オグン・ソード・ミリシャ~蔓延る狂気

作者:天枷由良

●プラブータの一幕
 荒れた大地で、オウガの戦士たちが気勢を上げる。
「殴れぇー! 殴れ殴れ、殴り尽くせ!」
「我らの拳に砕けぬものなどない! 敵がいる限り拳を叩きつけろ!」
 そう叫び、ひたすらに両腕を振り続ける彼らが戦っていたのは――触手と呼ぶべきか植物と呼ぶべきか、ともかく正視に耐えないほど冒涜的かつ宇宙的な狂気。
 大きさは30mくらいだろう。それは悍ましく蠢いていたが、オウガたちの凄まじい連打を浴びると動きを止め、四散して歪な塊を散らした。
「やったぞ!」
「さあ次だ!」
 数多の傷を負い、肩で息しながらもオウガたちの戦意は衰えない。
 だが――そんな彼らを嘲笑うかのように、倒されたはずの敵は伸び膨らみ繋がり固まり、先程よりも大きな姿となって立ちはだかる。
「新たな獲物を探す手間が省けたな! ――行くぞ!!」
 拳を握りしめ、再び攻勢に出るオウガたち。
 しかし再生した怪物を倒すほどの力は、もう残っていない。
 一人、二人と触手に貫かれ、やがてはその場に居た八人全員が力尽き、コギトエルゴスムと化してしまった。
『おぐん そーど ほろわろ りむがんと みりしゃ なうぐりふ!』
 闘志満ち溢れる声に代わって、正気を奪うような鳴き声が響く。

●いざプラブータへ
「先日現れたオウガたちは、主星『プラブータ』を襲撃したクルウルク勢力から逃れて来たのだと分かったわ。ステイン・カツオ(剛拳・e04948)さんが予期していたとおりの事態になっていたようね」
 詳しいことは……彼女が話してくれるわ。
 ミィル・ケントニス(採録羊のヘリオライダー・en0134)が言葉を区切ると、ケルベロスたちに向けて『彼女』が語りだした。

「こんにちは、ラクシュミです。
 このたび、定命化によってケルベロスとなる事ができたので、皆さんの仲間になる事ができました。
 オウガの女神としての、強大な力は失ってしまいましたが、これからまた、成長して強くなる事が出来ると思うと、とてもワクワクしています。
 オウガ種族は戦闘を繰り返し成長限界に達していた戦士も多かったですので、ケルベロスになる事ができれば、きっと、私と同じように感じてくれる事でしょう。
 皆さんに確保して頂いた、コギトエルゴスム化したオウガも、復活すればケルベロスになるのは確実だと思います。

 ここからが本題なのですが、オウガの主星だったプラブータは、邪神クルウルクの眷属である『オグン・ソード・ミリシャ』に蹂躙されて、全てのオウガ達がコギトエルゴスム化させられてしまいました。
 オグン・ソード・ミリシャの戦闘力は、初期時点ではそれほど高くないのですが、『撃破されると周囲のグラビティ・チェインを奪い、より強力な姿で再生する』という能力を持つ為、オウガの戦士にとって致命的に相性の悪い敵だったのです。
 とにかく殴って倒す。再生しても殴って倒す。より強くなっても殴って倒す……を繰り返した結果、地球に脱出したオウガ以外のオウガは全て敗北してコギトエルゴスム化してしまったのですから。
 地球に脱出したオウガも、逃走したわけではなく、オグン・ソード・ミリシャにグラビティ・チェインを略奪された為に飢餓状態となり理性を失い、食欲に導かれるまま地球にやってきたのです。
 彼らも、理性さえ残っていれば、最後まで戦い続けて、コギトエルゴスム化した事でしょう。

 このように、オウガとオグン・ソード・ミリシャの相性は最悪でしたが、ケルベロスとオグン・ソード・ミリシャの相性は最高に良いものになっています。
 ケルベロスの攻撃で撃破されたオグン・ソード・ミリシャは、再生する事も出来ずに消滅してしまうのです。
 オウガの戦士との戦いで強大化した、オグン・ソード・ミリシャも、今頃は力を失って元の姿に戻っていると思います。
 オウガのゲートが、岡山県の巨石遺跡に隠されている事も判明しましたので、一緒にプラブータに向かいましょう」

 再び、ミィルが口を開いた。
「ラクシュミさんがケルベロスとなったことから、コギトエルゴスム化しているオウガたちがケルベロスとなる可能性は非常に高いわ」
 つまり、この戦いは『デウスエクスとしてのオウガ』でなく『ケルベロスのオウガ』を救出する戦いになるだろう。
 加えて、プラブータを邪神クルウルクの勢力下に置いたままでは、いつ復活した邪神が地球に攻め込んでくるかも分からない。
 同胞救出だけでなく、地球の危機を未然に防ぐ為にも重要となる一戦だ。
「オグン・ソード・ミリシャの多くは体長2m程度の初期状態に戻っているわ。この状態ならそれほど強敵でないけれど……3~4m級から、最大では7m級のオグン・ソード・ミリシャが存在する可能性があるの。プラブータでは十分、注意して行動するようにね」
 それからもう一つ、とミィルは付け加える。
「非常に冒涜的な姿をしているオグン・ソード・ミリシャを見続けていると、狂気に陥る危険性があるわ。戦闘には影響ないはずだけれど、軽い錯乱状態となってしまうかもしれない。もしもそんな人が出てしまったら、一緒に行動する仲間たちでフォローしてあげるように、お願いするわね」
 ミィルはケルベロスたちを見回すと、最後に「皆が無事に帰還できるよう祈っているわ」と言葉を足して、説明を終えた。


参加者
ロナ・レグニス(微睡む宝石姫・e00513)
千手・明子(火焔の天稟・e02471)
木戸・ケイ(流浪のキッド・e02634)
瀧尾・千紘(唐紅の不忍狐・e03044)
螺堂・セイヤ(螺旋竜・e05343)
東雲・菜々乃(のんびり猫さん・e18447)
カッツェ・スフィル(黒猫忍者系ドラゴニ娘ー死竜ー・e19121)
月島・彩希(未熟な拳士・e30745)

■リプレイ


「皆、疲れてない?」
 ボクスドラゴン・アカツキと一緒に荒れた大地を進む月島・彩希(未熟な拳士・e30745)が、仲間たちに声をかけた。
 未知の狂気が蔓延る異星にあって、自身の内向的な本質など二の次三の次。こまめに互いの様子を確かめあい、万全の状態を保つことが肝要なのだとはチームを組んだ全員の方針でもある。
「ん、だいじょぶ」
「わたくしもまだまだ元気よ!」
 ロナ・レグニス(微睡む宝石姫・e00513)が辿々しく答えた後、千手・明子(火焔の天稟・e02471)は快活に返す。
「菜々乃さんの巣でゆっくり休めたもの。それに皆と食べるご飯も美味しかったわ!」
「おいしいごはん、だいじ」
 献立を思い出しながらロナが呟けば、ボクスドラゴンのポヨンと歩調を合わせていた木戸・ケイ(流浪のキッド・e02634)も釣られて食卓を振り返った。
「戦場食ばかりで寂しい感じになるかと思ったが、そうでもなかったな」
「ああ。絶品とまでは言わんが、俺の用意した肉もそれなりの味だったろう? ……何の肉かは知らんが」
「……は?」
 螺堂・セイヤ(螺旋竜・e05343)の思わぬ独白で、何某かの理由から肉を口にしなかったロナを除く面々に、一時ばかりの緊張が走る。
「んー、まぁ大丈夫でしょ。地球でも謎の肉を出してる店あったから。潰れちゃったけどね」
「おいおい、店はともかく俺たちが潰れたら洒落にならないぜ?」
 ぞんざいな物言いのカッツェ・スフィル(黒猫忍者系ドラゴニ娘ー死竜ー・e19121)に、ケイがやや大仰な仕草を加えて返した。
 それが妙におかしく見えて、一行は誰ともなしに笑いをこぼす。
 まさに明子が語るところの「明るく楽しく元気よく」といった雰囲気。広大なプラブータでの探索を始めてからそれなりの時間を経ても、ケルベロスたちの心にはまだまだ余裕があるようだった。
 そして肉体的な余力も十分に残している。コギトエルゴスム回収という目的を第一に纏まり、あまり色気を出さず程々の慎重さを維持した行軍が功を奏したか、オウガたちを倒した敵――オグン・ソード・ミリシャの2m級、3~4m級とは交戦したものの、特筆するほどの危機は起きていない。
「このまま、私たちが潰れる前に成果を上げられるといいですけれど」
「そうですねぇ。さすがに荒地は見飽きてしまいましたし」
 ウイングキャット・プリンを伴う東雲・菜々乃(のんびり猫さん・e18447)と言葉を交わしてから、瀧尾・千紘(唐紅の不忍狐・e03044)はプラブータの風景をカメラに収める。
 そこに映るのは乾いた土色ばかり。宝石化したオウガとオグン・ソード・ミリシャを求めて行く先は、何処も似たようなものであった。
「敵を追い出したら別荘でも建てちゃおうか。こんなに広いんだから」
「確かに広いわよねえ。ちょっと……いえ、だいぶ困るくらいには」
 カッツェの言に、明子が地図になる予定の紙を握ったまま苦笑いを浮かべる。


 その後も和やかな空気を軽口や冗談で保ちつつ、ケルベロスたちは時に立ち止まってスコープを覗き、時に空へと羽ばたいて彼方を眺め、コギトエルゴスムを回収するべく探索を続けた。
 そして程なく、彼らは此処までに倒したどの個体よりも大きく冒涜的な、所謂7m級のオグン・ソード・ミリシャと出くわす。
「……どうやら一匹だけのようです」
「なら仕掛けるしかないね。たぶんこっちにも気付いてるだろうし」
 周囲の様子を伺う菜々乃に、カッツェが上から降りてきて言った。
 異論はない。必要以上に戦闘を避けていては仕事が滞るだけだ。
「しかし見れば見るほど悍ましい侵略者共だな……」
「本当ですね。あぁでも、あまり見つめては駄目ですよ」
 自らも一度視線を切った千紘が、セイヤの腕を掴む。
 オグン・ソード・ミリシャの姿は、それだけで正気を奪いかねないものだ。触手が寄り集まったような太い幹に歪な歯を揃えた口が幾つも開き、そこからまた伸びて垂れる粘液に塗れた塊は、不安を煽る怪しげな緑光を宿している。
「あれだけ大きいと骨が折れそうですし、倒したら甘い飴でも食べて休憩しましょう?」
「うん、いいわね! それじゃあ張り切ってやりましょうか!」
「気をつけていこうね!」
 千紘の提案に明子が声を上げ、彩希も一言呼びかける。
 それを機に身構えると、ケルベロスたちはオグン・ソード・ミリシャに向かって走り出した。
 戦場には隠れるところもない。すぐさま敵も此方に狙いを定めて、肉とも枝とも知れぬ黒い物体を伸ばしてくる。
「触手ごときが――少しでかくなったくらいで!」
 翼を翻して一団から抜け出たカッツェが、まずは迫り来る塊を触れる寸前で躱して回り込んだ。
 その片腕には竜の頭骨を模した、刃付きの篭手。大鎌に代わって出番が増えてきたそれを振りかざして、カッツェはうねうねと不快に揺れる触手を一本、風切音が響くほど強烈な一撃で削ぎ取る。
「育った分だけのろまになってんじゃない?」
「かもしれんな!」
 追いすがる何本もの触手から逃れていくカッツェと入れ違いで、今度はセイヤが刀を振るった。斬撃は見た目の緩やかさに反して鋭い軌跡を残し、ぼとりと落ちた二つの肉塊は地表で暫し蠢いた後に形を失っていく。
「千紘たちも行きますよ!」
「……ん」
 畳み掛けるように闘気の弾丸を撃ち出した千紘に続き、ロナは金属製のルーンカードを一枚掴んで敵に差し向ける。
 それ自体で触手を切り飛ばせそうなほど鋭利な縁から冷たい光が広がって、間もなく現れたのは槍を携えるエネルギー体――氷結の槍騎兵。一時この星に在ることを許された騎兵は荒野を猛然と駆け抜け、先を飛ぶ気咬弾と連なって聳え立つ狂気を貫いた。
「皆いいわよ! その調子!」
「回復と支援は私たちに任せて!」
 オウガ粒子をプリンの羽ばたきに乗せて最前線へと振り撒きながら、明子と彩希が仲間を激励する。
 その声を聞きながらケイは大太刀に手をかけて――得意の抜刀術を放つ前に、ふと相棒へ呼び掛けた。
「離れないでくれ、ポヨン。お前は危なっかしいからな……」
 道中の飄々とした態度からは思いもよらない台詞を聞き、名に違わぬ体つきの小竜はじっと主を見上げる。
 そして……両手を思い切り振り上げると、ケイの片足に叩きつけた。
「いってぇ!」
 堪らず視線を落とすケイ。躙り寄る狂気から解放されたその心には、ポヨンの持つ属性がじんわりと沁みていく。
「全く、お前ってやつは!」
 さすがは数多の戦場を共にする相棒だ。なかなかどうして、頼り甲斐がある。
 おかげで無用な力みも抜けた。ケイは柄を握り直すと、巨大な敵の懐目指してひた走る。
 応じるかのように伸びてくる触手。それを一つ避け二つ避け――。
「っ!」
「木戸さんそのまま!」
 直撃するかと思われた三つめを菜々乃が受け止め、攻撃を促す。
『みりしゃ かるする ぷらぶーた なうぐりふ!』
「そいつぁ念仏か? それとも辞世の句か? あぁ答えなくていい、知りたくもないからな!」
 意味不明の鳴き声に叫び返して刃を抜き、桜吹雪を引きながら一閃。
 すると刀を納めた瞬間に風が吹き、巻き上げられた花弁が敵の半身を包んだ。
「お花見なんて随分と気が早いですね」
「すぐに消えちまうけどな。それよか、さっきは助かった!」
 鮮やかに燃え上がって散る炎を見やりつつ、ケイは闘気で傷を癒やしていた菜々乃と言葉を交わす。


 しかし、それも束の間。
 オグン・ソード・ミリシャは巨体の端々から伸ばした新たな触手でケルベロスたちを狙ってくる。
「おお、凄い! これはとてもトンテキかつどんウナジュウ的な狂気ですね!」
「千紘さん落ち着いて! 何を言ってるのかさっぱりわからないわ!」
 けれども7m級が相手では問い質す余裕もない。敵と味方の間に忙しなく視線を彷徨わせていた明子が、手元の『李雪兎牡丹』でそこはかとなく雅さを感じるような爆発を起こして、逃げ惑う千紘ら後衛のケルベロスたちを励ます。
 ついでにオグン・ソード・ミリシャも2mまでリセットされてくれれば楽だろうが――まさかそんなことがあるはずもなく。荒ぶる一方の邪悪な敵は、ついに幹そのものを弾けさせんばかりの勢いであちらこちらに禍々しい腕を伸ばし始めた。
「あぁもう、邪魔!」
 沸々と湧く苛立ちを吐き出しながら、カッツェが蒼い大鎌を休みなく振り回して猛攻を凌ぐ。
 セイヤも漆黒の手甲で掴み取った太い触手を引き千切り、菜々乃はプリンと一緒に肉塊を蹴り飛ばして――しかし必死の抵抗を嘲笑うかのように、オグン・ソード・ミリシャは数える気すら失せるほどの触手で最前に立つ三人と一匹を囲んでいく。
「マズいぞ!」
「たすけなきゃ」
 突破口を作ろうと、まずはケイが大太刀と斬霊刀の二段構えから衝撃波を放ち、ロナは果敢にも敵へと近づいて飛び蹴りを打った。
 さらには千紘も間合いを詰め、光り輝く左の手甲で吸い寄せた触手を漆黒纏う右の手甲で握り潰す。その連撃で冒涜的な光景の一端には穴が開き、三人一匹は危うく難を逃れたが……追撃の手はすぐさま伸びてくる。
「くそっ、キリがないな!」
 左右から来た塊を打ち払って、セイヤは吐き捨てた。
 7mでこれなら――と、要らぬ想像まで過ぎってくる。一度頭を冷やしたいところではあったが、次々に襲い来る触手がそれを許してくれない。
「況してコイツ等を野放しにすれば、いつ地球に侵略してくるか判らん……それだけは……!」
「しっかりして! 大丈夫だよ、わたし達が絶対に倒すんだから!」
 知らず知らずに拡大していく思考を押し止めたのは、彩希の声だ。
 続けざま満月と似たエネルギー球も投げつけられ、アカツキが属性インストールを施していく。
「……ああ、そうだな!」
 仲間の励ましを寄る辺にすれば妄執から逃れるのも難しくはない。セイヤは力強く頷いて翼を広げると、空高く舞い上がった。
 当然のように触手が追ってくるが、むしろそれに突っ込むように反転して急降下。一気に敵の中心部まで詰め寄って強烈な蹴りを叩き込むと、不気味な肉片が幾つも弾け飛んだ。


 なおも応酬は続く。
「ああっ! 残り少ない水を巡って仲間同士で殺し合うなんてのは――いってぇ!」
「目は覚めた!? また訳の分かんないこと言い始めたらこれで容赦なく噛むから!」
「勘弁してくれ!」
 竜頭の篭手を見せつけてくるカッツェから逃げるようにして、ケイは触手を斬り払いながら敵の一端を桜の炎で炙った。
 焦げた塊がぼとりと落ちる。気づけばオグン・ソード・ミリシャの巨体も大分寂しくなり、逃れ得ぬ死の定めを感じさせるようになっていた。
 あと少し。あと一踏ん張り。仲間を励ますように、或いは自分に言い聞かせるように。ケルベロスたちは口々に言って、力を振り絞る。
「温かいところに皆と帰るのですよ!」
 千紘が吼えて、迅雷尾――敵の真下から空に向かって広がり落ちる紅の雷を撃ち放つ。
 サンゴを思わせるそれが消えた直後、次はロナの元から身の丈ほどもある巨大な鋏が飛んで、オグン・ソード・ミリシャの中心を深々と穿った。
 巨体がびくりと跳ねる。しかし冒涜的な邪神の僕は未だ萎れず、残った触手を鋭く尖らせて伸ばす。
「気に入らないなぁ! たかだか触手が狂気を与えるだなんて、生意気な!」
 迫る凶器から仲間を庇いつつ、カッツェが言う。
「あともう少し、頑張るのですよ!」
 菜々乃も盾役に加わると、自らに気合を入れた。
『みあ みあ おぐん そーど! みあ みあ おぐん そーど!』
「どんな恐怖が、理不尽が襲ってこようとも、わたし達ケルベロスの意思は砕けないの!」
 彩希が面妖な鳴き声を掻き消すように、漲る闘志を裂帛の咆哮に変えて解き放つ。
 それを攻勢の号令代わりとして、明子が二尺三寸の刀を手に走る。
 果たして邪神の僕には痛点などあるものか。あったとして斬られたことに気付いたか。
 恐らく否だろう。あっという間に残る触手が次々と落とされ、柱の如く佇むばかりとなった敵に、漆黒の闘気を纏ったセイヤが突撃をかけた。
「滅びろ! 邪神の僕!!」
 闘気が右腕で黒龍を象る。
 そして全力を注いだ渾身の一撃を叩き込んだ瞬間、解き放たれた闘気は冒涜的な存在を丸ごと喰らうように飲み込み、塵の一つも残さぬほど完膚なきまでに破壊し尽くしたのだった。


 宇宙的な狂気が消え去り、ケルベロスたちの視界に広がるのはまた荒野だけとなったように思えた。
 しかし休息を取ろうと移動し始めてすぐ、彼らは大地に幾つかの煌めきを見つける。
「――オウガのコギトエルゴスムです!」
 大事そうに一つ取り上げて、菜々乃が言った。
 もちろん疑う余地はない。ケルベロスたちは万が一にも傷つけないよう、散らばる宝石を慎重に拾っていく。
 そうして集められたのは八つ。
「やったわね! このオウガさんたちが元気になったら、一緒にお弁当を食べたり修行したり出来るかしら?」
 明るい未来を想像して、明子が声を弾ませる。
 それを見ていると何だか自分まで嬉しくなり、千紘は飴の瓶詰めを飾る鈴を取って明子の手首に巻いた。
「これで、おんがえし、できるかな」
 ラクシュミのことを考えて、安堵したロナも微笑む。
(「恩返し、ね」)
 自分にとっては罪滅ぼしか、とは口にせず。苦い記憶をほんの少し噛み締めたカッツェも宝石を一つ手に取り、しげしげと眺めてから彩希へと渡した。
 彩希は全てをアイテムポケットへと大切にしまい込み、仲間たちを見回して言う。
「あとは無事に帰らないと」
「ああ、少し休んだら出発しよう」
 でもその前に水分補給だ。
 そう言って、ケイがおもむろに胸元からペットボトルを取り出した。
 特に深く考えることもなくそれを受け取った彩希は、蓋を摘んだところでふと思い出したように尋ねる。
「これ、何味だったかな?」
「何味って、決まってるだろう。――俺味だ」
 成果を掴んで温まっていた空気が一気に冷え込む。
「……あの、やっぱりご遠慮します……」
「いや待て! 飲む気を失くすんじゃない! オレンジアイスティー風味だ、美味いぞ!」
 気まずさのあまり敬語で断ろうとする彩希に、慌てて弁明するケイ。
 その姿にまた和やかな雰囲気が訪れて、激戦の疲れも何処かに忘れ去ったケルベロスたちは、再び広大な荒野へと歩み出していくのだった。

作者:天枷由良 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2018年2月20日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 2/感動した 0/素敵だった 4/キャラが大事にされていた 1
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