鳥兜の栄光

作者:皆川皐月

 電車の走る音が遠くに聞こえる。
「なんだ、これ」
 真っ赤な手。擦っても落ちない。
「なぁ、逃げるなよ」
 目の前で怯える女にも同じ赤色。視界の端で赤を流す男の喚く声。
 耳を劈く様な悲鳴。逃げる足音。ざわめく声。うるさいな。
 適度な周期でぶつかる赤い光線。
 騒然としている周囲。密やかに話す声。指差す影。うるさいな。
 誰も、誰も助けようとしなかったくせに。
 俺は、俺だけは彼女を救いたかったのに。
「なんだ、やっぱり正義の味方なんていないんじゃないか」
 皆が俺を指差している。俺はヒーローになるはずだったのに。
 すとんと胸に何かが落ちた。
 正義の味方は存在しない。それこそが、正義。

 直後、一人の青年が翼を纏う。
 夜を裂くような輝きと共に。

●届かずの
 扉の音に漣白・潤(ドラゴニアンのヘリオライダー・en0270)が振り返る。
 集まった面々に、静かに礼をした。徐々に日常となりつつある風景。
「それでは、説明を始めます」
 皆々が席に着くのを見届けてからこの言葉が発されるのも、変わらずとなりつつあった。
 紙の擦れる音。捲れる音。どれもただ変わらず。
「『大正義』を主張するビルシャナが、現れました。……正義は、難しいです」
 ファイルを捲る音。資料をご覧ください、の声。
「この事件は『大正義』を目の当たりにした一般人が、その場でビルシャナ化しています。放置すればその大正義を以て一般人を信者とし、場合によっては新たなるビルシャナを生み出す……放置はできません」
 資料を滑る潤の目と指が、更に話を進める。
「件のビルシャナは生まれたばかりなので、配下は獲得していません。しかし、それも時間の問題です」
 暗に急げと告げる言葉がケルベロスの耳を打つ。
 しかし次に述べられたのは、まずは説得をの言葉だった。
「このビルシャナはこちらが戦闘態勢を取らない限り、仕掛けては来ません。ですので、まずビルシャナの掲げる正義に意見をぶつけてください。自分の大正義に対し、賛否問わず意見を述べられれば、反応せずにはいられない習性があるのです」
 その間に周囲の避難誘導をするのが得策ですと加えられる。
 更に、本気で意見を叩き付けなければビルシャナはこちらに見向きもしないことも。
 議論には心底本気でお願い致します、と潤は言った。
「避難誘導の際の注意点ですが、多く使用される『パニックテレパス』、『剣気解放』などの能力を使用した場合、大正義ビルシャナは戦闘行為と認識する危険があるため、出来る限り使用は避けていただけますと幸いです」
 一筋縄ではいかない項目が追加される。
 再び紙の捲れる音。
「……ビルシャナの大正義、は―……」
 潤が言葉を飲み、噛む。ほんの少し考えた後、静かな声で口にした。
「正義の味方は存在しない大正義、です」
 ファイルを閉じる音。誰かが紙を握る音。ペンの走る音。小さな音が入り乱れる。
 配られた紙に綴られた現場は夜の繁華街。都心の駅に近い、高架下と書かれていた。
 その下に書かれているのは、皆よく知るビルシャナと変わらぬ能力。
 小さな深呼吸の後、潤が顔を上げる。
 そしてまたゆっくりと頭を下げた。
「どうか、お気を付けていってらっしゃいませ」
 顔を上げた時、いつもと変わらない淡い笑み。
 しかし、ヘリオンへと呟いた声だけが、今日は少し硬かった。


参加者
アリッサ・イデア(夢亡き月茨・e00220)
ネロ・ダハーカ(マグメルの柩・e00662)
シャーリィン・ウィスタリア(月の囀り・e02576)
岩櫃・風太郎(閃光螺旋のガンカタ猿忍・e29164)
メィメ・ドルミル(夢路前より・e34276)
一・チヨ(水銀灯・e42375)
信田・御幸(真白の葛の葉・e43055)
ノルシェ・ヴィンテル(雪花・e44948)

■リプレイ

●環状線
 降り立ったケルベロスの姿に安堵の表情を見せる人。デウスエクスが、と話しかける人。
 どこからともなく聞こえる、助けての言葉。好奇心のまま連写されるシャッター音。
 早くあのデウスエクスを倒してと望む、怯えや僅かな興奮を含む声。
 倒れる男と震える女を心配する声など、あまり聞こえはしなかった。
「失礼、ケルベロスよ」
 夜風にふわりと銀を躍らせ上品に笑むアリッサ・イデア(夢亡き月茨・e00220)のヒールが、カツリとコンクリートを鳴らす。
 共に避難誘導役を申し出たノルシェ・ヴィンテル(雪花・e44948)も、手近な救急隊員に声を掛けて避難誘導の指示を出した。
「巻き込まれないように避難と……動けない人の救助を、お願いします」
 お任せください、としかと頷いた彼らの動きは迅速であった。
 まるで波が引く様に、遠巻きに見ていた人々が徐々に現場から遠ざけられてゆく。
 赤く染まった自身の手を見つめていたビルシャナが、ゆっくりと顔を上げた。
『ケルベロス、か』
 来たのかという含みを持つ言葉。ビルシャナはぼんやりとした瞳のまま、アリッサとリトヴァの手で自身から引き離されていく男女の姿を見る。
 しかし言葉は無く、ただ静かに瞳を伏せた。
 そうして再び立ち尽くすビルシャナの前に、人垣を掻き分けた岩櫃・風太郎(閃光螺旋のガンカタ猿忍・e29164)が勢いよく飛び出す。
 眉間に皺を寄せ、苛立たし気な感情露わにビルシャナを睨み付ける。
「何が『正義の味方は存在しない』だ?その大正義、語るに落ちたり!」
 ぐわりと目を見開き、風太郎は叫ぶ。
 内心密かに思うのは己の過去のこと。目の前のビルシャナとなってしまった青年の姿は、あまりにも昔の自身と重なって見えた。
「そもそも、乱暴されている女性を強引な手段で助けて自尊心を満たす行為が正義?笑止千万!」
 強い強い否定の言葉。ぴくりと、ビルシャナの肩が震える。
「やりすぎて悪者扱いされ、自分の思い通りにならねばデウスエクスに魂を渡すなど、身勝手極まりなく手前勝手が過ぎる!」
 風太郎の言葉に、ビルシャナは徐々に赤黒くなりつつある手を握り締め、ゆっくりと顔を覆う。
 だが風太郎は止まらない。ビルシャナに厳しい視線をぶつけ、声を張る。
「つまり、貴様は最初から正義など持ち合わせておらぬ!」
 ビルシャナを指刺し、風太郎は真っ向から否定を突き付けた。
 男がビルシャナへ変化する直前に行った事は、決して褒められたものでは無いからだ。
「正義とは!『どんな逆境にも真っ直ぐ貫く意志と覚悟』を示し候。それを心に宿した者こそ正義の味方でござる!真のヒーローは迷わぬ、挫けぬ、諦めぬ!これに全て当てはまる我等ケルベロスこそ、正義の味方なり!」
 叫ぶように、ハッキリと言い放った。手で顔を覆っていたビルシャナが静かに顔を上げ、無表情のままじっと風太郎を見る。
『アンタは―……アンタは、なんなんだ。俺がバケモノにならないで、アンタらみたいにケルベロスになってたら違うのか?』
 表情を変えないまま、男が乾いた笑いを洩らす。
 赤黒い手で再び顔を覆うと、くくくと笑いだす。だがそれも一瞬。再び上げた男の顔は、能面の様な冷たさだった。
『正義のケルベロス……あぁ、いいとも。いいさ。知ってるさ。でも、猿のアンタ、いいよなぁ。アンタはケルベロスだもんなぁ。殺したって正義、だろ』
 なんたって、俺は人を刺した上に化け物だもんな!泣きそうな顔で、男は叫ぶ。
 その姿に風太郎は唇を噛み、二の句が継げなかった。ふらつく足取りで風太郎へ近付こうとした男の前へ、信田・御幸(真白の葛の葉・e43055)が進み出る。
「正義の味方は存在しない。そも、正義の味方とはなんぞや?」
 細めた目で男を観察しながら、一見すると怪しい薄ら笑いを浮かべて問う。
「君にとって正義の味方の定義とは何なのかな?」
『そんなもん、なんでアンタに言わなきゃならないんだ』
 余裕そうな態度は崩さずにもう一度問いかければ、ビルシャナの返答はつれない言葉。
 やれやれとワザとらしく肩をすくめた御幸が、大きく溜息をついて見せた。
「善悪なんて人と立場と状況によってくるくる変わるもの。すなわち正義とは相対的なものさ。『正義』に『味方する者』……君の信じる『正義』とは何だい?」
『煩いな。アンタ、見ただろ、アレ。守れなかった成れの果て』
 明確に興味を示すことは無く、視線も交わさず、ビルシャナは淡々と御幸に言う。
 御幸自身、本当は周囲全ての人々が避難し終わるまでビルシャナを引き付けるための問答するつもりであった。答えは出さず、述べず、延々と。
 だが、当のビルシャナは全く興味を示さない。ちらりと周りを伺えば、人々の避難は概ね完了しつつある様子が見て取れる。ならば。
「ああ、私たちの正義は簡単だ。『周囲に害をなす』君という『悪』を挫く。それが番犬としての正義だよ」
 眼鏡を押し上げ、最初と表情を変えることなく御幸は言った。
 すると、ビルシャナがまた笑いだす。
『ハハハ!なんだ、狐のアンタも猿のアンタも……我らとか私たちとか、全員の代表かなんかなのか?』
 鳥のようになった手と伸びた爪で男は頭を掻く。
 まるでおかしいことが我慢できないといった様子ながら、先と同じ無表情で。
 一目で異常と分かる男の様子や動向に気を付けながら、御幸は静かに言葉を重ねる。
「……正義の味方とは、『己の正義』というエゴを貫き通せるもののこと。人は醜い生き物だ、絶対的な正義も悪もありはしない」
『その絶対が無くても、アンタはケルベロスだから俺を始末しに来た。そうなんだろ?』
「理不尽なんて世界に溢れてる。要するに――甘えるなよ、小僧」
 ずっと湛えていた怪しげな笑みを捨て、御幸は強い瞳でビルシャナを見た。
 それでもビルシャナの態度は変わることは無い。結局同じだと笑うばかり。
 その姿に、一・チヨ(水銀灯・e42375)が歩み寄る。
「ねぇ」
 チヨの横には、画面が砂嵐のままのさゆりがぽつんと立っていた。
「俺はあんたの踏み出した一歩を、間違いだったとは思わない」
『アンタはあっちとは違うのか』
「守りたいものを、犠牲も無く守れる方が稀だろうよ」
 小さな溜息。夜風にインバネスコートがふわりと揺れる。黄色のレインコートがはためいても、さゆりは決して動かない。共立つチヨは眠たげな瞳のまま、けれど、と言葉を続ける。
「あんたが守りたかったのは彼女だったのか……あんたの優越感だったのかは、分からないけどね」
 真っ直ぐ自身を見つめるチヨの瞳に、ビルシャナの肩が震えた。
 嘴が『おれは』と紡げども声にはならず。夜風が吹き抜けゆくばかり。

●切り替え地点
 ビルシャナの中で何かが崩れる様が、あからさまに顔に出始める。
 鋭利な爪が羽を抉ろうとした時、「ねぇ」と声を掛けたのはまるで夜を体現したかのようなシャーリィン・ウィスタリア(月の囀り・e02576)。
 藤色が縁取る満月を瞬かせ、どこか今のビルシャナに似た微かな諦めの色滲む瞳で淡く微笑む。
「わたくしも、正義の味方なんて……いないと思うの」
 紡がれた言葉に、ビルシャナは弾かれたようにシャーリィンを見た。
『アンタ、』
「だって、正義は自分の中にある矜持であり譲れぬものでしょう……?だから、自分の正義は自分だけのもの。正義の味方は、誰かに授かる名ではないのだから……」
 胸元で祈るように手を握るシャーリィンの羽が街灯に照らされ、薄く透ける。
 言葉にし難いほどの神々しさ。微笑む様は息を呑むほど蠱惑的であった。
「貴方の嘆きに頷けても、起きてしまった惨劇は……認められないのだわ」
 ただ、それだけなのよ、とシャーリィンは自身の心を口にする。
『でも……アンタは持ってるんだな、ソレ』
 ビルシャナが指したソレを何とは言わない。言葉を向けられたシャーリィンは、ただ静かに頷くのみに留め置いた。その姿にビルシャナは頭を掻き毟り、ぐうと唸って涙を呑む。
 繁華街とは思えぬ静寂が場を満たす。
 じゃり、とサンダルがコンクリートを踏みしめる音。
「あんたは正義がないと思った。それこそが、正義があったってことだろ」
 ほとりと言葉を落としたのはメィメ・ドルミル(夢路前より・e34276)。身に着けたオレンジの麻布が夜風に舞う。
 ふるりと震えた小さな黒い耳。三白眼の橙が、じぃっとビルシャナを見る。
「おれがわかることはひとつだけ。あんたがもともと望んでいたことと、いまはかけ離れてるってことだ」
 朗々と語るような声でメィメは言う。全てを知った様な太陽色の目は、ビルシャナを見据えたまま。
「そうやって汚せば汚すほど、あんたの本当の望みから余計離れていく」
 これ以上はやめろという言葉に、ビルシャナはただ震えた。
 皆まで言わずと知れたこと。遠かったものはより遠く。気付けば影ばかりが濃くなって。
「……自分から、望みを手放すんじゃねえよ。なりたかったものを、自分で貶めるな」
 そこにあったのは労わりだった。
 しかしメィメとて全て納得尽くでも解していた訳でもない。葛藤の末、今でも悩んでいる。
 いくら廻れど答えの形は見えない。それでも、今、精一杯の心を示したのだ。
『おれは、俺、はっ……!』
 もう髪も顔も喉も腕も、見える全ては羽塗れ。
 何もかにもが過去のこと。嘴の隙間から覗く歯が、微かな人の名残り。
 ネロ・ダハーカ(マグメルの柩・e00662)には、男が慟哭しているように見えた。声は無い。ただ自身を掻き抱き、涙を呑むように唸るばかりのビルシャナが、そう。
 そして同時に、ビルシャナの求めるものがひどく難しい問いであると冷静に考え続ける。
 それでもネロの考え抜いた言葉を今伝えなければと、わざとらしく踵を鳴らした。
「ビルシャナ。君の行いは、確かに弱者を助け悪者を挫く、正義だった」
 君のちいさな勇敢さだね、と歌うように囁いて。
 静かに聞いて、と人差し指を唇に。
「けれど、悪を裁くものは力ではない。法に則り、力ではなくルールで裁かねばならない」
 力なくこちらを見る瞳に、微笑みを一つ。
「暴力に頼る行為は、確かに正義の味方では―……ないな」
 残念だ、とコンクリートに落ちたネロの視線。赤黒い手に落ちたビルシャナの視線。
 冷たい夜風が吹き抜ける。
「君は。君は、――正義の味方に、なりたかったのかい」
『……そうだよ』
「掴めたと思ったものが悍ましい化け物で、落胆したかい」
『そうだな……』
「でも」
 ぽつりぽつりと呟くような言葉が重なる。
 悲しみと寂しさが綯交ぜの声。止むことは無い冷たい風。
「誰かを助けようと思ったその心は、正しく正義の味方だったと……ネロは思うよ」

●終着駅
 人々の避難も何もかも終えたアリッサとノルシェが戻ってきていた。
 人気のない此処だけが、まるで世界から切り離されたような。
「……僕は、誰もが認める正義の味方はいないと思えたんだ」
 ぽつりとノルシェは言う。凪いだ水面に似た黒い瞳で、そっと。
「でも、個人の見た正義の味方は、いないとは思いきれなかった。……だから、教えてほしい。君の言う正義の味方はどんな存在なのかな」
『お前も、ソレを聞くのか』
 知って尚問うのかと、ビルシャナの目は言った。
 ノルシェは頷く。聞けなかったことを聞きたいのだと。
 その様子に言葉を挟んだのはアリッサだった。
「貴方は正義の味方になれなかったし――……貴方を救う正義の味方も、此処には居なかった」
 ビルシャナは自嘲するように笑う。瞳を伏せたアリッサの眉間には、僅かな皺。
 内心渦巻く葛藤と悲しみは押さえつけたまま、穏やかに告げる。
「貴方が絶望する前に救えたならばと、そう思わずには居られないわ……」
 酷く優しい言葉であり、羽毛塗れの耳でしかと聞いたビルシャナは微笑む。
 そして、静かに両腕を広げた。
『あぁ、じゃあ――……』
 俺を、ころしてくれよ。
 突如光が奔る。閉じても瞼を刺すような、閃光。
「ぐうっ、貴様っ……!」
 コンクリートを吹き飛ばし、男はただ自身が言ったようにバケモノとなった。
 夜を裂く光背。
 尾に下がる鐘。黒く鋭い爪。
 広げられた、真っ白な翼。
 もう帰れない帰らない戻れない、向こう側。
「だから……だから、正義の味方なんて、憧れるものではないわ」
 噛み締めたアリッサの唇が、ぷつりと切れる。
 寄り添ったリトヴァがそっとアリッサを見上げ、いつもより尚白い手を、そっと繋いだ。
「こうして、――何よりそれに焦がれた貴方を、殺すことでしか、救えないのだから」
 か細い声は夜に呑まれた。
 武器を取る音。刃が空を切る音。
 吹き飛ぶ瓦礫。滴った血飛沫。全てが語る。
「――さあ、夜をはじめましょう」
 シャーリィンの紡ぐ古の伝承。降霊術の謳。前に立つ皆の刃が研ぎ澄まされる。
 タイミングを合わせた風太郎が飛ぶ。
「銀河の輝きを螺旋に変えて、裁きの光で貴様を貫くッ!」
 愛用のバスターライフルが一条の光となりビルシャナを穿つ。
 次いで煌めいたのは、アリッサが纏う夜の如き鱗。水晶のような爪が羽を散らすと同時、リトヴァの金縛りがその足を取る。
 夜の娘は詠う。尊き贄の為。
「夜明けの来る前に、眠れ君よ――その正義が悪辣に染まる前に、さあ、毒を雪いで差し上げる」
 ネロが呼び起こすのは先達の、魔。掴んだ白い鳥をぐるりと捩じ絞る。
「あんたの信じる正義を、信じてみせろ。俺は、俺たちは……ねじ伏せてやるだけだ」
 もしも。もしも、自分が人であったならば。もっと違う言葉をやれただろうか。しかしそれも今はもう。
「潰せ、さゆり」
 チヨの指がスイッチを押す。炸裂した爆風が駆けるさゆりの背を押した。
 真っ赤な傘がビルシャナを打ち据えれば、裂けた皮膚から血が滴る。
 もう虫の息。ヒューッとビルシャナの喉を抜けた空気が、白く立ち上った。
「良い夢だったろ……覚めれば、終わる」
 ビルシャナが最期に聞いたのはメィメの声。
 しあわせ、理想。煙の如き全てが、ビルシャナを呑み込み灰へと帰した。

「……正義の味方がいない世界で、君は何がしたかったの」
 ノルシェの問いに答える者は無く。
 散った灰が、風に攫われ消えいった。

作者:皆川皐月 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2018年2月18日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 0/感動した 0/素敵だった 9/キャラが大事にされていた 2
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