オグン・ソード・ミリシャ~深淵より新縁を紡げ

作者:久澄零太

 崩れ落ちる巨躯、溶け落ちる肉体、沈黙する口……オウガ達は勝利を収めたことを確認して、雄たけびを上げる。
「はっはっは! 実に殴りがいのある奴だったが、いざ終わってしまえばあっけない!」
「しかし倒すたびに強くなるというのはいい! どこまでも戦い続けることができるからな!」
「いやー、終わってしまった事が惜しいとすら思える敵だったな!!」
 豪快に笑いあうオウガ達だったが、その一人がふと異音に気づいた。
「おい、また……!」
 崩れ落ちたグズグズの死体が泡立ち、無数の触手を生やしたところで、一際太い数本が絡み合い、木の幹に似た形状をとると口と歯に似た物を形作り、あざ笑うように高笑いする。もっとも、その笑い声に似たものは。
『みあ みあ おぐん そーど! みあ みあ おぐん そーど!』
 とても真っ当な精神で理解できるとは思えない言語だったが。
「へっ! まだ出てきやがるのか」
 既に傷だらけの肉体でありながら、今まさに戦場に現れたかのように戦に飢えた目をするオウガ達。戦うことにこそ喜びを見出す彼らに、戦場において絶望するなど、ありえない。
「いくぞオラァアアアア!!」
 果敢に挑むオウガの戦士達。やがてそこには……。
『みあ みあ おぐん そーど! みあ みあ おぐん そーど!』
 一回り大きくなったオグン・ソード・ミリシャと、無数のコギトエルゴスムが転がっていた。

「皆集まったね?」
 大神・ユキ(元気印のヘリオライダー・en0168)は番犬たちを見回して、一呼吸おいてから話を切り出した。
「ステイン・カツオ(剛拳・e04948)さんが心配してたんだけど、クルウルク勢力がオウガの主星『プラブータ』に現れて、オウガの戦士達を襲ってるの! オウガ遭遇戦で現れたオウガ達は、この襲撃から逃れて地球に来てたんだって」
 なぜ伝聞系なのか? と首をかしげる番犬もいたが、答えはすぐ明らかになる。説明をユキに代わり、ラクシュミが引き継いだからだ。
「こんにちは、ラクシュミです。このたび、定命化によってケルベロスとなる事ができたので、皆さんの仲間になる事ができました。オウガの女神としての、強大な力は失ってしまいましたが、これからまた、成長して強くなる事が出来ると思うと、とてもワクワクしています。オウガ種族は戦闘を繰り返し成長限界に達していた戦士も多かったですので、ケルベロスになる事ができれば、きっと、私と同じように感じてくれる事でしょう。皆さんに確保して頂いた、コギトエルゴスム化したオウガも、復活すればケルベロスになるのは確実だと思います」
 ふと、どこか楽しげだった雰囲気は鳴りを潜めて声音が変わる。
「ここからが本題なのですが、オウガの主星だったプラブータは、邪神クルウルクの眷属である『オグン・ソード・ミリシャ』に蹂躙されて、全てのオウガ達がコギトエルゴスム化させられてしまいました。オグン・ソード・ミリシャの戦闘力は、初期時点ではそれほど高くないのですが、『撃破されると周囲のグラビティ・チェインを奪い、より強力な姿で再生する』という能力を持つ為、オウガの戦士にとって致命的に相性の悪い敵だったのです。とにかく殴って倒す。再生しても殴って倒す。より強くなっても殴って倒す……を繰り返した結果、地球に脱出したオウガ以外のオウガは全て敗北してコギトエルゴスム化してしまったのですから。地球に脱出したオウガも、逃走したわけではなく、オグン・ソード・ミリシャにグラビティ・チェインを略奪された為に飢餓状態となり理性を失い、食欲に導かれるまま地球にやってきたのです。彼らも、理性さえ残っていれば、最後まで戦い続けて、コギトエルゴスム化した事でしょう。このように、オウガとオグン・ソード・ミリシャの相性は最悪でしたが、ケルベロスとオグン・ソード・ミリシャの相性は最高に良いものになっています。ケルベロスの攻撃で撃破されたオグン・ソード・ミリシャは、再生する事も出来ずに消滅してしまうのです。オウガの戦士との戦いで強大化した、オグン・ソード・ミリシャも、今頃は力を失って元の姿に戻っていると思います。オウガのゲートが、岡山県の巨石遺跡に隠されている事も判明しましたので、一緒にプラブータに向かいましょう」
 説明を終えたラクシュミがそっと下がり、再びユキが番犬たちの前へ。
「ラクシュミさんが番犬になれたこともあるし、オウガの皆も番犬になれる可能性は高いと思う。この戦いはオウガの皆を助けるのもあるけど、未来のお友達を助けにいく戦いでもあると思うよ! それと、プラブータが邪神クルウルク勢力にとられたままだと、邪神が復活しちゃうかもしれないし、そういうリスクを早めになくしておくって意味でも大切なの」
 概要を説明したユキは、樹木の攻性植物のようなイラストを描いて見せる。
「オグン・ソード・ミリシャのほとんどは体長2mくらいの初期状態に戻っててそんなに強敵じゃないよ。見た目はこの絵が酷くなった感じで、すごくぼーとくてき? でずっと見てるとおかしくなっちゃうかもしれないから気を付けてね。戦う分には問題ないと思うけど、変なことしちゃうかも……その時は、お互いに支えあってほしいな」
 じっと番犬たちを見つめてから、ユキは次の説明に。
「オグン・ソード・ミリシャは、攻性植物っぽい戦闘方法と触手を利用した攻撃なんかを使うみたいだよ。それから、基本は2m級だけど、3~4m級とかおっきいのだと7m級のオグン・ソード・ミリシャもいるかもしれないから注意して!」
 全てを伝え終えたユキはふぅ、小さく息を吐くとギュッと両手を握る。
「今回は別の星への遠征になるし、すごく心配なんだけど……もしかしたら新しいお友達になるかもしれない人達を助けられるチャンスでもあるの。えと、怪我してほしくないんだけど、頑張ってもほしくて……」
 言いたいことがまとまらず、ユキは考えるのをやめた。
「とにかくいってらっしゃい! 帰ってこなかったら許さないんだから!!」


参加者
レーチカ・ヴォールコフ(リューボフジレーム・e00565)
シェスティン・オーストレーム(無窮のアスクレピオス・e02527)
ステイン・カツオ(剛拳・e04948)
ティ・ヌ(ウサギの狙撃手・e19467)
ドラーオ・ワシカナ(赤錆た血鎧・e19926)
ドゥマ・ゲヘナ(獄卒・e33669)
ネリシア・アンダーソン(黒鉛鬆餅の蒼きファードラゴン・e36221)
田中・レッドキャップ(サイキックヴァンパイア・e44402)

■リプレイ


「成果なし……ですか」
 荒野のど真ん中。塹壕のように掘り下げて作られた野営地に転がるティ・ヌ(ウサギの狙撃手・e19467)は脱力し、ドラーオ・ワシカナ(赤錆た血鎧・e19926)はカカと笑う。
「ここは異世界みたいなもんじゃからのう……むしろ調査に気を取られとる隙に、奇襲でも仕掛けられんかった事の方が僥倖じゃろうて」
「……どーやらそんなに甘くないみたいだぜ」
 言葉遣いはおろか、いつものメイド服ではなく迷彩タンクトップにショートパンツという自身の個性を一つも残していないステイン・カツオ(剛拳・e04948)が目を細め、遠方を見やる。ティは跳ね起きると肩にプリンケプスを乗せ、薄紅のスナイパーライフルを抱えて寝転がり直し、スコープを覗く。
「数五、内一体は他の三倍ほどの大きさですね……先制を仕掛けますか?」
「打って出よう」
 ドゥマ・ゲヘナ(獄卒・e33669)は円錐状の大鎚を肩に乗せて、敵が来るのであろう方角を見やる。
「調査も体力の温存も十分だ。ここで仕留める」
 番犬達は周囲の調査に時間をかけていたが、周辺環境を偵察しながら進む準備は万全。かつ、途中で遭遇した群れは苦戦が予想されたため、勘付かれる前に撤退した。更には奇襲防止に進行方向を蛇行させ、常に敵より先に敵を発見することに成功してきている。
「みんな……これ……」
 ネリシア・アンダーソン(黒鉛鬆餅の蒼きファードラゴン・e36221)はベーコンとゆで卵をワッフルで挟み、番犬達に配る。
「ご飯……食べてる時間なさそうだから……」
「ご飯ならあそこにあるじゃないか」
 田中・レッドキャップ(サイキックヴァンパイア・e44402)が示したのは、オグンソードミリシャの迫ってくる方角。実にいい笑顔で。
「美味しそうな緑の果実があんなにたくさん♪」
「駄目だわこの人、早く何とかしませんと……」
 発狂したと勘違いするレーチカ・ヴォールコフ(リューボフジレーム・e00565)だが、レッドキャップはこれで平常運転。
「みなさん、交戦距離に、入ります……!」
 シェスティン・オーストレーム(無窮のアスクレピオス・e02527)は杖を構える手を、ギュッと握り込む。ここが異星である以上番犬達は奥の手を使う事ができず、全滅は避けなくてはならないのだから。


「目標補足、先手必勝……!」
 その距離は既にティのキリングレンジ。銃身に重力鎖を巡らせてライフリングを描き、トリガー。撃鉄が弾丸の底をぶん殴り、火薬が爆ぜ鉛を送り出す。バレル内部の螺旋が弾を回転させながら、溝に走る重力鎖を纏わせて更に加速。大気を掘り進むように高速回転する弾丸は導かれるようにミリシャの顎のやや上を穿ち、内部に潜り込んだ。
「着弾確認」
 空薬莢を吐き出させるティは次弾を装填、本来グラビティに弾は必要ない。ではなぜ?答えは、彼女が指を鳴らした直後。

 パァン!!

 ミリシャの肉体が爆ぜ、無残に飛び散り蠢く粘性に変わってしまう。グラビティで弾丸を生成することは容易く、弾切れが発生しないという意味でも効果的だ。だが、それでは敵の表面にぶつかった時点で魂に作用し始める。しかしティは普通の弾丸の内側に重力鎖を込め、更に先端に軌道制御の重力鎖を重ねる事でデウスエクスの肉体を貫通したうえで、内側から破壊するのだ。
「カカッ!この距離で当てて見せるか!」
 ゾワゾワ……ドラーオが笑い飛ばすが、蟲の群れが群体を形成するように、元の泥の樹木のような姿を取り戻してしまう。
「効いてない……」
「そうでもないようじゃ」
 ならば、と指を隙間に弾丸を並べて構え、速射に備えるティだったが、ドラーオが肩の力を抜かせるように彼女の頭をポム。
「再生はしたが大きさが変わっとらん。わしらなら一撃、くれてやれるようじゃの……」
 スッと、ドラーオが構えたのは刀。
「こちとら婆さんに色々仕込まれておるからの……」
 鞘に納めたまま柄を握り、地面と水平にして構えて片脚に重心を移す。
「では皆の衆、準備は良いな……!」
 次の瞬間、ドラーオの姿が消える。一足に距離を詰めた老竜の抜刀はまさしく紫電一閃。稲光と見紛う剣閃が駆け、納刀と同時に下部を斬り裂かれたミリシャが転倒。動きが鈍った瞬間にレーチカはスマホの画面をぐーるぐーる、螺旋の軌跡を指先で描きながら起き上がろうとするミリシャを画面に納めた。
「Скажите Сыр!」
 パシャ。カメラの撮影音が響くと同時、見えない糸で縛り付けられたように身動きが封じられたミリシャがその体を揺らし、ネリシアはワッフルにチョリソーを挟んだばかりかそこにタバスコをかけて、モグッ。一口で食べきると背をのけぞらせながら大きく息を吸い込み、胸を膨らませてピタと止まる。喉元に重力鎖を込めて腹の中からせり上がる熱を凝縮。腹筋で肺の中身を砲弾代わりに送り出し、熱と混ぜ合わせて火炎弾として吐き出した。
 直撃した炎の塊はミリシャを泡立つ泥に変えて、周囲にその爆炎を広げてまとめて薙ぐ。されど汚泥の樹木を炭に変えるには至らない。
「さすがに……範囲攻撃じゃ……あんまりダメージにならないね……」
 ひりひりする舌を出し、熱冷ましするネリシアは残念そうにミリシャを見やる。
『おぐん そーど ほろわろ りむがんと みりしゃ なうぐりふ!』
「あれれ、もしかしてミリシャがお話ししようとしてます?」
「不用意に近づくな!」
 ドゥマが制止するももう遅い。無防備に近づいたレッドキャップ目がけて、幹の一部が伸び人の顎に似た洞を開いてその肩に食らいつく。
 ミチミチ、ベキ、ゴキ、肉が裂け骨が砕ける音がしてなお、レッドキャップは笑っていた。それどころか……。
「あぁ、美味しそう『ですわ』」
 何かヤバいスイッチが入った模様。虚ろな眼差しでウットリとした表情を浮かべると、口の端からだらしなく唾液を垂らし、自らに食らいつくミリシャを撫でる。
「ボクを食べてるんですもの、ボクも食べていいんですわよね?」
 ゴリ……顎のやや手前を掴まれて、骨すら噛み砕くほどの咬合力を見せていたミリシャが洗濯バサミのようにその顎を開き、引き剥がされる。それどころか、桁違いの握力を前に逃げることすら叶わなくなっているのだ。
「あぁ、これぞまさしく禁断の果実……頂きます」
 ガブ、ブチブチ……デウスエクスの肉体に食らいつき、その表皮を喰いちぎるその様は、もはや狂っているとしか思えなかった。


「あははははは♪ミリシャ♪ミリシャ♪ミーリーシャァァァァ♪」
 枝を素手で引き千切っては食らいつき、引き裂いた傷口に噛みついて血液とも樹液ともつかない液体をすすり、絡み付いてくる伸縮性の枝にすらも噛みついて、ミリシャを食い殺さんとするレッドキャップにドゥマが頭痛を覚えた。
「狂いやがったか……とっとと片付けるぞ……!」
 ラハブに跳び乗ったドゥマは鉄槌を振りかざし、騎乗機にスピンターンさせながら弾丸をばら撒かせて牽制しつつ回転の慣性のまま一体に飛びかかり、幾度となくその幹を殴りつけてからその場に縫い付けるように根元に鎚を打ち付ける。反動でミリシャの反対側が浮き上がると、そのまま枝葉を広げるようにして番犬達の頭上を覆った。
「まとめて潰す気か!?」
「クソ、カバーだラハブ!」
 咄嗟にステインがシェスティンを枝葉の外まで突き飛ばし、ドゥマがレーチカを庇う。ネリシアの身代わりになったラハブが粉砕され、ドゥマの重力鎖に還る傍らでもなお。
「あははは♪食べ応えがございますわ♪」
 レッドキャップは文字通り自ら攻撃を『食らい』に行き、直撃してあばらを数本持っていかれながら、飢えた獣のように喰いちぎる。嚥下すれば折れた骨が瞬く間に蘇り、奇妙な色彩の液体に染まった彼は舌なめずり。先に食い殺した個体を背後に、次のミリシャ目がけて歩き出す。
「まだまだ食べ足りませんわ♪」
「私も早く帰ってお兄様の焼いたパンを食べたいわ」
「こんな時にホームシックか……?」
 どうにか枝を押し返したドゥマが見たものは、瞳の光を失ったレーチカだった。
「雪のような肌も青水晶のような瞳も星のような髪も……全部、全部愛おしくて……あぁ、お兄様のパンが食べたい……いいえ、むしろお兄様を……」
 じゅるり。食欲に駆られた様子を横目にシェスティンは蜂と蟻の浮遊機を展開。
「アルゴノーツ・システム起動……リンクスタートします……」
 ステインとドゥマの傷に虫の浮遊機が貼りついて、内側に潜り込んだ汚泥を吸引しながら消毒、ヒールをかけながら内部に損傷を残さぬよう、吸引時に一緒に取り込んだ細胞片を培養してすぐさま欠損分の細胞を補填。初めから傷などなかったかのように治療してしまう。それでもなお、シェスティンの表情が晴れないのは。
「今度……精神科のお勉強も、始めようかな……」
 ミリシャをオヤツにしてるレッドキャップと兄を好物認定してしまったレーチカの有様をどうすることもできないからかもしれない。


「このまま押し切る!」
 ステインは火炎瓶に着火、小型のミリシャへ投擲すると同時に柏手を一つ。具現化した半透明の砲塔が放つ砲弾は火炎瓶を破砕して轟炎を纏い、汚泥の樹木を火柱の中に飲み込んでしまった。それを見ていたレーチカがニッコリ。
「食パン?今日はシンプルなのねお兄様。えぇ、分かっているわ」
 狂気に沈みこんでいるのか、今度は彼女にしか見えない兄と会話を始めたレーチカは波刃のナイフを握りしめて。
「パンも刃も熱いうちの方が綺麗に切れるのよね!」
 レーチカを叩き潰そうとする蔦の一撃をひらりと躱してその上に飛び乗り、頬をぷくぅ。
「お兄様、パンは投げるものではないわ!」
 ザクリ、深々と刃を立ててミリシャの幹に向かって駆け始めるレーチカは、喉の奥から水が湧いたようなミリシャの悲鳴すらも兄が自分を呼んでいるように聞こえているのか、楽し気に傷口を抉り錆水のような液体をまき散らしながら本体へと迫る。
「お兄様、捕まえたわ!」
 最後に兄の胸へ飛び込む……かのように、ミリシャの口に向かって枝を蹴ったレーチカは全身を使ってナイフを振るい、蔦のように伸びた舌を切り落としてしまう。口から耳をこね回す様な声の代わりにどす黒い水を吐き出したミリシャはゆっくりと崩れ落ち、もう動くことはなかった。
「殺しても死なないという死に損ないはどのデウスエクスも同じだが、お前は極めつけだな」
 ドゥマは虚空から巨大な銀のショベルを引きずり出し、それを槍でも構えるように片手で大きく後ろに引いた。
「周囲の生命力を奪い何度でも蘇る攻性植物……お前を殺すぞ」
 一歩、大きく踏み込んで投げたショベルはミリシャの幹に突き刺さり、飲み込まれるように沈んでいく……。
「死にぞこないに死を。繋ぐなら……」
 メギリ。樹木を強引に捻じ曲げるような異音がした。
「枯れて種を残すがいい」
 ショベルの消えた場所を起点に漆黒に染まっていき、その内部に熱源を内包しているのか、周囲に陽炎が揺らめく。ドゥマが手元に再び現れたショベルでその黒点を打てば、ガラスのように吹き飛んで下半分を失ったミリシャが大地に……否。古ぼけた神社に転がった。奉るモノもなく、代わりに玄米茶とおにぎりが奉納されたそこは、維天玄舞紗大社。
「……乃恵美ちゃん……神楽舞をお願い……ラヴェルナちゃん……千宙ちゃん……行こうっ!」
 ブロンドの髪を鈴紐でまとめた巫女が神楽を舞い、紡がれる重力鎖が甘酒に姿を変えて、純白の少女が指を立てれば狼となり牙を剥く。困ったように眉根を寄せた少女が刀剣を、ネリシアが扇を手に背中を合わせた。
「祝福された……甘酒乃剣っ!」
 駆ける獣が食らい、引き千切った傷跡に翻る刃二つ。あるいは刀を収め、あるいは扇を閉じる。得物が甘酒に還り、おぞましい樹木は泥に溶けた。
(あと一体……せいぜい仲間を生きて帰すくらいはやってみせる。頭が弱い分、そんくらいやってみせねえとな)
 ステインが拳を握り、ティが銃を構えた。
「随分大きいけど、強度は他と変わらないはず……!」
 ティが込めた弾丸は本来は狙撃用の弾ではない。反動で彼女自身もまた後ろへ吹っ飛ぶのをプリンケプスが支え、命中した弾丸は大型ミリシャの幹に風穴を穿つのだが。
『みりしゃ みあ おぐん そーど ぬい くるうるく!』
「再生した……!?」
 蠢く色彩の果実が輝いたかと思うと、ティの目の間で傷が塞がってしまう。更には。
「今、宝玉が見えんかったか……?」
 ドラーオの頬を冷や汗が伝う。このミリシャはオウガのコギトエルゴスムを取り込んでいるのだ。下手に攻めれば宝玉ごと……。
「自己再生にしては今までの個体に見られなかった事と矛盾するであればこれは元々持ちえた特性ではないならば残された可能性はグラビティによるものつまり攻撃そのものは無駄ではないであるならば懸念は真理玉しかし内部にある以上奪取にグラビティは不可欠……」
「ど、どうしました……?」
 ティが聞こえてきた思考に驚く傍ら、シェスティンがアルゴノーツシステムとニューロンを併用して導き出した答えは。
「ティさん……狙撃、お願いします、です!」
「え?」
 しかし銃を構えるティと並び、シェスティンの目が細められる。
「仰角三、右に七、弾丸は、最初に使った貫通性の物で、重力鎖は三十二パーセント……!」
「細かっ!?誤射しても知りませんからね!!」
 本来は長距離射撃の為に使うバレル用の重力鎖を弾道制御に回し、誤差修正。送り出した弾丸は虚空を駆け抜けて、ミリシャの表皮を穿ち、やがて……内部で爆ぜて宝玉を弾きだした。
「後はアレを……!」
 シェスティンが走り寄る目の前で、禍々しい蔦が宝玉を絡めとり……。
「オラァ!」
 沈み切る前に、ステインが宝玉を掴んだ。彼女を排除しようと蔦が持ち上がった直後、光の矢がその根元を焼き払い力なく大地に落されてしまう。
「剛拳の異名は……」
 視線だけで光の矢の軌道を操作するステインは奥歯を噛み締めて、片手の拳を握った。
「伊達じゃねぇ!!」
 宝玉の横を鉄拳で穿ち、下に手を突っ込んで強引に引き千切りシェスティンへ投げる。
『みあ みあ おぐん そーど! みあ みあ おぐん そーど!』
「手こずらせてくれたのう……」
 ドラーオは二振り、漆黒の刀身を持つ刃を抜いた。
「覚悟せい、塵一つ残さん……!」
 重力鎖を食らい、まるで生きているかのように蠢くは魂を食らう妖刀。荒ぶる刃はもはや刀身に収まらず、肥大化した呪力の塊と化して天を穿つ。一度振るえば異形を引き裂き、二度振るえばその身を刻む。三度振るえば魂を食らい、四度振るえば……。
「見せて見せて見ーせーてー!!」
 後には何も残らず、宝玉目がけてレッドキャップが暴走。どう見てもイッちゃってる目をした彼から、シェスティンはそっと宝玉を隠すのだった。

作者:久澄零太 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2018年2月20日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 3/感動した 1/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 4
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