氷の騎士の凶像

作者:夏雨


 北海道、札幌市の大通公園。都心のビル群の間を東西一直線に横切る公園では、雪まつり開催の期間を迎えていた。
 その都心の片隅、ビルのシャッターの前で眠りこける泥酔した男の姿があった。
 人通りもまばらな夜の路地では、泥酔した男を気に止める通行人の数は限られる。まどろんでいた男は、目の前へとやって来る気配に気づき、まぶただけを動かした。
「祭典では誰もがあなたの作る氷像を賞賛していた、あなたには才能がある……人間にしておくのは勿体ない程の……」
 男の前に姿を表したのは、シャイターン『紫のカリム』。カリムの周囲に渦巻く紫の炎を認識しながらも、男は未だ夢から覚めない。
 カリムの存在が現実であることに気づく前に、男の体は紫炎に包まれた。
 消し炭と化す勢いで燃え広がった炎が消え去った瞬間、男の姿は甲冑をまとったエインへリアルになり変わっていた。
 新たに生まれたエインへリアルは3m近い身の丈で、彫刻の道具であるノミのような形状の大剣を携えている。
「これからは、エインヘリアルとして……私たちの為に尽くしなさい」
 カリムの一言を受け、グラビティ・チェインの略奪へと乗り出す。
「いいだろう……脆弱な人間共を糧とし、我が能力を示そう」


「死者の泉の力を操るシャイターンの1人、紫のカリムの企みが判明しました!」
 笹島・ねむ(ウェアライダーのヘリオライダー・en0003)は、招集されたケルベロスらに確認された予知の内容を説明した。
「カリムの言動から察するに、被害にあった彼は付近で開催されていた雪まつりの関係者のようですね。氷像を作る腕の良さに目をつけられたようです」
 死者の泉の力によってエインへリアルとなった男は、グラビティ・チェインが枯渇した状態から脱しようと図る。そのため、周囲の民間人を殺してグラビティ・チェインを奪おうと動き出す。
「エインへリアルは路地を抜けて、大通公園内にあるさっぽろ電波塔の前に現れることが確認できています。公園内で雪まつりが開催されていることもあり、人通りはそれなりにあるようです。被害を出さないための配慮も必要そうですね」
 ねむはエインへリアルの戦力についても言い添えた。エインへリアルの大剣は、『ゾディアックソード』と同等の能力を発揮するという。
 『せっかくの札幌で、雪まつりの時期なのに……』とつぶやくねむは、祭りの雰囲気が台無しになることを懸念した。
「エインへリアルが障害となっては、皆さんの楽しみも奪われかねません。せっかくの祭典が悲鳴であふれないよう、皆さんの力を貸してください」


参加者
赤星・緋色(小学生ご当地ヒーロー・e03584)
ソラネ・ハクアサウロ(暴竜突撃・e03737)
暮葉・守人(墓守の銀妖犬・e12145)
水無月・実里(希う者・e16191)
アルシエル・レラジェ(無慈悲なる氷雪の弾丸・e39784)
款冬・冰(冬の兵士・e42446)
ベリリ・クルヌギア(不帰の国の女王・e44601)

■リプレイ


 イルミネーションに加え、ライトアップされたテレビ塔が夜の大通公園を照らす。
 雪像が並ぶまつり会場には目もくれず、ケルベロスらは電波塔前の一般人らに向けて避難誘導を開始した。警察とも連携を取り、会場内の客らに対しても避難指示を出すよう働きかけている。
 現場に降り立ったローザマリア・クライツァール(双裁劒姫・e02948)は、
(「祭りの期間中ともなると、見物客も多いわね……手早く避難させないと」)
 現状を把握すると共に、協力して避難誘導に当たる。
 西側へ避難するよう誘導しつつ、暮葉・守人(墓守の銀妖犬・e12145)を中心に戦闘域とを隔てる殺気の幕が降ろされた。『殺界形成』によって周囲の一般人に植え付けられた不穏な気配も手伝い、人の波は引いていく。
「死死死死死ッ妾こそは冥府の⽀配者ベリリ・クルヌギアッ!」
 光の翼で上空を旋回するベリリ・クルヌギア(不帰の国の女王・e44601)は、冥府の支配者(自称)らしい忠告を遠回しに触れ回る。
「さぁさぁ逃げ惑え泣き叫べ愚⺠どもっ。ここは今より死地となる! もちろん妾の領⺠となりたいものは歓迎しよーぞぉ? 死ャ死ャ死ャ死ャ死ャッ!!」
 ベリリの言動にも少なからず不安をあおられた複数の人影が電波塔から遠ざかり、ベリリは付近に残っている一般人がいないことを上空から確かめた。そんな中、電波塔の前へとやって来る一際大きな人影があった。
 ノミのような形の大剣をかついだエインへリアルが、悠々と公園内へ入って来る。
 テレビ塔の近くに目立つ人影はほぼケルベロスのみとなり、自ずとエインへリアルの足はその方向を目指す。
「我が力を試す時が来た……!」
 手当たり次第にグラビティ・チェインを奪おうとするエインへリアルは、最初に目についた赤星・緋色(小学生ご当地ヒーロー・e03584)へと刃を向ける。しかし、刃をかわす緋色の身のこなしは予想に反してエインへリアルを翻弄した。
「見た目は子どもだと思った? ――」
 緋色は瞬時に身を翻し、一気に集束されたグラビティ・チェインをビームへと変換する。その一撃を撃ち込まれたエインへリアルは、爆炎が生じる中後退していく。
「私たちが来たからには、誰にも手出しはさせないのだ!」
 『小江戸の緋色さんじょーう!』と声高にポーズを決め、ドヤ顔でアピールする緋色を尻目に、水無月・実里(希う者・e16191)の獣の咆哮は痛いほど鼓膜を震わせた。


 立ち昇った爆炎を一気に吹き飛ばすほどの咆哮に、釘付けになったように動きを止めたエインへリアル。そこへベリリは透かさず攻撃を放つ。上空から迫ったベリリの飛び蹴りがエインへリアルを襲い、反応する間もなく上半身を傾かせた。
 避難を完遂させようとする一部の動きに対し、緋色らは祭り会場へと続く道筋に立ちはだかり、エインヘリアルの注意を引きつける。
「邪魔をするなら、貴様らから奪ってやろう」
 エインヘリアルが剣を構えた直後、
「防壁展開」
 ロッドから紫電をほとばしらせる款冬・冰(冬の兵士・e42446)は複数の電流の柱を生み出し、エインヘリアルとの間に壁となるよう走らせる。
「冬の同胞の始末は、冰たちが引き受けよう」
 そうつぶやきながら、冰は本格的に包囲の布陣を敷いて攻撃に出ようと構える者らの顔を眺めた。
 避難完了の流れから続々と持ち場につく者らの1人、ソラネ・ハクアサウロ(暴竜突撃・e03737)は、
「私たちがやるべきことはひとつ、あなたを倒すことです」
 そう言いながら胸部に備え付けられた発射口を開放し、エネルギー光線を射出する。
 エインへリアルへと命中したソラネの一撃が炸裂する中、
「⻄⽅より来たれ、⽩虎」
 アルシエル・レラジェ(無慈悲なる氷雪の弾丸・e39784)のリボルバー銃が火を吹き、瞬く間に立ち込める白煙の向こうから白虎の姿が現れる。鋭い牙をむき出す白虎はエインへリアルの甲冑を砕こうと攻めかかった。その勢いに圧されかけるエインへリアルだが、白虎を斬り伏せようと大剣を振る。エインへリアルの腕の装甲に爪痕が刻まれた瞬間、斬りつけられた白虎は煙となって消えていった。
 その間にも武器を構える守人は剣に宿る星座の力を引き出す。仲間へと注がれる守護の力が星のようにきらめく光と化し、その姿を照らし出す。
 ローザマリアは刀の霊力を最大限まで引き出そうと、神経を研ぎ澄ます。エインへリアルの刃の動きを捉え、無駄のない動きで攻撃を放つ。
 生成した氷尖を打ち出すローザマリアに続き、ボクスドラゴンのギルティラはエインへリアルへ突進していく。恐竜型のロボットのような姿をしたギルティラは、足元を狙ってタックルを続ける。しかし、3メートル近いエインへリアルはギルティラを動くおもちゃのように見下ろし、攻撃を放とうと迫るソラネ、アルシエルら諸共、リーチの長い太刀筋はまとめて弾き飛ばした。
 ケルベロスらの包囲攻撃をかい潜ろうとするエインへリアルだが、
「ここから先は行かせない」
 守人の張り詰めた声と共に、抗い難い強烈なプレッシャーがエインへリアルの精神へと働きかける。凝縮された守人の殺気が獲物をその場に縛りつけ、エインへリアルはひたすらに守人を見据えている。
 守人と相対するわずかな間に、エインへリアルへ斬りかかる実里の両手の刃が閃く。かろうじて実里の動きに反応し、掲げた刃同士で火花を散らす両者。
「お前は殺す」
 元人間でも、関係ない。
 実里の憎しみを抱いた冷酷な眼差しがエインヘリアルを射抜き、巨体を確実に斬り刻もうとする太刀筋が次々と走る。
 エインヘリアルを防戦一方に押さえつける実里に続こうと、ケルベロスらは猛攻を畳みかける。


「死死っこの祭りでは像を作るのであろ? ならば妾も像をひとつ打ち⽴てん」
 ベリリが唱える言葉により、ベリリの足元からせり上がる深淵の闇は門の形を現す。
「妾は望む、最悪たる怪異を!」
 ――ディンギル・フバーハ!
 その言葉と共に地獄への門が呼び込むのは、炎の鎧に身を包んだ骸骨の兵士たち。「白ければ雪も骨も変わらぬわっ」と言うベリリの号令に従い、複数の兵士がエインヘリアルへと剣を向けた。
 身構えるエインへリアルに対し、銃口を逸らしたアルシエルはドラゴンの幻影を操る。
 炎を吹くドラゴンの勢いが兵士らを先導し、更にエインへリアルを追い詰めようとする。それらを迎え撃つエインへリアルは冷気をまとい始め、瞬く間に巨躯を覆う白銀のオーラは激しく脈動し始める。そのオーラが一気に発散されたとき、ベリリの兵士らは瞬時に凍りつくと同時に吹き飛んだ。
 濃い冷気が波のように広がり、ホワイトアウトが押し寄せる。全身を包み込む冷気によって一気に体温を奪われるソラネたちだが、響き渡る歌声が不思議と凍てついた体から活力を呼び覚ます。
 能力を込めた緋色の歌声に合わせて、
「負傷を確認。ヒール開始」
 冰の操る雷電はステージライトのように走る。冰の雷電は派手な演出を見せながら、その間を駆け抜ける実里たちの治癒能力を増幅させた。
 ソラネは一瞬にして全身に生えた霜を振り払い、攻撃を仕掛ける者らの間を縫ってエインへリアルに飛びかかる。鋭く振り抜かれた蹴りから、ソラネは重い一撃をエインへリアルの脇腹に放つ。その衝撃を受けて、エインへリアルの動きはわずかに鈍る。
 巨躯を傾かせるように見えたエインへリアルだが、アルシエルの目の前に大剣を突いて進路を塞ぐ。大剣を支えに立ち続けるエインへリアルに向けて、ローザマリアは急激に集束させた魔力を光線にして放った。
 エインへリアルの反応はなおも衰えず、光線は盾となる重厚な大剣に弾かれる。発生した爆炎の中を一気に突っ切るエインへリアルは大剣を振り回し、ケルベロスらの足元を削るように激しく地面を穿つ。
 ケルベロスらをけん制しつつ、エインへリアルは守護の力を高めていく。氷の結晶のような輝きがエインへリアルの周囲に満ちあふれ、特殊な冷気がエインへリアルの全身を覆い始める。
 冷気の力を打ち消そうと構えたアルシエルは、拳を突き出そうとした瞬間にエインへリアルの太い腕にぶつかり、はね退けられた。その拍子に攻勢に乗り出そうとするエインへリアルは大剣を振りかざし、攻撃を放とうとする者を次々と突き飛ばす。更に相手を寄せつけない冷気が噴出し、エインへリアルは激しく抵抗する。
 戦況を冷静に見極める守人は、仲間の傷を癒やすことに集中し、内に抑え込んだ呪詛の力を引き出す。狂気の力の一端を発散させることで治癒能力を刺激しながら、同時に殺戮衝動を高める作用となる。
 守人の能力に感化されているいないに関わらず、平常運転のベリリは双刀を構え直して言い放つ。
「動くなよ? そちの⾁、⾻! 今その全てを⽤い妾が芸術となしてやるからなぁ! 死ャァッ死ャッ死ャッ死ャッ!」
 いかにも尊大な態度で高笑いを響かせながら、ベリリはエインへリアルにも引けを取らない太刀さばきを見せる。再び有利な形成を保とうと挑みかかるベリリを援護しようと、銃を構えたアルシエルは言った。
「全力で、叩きつぶさせてもらうぞ」
 白煙と共に飛び出した姿を真っ先に認識したアルシエルは表情をなくした。
 『にぃー♪』と愛らしく鳴く姿は獰猛そうな白虎とは異なり、ギルティラの上に乗れるほどの小虎がつぶらな瞳をアルシエルに向けていた。アルシエルだけが把握する能力の付加要素を目の当たりにしたローザマリアは、不思議そうにアルシエルに視線を注ぐ。
 1人顔を真っ赤にするアルシエルは、平静を装い小虎をエインへリアルへと向かわせる。
 ケルベロスらを踏み台にしてエインへリアルへと飛びかかる小虎は、小さな体にも変わらぬ獰猛さを秘めていた。爪をむき出した強烈なパンチがエインへリアルの顔面を叩きつけ、その勢いがエインへリアルの体を大きく傾かせた。


「迷惑なエインへリアルには、とっとと退場してもらおう!」
 『傷なんてすぐに治すよ!』と続けて意気込む緋色は、全身に発散させたオーラを負傷した者へと集束させ、攻撃の合間を縫って懸命に歌声を響かせる。同様に支援に傾注するギルティラは、自らの力を傷をいとわずに向かっていくソラネへ注入させる。
 強化型振動剣を構えるソラネは、放つ一閃に全力をかけてエインへリアルを斬り伏せようと挑んだ。わずかにソラネへの反応が遅れたエインへリアルの上半身に、致命傷をそれた裂傷が走る。
「死ね……!」
 続け様に、実里は容赦ない太刀さばきでエインへリアルを追い詰めようとする。
 実里らの動きを追って身構えたローザマリアは、負傷した直後のエインへリアルを狙って両手の刀を翻す。
 守人は魔力の断片を木の葉のように散らし、飛び出すローザマリアに向けて舞い散る魔力が全身に行き渡るように、慈雨のように散らした。
「眠りなさい――魂に安寧を」
 手向けの言葉をつぶやくローザマリアは、視界にちらつく木の葉と共にエインへリアルへ迫る。抜き放つ前触れすら見せなかったローザマリアだが、その周囲では暴風にあおられたように木の葉が舞い上がる。すると同時に、エインへリアルは脇腹を鋭くなぞられた刃の痕を刻まれていた。
 膝をつくエインへリアルを見た守人は、ローザマリアに対し感嘆の言葉をもらす。
「さすが、あの速さで急造戦士に負ける訳ないね」
 その瞬間にもローザマリアは相手を容赦なく切り刻もうとするが、エインへリアルは力任せにローザマリアを押し退けようとする。
 回避行動を取った瞬間に、エインへリアルから再び怒涛の冷気が押し寄せる。
 吸い込む空気すらも凍りつくような冷気の絶頂にもくじけず、冰は白幕の向こうへと滑り込んだ。
 冰は凍結する地面を利用し、滑走した体さばきから生成した氷剣を振り下ろす。勢いのままに叩き斬られるエインへリアルと共に、ひび割れる甲冑。同時に氷剣もばらばらに砕け散った。
 くずおれるエインへリアルの体は雪のように白み始め、雪のかたまりと変わらない姿になって消滅の時を迎えた。

 戦場と化したテレビ塔前を修復し、ひと仕事終えてもなおやることが残っていると雪まつり会場に向かう者もいる。
「デウスエクスめ、いい加減暖かい所へ出現せよ! こんなクソ寒い会場になど……む? あの⾷べ物はなんだ……?」
 と言いつつ、ベリリは軽食を売る屋台が並ぶ場所へ吸い寄せられていく。その背中を何を言う訳でもなく見送る守人も、雪像が並ぶ会場をぶらつく。雪像を眺めるアルシエルがひっそりとシャイターンの犠牲者への鎮魂歌を口ずさむ中、冰は躍動するオオワシの氷像を見つけた。そのワシの姿はエインへリアルの甲冑の意匠にそっくりのもので、ソラネとローザマリアも彫像家の遺作の前で足を止めた。
 花を手向けるソラネはつぷやく。
「あの⼿にあったノミは、彼の⼼の残滓のようなもの、だったのでしょうか」
 雪像をスマホのカメラに収める見物客にまじって、
「アタシは忘れない。護った代償として救い得なかった⽣命があったことを。記憶と共に、その魂も共に持って⾏くわ」
 ローザマリアもワシの雪像を写真に収めた。
 感慨を覚えながら、冰はワシの雪像を見つめてつぶやいた。
「彼の者の愛した⾵景。作品達。……冰は確かに記憶した」

作者:夏雨 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2018年2月26日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 0/感動した 0/素敵だった 1/キャラが大事にされていた 6
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