オグン・ソード・ミリシャ~遥かなる御魂を求めて

作者:秋月きり

 それは胸躍る冒険譚で、血肉沸き立つ戦物語で、そして、悪夢のような光景だった。
 オウガの勇者達8人の前に立ち塞がるは、30メートル超えの巨体を誇る邪神の眷属、オグン・ソード・ミリシャ。長きに渡って行われた両者の戦いはしかし、今となっては双方が疲弊の度合いから、終局の近さを伺わせた。
「おぐん そーど ほろわろ りむがんと みりしゃ なうぐりふ!」
「何を言ってるか判らねぇよ!」
 オウガの一人による雄叫びを皮切りに、次々とオウガの得物がオグン・ソード・ミリシャに突き刺さって行く。
 さしもの邪神の眷属と言え、その集中砲火に耐えきれるものでは無かった。
 貫かれ、抉られ、破壊され。
 ぐちゃぐちゃの死体と化したそれはコギトエルゴスムへと転じる筈だった。
 だが。
 死体から伸びた触手は自身の血肉と、そして周囲の存在――有機物無機物問わず喰らい、再び立ち上がっていく。その身体は先の巨体を遥かに凌駕する程、巨大に進化していた。
「また再生しやがったぞ!」
「なに! 次は40メートル程度だろう! だったら復活しなくなるまで殴り続けてやるぜ!」
 オウガらしき台詞と共に、再び彼らはオグン・ソード・ミリシャに肉薄。各々の得物を振り上げ、その身体を梳っていく。
 だが、疲弊しきったオウガ達に勝利の目は在る筈も無く。
 一撃、また一撃と、触手が振るわれる度にコギトエルゴスムを散らす結果となる。
 やがて、そこに立つのは、50メートルをも凌ぐ大きさに成長した、オグン・ソード・ミリシャの姿だけであった。

「みんな。来てくれてありがとう。さっそくだけど、お願いしたい事があるの」
 ヘリポートに集ったケルベロス達を出迎えたのはリーシャ・レヴィアタン(ドラゴニアンのヘリオライダー・en0068)と、そして、見知らぬ美女だった。
「誰……?」と色めき立つケルベロス達へ、リーシャは「ちゃんと説明するから」と微苦笑の後、言葉を紡ぐ。
「まず、みんなにお願いしたいのはオウガ達の主星『プラブータ』に向かって欲しいって事になるわ。ステイン・カツオ(剛拳・e04948)の予期した通り、邪神『クルウルク』勢力がオウガの主星『プラブータ』を襲撃し、オウガの戦士達を蹂躙しているようなの」
 そこで言葉を区切り、目線で美女を促す。促され、ずずいと前に出る美女。
「詳しくは彼女――新たにケルベロスとなった、オウガのラクシュミさんから説明をして貰うわね」
 話をバトンタッチされたラクシュミは言葉を引き取ると、ぺこりと一礼した。
「こんにちは、ラクシュミです。
 このたび、定命化によってケルベロスとなる事ができたので、皆さんの仲間になる事ができました。
 オウガの女神としての、強大な力は失ってしまいましたが、これからまた、成長して強くなる事が出来ると思うと、とてもワクワクしています。
 オウガ種族は戦闘を繰り返し成長限界に達していた戦士も多かったですので、ケルベロスになる事ができれば、きっと、私と同じように感じてくれる事でしょう。
 皆さんに確保して頂いた、コギトエルゴスム化したオウガも、復活すればケルベロスになるのは確実だと思います。

 ここからが本題なのですが、オウガの主星だったプラブータは、邪神クルウルクの眷属である『オグン・ソード・ミリシャ』に蹂躙されて、全てのオウガ達がコギトエルゴスム化させられてしまいました。
 オグン・ソード・ミリシャの戦闘力は、初期時点ではそれほど高くないのですが、『撃破されると周囲のグラビティ・チェインを奪い、より強力な姿で再生する』という能力を持つ為、オウガの戦士にとって致命的に相性の悪い敵だったのです。
 とにかく殴って倒す。再生しても殴って倒す。より強くなっても殴って倒す……を繰り返した結果、地球に脱出したオウガ以外のオウガは全て敗北してコギトエルゴスム化してしまったのですから。
 地球に脱出したオウガも、逃走したわけではなく、オグン・ソード・ミリシャにグラビティ・チェインを略奪された為に飢餓状態となり理性を失い、食欲に導かれるまま地球にやってきたのです。
 彼らも、理性さえ残っていれば、最後まで戦い続けて、コギトエルゴスム化した事でしょう。

 このように、オウガとオグン・ソード・ミリシャの相性は最悪でしたが、ケルベロスとオグン・ソード・ミリシャの相性は最高に良いものになっています。
 ケルベロスの攻撃で撃破されたオグン・ソード・ミリシャは、再生する事も出来ずに消滅してしまうのです。
 オウガの戦士との戦いで強大化した、オグン・ソード・ミリシャも、今頃は力を失って元の姿に戻っていると思います。
 オウガのゲートが、岡山県の巨石遺跡に隠されている事も判明しましたので、一緒にプラブータに向かいましょう」
「ラクシュミさんが、ケルベロスとなった事から、コギトエルゴスム化しているオウガ達もケルベロスとなる可能性は非常に高いと思われるわ」
 説明を終えたラクシュミの前にずずいっと進み出たリーシャが注釈を加える。
「つまり、この戦いはデウスエクスとしてのオウガを救出する為の戦いじゃなく、同胞であるケルベロスを救出する戦いとなります」
 宣言は笑顔と共に。共に戦う仲間が増える事は彼女にとっても、また、後ろに控えるラクシュミにとっても好ましい事の様だ。
「加えてプラブータを邪神クルウルク勢力の制圧下に置いたままだと、いつ彼らが地球へ攻め込もうとするか判ったものでは無いわ」
 故に、この戦いは同胞たるケルベロスを救い、地球の危機を未然に防ぐ為の重要な戦いとなるだろう。
「でね、みんなの敵となるオグン・ソード・ミリシャの多くは、体長2m程度の初期状態に戻っており、今はそれ程、強敵じゃないわ」
 しかし、注意する事はいくつかある。まず、その外見について、だ。その容姿は非常に冒涜的で、長く見続けてると、狂気に陥りそうになるとの事。注意が必要だ。
 狂気に陥った処で戦闘には影響は出ない筈だが、軽い錯乱状態となり、おかしな行動をとってしまう場合もあるようだ。
「その場合は、周りのみんなでフォローして欲しいの」
 また、オグン・ソード・ミリシャは、攻性植物に近い戦闘方法と触手を利用した攻撃等を繰り出してくる。
 基本的に遭遇する相手は2メートル級の筈だが、中には、3~4メートル級や最大7メートル級のオグン・ソード・ミリシャも存在する可能性があるので、注意が必要、との事だった。
「このまま放置して、邪神クルウルクの復活みたいな事件が起これば大変よ。だから、今の内に対処しておく必要があるわ」
 そして、リーシャはいつもの様にケルベロス達を送り出す。
「それじゃ、いってらっしゃい」
「はい。行ってきます」
 ラクシュミもまたケルベロス達に倣い、笑顔でそれに応じるのだった。


参加者
天崎・ケイ(地球人の光輪拳士・e00355)
レクシア・クーン(咲き誇る姫紫君子蘭・e00448)
八蘇上・瀬理(家族の為に猛る虎・e00484)
五継・うつぎ(記憶者・e00485)
天崎・祇音(霹靂神・e00948)
尾守・夜野(心霊治療士見習い・e02885)
イピナ・ウィンテール(眩き剣よ希望を照らせ・e03513)
深緋・ルティエ(紅月を継ぎし銀狼・e10812)

■リプレイ

●フルートの音が聞こえる
 遠くに聞こえる音は、何処か、フルートの音色を連想させる物だった。
 自分が知るモノよりも甲高く響く其れは、やがて、終末を彩るように小さく消えていく。代わりに聞こえたのは、五月蠅い迄に激しい息遣いだった。
 はっ。はっ。はっ。
 それは忍び寄る闇か。それとも、鋭角に潜む獣の唸りか。それとも……。
 乱れた思考がようやく纏まった瞬間、音が自身の口から零れている事に気付く。
「――っ?!」
「大丈夫なん?」
 急速に覚醒した天崎・祇音(霹靂神・e00948)の目に映ったのは、自身を覗き込む八蘇上・瀬理(家族の為に猛る虎・e00484)の瞳だった。その傍らで、自身のサーヴァントであるレイジが心配そうに見上げている。
「ここは……何処じゃ? 何があった?」
 激しい頭痛は闇に飲まれた証拠だろうか。紋様が脈動する右腕を見下ろしながらの独白に、同行者の一人、尾守・夜野(心霊治療士見習い・e02885)が応じる。
「祇音さんはオグン・ソード・ミリシャとの戦闘後、気絶したんだよぅ」
「おそらく度重なる戦闘の疲労、それと……オグン・ソード・ミリシャの外見に当てられたか、でしょうか」
 言葉を引き継いだ天崎・ケイ(地球人の光輪拳士・e00355)の説明に、成程と頷く。
 サーヴァント使いは総じて体力が低い傾向にある。戦闘そのものに支障は無くとも、戦闘後に疲労困憊となる事は考えられた。今は姿を見せないルティエ姉――深緋・ルティエ(紅月を継ぎし銀狼・e10812)も大事を取って休んでいるのだろうか。
 そこでようやく気付く。この記憶の混乱は、オグン・ソード・ミリシャが孕む狂気の片鱗なのだと。
「戦闘後、地球時間で10分程度ですが、皆も休息をとっていました」
 五継・うつぎ(記憶者・e00485)の台詞は自身の目を掌で塞ぎながら発せられた。次の瞬間、零した溜め息と苦笑は、瞼の裏に映るエラー表示を確認した為か。
「駄目ですね。ネットワークに繋がらない事は理解しているつもりですが……私も修行が足りません」
 癖でアイズフォンを用いてしまったのだろう。その所作で痛い程、理解してしまう。自分達はオウガの母星、プラブータにいるのだと。
 周囲を見渡せば、木々の姿すら見えない荒野が広がっている。そうだ。ここは――。
「ラクシュミ様の言葉通り、確かにここでオウガとオグン・ソード・ミリシャとの交戦があったようですね」
「結構な量のコギトエルゴスムを回収しましたが」
 見張り替わりだろうか。得物を構えたままのイピナ・ウィンテール(眩き剣よ希望を照らせ・e03513)の言葉に、レクシア・クーン(咲き誇る姫紫君子蘭・e00448)は膨らんだバックパックを指し示しながら続く。
 回収した拳大の宝石は、5や10では利かないだろう。ヘリオライダーの予知にあったオグン・ソード・ミリシャはオウガのコギトエルゴスムに興味を抱かなかったのか、それらは無造作に散らされていた。
(「もっとも、お陰で未来の同胞を回収出来るのじゃが……」)
 祇音の独白は正鵠を射ていた。デウスエクス同士の諍いに死の概念は存在しないが、連れ去られてしまえば、オウガ達を救出する可能性は格段と低下していただろう。彼らがオウガのコギトエルゴスムに興味を抱かなかったのは幸いだった。
「体力は回復したわ。もう進んでも大丈夫よ」
 思考が打ち切られたのは、紅蓮を伴うルティエの声が聞こえた為。そこに幾分か疲労は滲んでいたが、それでも活動に支障を来すわけではない。彼女にとっても10分間の休息は、気力を取り戻すのに充分だったようだ。
「……しかし、少し、お腹空きましたね」
 ケイの呟きに苦笑が沸き起こる。休憩がてら食事にしようとの声の中、彼の視線は辛さ10倍と書かれたレトルトカレーに注がれていた気がしたが、追求しない事にした。

●御霊を求めて
 プラブータの探索は、ケルベロス達にとっても容易な物では無かったが、難解と言う訳でも無かった。
 目的はオウガのコギトエルゴスム回収とはっきりしていたし、その目的地となるオウガ達とオグン・ソード・ミリシャとの戦闘場所についても、ラクシュミの証言とヘリオライダーの予知によって、目星はつけられていた。
 史上初の異種族惑星探索に於いて、ケルベロス達は時折遭遇する敵との戦闘を繰り返しながら、荒野を突き進んでいく。
 その目に輝くのは奪回と期待。そして、心躍る冒険心だった。

「こっちに焦げた臭いがするわ」
「戦闘の痕ね」
 獣よろしく鼻を動かす瀬理の言葉に、同じウェアライダーであるルティエが頷く。同じ臭気を感じたのだろう。祇音と夜野の二人もコクリと頷き、同意を示していた。
「いました、オグン・ソード・ミリシャです。コギトエルゴスムらしき宝石も転がっています」
「おそらく大きさは7メートル級。今まで発見したオグン・ソード・ミリシャの中でも群を抜いて大きいです。……ああ、大きい」
 空から降り立ったオラトリオ二名――レクシアとイピナは報告の後、クスクスと笑い合い始める。彼の邪神の狂気は、この距離を以ってしても二人の精神を穿ったようだ。召喚した治癒用ドローンで二人を癒しながら、うつぎは嘆息する。
「プラブータに到着してかなりの時間が過ぎ、私たちの探索も長時間に及んでいます。荷物の容量も、もう限界です。そろそろ帰還を考えた方が良いのでは?」
「ですが、オウガを回収せずに帰る訳にも行きません」
 うつぎの忠告も判るが、まだ粘れる時だとケイが首を振る。
 危険は承知でこの惑星に飛び込んだ。無茶のみを行うつもりは無いが、まだ諦観するには早い筈だ。
「『まだいける』は『もう危ない』とも言いますし、引き際も肝心ですね。私たちの発見したオグン・ソード・ミリシャを撃破し、散らばっているコギトエルゴスムを回収、その後、帰投としましょう」
 レクシアの視線の先にはうつぎの構えるアリアドネの糸がある。ケイの残した光輪足もまた、自分達の足跡を示していた。
「大丈夫。みんなの状態は把握している。――この一戦は、無茶な戦いじゃないよぅ」
 眼力で力量を計った後、夜野は目を閉じる。それは願望ではなく、確証だと誇らしげであった。

「それにしても、敵に対処しながら目標を探し、持ち帰る。昔受けた訓練を思い出します」
「実は私もです。まさか海外より先に余所の惑星に行く事になるとは思いませんでしたが、少し、心が躍っています」
 イピナの言葉に応えるのはケイだった。彼のスマートフォンには記念撮影の画像データがいくつも残っている。この冒険心と共にそれらは大切な宝となるだろう。
「これらを見返す為にも頑張らないといけませんね」
 記録と言う意味ではレクシアも同じだ。皆の状態を把握する為の記帳は彼女の手記も相俟って、そのまま探索の状況を細かに書き記した記録となっている。
「まさに、『バックアップは任せて下さい』、ですね」
 レプリカントである自身には今回の出来事を事細かに保存する能力があるのだと胸を張るうつぎに、成程、と祇音、夜野の二者が相槌を打った。
「うつぎはメディックじゃからな」
「記録とバックアップを掛けたんだよぅ」
 改めての指摘に、うつぎの頬が染まる。
「そろそろよ」
 ルティエの制止に一同は声を潜めた。その視線の先に存在するは無数の触手が蠢く怪異。触手が絡まり、ぐちゃぐちゃと粘液を撒き散らす様は、如何にケルベロス達の精神が強靭であろうとも、直視に耐えられない程であった。
 このプラブータに降り立ってから幾度、あの姿を見ただろう。幾度、あの姿と戦いを交えただろう。それでも未だ、沸き起こる嫌悪と憎悪を堪える事は難しい。
 その感情を知っている。それは恐怖だった。それは鬼胎だった。そして、それは畏怖だった。
 誰しも持っている恐怖――原始的恐怖の感情が爆発する。堪えようにもぬちゃぬちゃとした擬音と魚の腐ったような異臭がそれを許さない。
「――ふざけんなや!」
 自身の五倍はある異形に吠え、瀬理は得物を構える。獣の本能が危機を強く訴えていたがそれは無視。本能からの警告を跳ね除ける。
 斯くして、幾度に渡るケルベロス達とオグン・ソード・ミリシャとの邂逅が果たされた。
 周囲にオグン・ソード・ミリシャから零れる呼吸音が満ちていく。それは、甲高いフルートの音に似ていた。

●オグン・ソード・ミリシャ
 ケルベロスが身構えると同時に、オグン・ソード・ミリシャもまた、臨戦態勢へと移行していく。侵略者である彼らにとって、目の前に動く知的生命体はオウガであれ、別種族であれ、同じものなのであろう。
 ぬらりと輝く触手は血肉、或いはそこに宿るグラビティ・チェインを求め、槍の様に突き出される。穂先にも似た先端は肉薄したイピナを捉え、その身体を串刺しにする筈だった。
「そうはいきませんよ」
 無数の触手はしかし、間に入ったケイの拳や蹴打によって撃ち落とされる。闇を孕む槍は、故に光を抱く彼の拳に撃ち落とせない理由はない。
「速攻で片づけるわ。――疾走れ逃走れはしれ、この顎から!」
 飛び込む瀬理の籠手は牙の如く、オグン・ソード・ミリシャに食い込む。7メートル超の巨体にそれを躱す俊敏さはない。狩猟者の重力を纏った拳に触手は引き千切られ、血肉が辺りに散乱した。
「あはっ、丸見えやわアンタ」
 生粋の狩猟者の顎からは逃れられないと笑う瀬理に対し、オグン・ソード・ミリシャもまた、咆哮を以って応じる。狩猟者に対し、こちらは邪神。その矜持を以って振るわれた一撃はしかし。
「レイジ!」
 光の剣を具現化する祇音の呼び声に応じたのは彼女のサーヴァント、レイジであった。ボクスドラゴンの身体が盾とばかりに触手に体当たりし、瀬理を襲う一撃をあらぬ方向へと逸らしていく。
「お前達に用はない。オウガを返して貰うぞ!」
 普段の柔らかな口調をかなぐり捨て、ルティエが吠える。同時に紡がれた重く鋭い斬撃はオグン・ソード・ミリシャの触手を斬り飛ばし、深緋の軌跡を刻んでいった。
 そこに蒼燐の残影が続く。燐光の尾を引き、レクシアの重力を伴う蹴りがオグン・ソード・ミリシャの触手を斬り飛ばした。
「紅はお好きですか?」
 えも知れぬ異臭の中、薔薇の香気が上塗りするように広がる。ケイの放つ花吹雪は芳香と斬撃を伴う秘術だ。手裏剣の如く放たれた刃に切り裂かれ、オグン・ソード・ミリシャは踏鞴踏む。
「任せて下さい!」
 最初の一撃でケイが受けたに損害を、うつぎの治癒グラビティが癒していく。妖精の祝福は通常の傷であろうと穢されたそれであろうと区別なく、元の状態へと逆回しの如く、戻して行った。
 治癒に奔走するのは彼女だけではない。ルティエのサーヴァント、紅蓮もまた、自身の属性をケイに付与する事で、体調を正常へと導いていく。
「おとーさん……」
 夜野の視る幻想はどの様に彩られているのか。独白と共に放つ御業の炎はオグン・ソード・ミリシャの身体を焼き、焦げた臭いを辺りに立ち込めさせた。
「穿つ落涙、止まぬ切っ先」
 燃え上がるオグン・ソード・ミリシャを切り裂くのは、イピナによる刺突だった。雨の如く降り注ぐ二対の斬撃は異形の巨体を梳り、終焉へと導いていく。
「みりしゃ みあ おぐん そーど ぬい くるうるく! おぐん そーど おぐん そーど ふたぐん なう」
「やはり、一筋縄に行かないですね」
 日本刀を振るうイピナは、嫌悪に表情を歪めていた。
 今まで遭遇したオグン・ソード・ミリシャは何れも2メートル級。オウガの戦った数十メートル級には及ばずとも、巨体である事は彼の邪神にとっては力なのであろう。簡単に倒れる事はなさそうだ。
 だが、それでもケルベロス達は彼の邪神に立ち向かう。地球に生み出された最後の砦。地獄の番犬達が乗り越えてきたモノは彼の邪神に劣るものでは無いとの自負が、彼らの支えでもあった。

●さらばプラブータ
 切り結ぶ都度、血肉と共にグラビティ・チェインが辺りに零れていく。それを残された触手が啜り、力を得ていく事は理解していた。
 だが、被害はケルベロス達のみではない。オグン・ソード・ミリシャもまた、同様に被害を受けていた。
 切り裂く毎に異臭混じりの体液は零れ、悲鳴の如き叫びが木霊する。それは彼の邪神の最期を意味していた。
「……サヨウナラ」
 銀狼の告別は、身体に染み付いた殺戮の記憶と共に紡がれる。底無しの闇に堕ちていくのは自身か獲物か。仕込まれた毒のみが答えを知っている気がした。
 終局は近い、とルティエの中の何かが囁く。
 成程と唸る。ただ殴るだけのオウガと、復活を繰り返すオグン・ソード・ミリシャとの相性は最悪だった。
 それと同様、オグン・ソード・ミリシャとケルベロスとの相性もまた、最悪であったのだ。
 復活する前に殺される。デウスエクスを殺す牙を持つケルベロスは、復活を能力とするオグン・ソード・ミリシャにとって、最上の悪夢であっただろう。
「我、狼なり……。我、大神なり……。我、大雷鳴……!! 轟け…っ!!」
 祇音が召喚した電撃――神の怒りはオグン・ソード・ミリシャを貫き、その身体を焼き尽くす。神の槍に撃たれた邪神は反撃に転じる事はない。彼には自身の身体を焦がす事しか許されていなかった。
「――吹き抜ける風と燃え滾る想いに枷は要らない!」
 そこに重なるのは疾風の魔弾だった。疾風と地獄を纏い、一介の弾丸と化したレクシアは手に抱く精神の剣を深々と邪神の身体へと突き立てる。
 響く悲鳴は断末魔にも似て。
 己の全てを貫きの刃と化したレクシアは剥がれ落ちる外皮と共に地面へと転げ落ちる。
「本物の乙女でなくて申し訳ありませんが。……まぁご愛嬌ということで。全弾喰らっちゃってください」
 うつぎの紡ぐそれは葬送だった。異貌の邪神を抱擁し、零距離射撃を敢行する。無数の銃弾に食い荒らされる様は、オグン・ソード・ミリシャそのものが、何者かへの供物の様であった。
「集え歴戦の戦士たちよ。……俺に続けェー!」
 夜野の召喚した鼠たちがオグン・ソード・ミリシャの身体を無へと帰していく。そこに残された物は、大量のコギトエルゴスム、そして激戦を意味する痕のみであった。

「さて、帰りましょうか」
 全員の抱くバックパックはぎっしりと重く、コギトエルゴスムが詰まっている。それを確かめたケイは壮観な光景だな、と微笑を浮かべていた。
「またあの距離、歩くんかぁ」
 瀬理がげんなりとした表情を浮かべる。踏破した道を戻る事はもう一つの苦行でもある。
「まぁまぁ、頑張りましょう。オウガさん達の為にも」
 イピナの声援を背に、皆、歩み始める。
 今までの成果とこれからの期待を思うと、胸が躍る。それが彼らの冒険譚の幕引きであった。
 そんな8つの影を、プラブータの衛星が、緩やかに見守っていた。

作者:秋月きり 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2018年2月20日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 1/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 5
 あなたが購入した「複数ピンナップ(複数バトルピンナップ)」を、このシナリオの挿絵にして貰うよう、担当マスターに申請できます。
 シナリオの通常参加者は、掲載されている「自分の顔アイコン」を変更できます。