●低劣堕落の荒野
「みあ みあ おぐん そーど! みあ みあ おぐん そーど!」
空に浮かぶアメジスト色の太陽。
それを背負う巨大な影は軟体動物のようにぐねぐねと蠢く。
全長は30メートルほどか。洋梨に似た発光体をぶらさげ、葡萄の蔓を数十倍に膨らませたような醜悪な植物。
おぞましき大樹に、黄金の角をもつ8人の戦士は果敢に立ち向かう。
「そのようなこけ脅しで勇敢なるオウガの戦士が屈するか!」
「舐めんじゃないよ、雑草野郎が!!」
濁流の如く迫りくる長大な蔓を伝い、戦士は獅子奮迅の働きで実を弾け飛ばす。
蔓先の歯茎に似た部位を噛み合わせる巨大植物は、たかる羽虫を掃うように触肢で薙ぎ倒す。
仲間が叩きつけられていく中、屈強な女戦士が懐に潜り込む。
「もらったぁぁぁッッ!!」
深々と拳が貫くと同時に、巨大植物は萎んだ風船のように腐り落ちていった。
「はぁ、は……フン。ざまぁないねぇ、オグン・ソード・ミリシャ!」
勝ち誇った笑みを見せる鬼女を含め、立っていられた者達は肩で息をする。
手応えがなかったとばかりに、その場から離れようとしたとき――彼女達の周囲に影が落とされた。
「――……みあ みあ おぐん そーど!」
――まさか、そんな!
倒したはずの巨大な蔓植物は、煮えたぎるシチューのように、むくむくと膨れ上がっていく。
「みあ みあ おぐん そーど! みあ みあ おぐん そーど!」
それは蛇が古い皮を脱ぎ捨て、新たな肉体を獲得する――驚異的な『成長』だった。
動揺するオウガ達を、もう一回り大きくなった植物は、瞬く間に薙ぎ倒していく。
嘆く間もなく戦士達の魂は宝石に、宝石は植物の蔓の中へ――。
「ステイン・カツオ(剛拳・e04948)様が予期した通り、クルウルク勢力がオウガの主星『プラブータ』を襲撃し、オウガの戦士達を蹂躙しているようですわ」
オリヴィア・シャゼル(貞淑なヘリオライダー・en0098)が言うには「オウガ遭遇戦で現れたオウガ達は、この襲撃から逃れようと地球にやってきていた」らしい。
しかし、その『情報』は一体どこで……疑問符を浮かべるケルベロス達を前に、オリヴィアは『ある人物』を招き入れた。
薄衣で包まれた肢体、突き出す豪奢な黄金の角――かのオウガの長、ラクシュミである。
「詳しくは新たにケルベロスとなった、ラクシュミ様から説明して頂きますわ」
話を向けられた鬼女神は恭しく一礼する。
「こんにちは、ラクシュミです。このたび、定命化によってケルベロスとなる事ができたので、皆さんの仲間になる事ができました。オウガの女神としての、強大な力は失ってしまいましたが、これからまた、成長して強くなる事が出来ると思うと、とてもワクワクしています」
髪を彩る花のように、ラクシュミは物柔らかな微笑を浮かべた。
「オウガ種族は戦闘を繰り返し、成長限界に達していた戦士も多かったですので、ケルベロスになる事ができれば、きっと、私と同じように感じてくれる事でしょう。皆さんに確保して頂いた、コギトエルゴスム化したオウガも、復活すればケルベロスになるのは確実だと思います」
彼女の面差しがふと曇りだす。
「ここからが本題なのですが、オウガの主星だったプラブータは、邪神クルウルクの眷属である『オグン・ソード・ミリシャ』に蹂躙されて、全てのオウガ達がコギトエルゴスム化させられてしまいました」
邪神クルウルク。それはどこかのダンジョンでも聞いた覚えのある名だった。
固唾を呑むケルベロス達にラクシュミは神妙な面持ちで続ける。
「オグン・ソード・ミリシャの戦闘力は、初期時点ではそれほど高くないのですが、『撃破されると周囲のグラビティ・チェインを奪い、より強力な姿で再生する』という能力を持つ為、オウガの戦士にとって致命的に相性の悪い敵だったのです」
とにかく殴って倒す。再生しても殴って倒す。より強くなっても殴って倒す……を繰り返した結果、地球に脱出したオウガ以外のオウガは全て敗北してコギトエルゴスム化してしまったらしい。
「地球に脱出したオウガも、逃走したわけではなく、オグン・ソード・ミリシャにグラビティ・チェインを略奪された為に飢餓状態となって理性を失い、食欲に導かれるまま地球にやってきたのです。彼らも、理性さえ残っていれば、最後まで戦い続けて、コギトエルゴスム化した事でしょう」
それすら叶わなかったことにラクシュミは胸を痛めていた。
「このように、オウガとオグン・ソード・ミリシャの相性は最悪でしたが、ケルベロスとオグン・ソード・ミリシャの相性は最高に良いものになっています。ケルベロスの攻撃で撃破されたオグン・ソード・ミリシャは、再生する事も出来ずに消滅してしまうのです」
デウスエクスに死を齎せるのはケルベロスのみ。
地球の戦士こそプラブータを救う鍵となりうるのだ!
「オウガの戦士との戦いで強大化した、オグン・ソード・ミリシャも、今頃は力を失って元の姿に戻っていると思います。オウガのゲートは、岡山県の巨石遺跡に隠されている事も判明しましたので、一緒にプラブータに向かいましょう」
どうか同胞を救ってほしい、嘆願するラクシュミは深く頭を下げた。
オリヴィアは「こほん!」と咳払いして注目を集める。
「ラクシュミ様がケルベロスとなったことで、コギトエルゴスム化しているオウガ達が、ケルベロスになる可能性は非常に高いですわ。ですから、この戦いは『デウスエクスとして』のオウガを救出する戦いではなく、『同胞たるケルベロス』を救出する戦いとなるでしょう」
ラクシュミの話が正しければ、プラブータは邪神クルウルクの支配下にあることになる。
「いつ邪神が復活し、地球に攻め込んでくるかは解ったものではありませんわよ。同胞たるケルベロスを救い、地球の危機を未然に防ぐ為にも、この戦いは重要な意味をもつでしょう」
気を引き締めてかかるよう、改めて忠言するとオリヴィアは『オグン・ソード・ミリシャ』について話題を変える。
「オグン・ソード・ミリシャの多くは、体長2m程度の初期状態に戻っており、それほど強敵ではないと判断しております。オグン・ソード・ミリシャの外見は、非常に冒涜的でしてよ。長く見続けていると『狂気に陥る恐れがあります』ため、お忘れなきようお願いいたしますわ」
戦闘自体に影響はないだろうが、軽い錯乱状態となり、おかしな行動をとってしまう場合もあるだろう。
「その場合は、チームの皆様でフォローするようになさってくださいませ。今回は敵地のに立つため、無事に帰投するためにも協力しあってくださいね。オグン・ソード・ミリシャの攻撃は攻性植物に近く、触手を利用した攻撃もしてくるようですわ」
警戒して欲しいのは大型化したオグン・ソード・ミリシャだ。
「基本は2m級なのですが、中には3~4級、最大7m級のオグン・ソード・ミリシャも存在する可能性がありましてよ。無理は禁物、命あっての物種と心得てください」
プラブータへの出立。それは人類史上初、デウスエクス本星への降下を意味する。
その意味は極めて重大かつ、オウガ達の未来を左右することでもある。
「オウガ達を救うと皆様は決めました、それがラクシュミ様の心を動かしたと言えますわ。他のオウガ達もきっと、よき隣人となるでしょう……必ず帰ってきてくださいませ」
前人未踏の星、プラブータ――かの地で待つものとは。
参加者 | |
---|---|
天壌院・カノン(ペンタグラム・e00009) |
二羽・葵(地球人もどきの降魔拳士・e00282) |
ラリー・グリッター(古霊アルビオンの騎士・e05288) |
ジュリアス・カールスバーグ(山葵の心の牧羊剣士・e15205) |
餓鬼堂・ラギッド(探求の奇食調理師・e15298) |
アルテナ・レドフォード(先天性天然系女子・e19408) |
鞘柄・奏過(曜変天目の光翼・e29532) |
尾方・広喜(量産型イロハ式ヲ型・e36130) |
●不毛なる星
目の前に広がる光景を進むたび、痛感させられる――自分達がいかに潤沢な世界で暮らしているか。
草木が痩せ衰えた無限に広がる荒野。夜明けを思わす冷たい空気は、生命の息吹すら感じさせない。
そして、空に浮かぶ不可思議な衛星が『地球ではない』と思い知らせる。
数時間ほど歩いて理解した――――ここはピクニック気分で来る場所ではない、と。
実感するには充分過ぎるほど、惑星プラブータは過酷な状況に晒されている。
「太陽系の惑星ではありませんし、天体は頼りになりませんねえ。アリアドネの糸が機能しているだけ良しとしましょう」
ジュリアス・カールスバーグ(山葵の心の牧羊剣士・e15205)はゲート付近に繋いだ糸を見下ろし、帰路の確保は充分だと伝える。
この赤い糸こそ『命綱』となる。
「せっかくの地球外惑星、なにか食材が見つかると嬉しいのですがねぇ」
「そうですね! 空腹は活動に支障をきたします、騎士といえど大敵です!」
大量の荷物を背負いながら地平線を望む餓鬼堂・ラギッド(探求の奇食調理師・e15298)に、ラリー・グリッター(古霊アルビオンの騎士・e05288)も同意する。
8人の胃を満たすだけの食事量だ、持参品だけでは三日と経たず底をつく。現地調達できるに越したことはない。
上空50mを飛行する天壌院・カノン(ペンタグラム・e00009)は周囲を見渡しながら、カメラのシャッターを切る。
(「……どこも映しませんか」)
携えるのは書きかけの地図――スーパーGPSは既存の地図に対して機能する。
未完成の地図には反応しない、それが解っただけでも収穫と言えよう。
「すげぇ、どこ見てもなにもねぇ!」
先行する尾方・広喜(量産型イロハ式ヲ型・e36130)とアルテナ・レドフォード(先天性天然系女子・e19408)は身を屈めつつ四方を警戒。
アルテナが望遠鏡を覗いていると――長細い影が不自然に揺れていた。
「あれが、オグン・ソード・ミリシャ……?」
込み上げる不快さは、ひっくり返した石の下に群がる虫達のような、蠢く集合体を見つけたような気分に近い。
生理的な嫌悪感にゾク、と悪寒が走る。
「こっちにゃ気づいてねぇか? なら早く――」
広喜が促すより先に影はピタリと止まった。
オウガ達を蹂躙しつくした連中もまた、腹を空かせた獣と同じ。気配には敏感になる。
ケルベロスも姿を隠せど、無意識に溢れる『グラビティ・チェイン』を抑えることは出来なかった。
『――――……りむがんと みりしゃ なうぐりふ!』
奇怪な集合体はジュリアス達へ迷いなく、砂を巻き上げる猛烈な勢いで迫る。
「っ! 皆さん、十一時の方向から来ます!」
「おや、熱烈な歓迎に痛み入りますね」
敵影を捕捉し、二羽・葵(地球人もどきの降魔拳士・e00282)がロギホーンに手を伸ばす。鞘柄・奏過(曜変天目の光翼・e29532)もオウガメタルを指で小突いて起こした。
『おぐん そーど ほろわろ りむがんと みりしゃ なうぐりふ!』
『みあ みあ おぐん そーど! みあ みあ おぐん そーど!』
数にして五体。 初戦の小手調べとしては丁度良いだろう。
カノンは上空から急降下し、先を行く広喜達は合流しようとすぐさま後退する。
迎撃しようと踏み込んだジュリアスの一撃を皮切りに、オグン・ソード・ミリシャとの戦いが始まった――。
――難を逃れて再び荒野を進む。
無人の大地はどこも怪しく見えてくるだけに、ある程度の目星が必要だと感じ始めたとき。ふと広喜が提案をもちかける。
「交戦した跡を探してみねぇか? いくつか落ちてっかも知れねぇし」
「確かに、オウガは好戦的な種族のようですからね」
一理ある、と奏過達は不自然に荒れた土地がないか捜索し始めると、上空から哨戒するカノンがすぐさま見つけた。
「ありましたよ、コギトエルゴスム!」
痕跡をカメラに納めていたラリーが、拳ほどの宝玉を拾い上げる。
オウガ達の魂たるコギトエルゴスム。その輝きは薄暗い異界でも力強いものを感じさせた。
他にも数個、見つけたものは葵の元へ集められていく。
「では、お預かりしますね」
ガラス細工のように慎重に受け取ると、アイテムポケットへ次々としまう。魂が物質化された『それ』を集める度に小さく息を吐いた。
「もうこの辺りにはないのでしょうか……」
ラギッドが崩れた岩場を覗き込もうとしたときだ。
なにげなく踏みしめた細い木の根がピクと動く。
……ぐん……あ、み……みあ みあ……。
「な、なにが起きてるんですか!?」
「理由はなんであれ……まだ、いるんですよ――――ここに!!」
―――― みあ みあ おぐん そーど! みあ みあ おぐん そーど! みあ みあ おぐん そーど! みあ みあ おぐん そーど!
歌うように重なり合う鳴き声。
奇異な状況にカノン達は互いの背を預け合う。
アルテナが刃を抜くと不吉な輪唱はさらに強まり、乾いた地面が揺れと同時に突き破られた。
『みあ みあ おぐん そーど!』
「親ミリシャと子ミリシャといった感じですか」
コギトエルゴスムになったオウガ達はこれらに倒されたに違いない。
ジュリアス達の前に現れたオグン・ソード・ミリシャは7mほどの巨体を揺らす個体を、小さな個体が囲うように立ちはだかる。
小さいと言っても2mはある。巨漢の部類に入る広喜すら、見上げさせられていた。
「これが食材なら食い扶持に困らないのですが、開店休業中でして」
目覚めた異形を前に、ラギッドはスタンスを崩さない。それは相手も同じ。
『みあ みあ おぐん そーど! みあ みあ おぐん そーど!』
重たく揺れる発光体を振り落とし、血の通わぬ獣は襲い掛かる。
●悪夢の始まり
「夢に還りなさい――!」
其は幻想。夢のまにまに揺蕩えば、生ずる綻びは奔流と化す!
カノンの繰り出す不可視の衝撃波に乗り、広喜が頭上に跳ね上がる。俯瞰するように狙いを定めると宙を蹴った。
断続的に襲いかかる波動に蛍光色の実は地べたに崩れ落ちる。それを再び実らせ、手当たり次第に投げつけていく。
葵が積極的に受け止めようと前に飛び出し、肩口で破裂した果実は衣服に纏わりつき、すえた悪臭を漂わせ始める。
「う、くっ……!?」
「これは、効きますね……」
鼻が曲がりそうな異臭に奏過も眉をひそめた。
自衛を優先すべく薬液を振りまくうちに、ジュリアスが弱った一体を仕留め、激しく踊るように暴れる有象無象にラギッドは牙を剥く。
「踊りがお好きですか? ならば――――地獄の音色で踊り狂え」
打ち鳴らす乱杭歯はガチガチと独特な音を立て、不協和音は戦闘音の合間に潜りこむようにして広がっていく。
巨大怪物は醜悪な肉体を誇示するように、不安を掻き立てる挙動を続ける。
飛び交う羽虫を煩わしく思ったのか、極太い枝を振りかぶる動作に葵がハッとした。
『みりしゃ かるする ぷらぶーた なうぐりふ!』
「っ、ラリーちゃん!!」
葵が押し退けてラリーを軌道上から離脱させた直後、前衛に立つ者達が薙ぎ払われた。
数倍にもなる巨体から繰り出す暴力。ただの一撃にカノン達は息を詰まらせる。
(「く、なんですか、この妙な圧迫感は!?」)
「……いえ。騎士たるもの、屈したりしません!」
言い聞かせるように鬨をあげ、ラリーが宝剣に力を込める。
飛来する極彩の果物を払いのけつつ、小型の懐に飛び込むと、根の股を裂くように鮮やかに斬り刻む。
初撃の波状攻撃で小型ミリシャ達は、大打撃を受けたこともあり、容易く仕留められた。
だが、その後方から仕掛ける超大型ミリシャは厄介だった。
攻め手が届かないのを良いことに、戦場を傍若無人に掻き乱す。無感情に、そして気まぐれに。
荒れ狂う有機体の動作に、アルテナは気味悪さを感じずにはいられなかった。
(「……観察するのはやめましょう」)
ぱっと見で区別出来るほど相手は知性的ではない、凝視するうちに異様な感覚が芽生えていた。
自分の奥深い部分を浸食されていく――そんな印象から脂汗が浮かぶ。
先行する間、望遠鏡で直視する場面も多く、精神的疲労の蓄積は誰よりも早かった。
黙々と治療を続ける奏過を一瞥すると、アルテナは最後の小ミリシャを斬り伏せる。
残すは巨大ミリシャのみ。
散らばる同種の死骸を踏み荒らす巨獣に、奏過達は一斉攻撃を仕掛けた。
「無貌の侵略者、オグン・ソード・ミリシャ! ここで討ち倒す!」
寸でで触肢の真下をすり抜け、ラリーが鞠のように跳ねながら超高速の刺突を放つ。
併せてラギッドが豪快な飛び蹴りから、オウガメタル黒薙を纏う拳の穿つ勢いで引き裂いた。
飛沫を浴びながら着地すると、蛇のように揺らぐ巨体の裂け目が――狡猾な笑みを浮かべたように歪む。
『みりしゃ かるする ぷらぶーた なうぐりふ!』
「まさに暴威の権化ですね。――今、瞳に映るは鏡像」
身代わりに受け止める葵に向け、奏過は握りしめる赤光で傷口を接いでいく。
新たな戦場痕を描くオグン・ソード・ミリシャだが、傷が増えるたびにそこら中に飛沫を撒き散らし、水溜まりを作り上げた。
「これで……っ!」
絡みつく息苦しさを堪えるアルテナが切っ先を走らせ、脆くなった傷口から粘液がびしゃりと噴き出す。
「そこが脆いようですねえ、これで終いです」
高速演算から導き出した弱点めがけ、触手を踏み台にジュリアスが至近距離へ到達する。
炸裂する砲弾は亀裂を貫き、激烈な一射に巨大なオグン・ソード・ミリシャは音を立てて倒れた。
ズズン、と地べたに伏した巨大な塊。
敵は絶命した…………にも関わらず、耳の奥にあの声がいまだ響いている。
――みあ みあ おぐん そーど!
●摩耗
調査し始めた頃は、楽しいと思う程度の余裕はあった。
ラギッドがハンバーグを作ったり、どんぐりより少し大きな果実を見つけて料理してくれた。味は素朴で食感は少し固い。
カノンの提案でしりとりをしたり、飴玉やラムネ子を食べたりして、退屈を紛らわせることも出来た。
コギトエルゴスム探しは順調だったが、相手は昼夜問わずに敵意を剥き出してくる。
岩場の影に奏過が巣作りしては、何度も壊される。何度も。何度も。何度も何度も何度も何度も何度も。
返り討ちにして、やっと休めると気を抜いた瞬間――また襲われる。
夜更けに幾度も起こる不規則な襲撃。吐き気を催し、込み上げる不安を撒き散らす悪意の塊。満足に眠れる時間もなく、いつしか不安を覚えるようになった。
――次はいつ現れる?
気の休まる場なんてどこにもない。最後にしりとりをしたのはいつだったか、もう思い出せない。
再び巣を作った奏過はスキットルを煽るが、空になったと解るや、すぐに寝そべった。
提案者のカノンは聖書を黙読し、ラリーもラギッドも、自分の大切な物に向き合う時間が増えている。
「……し……師匠!? どうしてここに!!」
「静かにしろ!」
幻覚を見たようなジュリアスの叫びに、巣の外から殺気立つ広喜が声を荒げる。
それすら聞こえない風な葵は、膝を抱えて独り言を続けた。
「担々麺ってなんで赤いんでしょうね? 参鶏湯は白いですし、海苔の佃煮は黒くて甘塩っぱいのに」
アルテナの支離滅裂な話は望郷の念を抱かせるキッカケになっていた。
だが、喉元に堪えた言葉を誰も吐き出せずにいる――――地球が、恋しい。
無意識に衰弱していた奏過達の元に新たな殺気が近づく。
「ハァ……俺は、まだ、壊れちゃいねえ」
あの奇声をブチ壊したい。黙らせなければ、自分が壊れる。いっそ自分が壊れればいい?
滾る衝動を噛み殺そうと、ぎこちなく笑顔を保つ広喜の前に奴らは降り立った。
『みあ みあ おぐん そーど!』
落着の揺動に気付いたラリー達が飛び出すと、同時に3、4mの中型ミリシャ達は攻撃を開始した。
「みゃーみゃーうるせぇんだよ!!」
「尾方さんの批評に同感です」
感情的に蹴り飛ばす広喜と対照的に、奏過は機械的に避雷針を振るう。
暴風を貫くように突出した雷球はミリシャを焦がし、カノンの放った時の雫が戦場に透明な波紋を落とした。
しかし、度重なる戦闘で理解が深まっている。大型化するほど耐久性も破壊力も倍以上に違う、と。
「行かせない、ってば……!!」
反撃しようと実を擲つミリシャの射線に葵が滑り込む。
汚濁に塗れながらも叩き上げた一振りに、ミリシャがさらに実を飛ばしていく。
ジュリアスとラリーの連携で一体が地に伏すものの、暴虐なる有機体は死骸に構う様子はない。
砂糖に群がる蟻達のようにラギット達を蹂躙すべく踊り狂う。
「あ、はは……っ! こんなの、食べたらお腹壊しちゃいますよね!?」
「壊すだけで済めばいいんですがねぇ!」
滅多斬りするアルテナに、ラギッドは冗談とも本気ともとれる言葉を返す。
ぐちゃぐちゃに掻き乱した斬り口は繊維に似たなにかが露出し、半固形の粘液が地べたを濡らした。
「騎士は負けないんです!強いんです! ……わたしは、負けられないんです!!」
焦燥した形相で宝槍を振るうラリーとのすれ違いざま、ミリシャのラリアット気味な殴打がラリーを地べたにめり込ませる。
『みあ みあ おぐん そーど! みあ みあ おぐん そーど! みあ みあ おぐん そーど! みあ みあ おぐん そーど!』
「もう、聴きたく、なんか…………静かにしてぇぇッ!!?」
脳に焼きつく鳴き声を振り払おうと、カノンがForteで細切れにしても収まる気配がない。
嘲り、あるいは下劣さを含んだ低俗な挙動や鳴き声に気が狂いそうだった。
最後の1体をラギッドとジュリアスが沈めると、静寂が戻ってきた。
音もない。風は凪いでいる。
なのに、言い様の知れない不安と緊張から、疲労感は積もり積もっている。
「…………帰還、しましょう」
アルテナの言葉に7人の視線が集中した。
「物資は少し余裕があります……けれど、私達に余裕がありません」
そして、最優先事項は――――コギトエルゴスムとなったオウガ達の救出ではないか?
オウガの女神は同胞達を案じてケルベロス達に託し、同胞達と共に、同じ道を歩む意思があると。
「……早く、ラクシュミさんに逢いたいですよね……」
コギトエルゴスムを預かる葵の言葉もあって、反対する意思は誰にもなかった。
一行は夜明けと共に歩きだす――目指すは母なる星、地球。
作者:木乃 |
重傷:なし 死亡:なし 暴走:なし |
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種類:
公開:2018年2月20日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
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