●鬼と怪物
ぐちゃり、びちゃ。
粘り気のある鮮血が飛沫を上げて、それはゆっくりと崩れ落ちていく。先程まで見上げても足りぬほど大きかった存在が、ぐずぐずの肉の塊になっている。生物の臓物と肉を纏めてミキサーにかけたようなそれ。酷い臭いだった。
ウオォォォォ……。
鬨の声を上げるはオウガ達。いずれも肌は裂け、武器は欠け、今にも崩れ落ちそうなほど疲弊している。
だが、心地好い疲労でもある。強敵と戦い、勝利する――それは何物にも代えがたい歓びであった。
「……ッ!?」
――誰かが息を呑む。
とろけた醜悪なる塊が、少しずつ、形を取り戻している。ゆっくりと、小さなゲル状の肉塊が、自らの肉で出来た芯を登っていく。
だが、この光景に驚く者は無い。ここまで、彼らはずっと再生するオグン・ソード・ミリシャと戦ってきたのだ。
いっそ嬉しそうに、ひとりのオウガが吼えた。
「より強くなるか、面白い……!」
誰一人恐れることも、退くものもない。ただ強敵との戦闘に目を輝かせ、それと向き合った。
――……。
ぐしゃり、びちゃっ!
ぐちゃ……。
世界は赤で染まる。一回り大きく禍々しく成長したオグン・ソード・ミリシャの無造作な一撃が、オウガをひとりひとり、いとも容易く潰していく。小さな虫を指で潰すような気楽さだ。
『おぐん そーど ほろわろ りむがんと みりしゃ なうぐりふ!』
次々に地を転がるコギトエルゴスム――果てに残るは、ひどく巨大化した醜悪なる怪物のみであった。
●プラブータへの誘い
「オウガ遭遇戦、ご苦労だった――そして、事の起こりは、クルウルク勢力がオウガの主星『プラブータ』を襲撃していることからだと判明した」
そう切り出し、雁金・辰砂(ドラゴニアンのヘリオライダー・en0077)はケルベロスたちを一瞥する。
ステイン・カツオ(剛拳・e04948)が予期した事態、見事に当たったようだ。
オウガ達は、この襲撃から逃れて地球にやってきた――そのことに関して、説明は彼女が行う、と辰砂は場を譲る。
こんにちは、ラクシュミです。
このたび、定命化によってケルベロスとなる事ができたので、皆さんの仲間になる事ができました。
オウガの女神としての、強大な力は失ってしまいましたが、これからまた、成長して強くなる事が出来ると思うと、とてもワクワクしています。
オウガ種族は戦闘を繰り返し成長限界に達していた戦士も多かったですので、ケルベロスになる事ができれば、きっと、私と同じように感じてくれる事でしょう。
皆さんに確保して頂いた、コギトエルゴスム化したオウガも、復活すればケルベロスになるのは確実だと思います。
ここからが本題なのですが、オウガの主星だったプラブータは、邪神クルウルクの眷属である『オグン・ソード・ミリシャ』に蹂躙されて、全てのオウガ達がコギトエルゴスム化させられてしまいました。
オグン・ソード・ミリシャの戦闘力は、初期時点ではそれほど高くないのですが、『撃破されると周囲のグラビティ・チェインを奪い、より強力な姿で再生する』という能力を持つ為、オウガの戦士にとって致命的に相性の悪い敵だったのです。
とにかく殴って倒す。再生しても殴って倒す。より強くなっても殴って倒す……を繰り返した結果、地球に脱出したオウガ以外のオウガは全て敗北してコギトエルゴスム化してしまったのですから。
地球に脱出したオウガも、逃走したわけではなく、オグン・ソード・ミリシャにグラビティ・チェインを略奪された為に飢餓状態となり理性を失い、食欲に導かれるまま地球にやってきたのです。
彼らも、理性さえ残っていれば、最後まで戦い続けて、コギトエルゴスム化した事でしょう。
ラクシュミの言葉を聴き終え――辰砂が口を開く。
「ラクシュミがケルベロスとなったことから、現在コギトエルゴスム化しているオウガ達もケルベロスとして目覚める可能性が高い。ゆえに、これは同胞を救う戦いだと認識するがいい……まあ貴様らは、どちらでも変わりはないやもしれんが」
何より、プラブータを邪神クルウルク勢力の制圧下においたままにしておけぬ。いつ邪神が復活し、地球に攻めてこないとも限らぬ。
彼はそう告げると、オグン・ソード・ミリシャについて、説明を始める。
現在、オグン・ソード・ミリシャの多くは、体長二メートル程度の初期状態に戻っており、それほど強敵ではない。だがそれの外見は、非常に冒涜的で、長く見続けていると錯乱状態に陥ることがある。
戦闘に影響はでないはずだが、おかしな行動をとってしまう者が出るやもしれぬ。
「そこは貴様らでフォローしてもらいたい……基本は二メートルの状態だが、より大きいもの……中には七メートル級のオグン・ソード・ミリシャが存在している可能性がある。充分に注意して挑め」
辰砂は金の瞳を細め、最後に付け足す。
「今回は『プラブータ』の探索だということも忘れるな。オウガを救い、無事帰還できるよう。成功を祈っている」
参加者 | |
---|---|
烏麦・遊行(花喰らう暁竜・e00709) |
嵐城・タツマ(ヘルヴァフィスト・e03283) |
ビーツー・タイト(火を灯す黒瑪瑙・e04339) |
玉榮・陣内(双頭の豹・e05753) |
タクティ・ハーロット(重力を喰らう晶龍・e06699) |
ソル・ログナー(鋼の執行者・e14612) |
君乃・眸(ブリキノ心臓・e22801) |
獅子谷・銀子(眠れる銀獅子・e29902) |
●寂寥の地
冷たい風が、銀糸の前髪を揺らす。
寄り添う猫を暖にして、玉榮・陣内(双頭の豹・e05753)は手帳を開き、ペンを走らせる。簡単な素描の状態こそ、この世界において最上の表現やもしれぬ。
グラビティ・チェインの枯渇した、荒れ果てた大地――ケルベロス達を絶句させたその光景。デウスエクスに滅ぼされた土地を知らぬ彼らでは無いが、惑星規模の荒廃を目に、どんな言葉を放つべきだったか。
あの瞬間の驚きは既に遠い――何処かには、何かが――僅かな望みも、襲い来る敵との戦いによって無いのだと思い知らされた。
それでも、彼は描く。少々寂しい記録であれど、彼の帰りを待つ少女への土産として。
「陣内……外は腹が減ルだろう」
君乃・眸(ブリキノ心臓・e22801)が携帯食料と飴をもって声を掛ける。
日が暮れたところで、烏麦・遊行(花喰らう暁竜・e00709)の作った巣でケルベロス達は一時の休憩をとっていた。
「遊行モ悲観していタが……ここは、何モ……無いノだな」
陣内のスケッチへと視線を送りながら、ひとりごとにも似た、囁くような声音で眸は言う。
余裕があれば植生の方も見たいですね! ――と、プラブータの植物に興味があると目を輝かせていた遊行は、現状を目の当たりに、少々寂しそうに笑い――研究者は諦めが悪いのですよ、と嘯いていた。
こういうこともあるだろうよ、ソル・ログナー(鋼の執行者・e14612)が明るく囃し、タクティ・ハーロット(重力を喰らう晶龍・e06699)もこれぞ冒険だぜと同意した。
とはいえ、ここにやってきて見つけたものといえば、言葉にするもおぞましいオグン・ソード・ミリシャどもと、地面に無数に転がるコギトエルゴスム。
初めこそ眉間に深い皺をよせ、それを睨んでいた嵐城・タツマ(ヘルヴァフィスト・e03283)も、幾度となくそんな光景と邂逅すれば、ついには苦笑を浮かべ、
「節分の戦いで殺されかけたんだがな」
あのオウガ達がな、と零したほど。
それでも何処かに、求めるものがあるやもしれぬ、と。
ビーツー・タイト(火を灯す黒瑪瑙・e04339)は、ボクスの鱗のケアをしつつ、穏やかに言い、初日だけでも、と獅子谷・銀子(眠れる銀獅子・e29902)が準備してきた暖かい紅茶とお弁当で英気を養ったのだった。
然れど、タツマの紡ぐアリアドネの糸が曾て伸ばしたことがないほどに長くなっても、その気配には行き当たらなかった。
せめてもの役に立つかと敵の様子について綴った記録は、明るい気質の銀子も滅入るようなものであった。絶対に意志の疎通も図れぬ敵だ、ということは再確認できたが。
――遮る物は何も無い、広い空を仰ぎ、眸は細く息を吐く。
「地球の外の空気は、不思議ダ。ここでも、星は綺麗なノだな」
ああ、と陣内は頷く。倣って天を仰げば、見慣れぬ星座の配置。月によく似た衛星も浮かんでいるが――それらはすべて、此処は地球ではないという証左。
「月が無いのも……落ち着かないな」
よもや宇宙進出たァな、ソルの言葉が脳裡で反復される。
狂気を喚ぶ敵と、月に不安を抱く陣内だったが――それに安堵できるほど、気楽な状況でも無い。あらぬ方へと視線を投げ、ああ、まタかと眸の薄い唇が呟くのに同意し嘆息した。
「皆を呼ぼう……大物だ」
提案した時には、既に黒豹の姿に戻っていた。
●狂気の怪物
慎重な探索を行ってきた彼らは、あまり強大な個体に鉢合わせたことはない。
しかし、それをみすみす見逃すこと、見逃したことで奇襲を受ける可能性があること、何よりコギトエルゴスムの回収を考えるに――既にかなり回収してはいるのだが――ここは回避できぬと判断し、ケルベロス達は先手を打つべく、慎重に近づいた。
荒野の中心に建物ほど巨大な陰を落とすは、触手を四方へ投げ打ってのたうつ、オグン・ソード・ミリシャ。その足元は赤く染まり、ぽつぽつと宝玉が散らばっている。
「確かに、こいつはでかいな」
「丁度良い。小物にゃ飽きてきたところだ」
素直な感想を口にしたソルに、タツマは不敵な笑みを浮かべた。
――裡に燻ぶ闘志、それが漸く解放できる。そんな表情にも見えた。
「では、行こう」
ビーツーがロッドを手に、視線を巡らせると、白橙色の炎を纏うボクスがふわりと視線より高く舞い上がり、大きく息を吸う。
『みりしゃ みあ おぐん そーど ぬい くるうるく!』
皓皓と燃える炎に足元をちろりと焦がされ、それは吼える。生命を賦活する雷撃を受けて、躍動するはソル――頬を、肩を、触手が風切る音を聞きながら、彼はハンマーを振り上げる。
――理性的な状態も、ここまで。
ああ、至近距離から見るそれの不快なこと。無数についた剥き出しの歯とそこから無数に伸びる、腐臭を放ち、おぞましく蠢く触手。
「……キハ、ハハハハ……! こいよ、どっちが化け物か教えてやる!! こいよ!!」
狂気に満ちた哄笑を放てど、急加速させたハンマーの狙いはぶれぬ。
ソルが打ちのめしたそこへ、飛び込んできたのは銀子。赤い髪を揺らし、しなやかな脚で力強く地を蹴る。
隙も無駄も無い身のこなし――しかし表情はひどい恐慌の相であった。
「とっとと、消えて消えて消えて!」
声を荒げ、獅子の力で弾けるように飛びかかる。
胸元から広がる紋――それに呼応し、体内で爆発するように湧く力と衝動の儘、猛烈な打撃を繰る。
ぐちゃぐちゃになった肉の窪みを覆うように、触手が上から降りてくる。
それを八方に斬り裂いたのは、蛍火の刃。
マインドリングで形成した刃に、同じ色の炎を纏わせ、鮮やかに振るった眸の口の端が笑みで歪んでいる。
言葉にはしないが――そこには明確な愉悦がある。
肉を裂く、命を断つ――相手がオグン・ソード・ミリシャであれば、誰も違和感は抱かぬだろうが。そんな彼を見、傍に立つキリノは何を思うか。ただその背を護るように、腕を伸ばし、礫を飛ばす。
ケルベロス達はオグン・ソード・ミリシャを眼前に、程度はともかく狂気に冒されている。もっとも、それは彼らが感じ取る世界が多少歪む程度のこと。戦うべき敵や、とるべき行動も誤ることは無く、常に正気と鬩ぎ合っている状態だ。
ゆえにそのまま戦っても、問題はないのだが。
「皆、飛ばしすぎだ。頑丈な相手にそいつは悪手だ」
タクティが平静に声を掛けた――ように見えるが、実際は彼も狂気の中にいる。そもそも彼がそんな一声をかけることに、相棒のミミックも軽く引いている。
左腕に纏うガントレットがドラゴニック・パワーを噴射し、加速する。
その勢いに任せ、彼も前へと駆ける――動きに合わせ、首にかけていたファンティヤージの尾槍欠片が視界に入った。
「……だぜ!」
いつもの口癖を付け足して、叩きつける。ミミックが更に飛び込んで、触手を噛み千切る。
猫に噛みつかれたことで正気を取り戻した陣内が、触手をかいくぐって踏み込んだ。ルーンアックスの重さを感じさせぬ神速の打突、彼の背を襲った触手は、半透明の御業が纏めて掴み上げる。
「ふむ、前から思っていたのですが。大きさに関わらず、オグン・ソード・ミリシャの動きはどれも同じですね」
次なる手帳の頁を手繰りながら、遊行が冷静に告げる。その目つきは植物の観察をしている時に似ているような、全く異なるような――いずれにせよ、淡淡とその動きを見極め、考察を呟いている。
ウオォォ、咆哮を響かせ、鋼の鬼が拳を振るった。
鈍い感触を振り切り更に奥まで。闘争本能のあるが儘に、タツマは拳をねじ込んだ――その直後。
『みあ みあ おぐん そーど! みあ みあ おぐん そーど!』
オグン・ソード・ミリシャの全身が大きく戦慄く。これは識っている――全体に来ますよ、遊行が警告の声を放つ。
ズドン、と腹の底から響くような振動が、ケルベロス達を襲った。
大地を深く掘り起こしながら、無数の触手が激しく暴れる。足元が覚束なく、バランスを崩した所へ触手の猛打。
「みんな……っ! 大丈夫!?」
思わず銀子が声をあげる。その瞳の色はいつも通り。仲間を案じる心優しい光を宿している。
敵の半ばまで立ち上がった――ケルベロス達の全身を包んで隠してしまうほどの土煙が、その攻撃の広さを示しているようだった。
「問題なイ」
マインドリングで煙を払い、眸が身を起こす。彼の目配せに気付いた陣内が頷くと、猫が翡翠の翼を羽ばたかせた。
その風にきらきらと、輝くオウガ粒子が乗る。
「おう……でかいだけあっていつもより堪えたんだぜ。けどまあ、こんな程度かだぜ」
左腕で碧色に光るオウガメタルを掲げ、右手で御守りを握りしめつつ、タクティが笑う。
「はァ、殴られてちょっと冷静になったぜ」
言いながら、ソルが頭を振ると、ぱらぱらと小石が髪から落ちる。
更に、くしゃくしゃと乱暴に髪を払った後、そんじゃ、お返しだ――軽く言うや否や、彼の姿は消えていた。
巨大なオグン・ソード・ミリシャの懐で、虚の刃が弧を描く。
傷口は斜めにぱっくりと口を開け、其処から得も言われぬ腐臭と生臭い風が吹きつけてくる。どろり、と傷口が溶けるようにくっついていく様もまた奇怪。
バケモノめ、しみじみ呟き、ソルは触手を斬り裂きながら駆ける。
「ふはははは!」
薬液の雨が土埃を沈め、仲間達の傷を癒やす――ビーツーの治療は平常時と同じく的確なのだが。
口を大きく開け高笑いしていたビーツーの頬を、いつまでやっているつもりだとばかり、ボクスが尻尾で軽く叩く。
「……ぐっ! むう、すまん」
取るに足りぬ小さな痛みに低く唸りつつ、彼は戦場を一瞥する。そして低いながらもよく通る声音で、皆へと呼び掛けた。
「回復と支援を厚めに、着実に戦った方がよさそうだな……何、次から狂気に陥ったものは俺の電撃で醒ましてやろう」
不敵な笑みを浮かべる彼の傍で、ボクスが白橙色の吐息をひとつ零した。
●打ち破るもの
頁を一枚、破る。
ドラゴンの幻影が正面から迫る触手を喰らい、焼き尽くす。遊行が作ったひとすじの道を、黒豹が駆った。
ルーンが輝き出す――足元を薙いだ触手を跳躍で躱し、陣内の振り下ろした斧が肉に埋まる。ずぶずぶと沈むその感覚、思わず、鼻頭に皺を寄せた。
横から縦に振り下ろされる触手、木香薔薇の輪が、他の触手を縛り上げる。
銀子が放った螺旋が、また別の触手を凍らせる。彼女はその結果を見届ける前に、戦場を駆け巡り、仲間へと声を掛ける。
「そっち、気をつけて!」
ひゅんッ、風切り音に気付いた時、それは既に遅く。
腹から横薙ぎに強か打たれ、タクマは血を吐く。だが、オウガメタルの装甲を纏う両腕で触手を掴み、抱え込んだ。
「効いたぜ……これもオウガのグラビティを囓った結果か?」
何気なく放った一言ではあるが、タクマの中で、ひとつの得心がいく――そう、オウガ達はどれほど相手が強くなろうと挑む。その生命力が枯渇しようが怯むことは無かっただろう。
それらが、此処までこの怪物を育てたならば。
オウガの真理の一端が、似ても似つかぬこの敵の中にあると見るならば。
「楽しいじゃねえか」
にやと笑い、脚に力を籠める。ぐっと腰を落としながら巨大な相手を引っ張り――離すと同時、追いかけ、裡に飛び込むと、オウガメタルに包まれた屈強な腕で、撃ち抜く。
頭上から垂直に振り下ろされた触手を、タクティの右腕のガントレットが斬り裂いた。
キリノが腕を伸ばし、その動きを僅かでも留めようと力を籠める。その隙を見逃さず、ソルが本体へハンマーを横薙ぎに叩きつける。
目まぐるしく動く戦場に、一瞬の静寂が落ち、眸の詠唱が涼やかに響く。
「バイタル測定……波長ヲ合わせる。Refined/gold-heal…承認」
――彼の掌に集まる、鮮やかに金色の輝き。
常に薄く煙る戦場で、強く光るコアエネルギーをタクマへ向けて放った。
ふと――何かに気付いたように目を瞬かせた銀子が、皆へと問いかける。
「……あいつ小さくなってないかしら?」
「おや――確かに」
遊行が頷く。相手が回復グラビティをもっていないことには気付いていたが。
――オグン・ソード・ミリシャは、目に見えて小さくなっていた。
見上げるほどだった体躯はもはやその半分ほど、ぬかるむ足元に散らばる肉や触手が元に戻る様子は無い。
「元はすべて二メートルの個体……ということですから、随分と力を削げたということですね」
彼は感心したように零しつつ、手帳を広げ、次の一手を吟味する。
追い込んだのなら、さっさと片付けようか――陣内は冷静に剣を携えた天使の意匠が施されたライターを握る。
「畳みかけろ!」
口火を切るはカラフルな爆風。彼の激励と同時、タクティがミミックへと視線を投げる。言葉を交わさなくとも、タイミングを逃すことは無い。
「我らの前に道は無く。我らの後に道は有る…それじゃあ行こうかミミック。この道の続きに…!」
自身の結晶とミミックの武装具現化を混ぜ合わせ、具現化した全てを喰らい尽くすドラゴンの頭部が、戦場を奔る――いくつかの触手を飲み干し、本体まで食らいつく。
最後の抵抗とばかり広がった触手――だがそれは誰の元にも届かず宙で阻まれた。千切った頁を指で挟み、薄く笑む遊行の漆黒の髪が、静かに揺れる。
御業で掴まれた触手の上に降り注ぐ星型のオーラ。それは銀子の鮮やかな蹴撃。伸びやかな一蹴は見た目よりも重く、脆くなった触手など盾にもならぬ。
本体を揺らす衝撃は相当なものだったのだろう。四方へ伸ばされていた触手はどろりと溶け、鈍色の塊が重力に従って落ちていく。
ともすれば視界を覆うような物量のそれの中、道を示したのは、眸の気弾。本体までの最短距離へ、穿たれた穴へ、臆さず飛び込むは羅刹の如き男。
「――彼の者に、点を穿つ力を」
厳かにビーツーがロッドで指し示す先――一条の雷を受け、電流の薄膜を纏ったタツマが哮る。
「釣りはいらねぇ、遠慮せずくたばれ!」
グラビティ・チェイン、魂、何もかもを圧縮した結晶を握り込み、深く穿ち、それの裡で解放する。
「ァァァァア!」
更に、気合いの乗った声をあげ、反対側からソルが踏み込む――演算によって導き出された、それの核へと真っ直ぐ。汚泥に阻まれようが厭わず、全力でハンマーを叩きつけた。
弾ける――オグン・ソード・ミリシャは内側から崩壊し、大地にずるりと伸びる肉塊へと変じ――そして二度と元には戻らない。
後に残されたのは、いくつかのコギトエルゴスム。
すべて拾い上げ、ビーツーが皆へと深く首肯してみせる。
「本来のこの惑星の話は、いずれオウガらから聴ける……それを楽しみにするとしよう」
――物語の続きは、地球に在る。
名残を振り払うように、ケルベロス達は踵を返すのだった。
作者:黒塚婁 |
重傷:なし 死亡:なし 暴走:なし |
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種類:
公開:2018年2月20日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
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得票:格好よかった 9/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 0
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