オグン・ソード・ミリシャ~ウォーリアーズスピリット

作者:ほむらもやし

●プラブータでの戦い
「ビンゴ! 動きがとまった!!」
「ようし、突っ込むぞ!! 徹底的に叩きつぶせ!! 今度こそ立ち上がらせるな!!」
 歓喜に沸くオウガたちの叫び、次々に叩きつけられる拳。遠目に見れば、巨大な緑の触手饅頭が如きオグン・ソード・ミリシャの身体は水音と共に崩れ果てて、直径30メートルほどの穢土の塊と化した。
「汚ねえ。だが、じきにもっとでかいのが来るぜ。今のうちに準備しとこうぜ!」
「倒せば倒すほど強くなる。このスリル、たまらないわね」
「うん、まじでまじで、うんほんと、イイね……」
 戦いの余韻が残っている。見渡せば、赤黒く不吉な光景は宇宙的な狂気を孕んでいて、辺りは広大な瓦礫と化していた。
 視線を近くに戻せば、脈打ち始めたどろどろの穢土から、鮮やかな緑の触手が発芽する麦畑の如くに湧き上がる。
「おっ、早速おいでなすったぜ」
「わかってる。やっちまおう!」
「おう、やっちまおうぜ!!」
 今度は40メートルを越える程の触手饅頭がベトベトをまき散らしながら出現する。
『みりしゃ かるする ぷらぶーた なうぐりふ!』
「ようし、行くぞ!!」
「行くわ!!」
 こんな面白い敵、戦わない手は無い。全力で叩きつぶさなかったらオウガの名折れだ、絶対に地獄行きだ。
 死闘の末、8人の戦士は櫛の歯が抜けるように、ひとりまたひとりと、コギトエルゴスムと化して行く。
『みあ みあ おぐん そーど! みあ みあ おぐん そーど!』
 超巨大なオグン・ソード・ミリシャは冒涜的な姿で、鳴き声を上げ、狂気をまき散らす。
「さてと、ここからが本番だぜ!!」
「一番いいところ、持って行こうなんてずるいわよ」
「へへへ、ちげえねえ、さて、またあのど真ん中に、食らわせてやろうぜ!!」
 果たして、残った2人がコギトエルゴスムと化すのは、これから間も無くだった。

●新たな展開
「ステイン・カツオ(剛拳・e04948)さんが考えていたように、オウガの主星『プラブータ』が、クルウルク勢力に襲撃されて、オウガの戦士達を蹂躙していたことが分かった」
 ケンジ・サルヴァトーレ(シャドウエルフのヘリオライダー・en0076)は、先日のオウガ遭遇戦は、この戦いの影響であったとまとめ、今回は、オグン・ソード・ミリシャの撃滅とコギトエルゴスム化したオウガたちの救出のため、今回はプラブータに向かうと告げる。
「その前に、前後についての事情を、こちらの、新たにケルベロスの仲間となった、オウガのラクシュミさんが説明してくれますから、良く聞いて下さい」

「こんにちは、ラクシュミです。
 このたび、定命化によってケルベロスとなる事ができたので、皆さんの仲間になる事ができました。
 オウガの女神としての、強大な力は失ってしまいましたが、これからまた、成長して強くなる事が出来ると思うと、とてもワクワクしています。
 オウガ種族は戦闘を繰り返し成長限界に達していた戦士も多かったですので、ケルベロスになる事ができれば、きっと、私と同じように感じてくれる事でしょう。
 皆さんに確保して頂いた、コギトエルゴスム化したオウガも、復活すればケルベロスになるのは確実だと思います。

 ここからが本題なのですが、オウガの主星だったプラブータは、邪神クルウルクの眷属である『オグン・ソード・ミリシャ』に蹂躙されて、全てのオウガ達がコギトエルゴスム化させられてしまいました。
 オグン・ソード・ミリシャの戦闘力は、初期時点ではそれほど高くないのですが、『撃破されると周囲のグラビティ・チェインを奪い、より強力な姿で再生する』という能力を持つ為、オウガの戦士にとって致命的に相性の悪い敵だったのです。
 とにかく殴って倒す。再生しても殴って倒す。より強くなっても殴って倒す……を繰り返した結果、地球に脱出したオウガ以外のオウガは全て敗北してコギトエルゴスム化してしまったのですから。
 地球に脱出したオウガも、逃走したわけではなく、オグン・ソード・ミリシャにグラビティ・チェインを略奪された為に飢餓状態となり理性を失い、食欲に導かれるまま地球にやってきたのです。
 彼らも、理性さえ残っていれば、最後まで戦い続けて、コギトエルゴスム化した事でしょう。

 このように、オウガとオグン・ソード・ミリシャの相性は最悪でしたが、ケルベロスとオグン・ソード・ミリシャの相性は最高に良いものになっています。
 ケルベロスの攻撃で撃破されたオグン・ソード・ミリシャは、再生する事も出来ずに消滅してしまうのです。
 オウガの戦士との戦いで強大化した、オグン・ソード・ミリシャも、今頃は力を失って元の姿に戻っていると思います。
 オウガのゲートが、岡山県の巨石遺跡に隠されている事も判明しましたので、一緒にプラブータに向かいましょう」

「ありがとうございます。——僕も状況を理解した。つまり、今、コギトエルゴスムとなっているオウガたちの多くが、新たなケルベロスの仲間なる可能性が高い。だから今回の作戦は同胞を救助すると同時に、その志を繋ぐ戦いにもなるんだね」
 加えて、邪神クルウルク勢力に、プラブータの制圧を許し続ければ、邪神の復活と地球侵攻を予測不能なものにする。だから、予測できる危機にも手を打ち、万全を期したい。
「現在、オグン・ソード・ミリシャの多くは、体長2m程度の初期状態に戻っているはず。この状態ならそれほど強敵ではない。だけど、こいつの外見は、非常に冒涜的で、長く見続けていると、狂気に陥りそうになるから気をつけて欲しい」
 それは軽い錯乱状態に似ている。理屈では戦闘に影響は出ないとされているが、おかしな行動を取ってしまう以上、仲間はフォローせざるを得ない。
「探索中に、遭遇するオグン・ソード・ミリシャは攻性植物に近い戦闘方法と触手を利用した攻撃を繰り出してくる。大きさは2m級が多いと見られるけれど、3、4メートル級、7メートル級の個体も存在する。大きいほど強くなるから、その心づもりで」
 プラブータでの探索と戦闘は、あなた方ケルベロスにとって初めてだ。
 過去の経験や知識は助けになるが、もし成功体験が、軽侮と楽観、思い込みに繋がるなら、状況の変化は想像と違うものになる。
「オウガたちは相手が再生すると分かってなお、殴り続ければ勝てると信じて戦った。敗北は結果に過ぎない、あるのは気高さと美しさだ。確かに僕らは、ラクシュミさんから決定的な情報は貰ったから勝てる作戦をもって挑むことができる。でも諸君はこれから、諸君の中の誰もが、したことも無いことを、初めて行く場所で、やろうとしている。それは絶対に忘れないで欲しい」
 締めくくり、ケンジは丁寧に頭を下げた。そしていつもと同様に出発の時を告げた。


参加者
フォーネリアス・スカーレット(空を蹂躙する突撃騎士・e02877)
比良坂・黄泉(静かなる狂気・e03024)
齋藤・光闇(リリティア様の仮執事・e28622)
浜本・英世(ドクター風・e34862)
朧・遊鬼(火車・e36891)
ドリゴ・ルシェルシュ(沈黙の試験機・e41091)
矢島・塗絵(ネ申絵師・e44161)
ナイチンゲール・マークフォー(医療戦闘用レプリカント・e45677)

■リプレイ

●果て無き荒野
『未知の惑星の探索とか、面白くない訳がないじゃない!』
 グラビティ・チェインを奪い尽くされ、荒廃した大地を歩き続け、幾多の戦いを経てなお、フォーネリアス・スカーレット(空を蹂躙する突撃騎士・e02877)の気持ちが変わることは無かった。
「アリアドネの糸はまだ大丈夫のようね」
「うん大丈夫。しかし結局は戦うのが回収の早道だったよね」
 敵の体液で汚れた、パイルバンカーを拭い去ると、比良坂・黄泉(静かなる狂気・e03024)は戦いの跡に見いだした、コギトエルゴスムを拾い上げる。宝石の透き通った金には熱い気持ちが凝縮されているようで、眺め続けているとオウガが飛び出して来そうな気がする。
「ここら辺の敵は片付いたはずだ。次の目標に向かうか?」
 スケッチブックに描かれた略地図に赤で×印を付けると、浜本・英世(ドクター風・e34862)は神経質に考える風に眉間に皺を寄せて、銀色の長い髪を掻き上げた。
『あとどの位残っているっすか……?』
 恐る恐る、腕から引き延ばしたディスプレイに文字を表示して、ドリゴ・ルシェルシュ(沈黙の試験機・e41091)が問いかけると、数秒の沈黙の後、英世は付箋だらけのスケッチブックをドリゴに渡して、肩を竦めた。
「見て見ろよ。まだまだたっぷりある。お楽しみはこれからだよ」
『かなりハードっすね……』
 偵察の為、空中に上がっていた、齋藤・光闇(リリティア様の仮執事・e28622)がゆっくりと降りて来る。
「良いお知らせがございますが、お話してもよろしいでしょうか?」
 タブレットに手早くカメラを繋ぐと、光闇は背筋をピンと伸ばして一礼し、ナイチンゲール・マークフォー(医療戦闘用レプリカント・e45677)から渡された、ボトルの蓋を開けた。
「それって、何かのフラグでありますか?」
 ナイチンゲールは額に大粒の汗を浮かべた。と、光闇が持って来る情報の大半は大まかな地形に関すること。敵を特定できる情報は稀だ。これまでに、怪しい地形を目指した移動中に何度も戦闘が発生している。
「で、良い知らせとは何なのかな?」
「はい、このまま進めば、恐らくは7m級、今までにない大きな敵と遭遇できます」
 英世に応じつつ、光闇はタブレットの上でピンチアウト(二本の指で画面の上を広げる動作)して、画像を拡大して見せる。「よっしゃ」とフォーネリアスは握り拳を作って、やる気満々、一方の、矢島・塗絵(ネ申絵師・e44161)は思案顔をする。
「しかしながら、周りが相変わらずの荒野ということ以外に、確実なことは申し上げられません」
 プラブータ探索の目的は、オグン・ソード・ミリシャの撃滅とコギトエルゴスム化したオウガたちの救出だ。
 見つけた敵の殲滅を目指すのは当然だが、消耗を抑え効率よく倒すことも重要だ。
「今叩いておけば、後顧の憂いは断てるよね。でもうまくやらないと冒険は此処で終わりね」
 塗絵の投げかけた言葉によって、態度を決めかねていた者の間に、さらなる沈黙が流れる。
「気になったところを見て回るだけじゃあ、成果が上がらないのは分かったしな」
 強敵を倒してから、さらに探索を進めるべきだ。朧・遊鬼(火車・e36891)は逡巡の末、積極攻勢を支持する。
 30分に1度、空中に上がり、都度打ち合わせを繰り返しながら、進むという行動は、安全と引き替えに探索の効率を低下させていた。このまま同じことを続ければ、大した成果を得られないままに帰還となるという焦りもあった。
「私も同意見だよ。今ならまだ余力もあるから勝てると思う。コギトエルゴスムの回収が優先であるのに、敵の居ない場所を探索しても意味が無いだろう。なによりこれは遅れを取り戻す、千載一遇のチャンスだ」
 英世は言うと、4色ペンを駆使して新たな情報を書き入れたスケッチブックを広げて、進路の相談を進める。
 寡兵による探索である以上、強敵に先手を許すリスクは排除して置くべきだ。但し細心の注意を払っていても、此方だけが、一方的に敵を見つけている保障などありはしない。
「戦うと決たなら、善は急ごうなの」
『休む間も無いとはこのことでござるな』
 勢いだけで言い放つ、フォーネリアスの後で、ドリゴがディスプレイを広げる様を目にして、遊鬼は成果が上がるなら良いかな。と。緩い気分で同意しかけたが、直ぐに表情を引き締めた。
「進むのは良いが、やる以上、見つけた仲間は絶対に連れ帰らなければな」
 言い放ち、遊鬼は決意を込めて拳を突き出した。
「承知しています。私だって新たな仲間を迎えに来たのでございますから」
「ひとりでも多く、コギトエルゴスムの回収が出来るように頑張るよ。分かっている、その為に来たんだよね」
「騎士の根性を見せてやるわよっ!」
 そこに光闇が正面から拳を重ねる。少し間を置いて黄泉が横から拳を重ね、フォーネリアスも力強く続けた。
「それ、なにかの儀式でございますか?」
「男子にありがちなノリなの……でも今ならこういうのも悪くないわね」
「まったくだよ。これじゃあ中学生だ」
 釣られるにナイチンゲール、塗絵も拳を重ね、呆れた表情の英世もコツン合わせる。そして最後に遠慮がちにドリゴが腕を突き出せば、気持ちをひとつにした8人の円陣が出来上がった。
 絶対にやり遂げよう、勝って必ずオウガの仲間を助け出そうと誓い合ってから、一行は7m級のオグン・ソード・ミリシャを目指して移動を開始する。

●狂気をもたらす敵
(「……やっぱり奇襲は無理っすか」)
 7m級のオグン・ソード・ミリシャが自分の方に真っ直ぐに向かってくると気がついて、ドリゴは予め決めていた通りのサインを送った。
『足止め開始!』
 先制の機が失われた以上、もはや気配を隠す必要も無いと判断したフォーネリアスはマニューバーとも言える挙動で飛び出して、突出したドリゴとの合流を目指す。続いて黄泉が足を踏み出したところで、今度は英世の警告が飛んだ。
「3m級、2体、左右から来るぞ!」
 それとほぼ同時、ドリゴが放った手裏剣が分裂を繰り返し、7m級の頭上に降り注ぐ。次の瞬間、前方に踊り出たフォーネリアスの身体が、ドリゴに向けられた触手と狂気の波に飲み込まれた。
「くっ、やめろ。ただの痛みなら耐えられるけど、こんなのは絶対嫌よ」
 騎士の誇りを踏みにじるが如き触手の蹂躙に曝されたフォーネリアスの思考は不安と混乱に支配されて、場違いなほどにおかしな声を上げる。その様子に黄泉は咳払いをしてから、ボソリと言い残す。
「あなた、面白いことやっている場合じゃないよね」
「ひゃうっ、み、見なかったことにしてよ」
 騎士にとっては屈辱でも、術士にとってはどうと言うことも無いこともある。黄泉は表情は変えない。ツッコミを入れたのは多分気まぐれ。それ以上は深くは考えずに地面を踏み込むと、跳躍からの蹴撃を7mの巨体に叩き込んだ。その直後、気分は浮ついたままだが、落ち着きを取り戻したフォーネリアスも、巨体の気脈を絶ち切るべく指を突き出した。次の瞬間、肌が粟立つような悲鳴が轟いた。

 同じ頃、英世は左右から迫る3m級の敵の内、右側に向けて流星の如き蹴りを叩き込んでいた。揺らぐ巨躯は、強烈なダメージに奇声を上げるが、これしきでは倒されない。
「分断されるよ! 早く!!」
 突出したドリゴとフォーネリアスとの開きすぎた間隔を詰めるべく光闇は駆け抜け、一挙に7mの敵の間合いに飛び込んだ。次いで勢いのままに繰り出した蹴りが蠢く触手饅頭の如き巨体を強かに打ち付けて、緑の触手の何本かを切り飛ばした。直後、血走った目玉を開き、どこにあるか分からない口から、オグン・ソード・ミリシャは悲鳴を上げる。今度は脳髄の中を人工衛星が泳ぎ回るが如き悪寒が襲いかかって来て、この敵はヤバい敵だと確信する。
 遊鬼と塗絵は右側の3m級への攻撃集中を目指す。戦力分散による各個撃破のリスクを孕んではいるものの、3m級ならば、今まで迄の経験から、少人数でも苦戦せずに倒せる見込みもある。
「貴様ごときに遅れをとる訳にはいかないのだ!」
 積み重なった狂気の気配と、地球と異なる環境は、普段からある遊鬼の注意力を削り取っていたが、それでもなお、鬼火を纏わせた得物を繰り出す。それは英世によって刻まれた『足止め』の効果に助けられて、敵の身体を凍りつかせ、続く、ナノナノ『ルーナ』の尻尾の一撃が追い打ちとなる。
「以外に呆気ないものなのね」
 死を予感した叫びにも動じず、塗絵は圧縮したエクトプラズムで大きな霊弾を作り、狙いを定める。ジーッと見続ければ確かに正気を失いそうになりそうなのも理解出来るが、正視に耐えられないこともなく、霊弾の直撃に果てる様子にも心揺さぶられることも無かった。
「対抗施術確定。ワクチン装填。ミサイルポッド展開。治療開始」
 戦場の中央付近に布陣した、ナイチンゲールは、まず7m級と対峙する前衛の支援のため、ヒールグラビティを込めたミサイルを撃ち放つ。
 連続する爆発と共にチャフが吹雪の如くに乱舞する刹那、仲間たちとの連携からひとり外れたナイチンゲールを目がけて、左から仕掛けて来た3m級が、庇おうと突っ込んで来た、テレビウム『ドクター』よりも早く、その身体に触手を絡みつかせ、二度その身体を荒野の土壌に叩きつける。肉体を破壊される恐怖から来る感覚から逃れようと握りしめた砂がザルで掬った水がこぼれ落ちるような感覚を以てサラサラと流れ落ちて行く。テレビウムの振り下ろす凶器にも3m級はびくともしない。身体を締め付ける物理的な触手の力以上に、自分よりも強い者には為す術が無いという冷徹な事実が恐怖に形を変えて心の中に入り込んでくる。

 同じ頃、ナイチンゲールからの癒やしと加護を得た、フォーネリアス、黄泉、光闇は、7m級の攻撃を凌ぎ切ることが出来た。
「今度はわたしが助ける番だよ」
 黄泉はフォーネリアスと光闇に、手短に言い置いてから、踵を返すと、素晴らしい脚力で跳び上がった。直後には、流星の如き光の筋を曳きながら落下姿勢に入り、数秒を待たずして、3m級のオグン・ソード・ミリシャに強烈な蹴りを叩き込んだ。
 千切られた触手から溢れ出る体液が着衣により女性の形が強調されたナイチンゲールの身体を濡らし、拘束の力を失った触手は破けた風船のように萎んでベチャベチャと地面に落ちる。礼儀正しく頭を下げようとするナイチンゲールの横を、大きなボルトが所々に突き出たドラゴニックハンマーを掲げた、英世が風のように駆け抜けて、直後に繰り出された超重の一撃が3m級を打ち据え、凍結させた。
「寒そうだな。だがそれも終わりだ」
 自らの手で3m級のオグン・ソード・ミリシャに止めを刺すのは、遊鬼にとっては初めてのことだった。叩きつけた地獄の炎は命中と同時に破壊の力を花開かせて、巨躯を水風船のように破裂させた。燃え上がる炎の中で灰と消えて行く残骸、そこに爽快感は無く、代わりに心に纏わり付いて来たのは、狂気にもの恐怖感。
 自分の名を心の中で呼んで、落ちつこうとするが、これから対峙しようとしている7m級から発散される狂気は3m級よりもずっと大きなものに感じられた。

「これが7m級の狂気なのね。オウガたちが殴り続けたくなった気持ちも、今ならわかる気がする」
 耳の後が浮遊するような気味の悪さを感じながらも、塗絵は大きなエクトプラズムの霊弾を撃ち放った。それは神へ捧げられた生贄の如くに飛び征き、7m級の巨体に吸い込まれるように命中した。
「……1体だけになったでありますな」
 再びミサイルの爆発と共にチャフが拡散される。ナイチンゲールは自分の周囲にも、もたらされた、加護と癒やしの効果を確かめながら、仲間たちの状態にも意識を向ける。現時点で直ちに倒れそうな者はいないが、消耗は大きく、余力のある段階で7m級に戦いを仕掛けた決断が正しかったと知る。
 ドリゴの手元で螺旋力が渦巻く。放たれた手裏剣もまた高速の螺旋を描きながら飛翔し、触手を斬り落としながら巨体に突き刺さる。
 攻撃が当たる度に繰り返される悲鳴。狂気を孕んだ叫びを浴びせられれば、悲しみが、恐怖が、或いは大切な記憶のイメージが脈絡も無く目の前に膨れあがり、それを守らねばという気持ちに突き動かされそうになる。
「ダメージを与えるほどに、狂気が強くなっているのは気のせいかな? そんな莫迦なことが……」
 召喚した無数の刃物を魔術で操り、巨体の解体手術を試みた、英世が眼鏡の根元を押さえながら足を蹌踉めかせる。7m級のオグン・ソード・ミリシャの見た目は、今や遠心分離機に掛けられた、お萩の如き不定形で、元の形を全く思い出せないほどに破壊され尽くしている。
 だがそれでもニョロニョロと麦の新緑の如き触手を揺らめかせながら蠢いている。
「……ったく度し難いよね。いい加減に死んでくれないかな?」
 汚物を焼くような心持ちで、黄泉は高々と振り上げたルーンアックスを満身の力で以て振り下ろし、跳ね返ってくる体液と狂気を全身に浴びながら、もう一度ルーンアックスを振り上げて振り下ろす。
 ボロボロの巨体を見据える瞳は燃え上がる炎のような光を帯びて、決して引かない決意を感じさせる。
 果たして、完全に滅ぼさなければという、気持ちに駆られた8人は、オグン・ソード・ミリシャに総攻撃を掛けて、その存在を破壊し尽くすことで戦いに終止符を打つのだった。

「はあ、はあ、なんとか終わったようね。ちょっと落ちつきたいわよね。ハーブティとかどうかしら?」
 指先で自分の得物の感触を確かめるようにしながら、フォーネリアスは胸の高鳴りを抑えようとしている。
「そういえば皆、変なテンションで動いたということは無かったか?」
 遊鬼はふと、さっきは、どうして皆で円陣を組む気になったのかを、不思議に思った。その時は確かに、気持ちを奮い立たせようという気持ちだったのだが、狂気に影響されたのではないかと不安になる。
「兎に角、コギトエルゴスムを探す方が優先であります。それから休息も必要でありますな」
 オグン・ソード・ミリシャの残骸の近くで、天からの光を反射していた、コギトエルゴスムの幾つかを回収すると、ナイチンゲールは空を見上げる。
「……確かに助けたでありますよ」
 この小さなコギトエルゴスムが、オウガ一人分の命だと考えれば、とても大切な物だと感じた。
「回収が終わったら、紅茶で一服だ。そろそろ夜営の場所も決めた方がいいよね」
 再びスケッチブックを取り出して、英世はまたしても色々と書き込み始める。
 戦いの消耗は大きかったが、得た物も多かった。そしてまだ探索を続けえる余力はある。
 一人でも多くの命を救う為に此処に来たのだから、身体が動く限り、何度でも戦って、戦って、戦い、続けよう。

作者:ほむらもやし 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2018年2月20日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 6/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 0
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