オグン・ソード・ミリシャ~ぼくら対いせかい

作者:土師三良

●異星のビジョン
 異星の地で異形の敵と異様な戦いを繰り広げている戦士たちがいた。
「ええい! しつこい連中だ! しかし、我らもまた退くわけにはいかぬ! 殴殺あるのみ!」
「殴殺あるのみ!」
「殴殺あるのみ!」
 オウガである。
 彼らが殴りつけている相手は、見ているだけで正気を失いそうになる冒涜的な姿の植物。
 そのところどころにある口らしき裂け目からは言葉のような物が発せられているが――、
「みりしゃ かるする ぷらぶーた なうぐりふ!」
「おぐん そーど ほろわろ りむがんと みりしゃ なうぐりふ!」
「みあ みあ おぐん そーど! みあ みあ おぐん そーど!」
 ――まるで意味をなしていない。
 やがて、オウガの戦士たちは満身創痍になりながらも、冒涜的な植物を打ち倒した。
 ただでさえグロテスクだった植物は各所を殴り潰されて半ばゲル状と化し、よりグロテスクなものになっている。
 それを踏みにじり、戦士たちは勝利の声をあげた。
「我らの前に敵なし! 何者であれ、殴殺あるのみ!」
「殴殺あるのみ!」
「殴殺ある……むぅ!?」
 勝鬨が驚愕の声に変わった。
 ゲルじみた植物の残骸が蠢いたかと思うと、瞬く間に固まり、より大きくなって(そして、より冒涜的な姿になって)復活したのだ。
「みりしゃ みあ おぐん そーど ぬい くるうるく!」
 意味不明の叫びをあげて、植物は戦士たちに襲いかかった。
「生き返ったのか? ふん! 面白い! 何十回……いや、何百回、生き返ろうとも、殴殺あるのみ!」
「殴殺あるのみ!」
「殴殺あるのみ!」
 再び植物に殴りかかる戦士たち。
 だが、一人また一人と倒され、次々とコギトエルゴスムと化していく。植物は復活の際に巨大化しただけでなく、戦闘能力も上昇したらしい。
「こ、これで勝ったと思うなよ! 殴殺あるのみぃー!」
 怒号だけを残して、最後の戦士もコギトエルゴスムになった。
「みあ みあ おぐん そーど!」
 冒涜的な植物が咆哮した。勝利の喜びに打ち震えるかのように体を激しく痙攣させながら。

●ラクシュミ&音々子かく語りき
 ヘリポートの一角に並ぶケルベロスたち。
 その前に二人の女が立っていた。
 一人はヘリオイライダーの根占・音々子だ。
「ステイン・カツオ(剛拳・e04948)さんが推測していた通り、オウガさんたちの主星であるプラブータが『クルウルク』なる者の軍勢に襲撃されているようです。先日、岡山県に現れたオウガさんたちは、その襲撃から逃れて地球にやってきたみたいですが……まあ、詳しいことは、新たにケルベロスとなったラクシュミさんに説明していただきましょう」
「こんにちは、ラクシュミです」
 音々子に促されて、もう一人の女――ラクシュミがぺこりと頭を下げた。
「この度、定命化によってケルベロスとなることができたので、皆さんの仲間になることができました。オウガの女神としての強大な力は失ってしまいましたが、これからまた成長して強くなることが出来ると思うと、とてもワクワクしています。オウガ種族は戦闘を繰り返し、成長限界に達していた戦士も多かったので、ケルベロスになることができれば、きっと私と同じように感じてくれることでしょう。皆さんに確保していただいたコギトエルゴスム化したオウガも、復活すれば、ケルベロスになるのは確実だと思います」
 実に頼もしい(?)挨拶と所信表明をした後、ラクシュミはプラブータについて解説を始めた。
「ここからが本題なのですが、オウガの主星だったプラブータは、邪神クルウルクの眷属である『オグン・ソード・ミリシャ』に蹂躙されて、すべてのオウガたちがコギトエルゴスム化させられてしまいました。オグン・ソード・ミリシャの戦闘力は、初期時点ではそれほど高くないのですが、『撃破されると周囲のグラビティ・チェインを奪い、より強力な姿で再生する』という能力を持つため、オウガの戦士にとって致命的に相性の悪い敵だったのです。とにかく殴って倒す。再生しても殴って倒す。より強くなっても殴って倒す……を繰り返した結果、地球に脱出したオウガ以外のオウガは全て敗北してコギトエルゴスム化してしまったのですから」
『脳筋じゃね?』『脳筋だな』『まごうことなき脳筋だ』と囁き合うケルベロスたち。幸いなことにラクシュミの耳には届いていないようだが。
「地球に脱出したオウガも逃走したわけではなく、オグン・ソード・ミリシャにグラビティ・チェインを略奪されたために飢餓状態となり理性を失い、食欲に導かれるまま地球にやってきたのです。彼らも、理性さえ残っていれば、最後まで戦い続けて、コギトエルゴスム化した事でしょう。このように、オウガとオグン・ソード・ミリシャの相性は最悪でしたが、ケルベロスとオグン・ソード・ミリシャの相性は最高に良いものになっています。ケルベロスの攻撃で撃破されたオグン・ソード・ミリシャは、再生する事もできずに消滅してしまうのです。オウガの戦士との戦いで強大化した、オグン・ソード・ミリシャも、今頃は力を失って元の姿に戻っていると思います。オウガのゲートが岡山県の巨石遺跡に隠されていることも判明しましたので――」
 ケルベロスたちの顔に視線を巡らせるラクシュミ。
「――一緒にプラブータに向かいましょう」
「向かいましょー!」
 音々子が復唱し、ラクシュミに代わって語り始めた。
「皆さんは複数のチームに分かれてゲートから惑星プラブータに乗り込み、オグン・ソード・ミリシャどもを狩りまくって、オウガさんのコギトエルゴスムを回収してください。大半のオグン・ソード・ミリシャは体長二メートル程度の初期状態に戻っているはずですが、三メートルから四メートル級、最大七メートル級のものも存在するかもしれません。それと外見が非常にボートク的でして、あまり長く見続けていると頭がイッちゃうかもしれませんから、気を付けてくださいね」
 プラブータは非常に広いので、チーム間で連携や協力などをおこなうことはできない。もちろん、携帯電話の類は通じない。狼煙や信号弾などに至ってはデメリットしかない。敵にまで自分たちの居場所を伝えてしまうことになるのだから。
 また、ラクシュミも長きに渡ってプラブータを離れていたため、ケルベロスが探索する地域についてはなにも知らない。頼れるのはチーム内の仲間のみ。
「ラクシュミさんがケルベロスになったように、コギトエルゴスム化しているオウガさんたちもケルベロスとなる可能性が高いです。つまり、今回の戦いは――」
 音々子は顔の前で拳を握りしめた。その横でラクシュミも同じポーズを取っている。
「――デウスエクスのオウガさんを救うためではなく、新たなケルベロスの同胞を救うためのものなんです! 一体でも多くのオグン・ソード・ミリシャを倒し、一個でも多くのコギトエルゴスムを持ち帰ってください! お願いします!」


参加者
御子神・宵一(御先稲荷・e02829)
ルーチェ・プロキオン(魔法少女ぷりずむルーチェ・e04143)
夜陣・碧人(影灯篭・e05022)
コンスタンツァ・キルシェ(ロリポップガンナー・e07326)
サーティー・ピーシーズ(十三人目・e21959)
リュイェン・パラダイスロスト(嘘つき天使とホントの言葉・e27663)
ダスティ・ルゥ(長い物に巻かれる・e33661)
エル・アルハ(戦う理由を模索中・e37531)

■リプレイ

●荒涼の地を行く
「星境の長いトンネルを抜けると異星であった……」
 朝日に目を細めながら、シャドウエルフの夜陣・碧人(影灯篭・e05022)が冗談めかして呟いた。
 そう、ここは異星。
 オウガたちの惑星プラブータ。
 碧人の肩の上ではボクスドラゴンのフレアが目を瞬かせては何度も首を傾げている。地球のそれとは似て非なる太陽に困惑しているのだ。この星で陽光を浴びるのは今日が初めてではないが、まだ慣れていないらしい。
「『常在戦場』のおかげで敵地でもしっかりと睡眠が取れるが――」
 サーティー・ピーシーズ(十三人目・e21959)が碧人の横で大きく伸びをした。
「――それでも寝覚めが悪いぜ。起きてすぐに目に入るロケーションがこんな有様だとよ」
 サーティーたちの前には荒野が広がっていた。いや、前だけでなく、後ろにも、右にも、左にも。見渡す限りの荒野。黒と赤茶色の塗料をぶちまけたような大地のそこかしこに地割れが走り、その奥から不気味な光が漏れ出ている。
 しかし、これはプラブータの本来の光景ではないらしい。おそらく、オグン・ソード・ミリシャの群れにグラビティ・チェインを吸収され、荒れ果ててしまったのだろう。
「これが滅びの風景ってやつか……あの脳筋の元・女神さんが見たら、ショックを受けるかもな」
 サーティーは溜息をついた。
 オグン・ソード・ミリシャ(以下、ミリシャ)に浸食されていない地域は少なからず存在し、そこにはまだ草木が残っていたものの、異星の自然を調査する余裕はケルベロスたちにはなかった(それでも碧人は花を一輪だけ採取したが)。
 そもそも、ミリシャとオウガの戦闘が発生していない場所に用はない。
 そこには一つもないのだから。
 なんとしてでも手に入れるべき物――オウガたちのコギトエルゴスムが。
「悩ましいですよね」
 野営に用いたテントをかたづけながら、狐の人型ウェアライダーの御子神・宵一(御先稲荷・e02829)がサーティーに続いて溜息をついた。
「異星の情報が山ほどある場所にはコギトエルゴスムがなくて、コギトエルゴスムがある場所には敵が山ほどいるなんて……もしかしたら、この荒野にもオウガの集落とかがあったのかもしれないのに、その名残りすら見当たらない」
「オグン・ソード・ミリシャに食らい尽くされてしまったのでしょうか?」
 と、話に加わったのはレプリカントのルーチェ・プロキオン(魔法少女ぷりずむルーチェ・e04143)。
「もし、そんな貪欲な奴らが地球に来たら――」
 バックパックに詰まった戦利品(今までに回収したオウガのコギトエルゴスムだ)を確認しながら、コンスタンツァ・キルシェ(ロリポップガンナー・e07326)が眉根を寄せた。
「――大変なことになるっすね。叩けるうちに叩いておかないと」
「叩ける奴を見つけたよー!」
 元気な声が頭上で響き、その声の主であるリュイェン・パラダイスロスト(嘘つき天使とホントの言葉・e27663)が降下してきた。オラトリオの翼で飛行し、同時に防具特徴の『隠密気流』も用いて、上空で周囲の様子をカメラに収めていたのである。
「でも、滅んだ後の風景を撮影するのは気が滅入るよねー」
 サーティーと同じ想いを述べつつ、リュイェンは皆に写真を見せた。
 そのうちの一枚に奇妙な影が写っている。
 ミリシャだ。
「これだけ離れているのに、この大きさで見えるということは――」
 狼の人型ウェアライダーのエル・アルハ(戦う理由を模索中・e37531)が写真に顔を近付けた。
「――こいつ、ザコじゃないね」
 確かにザコではない。おそらく、七メートル級だろう。一行は無駄な戦闘を割けることを心掛けて行動していたが、それでも既に何度か交戦している。しかし、これほどの大物とはまだ一度も戦っていない。
「敵はまだこっちに気付いてないみたいだけど、僕たちもスルーするわけにはいかないかもね。ほら、ここに注目!」
 写真の一点をリュイェンは指し示した。
「奴さんの足下というか根本のところにキラキラしたのがあるでしょ」
「コギトエルゴスムっすね」
 と、コンスタンツァが言った。
「これらを回収したければ、七メートル級を倒すしかないってことっすか。時間が経てば、七メートル級も初期状態の二メートル級に戻るはずですけど……悠長に待ってるわけにはいかないっすよね」
「そ、そうですね」
 どもりながら同意したのは兎の人型ウェアライダーのダスティ・ルゥ(長い物に巻かれる・e33661)だ。
「め、明確なタイムリミットがないとはいえ、な、な、長居はできませんから。正直なところ、たとえ長居できたとしても、ぼ、僕はすぐに帰りたいです。地球が懐かしい……」
「正確に言うと、『地球の食べ物が懐かしい』っすよね」
「より正確に言うと、『ハンバーグカレーが懐かしい』だよね」
 コンスタンツァとエルが笑顔で茶々を入れた。昨夜、ダスティは食事の間ずっと『ハンバーグカレーが食べたい』とこぼし続けていたのだ。
「す、すいません。べつにコンスタンツァ様やリュイェン様が持ってきてくれたレーションやサーティー様の磯辺焼きに不満があるわけじゃないですよ。それにエル様の『ドリンクバー』の飲み物にも。だ、だけど、やっぱり……」
 しどろもどろに弁解していたダスティであったが、自分たちがやるべきことを思い出し、仲間たちを促した。
「と、とにかく、行きましょう。敵の傍に転がっている――」
「――オウガたちを救い出すために」
 と、宵一が後を引き取った。

●狂妄の地に抗う
「頼むぞ、フレア」
 小さな相棒に声をかけて、碧人が戦いの口火を切った。
 手の中で暗く輝いている武器は『暗夜の輝石』。そこから放たれたグラビティはクリスタルファイア。熱を持たない炎の刃が、七メートル級のミリシャの表皮を斬り刻んでいく。
「みりしゃ みあ おぐん そーど ぬい くるうるく!」
「……捉えました」
 苦しげに身を捩る(ただの反射的な動作なのかもしれないが)ミリシャに宵一が飛びかかり、斬霊刀『若宮』で触手の一本を斬り落とした。『浮木(フボク)』という名の攻撃の型。
 異形の植物に向けられたのは刃ばかりではない。
 コンスタンツァの銃から発射された弾丸が傍の岩と地面を経由して(跳弾射撃だ)命中し、それがもたらした衝撃が消えぬうちにルーチェの拳が叩き込まれた。
 標的のグラビティ・チェインの流れをかき乱して動きを鈍らせる『サンライトインパルス』なるその殴打のことを自称・魔法少女のルーチェは『レプリカント魔法』だと主張しているが――、
「――傍目には力任せに殴っているようにしか見えねえぞ」
 苦笑を浮かべながら、サーティーが地面にスターサンクチュアリの守護星座を描き、前衛陣に異常耐性を付与した。
「じ、実はルーチェ様もオウガだったりして……」
 当人には聞こえないように小声で呟きつつ、ダスティがミリシャにスターゲイザーを打ち込み、足跡を刻みつけた。
「おぐん そーど ほろわろ りむがんと みりしゃ なうぐりふ!」
 ミリシャのそこかしこにある口らしき裂け目が(文字通りに口々に)叫びを発した。
 その狂的な響きに同調するかのように地面が波打ち、ケルベロスの前衛陣の足首を飲み込んだかと思うと、そこから全身に激痛を伝えてきた。催眠状態へと導く魔力とともに。
 しかし――、
「そうら、相性最悪の猟犬のお通りだぁー! 簡単にやれると思わないでよねー!」
 ――叫び続ける敵に叫び返しながら、リュイェンがオラトリオヴェールの光で前衛陣を包み込んだ。
「はい、可愛い天使の力でヒール&キュア!」
 仲間たちの傷が癒され、なおかつ催眠が消え去った(オラトリオヴェール本来のキュアだけでなく、メディックのポジション効果の分もあった)ことを見て取り、ポーズを決めるリュイェン。
 その横でエルがドラゴニックハンマーを砲撃形態に変えていく。
「リュイェンの言うとおりだよ!」
「そう! 僕は可愛い天使!」
「いや、そっちじゃなくて、『簡単にやれる』云々のほう。ボクらは簡単にやられたりしない! 全力を! 尽くして! 助け出す! 新しい仲間たちをーっ!」
 誓いの咆哮とともに竜砲弾が放たれ、ミリシャは爆煙に包まれた。
「忍び寄る呪い、静かに、彼の命を深淵の竜の元へ誘わん」
 静かな声音が爆発音の残響に重なった。碧人が『眠る竜の呪い(カースドドラゴン)』の呪文を詠唱しているのだ。心の中で怒りを燃やしながら。
(「この星の自然環境を詳しく知りたかったのに……こんな不毛な荒野にしやがって……」)
「みりしゃ かるする ぷらぶーた なうぐりふ!」
 爆煙が晴れ、ミリシャの不気味な姿がまた現れた。体に新たな傷が付いているが、それらはエルの轟竜砲だけでなく、『眠る竜の呪い』によるものもあるだろう。
 その傷の一つに向かって、白い光が走った。
 宵一が手にした『若宮』の軌跡だ。
「地形、植生、気候……いろんなことが知りたかったのに!」
 碧人と同じ怒りを吐き出しながら、絶空斬で傷を抉り抜く。
 そして、すぐに間合いを広げて、付け加えた。
「唯一の収穫は、夜空の写真を撮れたことくらいですかね」
 昨夜、宵一たちは就寝する前に星空を少しだけ観察することができた。当然のことながら、星の配置は地球から見たそれとは違ったが。
「地球と同じで月は一つだけでしたね」
 月のある情景を思い出しつつ、ルーチェが敵に旋刃脚を突き入れた。
「やっぱり、オウガたちも夜空に星座を描いてるっすかねー?」
「脳筋な連中だから、『ニギリコブシ座』とか『チカラコブ座』とか名付けてそうだな」
 コンスタンツァがグラビティブレイクで、サーティーがゾディアックミラージュで攻め立てた。
「そ、そういう文化的なことは、オ、オウガたちが目覚めた後に教えてもら……おっと!?」
 グレイブテンペストで追撃していたダスティが声をあげた。ミリシャが彼に向かって触手を繰り出してきたのだ。
 だが、その攻撃を受けたのはダスティではなく、ルーチェだった。盾となったのである。
「だ、大丈夫ですか!?」
「だいじょーぶです! 自分たちの星を荒らされてコギトエルゴスムにされちゃったオウガさんたちの苦しみに比べれば、これくらい!」
 ダスティに笑顔を見せ、気丈に胸を張ってみせるルーチェ。その後方にフレアが回り込み、属性をインストールした。更にリュイェンが『本当の言葉』を歌い、共鳴効果を持つメロディで傷を癒していく。
「おぐん そーど ほろわろ りむがんと みりしゃ なうぐりふ!」
 リュイェンの歌声を打ち消そうとするかのようにミリシャが喚き散らした。
 だが、それ以上に大きな声を放った者がいる。
「うるさーい!」
 エルだ。
 赤い鞘に収まったままの斬霊刀の柄に手を置いて、ミリシャに突進した。
「少し黙ってろー!」
 刀の間合いに達すると同時に電光石火の抜き打ちを食らわせる。我流の奥義『氷華の太刀』。
 その名が暗示する通り、斬撃を浴びた箇所が氷結し、白く染まった。

●豊饒の地へ帰る
 勝負の天秤はケルベロスのほうに傾きつつあった。
「みあ みあ おぐん そーど!」
「その意味不明の叫びは聞き飽きた」
 碧人が何度目かのスターゲイザーを放ち、愛用のエアシューズに付いたエメラルド色の刃で触手の一本を断ち切った。
 しかし、あきらかに劣勢であるにもかかわらず、ミリシャは戦意を失っていないようだ。いや、戦意と呼ぶべきものを持っているかどうかは判らないが、少なくとも『意味不明の叫び』の声量は衰えていない。
 それどころか、大きくなっている。
「みあ みあ おぐん そーど!」
「みあ みあ おぐん そーど!!」
「みあ みあ おぐん そーど!!!」
 大きくるのも当然だ。いつの間にか口が増えているのだから。叫ぶ度に口内が覗くのだが、そこには小さな口がびっしりとついていた。そのすべての口の中にも無数の口があり、そのすべての口の中にも無数の口があり、そのすべての口の中にも……。
 肉眼で見えるはずもないのに、極小サイズの口の群れをケルベロスたちは視認できた……ような気がした。
「ヒャッハアァァァーッ!」
 コンスタンツァが奇声を発した。無数の口を見た(ような気がした)ことによって、精神が狂気に蝕まれかけているのだ。
 だが、攻撃の手が鈍ることはなかった。
「めっためたのハンバーグにしてやるっす! これがキルシェ家伝統の味っすよぉぉぉーっ!」
 両隣に出現した二体の残霊とともにコンスタンツァはワイルドグラビティ『テキサス・トルネード』を発動させた。銃から発射された弾丸が竜巻を引き起こし、ミリシャをなぎ倒す。
「ハ、ハンバーグの話はやめてくださいよぉ」
 ダスティが跳躍し、そして着地した。横倒しになったミリシャにスターゲイザーを食らわせるという形で。
「愛してあげなくちゃ……この人たちも……」
 ぶつぶつと呟きながら、ルーチェが『この人たち』であるところのミリシャに『サンライトインパルス』を叩き込んだ。彼女も狂気に蝕まれつつある。
「メリキャット……お茶でも……いかが……」
 同じく狂気に犯された宵一が絶空斬を浴びせた。こちらの呟きは、かつて読んだ恐ろしい書物の内容らしい。
「えーい、黙れ!」
 エルが怒号した。だが、他の者たちのように狂気に陥ったわけではない。ミリシャによって呼び覚まされたトラウマの幻覚に向かって吠えているのだ。それがどんな幻覚なのかはエルにしか判らないが。
「今は迷ってられない! 迷って、たまるかぁーっ!」
 と、幻覚に言い捨てて(同時に自分自身に言い聞かせて)エルは轟竜砲を発射した。
 着弾と同時に幻覚は消えた。
 リュイェンのオラトリオヴェールによって。
「今回は衛生兵に徹したけど――」
 ミリシャに指を突きつけるリュイェン。
「――もし、また機会があったら、ぶん殴ってやるからな! 狂った眷属ども!」
「そんな『機会』とやらは御免被りたいけどな」
 肩をすくめるような動作を見せた後、サーティーが喰霊刀を振り下ろした。『神妙の刃』と呼ばれる技の体系に属する『摂理』。
 その一太刀で、異形の狂える植物は息絶えた。

「ここの敵は排除、と……」
 リュイェンの写真を参考にして作った地図にダスティが『×』を記した。
「命を張った甲斐があるよね」
 地面に転がるコギトエルゴスムを拾い集めながら、リュイェンが誰にともなく言った。
「一人でも多く助けられたのなら……」
「そうですね」
 フレアと一緒にコギトエルゴスムを回収していた碧人が頷く。
 すべてのコギトエルゴスムが回収されたのを確認すると、サーティーが皆に言った。
「さあ、新手が現れる前にさっさと移動しようぜ」

 そして、猟犬たちはその場を離れ、荒野の探索を再開した。
 まだ見ぬ多くの命を救うために。

作者:土師三良 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2018年2月20日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 8/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 0
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