オグン・ソード・ミリシャ～禁忌の門を超えて

■リプレイ

●狂気平原
　四方に広がる荒涼とした大地。吹き荒ぶ異星の風を肌に受けながら、ケルベロス達は眼前に迫る狂気の権化と対峙していた。
「みりしゃ　みあ　おぐん　そーど　ぬい　くるうるく！」
　無数の触手と蔦が絡まり合った、不気味な魔獣が奇怪な声を上げて何事かを紡いだ。それが鳴き声なのか、それとも何らかの呪文なのかまでは定かではなかったが、遺伝子レベルに刻み込まれた生理的嫌悪を喚起させるものであることに間違いはなかった。
「また、現れたね。しかも、今度は特大サイズだ」
　手書きで作成した地図をしまいつつ、明空・護朗（二匹狼・e11656）は改めて眼前に迫る敵を見上げた。
　オグン・ソード・ミリシャ。ゲートをくぐり、荒れ果てた大地を散策する間にも、何度か小競り合いのように遭遇しては撃破して来た相手。だが、今回ばかりは規模が違う。敵は群れを成しており、しかもその中央に陣取っているのは、今まで相対してきたものより一回り大きな個体だ。
「みあ　みあ　おぐん　そーど！」
「みあ　みあ　おぐん　そーど！」
　周囲を舞う小さな個体が、奇声を発しながらこちらの様子を窺っていた。その様を眺めているだけで不思議と頭が痛くなってくるが、敵のペースに飲まれるわけにもいかなかった。
「集中攻撃で直ちに撃破……とは、行きそうにないですね。どうします？」
「正体不明の敵だろうがやることは変わらねぇ。倒して探して帰る。シンプルで分かりやすいだろう？」
　スヴァルト・アール（エリカの巫女・e05162）の問いに、マサヨシ・ストフム（蒼炎拳闘竜・e08872）は苦笑しつつも即答した。
　元より、多少の危険は承知の上。おまけに、今まで遭遇した敵に歯応えがなかったことで、少しばかり期待している部分もある。
「仕掛けてくるみたいだね。……準備はいい？」
　周囲を漂う敵の動きが変わったことを察し、風音・和奈（哀しみの欠如・e13744）は仲間達に告げた。後ろに立つ影渡・リナ（シャドウフェンサー・e22244）やフィオナ・オブライエン（アガートラーム・e27935）もまた、いつになく緊張した様子で身構えている。
　倒せない相手ではない。そう、頭では解っていても、未知の相手に油断はできない。小型の個体を蹴散らせたからといって、大型の個体まで容易く倒せるとは限らない。
「みりしゃ　かるする　ぷらぶーた　なうぐりふ！」
　神経を逆撫でする不愉快な叫び声と共に、触手と蔦の化け物が襲い掛かってくる。その口から放たれる光線が頬を掠めたところで、水沢・アンク（クリスティ流神拳術求道者・e02683）は鮮血を軽く拭うと、右手を形作りし己の地獄を解放し。
「クリスティ流神拳術、参ります……！」
　幾度となく修復を繰り返して来た袖と手袋を、何の躊躇いもなく焼き捨てる。そんな中、天に向かって狂える叫びを発している大柄な固体へ、ジョルディ・クレイグ（黒影の重騎士・e00466）は斧の先端を突き付けて宣戦を布告した。
「我が嘴と爪を以て……貴様等の狂気を破断する！」
　惑星プラブータにて繰り広げられる、狂気と狂乱の織り成す戦い。地獄の番犬と邪神の眷属による、長くも短き壮絶な死闘が幕を開けた。

●這い寄る悪夢
　宇宙の狂気を体現する、邪悪なる神の眷属達。歪に絡み合った触手の塊を思わせる怪物は、その存在自体が、全ての生命を冒涜しているに相応しい。
「ハハハ！　オウガの仇討ちだ！　ケルベロスの反則で正面から叩き潰してやるよ！！」
　迫り来る触手と光線の群れを物ともせず、マサヨシは果敢にも敵の群れの中心部へと飛び込んで行った。
　恐れは迷いを生み、迷いは恐怖を生む。そして、その恐怖に屈してしまったが最後、この冒涜的なる怪物を前にした者は、一様にその心を蝕まれる。そう、本能的に理解しているからこそ、敢えて無謀とも思える野生へと身を任せているのだ。
「みりしゃ　みあ　おぐん　そーど　ぬい　くるうるく！」
　鋭い蹴りによって叩き伏せられる同族の姿を前にしてか、中央に陣取る一回り大きな個体が、奇声を発しながら小刻みに身体を震わせていた。
　あのような化け物にも、怒りの感情というのはあるのだろうか。そう、誰ともなしに思った矢先、敵の触手が大地を貫き、舐めるようにして侵食を始めた。
「な、なんだい、あれは！？」
「うっ……気持ち悪い……」
　触手の海と化した大地が、巨大な海嘯の如く迫る様。その異様な光景を前にして、思わず吐き気を堪えるリナとフィオナ。今や、邪神の眷属そのものとなったプラブータの大地は、そんな彼女達を冒涜的な言葉で嘲笑うかのように飲み込んで。
「あぁっ！？　王様！！」
　間一髪、ウイングキャットのキアラが割り込んだことで、フィオナは辛うじて難を逃れた。だが、歪んだ大地は留まることなど知らないように、リナのことさえも飲み込まんと迫り。
「……っ！？　こんなんで、自分を見失ったりしないよ！」
　生き物の如く脈打つ大地が、リナの身体を取り込まんと絡み付いて来る。冷たく、粘性の高い何かが肌に触れる度に、彼女の耳に冒涜的な歌と囁きが聞こえて来る。
「気をしっかり保って！　私達はオウガ達を助けないと……！？」
　狂気に蝕まれ始めたリナに声を掛けた和奈だったが、そうはさせまいと、小型の個体が彼女の腕に食らい付いて来た。瞬間、身体の中にドス黒い不純物を流し込まれ、傷口が赤く腫れ上がった。
「邪魔するんじゃないよ！　今まで無敵を誇っていたかもしれないけど、ここから反撃するよ！」
　食らい付く敵を払い除け、和奈はお返しとばかりに鋼と化した拳で殴り付けた。衝撃に吹っ飛んだ怪物の身体から腐った肉を潰したような感触が伝わり、思わず顔を顰めることになってしまったが。
「タマは、援護を。……痛いの痛いの、飛んでいけ」
　オルトロスのタマにフォローを任せ、護朗はリナの身体に付着した大地の欠片へと手をかざす。柔らかな光が異形と化した土塊に触れれば、それは粉々に砕け散り、ボロボロと風化しながら落ちて行く。
「なるほど、厄介な敵ですね。ですが、そこまで強敵とも思えませんが……」
「まあ、私達にとっては、少々面倒な搦め手を使ってくるデウスエクスの一種族に過ぎませんからね」
　スヴァルトの問いに、苦笑しながら答えるアンク。永遠に再生を続ける狂気の体現者達も、地獄の番犬によって楔を打たれれば話は別だ。邪神の眷属がオウガ達を追い詰めたのは、他でもない彼らの持つ再生能力。無限に再生と強化を繰り返す存在は、互いに『死』という概念を持たないデウスエクス同士の争いでは無敵に近かったのかもしれないが。
「我等の前では、無駄な小細工に過ぎぬということだ。……鋼の意思、邪神の眷属どもに見せてやろうぞ！」
　二振りの巨斧を携え、ジョルディが正面から敵に斬り掛かる。それを皮切りに、アンクとスヴァルトも同時に仕掛けた。
「さて、少し纏めて蹴散らさせていただきましょうか」
「華は葉を思い　葉は花を想う」
　縮地の如き駿足でアンクが距離を詰めて蹴りを繰り出せば、それに合わせてスヴァルトの駆る幻影が、白き炎の花となって辺りを包む。さすがにこれは、邪神の眷属とはいえ堪えたのだろうか。その身に悍ましい落とし子を思わせる果実を実らせ、邪悪なる狂気の光を広げ、懸命に抗わんとしていたが。
「させないよ！　清き白樺。枝の鞭。冬の盛り。終末と再生。――浄化」
　敵にリングを投げて牽制するキアラの動きに合わせ、フィオナは宙に浄化の刻印を描き出す。それは全ての邪悪なる護りを打ち砕く力となって、リナの持つ槍の先へと刻み込まれ。
「放つは雷槍、全てを貫け！」
　異界の大地を貫く閃光。幻影の稲妻を纏った雷槍は、敵の纏う落とし子の歪んだ光と共に、邪悪の権化とも呼べる触手の塊を真正面から貫いた。

●冒涜なる者達を越えて
　平原に響き渡る狂気の宴。だが、それも長くは続かない。
「みあ……みあ……おぐん……そーど……」
「おぐん　そーど……ぬい　くるうるく……」
　力無く倒れ伏したオグン・ソード・ミリシャ達。虚しく消滅して行く怪物の姿を前にして、スヴァルトは改めて確信した。
　この眷属達が持つ真の恐ろしさは、やはり無限の再生能力にあったのだろう。相対し続けることで狂気に誘う冒涜的な身体も然ることながら、デウスエクス達にとって厄介なのは、周囲のグラビティ・チェインを吸収して、永遠に再生強化を繰り返すことだ。
　どれだけ倒しても終わりはなく、敗北するまで戦わされる。オウガ達も、この能力にやられたのだ。だが、その強化も所詮は束の間のこと。現に、元のサイズへと縮んでしまったオグン・ソード・ミリシャ達は、ケルベロス達にとって強敵過ぎる相手というわけでもなく。
「長引かせる意味はなさそうですね。……一気に仕留めましょう」
　強化前の状態であれば、大した敵というわけでもない。ならば、さっさと片付けてしまおうと、スヴァルトは対デウスエクス用のウイルスカプセルを投射して告げた。
「単純な理屈、単純な構造、でも甘く見ると痛い目に遭うよ！」
「やられてばっかりじゃないよ！　その身体、斬り捨ててあげる！」
　和奈が速乾性のセメント弾を打ち込み、迫り来る触手をリナが一刀の下に斬り払う。動きを封じられ、戦う術を失った邪神の眷属達へ、しかしケルベロス達の追撃は情けも容赦も見せることなく。
「我が炎に焼き尽くせぬもの無し……。我が拳に砕けぬもの無し……。我が信念、決して消えること無し……。故にこの一撃は極致に至り！」
「決めます……！外式、双牙砕鎚(デュアルファング)！！！」
　後退を始めた冒涜の使徒へ、マサヨシとアンクの拳が迫る。敵を貫く、蒼と白。決して曇らず、決して退かず。彼らの強き意思の力は、狂気さえも跳ね退け、焼き付くし。
「これで決めよう。一気に行くよ、タマ」
「王様！　君の力も見せてやれ！」
　それぞれの主の命を受け、タマとキアラが残る最後のオグン・ソード・ミリシャへと向かって行く。さすがに、他よりも一回り大きな個体だけあって、そう簡単には倒れないようだが。
「みあ……おぐん　そーど……ほろわろ　りむがんと　みりしゃ……なうぐりふ！」
　それでも炎に焼かれ、身体を爪で削られる痛みに、のた打ち回らずにはいられないようだ。確かな勝利を確信し、護朗とフィオナは互いに顔を見合わせて頷くと、それぞれの手にしている杖を高々と掲げた。
「今だよ！　これで止めを！」
「僕の力、君に預けた！」
　杖先から迸る二つの雷鳴。それを左右の斧で受け取り、ジョルディが高々と跳躍する。
　狙いは正面のオグン・ソード・ミリシャ、ただ一つ。こちらを嘲笑するかのような冒涜的な肉体も、心を惑わせる邪悪な囁きも、今の彼には通用せず。
「俺はジョルディ……重騎士ジョルディ・クレイグなり！」
　邪神の企みを破断する者として、その名前を心に刻んでから散れ。閃光迸る雷刃斧が十字に宙を斬り、狂気と冒涜の使徒を断ち切った。

●異界の祝福
　平原に静寂が訪れる。終わってみれば、いつもと変わらぬ戦いだった。
　だが、それでもここは、異界の星。ふと、広がる空を仰いでみれば、そこに広がる満天の星々は、しかし地球のものとは異なる座標にて輝いている。
「月から地球を見るのとは、全く違う宙……ですか」
「こういう冒険も悪くないですね」
　荒涼とした大地に降り注ぐ穏やかな光。どこか、吸い込まれるような美しさに、スヴァルトとアンクは思わず溜息を吐き。
「初めての外宇宙探索、かぁ。僕ら非地球人は元々向こう側の種族だけど、それでもわくわくするね」
　もし、自分の種族が生まれた星に舞い戻ることがあれば、果たしてそこはどんな世界なのか。覗いてみるのが少しだけ怖い気もするが、それでもどこか夢を抱いてしまうと呟くフィオナ。
「ところで、オウガのコギトエルゴスムは？」
「心配は無用だ。既に、しっかりと回収しておいた」
　護朗の問いに、ジョルディが拾った宝玉を取り出して見せながら答えた。ここに来るまでも多くの敵を倒し、その度に宝玉を拾って来たので、随分と数も集まっていた。
「ゲートの向こう側の世界、ちゃんと持ち帰らないとだね」
　少しでも多くのオウガを助け、地球を第二の故郷にしてもらうために。そう言って微笑むリナだったが、しかし異星に留まれる時間にも限界はある。
　水や食料の問題を攻略したところで、それでも戦いを繰り返していれば、確実に疲労は溜まって行く。特殊な巣を張って消耗を抑えるにしても、消耗をゼロにできるわけではなく。
「さすがに、あれを食うわけにはいかんしな」
　水や食料が尽きれば、それで終わりだ。既に原型を留めていないオグン・ソード・ミリシャ達の残骸を横目に、マサヨシは苦笑しながら仲間達に言った。軍人時代の荒んだ経験を以てしても、さすがにあれを口にしたいとは思えない。
「そろそろ、潮時かな？　でも、これだけ宝玉を集められれば……」
　収穫としては十分だ。そんな和奈の言葉に対し、否定の意を示す者は誰もおらず。
　惑星プラブータの冒険。人類初の異星探索を成し遂げて、ケルベロス達は改めて、宝玉と化した多数のオウガを連れ凱旋する。
　グラビティ・チェインを生み出す母なる星。オウガの女神でもあったラクシュミと、そして何よりも親しき友や家族、そして仲間達が待っている地球へと。

作者：雷紋寺音弥	重傷：なし 死亡：なし 暴走：なし
種類： 公開：2018年2月20日 難度：普通 参加：8人 結果：成功！
得票：格好よかった 8／感動した 0／素敵だった 0／キャラが大事にされていた 0
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