オグン・ソード・ミリシャ～狂気と冒涜の仔ら

■リプレイ

●未知の冒険、這い寄る影
　不思議な色の空と、見たこともない衛星、どこまでも続く荒野。
　オウガの主星『プラブータ』。ケルベロス達が探索する地域は、オグン・ソード・ミリシャにグラビティ・チェインを食い尽くされ、不毛の大地を晒していた。
　探索を初めて何十時間過ぎたことか。ケルベロス達は枯れ果てた大地を慎重に進み、数多くのオグン・ソード・ミリシャを屠っていった。そのどれもが２～３メートルほどの個体ばかりで、駆除はほとんど苦も無く済んだ。
　そして敵の傍には必ずといっていいほど、幾粒かのコギトエルゴスムが転がっており、回収も順調だった。
　冒険の終盤も見えてきた頃合い。ケルベロス達は安全そうな岩場を見出すと、日のあるうちから巣作りを駆使し、幾度目かの野営の準備を始めた。
「此処をキャンプ地とする！」
　一回言ってみたかったのだとばかりに笑う神崎・晟（熱烈峻厳・e02896）。てきぱきキャンプを設営していくその傍らには大量のコーヒーが用意されており、夜の見張りの準備も万端である。
（「……この星にも鳥はいるのだろうか」）
　偵察役として、野営準備中も周囲への警戒を切らさずに、リューデ・ロストワード（鷽憑き・e06168）は空を仰いだ。探索のさなか、敵以外の生物の姿は見いだせていない。それが敵の侵略による一時的なものなのか、もともとの生態系なのか、今確かめるすべはなかった。
　やがて野営の準備が整い、ケルベロス達は思い思いの休息を取り始める。
「バッナッナはおやつに入らない、デース！」
　シィカ・セィカ（デッドオアライブ・e00612）は食料を詰め込んできたリュックからバナナを取り出し、遠足気分で楽しげにほおばっている。
「お、バナナか、いいな！　遭難時のカロリー摂取は大事だからな。というわけで私もおやつを……と」
　うんちく混じりの適当な言い訳を垂れ流しながら、晟もいそいそとサバイバル用のおやつを取り出した。
「私も何か持っていなかったかな。えーとどこかに飴玉が……」
　一式・要（狂咬突破・e01362）はコートと上着の沢山のポケットから、ぽいぽいと大量のアイテムを取り出し始めた。大道芸めいたその様子に、仲間達がどっと盛り上がる。
「はいはーい！　要ちゃんと一緒にお芝居やりまーす♪」
　暖まってきた場の空気に乗って、メリーナ・バクラヴァ（ヒーローズアンドヒロインズ・e01634）が元気に声を張り上げた。
　ほどよく日も落ち始めた頃合い。拙い造形の水人形と影絵とが繰り広げる、冗談たっぷりの愉快なお話。戦いと狂気に否応なく疲労していた仲間達に、笑いが広がっていく。
「……こうも迷いなく挑める作戦も久しぶりだわね」
　わだかまりなく澄み切った心持ちで、要は穏やかな笑みを浮かべた。未知の世界に身を置きながら、不安も不満も感じない。
「思った以上に荒れ果ててはいたけど……こんなに胸躍る冒険の舞台は他に無いね！」
　甲斐・ツカサ（魂に翼持つ者・e23289）はカメラに収めた写真を確かめ、キラキラした眼差しで、心に留めた冒険の記録を日記帳にしたためていく。
「新たな仲間を救う旅でございます。狂わない程度に楽しく進みましょうねえ」
　マッピングの傍ら興味津々に書き溜めた観察記録を振り返りながら、ラーヴァ・バケット（地獄入り鎧・e33869）のバケツヘルムからは、愉快そうに地獄の炎が漏れ零れている。
　堂道・花火（光彩陸離・e40184）も皆と共に平和な時間を共有しながら、ふと、傍らのバックパックを見下ろした。
「絶対オウガの皆さんも助けて帰るッス……」
　異星での冒険への極度の緊張は、長時間に渡る冒険の中で徐々に払拭され、心の余裕も生まれてきた。けれど、その決意だけは、決して揺るがない。
　穏やかに過ぎ行く宵の口で、不意に、幾人かが息を呑むように顔を上げた。
「――！」
「待って。気配が……」
　ケルベロス達は瞬時に立ち上がり、各々の武具を構えた。
　……うぞろ、うぞろ。夜の向こうに、蠢く気配。
　這い寄る数多の触手。
『……ーど……わろ……むがん……』
　囁くような、脳内を掻き毟らんばかりに不快な鳴き声。
　遠くから響いてくるようだったそれが、唐突にボリュームを上げた。
『――おぐん　そーど　ほろわろ　りむがんと　みりしゃ　なうぐりふ！』
　降り注いだ声を仰いだそこには、名状しがたい巨大な触手の塊が、ケルベロス達を見下していた。

●触手の山
　それは、これまで遭遇してきたどの個体よりも巨大だった。目測にして、７メートルほど。
「グラビティ・チェインの吸収でここまで育つとは……なる程、そうやって大きくなる手もあるわけか」
　身長への飽くなき欲求を抱える晟は、とんでもない巨体を見上げていっそ感心してしまう。
　７メートル級の足元には、見慣れた２メートル級が二体。距離感が掴みにくいが、小型は前衛に、大型は後衛に位置していると思われる。
「うう……こ、こうなったら各個撃破は無理そうなのデス……ならばこれを喰らえッ、なのデース！」
　敵の巨大さとおぞましさに若干涙目になりつつも、恐怖を振り払うように炎のブレスを吐きつけるシィカ。小型の二体が同時に焼き払われ、ひどい臭気が充満する。
「うえ、デカいし多いし、ますます気持ち悪いッスね……けど、頑張るッスよ！」
　気合を入れて相手を見据え、花火は敵陣へ滑るように肉薄した。まずは小型の一体へ、流星の如き飛び蹴りが叩き込まれる。
「俺の心臓は元より動いていない」
　深淵の狂気には深淵で対抗してやろうとばかりに、リューデは金色の瞳の奥底に地獄の炎を灯した。
「侵食する存在が、貴様らだけだと思うな」
　深淵の縛。地獄化した視線が、敵を侵食する。地獄が狂気と恐怖を焼き尽くす……。
　みりしゃ！　みりしゃ！　小型の二体は甲高く鳴きながら、触手の穂先に不気味な果実を実らせ、緑色の瘴気を放出すると、互いの傷をみるみる塞いでいった。
　続けざま、大型が動いた。蠢く触手が大量に引きちぎれ、樹木から降り注ぐ蛇のように、ケルベロス達の足元にねっとりと絡みついていく。生理的嫌悪を訴える悲鳴が前衛から散発した。
「燃えろ冒険心！　冒険はまだ終わらない！」
　ツカサの叫びと共に冒険心が燃え上がる。仲間達は奮い立ち、困難を打ち砕く力が喚起されていく。
　前衛の守護と強化を固めながら、まずは前衛の小型を狙っていくケルベロス達。その手応えは堅固で、どうやら盾役を担っているらしいとわかる。
　治癒と守備で戦いを長引かせようとする二体の背後で、突如大型の全身が針山と化した。
　硬質化した触手は、今度は後衛の面々を一斉に刺し貫いた。神経にまで達し、全身に痺れを催す一撃。
「――いま治す」
　リューデの反応は早かった。無愛想に、しかし手際よくオーロラのような光で後衛を包み、痺れを取り除いていく。要も気力溜めを飛ばし、陣営は早々に立て直していった。
「む～、やっぱりよくわかりませんねぇ。いったい何に反応してるんでしょう？」
　両手のナイフで舞うように斬り込みつつ、ぼやくメリーナ。どういった知覚で周囲を認識しているのか、傍から見ていてもさっぱりわからない。
　何せ敵には目や鼻や耳に当たる器官らしきものが見当たらないうえ、あまりにも定形外な存在であるが故に、仕草などから何かを読み取るというのも困難なのだ。音・光・温度、全てに反応しているような時もあれば、そうでない時もある。個体差があるのかもしれないし、状況によりけりなのかもしれない。目視による簡単な観察では、生態を断定することはできないだろう。
　……それに、あまり長く直視していると……。
「やはり燃やしてしまえば良いのではないでしょうか」
　場違いなまでにあっけらかんと響いた声は、ラーヴァのものだった。
「だってどう見ても植物みたいだろうここら一帯焼き払ってしまえば早いんじゃあないかな楽しそうだしそうだよそれが良いよねちょっと燃やしてくるねえ」
　ラーヴァは実に愉快げに炎を噴きこぼれさせながら捲し立てつつ、地獄の炎を大弓に纏わせ――仲間へと差し向けた。
　狂気の侵食が、始まった。

●狂乱の戦場
　炎纏い放たれたラーヴァの矢は、花火の足元に突き刺さった。傷口が一時的に地獄化して塞がれ、生命に強引に熱が与えられていく。……ヒールである。
　固唾を呑んで見守っていた仲間たちは、ほっと息をついた。
「あ、ありがとうッス！　でも怖いんで早めに正気に戻って欲しいッス！」
　花火は素直に礼を返しながら、小型の一体へと肉薄した。音速を超える拳が、２メートルに及ぶ敵の肉体を吹き飛ばし、粉微塵に爆発させた。
「うぷ……私もなんだか気持ち悪くなってきちゃった……」
「ええっ、要ちゃん大丈夫！？　しっかりしてください！」
「いつもすまないねぇ……」
　要は二日酔いのようにへろへろになりつつも、メリーナの叱咤を受けながら、同じく音速の拳でもう一体の小型を打ち据えた。
「小さいのはこれで仕舞いだな。ハアァァ――ッ！！」
　なおもしつこく生き残っていた小型は、晟の巨体から繰り出される豪快な超高速の突きに貫かれ、四散した。
「残りは大型だけですね！」
　メリーナが湧き立つように声を弾ませたかと思えば、
「ところで皆さん、今日は何して遊びましょうか♪」
　一見して平静かと思いきや、突如として突拍子もないことを言い始めた。これも狂気の一種なのだろう。
「だめデース、メリーナさん！　皆さんも！　しっかりしてくださいデス！」
　シィカは槍の如く変形させたブラックスライムを撃ち込みつつ、正気を取り戻すように近くにいる仲間達の体を揺すっていく。
「直視し続けたらダメだよ！　気をしっかり！」
　ツカサは仲間の体を掴み、敵から目を逸らさせるように振り向かせながら、献身的にヒールを広げていく。が、癒し手であるツカサにも、容赦なく狂気の侵食は忍び寄った。
「しっかり、しっか……ああでも、気持ちはわかるよ、あははははっ！　僕だって人類未踏のこの素晴らしい世界を堪能し尽くしたい！　この荒れ果てた大地が元はいったいどんな姿をしていたのか、想像するだけでもわくわくするよね！　未だ知らぬ大地の味、どんなものだろう！？」
「いやいや、それはさすがにやめときなさいって！」
「ははは、しっちゃかめっちゃかでございますな」
　文字通り地面にかじりつこうとするツカサを、先に正気に戻った要が必死に押し留め、ラーヴァは敵陣へ竜砲弾を撃ち込みながら、相変わらず適当な発言と炎を噴き零している。
　狂気の侵食は否応なく陣営を呑み込んでいったが、ケルベロス達の攻勢は決して緩まない。
　しかし７メートル級も手強い。触手による多彩な攻撃で、前衛と後衛を揺さぶってくる。
『みりしゃ　かるする　ぷらぶーた　なうぐりふ！』
　縄のごとく束ねられた触手が、ケルベロスの陣営を駆け抜けた。前線をすり抜け、中衛を直角に躱し、読めない軌道で曲がりくねり――狂気を克服し、味方の治癒に没頭していたツカサの腹部を、刺し貫いた。

●狂気を乗り越えて
　ツカサの絶叫が轟いた。細かに分岐した触手が侵食で追撃する。正確さと威力を備えた攻撃に、ツカサの体力は根こそぎ奪われ、意識はふっつりと途切れてしまう。
「あ……ああぁぁぁァァ……！！」
　倒れ伏すツカサの姿を見下ろし、花火に錯乱の兆候が表れる。
「腕、腕が……！　オレの腕……家族……いやだぁぁぁあああ！！」
　両腕を失ったトラウマ、家族を失う恐怖。たがの外れた感情を螺旋力の噴射に乗せて、巨大杭が大型の表皮をぶち抜いた。
　オグン・ソード・ミリシャの全身の触手が、それまでにない勢いでさざ波だった。触手のいくつかが無為に千切れ、枯れるように欠落していく様子に、シィカは敵の消耗を見抜く。
「向こうも限界デスね！　一気に攻め立てるデース！」
　天穹へ至れ、竜たちの唱。竜たちは歌う、天高らかに。その響きが世界を変えるのだと願いを込めて。
　治癒と強化が消耗した前衛に波及し、ケルベロス達は手を休めることなく敵を攻め立てていく。
「いくよ、メリーナちゃん」
　いたずらっぽく目配せしたのち、要は最低限の防御で強引に間合いを詰め、蠢く触手の一本を掴み取って動きを封じた。
「つーかま～えた……っと。さぁて……我慢比べだ」
　崩天。大量の水の闘気が噴き上げ、逆巻く水の柱が大型の巨体を巻き込んでいく。
「お水、ですね」
　光の加減で暗く映る激流を目で読み切り、メリーナは小さく笑う。
「でも二刃の煌きを星と見れば、夜の空にも似たり――なーんて♪」
　芝居がかった所作と言葉が、認知に錯誤をもたらしていく。水柱内を駆け昇るが如く躍り出る肢体。曝け出された死角へと、「静」の刃が叩き込まれる。
「異星の旅も佳境にございます。精々華々しく散って、この旅を彩っていただきましょうか」
　ラーヴァは機械仕掛けのBow with Flame & Infinityを、大仰な身振りで巧みに操って射出し、容赦なく敵を弱体化させた。
　次々と敵へ降り注ぐグラビティ。触手は鈍く蠢き、なおも反撃の気配を覗かせる。
「――やらせるか！」
　正確無比の触手の軌道に、晟はボクスドラゴンのラグナルと共に、壁の如く立ちふさがった。仲間を背に庇い、硬質化した触手に肩を貫かれながらも、堅牢な龍の幻影によって守られ、なんとか耐え抜く。
「守備は任せろ！　行けッ！！」
「了解デスっ。ロックンロールでいくデーっス！！」
　発破をかける晟の言葉に元気いっぱいに答えながら、シィカはヌンチャク型如意棒で触手を捌きながら肉薄した。ケルベロスとしての、人一倍強い誇りと使命感を込めて、強力な一撃で敵を打ち据える。
「大丈夫、腕はある……火力全開、手加減なしッス！」
　気炎万丈・旋風斬。地獄の炎と化した両腕を、花火は全力で振りかぶった。炎を纏った旋風が、大型を容赦なく斬り裂く。
「う……」
　耐え続けていたリューデにも、とうとう狂気の兆候が表れ始めた。おぞましく冒涜的な姿、声、存在。恐怖が脳髄を侵食していく。立ち竦み、声も出せない。
　その瞬間、脳裏に溢れたのは、『いってらっしゃい』と言ってくれた仲間たちの顔。
　――深呼吸を、一つ。
「俺は……もう、恐れないと決めた」
　前に進み、そして必ず、帰る。リューデの強い決意は炎となって黒翼のレイピアに宿り、忌まわしき巨体へと叩き込まれる。
『みあ　み・あ……おぐ、ん……そー……』
　燃え盛る業火に巻かれた７メートル級の巨体は、触手の一本も残さず焼き尽くされ、やがて灰となって散っていった。

　かくして最大の敵を退けたケルベロス達は、ほどなくして無事その任を終え、帰途についた。
　たくさんの新たな仲間たちを、大切に抱えながら。

作者：そらばる	重傷：なし 死亡：なし 暴走：なし
種類： 公開：2018年2月20日 難度：普通 参加：8人 結果：成功！
得票：格好よかった 6／感動した 1／素敵だった 0／キャラが大事にされていた 5
あなたが購入した「複数ピンナップ（複数バトルピンナップ）」を、このシナリオの挿絵にして貰うよう、担当マスターに申請できます。
シナリオの通常参加者は、掲載されている「自分の顔アイコン」を変更できます。