ぐちゃりと肉を潰す。艶めかしい光を発す実を引き裂く。
ひゅうっと己が喉から空気が抜けた。
傷口が熱い。脈打つ心臓が鼓膜を揺らす。
『いいねぇ、いいねぇ、こりゃあ良い。随分と、ふざけた野郎だ!』
みあ みあ おぐん――……。
おぐん そーど――……!みあ みあ おぐん そーど !
飛び散ったはずの肉が蛞蝓の如く這い集う。液を滴らせ互いを喰らい合い、寄る。
びちゃびちゃと不快な音。揃った歯列。ぶるりと震える触手が実を付けた。
『おーおー待ちくたびれたぜ。やぁっと全部そろったかー?』
『みりしゃ かるする ぷらぶーた なうぐりふ!』
『ハハ!さっぱり分からん!だが!お前の強さは良い!非常に良い!』
満身創痍で腕を広げたオウガの戦士が呵々と笑う。
押さえきれぬ興奮から歯を剥き出し、闘争に燃えた目を吊り上げて笑う。
倒せど潰えぬこの巨体。倒すたび強固なるあの巨体。
これの素晴らしき敵と見えて、笑わぬ戦士などどこにいる!
『さぁて始めよう兄弟よ。いくぞ―……?!』
次の瞬間、枝と思しき触手が凪いだ。
一瞬だ。
その一瞬で、8人の意識もグラビティ・チェインも奪われる。
『なんだ、ちくしょう』
40メートルまで成長したオグン・ソード・ミリシャはただの暴威。
戦闘に特化したオウガといえど、満身創痍で相手にするにはあまりに分が悪かった。
『みりしゃ みあ おぐん そーど ぬい くるうるく!』
●火急
集まったケルベロス達に分厚いファイルを抱えた漣白・潤(ドラゴニアンのヘリオライダー・en0270)がぺこりと頭を下げる。常と違うのは、彼女の隣に女神ラクシュミが立っていたこと。
「お集まりくださり、ありがとうございます。ステイン・カツオ(剛拳・e04948)さんが危惧された通り、クルウルク勢力がオウガの主星『プラブータ』を襲撃し、オウガの戦士達を蹂躙しているようです」
先のオウガ遭遇戦で現れたオウガ達は、この襲撃から逃れて地球にやってきていたのだと告げながら、潤は資料を配る。皆まで行き渡ったのを確認した後、ラクシュミを示す。
「委細につきましては、新たにケルベロスとなったオウガのラクシュミさんから説明をしていただきます。ラクシュミさん、お願い致します」
潤から言葉を継いだラクシュミが見様見真似で軽く礼をする。
「こんにちは、ラクシュミです。このたび、定命化によってケルベロスとなる事ができたので、皆さんの仲間になる事ができました」
そこからは素直な言葉と共に、ラクシュミは語った。
オウガの女神としての、強大な力は失ってしまいましたが、これからまた、成長して強くなる事が出来ると思うと、とてもワクワクしています。
オウガ種族は戦闘を繰り返し成長限界に達していた戦士も多かったですので、ケルベロスになる事ができれば、きっと、私と同じように感じてくれる事でしょう。
皆さんに確保して頂いた、コギトエルゴスム化したオウガも、復活すればケルベロスになるのは確実だと思います。
ここからが本題なのですが、オウガの主星だったプラブータは、邪神クルウルクの眷属である『オグン・ソード・ミリシャ』に蹂躙されて、全てのオウガ達がコギトエルゴスム化させられてしまいました。
オグン・ソード・ミリシャの戦闘力は、初期時点ではそれほど高くないのですが、『撃破されると周囲のグラビティ・チェインを奪い、より強力な姿で再生する』という能力を持つ為、オウガの戦士にとって致命的に相性の悪い敵だったのです。
とにかく殴って倒す。再生しても殴って倒す。より強くなっても殴って倒す……を繰り返した結果、地球に脱出したオウガ以外のオウガは全て敗北してコギトエルゴスム化してしまったのですから。
地球に脱出したオウガも、逃走したわけではなく、オグン・ソード・ミリシャにグラビティ・チェインを略奪された為に飢餓状態となり理性を失い、食欲に導かれるまま地球にやってきたのです。
彼らも、理性さえ残っていれば、最後まで戦い続けて、コギトエルゴスム化した事でしょう。
このように、オウガとオグン・ソード・ミリシャの相性は最悪でしたが、ケルベロスとオグン・ソード・ミリシャの相性は最高に良いものになっています。
ケルベロスの攻撃で撃破されたオグン・ソード・ミリシャは、再生する事も出来ずに消滅してしまうのです。
オウガの戦士との戦いで強大化した、オグン・ソード・ミリシャも、今頃は力を失って元の姿に戻っていると思います。
「オウガのゲートが、岡山県の巨石遺跡に隠されている事も判明しましたので、一緒にプラブータに向かいましょう」
女神然とした美しい微笑みは相変わらず。
話を終えた後、ラクシュミもまた皆に倣って席に着いた。
ラクシュミが座ったのを見届けると、再び潤が説明を再開する。
「ラクシュミさんがケルベロスとなった事から、お話に合った通りコギトエルゴスム化しているオウガ達がケルベロスとなる可能性は非常に高いです」
つまり、この戦いはデウスエクスとしてのオウガを救出する為の戦いでは無く、同胞であるケルベロスを救出する戦いとなることを意味している。
また、プラブータを邪神クルウルク勢力の制圧下においたままだと、いつ邪神が復活して地球に攻め込むか分からぬ危険性も潤は指摘した。
同胞たるケルベロスを救い、地球の危機を未然に防ぐ為にも、この作戦は重要な点となるだろう。
「資料に移ります。オグン・ソード・ミリシャの多くは、体長2m程度の初期状態に戻っており、それほど強敵ではありません……ですが、問題はその外見です」
オグン・ソード・ミリシャの外見は、非常に冒涜的で、長く見続けてると、狂気に陥りそうになるのだ。ケルベロスゆえに戦闘には影響は出ない筈だが、軽い錯乱状態となり、おかしな行動をとってしまう場合もあることが考えられる。
「もしどなたかがおかしな状態となった場合、皆様同士お声を掛け合いフォローをお願いいたします」
さらに話は続き、件の敵の委細へと移る。
「オグン・ソード・ミリシャは、攻性植物に近い戦闘方法と触手を利用した攻撃等を行います」
先に上がった通り、基本は2m級であるという。だがしかし中には3~4m級、最大7m級のオグン・ソード・ミリシャも存在する可能性があるため細心の注意をと潤は言った。
全ての説明が終わったところで、ぱたりとファイルが閉じられる。
ずっと厳しい顔をしていた潤だが、一人一人の顔を見たところで瞳が緩んだ。
「このまま放置し、邪神クルウルクの復活みたいな事件が起これば大変ではすまされません。今の内に対処して間違いありません。大変な事だとは思いますが……頑張って、まいりましょう」
では、ヘリオンへ。
常と変わらず皆をヘリポートへと案内した。
参加者 | |
---|---|
レベッカ・ハイドン(鎧装竜騎兵・e03392) |
奏真・一十(背水・e03433) |
レスター・ストレイン(終止符の散弾・e28723) |
月井・未明(彼誰時・e30287) |
千種・終(虚ろの白誓・e34767) |
空野・紀美(ソラノキミ・e35685) |
ルエリラ・ルエラ(幸運エルフ・e41056) |
箒星・ぬぬ子(レプリカントの鎧装騎兵・e41647) |
●異邦なる
糸を紡ぐように、慎重に進み記録を取る。
延々と続く荒野。吹く風は肌寒い。時折遠目に見えた仔細も全て記録し続けていた。
予定通りに休息を取り、声を掛け合う。細やかなことながら、それはしっかりと互いの心を支えていた。
「大丈夫、今のところオグン・ソード・ミリシャの姿は見えなかった。進もう」
隠密気流を纏い降り立ったレスター・ストレイン(終止符の散弾・e28723)が共に先行していた奏真・一十(背水・e03433)に告げた。
「うむ、地上からも陰は見えなかった。皆へ報告を」
静かに頷きあい、双方隠密気流を纏ったまま数メートル離れた仲間の元へ戻り報告を行う。
「ぬぬ子、メモした?」
「はい、問題ありません」
ルエリラ・ルエラ(幸運エルフ・e41056)が隣に立つ箒星・ぬぬ子(レプリカントの鎧装騎兵・e41647)に問えば、ぬぬ子が静かに頷いた。
慎重に慎重を期し、神経を研ぎ澄ます。こうして常に神経をすり減らすような道中であったものの、そのお陰で荒れた戦闘は無く、多くとも一度に2m級を二・三体ずつ順当に仕留めながら、確実にコギトエルゴスムの回収に成功していた。
しかし、それもつい先程までの話。
岩柱の影から鎌首をもたげ現れた、7m級の影。振り回される触手。
飛び散る粘液。どうと抉れる台地。吹き荒ぶ砂埃。
『みあ みあ おぐん そーど! みあ みあ おぐん そーど!』
そして、形容し難い声。意味の分からぬ叫び。
だらしなく唾液を零す口から生臭い息を吐く、巨大な異形。
己たちより一回り大きなものはいくつも見てきた。だが、これは――……。
「ひゃ!大きいのは、つよいんだよね……!」
空野・紀美(ソラノキミ・e35685)が、抱えたバスターライフルを握り締める。出発前に皆で相談した通り、直視はしないし言葉も極力頭に入れない。でも、小さな不安はあった。
だが、僅かに怯み震えた背を優しく叩いたのは千種・終(虚ろの白誓・e34767)の手。
「紀美、あれは大型。作戦通りいくんだ」
「嫌ですね。超近代的なビル群じゃなくて大型のオグン・ソード・ミリシャですか」
言葉の割に平然と言ってのけたレベッカ・ハイドン(鎧装竜騎兵・e03392)は折り畳んでいたアームドフォートを展開。次いでガトリングガン、バスターライフルの二丁も展開。完全武装を整えた頃には、既に皆も準備万端。
「皆さんの背は、任せてください」
歯車廻るロッドを構えたぬぬ子の言葉が開戦の合図。
●胎動せし闇
「逸早く混沌の全てを観聴きし、知りたい……が、いや、弁えているとも!」
言うが早いか一十の手袋を伝い滴ったオウガメタル モルケティドが鈍く輝きオウガ粒子を後衛へ散らす。
『みりしゃ みあ おぐん そーど ぬい くるうるく!』
異様なる叫び。意味の無い語列。
「サキミ!」
ツンとした態度は崩さないまま。しかし一十の指示通りに、ボクスドラゴンのサキミが前衛盾役の一人、月井・未明(彼誰時・e30287)に水と泡の煌めく加護を贈る。
合わせて動いたレスターの山吹に輝く翼が、炸裂するように光を零す。
「一人でも多く、オウガは助けてみせる。退いてくれないかな」
その身を一条の光に変え、空気さえ貫く矢のようにオグン・ソード・ミリシャを撃ち抜いた。
『みりしゃ かるする ぷらぶーた なうぐりふ!』
悲鳴は上がらず、未だ喋り続ける。
滴った肉片は瞬く間に腐り落ち、異様な臭いを放っていた。
「まったく……少し静かにしてもいいと思いますけれど!」
「あれが黙るのは、むりだろう。行くぞ、梅太郎」
レベッカが展開した折り畳み式アームドフォートの主砲が一斉発射されると同時、ウイングキャットの梅太郎が真白い翼を羽ばたかせ、清浄なる加護を自身も含めた盾役へ施した。
合わせて、未明が鞄から引き抜いたのは小振りの硝子の小瓶で揺れる、特製魔法薬 空明。
「紀美、おいで」
呼んだのはすぐ後ろに居た紀美。ラピスラズリの瞳、桃色の爪先に施されたのは妨害効果を上げる、とろりとした架空の幻想。
「ありがと、未明ちゃん!よーっし、いっくよー!」
安心させてくれた終に、行こうと背を押してくれた未明。二人を思えば、目の前の妖しげな声はこわくない!
スコープを覗き、狙いを定める。躊躇い無く引き金を引く紀美の指に、一十のモルケティドの加護も輝いた。
迸った凍結光線がオグン・ソード・ミリシャの枝を四重に凍てつかせれば、嫌にしなやかに震えていた触手の一本が鈍くなる。
『みりしゃ みあ おぐん そーど ぬい くるうるく!』
「芋煮の良さも知らないのに、うるさい植物」
フェアリーブーツでステップを刻んだルエリラがぽつり、溜息一つ。生み出した星を勢いよく蹴り込めば、オグン・ソード・ミリシャの幹を掠める。
「……一手は、余裕がありますか」
「そうだな。だが、次は気を付けよう」
油断なく周囲を見ながらアームドフォートを展開するぬぬ子に、静かに頷いたのは終。見目よりも齢を重ねた終の静かな言葉は、未だ若いぬぬ子のの心をしっかりと支えていた。
「はい、いきます!」
ぬぬ子が撃ち放つ主砲に紛れ、姿勢を低く駆けだした終のエアシューズが加速する。ちかちかと煌めくのは星と絡み合う重力鎖。着弾と同時、飛ぶ。
「厄払い、つとめさせてもらおうか」
弾ける腐肉は軽やかに避けて。痛烈な輝きを放つ星をオグン・ソード・ミリシャの幹に突き刺さし深々と抉り、束ね解き放たれた重力鎖が楔の如く巨躯を戒めた。
幹を蹴りつけ蜻蛉返りで後衛へ戻った終は確かな手応えを噛み締める。だが、次の瞬間。
『おぐん そーど ほろわろ りむがんと みりしゃ なうぐりふ!』
「っ、未明!」
急成長した触手が槍の如く、未明の眼前へ。
刺される。そう思った瞬間だった。
「にゃあああっ!」
その前へ身を挺したのは小さな紺色の体。
撓る触手が柔らかな毛を裂き、梅太郎の肉を喰らう。確かに別段仲は良くなかった。それでも、苦楽を共にしてきた主従なのだ。
『みりしゃ かるする ぷらぶーた なうぐりふ!』
『みあ みあ おぐん そーど! みあ みあ おぐん そーど!』
ゲタゲタ笑うように歌うようにオグン・ソード・ミリシャは鳴く。
一目で分かる7m級の一撃の重さ。
「サキミ、行け!」
「治療はお任せください!」
一十は叫ぶと同時に再び後衛へオウガ粒子を放出。より強く超感覚を呼び覚まさせる。この戦いを長引かせるわけにはいかない、そういう判断だ。
主人の声にサキミも素早く清い水で汚れた血を流し加護を以て、梅太郎の傷を止血する。同じく即時展開されたぬぬ子の機体が、梅太郎の肉に食いつくオグン・ソード・ミリシャの蔓蔦を手早く丁寧に除去し綺麗に傷口を塞ぎきった。
痙攣していた梅太郎の呼吸が安定したことに、僅かに未明の肩が下がる。
「……―みえぬ、ものこそ」
香る金木犀。かろり鳴る数珠石。寿ぐ金銀花水引。小瓶でとろり波打つ未明の薬がレベッカに降る。冷静な判断。だがレベッカへ贈るその加護は布石。レベッカもまた冷静にレインボーバスターライフルの引き金を引く。
「では撃ちますよ」
言葉とほぼ同時、虹色の魔法光線がオグン・ソード・ミリシャを貫いた。
倒れている暇も躊躇う間も無い。役を全うすることが、抱える数多の命を持ち帰る最善策。
「はあぁぁぁっ!」
ちり、と稲妻を帯びたレスターの槍が瞬きの直後オグン・ソード・ミリシャの触手を切り落とし、弾けた電流がその神経を麻痺させた。
紀美は今日の今だけは心を鬼にする。心細かった夜を支えてくれた梅太郎の元へ駆け寄りたい。優しく気遣ってくれた未明を元気づけたい。でもそれは、全部後。握り締めた拳に鋼を纏わせ、今、銀色の鬼になる。
「ルエリラちゃん!」
「行きましょう、紀美」
ルエリラも愛用の妖精コンポジットラックボウの弦を限界まで引き絞り、御業を籠めた矢を放つ。
鋼の拳が表皮を削ぐに至るも、解き放たれた御業はあえなく触手に撃ち落とされる。
『おぐん そーど ほろわろ りむがんと みりしゃ なうぐりふ!』
「そろそろそれも言い飽きてきただろう」
終の声。つと、と小さな着地音。
直後、高速回転したエアシューズが爆発的な速度で幹を駆け上がる。
「落ちろ」
振り下ろされた細腕が秘めたるは大地裂く一撃。オウガ粒子の煌めきが、決してその照準をずらさない。
『み゛っりしゃ!みあ、おぐん……そーど ぬい くるうるく!』
びちゃびちゃと幹が裂け、紫の液体が散り、腐汁が滴る。四散した肉片は今まで同様に腐り落ちる。
初めて聞いた7m級の乱れた声。確実に攻撃が通り、通じていることの証明はケルベロス達の心に微かな希望を齎した。
●打ち払え
数度の打ち合いから察される通り、やはり7m級は異様に頑丈であった。
肩で呼吸をすれども、決してオグン・ソード・ミリシャから目は離さない。
しかしオグン・ソード・ミリシャの損壊は酷い物だった。既に幹は半ば縦に半分裂けている。
だが油断は出来ない。気を付けるべきは、巨躯の放つ一挙手一投足。
「っ、レスターさん!」
「ぐ、ぁっ!」
砂埃を巻き上げ、風を唸らせた触手がしたたかにレスターの脇腹に喰らいつき、鈍い打音を響かせる。
『みあ みあ おぐん そーど! みあ みあ おぐん そーど!』
蝕む蔦から滲む毒が、肌の下から身を裂くような痛みを与えながらレスターの臓腑を蝕み、傷が増えれば増える程に激しく煩くなるオグン・ソード・ミリシャの奇声が鼓膜を伝い、脳を犯す。
「あ゛っ!」
喉を競り上がる不快さを吐き出せば、滴ったのは赤ばかり。
『みあ みあ おぐん そーど! みあ みあ おぐん そーど!』
「大丈夫だ、今なお、す……?」
『おぐん そーど ほろわろ りむがんと みりしゃ なうぐりふ!』
崩れ落ちたレスターの方へ向いた筈の一十の足が止まり、突如ふらつき膝から崩れる。
瞬時に異常に気付いた未明が見た一十の顔には、場にそぐわぬ薄ら笑いが浮かんでいた。
「あぁ、はは!ここが異星。此処が混沌。深淵の縁!」
何もない荒れた荒野の土を撫で、一十が恍惚と微笑む。
「あぁいま、のぞこ、う゛っ!」
未明が声を掛けるより早く、突然立ち上がるや無心に無防備にオグン・ソード・ミリシャへ駆けだそうとした一十の額を、慣れた様子で肩に乗ったサキミの尾が思い切り打つ。
パァン!と響いたのはまるで発砲したかのような炸裂音。硬質な宝石揺れる尾に、肩を足場に全力で一回転した遠心力が強烈な力を与えていた。額が割れていないだけ、サキミの良心と言えただろう。
ギロリと主人を睨むのはアメジストブルーに輝く、魔除けの光り。
「っ、ぐ、ぅ……そう、だった。それどころではなかった、な」
分かれば良し。と言わんばかりに、サキミは主人の方を軽やかに降りるや白い羽を広げ、尾を奮い立たせた。オグン・ソード・ミリシャを睨み付けるキツい眼差しは、無駄な誘惑をするなと言わんばかり。
「すまない、レスターくんは―……」
「問題ありません。呼吸、脈拍、共に安定しています」
既にこの治療はもう幾度目か。数えることも飽きる程。
元来のぬぬ子の性質も相まって並外れた正確さで施されていたウィッチオペレーション。
ここにきて重ねられたオウガ粒子の効果と慣れ、連戦・激戦の中で育んだ経験則から、ぬぬ子はより迅速かつ丁寧な手術で盾役、並びに後衛の主砲たち支えていた。
「ありがとう、ぬぬ子。……一十、行けるよね?」
「勿論だ。さて、お返しをくれてやらねばならないようだ」
砂交じりの風にひらり舞うコート。掛け直された琥珀色のサングラス。
言葉はなくとも、二人は呼吸を合わせて駆け出した。
光が収束するレスターの銃口。稲妻纏う一十のトムヘット。
「俺も嘗てケルベロスに助けられたヴァルキュリア……絶滅の危機に瀕したオウガを、守ってみせる!」
「斯様な機に恵まれたのは幸運だ。しかし、僕にも矜持がある!」
交差する二つの輝きがオグン・ソード・ミリシャを断った。
『みあ゛ み゛、あ! おぐん そーど! みあみあ おぐん そーど!』
とうとうオグン・ソード・ミリシャが痛みを訴えるように撓り、異様な奇声が明確に乱れる。限界は近い。
「畳み掛けるなら今かもしれません」
すうっと細められたレベッカの瞳が、痛みに蠢くオグン・ソード・ミリシャを冷静に分析する。展開されるアームドフォートの照準は完璧。
「撃ち抜いてあげましょう」
「うん、いける」
きりきりとルエリラの指が弦を引き絞る。ヴ、と空気を震わせ展開された翡翠色の魔法陣が幾重にも。眩い魔力で覆った弓に番えるのは、渦巻く雷光を収束させた一矢。
「私に出会ったのが運の尽き。さようなら。ここがあなたの終着点」
ぃん、とルエリラの弦が啼いた時には、オグン・ソード・ミリシャは眩い白雷に打たれていた。焼け焦げた臭いを漂わせ、のたうつ触手をレベッカの主砲が躊躇いなく追撃し撃ち落とす。
「雨……いや、雷を」
掲げた木蓮の如き花咲く杖の薬液を打ち消して、編むのは淡青の雷光。
「にゃっ!」
「つぎはわたし……ううん、わたしたちの番っ!」
並び立った未明と梅太郎に、紀美はウインク一つ。桃色の爪先にラメと手描きの射手座のモチーフが輝いて。指先に収束するオウガ粒子の加護と、ラピスラズリの瞳には妨害魔術の加護。輝きの全てをこの一矢に。
撃ち落とさんと迫った荒ぶる触手は梅太郎の投げつけた花揺れる輪が弾く。魔の一矢は淡青の雷光と絡み合ったまま、何にも遮られること無く一直線にオグン・ソード・ミリシャを撃ち抜いた。
『みあ みあ おぐん そーど! みあ みあ おぐん そーど!』
『みりしゃ みあ おぐん そーど ぬい くるうるく!』
『おぐん そーど ほろわろ りむがんと みりしゃ なうぐりふ!』
「少し、見苦しいぞ」
『みあ みあ おぐん そーど!』
はためく黒のコート。淡く白光する紋様。凛と輝くエメラルドの瞳が、オグン・ソード・ミリシャを見据えている。
「見えたよ――……“そこ”だね」
もう半分以上が潰え、崩れ、腐り落ちようとしているオグン・ソード・ミリシャの死角から、終の声。
どんなに触手が最期の力で蠢こうとも、その動きは全て終の計算域に入っている。
とんと軽やかに飛んだ終の足が、オグン・ソード・ミリシャの上で静かに振り上げられる。
直後、加速。
焼き切れそうなほど高速回転するローラー。踏みしめた空気が爪先に集い槍と化す。
「これでお終いだ」
『み あ』
切り裂き貫き消し飛ばす。
残っていたオグン・ソード・ミリシャの全てが、露と散った。
受けた傷は大きい。しかし、回収できたコギトエルゴスムもまた大量であった。
アイテムポケットから溢れ、バックパックに分けられたオウガの命は、確かな戦果であった。
作者:皆川皐月 |
重傷:なし 死亡:なし 暴走:なし |
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種類:
公開:2018年2月20日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
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得票:格好よかった 1/感動した 0/素敵だった 2/キャラが大事にされていた 2
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