●かなたよりの狂気
──ぐちゃり。
おぞましく背徳的なその姿かたちは触手の大樹とでも言い表せようか。
闘いと再生の繰り返しの果て……邪神の眷属は優に30mを超える巨体へと変貌を遂げていたが、それすらも、勇猛たる鬼神の戦士団は十騎にも満たぬ戦力で見事撃破を遂げた。
穢れた触手の蹂躙は真っ直ぐな拳による蹂躙によって真正面からの力任せで終止符を打たれた──かに見えたが……。
『みあ みあ おぐん そーど! みあ みあ おぐん そーど!』
汚泥の如く大地に横たわった粘性の巨躯がふるふると蠢き、再び脈動を始める。
「すげえ、また甦ってゆくぞ。相変わらず何言ってるんだかさっぱりだが、まあ、殴り合いに言葉なぞ不要だ!」
「しかも先よりもいっそう大きく禍々しい形に……うふふ、なんて素晴らしい強敵なの」
鮮血滴る精悍な青年の顔にも粘液に塗れ切った小柄な少女の拳にも喜びが満ちる。
果てのない絶望的な戦いに身を投じるオウガの誰一人として絶望とは無縁だった。
どれほどの強敵であろうと殴り続ければいつかは勝てる──そんな戦士達の強き意志は、決して慢心などではなく数多繰り返された只の事実であり、実力と経験に裏打ちされた確信であり、そして、信念そのものなのだから。
「倒れるまで、心ゆくまで、闘いましょう!」
だが……彼らが今対峙する此の敵との闘いに於いては、真っ直ぐに揺るがぬその信念こそが彼らの破滅を加速させてゆく……。
『おぐん そーど ほろわろ りむがんと みりしゃ なうぐりふ!』
──オウガの故郷たる大地をぐちゅぐちゅと侵蝕し邪神の眷属そのものとなった足下から放たれた一撃は山津波の如き威力で戦士達に襲い掛かる。
──ぐじゅりぐずりと全身を締め上げる感触のなか遂に小さな宝石と化したオウガの少年は触手の先でにちゃりと開かれた大口へと呑み込まれていった。
「……まだだっ! この拳がまだ動くかぎり、俺達はっ、どこまでだって戦える……っっ!!」
黄金の角の戦士達はいずれ劣らぬ屈強であり不屈であったが、彼らの不屈をもってしても40m級へと成長を遂げた眷属の猛攻を砕き切るには到らず──グラビティ・チェインを掠奪され尽くされた戦士達はひとりまたひとりと脱落してゆく。
やがて全てのオウガが物言わぬコギトエルゴスムへと化していき──そして。
『みりしゃ みあ おぐん そーど ぬい くるうるく!』
勝者たるオグン・ソード・ミリシャだけが残された戦場には不吉な鳴き声がただ響き渡るのだった……。
●こなたからの探索
「ステイン・カツオ(剛拳・e04948)さんが予測した通り、クルウルク勢力がオウガの主星『プラブータ』を襲撃しオウガの戦士達を蹂躙しているらしいんっす!」
黒瀬・ダンテ(オラトリオのヘリオライダー・en0004)はその日、一人の美女を伴ってケルベロスの前へと現れた。その頭部や背中で燦然と輝くは、黄金の角。
「で、その先の詳細はまず挨拶も兼ねてオウガ種族の方から説明していただくっす。新たなるケルベロス──ラクシュミさんっす!」
「こんにちは、ラクシュミです。このたび、定命化によってケルベロスとなる事ができたので、皆さんの仲間になる事ができました」
オウガの女神としての、強大な力は失ってしまいましたが、これからまた、成長して強くなる事が出来ると思うと、とてもワクワクしています。
オウガ種族は戦闘を繰り返し成長限界に達していた戦士も多かったですので、ケルベロスになる事ができれば、きっと、私と同じように感じてくれる事でしょう。
皆さんに確保して頂いた、コギトエルゴスム化したオウガも、復活すればケルベロスになるのは確実だと思います。
──ここからが本題なのですが、オウガの主星だったプラブータは、邪神クルウルクの眷属である『オグン・ソード・ミリシャ』に蹂躙されて、全てのオウガ達がコギトエルゴスム化させられてしまいました。
オグン・ソード・ミリシャの戦闘力は、初期時点ではそれほど高くないのですが、『撃破されると周囲のグラビティ・チェインを奪い、より強力な姿で再生する』という能力を持つ為、オウガの戦士にとって致命的に相性の悪い敵だったのです。
とにかく殴って倒す。再生しても殴って倒す。より強くなっても殴って倒す……を繰り返した結果、地球に脱出したオウガ以外のオウガは全て敗北してコギトエルゴスム化してしまったのですから。
地球に脱出したオウガも、逃走したわけではなく、オグン・ソード・ミリシャにグラビティ・チェインを略奪された為に飢餓状態となり理性を失い、食欲に導かれるまま地球にやってきたのです。彼らも、理性さえ残っていれば、最後まで戦い続けて、コギトエルゴスム化した事でしょう。
このように、オウガとオグン・ソード・ミリシャの相性は最悪でしたが、ケルベロスとオグン・ソード・ミリシャの相性は最高に良いものになっています。
ケルベロスの攻撃で撃破されたオグン・ソード・ミリシャは、再生する事も出来ずに消滅してしまうのです。
オウガの戦士との戦いで強大化した、オグン・ソード・ミリシャも、今頃は力を失って元の姿に戻っていると思います。
オウガのゲートが、岡山県の巨石遺跡に隠されている事も判明しましたので、一緒にプラブータに向かいましょう。
新たなる生と闘争の待つ未来に胸躍らせているのだろうか。
どこまでも澄みとおった晴れやかな微笑とともに元『女神』がそう語り終えた後、説明役のバトンを引き継いだのは再びダンテだ。
「皆さんにはオグン・ソード・ミリシャに倒されたオウガのコギトエルゴスムを回収し地球へと持ち帰って来て貰いたいんっす。彼女と同様にコギトエルゴスム化中のオウガ達もケルベロス化する可能性が極めて高いっす。つまり……これはデウスエクスではなく異星の同胞を救い出す為の闘いっす!」
それにクルウルク勢力をこのまま放置すれば惑星『プラブータ』の制圧を完了した眷属の大群、あるいは邪神そのものが地球にまで牙剥くかもしれない。
これ以上の狂気の拡大を食い止め地球の危機を未然に防ぐ為にも今回の戦いは重要な意味を持つ事となる。
「ラクシュミさんの話にあった通り、今現在、殆どのオグン・ソード・ミリシャは体長2m程度の初期状態に戻っていてその個体能力はちょっと強めの攻性植物程度っす」
戦闘方法も攻性植物に類似した攻撃と触手攻撃ばかりであるらしい。
2m級の倍の強さを誇る3~4m級、あるいは、8体分以上の戦闘力を備える7m級といった強個体と遭遇する可能性もゼロではないが──基本的には2m級の群れとの戦闘が主となると想定される。
しかしサイズの如何に関わらず邪神の眷属であるオグン・ソード・ミリシャという存在は極めて冒涜的であり、その姿を長く見つめ過ぎれば宇宙的狂気に囚われる危険性が伴う旨、くれぐれも気をつけて欲しいとヘリオライダーは注意を促した。
「とは言ってもケルベロスの皆さんだったら戦えなくなる程の狂気に飲み込まれるような事は無いはずっすが……不意に軽い錯乱状態に陥って奇異な言動を取ってしまうぐらいの影響はあるかもっす」
互いのフォロー大事。そして何を口走りやらかすコトになろうともそれは不運な『事故』なのだから気にせずドンマイだ。
「脳筋、もとい、心身ともに強靭なオウガが仲間に加わるのは頼もしいばかりっす! これも吉備の戦いで奮戦したケルベロスの皆さんの頑張りあればこそっすね!」
ヘリオンと元女神の導きによって旅立つケルベロスが目指すは岡山のゲート、そして──邪神勢力蔓延る星『プラブータ』。
参加者 | |
---|---|
エニーケ・スコルーク(黒馬の騎婦人・e00486) |
稲垣・晴香(伝説の後継者・e00734) |
進藤・隆治(沼地の黒竜・e04573) |
メアリベル・マリス(グースハンプス・e05959) |
シータ・サファイアル(パンツァーイェーガー・e06405) |
ユーシス・ボールドウィン(夜霧の竜語魔導士・e32288) |
六連・コノエ(黄昏・e36779) |
朝比奈・昴(狂信のクワイア・e44320) |
●
探索にあたりプラブータという遠き迷宮へ導きの糸もたらした乙女の名はシータ・サファイアル(パンツァーイェーガー・e06405)。
尤も喩えられる神話とは異なり彼女自身もまた迷宮を踏破する英雄の一人であるのだが。
「人類初の外宇宙活動、そしてデウスエクスの本星探索か……」
「ケルベロスもついに宇宙進出ですか。ここまで行き着くのに随分遠回りしましたわね?」
何処か感慨深げなシータの呟きにエニーケ・スコルーク(黒馬の騎婦人・e00486)は微笑をもって応える。
世界一丸となっての反撃準備たる大建造期を経て始まった第二次大侵略期その只中。
今まさにゲート破壊にも匹敵する歴史的偉業が達成されようとしつつあるのだ。
「地球以外にデウスエクスの惑星に行く事になるなんて人生って思い掛けない事もあるものだなぁ」
楽しげにティーポット……もといサーヴァントである『ラグランジュ』の蓋を抓んで笑う六連・コノエ(黄昏・e36779)の背で淡く輝くは光の翼。
すっぽりと過去が抜け落ちたまましがない唯の男子高校生と嘯くヴァルキュリアの少年は、夜色纏う相棒とそしてケルベロス仲間達との未知への冒険に胸高鳴らせる。
「困った時には頼りにしてるよ、ランジュ」
当然とばかり鷹揚に、ミミックは少年へ応じつつも浮かれてばかりおらず周囲を警戒せよとばかりにぱたたと羽を振った。
──みりしゃ かるする ぷらぶーた なうぐりふ!
──みあ みあ おぐん そーど! みあ みあ おぐん そーど!
荒涼たる野の遠くよりそれを発するはこの風景を生み出した元凶共であろう。
邪神の眷属たるその能力をもって大地からグラビティ・チェインを啜り尽くしたオグン・ソード・ミリシャの行動圏のすべてはただただ荒野が広がるばかり。
「遺跡や面白スポットどころか、そもそもまず、人工物が見つかりそうもないわね……」
すっと眼鏡の位置を直しながら方位磁石をチェックするユーシス・ボールドウィン(夜霧の竜語魔導士・e32288)が思わずといった風情で溜息漏らす。
「だいたい地面と空以外は自然物だってロクに見当たらないんだもの。まったく収集以前の問題ね」
ゲートより降り立った直後は、どれほど薄気味悪い敵地であろうと『新天地』に心躍らずにいられようかと元気溌剌だった稲垣・晴香(伝説の後継者・e00734)の顔にも若干の陰りが射す。
「……まあそれでも記念すべき第一歩、小さなことでも持ち帰り「次」に繋げましょ」
とはいえめげない彼女は、せめてもと、道なき道々で乾いた土くれや小石の幾つかを容器に詰めている様だった。
「グラビティ・チェインが喪われ枯渇するというのは……こういう事なのだな」
カメラ片手の上空偵察からいったん戻った竜派ドラゴニアンの青年は逞しきその背に獄翼を仕舞い込んだ。
発生の大元たる地球を当然のものとして生活する自分達が想像する以上の荒廃に──攻性植物の一派と目される勢力が齎した蹂躙の光景を前に、進藤・隆治(沼地の黒竜・e04573)の左腕には知らず力が篭もる。
「ケルベロス宇宙へいく、なーんて、うふふ」
今のこのちょっと肌寒い空気は季節の所為か枯渇の所為かそもそもこの一帯がそういった気候帯にあたるのか……答えの出ない数々の問いの存在もまたメアリベル・マリス(グースハンプス・e05959)にとってはワクワクとドキドキのかたまり。
「わからないことだらけで好奇心が無限大に膨らむわ!」
楽しくって仕方が無いとばかりの満開の笑顔で、少女は、新惑星という名の玩具箱へと可憐なその身を投じるのだった。
そして如何なる地にあれどいつもの笑み絶えぬといえばもう一人。
「聖王女の恩寵と加護を荒れ果てたこの異星にもまたあまねく広げねばなりませんね」
さながら聖女の如き慈愛と異端審問もかくやの冷然とを綯い交ぜた声は朝比奈・昴(狂信のクワイア・e44320)からのもの。
──深く敬虔なる祈りと共にケルベロス達の探索はつつがなく。
●
見晴らしが良い……というよりもほぼ見晴らししか無いような有様のこの地で戦闘は極力回避との方針を徹底しようとし続ければ、どうしても、行動範囲やコギトエルゴスム捜索は著しく制限されがちであった。
「回収効率をもう少し高めたいと考えるとやはりオグン・ソード・ミリシャへ行き当たってしまいますわね」
「メアリはひとつでも多く地球へ持ち帰ってオウガを救いたいわ」
背伸びの姿勢でクリーニングを施しながらメアリベルは事も無げそう微笑んだ。思案するエニーケとて同様の思いである。
避けるべきはあくまで無用な戦闘と深追い──これまで通り己や隆治が注意深く隠密偵察を務める事で迅速な各個撃破と探索活動は両立が可能な筈とエニーケは冷静に結論付けるのだった。
その日一行はこれ迄に無く大規模な戦闘跡へと到達した。
散発的に湧く2m級をその度に一糸乱れぬ戦いぶりで処理しながら続けられた探索の中、ケルベロス達は多数のコギトエルゴスム回収を果たす。
「荷物から溢れそうになったら教えてね。僕のアイテムポケットが引き受けるから」
ふんわりとそう告げたコノエの元へ仲間達が手に手に『宝石』を持ち寄る。
撤退目安は別に定めてはあったが、もしもこのポケットすら満タン目前となった場合にも帰還を開始しようという彼からの進言は、尤もであると容れられていた。
この探索行において目指すべき目標とはオウガの救出以外に無いのだから。
「ぁー…やっぱり持ってたのか」
ぐちゃりと原形留めぬほどにひしゃげた敵体内から隆治が取り出した例もあったが、割合でいえば激戦の爪痕残る地上に放置されたまま転がるコギトエルゴスムの方が圧倒的に多かった。
日没直前、一行は初めて3m級1体と遭遇したが既に周辺の敵は掃射と各個撃破とで排除済み。やや時間を掛けつつも燃えるような夕焼けの下、特に危なげもなくケルベロスが勝利を収める。
──たとえそこに住まう民が滅びようと天は変わらず朝昼夜を繰り返し続ける。
発見したささやかな岩場にテントを張った一行は、日没後、久々の休息を取り始める。
昼間は食事中といえど決して足を止めずエニーケらの用意したドリンクバーでの補給のみで済ませている彼らにとっては、敵地であっても、夜は心憩える貴重なひと時である。
「……やはりどうしても鋼色になってしまいますわね」
おっとりと不思議そうに首を傾げるエニーケの手には不穏きわまりない色合いに反して栄養満点で風味にも問題ない液体を湛えた1本のペットボトル。
「プラブータの夜空も月はひとつなのね」
クルウルクがオウガを狙った理由の一端でも掴めればと調査に臨むシータだったがそちらの成果はいまだ皆無。
意欲と不安とを交錯させたままデジタルカメラのバッテリー残量を確認し終え、見上げた先は名も知らぬ衛星と見知らぬ星々。ほっと表情を綻ばせたシータは明日からの探索に備え今は仲間とのキャンプ気分を満喫する事にした。
「ラクシュミ様を早く安心させてあげたいわね」
「オウガの件を解決した後でいいから、何時かラクシュミさんをウチの団体のリングに上げたいんだよねぇ……」
まるで小さな母鳥のように卵男のぬいぐるみを抱え込んでうつらうつらを始めたメアリベルの隣で晴香は野望に燃えていた。
「聖譚の王女よ──……」
銀のロザリオを手に今晩の糧への感謝を捧げる昴の姿も既にお馴染の光景。
『何なら聖王女サマでも歓迎よ! 生きてたらだけど!』
等と言った冗談はたとえ晴香であっても口には出せない程に敬虔なパラディオンである。
「ふぅん……この紫色の羊羹おいしいね」
販促兼ねてのユーシス提供、頑固職人自慢の逸品だという紫芋羊羹にすっかり舌鼓を打つコノエ。遥か遠き地球で待つ家族にも食べさせてあげたい味だと少年が呟けば、
「ふふ、無事に地球へ帰った暁にはあらためてお土産を用意してあげるわ……あらちょっとフラグっぽい?」
ささやかな団欒の刻も過ぎ、今は見張り以外は皆テントの内でしばしの睡眠中。
「寒いな……」
空と地との狭間、独り地上を見下ろす隆治はぽつりとそう漏らした。日中と比べれば上空索敵の効果は落ちるがそれは地上偵察も同様。夜闇見通す特別な眼を持たずとも淡い月明かりはプラブータの夜を照らしてくれている。
エニーケと隆治の班は唯一サーヴァントも無く他班と比べて頭数だけ見れば半分であったが両者共に戦闘においても偵察活動においても実力者。何ら遜色も問題も無く眠りの番人の任をこなしている。
『おぐん そーど ほろわろ りむがんと みりしゃ なうぐりふ!』
──まして索敵や隠密といった概念自体備えているのかも怪しいオグン・ソード・ミリシャが相手となれば猶更である。察知したのは天の黒機竜と地の黒騎馬がほぼ同時。
うねうねと闇の彼方から這い寄るは名状し難き異音とおぞましく脈動する肉塊。
「く……っ」
対峙するエニーケはぎりりと奥歯を噛み締めて魂の蹂躙を耐え凌ぐ。
「甲冑と鎧装、げに新しき二つの騎士の力を見せてあげますわ」
碧き衣纏う騎婦人が凛と構えたるは紅の両刃斧と業の魔剣。艶やかなたてがみは淡く輝くかのように星の光を弾いてたなびいた。
●
見張り番であったエニーケと隆治が齎した敵襲の報を受け、残るケルベロス達も、素早く飛び出し迎撃態勢を取る。
「2m級1体……いえ、2体ね」
「油断するな! すぐ近くにまで更にもう1体、7m級まで来てやがる! ……っ!?」
合流した隆治が警告を発した相手はそこら辺に転がる岩だったが、まあ、仲間には届いたので無問題。エニーケからの迅速なビンタ1発。
それは単純計算するならば2m級換算で計10体分の戦力を一度に向こうへ廻したこの探索中最大の激戦の開始であった。
「試練に、感謝を」
爛々と赤瞳を輝かせその左手を揺らめく巨大剣へと変じた昴。襲い掛かる触手を隆治が代わりに引き受ける。
「BS耐性は厄介ね……」
眼力が弾き出す命中率を確認する迄も無く、2m級排除と並行しての7m級弱体化は急務だ。ユーシスの百戦百識陣がケルベロスへ癒しと共に破魔の加護を与えてゆく。
各自に備えのヒールはあれども、唯一のメディックであるユーシスの存在は生命線。
「──させないわよ」
幼くも歴戦たるメアリベルは本能でそれを察しディフェンダーとして固守し続けた。彼女が『ママ』と呼ぶビハインドもまた的確に彼女の意図する処を理解し足止めの騒霊をもってケルベロス達を援けた。
『みあ みあ おぐん そーど!』『みあ みあ おぐん そーど!』
戦場にぽっこりと浮遊するティーポットの注ぎ口。
ただし溢れ落ちるは熱い紅茶ではなく愚者の黄金。
「同士討ちか、さすがランジュ!」
幾分かの余力を得た自陣を立て直す為、コノエは時に気力溜めも織り交ぜて回復支援に務めた。
「オグン・ソード・ミリシャ……何度見ても身の毛もよだつおぞま──『エラーハッセイ、ヨキセヌエラーノハッセイニトモナイスミヤカニホンセイへ……ガガガピー』」
「しっかり! またダモクレスっぽいカンジになっちゃってる!」
「っていうかもはやただのロボだそれーーっ!!」
主砲からクールかつ精確に一斉発射を決めた直後、突如トチ狂いだしたシータに戦友達から声掛けという名の温かなツッコミが入り、レプリカントの錯乱は速やかに霧散する。
「たとえお客さんがいなくったってコスチュームが探検家ルックだって──」
足場に使った大岩がコーナートップかと錯覚して見えてくる程に高く速く美しく。
晴香が繰り出したドロップキックの軌跡は振り撒まれ続ける狂気の存在すら、刹那、忘れさせるグラビティの『華』を以ってねちゃねちゃと蠢きさざめく触手の森を薙ぎ払った。
「何時でも何処だって『プロレスラー』としての誇りを持って闘うのが私のポリシーよ!」
シータの鋼鞭が2m級の片割れに幾筋の鋭い裂傷と共に『死』を刻み込む。
「立ち塞がろうとも──切り拓く」
「心に剣と輝く勇気、そして私の想いをこの旗へ確かに込めます!」
続くエニーケが発した闘気は絢爛たる勝利へと掲げる旗と化し、もう1体の2m級に畏怖する時間すら許さぬ重力籠めてその場へと叩き潰した。
隆治が構えた手の中ガジェットは機銃の形態にと変形し、残す唯一の大敵へと向けて魔導石化弾を命中させる。
ユーシスの魔術によって破剣の『陣』の理力をも注がれたその一射の前には冒涜の具現たる本体のみならず堅い果実の護りすらも一瞬で打ち砕かれた。
今こそ全力攻勢の好機とケルベロス達は持てるグラビティを振り絞る。
昴も、また。
「聖なるかな、聖なるかな」
いっそ異星の戦場には場違いな程に清浄たる聖句を呼び水に顕れたのは、異形たる『狂信の聖獣(ファナティカル・ワイルド)』。
胸奥に渦巻く『混沌』に全てを捧げた天啓のパラディオンの器はいまや夜闇よりも暗く黒く澱み、尖らせた爪牙が脈動衰えた肉塊の大樹を穿ち、裂き、喰い破る。
「──その御名を讃えよ、その恩寵を讃えよ、その加護を讃えよ、その奇跡を讃えよォっ!」
荒れ狂う『混沌』が齎す苦痛も恍惚もいまや最高潮に。何処までも敬虔に。彼女はただの一度たりとも彼女自身を手放す事無くただただ信仰の茨道だけを求めて狂奔する。
『……おぐん そーど ぬい くるうるく……みりしゃ みあ……、……、……──』
そして──夜より生じた狂気よりの呼び声は完全に断たれたのだった。
●
安全が確保された事を念入りに確認の後ケルベロス達は再び休息へと戻り、夜明けを待って出立する。目指すは昨晩の敵が現れた方角である。
「さあ、今日もプラブータ探検隊出発よ!」
可愛らしく拳を上げたのはメアリベル。水場すら見当たらぬ荒廃したこの地で薄気味悪い触手の相手と野営が連日続く中にあって、それでも、快適を保ったままこうして朝を迎えられるのは彼女の防具特徴あればこそだった。
その後も一行は、撤退条件を満たすまでに多くの探索とコギトエルゴスム回収を果たす。
彼らはディフェンダー及びその交代要員を務めるスナイパーの消耗をその目安と定めており、内4名の最大HPが5割を切った時点で帰投準備へと入った。
「結局あの後は7mどころか3mサイズとも出遭わずに済んだのは幸いだったわね」
ユーシスは自作の手描き地図へと視線を落としあの夜の激闘を想い返した。しかし帰路にまた遭遇しないという保証は何処にも無い。
「盾役よろしくお願いするよ」
往路とはポジションを交代する形となったミミックへ声を掛けコノエは後衛へと廻る。
アリアドネの糸を伝い見事ゲート帰還を果たしたケルベロスとサーヴァントによってまた多くの眠れる鬼神達が地球へと保護される事となった。
──彼らが地獄の猟犬の戦列に加わる日はきっと遠くは無い。
作者:銀條彦 |
重傷:なし 死亡:なし 暴走:なし |
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種類:
公開:2018年2月20日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
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