに会えると良いな」
 何かに耐えるように胸に手を当てるマキナの横で、ライガが小さく息を吐くと瑠璃だったものは光となって消えていく。
「気の毒だが、終わった事だ」
 茜色の空に消えていく光を目で追いながらできればこんな事はしたくなかったねと呟く相を他所に、イサギは淡々と家の修復などを行う……確かに、過ぎ去った事を気にしても仕方がないだろう。
 相達はビルシャナを倒すという使命を全うした。だから、この仕事は成功……だが、
「私は……私はもうお姉ちゃんじゃないんですね」
 悲しそうに涙を流しながら、それでいて何処か安堵したように言葉を零す茜の姿をルト達は黙って見つめるしかなかった。

作者:八幡 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2018年2月19日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 0/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 9
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