ビルとビルの間。どこにでもありそうな大通り。
せわしなく行きかう人々。人工的に植えられた緑。
しかしふっと角を曲がれば古い町並みが顔をのぞかせ、
ひっそりと咲く梅が道行く人を和ませる。……そんな、
なんでもないような街角で、それは起こった。
「え、何!?」
「きゃぁぁぁぁ!」
風が駆け抜ける。それと同時に梅が散った。悲鳴が上がる。昼食時の街角は一気に血で染まった。
「オォ……オォォォォォォ!」
声にならぬ咆哮。駆ける巨体は獣そのものだ。すれ違う人々の体を手にした得物の刃で切り裂き、または突き殺す。疾走するスピードを少しも緩めることなく、それは人を紙でも裂くように引き裂いていく。
「ダェァ。アェァ……オレォ、トメルァツァイナィオカ!」
知能は低いのか。唸るような声はまさに獣のよう。そしてその獣を止められるものもいなかった。
街角が血に染まるまで、物の数分もかからなかった。
●
「急いで現場に向かってくれ。エインヘリアルが現れた」
浅櫻・月子(朧月夜のヘリオライダー・en0036)の声は珍しく緊張したものだった。萩原・雪継(まなつのゆき・en0037)もその違いに気付いたのか、軽く眉根を寄せて黙って先を促す。
「このエインヘリアルは過去にアスガルドで重罪を犯した凶悪犯罪者らしい。犯罪者を送り込み、使い捨てとして撤退させることなく人を殺させ続け、最後に諸君らに倒されても痛くもかゆくもない。ついでに人々に恐怖と憎悪をもたらすことでエインヘリアルの定命化を遅らせることもできるという実に無駄のないはた迷惑な計画でもってこの街に送られた」
「街」
「そう、街だ」
うなずいて月子は手早く写真を指差す。どこにでもある町並みであった。
「ここにやつは現れる。至急現場に向かって撃破してほしい」
「……人の多そうな通りですね」
雪継も冷静にその写真を覗き込む。険しい顔をしていた。
「避難誘導が必要になりますか」
「必要は必要だ。だが、さて。その余裕があるかな」
「最悪、攻撃さえ飛ばなければ皆さんもきちんと逃げてはくれるでしょうが」
雪継のコメントに月子もうなずく。
「敵はエインヘリアル一体のみだ。また、武器も所持している。巨体ではあるが非常に動きが速く、攻撃力も高い。油断ならない相手だから、気をつけて」
その分、回復手段はなく自分を守ることは不得手なようだと月子は付け足した。
「それと、さっきも行ったようにやつは撤退しないからそこをつめる必要はない。とにかく全力を出してなるべく速くケリをつけること。でないと君たち自信が危ないからね」
「わかりました。留意しておきます」
話はそれで終わりだった。それが余計に、厳しさを感じさせられて雪継は一息つく。それからふっと微笑んだ。
「大丈夫です。僕……は、少し頼りないかもしれませんが、皆さん、頼りになる方ばかりです。いつものように、吉報を待っていてください」
穏やかな言いように、月子も少し、微笑んだ。
「そうだな。わたしとしたことが少しだけ弱気になった。……いい知らせを待っているよ。気をつけて、行っておいで」
それで、月子は話を締めくくるのであった。
参加者 | |
---|---|
ルーチェ・ベルカント(深潭・e00804) |
落内・眠堂(指括り・e01178) |
エリオット・シャルトリュー(イカロス・e01740) |
ロストーク・ヴィスナー(庇翼・e02023) |
朔望・月(既朔・e03199) |
葵原・風流(蒼翠の五祝刀・e28315) |
香月・渚(群青聖女・e35380) |
天瀬・水凪(仮晶氷獄・e44082) |
●
ビルとビルの間を、風のようにそれは駆け抜けた。壁を足場に、さながら飛ぶように跳躍すれば足場にした壁が砕ける。
「ママ、あれ……」
その音に異変を感じたのか、子供が指をさすと、手をつないでいた母親が同様に顔を上げ、そして……、
「――!!」
悲鳴は肉を貫く音にかき消された。
右肩、胸、脇腹。丁度三本。巨大な爪はその身を貫き外側へと貫通している。爪から伝う血が滴り、女の子の顔を濡らした。
「あぁ……ごめんね」
ぎ、と、己の体に食い込んだ爪の付け根にロストーク・ヴィスナー(庇翼・e02023)は手をかける。その頭を撫でてあげたかったけれども、この血を含んだ手では無理だなと冷静に考えている自分に内心笑った。
「でも、大丈夫だよ。今のうちに、早く」
爪を引き抜くと、血が流れると同時に体は悲鳴を上げた。それでもそうロストークが呼びかけると、母親は蒼い顔でうなずいて子供の手を引く。
「さあ、早く」
「でも、お兄ちゃんが……」
「大丈夫です。私たちはケルベロスです。そう簡単には、負けません!」
あとから駆けつけてきた朔望・月(既朔・e03199)が緊急手術の準備を開始した。傷を癒していくもロストークの怪我に息を呑んだ。一撃が、重い。
それでもそれを悟らせぬように精いっぱいの声を上げて月は親子にもう一度促す。わかりました、と、母親がうなずいて手を引いて走り出す。それを追おうとエインヘリアルが地を蹴ろうとした。……その時、
「行かさぬと……申したはずだ!」
上空から光弾の雨が降り注いだ。光り輝く翼が風を追うように旋回し、手に持つ鎌より圧縮したエクトプラズムで作られた大きな霊弾をまき散らしながら一気に天瀬・水凪(仮晶氷獄・e44082)が獣へと突っ込んでいく。弾丸を身に受けながら、獣もそれを目で捉えた。
「気を付けてください!」
月の声に反応して水凪は身をよじった。爪が鼻先をかすめて通過する。頬に走る傷に流れる血を水凪は軽く指で拭った。
「まだだ!」
至近距離でもう一発。その腕を獣が弾き飛ばそうとする直前に、
「お、ずいぶんいい男になったじゃないか、ローシャ」
エリオット・シャルトリュー(イカロス・e01740)がそんな軽口を叩きながら地獄の炎を足に纏わせ地面を蹴った。澄んだ青色の炎は鵙へと変わり、エリオットの足元から飛び立ち獣へと突進する。
「青炎の地獄鳥よ、その汚い爪を地に縛れ」
そして血塗れた爪にぶち当たり、杭へと変じて縫いとめた。言葉とは裏腹にエリオットはロストークの後ろに立つ。
「そうだね。でも僕たちは怪我をしてこそだから。リョーシャ、君のことも任せてほしい」
そのしぐさにロストークも少し微笑んで白い手袋を引き絞り嵌めなおした。流れる血で白が滲む。真面目な反応にエリオットは軽く頭を掻いた。
「ああ。それでは、丁寧に行行こうか。一手ずつ確実に。いいな?」
そんな彼らのやり取りに穏やかに微笑んで、落内・眠堂(指括り・e01178)が確認するように声を上げた。それと同時に獣の目の前へと駆ける。
「はい、……よろしくお願いします」
萩原・雪継(まなつのゆき・en0037)が緊張したように頷くと後に続いた。眠堂は軽く笑った。大丈夫だと言おうとして、
「……」
獣と目が合った。それはもう人の目ではなかった。眠堂は内心を悟られぬよう息を呑む。大丈夫だ。ともう一度はっきりといって、眠堂は全力で獣のわき腹に蹴りを叩きつけた。それに気付いたかいないのか。はいと雪継もうなずいて、牽制するように刀で獣の足を傷つける。
動きを阻まれ、獣はゆらりと顔を上げる。長い爪がギチ、と鳴った。体をねじり、旋回させて首を貫こうと長い凶器が走る。その前に、
「ボクがここにいるよ! そう簡単に負ける訳にはいかないからね! ……さあ、皆、元気を出していこう!」
香月・渚(群青聖女・e35380)が体当たりをするように突っ込んだ。爪が逸れて渚の身を抉る。その痛みに一呼吸、堪えるように間を置いて渚は歌いだした。躍動の歌は仲間を励ますように周囲に流れる。
「私も、いますよ!」
その歌に乗るように、葵原・風流(蒼翠の五祝刀・e28315)が天空に手を掲げた。天空より無数の刀剣が召還され、流星のように一気に獣へ叩きつける。
あるものははじかれ、またあるものは獣の身を貫き地面に縫い付けた。
「ぉ、おぉぉぉぉぉ!」
獣は彷徨する。歓喜に震えるように。そして足に刺さる剣も抜かずに地を跳躍する。
「っ、ここまで知性を失っているとただの野生の獣ですね。……周囲に、人はいませんか。いるなら、逃げてください!」
風流は声を上げる。その声に弾かれるように、成り行きを見守っていた人々が遠くに逃げ始めた。けれども知らないふりをして完全に遠くに去るわけにもいかず、遠くから様子を見守っている気配がする。
「ああ。今日はずいぶんギャラリーが多いね」
そんな心情に気付いたかいないのか、ルーチェ・ベルカント(深潭・e00804)はどこか優雅に一礼する。
「まあ、僕は気にしないけれど。……ねえ、そんなのを相手にするより僕と遊んでよ。その方が……互いに楽しめるだろう?」
言うと同時に駆けていた。懐まで突っ込むと、流星のごとき蹴りをルーチェは叩き込む。獣は吼えた。良いだろうというように。心が奮い立つというように。
それを聞き、理解して、エリオットが肩をすくめる。
「どうせ止められないと高を括っているか。ずいぶんと自身がおありのようだ」
「そうだね。お望み通り止めてあげるけれど、手荒になっても文句は言わせないよ」
ロストークが頷いた。そして……戦いが始まった。
爪が走った。巨大な腕はまるで藁でも凪ぐように風を歪めて走る。
「うわ、これ、きつい。なんか腹立つなあ!」
渚がそれをやりで受け止めながら愚痴った。
「うん。だけど、精いっぱい頑張ろう」
ロストークも仲間を庇うように立つ。そしてエリオットに視線を流した。
「うんまあ頑張るだけじゃなくて結果も出さなきゃいけないんだけどな?」
エリオットはそんな皮肉を言って。氷霧をまとう槍斧が振るわれると同時、青炎の鵙は走った。
「問題ないわ。結果を出せばいいだけの話」
風流は冷静に。天空から刀剣の群れを召喚し、それを叩きつけ動きを封じる。
「あぁ。わたしたちの力とくと見てもらおうか。……頼むぞ」
水凪は大地に潜む死者の無念を抽出し、それを足に絡ませる。
「ああ。ひとの命も梅花もまだここに咲き誇っているべきもの。これ以上の跋扈は許さねえよ」
あくまで穏やかな口調で眠堂が言う。こっちだ、と雪継に言って。
「ええと……この辺、ですか?」
「ああ。やるじゃん、その調子」
召喚された剣の群れが放たれるのと同時に、オーラの弾丸が叩き込まれる。
「はい。僕も……がんばります!」
決意をこめた瞳で、月もまた記憶の中に残る言葉の欠片を繋げて、歌った。
「そうだねぇ。よろしく頼んだよ……」
決して声は荒らげず。優しくルーチェは言うも内心ではその攻撃の鋭さを肌で感じる。
口には出さない。けれどもそれが……嬉しい。
知らず口元を歪め、ルーチェは突入した。
●
攻撃は互いに全力であった。
双方凄まじく消耗していくさまに、月は胸を締め付けられる。獣の傷も積み重なって入るものの、それでも、
「この人……強い。でも」
あきらめない。と、月は歌う。強い願いをこめて祈りをささげ続ける。
状況は厳しい。それでも何とか均衡を保ていた。
その均衡が崩れたのは……もう何度目かわからない。爪の一撃に、ロストークのプラーミァが倒されたのがきっかけだった。
「!」
声をかけようとしても、すでにかける相手もいない。……そしてそれどころではない。
顔を上げると血に濡れた爪が踊る。ここに来て尚衰える事のないその腕は、まっすぐに蜂蜜色の髪を目指していた。
「……っ」
それを目に入れた瞬間、ロストールは動いていた。いや、たぶん相手が誰であっても動いていただろうけれど。でも、
その方を力任せに押しのける。爪が腹の傷口をなぞるように貫いた。わずかにバランスを崩しながら氷河の力を操る槍斧の名を呼んで。そのまま返すように斬撃を叩きつける。反撃に獣の腕がこそげた。
獣が後退する。バランスを崩すようにロストークは倒れた。
「……っ、こっち、だよ!」
渚がその後を追うように、これ以上深追いさせぬようにと獣に突入する。群青色の刃を持つ鎌を振るい、押し、続く獣の攻撃を捌きながら声を上げる。
「ドラちゃん……!」
月が思わず何か言おうと手を伸ばしかけた。月の顔は泣きそうで、だがそれを必死に堪えて腕を動かそうとしていた。……だが、
「いや、それは必要ない。そっちのお嬢さんにやってくれ。ローシャは昼寝でもしてな」
ロストークの言葉を、エリオットが代弁するように言った。彼だからそれを言えた。
正直、助かった。動こうにももうこれ以上体が動かなかった。心残りはあるが仕方がない。守りたい仲間を守れず目の前で倒されるよりはよほどいい。
「……任せたよ」
「任された。出来る限りの最善を尽くそう」
いつもと変わらぬ口調でそういって、そこでロストークの意識は途絶えた。エリオットは即座に獣へ向き直る。
「待たせたなぁ。大丈夫か?」
「うん、ボクは平気だよ!」
炎を纏った蹴りで援護する。渚も斧を振るいながら答えた。といってもその傷もまた深い。……いや、この期に及んで、傷が深くないものはいないのだろうけれど。
「……大丈夫です。たとえ死に掛かったとしても、すべて使いこなしてみせます」
言うはあくまで自分らしく。風流は線対称に見えるゾディアックソード、天秤星軌剣『鏡魔映身』をつきたてた。斧の傷を正確になぞるようにして斬り広げる。
ごふ、と獣は血を吐いた。すでに傷だらけであったが、ようやくその動きが衰えてきただろうかと。眠堂は目を眇める。同じことを考えたのであろう。雪継が一歩踏み出した。……その瞬間、
「……っ、だめです!」
月の声が響いた。流れる獣の血が一気に膨れ上がる。その声に反応するかのように血液が槍の穂先のような形に変じた。
「危ない!」
槍は分裂して豪雨のような勢いで持って後方へと降り注ぐ。渚のドラちゃんと月の櫻が堪え切れずに倒された。敵の懐に飛び込んでいた渚が間に合わずに声を上げる。
「大、丈夫だ。あいつを退かせるためなら、安い傷くらいは幾らでも呉れてやる」
眠堂たちも例外ではなかった。血はその身を貫き穴を開けた後に消失する。出鱈目だな。と内心笑って眠堂は溜めたオーラを月に渡す。
「俺は良いから、早く仲間をやってくれよ」
「はい。……でも」
「でもじゃないって」
大丈夫と笑う眠堂に、月は小さく頷く。
「では……わたしは歌う。わたしは願う……」
一呼吸、おいて。月もねがいうたを紡ぎ始めた。回復する仲間を選び、時には見捨てる。本当は、櫻を助けたかったけれども、それよりも大事なことがあると割り切る。
「礼を言おう。その期待には、必ず応える」
癒しは水凪に。眠堂も頷いた。月もきゅっと手を握り締める。
「……怖いです、とても。けれど、怖さに緩んでなどやらないのです」
「ああ。その調子その調子。若い子が頑張ってるのは良いもんだぜ」
囁くように言う月に、眠堂は笑った。それに、戦いが終わったらちゃんと治してもらうから。と眠堂は付け足す。
「どうせ戦いが終わったら、きれいさっぱり治るんだ。どうでもいい、とまでは言わないが、そんな風に思えてくるじゃんか。それよりも大事なものがある、ってな」
「でも、そんな考え方は、僕は好きじゃないです」
軽く言った眠堂に反論したのは、神妙な顔をした雪継だった。
「え?」
「あ、いえ。すみません。僕も見ず知らずの人が傷つくのは嫌ですが、落内さんや朔望さんが傷つくほうがもっと嫌だと思います。……ケルベロスとしては、間違いなのかもしれませんが。だから、そんなことは言わないで、自分も大事にしてください」
立ち止まっている暇はない。雪継は走りこんで刀に手をかけた。自分の意見を言うことに、若干照れがあったのも事実である。
爪が走る。それを巻き込むようにして刀で捕らえる。雪継は自分の言葉を思い直して少しだけ眉根を寄せた。自分の気持ちを言葉にするのはとても苦手で、伝わったのならばよかったのだけれど。
「おかしな話だ。こんなの、ケルベロスじゃないな……」
一般人を何より優先するのが正しいはずなのに、仲間のほうが大事に思うなんて……。
呟きは独り。そのままの勢いで、刃を叩き込んだ。その後ろから真白の護符が飛んだ。見る間にそこにはまがいの鴉。
「髄を射よ、三連矢」
連なる三連の矢色は一陣の風。眠堂の一撃は天地の裁きが如く。
「嫌か……そんなに変なこと、言っただろうか?」
しかしそれを放ちながらも眠堂は呟く。理解できない、というような口ぶりに、月は少しだけ首を傾げて微笑んだ。
「たぶん、落内さんが優しい人だから、そんな風に思うんだと思います」
多少付き合いが長いから、なんとなくだけれどわかると月は歌を歌う、その合間と合間にそういった。
風流は今度は期待斬霊刀『我思我在』を構える。意志の力を持って斬霊刀を霊体化させた。
「それでも、私の刃は揺るがない」
そんな会話が隣に聞こえるぐらい厳しい戦場だ。だからこそ冷静にひとつ、呼吸をおいて、目の前にいる大きな獣へと向かって地を蹴る。
走る。揺るがない刃は獣の右の足を貫く。もう少しで折れたのに。と風流は冷静に内心で分析した。……大きくても、この敵は勝てる敵だ。絶対に勝つと。
獣が今度は駆けた。自身すら槍のように鋭い爪を持ち地を駆ける。渚が振り向こうするが遅い。思わず水凪が手を伸ばしかけ……やめた。
「……済まぬ」
あの時水凪ではなく彼を癒していれば、この一撃は耐えられたかもしれないのに。
「大丈夫だ。……大丈夫だって。だから、悪い」
あっ、と思った時には目の前にそれがあった。爪は眠堂の身を裂いた。
「後は……頼んだぜ」
痛みは一瞬後にやってきて意識が一瞬凍結する。
「……おかしい、かな」
自分が歪なのだろうか。それとも言った方が歪なのだろうか。凍りつくような寒さとともに、眠堂はそう呟いた。
それでもやっぱり……、これでいいのだと、自分は、強くそう思う。
意識が薄らぐその寸前まで、眠堂は護符を放つのをやめない。
強い思いで最後まで、前を見据え続けていた。
「血の攻撃は止められませんが、腕ぐらいなら封じられるかもしれません」
倒れる音を聞き、雪継は一度刀を納める。正直仲間たちが倒れていくのを見るのはつらい。自分ができることが、そんなことしか少ないのがつらい。
けれども倒れてはいけないとも思う。それはきっと誰かを悲しませる。自分が悲しいのと同じように。
「そうかだねぇ。じゃあ、頼んだよ」
それにルーチェが軽く言って走った。距離が出てしまった獣との間をつめようと駆ける。
獣は咆哮する。爪を振るおうとするもそれを死天剣戟陣が封じた。再び流れる血が形を持った。変じた槍はルーチェへと殺到する。それを紙一重でよけた。
避けた。しかしよけた先でももう一撃。それも避ける。さらにルーチェは肉薄する。
楽しい。と感じた。この一瞬、目の前には敵と自分しかいない。一歩間違えれば死ぬ一瞬。際限なく加速していく己の足と血色の槍。
はねる。かける。獣は歓喜の彷徨をあげる。ルーチェは声を上げないけれど、その気持ちが不思議なぐらいよくわかった。
ナイフを構える。互いに満身創痍。ならば……。
ならばと、手を伸ばす。その一瞬前。
眉間の先に、槍が迫っていた。
「あぁ……」
後一歩。本当に後一歩。
どう足掻いても足りなかったか。
あらゆる可能性を計算し、結果が否を弾き出す。頭蓋にそれが打ち込まれる未来を直視する。ルーチェが腹をくくった。その瞬間、
「あぁ……やぁぁぁぁ!」
美しい翼が割って入った。
後一歩。ぎりぎりのところでルーチェの前へと富んだ彼女の首を、深々と血の槍が抉っていた。
そのままの勢いで彼女は飛んでショーウィンドウに激突する。
「っ!」
息ができない。目を空けても視界が霞んで正常に見られない。
ただ、渚の目の端には。とても可愛い春色のワンピースだけが妙にきれいにうつっていた。
渚の激突で他のマネキンは倒れても、それだけがきれいに残っていた。
「あぁ……」
ボクも、本当は、こんな風に。可愛い服を着て戦いなんて無縁の可愛い女の子として生きていきたいと思ったことが……、
「大丈夫ですか!?」
手を伸ばす。延ばした手を見知らぬ誰かが掴んだ。眼が霞んでもう見えないけれど、仲間ではなかった。逃げてっていったのに。心配で、見守っている人がいた。
「良いからそこで寝てることだな。後は俺たちが……何とかするっ」
それに気付いたのか、こっちだとエリオットがもはや瓦礫と化した町を駆けた。地を踏むごとに傷口から血が落ちて。それに混じって飛び立つ青い鵙が、獣の前へと殺到する。
……なんて、無様な姿をしていると思った。……最善を尽くすと誓った。だから、こんな死に掛けになっても倒れられない。
「……う、ん」
わかったと。言う渚の声は言葉にならず。そして意識が途絶えた。
彼らが作ってくれたその一瞬の隙を、ルーチェは悟る。
渚の安否は振り返らずともわかっていた。ならば自分も、成すべきことを為すしかない。
何の銘もないナイフを閃かせる/この衝動と獣の歓喜に果たして違いはあるのだろうか。
生き物を殺すのに派手な動作はいらない/その答えはきっと当人同士もわからない。
ただ/ただ感情の関係ない純粋な事実として。
最小最短でその心臓を抉り取る/殺すために殺すか救うために殺すかの違いだけは確かにある!
「さあ、終わりの時間だねぇ……!」
仲間の作ってくれた一歩で胸に刃を突きつける。限界まで磨き上げた技術で胸を抉り速攻で心臓を潰す。肉を裂き、解体し、さらにその先へと速やかに処理するように手を伸ばす。
勝ったと。声に出さねども眼鏡の奥のその目は確信していた。
胸を抉られた獣は今度こそ血を流しながらたたらを踏む。
誰が見ても致命傷。それは完膚なきまで気持ち良いくらい清清しい一撃だった。
「成る程……」
それでも。ルーチェは瞠目して天を仰ぐ。
獣は、死に掛けた体でルーチェへと手を伸ばした。
まだ死ねないと。もっと遊ぼうとでも言うように。
……そこに自分を重ねたか、否か。
答えが言葉になる前に、鎌の刃が一閃した。
「……足りぬ、いや。何かが違う。こやつを倒す頃には何か、掴めるかと思っていたが……」
水凪の鎌は、刃に死の力を纏っていた。
「ともあれ誓約どおり。その期待、応えたぞ」
首筋を掻ききられて、獣はよろめく。どう、と倒れると、
それ以上、動くことはなかった……。
そうして、敵は倒された。
今はただ、それを喜ぶしかない。皆の傷は深いが、致命傷とまではいっていない。
月はしっかりと胸に手をあてる。
彼女の役割は支援者で、
派手な役割もなく、ただ仲間が倒れているのを食い止め、時に見送ることしかできなかった。
「それでも……僕は」
誇りに思う、なんていうと少し大げさかもしれないけれど。
逃げなかった。足が震えても立っていられた。
ずっと頼もしい仲間たちを信じ続けることができた。
それはほんの少しだけ……ほんとうに嬉しいことだった。
作者:ふじもりみきや |
重傷:なし 死亡:なし 暴走:なし |
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種類:
公開:2018年2月18日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
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得票:格好よかった 5/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 3
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