「えいっ! やぁっ!!」
海辺の公園で、ひとりの少年がしっぺを繰り返していた。
重ねた分厚い週刊誌にぶつけるのは、親戚のお兄ちゃんへの尊敬の念である。
冬休みに、福笑いの罰ゲームでされたしっぺが痛くて、吃驚して、かっこよくて。
自分もこんなしっぺをできるようになりたいと、思ったのだ。
「ひゃ~、ちょっと痛そうじゃん!? お前の、最高の『武術』を見せてみな!」
だがそんな純粋な想いは、要らぬ少女を呼び寄せてしまう。
意識を奪われたままで、少年は少女の腕をとり、しっぺを放った。
ばちんばちんと乾いた音が響くなかで、しかし少女は笑っている。
「僕のモザイクは晴れなかったけど、お前の武術はそれはそれで素晴らしかったよ」
そうして振り翳す大きな鍵で、少年の胸を貫いた。
倒れた少年の隣には、少年のと同じトレーナーを着たドリームイーターが出現する。
その身体を興味深そうに歩くと、木製のベンチをしっぺで真っ二つにしてみせた。
「いいよ。お前の武術を見せつけてきなよ」
返事の代わりにひとつ跳びはね、ドリームイーターは公園を走り出るのだった。
「ドリームイーターが出現するっす。皆さんに退治してもらいたいんっすよ」
黒瀬・ダンテ(オラトリオのヘリオライダー・en0004)が、大声で呼びかける。
なんだなんだと、幾名かのケルベロス達がダンテに注目してくれた。
今回の調査に協力した、西院・玉緒(夢幻ノ獄・e15589)も隣で様子を見守っている。
「幻武極っていうドリームイーターが、武術を極めようと修行に励んでいる武術家を襲う事件が発生しているっす。自分に欠損している『武術』を奪って、モザイクを晴らそうとしているらしいんすよ」
そんな幻武極にとっては残念なことに、今回の襲撃では、モザイクは晴れなかったよう。
代わりに、武術家のドリームイーターを生み出して暴れさせようとしているらしい。
「出現するドリームイーターは、襲われた少年が目指す究極の技を使いこなすっす。なかなかの強敵っすから、気を付けてほしいっすよ」
いまから向かえば幸い、このドリームイーターが公園を出る前に迎撃できる。
周囲の被害は、ひとまず気にしなくて構わないだろう。
「ドリームイーターは、しっぺ技を繰り出してくるっす。右手でのしっぺは、まるでハンマーで殴られたような破壊を。左手でのしっぺは、刀で斬られたような斬撃を。そして両手でのしっぺは破壊力抜群の魔法攻撃として、皆さんを襲ってくるっす」
特に武器は持たないが、その分、しっぺを極めているらしい。
戦場となるのは少年の家の裏にある公園で、古びた滑り台とベンチが3脚あるだけ。
ケルベロスも含めて、技の届く範囲にこれら以外の家屋やヒトの姿はないとのことだ。
「今回のドリームイーターは、自らの武道の真髄を見せつけたいと考えているみたいっす。場を用意すれば向こうから戦いを挑んでくるっすから、皆さんで倒してもらいたいっす。よろしく頼みましたっす、信じてるっす!」
ダンテ曰く、被害者は滑り台の脇に倒れているらしい。
ドリームイーターを倒すまでは、眼を覚まさない。
彼に声をかけるか否かはお任せするっすと、ダンテは付け加えた。
参加者 | |
---|---|
陶・流石(撃鉄歯・e00001) |
望月・巌(昼之月・e00281) |
エイダ・トンプソン(夢見る胡蝶・e00330) |
相良・鳴海(アンダードッグ・e00465) |
西院・玉緒(夢幻ノ獄・e15589) |
ギルフォード・アドレウス(咎人・e21730) |
病院坂・伽藍(隠された秘密・e43345) |
篠崎・乙女(画狂少女卍ちゃん・e46617) |
●壱
公園の入り口へと降り立ったケルベロス達は、すぐに行動を開始した。
「……いままでも奇抜な武術に目つけたデウスエクスは居たが……これまたよく分かんねぇ基準で選びやがったな」
相良・鳴海(アンダードッグ・e00465)が早速、公園を出て左側の木にテープを縛る。
「しっぺを武術として見れるっつうのも、ある意味じゃ凄ぇ発想だよな。ほっとくわけにゃいかねぇが。見知った顔もあるし、まあなるようになるだろうさ」
頷いた、陶・流石(撃鉄歯・e00001)は逆に、右側の木にテープを結んだ。
「また幻武極の仕業っすね。死者が出る前に食い止めるっすよ」
病院坂・伽藍(隠された秘密・e43345)は、テープを持って入り口とは反対側へ。
公園の周囲へぐるりと、鳴海、流石、伽藍の3名が立入禁止テープを張っている。
「おっ、お出ましのようだぜ」
残る面々が公園へと足を踏み入れて数分後、ドリームイーターが走ってきた。
仲間の邪魔はさせないし、公園の外へ出してはならないと、気を引き締める。
「説明しよう。マッスルウェアとはマッスルなウェアではなく筋肉を鍛えるのに最適な運動着なのだ! ちなみにコレ、同じ日生まれのダチがくれたんだけどな!」
真っ先に歩み出る、望月・巌(昼之月・e00281)は『マッスルウェア』を着用していた。
ボディビルのポージングに合わせて、腕まくりをして挑発的な態度をとる。
まんまと乗ってきたドリームイーターが、左手を振り上げた。
「これ、あなたがやったのよね。なかなかの威力じゃない」
だが巌の腕を打つより速く、西院・玉緒(夢幻ノ獄・e15589)が話しかける。
ドヤ乳と視線の先には、ドリームイーターによって真っ二つにされたベンチ。
「でも……実戦で有効でなければ、ただの児戯。そう思わない?」
玉緒はジャケットから二丁拳銃を引き抜きざま、速攻で弾丸を撃ち込んだ。
「こっちは終わったっすよ」
正面から入ってくるなり、日本刀で緩やかな弧を描く。
腕に刃を喰い込ませたままで、公園のなかへとドリームイーターを押し込んでいく伽藍。
「ったく……風邪引くだろ。デウスエクスのクソどもが」
反対側から公園へと入った鳴海は、コートを脱いで少年にかけてやった。
そうして被害者を背に、礫をばら撒いての足止めを試みる。
「周囲には誰もいなさそうだからよ。取り敢えずその子だけ護っときゃいいんだよな?」
ギルフォード・アドレウス(咎人・e21730)の問いに、鳴海は首を縦に振った。
広い公園だが視界を遮るモノはなくて、ぐるり外周がよく見える。
「それにしても、しっぺ……しっぺ……ああ、あれな。意外と骨にくる奴な」
全身を覆うオウガメタルから、ギルフォードは前衛陣に光輝くオウガ粒子を放出した。
「見た目がガキんちょとはいえ油断大敵。きっちり片づけねぇとな」
ギルフォードが公園外も警戒していることに安堵して、意識を戦闘に集中させる流石。
超硬化させた手足の爪で以て、ドリームイーターの呪的防御を破った。
「幼気な子どもの想いを利用するなんて許せないYO☆ 助けてあげなきゃNE☆」
(「しっぺを極めた怪人とか、レアだよNE☆ 創作の足しになっちゃうかMO!?」)
憤りも期待も抱きつつ、篠崎・乙女(画狂少女卍ちゃん・e46617)が睨みつける。
「みんなのことは、卍ちゃんが守ってあげちゃうからNE☆」
非物質化させた爪を立てるシャーマンゴーストの影から、前列の超感覚を覚醒させた。
「がんばれv がんばれv」
エイダ・トンプソン(夢見る胡蝶・e00330)が、バイオレンスギターの弦を弾く。
明るい調子で紡ぐのは、立ち止まらず戦い続ける者達の歌だ。
「貴方を倒して、あの子を取り戻します」
意識せずとも少年と自身の弟妹が重なり、救出への気持ちが高まる。
だがドリームイーターも必死で、両手同時にしっぺを繰り出してきた。
●弐
最も数の多い前衛を狙い、その体力を吸収するドリームイーター。
「前にも思ったけど……ひとつの技を極めるってのは、なかなかのロマンよね。馬鹿にして悪かったわ。ホントは、結構好きよ? そういうの」
それでも笑顔でリボルバー銃を構える玉緒が、極限まで集中させた精神力を放つ。
最初は挑発するために悪態を吐いたが、実は好意的な感情も抱いているのだ。
「子どもを標的にするとは……デウスエクスめ」
内心イラッイラしている鳴海は、その不機嫌を力に変える。
ドリームイーターに接近し、卓越した技量を見せつけた。
「ヒトには役目ってモンがあるってね。ほーれ、ジャマーでおっ邪魔~ってか」
挑発役からの中衛転身に洒落を効かせるも、相手の実力を侮っているわけではない。
巌の細身の刃は、ドリームイーターの脚へ曲線の傷跡を刻んだ。
しかし離れる直前、先程叩かれ損なったその鍛え上げられた腕に右手のしっぺを喰らう。
「穿つ……打ち抜けっ!」
ギルフォードは、攻撃時に生まれたドリームイーターの隙を見逃さなかった。
指先から発生させる、電気を帯びた硬質な糸で、勢いよく突き刺し引っ掻き貫きとおす。
「そーRE! 元気な姿を上書きしちゃうNE☆ シャーゴくんもたのんだYO☆」
己のグラビティ・チェインの色を溶いて、巌に戦闘前の万全な姿を上描きする乙女。
呼ばれたシャーマンゴーストも、同列のクラッシャーへと祈りを捧げた。
「如意棒の一撃を受けてみろっす!」
とは言いつつもしかし、伽藍は流星の煌めきと重力を宿した飛び蹴りを炸裂させる。
「正々堂々だけが武術じゃあ、ないんすよ」
見事に腹へ入るエアシューズだが、ドリームイーターも負けずに破壊のしっぺを打った。
「まだまだ寒い日が続きますが、暦の上では春ですね。気持ちよく春を迎えられるよう、ドリームイーターもサックサクと倒しちゃいましょう」
濃縮した快楽エネルギーを、優しい言葉とともに桃色の霧として放出するエイダ。
伽藍の身体を蝕んでいたバッドステータスを、きれいさっぱり消し去った。
「おう、目ぇ逸らしてんじゃねぇよ」
流石の瞳の赤が、静かに冷たく、ドリームイーターへと注がれる。
恐れは憔悴や動揺の感情へと変化し、その心身をプレッシャーで包み込んだ。
●参
止まぬ攻撃と適切な回復の連携により、戦局は完全に、ケルベロス優位になっている。
「ギャー!! シャーゴくん助けTEE!?」
しっぺに斬られたのは、主である乙女を庇い続けているシャーマンゴーストだった。
わーぎゃー叫び即座にカッコいいグラフィティを描いたので、大事には至らなかったが。
「呪いとはかくありき。狂い咲け! 黒百合!」
開花とともに刻まれた怨念が溢れ出し、黒百合の花言葉どおり呪いを体現する。
見切られないよう気を付けながら、伽藍はジグザグの効果を重ねていた。
「おぉっと逃がさねぇよ。ってか、あたし達から逃げられると思ったのか?」
逃走防止のために、常につかず離れずの距離を保っている流石。
今回は得意な銃を封印して、電光石火の蹴りを喰らわせる。
「さぁ踊りましょう、蝶のように」
エイダも攻勢へと転じ、命中率が最高のグラビティを発動させた。
魔力を以て生み出した無数の紅い蝶が、ドリームイーターの周囲を気まぐれに飛び回る。
「いやぁ痛い痛い。痛かったよ、さっきのしっぺ」
とは言いながらも、まったく痛くなさそうな表情を浮かべるギルフォード。
空の霊力を帯びた斬霊刀を突き立て、其処から傷口を斬り広げていく。
手前が駄目なら奥へと身体を反転させて、眼前のケルベロスを右手で叩いた。
「ふぅん、んなもんかよ。さっさと消えろや、マガイモノがぁっ!」
鳴海の怒りの矛先は、眼前のドリームイーターにのみ向けられている。
簒奪者の鎌が、鳴海の心の虚しさを力に変えてドリームイーターの指を落とした。
「あなたと遊ぶの、もう飽きちゃったわ。終わりにしましょうか……じゃあね?」
ジャケットを振りまわして踊れば、依り代の髪に巨大な御業の半身が降りてくる。
御業の拳がドリームイーターをしっぺして吹き飛ばす間に、玉緒は余裕の決めポーズ。
「理想の武術がどんなだか知らねえが、ちょいと悪さが過ぎてるぜ。そんなに知りたきゃ、これでも喰らいな。鉛弾をお前の胃袋に直接ご馳走してやるぜ!」
飛ばされてきた身体を受け止めて、巌は零距離射撃でとどめを刺す。
動かなくなったドリームイーターを、足許へと静かに寝かせてやるのだった。
●肆
まるで大地へ呑み込まれるかのように、消滅するドリームイーター。
ケルベロス達は、周囲の状況を確認する者と、少年を介抱する者とに別れた。
「おや、切れてるっすね。元気になるっす」
伽藍の言葉に呼応するオウガメタルが、公園の生け垣を粒子で包み込んでいく。
冬であることを忘れさせる色とりどりで不思議な花が、咲き乱れた。
「はぁっはっはっはっはっ! いい筋トレになりそうだ!」
塀から落下したブロックをもとに戻しながら、巌も高らかに笑う。
最後にシャウトすれば、自分はもとより塀の傷までもを直してみせた。
「おい坊主、このクソ寒い時期に地べたで寝ると本気で凍死するから早く起きろ」
倒れている少年を揺り起こす鳴海の口調には、やけに実感が籠もっている。
放浪していた過去の経験からであって、寝泊まりする家はちゃんと在るのだが。
「こんなトコで寝てたら、風邪ひいちゃうわよ?」
醒ました眼の前で揺れているものが玉緒の爆乳だと分かるまでに、数秒。
鼻血を吹き出してまた意識を飛ばすまでに、プラス数秒。
「あぁまぁ、大丈夫そうじゃん。いろいろと」
その様子を観ていた流石は、鼻の頭を掻いて口端を上げる。
溜めたオーラを贈ってやって、再度の覚醒に胸を撫で下ろした。
「はい、これあげるNE☆ その調子でしっぺ極めちゃってYO☆」
シャーマンゴーストの背負う画材を広げて、超速でペンを走らせていた乙女。
ちょっと厚めの紙には、コミック調のカッコいいしっぺ使いの絵が描き上げられていた。
「ありがとう、ございます。え、っと、お兄ちゃん達は、ってえぇっ! この絵って!?」
その絵柄に見覚えがあったようで、少年は眼を輝かせる。
事情の説明も兼ねて、少しのあいだ、ともに時間を過ごすことに。
「ところで、親戚かご兄弟にお医者様か弁護士で素敵なお兄様は……いらっしゃいます?」
別れ際、エイダが恥じらいながら少年に訊ねる。
心優しいイケメンとの幸せな玉の輿という夢を叶えるためにも、情報収集は大切だ。
「のちのこともある。連絡先でも交換しておいたらどうだろうか?」
研ぎ終えた斬霊刀の表面を確認しつつ、ギルフォードはエイダにそんな助言をする。
強くなってきた海風に、愛用する『亡き上官の耳当て』をして帰路に就くのだった。
作者:奏音秋里 |
重傷:なし 死亡:なし 暴走:なし |
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種類:
公開:2018年2月12日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
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得票:格好よかった 0/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 3
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