真剣卍斬り!

作者:朱乃天

 その男、重ねた齢は『人生七十古来稀なり』と、詩に詠まれたような歳であろうか。
 仙人のような髭を生やし、肉体は既に年老いた身であるが。しかし男が放つ気迫は若い頃と比べても、些かも衰えてはいない。
 彼の両手には、二本の木刀が握られている。男は己が目指す更なる剣の道を極めんと、山に籠って日夜修行に励んでいたのだが。
「その気迫、いいね! お前の、最高の『武術』を見せてみな!」
 声が聞こえて振り向く男の目に映り込んだのは、巨大な鍵を手にした少女であった。
 突然現れた気の強そうな少女に対し、男は訝しげに彼女の顔を一瞥しつつ。両手の二本の木刀を、少女目掛けて振り下ろす。
「食らうが良いっ! 必殺『卍斬り』!!」
 そう叫びながら、二刀を交差させるようにして技を繰り出す老剣士。しかし少女は一歩も動かず、薄い笑みを携えたまま、平然と男の剣を受け止める。
「ば、馬鹿な……儂の秘剣が通用しないじゃとっ!?」
 一瞬、男の顔が引き攣るが、すぐに気持ちを切り替えて。何とか彼女を打ち負かそうと、雨霰の如く攻撃を仕掛けるものの、少女は涼しい顔でその全てを軽く去なす。
 例えどれ程剣技の才があろうとも、人の身でしかない老人が、人ならざるモノに敵うはずはなく。
「――僕のモザイクは晴れなかったけど、お前の武術はそれはそれで素晴らしかったよ」
 ドリームイーターの少女――幻武極は、手にした魔鍵を男の胸に突き立てる。
 そしてそのまま刺し貫くと――脱力した男の手から離れた木刀が、地面に落ちて、カランと渇いた音が鳴り響く。
 男は意識を失い倒れ込み、昏倒した彼と入れ替わるかのように、一つの影が起き上がる。
 その姿は黒く禍々しい闘気が溢れ出る、筋骨隆々とした屈強そうな老剣士であった――。

 武術を極める為に修行をしている武術家が、ドリームイーターに襲撃されるという事件。
 玖堂・シュリ(紅鉄のヘリオライダー・en0079)はヘリポートに集まったケルベロス達に向かって、事件の話を切り出した。
「今回襲われたのは剣術家のお爺さんで、山に籠って修行を積んでいたところ、幻武極に勝負を挑まれたみたいだね」
 老いても尚剣の高みを目指そうとする志は立派だが、ドリームイーターのモザイクが晴れるほどではなかったようだ。
 老剣士を負かした幻武極は、代わりに彼を模したドリームイーターを造り出し、人里へ送り込んで暴れさせるつもりらしい。
 しかし今から急いで現地に向かえば、人里が襲われる前に迎撃することができる。
 老剣士のドリームイーターは己の『武』を示す機会を欲しているので、正面から戦いを挑むなどすれば、そのまま戦闘に持ち込めるだろう。
 生み出されたドリームイーターは、二本の真剣を武器として、自身が極めようとしていた『最強の必殺技』を使ってくるという。
「技の名前は『真剣卍斬り』。二刀流で卍を描くように相手を斬り付ける大技みたいだよ」
 ちなみにどうして卍なのかと問われれば、老人的に何だがすごく強そうだかららしいと、シュリはさらりと言葉を返す。
 それはさておき他の攻撃方法は、その卍斬りを斬撃として飛ばしたり、自己暗示を掛けて力を引き出し強化するといったこともしてくるようだ。
 『武』の在り方は人それぞれではあるが、強くなろうとする純粋な思いを利用して、殺戮の道具にしてしまうのは看過できるものではない。
「そうそう。山の麓には、温泉があるらしいんだ。もし無事に終わったら、ゆっくり休んでいくのも良いんじゃないかな」
 その温泉は混浴の露天風呂で、周りには梅の花が咲いていて見頃を迎えているようだ。
 澄んだ冬空の下、立ち上る湯煙に包まれながら、命の泉で身も心も癒されて。
 瞳に映る紅白の梅が届ける花の香に、一足早い春の訪れを感じられるだろう。
 その話を聞いた途端、猫宮・ルーチェ(にゃんこ魔拳士・en0012)は大きな瞳をキラキラ輝かせ、ぐっと拳を握って気合を入れる。
「温泉しながら梅の花を観るなんて、絶対癒されるよねっ! 後でゆっくり楽しむ為にも、ドリームイーターなんかさっさと倒しちゃおう!」


参加者
篁・悠(暁光の騎士・e00141)
柊城・結衣(常盤色の癒し手・e01681)
巽・真紀(竜巻ダンサー・e02677)
アルルカン・ハーレクイン(灰狐狼・e07000)
旋堂・竜華(竜蛇の姫・e12108)
尾神・秋津彦(走狗・e18742)
キアラ・カルツァ(狭藍の逆月・e21143)
之武良・しおん(太子流降魔拳士・e41147)

■リプレイ


 武道家が思い描く理想の最強武道家を造り出し、人里への襲撃を企むドリームイーター。
 力を持たない罪無き一般人を虐殺し、グラビティ・チェインを得ようと目論む夢喰い共の陰謀を阻止すべく、ケルベロス達は山の中腹辺りの開けた場所で老剣士を待ち受ける。
「男の人はいくつになっても、そういうところがあるのだな」
 どれだけ齢を重ねても、男は誰もが少年のような心を持っていると知り。篁・悠(暁光の騎士・e00141)はまた一つ賢くなったと感心しつつ、剣術の達人と刃を交えるのを心待ちにしながら身構える。
「何卍? マジ卍? つーかこのジーサン、JKかっつーの」
 そもそも必殺技を編み出した理由が『すごく強そうだから』とか。イマドキの女子高生と思考レベルが同じということに、巽・真紀(竜巻ダンサー・e02677)は呆れたように溜め息を吐く。
「真剣(マジ)卍の意味はよく分からないですけど、人がこつこつと磨いていた力を利用するのは見過ごせませんね」
 言葉の意味はともかくとして、老練の剣術家とあらば決して油断ならない相手と言える。
 柊城・結衣(常盤色の癒し手・e01681)は戦いに向けて気を引き締めながら、武器を持つ手に力を込める。
「長年の鍛錬で培われた技を持つ老剣士、ですか……♪ あぁ、とても楽しみです……♪」
 片や旋堂・竜華(竜蛇の姫・e12108)の方は、戦いに快楽を見出す戦闘狂らしく。手練れの老剣士との戦闘を、恍惚の笑みを浮かべながら想い廻らせる。
「……どうやらお出ましのようですね。気を付けて下さい、皆さん」
 強者だけが放つ気配を感じ取ったのか、之武良・しおん(太子流降魔拳士・e41147)が茂みの奥に目を遣りながら、腰に備えた日本刀に手を伸ばす。
 やがてケルベロス達の前に現れたのは、仙人のような髭を生やした老齢なる男。だがその男の肉体は、とても老人とは思えない程筋骨隆々として。まるで筋肉の鎧を纏っているような、精悍とした若々しさに満ちていた。
 敵も前に立ち塞がるケルベロス達の存在に気付いたか、襲撃に向かおうとする足を止め、行く手を阻む番犬達と対峙する。
 戦場の空気が一変し、睨み合いをしながら互いに出方を窺う老剣士とケルベロス達。そこへ先ず、尾神・秋津彦(走狗・e18742)が最初に一歩前に出て、老剣士に対して名乗りを上げる。
「万次丸殿とお見受け致す。我が名は尾神・秋津彦。尾神一刀流の名に懸けて、いざ、尋常に勝負をお願い仕ります!」
 秋津彦の口上に触発されたのか。老剣士のドリームイーター『万次丸』は、口角を上げてニタリと笑い、全身から禍々しい黒い闘気を滾らせる。
「フッ、面白い。ならば我が最強の剣、受けてみるが良い!」
 自分の剣術こそが一番と、自らに暗示を掛けて力を増幅させる万次丸。この老人は、最初から力を出し惜しみするつもりなど全くなさそうだ。
 敵の本気度を肌で感じたキアラ・カルツァ(狭藍の逆月・e21143)は、攻性植物を腕に纏い、敵を迎え撃つべく魔力を注ぐ。
「その高い志は確かに立派です。だからこそ、人殺しの道具になんかさせません」
 植物に宿った種子が黄金の実となって、溢れる聖なる光が仲間に加護の力を齎していく。
「それでは一勝負と参りましょうか、ご老人」
 紳士然とした雰囲気を纏ったアルルカン・ハーレクイン(灰狐狼・e07000)が、ヒールドローンを展開させて戦闘準備を整える。
 ――武を極めんとする者達が、熱く烈しい火花を散らし、戦いの幕が切って落とされる。


「見るからに手練れのようですね。まずは相手の動きを抑えましょう」
 結衣が攻性植物を変形させて触手のように蔓を伸ばし、西洋柊の葉を持つ蔓草が、万次丸の四肢に巻き付き捕縛する。
「剣を修めし幻の徒よ、来るがいい。我々も全霊を以って相手となろう。……言わねばなるまい。……人、それを、『真剣勝負』と言う!」
 悠が漲る気合を発すると、纏った衣が眩しく光り輝いて。神々しい最終決戦モードの戦闘衣に変化する。
 仁の心を胸に宿し、雷の力を剣に込め。地面を強く蹴り、閃雷纏いし光の剣から繰り出された悠の一突きが、万次丸の脇腹を抉るように貫き穿つ。
「ミュージックファイター改めゴッドペインター巽真紀、ヘリオン出撃初陣ってな」
 ダンスを格闘技として用いる真紀の戦闘スタイルに、新たな力を加えて披露する。
 スプレー缶を空に噴き付け虹のような道を描き、その上を滑走しながら加速して、舞い踊るような回し蹴りを万次丸に見舞わせる。
「ごきげんよう、お爺様……♪ 貴方のお相手は私達が務めさせて頂きます……♪ さぁ、この一時の逢瀬、楽しむと致しましょう♪」
 礼儀正しい清楚なお嬢様然のように振る舞う仕草を見せる竜華だが。対照的に色気を帯びた艶やかな笑みを携えながら、八岐の鎖を大蛇の如く万次丸の身体に這わせ、じっくり嬲るように締め上げる。
「ぐぬぬっ……そこな女、さては妖魔の類だな。さすれば我が剣にて退治してくれよう!」
 纏わりつく蛇の鎖を振り払うかのように、万次丸が刀を手にした二本の腕を交差させ、迸る黒い闘気を刃に収束させていく。
 溜めた力を研ぎ澄まし、万次丸の必殺剣が竜華を狙って迫り来る。しかしその時――二人の間に割り込むように、一つの影が躍り出る。
「女性の綺麗な柔肌に、傷を負わせるわけにはいきませんからね」
 それは星影の如く白い夜。道化の騎士たるアルルカンが身を挺して竜華を庇い、卍斬りを惨殺ナイフで防ぎ止め、被害を最小限に抑え込む。
「私がすぐに治します。どうか皆さん、頑張って下さい」
 回復役のキアラがすかさず分身の術を使い、幻影をアルルカンに纏わせ傷を覆い隠すように治療を施す。
「あたしもしっかり支えるよ! さあ、力を受け取って!」
 続けて猫宮・ルーチェ(にゃんこ魔拳士・en0012)も、気力を練って光の球を作り出し、しおんに投げると彼女の眠れる力を呼び醒ます。
「なるほど、魂消ました。こういうあり得ない技を見たときに『マジ卍』というのですね」
 万次丸が繰り出した技を見て、感嘆の息を漏らすしおん。自身も二刀流の使い手として、非常に興味深いと感じつつ。それなら負けじと剣を振るい、刃の軌跡は満月のような弧を描き、万次丸の刀を握る手首を狙って斬り付ける。
「卍とは起源を辿れば太陽の象徴らしいですな。確か古陰流の一派も紋章として掲げていたとも耳にします」
 秋津彦が卍に関する蘊蓄を解説するかのように語り出す。するとそれを聞いた万次丸は、『こやつ、分かっておるな』と言いたげに、うんうんと嬉しそうに大きく頷いてみせる。
 何はともあれ、奥義として冠するのも強ち間違ってはいないだろう、多分。
 そんなことを考えながら、秋津彦が斬霊刀【大日一文字】に空の霊力纏わせて。上段から刃を大きく振り下ろし、更なる傷を負わせる鋭い一撃を放つ。
 ――剣戟の音が響き渡り、刃と刃が斬り結ぶ。
 互いが己の持てる力の全てをぶつけ合い、戦いに勝つことのみを考え鎬を削る。
 勝負は両者共に譲ることなく拮抗し、戦況は今のところ五分と五分。
 一撃の威力だけなら純粋にドリームイーターの方が上である。しかしケルベロス達は手数の多さを武器に食い下がり、好機が訪れるのを耐え抜きながら待つ。

「ぜぇぇあっ! 砕けぇ!!」
 遍く星座の力を剣に宿し、悠が渾身の力を込めて超重力の斬撃を叩き込む。
「やはり強いですね……。ですがこちらも多少は鍛えていますので、そう簡単にはやられませんよ」
 見た目は清楚な雰囲気漂う結衣ではあるが、今は一人前の戦士としての真剣な顔になり。闘気を纏った腕から繰り出された拳撃が、万次丸の顔面に直撃し、老剣士の首が一瞬あらぬ角度に折れ曲がる。
「私の炎よ……さぁ、蹂躙しなさい……♪」
 興奮状態を抑え切れない様子の竜華の口から、熱い吐息が艶めかしく漏れる。そして地獄の炎を燈した無骨な剣を振り被り、敵の鋼の筋肉に、熱く灼けつく痛みを打ち据える。
「少し足が鈍ってきましたね。やはり寄る年波には敵いませんか」
 最初の頃より敵の動きが落ちてきていると。アルルカンは咄嗟の判断力で距離を詰め、同時に陽喰らうケモノの牙を相手の腹部目掛けて突き立てる。
 ケルベロス達の息もつかせぬ波状攻撃に、万次丸も抵抗するが徐々に力を削られて。態勢を崩して身体がよろめいた、その僅かな隙を秋津彦が逃さず踏み込んでいく。
「極みの上辺だけを奪い去った紛い物は、狼の剣牙にて斬り祓いますぞ!」
 相手が体勢を立て直すよりも先んじて、雷を帯びた紫電の太刀が万次丸の肩を裂く。
「ぐおっ!? な、何の……この程度の傷など、ただの掠り傷に過ぎん!」
 痛みを堪えるように歯を食い縛り、万次丸が刀を構えて秘剣を放とうとする。だが太刀筋を観察していた真紀がその攻撃を先読みし、アクロバティックな動作で如意棒を取り回し、流れるような棒捌きで相手の剣を受け流す。
「痩せ我慢はよくねーぜ、ジーサン。オレたちがすぐに楽にしてやっからよ」
 真紀が棒で掬い上げるように老剣士の足を払い、上体が揺らいだところへキアラが螺旋の力を解き放ち、毒を仕込んだ手裏剣を投げつける。
「今が攻め時です。援護の方は任せて下さい」
 後方から支える者の役割として、キアラが仲間の戦意を奮い立たせるように合図を送る。
「――これが、最善手」
 しおんが太刀を垂直に構え、眼光鋭く狙いを定める。『八方睨みの構え』と命名されたこの技は、 上下左右の大局観に裏打ちされた、とっておきの彼女の奥義。
 紫紺の居合袴を靡かせながら、名手の名に恥じないしおんの一手が、手練れの老剣士の胸に深い斬撃痕を刻み込む。


 最初は互角と思われていた戦いも、ケルベロスが次第に優位に立って流れを引き寄せて、尚も手を緩めることなく攻め立てる。
 番犬達の怒涛の攻撃を、ドリームイーターの老剣士は必死に撥ね退けようとするものの、勢いを増した力はもはや誰にも止められない。
「Requiem della fiamma――癒し、清めよ 鎮めの焔よ」
 祈りを捧げるように紡ぐキアラの澄んだ唄声が、浄化の皓い焔を召喚させて。優しく淡い光が、仲間の傷の痛みを和らげる。
「後もうひと押しですね。さて……甘い香りにご注意ですよ?」
 結衣が懐から取り出した小包は、秘伝の技術で調合された薬が詰められている。結衣は花を愛でるようにそっと袋を広げると、中から蜜のような甘い香りが満ち溢れ、万次丸の心を魅了し惑わせる。
「――形なき声だけが、其の花を露に濡らす」
 木々が騒めく風の音に、合わせるようにアルルカンが身を翻して華麗に舞う。
 花が咲き、風に舞い散る花弁は白から黄へと移ろいで。無音の剣舞が魅せる幻想は、餞代わりに捧げる花葬の世界――。
「オーライ、踊るぜ。オレのダンス見てけよ!」
 時計のように正確に刻むステップが、真紀に宿りしサキュバス族の黒い魔力を喚起する。魔力の核に備わる可塑性と起爆性。即ち自らを即席爆弾として、爆発までのカウントダウンを口遊む。
「3・2・1――、」
 直後に破壊の魔力を圧縮させた脚が蹴り込まれ、衝撃と共に起きた爆発が呪的防護を打ち破り、敵の身体と心に彼女の熱いビートを焼き付ける。
 ケルベロス達の畳み掛けるような集中攻撃が、万次丸に深手を負わせて追い詰める。このまま一気を決着を付けるべく、番犬達は最後の勝負に打って出る。
「尾神一刀流『筑波颪』――この一太刀、霊峰より吹きし膺懲の風なり」
 秋津彦が極めし古流剣術。腰に携えた鞘から刃を奔らせ、『真空』の霊力を纏いし絶速の抜刀術による一閃。この一撃により刻まれた刃傷。赤黒く変色し、浸食する虚空が万次丸の肉体を貪るように蝕んでいく。
「薔薇の騎士が掲げし剣は光となりて、極彩色の悪神を一刀の下に討ち滅ぼす――」
 悠が光の剣に魔力を込めて念じると、どこからともなく薔薇の花弁が吹き荒れる。
「遍く悪意、群がる悪鬼、その悉く、煌きの中で花と散れ!! 受けよ! 雷花の煌き! 破滅を斬り裂く薔薇騎士の剣――ッ!!!」
 緋色の花吹雪の中を白猫の騎士が疾駆して、光輝を放つ雷霆の剣にて悪を断つ。
「そろそろお別れね……。最後は、私の最大の炎で焼き尽くしてさしあげましょう……♪」
 間もなく戦いの幕が下りようとする。竜華は束の間の逢瀬を名残惜しそうに憂い、せめて最期は盛大にと思いの丈を込め――最大火力で葬り去ろうと、激しく炎を燃え上がらせる。
 全身から噴き出る真紅の炎を、八岐の鎖と融合させて。炎鎖の蛇が万次丸に絡み付いて拘束し、残った全ての炎を鉄塊剣に凝縮させる。
「さぁ、咲き誇れ! 炎の華……! 炎の華に呑まれ、舞い散りなさい……!」
 一気に解放された巨大な炎の奔流が、地獄の劫火となって万次丸を呑み込んで。大輪の炎の華に灼き尽くされた老剣士の肉体は、灰燼と化して跡形残らず消し飛んだ。

 スカートの裾を摘み上げ、倒した老剣士に対して優雅に一礼する竜華。
 この地で被害に遭った老人も、敵を撃破した今、そのうち無事に目覚めることだろう。
「まあ鍛えているから大丈夫とは思うが、確認くらいはしておくか」
 老人が倒れている山頂を、悠が心配そうに仰ぎ見て。後で様子見ついでに保護しに行こうと思案する。
「それにしても、いっぱい汗かいちゃったね! それじゃ早速、温泉に行ってみようよ!」
 ルーチェが待ち遠しいといった様子で、仲間達に温泉行きを促すと。一行は温泉のある麓に降りて、癒しのひと時を満喫していくのであった。
 そうした中で、しおんは温泉には浸からず外に待機して、戦いの最中に幾度も見た真剣卍斬りの習得に専念していた。
「はあっ! と……こうでしたでしょうか?」
 瞼に焼き付けた老剣士の姿を反芻しながら、しおんの鍛錬はその後も暫く続くのだった。
 その一方で、アルルカンも観梅のみを楽しもうと、梅の花咲く並木道を漫ろ歩きする。
 まだ冬の寒さが残る2月の半ば。とは言え、紅白に彩られた花達や、風に運ばれてくる梅の香に、春が近く訪れていることを感じつつ。ふと足を止め、麗らかな陽射しに包まれながら、廻る季節に思いを馳せた。

 湯煙湧き立つ露天風呂から見る景色は絶景で、紅白の梅の花に囲まれながら入る温泉は、彼等にとっては真に至福の時である。
「はあぁ……温泉はやっぱりいいですね。戦闘の疲れも取れていく気がします……」
 常盤色の長髪を纏めて束ね、青いワンピース水着を着た結衣が、胸まで浸かって染み入るように吐息を漏らす。
 湯の温もりが心地良く、仄かに薫る梅の香が癒しの相乗効果となって、顔もほんのり赤く色付いてきた。
「えぇ……本当に、良いお湯ですね……♪」
 戦いを心行くまで楽しんで、竜華はその火照った身体を湯船に浸けて。戦闘の余韻を味わいながら、蕩けるような表情で色香漂う笑みを零す。
(「このトシで温泉にハシャぐとか、年寄り臭くね?」)
「って、前はザラに思ってたけど……フツーに癒されるんだよな、温泉」
 まだ若干19歳の真紀ではあるが、癒しを求める心に年齢は関係ないのだと。最近そんな風に思えるようになったのは、少し大人になってきた証拠かもしれない。

 温泉に肩まで深く浸かって、秋津彦は頭上に咲く梅達を、見上げてゆるりと愛でていた。
 寒さの厳しい中で咲く花に、凛呼とした風情を味わっている彼の隣では、ティユが寄り添うように湯の暖かさに身を委ね、同じように冬の風情を楽しんでいた。
 二人は姉弟のような年頃で、私生活でもティユは面倒見が良くて、秋津彦は姉のようだと慕って止まない存在だ。
「で、どうだったんだい? 剣士としては満足出来たのかい」
 今回の戦いを気に掛けていたティユに対して、秋津彦は納得するかのように頷き返す。
 幻武極による紛い物の敵であっても、元は武術家の理想とした姿であるから。確かに今はそれで満足かもしれないが。
「でも……もっともっと色んな相手と立ち会って、自分も高みを目指したいですぞ!」

 梅の花咲く温泉で、話に花を咲かせる女子三人。
 キアラは姉のセレスに日頃のお礼の意味も込め、友人のマイヤと一緒に温泉に誘って来たのであった。
 温泉は正に命の泉と言える程、身体の疲れが癒され心も気持ち良くなってきて。
 湯煙越しに眺める姿は、いつにも増して綺麗に見えて。マイヤが顔を赤らめながら二人を見つめると、セレスは嬉しそうに微笑みながら、少女の髪に咲くダリアの花を見る。
「梅の紅って濃い赤もあるけど、少しピンクっぽいのも多いのね」
 見慣れた2つの華に色が似ているからと、視線は次にキアラの髪へと向けられて。
「そういえばそうだね……わたし達の二人の花の色だ!」
 言われてはっと気付いて、燥ぐマイヤの様子にキアラも微笑ましくなって目を細め。
「それじゃあお姉ちゃんの金髪は、お日様の色かな?」
 これで三人とも揃ったね。などと互いの絆を確かめ合うように。
 話はいつまでも尽きることなく、穏やかな時が流れ過ぎ去って行く。

作者:朱乃天 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2018年2月22日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 4/感動した 0/素敵だった 1/キャラが大事にされていた 2
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