●放たれし狂気、迎え撃つ豪気
それは、冒涜的な怪物だった。
『おぐん そーど ほろわろ りむがんと みりしゃ なうぐりふ!』
むき出しの筋の如き躯体、無数に開いた口から伸びる舌の如き触手に妖しげな房を垂らして、怪物は迫る。
「こいつ……倒しても、強くなって復活しやがる! 宝玉化しねえ!」
血と痣にまみれ、十人にも満たぬ数で立ち塞がるは、屈強なオウガの戦士たち。
『みりしゃ かるする ぷらぶーた なうぐりふ!』
30メートルにも達する怪物は、見ているだけで呑み込まれそうな狂気を放ちながら突っ込んでくる。
「あぁ? だったら……何度だって張り倒せるってことだろうがァ! いくよォ、野郎どもォオ!」
口の端を笑みに歪ませて迎え撃つ彼らは、宇宙的狂気に当てられているのか、それとも生来の気質か……その両方か。
紫の空が揺らめく地に圧縮した衝撃が弾け、冒涜的怪物が砕け散る。
だが。
『みあ みあ おぐん そーど! みあ みあ おぐん そーど!』
肉片はずるずると寄り集まり、怪物は血の臭いを吹き上げながら更に巨大化して蘇る。
「応よォオ! やってやるぜェ、何度でもォオオ!」
戦士たちはもはや意味を成さぬ猿叫をあげながら、それに飛び掛かる……。
『おぐん そーど ほろわろ りむがんと みりしゃ ……なうぐりふ』
……やがて、冒涜的怪物は嘲笑うように宝玉を舌の上で転がして、這いずり去る。
守り手を失い、大地はやがて宇宙的狂気に満たされていく。
その地の名を……惑星『プラブータ』という。
●女神の要請
「オウガ接触の件ですが、事態が大きく進展しました。オウガの主星『プラブータ』がレプリゼンタ『クルウルク』の眷属たちに侵略され窮地に陥っているとのことです」
望月・小夜(キャリア系のヘリオライダー・en0133)は居並んだ番犬たちに語る。
「詳しくは、新たにケルベロスとなった『ラクシュミ』さんから説明をしてもらいます。ご清聴ください」
急展開に少し困惑気味な空気を気にもせず、進み出るのはオウガの女神。
「こんにちは、ラクシュミです。このたび、定命化によってケルベロスとなる事ができたので、皆さんの仲間になる事ができました。オウガの女神としての、強大な力は失ってしまいましたが、これからまた、成長して強くなる事が出来ると思うと、とてもワクワクしています。
オウガ種族は戦闘を繰り返し成長限界に達していた戦士も多かったですので、ケルベロスになる事ができれば、きっと、私と同じように感じてくれる事でしょう。皆さんに確保して頂いた、コギトエルゴスム化したオウガも、復活すればケルベロスになるのは確実だと思います」
ああ。うん……前向きでいいんじゃないかな。
「ここからが本題なのですが、オウガの主星だったプラブータは、邪神クルウルクの眷属である『オグン・ソード・ミリシャ』に蹂躙されて、全てのオウガ達がコギトエルゴスム化させられてしまいました。
オグン・ソード・ミリシャの戦闘力は、初期時点ではそれほど高くないのですが、『撃破されると周囲のグラビティ・チェインを奪い、より強力な姿で再生する』という能力を持つ為、オウガの戦士にとって致命的に相性の悪い敵だったのです。とにかく殴って倒す。再生しても殴って倒す。より強くなっても殴って倒す……を繰り返した結果、地球に脱出したオウガ以外のオウガは全て敗北してコギトエルゴスム化してしまったのですから」
撃破しないようにしつつ囲い込んで閉じ込める、みたいな作戦を取るべきだったのでは? そう思った者もいるが、多分、オウガとはそういう種族なのだろう。
「地球に脱出したオウガも、逃走したわけではなく、オグン・ソード・ミリシャにグラビティ・チェインを略奪された為に飢餓状態となり理性を失い、食欲に導かれるまま地球にやってきたのです。彼らも、理性さえ残っていれば、最後まで戦い続けて、コギトエルゴスム化した事でしょう。
このように、オウガとオグン・ソード・ミリシャの相性は最悪でしたが、ケルベロスとオグン・ソード・ミリシャの相性は最高に良いものになっています。ケルベロスの攻撃で撃破されたオグン・ソード・ミリシャは、再生する事も出来ずに消滅してしまうのです。オウガの戦士との戦いで強大化した、オグン・ソード・ミリシャも、今頃は力を失って元の姿に戻っていると思います。オウガのゲートが、岡山県の巨石遺跡に隠されている事も判明しましたので、一緒にプラブータに向かいましょう」
ああ。やっぱり。
亡国の女神に悲壮はなく、再び闘いに身を投じられる喜びに満ち、仲間たちは虜囚の民を救ってくれると、全く素直に信じている。
つまり、一言で表現すると……底抜けに能天気なのだった。
●異界探索
そして、小夜が改めて前に出る。
「えー……ラクシュミさん、すなわち種族の長の定命化は種族全体の定命化のきっかけとなります。私の種族がそうでしたからね。すなわち、我々はデウスエクス・プラブータと盟を結ぶのでは無く、同胞オウガを救出に赴くのです」
また、邪神クルウルクの手勢は、放置すれば必ずプラブータを拠点に地球に攻め込んで来る。今のうちに殲滅すべき相手なのは確かだ。
「オグン・ソード・ミリシャの多くは体長2m程度の初期状態に戻っており、大した強敵ではありません。ですがその外見は非常に冒涜的で、長く見続けてると狂気に陥ると言われます。気を付けてください」
番犬の精神的耐久力ならば戦闘に影響が出るほどの状態には陥らないだろうが、軽い錯乱を起こしてしまう場合もあるという。その場合は、周りの仲間がフォローするようにしてほしいと、彼女は語る。
「更に敵は、攻性植物に近い戦闘方法と触手を利用した攻撃を繰り出してきます。基本種は2m級ですが、中には3~4m級、最大で7m級のオグン・ソード・ミリシャも存在する可能性があり、巨大なほど強大です。探索時には注意してください」
ブリーフィングを終え、小夜はため息を落とす。
「狂気の怪物が跋扈する異界に赴き、こちらからのサポートは一切届かぬ中で同胞たちを救出する。これは、今までにない任務です。皆さん、くれぐれもお気をつけて」
そういって彼女は出撃準備を請うのだった。
参加者 | |
---|---|
クロノ・アルザスター(彩雲のサーブルダンサー・e00110) |
アンノ・クラウンフェイス(ちっぽけな謎・e00468) |
デジル・スカイフリート(欲望の解放者・e01203) |
狼森・朔夜(迷い狗・e06190) |
湯島・美緒(サキュバスのミュージックファイター・e06659) |
リリー・リーゼンフェルト(耀星爛舞・e11348) |
ランドルフ・シュマイザー(白銀のスマイルキーパー・e14490) |
ハンナ・カレン(トランスポーター・e16754) |
●果てしなき荒野で
『おぐん そーど ほろわろ りむがんと みりしゃ なうぐりふ!』
紫の空の下、狂気の異形が吠え猛る。
「もう一匹接近! 後方の掃討は後詰に任せるわ! 迎え撃つわよ!」
リリー・リーゼンフェルト(耀星爛舞・e11348)の一閃が、異形の脇腹を抉り抜く。
後方、二匹の異形は触手を振り回しているが、すでに流れは決定的だ。
一匹はデジル・スカイフリート(欲望の解放者・e01203)の戦槌で地面に縫い付けられ、頭部と思しき個所をランドルフ・シュマイザー(白銀のスマイルキーパー・e14490)が踏み潰す。
狼森・朔夜(迷い狗・e06190)の氷騎兵と湯島・美緒(サキュバスのミュージックファイター・e06659)の炎が残りの一匹を押し倒し、クロノ・アルザスター(彩雲のサーブルダンサー・e00110)主従が踊りかかっている。
「あたしが動きを止める。とどめを頼む」
迸った触手をくぐり、ハンナ・カレン(トランスポーター・e16754)の蹴りが異形を弾き飛ばした。飛び込んでくるのは、アンノ・クラウンフェイス(ちっぽけな謎・e00468)。
『みあ みあ おぐん そーど! みあ みあ!』
「えーっと……何言ってるか分かんないや。ごめんねー」
滑ついた体が踏み抜かれ、臓腑と触手が飛び散った……。
●野営
荒野に響くのは、うすら寒い風の音ばかり。
その中で、粘着性の糸が巨大なグラビティ空間を形成していく。
「Welcome to my house! なんてな。いやあ、それにしても……俺も世界はアチコチ回ったが、こんなトコまで来るたあな……あの人に、見せてやりたかったぜ……」
『巣』の中心で、ランドルフがポツリとそう漏らした。
「本当に随分、遠くに来ちゃったわね……じゃあ、今日の戦果の確認とかお願い。見張りはまず、アタシからね」
「おい。未開の地の調査っつーのは疲れるモンだ。以前の勤め先でも、ストレスで作戦に支障をきたしたヤツを何人も見てきた。辛くなったら言ってくれ。すぐに交代する」
そう言うハンナに、リリーは力強く頷いて。
美緒が全員にドリンクバーを配り終えると、番犬たちは円陣を組んで座り込む。
「えーっと、今日は二メートル級が三匹。少なめだったね。強さは量産型ダモクレスくらいで、この数日、一日五匹くらいペースで撃破中。宝玉の数は合計で……二十から三十くらい?」
アンノがアイテムポケットから、ごろごろと宝玉を出して見せる。
「斥候作戦もうまく行って、群れが集結する前に各個撃破できているからダメージは少なめですね……意外に心霊手術って効率悪いのでしょうか?」
美緒の言葉に、クロノが頷く。
「うーん。こっちが優位だとそんなにダメージ受けないから出番ないね。激戦でひどい怪我した状態で敵地に置き去りになっちゃった……みたいな時に保険で使うって感じ」
戦闘中のポジション移動に同じく、基本はその札を切る状況に陥らぬことが大事……という類の戦術なのだろう。
話を区切るように、デジルがメモ帳を開く。
「それじゃ、探索についておさらいするわよー。初日に枯れ草っぽいのを確認したから、この荒野の外には自然がありそうよね。ただそっちに向かうと、敵がいなくて……」
「ああ……敵も宝玉も戦闘跡も、この荒野に集中してる。つまりここでオウガたちは闘っていて、敵が再生するときに周囲の力を吸ったことで荒廃した、ってことだろうな」
そう結んでため息を落とすのは、朔夜。
そう。激戦の果て、周囲は溶岩に嘗め尽くされたような荒野と化し、地図を描く目印になるものもぶらり再発見できるものも、何もない。
だが。
「アリアドネの糸は機能してるから、帰路は問題ないよ。とにかくいっぱい宝玉持って帰ればいいんだから、オウガの人たちを見習って私達も前向きに頑張りましょう」
そう言ってクロノは服の端から伸びる糸に触れる。
ランドルフが、ひょいと身を起こして。
「ああ。今まで、コギトは敵の近くに必ずあった。闘いの後、あの化け物はあまり移動してないってことだ。だから俺たちは敵を倒して、周辺でコギト探しする。そんだけだな」
「うん。たださっきの群れの分のコギトがまだ見つかってないのが気になるのよね。つまりあれは群れからはぐれた奴らで、まだ見つけてない敵が残って……」
デジルの言葉が終わる前に、遠雷の如き雄叫びが、巣を揺らす。
身構えるより先に、巣の中にリリーが飛び込んで来て。
「敵よ! 七メートル級! 真っすぐこっちに来る!」
巣が解かれ、番犬たちは居並んで身構える。
『みりしゃ……』
『みあ みあ……』
凄まじい勢いで迫りくるのは、巨大な影と、付き従う二体の小個体。
「あれが見つけてない分……ですね。戦力は明らかに互角かそれ以上。どうします?」
美緒が問いに、昨夜がふっと鼻を鳴らして。
「さっき確認した通り。こっちの目的はオウガ救出で、宝玉は敵の近くに必ずある。それなら、答えは一つだ」
巨大な影は、もはや仲間たちを覆うほどに迫りつつある。
番犬たちは各々、抜刀、装填、オーラのチャージ音で、それに応じて。
『みりしゃ みあ おぐん そーど ぬい ……くるうるく!』
一斉の跳躍。
巨大な触手が振り下ろされ、大地が砕け散る。
そして、この旅で最大の闘いが始まった。
●襲撃
「気持ち悪いから直視はしないようにして……触らないように攻撃する、と! さあ、魂の残滓よ、刹那の精霊を作り上げなさい……!」
デジルが呼び出すは、人を奪った植物の影。その一撃は、巨体の脇腹を貫いてその肉をえぐり取る。
『みりしゃ かるする ぷらぶーた なうぐりふ!』
だが巨影は即座に身を起こし、その触手を横殴りに振り抜いた。咄嗟に仲間を庇ったハンナの身が、豪快に吹き飛んで。
「……っ!」
腕から衝撃が突き抜け、胸にまで響く一撃。咄嗟に放った回し蹴りで叩いてきた触手を潰したものの、大したダメージを与えたようには見えない。滲んだ血を吐き捨てて、ハンナは震える膝を起こす。
(「二メートル級であれば、先の一撃でこちらが優位に立てたはずだ。七メートル級……雑魚とは桁違いか……!」)
吠える巨影は傷ついた触手を切り捨て、うねりながら新たな触手を生え揃わせる。
「うわ、きもっ……見てたら発狂するってのも何かわかるけど……みんな、気を付けて! 敵は大きいのだけじゃないよ!」
そう叫ぶクロノに、小個体が飛び掛かって来る。ライドキャリバーのエアが跳躍し、ガトリング掃射受けながらも、敵は烏賊のようにエアに絡みついて。
「エア!」
とっさにクロノのサイコフォースが爆発すると、敵は岩に身を隠す蛸のように巨体の影へと潜り込む。残る一匹は巨体と蠢く触手を絡ませ合い、黄金色に身を震わせて。
「うわー……連携して動くと、よりグロいね。あれ、黄金の果実なのかなー……。とにかく回復援護に一匹、影からこそこそ奇襲するのが一匹……小さいのは後衛だよ!」
アンノはそう目星をつけながら、桃色の霞でハンナを癒す。
ランドルフがその脇から、迫る触手を蹴り払って。
「クソッ! デカブツの攻撃は重いが、タフなおかげで壁にもなっちまってやがる! 数を減らすか! デカいのから崩すか! どうする!」
だがその問いに、すぐに応じられる者はいない。朔夜が、僅かに唇を噛んで。
(「敵が大小混成群の際にどうすべきか、打ち合わせておくべきだった。少し探索に注力しすぎたか……!」)
ともかく朔夜は動きを合わせ、掃われた触手の隙間を縫うように巨体へ蹴り込んだ。
「今は隙を見せた敵を狙うだけだ! 行くぞ!」
「後衛から崩すには近攻撃重視の編成で、前衛から狙うには敵が強い……いえ、迷ってる暇はないわ! それしかないわね!」
跳躍したリリーの薙刀が巨体に突き刺さり、彼女を狙って這い上がって来る小個体は美緒のピックが撃ち落とす。
「了解です……! さっきはぐれた群れを撃破出来た分、敵の戦力は落ちてるから、きっと行けます!」
探索に力を入れたことで、敵の各個撃破には成功し、同時に対応力不足を招いた。
咆哮する巨木の如き怪物を中心に、番犬たちは攻め上り、小個体はそれを迎え撃つ。
闘いの行方は、果たして……。
●決着
闘いは、長引く。
『おぐん そーど ほろわろ りむがんと みりしゃ なうぐりふ!』
「くっ……心を……強く持て。惑わされるな!」
ランドルフが、胸の写真に手を当てて意識を集中する。
鼻につく血の臭いのように、舌に残る腐敗の酸味のように。
優勢な中では意識することのなかった狂気が、心の暗い部分に沁み込んで来る。
「ああ……ダメ。頭が……痛い。これ以上……聞きたくない」
リリーは耳を塞いで頭を振り、デジルは音を払うように片耳を塞ぎながら、闘って。
一方、朔夜は気の立った猫のように息を吐きながら、触手を引きちぎる。
紫空の荒野に繰り返される言霊は、ゆっくりと意識を乖離へと誘う。
巨大な影が咆哮し、全方位に鋭い触手が迸った。それは前衛を貫き、エアの姿が光と消える。
クロノが、従者へ向けて何か叫んだ。
だが、その言葉は。
「みあ みあ おぐん そーど! みあ みあ!」
回復のために走っていたアンノが、その言葉にぎょっと足を止める。
見れば、ハンナも同じように、彼女に向けて身構えて。
振り返ったクロノは、二人が何を戸惑っているのかわからない様子で、同じ呪言を繰り返す。「二人とも、どうしたの? 闘わなきゃ!」と、言っている表情で。
(「えっと……あれ? おかしいのは、ボクの耳?」)
(「それとも……クロノが本当に妙なことを口走ってるのか……?」)
いや、そもそもそれが分かったところで、意味があるのか。
堅く己を律していても、狂気は隙間から沁み入って、番犬たちを惑わせる。
その時、戸惑う三人に飛び掛かってきた小個体を、爆炎が直撃した。それは爆発四散し、赤く濁った吐瀉物の如く地面に弾ける。
「よ、ようやく……一匹、片づけました……! もうがむしゃらです。撃って、斬って……とにかく、やれるだけやってください!」
それは美緒の放った轟竜砲。
言葉が、正確に届いたのかはわからない。だがその衝撃が、仲間たちをはっと戦闘に引き戻した。
「そう、ね……狂気が心惑わせても……元から作戦なんかないんだから、そのまま押し切る。いいわ……たまには、そういうのもね!」
無駄に狂気を抑えることを切り捨て、デジルは虚無の球体を練り上げる。
「こそこそしてないで遊びましょ! 切り刻んであげる!」
逃れようとした小個体に、体ごと突っ込むように。デジルは上気した表情で虚無球を投げつける。足元を裂き抉られた個体を、剣の射程に捉えたのは、クロノ。
「なんだかよくわからないけど……とにかく、攻撃すればいいってことですよね! 彩雲剣、この世界を光で満たせ! そして……輝け!」
放たれた七色の光が、小個体に突き刺さる。輝きが収束し、怪物は内側から閃光と共に破裂した。
だが敵は、己の傷も味方の死も顧みぬ、冒涜的怪物。
大型個体はランドルフを掴まんと触手を伸ばす。
その瞬間、ハンナが彼を突き飛ばして。
「……ハンナ!」
大蛇の如く彼女に巻き付いた触手は、その体を軋む音と共に潰そうとする。
「気にするな……! あたしは見た目と違ってガサツでね。多少の力じゃ、圧壊しない。さあ、アイツの解体ショーを見せてくれ……!」
巻き潰されながらも、ハンナの銃が巨体を穿つ。怒りの咆哮を上げて、怪物はその体を大地へと叩きつけた。跳ね飛んだ細い肢体は、リリーの脇に崩れ落ちる。
狂気に怯えていた瞳が、その光景に怒りを取り戻して。
「よくも……やってくれたわね! 狂気が何よ! 行くわ! 耀星伝承……第四節! 合わせられたら、合わせて!」
螺旋の歌に怒りを込めて、少女の舞いが怪物の足元を抉る。その動きに合わせたのは、目を血走らせ、威嚇の唸りを上げる影。
「シィイ……ッ!」
それは、朔夜。もはや言葉も成さぬ獣と化して、唸る刃を倒れた怪物に突き立てる。
仲間たちは蜂の群れのように、倒れた怪物に押し寄せる。怪物は耳を裂く悲鳴を上げてのたうち、全方位に触手を放った。皆を串刺しにするかと思われたその一撃は、しかし鎖の障壁が直撃を逸らして。
「あはっ! みんなもう、まっしぐら。ボクが冷静でなきゃいけないなんて、なんかヘンな感じ。まあ、勝てそーだから、いっかな!」
アンノはくすくす笑って、指先に絡んだ鎖を振るう。
サークリットチェインの援護の中、遂に顔面と思しきこぶへとランドルフが飛び付いた。その手に握った拳銃を、巨大な口へと突っ込んで。
「この距離なら……間違っても外さねえ! 腹だか顔だかわかんねえが……頼まれた通り、全力で掻っ捌いてやるぜ! 喰らって爆ぜなッ!」
轟音が響き、視界が朱に染まる。
雨の如く降り注ぐ生暖かい紅と、周囲を満たす凄まじい臭い。
吐き気を催す感触を拭い、番犬たちが顔を上げた時。
そこには汚らしい肉片の浮かぶ赤黒い湖があるだけだった。
●帰還
闘いは終わった。
オウガたちの星に相応しい前のめりな激闘となったが、最初の群れを撃破出来ていたことが最後の勝利に繋がったのだろう。
吹き荒れる風の音に、あの呪言の反響を癒されながら、番犬たちは進む。
「……あった」
美緒が拾い上げたのは、コギトエルゴスム。番犬たちは敵の来た方へと歩を進め、オウガたちの宝玉を確保したのだった。
「かなりの数ありますね。これで全部……でしょうか」
「多分。それで一応、もうすぐエアも戻せるけど……もう先には進めないよね」
クロノが、アリアドネの糸を手繰る。通ってきた道の敵は倒してきたわけだから、帰路の危険は少ないだろう。
「アタシは、ここで戻るべきだと思うわ。ねえ、怪我は大丈夫?」
ランドルフに背負われて、ハンナは一つ咳き込む。痛みに、顔をわずかに歪めつつも、気丈に笑みを作って。
「生きてるさ……御覧の通り、継戦能力は残っていないけどな。すまない」
「重傷じゃ心霊手術しても意味ないしね。やっぱり、あんまり効率的な手段じゃないわね」
「さっきの闘い、キツかったからしょうがないよ。ボクもそろそろ引き上げ時だと思う」
「よし、ハンナの怪我も心配だ。とっとと帰るか! それに、俺もう臭くてたまらねーよ……」
「ん……ところで、食べ物持ってないか? さっきちょっと熱くなりすぎて……腹減ったんだ」
苦笑しつつ頭をかく朔夜。
番犬たちは微笑みを交わしながら、各々持ち寄ったチョコレートやドライフルーツを出し合うのだった。
こうして、人類初の異星探索は幕を閉じる。
番犬たちは呪いに浸された地より数多の宝玉を救い出した。
様々な想いの中、荒野を去る番犬たちの心には、あの呪いの言葉がこだましていた……。
作者:白石小梅 |
重傷:ハンナ・カレン(トランスポーター・e16754) 死亡:なし 暴走:なし |
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種類:
公開:2018年2月20日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
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得票:格好よかった 5/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 1
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