オグン・ソード・ミリシャ~運命を引き寄せて

作者:千咲

●より強きモノへ
 グチャッ……グググッ……ボコッ!
 赤黒い血溜まりの中にある何かの塊のようなものが、粘液状のどろどろしたものには運ばれ、元あった躯らしきところに集まってゆく。やがて、ひとしきり集まったところで大きく泡立ち弾けるかのように一気に隆起したかと思うと、再び、粉砕される前以上にのおぞましい姿を形成する。
 一言で言うなら『粘液に覆われた巨木』。だが、ところどころに口のようなものが不気味に舌なめずりするような音を立て、枝というより触手と表現した方がふさわしいものが無数に生え、蠢く40mも超す程にも及ぶ異形。
「さっきより、またデカくなりやがった……まだ復活するかよ。面白れぇ、さっきより一層楽しい戦いができるってことか……」
「こん次ゃ、もう終わんだろ。ま、何度復活しようと、叩き潰すだけだがなっ!」
 7人のオウガたちは拳を震わせて、再び、その不気味な存在に躍りかかってゆく――より細かな欠片に擂り潰して、次こそは完膚なきまで滅するために。
 だが、40mを超すほどの物体は、先ほどまでとは比べ物にならなかった。
 ぬめる全身が拳を滑らせ、熱い体表は重い蹴りを受けても微動だに揺るがない。
 屈強なる7人がかわるがわる攻撃を叩き込むも、さほど功を奏しているようには見えなかった。
 やがて……剛腕では済まないほど野太い触手が、唸るような音を立ててオウガを打ち据える。倒れたところを別の触手が幾度も打ち下ろし、文字通り叩き潰す。
 止めようと触手を掴んだ別のオウガの腕を、他の触手が絡めとり、そのまま引きちぎる。
 先ほど――30mに満たなかったときのオウガによる蹂躙――は、立場が一転、不気味な狂気の主、オグン・ソード・ミリシャによる虐殺の戦場と化した……。

●オウガの女神
「みんな、集まってくれて、ありがとう」
 急な招集に応えて集ったケルベロスたちに、赤井・陽乃鳥(オラトリオのヘリオライダー・en0110)は、まず深くお辞儀。
「ステイン・カツオ(剛拳・e04948)さんの予期していたことが実際に起きたの。邪神クルウルク勢力がオウガの主星『プラブータ』を襲撃し、オウガの戦士達を蹂躙しているみたい。どうやら、先のオウガ遭遇戦で現れたオウガ達は、この襲撃から逃れて地球にやってきていたようなの」
 と、ひとしきりのキッカケに触れると、新たにケルベロスとなった、オウガのラクシュミさんから詳しく……と告げ、タッチ。

「こんにちは、ラクシュミです。
 このたび、定命化によってケルベロスとなる事ができたので、皆さんの仲間になる事ができました。
 オウガの女神としての、強大な力は失ってしまいましたが、これからまた、成長して強くなる事が出来ると思うと、とてもワクワクしています。
 オウガ種族は戦闘を繰り返し成長限界に達していた戦士も多かったですので、ケルベロスになる事ができれば、きっと、私と同じように感じてくれる事でしょう。
 皆さんに確保して頂いた、コギトエルゴスム化したオウガも、復活すればケルベロスになるのは確実だと思います。

 ここからが本題なのですが、オウガの主星だったプラブータは、邪神クルウルクの眷属である『オグン・ソード・ミリシャ』に蹂躙されて、全てのオウガ達がコギトエルゴスム化させられてしまいました。
 オグン・ソード・ミリシャの戦闘力は、初期時点ではそれほど高くないのですが、『撃破されると周囲のグラビティ・チェインを奪い、より強力な姿で再生する』という能力を持つ為、オウガの戦士にとって致命的に相性の悪い敵だったのです。
 とにかく殴って倒す。再生しても殴って倒す。より強くなっても殴って倒す……を繰り返した結果、地球に脱出したオウガ以外のオウガは全て敗北してコギトエルゴスム化してしまったのですから。
 地球に脱出したオウガも、逃走したわけではなく、オグン・ソード・ミリシャにグラビティ・チェインを略奪された為に飢餓状態となり理性を失い、食欲に導かれるまま地球にやってきたのです。
 彼らも、理性さえ残っていれば、最後まで戦い続けて、コギトエルゴスム化した事でしょう。

 このように、オウガとオグン・ソード・ミリシャの相性は最悪でしたが、ケルベロスとオグン・ソード・ミリシャの相性は最高に良いものになっています。
 ケルベロスの攻撃で撃破されたオグン・ソード・ミリシャは、再生する事も出来ずに消滅してしまうのです。
 オウガの戦士との戦いで強大化した、オグン・ソード・ミリシャも、今頃は力を失って元の姿に戻っていると思います。
 オウガのゲートが、岡山県の巨石遺跡に隠されている事も判明しましたので、一緒にプラブータに向かいましょう」

●運命を引き寄せて
 ラクシュミがそこまで語ったところで、再び陽乃鳥にタッチ。
「ラクシュミさんがケルベロスとなったことを考えると、コギトエルゴスム化しているオウガ達がケルベロスとなってくれる可能性は高いと思う。その意味では、この戦いは、デウスエクスとしてのオウガを救出する為の戦いでは無く、同胞であるケルベロスを救出する戦いと言い換えても良いと思う。それに……いずれにしても、プラブータを邪神クルウルク勢力の制圧下においたままじゃ、いつ邪神が復活してこの地球に攻め込んでくるか分かったものじゃないもの。同胞たるケルベロスを救い、地球の危機を未然に防ぐ為にも、この戦いはとても重要……よね」
 そう言うと、此度の敵の話に再び戻る。敵のオグン・ソード・ミリシャは、オウガとの相性こそ最悪だったとは言え、今はもう、多くが体長2m程度の初期状態に戻っており、それほど強敵ではないと言う。
「ただ、敵の外見は、非常に冒涜的で、長く見続けてると、狂気に陥りそうになるそうなの。だから……気を付けて。直接、戦うのに影響はないと思うけど、軽い錯乱状態となり、おかしな行動をとってしまう場合があるかも。その時は、周りでフォローしてあげて」
 そして、敵の攻撃は攻性植物に近い戦闘方法であることを付け加えると、稀にもう少し大きな敵が現れるかも知れないと告げた。
 ――最大で7m級のオグン・ソード・ミリシャも存在するらしいから、気を付けて、と。
 そして最後に陽乃鳥は、もう一度深くお辞儀をする。
「このまま何もできずに、邪神クルウルクの復活みたいな事件にでもなったら大変なことだから、火種が小さいうちに、なんとか対処したいの。お願いね」
 と、話し終えるのだった。


参加者
アリス・ティアラハート(ケルベロスの国のアリス・e00426)
深月・雨音(夜行性小熊猫・e00887)
西水・祥空(クロームロータス・e01423)
空飛・空牙(空望む流浪人・e03810)
遠之城・鞠緒(死線上のアリア・e06166)
空国・モカ(街を吹き抜ける風・e07709)
院瀬見・和佐(狼先生・e20864)
伊織・遥(滴るは黒染めるは赤・e29729)

■リプレイ

●はるかなる地
「ここがオウガの主星、プラブータか」
「ここが……ラクシュミさんやオウガさん達の故郷……」
 ゲートを超え、はるかなる地に降り立った空国・モカ(街を吹き抜ける風・e07709)とアリス・ティアラハート(ケルベロスの国のアリス・e00426)が感慨と興味を込めて呟いた。
 邪神クルウルクの眷属とやらに蹂躙された地を一言で表すならば、『荒涼とした』大地。オウガたちが繁栄していたであろう彼の地は、本来であれば豊かな自然に恵まれた豊穣な大地だっただろうことは想像に難くないが、グラビティを奪われた今では見る影もなく、どこを目指せば良いのかも分からぬほどに荒れ果てていた。
「元は、こんなところじゃなかったはずだ。俺たちの相手はいったい……」
 基本的に緊張感を表に出すタイプではなかったが、地球外に来たことが影響しているのか、院瀬見・和佐(狼先生・e20864)が警鐘を口にした。煙草を控えることにした反動かは定かではないが。
 戦うべきは、かのオウガ種族を壊滅状態にまで追い込んだオグンソードミリシャ――ただし、そのミリシャについて我々は何も知らない。それでもモカは不安の中に1つの楽しみを見出していた。
「どんな所かは聞かされていなくとも、これがグラビティを奪われた姿だってことは分かる。そして……同時に未知なる探検が楽しみでもある」
「そうですね。見えているものがすべてとは限りません。一体、どんな星なのか……それに、オウガさん達のこと、もっとよく知りたいですしね」
 遠之城・鞠緒(死線上のアリア・e06166)も心躍らせて付け加えたが、そうは言っても自分たちが襲われては始まらない。目立たぬように隠密気流を纏う。
「まぁ話していても仕方ありません……出発しましょう」
 西水・祥空(クロームロータス・e01423)が近くの岩にアリアドネの糸を巻き付けた。
「そうですね、ラクシュミさんのご心情の為にも……オウガさん達を助けてさしあげなきゃ……」
 己が種族の運命に想いを寄せていたラクシュミの心中を慮るアリスが頷くと、一同は改めてプラブータ探索を開始した。
「あっちにゃ!」
 周囲を見回して、進む方向を決める深月・雨音(夜行性小熊猫・e00887)。決断の要は野生の勘に頼っちゃいたが、小動物ならではの勘は、必要以上の危険を避けるにはアテにする価値ありと言えた。

 荒涼とした地を、警戒しつつ進む一行。
 通った道は、空飛・空牙(空望む流浪人・e03810)が即席でしたためた地図に示される……あとは、地形の高低と周辺風景、戦闘跡などを付け加える程度だが、一応、地図らしきものにはなった。
 それを見ながら、戦場跡を探しては書き込み、落ちているコギトエルゴスムを回収。
「ティアラハート、頼む」
「はい、お預かりします」
 和佐から受け取ったコギトエルゴスムは、逐次アイテムポケットへと仕舞う。
 その後も、こまめに岩などにマークを刻みながら探索、時に、跋扈する2m級のオグンソードミリシャの姿を見つけては、先制を狙って片付けながらコギトエルゴスムを回収してゆく。この程度が相手であれば2、3体でもケルベロスたちの敵たり得ない。
「……とは言え、そろそろ休みましょう」
 1つ1つの戦いは大変でないとは言え、連戦に次ぐ連戦は思いのほか身体に負担を掛けるもの。伊織・遥(滴るは黒染めるは赤・e29729)の巣作りでキャンプ地を確保すると、2人一組&2時間交代で見張る。
 幸い何ごともなく夜明けを迎えることができたが、それも最初の晩だけの話。翌日からはそうそう順調ではなかった。
 日中は3m級にも遭遇、サイズが強さに直結することを実感するとともに、夜襲で複数の敵に襲われるなど、一挙に厳しい環境に置かれている現実を目の当たりにした。
「まぁ、これもあと数日……と言ったところでしょう」
 とは、祥空の見立て。――それは、食糧的かつ体力的に見て、帰還の無事を考慮した見込みだったが、皆にお菓子をお裾分けして回っている雨音のリュックの大きさ的にも、これは妥当な見立てだったろう。
「……かもな。本当はもう少し地図を充実させたいところだけど」
 現実を見据え納得してはいるものの、プラブータ来訪がこれっきりとは思えない空牙としては、いささか残念な気持ちもあった。

●オグンソードミリシャ
 それから、見立てた『数日』がちょうど過ぎようとしている晩のこと。
 鞠緒が微かな物音に違和感を覚えたのと同時に、気配というか何かの這いずる振動に気付いたモカが声をあげた。
「敵襲!」
 跳ね起きた仲間たちと共に周囲を探るや、おぞましい気配が一気に膨れあがる。
「そっちですね!」
 遥の手から爆ぜる炎が飛んだ。光が辺りを照らし、粘液を滴らせた混沌たる敵の全身を映し出した。
「5……いや、6m級か!?」
 和佐の声に反応するかのように、ライドキャリバー、イチカワさんがスピンを効かせながら距離を取る。
「これだけデカけりゃ、イヤでも当たんじゃねぇか。悪く思うなよ邪神眷属ども!」
 ヘッドホンを付け直し、空牙が銃鬼を砲撃形態に変形。躊躇うことなく竜砲弾の豪砲を一閃……続いて鞠緒が妖精の如く跳び、星のオーラを蹴り当てる。
 その間に、ウイングキャットのヴェクサシオンが羽ばたき、主周辺に漂う邪気を祓うと共に、残る面々が持参してきた明かりで全体を照らした。
「油断しないでください。すぐに敵も立て直してきます。その前に……紡ぎます、聖王女さまの奇蹟の歌を……!」
 アリスの守護星座が眩い光を放って前衛の面々に加護を分け与える。が、それを危険な予兆と見てとったのか、ミリシャのぬめる触手がググッと伸びて彼女に襲い掛かった。
「危ないっ!」
 その前に和佐が滑り込む。そして自らの身体で触手を防ぐと、弾いた手で妖精の弓を引き絞り、即座に一矢を報いた。
「これだけ大きいと、姿を見ずに戦うってのもなかなか……」
 天高くモカが跳んだ。そして煌めく七色の光をその脚に纏いながら、頭部を蹴り抜く。
「一気に行くにゃあ」
 雨音のローラ―ダッシュ。荒れた大地との間に起きた摩擦が炎を成すと、地を蹴って迫る触手を蹴散らした。
「こちらにも居るのをお忘れなく……」
 下段に構えたライトキング・ハーデースが紫色の炎に包まれると、祥空は思い切って振り回す。が、それを受け止めようとしたのか、ミリシャが腕ごと彼を飲み込むように喰らいつく。が、それでも構わず、力の限り強引に振り抜いてみせると、口腔内の粘液ごと敵の肉片らしき物を飛び散らせた。
 と、その時。もう1つの不気味な音が辺りに響いた……。

●邪神の眷属
 目の前のミリシャも咆哮のような不気味な音を響かせると、共鳴するかのように大地が震えた。
 すると、ケルベロスたちの背後の地面が隆起し始め、地中からもう1体、3m級のオグンソードミリシャが姿を顕した。
「もう1体……ですか。参りましたね」
 遥が、言葉ほどには感慨のこもらぬ口調で呟いた。
 すぐさま和佐の考えを察したようにイチカワさんが疾走。3m級の足元(根元?)を轢いて喰いとめる。
「まずは、与し易い小さい方を片付けるべきでしょう……」
 その間は少しでも一方を抑えるべく、アリスが時空凍結弾で大きいミリシャを撃ち抜いた。巨体の『時』が凍り付き、動きが鈍る。
「今のうちだっ!」
 モカの手から放たれた螺旋の氷結が小ミリシャを貫いた。が、混沌たる存在のヤツらは、それくらいで怯むようなモノではなかった。
 大小2体のミリシャが、呼吸を合わせたかのように触手を伸ばし、皆の真ん中辺りにいる空牙と鞠緒を襲う。
「くっ……」
 苦しさからか、至近距離で敵を目のあたりにした鞠緒が奇妙な感覚に襲われる。
 まるで、狂った歌が脳内を侵食するような……。
「ヴェク……さん……!!」
 薄れる意識で己が魔力をサーヴァントに注ぎ、小ミリシャに向けシュート。
 真正面から食らわせた衝撃で、不気味な叫びを発する混沌。が、その不協和音のおかげで辛うじて意識を保つ。
 同時に雨音の跳弾射撃――大地の荒れ具合を利用した射撃で大ミリシャの触手を撃ち抜いてから引き剥がす。
 肺に一気に空気が流れ込む感覚。大きく息をついた2人に、和佐が薬液の雨を降り注がせた。
 が、ミリシャの触手たちはそのまま引っ込むのを是とはせず、標的を変えて双方から挟み込むように祥空に喰らい付いた。
「できれば直視は避けたかったんですけどね」
 そうも言っていられない、と日本刀に雷の力を宿し、触手を貫く遙――途端、微かにフラッシュバックする初任務での犠牲者たちの姿。
 それを現実に戻したのはイチカワさんの起こす爆音。目の前を疾走する炎がミリシャを灼いた。
 喰われ掛けた触手を脱し命を拾う祥空。その激しい傷口を侵している穢れを、ヴェクサシオンの清浄なる翼が祓いのけると、力を取り戻した彼の全身から紫色の炎が噴き出し、残る傷を癒すと共に、超常の力が沸きあがってゆく。
 その紫炎の煌めきに脅威を感じたのか、再び触手を伸ばして襲う大ミリシャ。
「させるかっ!」
 身を挺して庇ったモカを、鋭い触手の尖端が貫いた――と同時に流れ込む混沌の力。
「やめろっ! 私は! もうあの頃の過ちを繰り返したくないのだ!」
 彼女が何を見ているのか……本人以外には分からぬけれど、何かを見せられているかのよう。
 そして、それを機とみた小ミリシャまでもが彼女を捕食すべく迫る。
「そっちより、こっちの方が美味いかも知れんぞ。この俺を喰らってみろよ!」
 空牙が、正確には彼の影分身が敵の前に躍り出る。
 分身とは気付かずに彼を喰らう小ミリシャ。その刹那、分身の身体に仕込まれた暗器の数々がミリシャを体内から切り刻む。
「言い忘れた……味もそうだが、喰った後のことも保証はできねえ、ってな」
 言いながら空牙の本体が羅刹で頭部らしき箇所を貫くと、小ミリシャは溶けるように崩れ落ちてゆくのだった……。

●運命を引き寄せて
 斃れ行く小ミリシャを見たせいなのかは定かではないが、大ミリシャの触手が幾分勢いを失った。
「大丈夫ですか? 気を確かに持って下さい……すみません、失礼しますっ」
 神衣へと変化したシュリーを纏ったアリスが、強力無比な力で触手を抜き去り、モカを『叩く』。傷そのものを破壊して復元する、荒業ともいえる力がモカの意識を現世に取り留めた。
「もう、こんな戦い終わらせるにゃ! さくさく、くろー、すらっしゅ!」
 獣化により鋭く伸びた爪で斬り裂く雨音。オグンソードミリシャの厚い外皮をものともせず、容易く斬り裂いてゆく……。
「助かったからには……私も手出しさせてもらおう」
 回復もそこそこに、モカの姿がブレ始める……肉眼で捉えきれぬ高速機動の中、次々と手刀を連打。その手の刃が確実に傷を刻み、鮮血を撒き散らす。
 ゴゴゴゴゴ…………ッ。
 ミリシャが地面を大きく振動させると、やがて地面に溶け込むように拡がって、ついには大地を真っ二つに割る。
 意表を突いた一撃がケルベロスたちを呑み込んでゆく。
 寸前で逃れた遥が刃の反響音を響かせる……ミリシャの脳裡に映るは光の饗宴。だが、それは幻燈が見せた夢幻。
 その隙に和佐は足元の魔法陣を通して皆に強力な癒しの力を施してゆく。
「これで、終わりです」
 虚無の中から大きな書物を取り出した鞠緒は、迷うことなくページを開き、書かれた歌を高らかに紡いでゆく。
 その清らかな歌声は、異世界の存在であるヤツにとっては虚無より響く忌まわしきメロディ。記憶の奥底にあるトラウマが呼び起こされ、忌まわしき記憶として蘇っているはずであった……。
 ――そして。
「神慮めでたく。峻別の大河よ。我に敵する者を、死せる魂全てが行き着く冥府へ押し流さん」
 生者と死者とを分け隔てる女神の力。祥空の十三仏光背に力を宿らせると、異界の存在たるオグンソードミリシャに突き立てる。
 そのまま無言で刃を返すと、頭上高くへと一気に斬り上げ、まさに冥府との境界を敵の中に作り出す。
 冥府との境――6mに及ぶ敵の巨躯が、生まれた異界へと吸い込まれ、此度の探索中もっとも厳しかった戦いの1つが、ついに終焉を迎えたのだった。

「……引き際のようだな」
 戦いが片付いたと見るや、すぐに仲間たちの傷の具合を確かめ始めた和佐が、探索の終了を起案する。
「そう……ですね、妥当でしょう」
 疲労激しい祥空が、絶え絶えの息で頷いた。斃したミリシャの元からコギトエルゴスムを回収することだけは忘れずに……。
 そして、言いながら視線を傾けた先には、激しい戦いを乗り切った余韻もそこそこに、仲間たちを癒すべく自らのリュックの中にあるだろう残ったお菓子を探る雨音の姿があった。
「それにしても……わたしたちはオウガさん達の故郷を、取り戻すお手伝いができたのでしょうか?」
「どうだろうな。だが、少なくとも私たちはベストを尽くしたと言って良いだろう」
 これで引き上げるとなると、気になるのは目的を達したと言えるのかどうか……。
 想いはあれど、口にして確かめたくなった鞠緒に、モカがすかさず期待通りの答えを返した。
「オウガさん達……必ずラクシュミさんのもとにお届けしてさしあげますから……」
 回収したコギトエルゴスムを大切そうに抱え、言葉を掛けるアリス。
 それを傍目に、静かに頷く遥。
 その為にこそ遠くこの異星まで来たのだから、万感の思いは溢れんばかりだろう――同胞たるケルベロスになるだろうオウガたちの運命を引き寄せると共に、地球の危機を未然に防ぐことができたのだから。
「しかし、クルウルクか。邪神、古き者、旧支配者……いずれにせよ、かなりの面倒事だな……やれやれだ」
 目的を達した喜びも半分、空牙は帰路の最中もこの先に待っているやも知れぬ何かに、密かに想いを巡らせていた。

作者:千咲 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2018年2月20日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 1/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 6
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