アオハル・ドリーミング

作者:七凪臣

●だってバレンタインだもの。チョコレート欲しいよ!
 店先に赤い和傘と緋毛氈を敷いた縁台を並べるそこは、情緒漂うお茶屋さん。
 住宅街の一角に居を構え、屋号が認められた暖簾を潜るのは、普段は妙齢のご夫婦や、小じゃれた女性達ばかり。
 けれどこの時期になると様子が少し変わる。
 セーラー服やブレザー姿の女子学生らが、いそいそと入っていくのだ。
 お目当ては、期間限定で販売されるチョコレート。可愛らしい丸底巾着に収められたそれを、彼女たちはうきうきと買い求める。
「いーなぁ……」
 今日もまた笑顔でお茶屋さんから出てくる女子たちを、太一は窓辺に頬杖をついて眺めていた。
 生まれてかれこれ十四年、太一にとって一度たりとも縁のないバレンタインの賑わいに、はす向かいの店は染まっている。
「どうせ杉内も賢志も、誰かから貰うんだろうな。いいよなぁ、イケメンや運動が出来るヤツは」
 はぁ。だらしなく頬杖をついたまま、太一は羨望の溜め息を重く吐く。
「俺もチョコ、貰ってみたいな。ほら、漫画だと色々シチュエーションあるじゃん。突然、家に可愛い子が押しかけてくるとかさ……」
 いや、それ漫画だから。実際、現実になんかなりっこないから。そう諦め乍らも、少年は甘い夢を懸命に思い描く。
 いいじゃないか、一度くらい。
「あーっ、もう! 誰か俺にチョコくれよ!! 一年に一度くらい、モテ男体験させてくれよ!!」
 それは分かりやすい願望の発露。或いは、妄言。
 しかし。
 自棄を起こし、ごろりと自室の床に転がった太一は、自分を見降ろし微笑む美しい孔雀のようなビルシャナの幻影をみた。
 直後、太一の中に素晴らしい妙案が浮かぶ。
「そっか……世の中の男、全部殺しまくればいいのか。男が俺一人になったら、全てのチョコが俺のもの……!」
 荒唐無稽な計画だ。でも、いつの間にかビルシャナに姿を変えた太一の目は、ガチの本気で爛々と輝いていた。

●青春とは、暴走するものである
 ビルシャナ菩薩『大願天女』の影響によるビルシャナ化だと、事件の予兆をリザベッタ・オーバーロード(ヘリオライダー・en0064)は言った。
 中心に居るのは、月見・太一という名の中学二年生の少年。バレンタインデーにチョコレートが欲しいという願望をかなえる為に、ビルシャナの力を用いて襲撃事件を起こそうとしているのだ。
『バレンタインチョコが欲しい少年が大願天女に狙われるかもしれないね……』
 太一と同い年の小鳩・啓太(シャドウエルフのブラックウィザード・e44920)が懸念していた通りに。
「僕の一つ年下ですね……分かります、難しい年頃です。中二病なんて言葉もあるくらいですから」
 リザベッタ、真顔。至極、真顔。超真顔。その真顔のまんま、ケルベロス達にこの計画を挫いて欲しいと願う。だって、事前に太一の説得に成功したら、既にビルシャナ化しちゃってる太一自身も救う事が出来るのだ。おお、神よ。哀れな少年に救いの手を差し伸べたまえ。
 それはさておき、肝心の現地情報だが。
 場所は閑静な住宅街にある太一宅。両親は仕事中の為、家には一人っ子の太一しかいない。その太一は、二階にある広い自室で作戦決行の手筈を整えているところ。
「多少の被害は出るかもしれませんが、後でヒールしてしまえばいいので、気にしなくて構わないと思います。何より大事なのは、太一さんの説得ですから……!」
 説得。文字通り、説いて得心させる。もしくはいい感じに夢を叶えてしまう。しかしそう易々とは説得されてはくれないだろう。何故なら相手は、アオハルなドリームを膨らませ切ったお年頃の少年だから!
「ふむふむ、お茶屋さんでは口溶け滑らかなお抹茶生チョコレートと、ほんのり塩気が効いた桜チョコレートを買い求めたり、その場で食べたりも出来るのか――よし、太一殿自宅付近の警戒は私に任せてもらおうか」
 斯くして、さり気なく六片・虹(三翼・en0063)がパーティに加わったケルベロス達は、若き妄想の暴走に立ち向かう。
「願望の成就を暴力で叶えようなんて、太一さんが心から望んでいる筈ありません。悪いのは、彼の願いを歪めて叶えてしまおうとするビルシャナ。どうか皆さん、宜しくお願いします」


参加者
鳥羽・雅貴(ノラ・e01795)
鎧塚・纏(アンフィットエモーション・e03001)
眞山・弘幸(業火拳乱・e03070)
西村・正夫(週刊中年凡夫・e05577)
紗神・炯介(白き獣・e09948)
白石・翌桧(追い縋る者・e20838)
王・美子(首無し・e37906)
小鳩・啓太(シャドウエルフのブラックウィザード・e44920)

■リプレイ

 今、狂気という名の冒険の扉が開く――……結構マジで。

●アオハル・クライシス
「よーォお兄ちゃん。今日は早起きじゃねーか」
「っ!?」
 どごぉんと蹴り開けられた扉に、もふっとスタイルになった太一の肩が跳ねた。
「あァ? 私だよ私。寝惚けて妹の顔も忘れちまったのか」
 ずぅん。太一の体が背中からベッドに沈む。自分にマウントポジションで影を落としているのは、髪の長い女性。どう見ても年上の!
「ど、どちら様で?」
 問いは至極当然。だが、妹を名乗った女――夕方という時刻は全く気にせず、これは毎朝のルーティンです的な王・美子(首無し・e37906)は、より身を倒して太一に圧し掛かる。
「だから妹だよ。お兄ちゃんの為にチョコを持って来た妹だ」
 地獄化した首から炎が長く尾を引く美子の衣服は、胸元が大きく開いたもの。故に、ぐいと迫る度に、少年の意識は『妹』よりもそっちに引っ張れてしまう。仕方ない、そういうお年頃だもの。
「えと、チョコって……?」
「あァん? 何処にあるかって? そりゃァ勿論――私がチョコだ。当然、欲しいよな?」
 ごっくん。太一の喉が鳴る。だがその手が『チョコ』に触れる前に、どたばたと階段を駆け上がる音が聞こえたかと思うと。
「お兄ちゃん、階段から落ちて頭を打ったって本当!?」
 部屋に飛び込んできた鎧塚・纏(アンフィットエモーション・e03001)が美子を押し退けた勢いの侭、無事を確認するよう太一を引き起こし、壁際に追いやってむぎゅう。
「もう、心配して皆で慌てて帰って来たんだからっ」
 纏、ふわふわの髪をふるふるさせて涙滲む瞳で上目遣い。あざとい。あと、太一の腕にまとわりついてむぎゅう。上から85、60、83のナイスバディをむぎゅう。完全に狙ってる。あざとい。
 しかし、毛並を真っ赤にしてあわあわしてた太一。一つの言葉に気付いて、首を傾げた。
「皆?」
「やぁ、お兄ちゃん」
 ――ずさああああ。
 太一、纏のホールドを逃れて部屋の隅っこに後退る。だって現れたのは、太一でも分かる大人の色香と冷えた剣呑さを湛えた長身の成人男性。
「大好きなお兄ちゃんを想って昨日徹夜で作ったんだ」
 冴えた銀髪をさらりと揺らし、金の眼差しで男――紗神・炯介(白き獣・e09948)は太一に迫り、段ボール箱を押し付ける。
「もちろん、食べてくれるよね?」
 目が、笑ってないんですけど! むしろ視線一つで殺されそうなんですけどっ。
 そんな太一に訴えは声にならない。何故なら、扉付近で此方を覗く新たな『妹』の存在に気付いてしまったから。
「モテモテでスゴイなぁおにーちゃん……! だけどワタシも負けないっ」
 主に絵面的方面でとかわざとらしく独り言溢しちゃってるのは、鳥羽・雅貴(ノラ・e01795)。クール寄りの見目麗しさはいつのも儘に、今日はそこへきゃるん風味をトッピング。
「ねぇ、おにーちゃん。ワタシのも貰ってくれる、よね?」
 こてりと首を傾げ、可愛さを盛りに盛ったラッピングのチョコ(大量)を抱えて太一ににじりにじ。けれど雅貴が太一の元へ辿り着くより早く、新たな影がお兄ちゃんの視線を奪った。
「お前ら、太一を怯えさせてどうすんだよ」
 壁ドン。
「まぁ、大したモンじゃねぇけど。受け取っといてくれよ」
 肘ドン。
 白石・翌桧(追い縋る者・e20838)、四十路が近い大人の落ち着きでもって太一との距離を一気に詰める。反撃の隙は与えない。あと、反論の隙も与えない。
「え、あ、こ、い、い?」
 太一の言いたい事は多分こうだ。え? あれこれ、いもうと? 妹!?
「お前が言ったんだよな? 『誰か』俺にチョコをくれ、と」
 困惑と混乱に完全に思考停止してる太一へ、付き合ってられねぇスタンスを貫く眞山・弘幸(業火拳乱・e03070)が言い捨てた。
「だから持って来たんだぜ? お兄ちゃん」
 言い捨てたけど、弘幸もやっぱり「お兄ちゃん」扱いだった。言い方は、頬に傷がありそうな人っぽかったけど。
「で、でも。皆さん男――」
「えー。ちょっとボーイッシュなだけだよぉ」
「けどおじさ……」「CVがね!」
 やっと絞り出した正論へも、纏が容赦なく被せていくスタイル。ついでに「もしかして、忘れちゃったの……?」とメソメソオプション付きで。あざとい。あざとい。本当に泣きたいのは太一の方だったろうに。しかーっし、真のカオスの登場はこの直後。
 がっしゃーん。
 さっきまで太一が頬杖ついてた窓辺のガラスが割れた。
 そこから部屋に飛び込み西日を背負い立っているのは、ドレスを身に纏った西村・正夫(週刊中年凡夫・e05577)、よんじゅうろくさい。勿論、メイクなんかしてない。ただの女装おっさん。そんな女装おっさんに、
「お゛に゛ぃち゛ゃぁぁぁん!!」
 って叫ばれたら――もう太一燃え尽き寸前。憧れた青春ドリームはクライシス待ったなし。

●いもうとかたろぐ
 美子は、張り切り元気系妹。ふわふわあざとさマックス甘えた系妹が纏。
「王殿はドスの効いた声といい、チンピラ化してる気がしないでないが、まぁこの二人はギリセーフとして。男性陣がぶっ飛びすぎだろっ」
 雅貴こそ小悪魔モードを頑張ってはいるものの、炯介、翌桧、弘幸の三人は、妹は名ばかりの普段通り。「お兄ちゃん」呼びがミスマッチ過ぎて、背筋が寒いを通り越して腹筋がヤバい。
「紗神殿がヤンデレ系で、白石殿が少し独占欲が強い俺様系年上妹って……既に妹じゃないじゃないか」
 ぐっふふふ。雅貴が人除けの陣を展開してくれたお陰で、皆の妹ぶりを観察する虹は大笑いを堪えるのに必死だった。
「眞山殿に至っては、完全外野モードからのお兄ちゃん呼び……っ」
「虹ちゃんも笑ってばっかりいないで、ちゃんと妹してちょうだい」
 虹、ひきつけを起こしそう。だが、誰ぞかにぱふぱふメイクを施す纏が現実に引き戻す。
「えー。これ以上のバリエーションって何だ、近所のおばさん系妹か?」
 それは最早ただの近所のおばさんなのではなかろうか。ともあれ作戦名『妹』(おぺれーしょん・しすたーず)は、こうして着々と進む。

 余談。
 虹が正夫に関して一言も口にしなかったのは、直視しちゃいけないと思ったから。お父さん、大丈夫? ますます娘さんに遠ざけられない?
 あと纏がメイクしてた人物は、この後の登場です! 本命、本命!

●最凶妹決定戦
 むき、むきむき。
「お゛に゛い゛ぢゃあああん」
 ぴら、ひらむきい。
「お゛に゛い゛ぢゃあああん」
 窮屈なドレスに押し込んだ体躯を無駄にムキり、正夫強烈アピール。太一は必死に視線を逸らしているが、圧に負けてチラ見したが最後、
「お兄ちゃんのえっち」
 これである。いや、無理。絶対、無理。頭打っておっさんに見えてるだけって説明されても、無理なもんは無理。
 だが神は太一を見捨ててはいなかった。
「お、お姉ちゃん達、喧嘩はダメだよ! ほ、ほら、お兄ちゃんか驚いてるよ……」
「……!!」
 おどおどと言葉を紡ぐ唇はローズピンク。癖のない髪をさらりと垂らす俯き加減の頬が仄かに色付くのは、気恥ずかしさと遠慮がちに乗せたチークのせい。
「あ、あの、お、お兄ちゃん? オレ、じゃなくて、私も覚えてないですか……?」
 恐々と己に近付く白を基調としたセーラー服姿の『妹』に、太一の視線は釘付けだった。
「お、お兄ちゃんに、チョコを作ってきました……貰って、くれませんか……?」
 可愛くラッピングされたハート形のチョコを差し出す手には、前夜の頑張りを示す沢山の絆創膏。
「そう、これだよ!!」
 太一、歓喜に咽んだ。これこそ自分が待ち望んだ展開。これまでの様々で感覚が麻痺した太一、全く気付いていなかった。絶世の美少女に見える『妹』が、纏にメイク&コーデして貰った女装の小鳩・啓太(シャドウエルフのブラックウィザード・e44920)――太一と同い年の少年――であることに!
 ともあれ艱難辛苦を乗り越えた末の歓喜に、太一はもう契約解除の心地だった(チョロいって言うな。啓太登場までの衝撃が壮絶過ぎだったのだよ)。だが、こんなん程度で許すケルベロスではない。
「ずるぅーい、抜け駆けは無しって妹協定で決めたじゃない!」
 裏方仕事を終えて再び参戦した纏、これまたあざとさ極まった敢えて不細工な手作りチョコを押し付け、序でにむぎゅっと豊満で柔らかな何かも押し付ける。
「ずぅるぅいぃ。私だっておにーちゃんの為にたっぷり哀情込めて作ったんだから。ちゃんと残さず味わってね!」
 キツイ。正直、本人自身がキツイ。でも今は心だけ乙女だからと必死に言い聞かせ、小悪魔雅貴も畳み掛けに入った。
「――あれだけ求めてたのに受け止めないなんて言わないよね勇気を振り絞った乙女心を無下になんてしないよねお返しは三倍で大丈夫だから楽しみにしてるね!」
 雅貴、一気。ただし字面通りに解釈してはいけない。具体的には――無暗に貰っても稀に良く三倍返し要求されたり、愛じゃなくて哀が届いて逆にツライ。つまり現実は甘いだけじゃナイって思い知れ――である。可愛い子から甘いチョコ、なんて夢見ていた時期もあった雅貴からのありがたいご忠言(とどのつまりが、近年の雅貴の状態。ご愁傷様)。
 でも太一にしたら、折角の夢から美青年にたたき起こされたようなもの。ならば更に負い打つ役目はやっぱりこの人。
「お兄ちゃんが沢山チョコ食べたいって言うから、こんなに頑張って作ったのに……食べてくれないの? どうして……?」
 あぁ、近いっ。麗しさの過剰摂取で息絶えるっ。つまりが、炯介。腰にクるイケボも駆使し、太一の口元へチョコを運ぶ。よく見れば彼の眼の下には、美貌に不釣り合いなクマ。それは仕事に対しては非常に真面目な男が、ガチでチョコを作った証。気付いてしまえば、自分の倍は生きてる相手なのに、何故か太一の胸がきゅんっ。
「頂きます……あ、美味しい」
 恐る恐る口にしたチョコへ零れたのは素直な賛辞。さもありなん、炯介お菓子作りは得意なのだ。故にその評価は炯介も純粋に嬉しい。だから普通に微笑む。ただしヤンデレ風味添えで。
「良かった――食べてよ、お兄ちゃん。全部残さず(段ボールいっぱい)」
 ――ざぁ。美貌の影に潜められた絶対零度のナイフの存在に、太一の顔が青褪めた。
「あぁ? 欲しいと言って気に入らなきゃいらねぇってのは、スジが通らねぇよなぁ。なぁ、お兄ちゃん」
 にやり。口の片端だけを吊り上げる悪い笑顔でチョコをチラつかせ、弘幸も太一に迫る。
「お前に拒否権は無ぇはずだぜ、おにいちゃん?」
 要はビルシャナに堕ちさせなければいいのだ。青い夢なんざ、木っ端みじんに砕いてやるのが親切ってモノ。然して弘幸、過剰モテが持つ深淵をまざまざと見せつける。弘幸の高圧ぶりに、太一の足が震え出す。そんな怯えた子兎ちゃんを救い出したのは翌桧だった。
「変にモテられても、困るんだよなァ」
 大人の男のスマートさで、皆の囲みから太一を救いだし、再びの壁ドン肘ドン――からの。
「何故かって? そんなの……――妬けるからに、決まってんだろ」
「びああっ」
 耳元に羽根のように吹き込まれた愛の言葉(低音)に、太一の口が奇声を発す。だがしかし、少年にとっての恐怖タイムはまだまだ続く。
「オイオイオイ、誰が誰のお兄ちゃんだって? こうなりゃ、誰が真の妹か、力で決めようぜ」
 べりぃっと太一から翌桧をひっぺがした美子の、よもやまさかの全妹に対する宣戦布告。斯くて、最凶妹決定戦と言う名のバトルロワイヤルが幕を開けるっ。

「おにいちゃんは、俺のだけ受け取ってればそれで良いんだよ」
 弘幸、地獄の炎で燃え上がらせる左足を蹴り上げる。喰らった美子は素早く身を転がして距離を取り、大きく開いた胸元から銃を取り出し構えた。
「お返しだぜっ!」
 ガチと見せかけて、一応空砲。けれど当てた奴は必ず殴り返すと決めてる美子、間合いを見る間に詰めて拳を繰り出し。先ほどの蹴りも女性相手と加減していた弘幸、この拳も甘んじて受ける(さり気に紳士だ)。
「やだコワイ……! おにーちゃん、助けて……!」
 頑張って黄色い声を出す雅貴、もう自棄だった。瞳を涙で潤ませ――大乱闘へ飛び込んでいく。
「――あぁ、哀しいな。だが、他の妹には消えて貰う。だって、そうだろ? 妹が俺一人になったら、お前の妹はこの俺だ」
 悲しそうに目を伏せつつも、こちらも拳銃取り出す翌桧はもう何を言っているか分からない。いや、分かるけど太一にとっては容量オーバーしすぎて以下略。
「ッシャオラァッ! かかって来いや!!」
 怒ったら手に負えない系の纏は完全豹変。固めた拳で炯介に襲い掛かる。炯介は敢えて躱さず、受け止め太一の傍らへ吹っ飛んだ。
「ひぃいいっ」
 纏の拳の風圧まで浴び、纏と炯介の思惑通り、生命の危機を感じた太一の顔が歪む。
「お、お兄ちゃん。み、みんなを、止めて? お兄ちゃんが、色々すっぱり諦めて改心してくれたら、みんな、元に戻ってくれるから」
 啓太、さり気なく説得を吹き込んだ。当然、太一に否やはない。でも彼が反省を口にするより早く、真の禍が太一に降りかかった。
「ワシが最強の妹じゃあ!」
 正夫、ここでまさかのエイティーン発動。キラキラ光って――。
「お゛に゛ぃち゛ゃぁぁん!!」
「うわぁぁん、ごめんなさいいい。もう二度とモテたいとか言いませんん。地味に生きて行きたいですう」
 ただふつーに女装の似合わない青年になった正夫に、一瞬ふわっと膨らんだ期待をブチ潰された太一。ギャン泣きで猛省しながら光に包まれた。それはビルシャナを打つ天罰の光。ぴかー。

●あゝ無情
 世には過大要求法という交渉術がある。なんやかんやで要求水準を下げさせる、というものだが。
「少し違いますが、君は最初から私達の術中にあったという事ですよ」
 まずは女性陣の魅力で期待値を上げ、そこへ妹とは名ばかりのおっさんズを投入。地獄絵図になったところで天使啓太の降臨。また浮上させた所で盛大に叩き落す。
 若干ご満悦気味の若正夫サイコフォースぶっぱ。余波にドレスが翻る様は、間違いなく視界の暴力だ。
 ともあれ確かに策は成った。太一の魂にはがっつりトラウマが刻まれてるかもだが。
「まぁ、自業自得だよね?」
 穏やかに微笑んだ炯介、そっと撫でて刃に纏わせた青白き地獄の炎を躊躇ない一閃で放つ。
「あぁ、完璧自業自得だぜ」
 ゆるく頷いた弘幸も、地獄の業火帯びさす蹴撃を零距離から問答無用で喰らわせて。
「自業自得以外の何物でもないだろ」
 ばさっと切って捨てた美子は、『うるせぇ』の一言添えてビルシャナを銃床で殴りつける。どうやら弾切れしてたらしいが、今日のスタンスには物理攻撃が似合い過ぎだ。
(「か、かわいそうな、気も……?」)
 空気を読める啓太。哀れみは胸に留めて、仲間の傷を丁寧に癒す。いや、傷って言っても申し訳程度。戦闘は一方的極まってた。
「――こう見えて、噛むし刺すのよ、わたし」
 よぉく歯を食い縛って頂戴ねぇ、と纏。上限振り切る勢いの戦意に目を耀かせ、猛き女王の如くデウスエクスを打ち据え。
「青春の暴走とは、若さゆえの過ちって言うがな。それで人生を棒に振ったら意味ないだろ」
 良い事言った風の翌桧だが、やってる事はグラビティでのぼこ殴り。容赦はしない、それが唯一無二の妹の愛だから。
 そんなこんなで、ビルシャナはあっという間にズタボロ。でもって回って来たお鉢に、雅貴は遠い目を隠せない。
「少年……なんてーか、強くイキロ」
 ――青春とは、時にほろ苦くあるもんなんだぜ……オヤスミ。
 詠唱は短く静かに。直後、影より生じた刃は疾く翔け、太一に巣食った闇を消し去った。

「正夫ちゃん、ドレス似合ってたの」
「……ここはお礼を言うべき所でしょうか……?」
 纏の賛辞(惨事)に、湯呑を口に運びかけてた正夫の視線が宙を泳ぐ。事を終えたケルベロス達は、趣有るお茶屋さんでまったり休憩中。雅貴曰く、胸焼けした寸劇の口直しとも言えるチョコや茶は実に美味。優しい味が、心身ともに沁みる(色んな意味で)。
「余り物で悪いけど、貰ってくれる?」
 荒唐無稽の極致を何とか熟し切りはしたものの、ぐったり炯介は虹へチョコをお裾分け。「喜んで!』と目を輝かす虹の元気ぶりが、いっそ羨ましい。
 と、その時。
「おい、どうかしたか?」
 土産用の抹茶チョコの購入を終えた弘幸は、折角だからと誘った太一の異変に気付いた。
「ほらよ。正真正銘、女の『子』からのバレンタイチョコだ……大丈夫か!?」
 あくまで『子』であるのを強調する美子(年齢は伏せる)も、可愛らしいチョコを渡そうとして、表情を曇らせた。
「え、あ、え……」
「どうしたの、太一君?」
「うわあああんん」
 好物のチョコに囲まれ終始笑顔だった啓太が顔を覗き込んだが終い。
「男だったなんてえええええ」
 どうやら太一、啓太を本物の女子と思い込んでいたらしい。そして女装を解いた啓太に現実を悟って――絶望。
「お兄ちゃんと義妹はいつまでも元気だな。俺はヘリオンで待つ『お父さん』にも土産を買って行くか」
 背後は喧噪の再来。それに翌桧は、空騒ぎの内部設定を思い返して喉を鳴らす。
 まさか巻き込まれているとは、皆の帰りを待つ少年も気付くまい。
 やるならば、徹底的に。面白は地球を救う……多分ネ!

作者:七凪臣 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2018年2月21日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 1/感動した 20/素敵だった 6/キャラが大事にされていた 0
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