●邪神の眷属
――ろう ろう くるうるく! りむがんと おぐん そーど なうぐりふ!
うねうねと蠢く触手の森。おぞましく脈動する恍惚の肉片。がばりと開いた複数の口が囀るのは、耳障りに響く異界の喝采か。
「は。いいぜ、何度でも楽しめるってもんだ」
その狂気に対峙するは、黄金の角を頭や身体から生やした者達――オウガの一団。その一人、魁偉なる戦士が漏らした歓喜の声に、どっと笑いが起こる。
彼らの前に聳え立つのは、もう、その頂上を目にすることもかなわぬ程に高く育った邪神の眷属。たった今倒したはずの、彼等の敵。
幾度殴りつけただろう。
幾度砕いただろう。
幾度倒しただろう。
そして、その度に『それ』は蘇るのだ。より太く。より高く。――より強く。
「何度でも生き返るなら、何度でもぶっ叩く。なぁ、滾るだろう、おい?」
だが、オウガ達は怯まない。満身創痍の身体でなお、只の一歩たりとも退くことはない。
獰猛に唇を曲げ、戦いの熱狂に身を浸し、彼らは挑むのだ。何度でも。何度でも。
やがて力尽き、コギトエルゴスムへとその身を変えるまで。
●ヘリオライダー
「オウガの主星『プラブータ』を襲ったクルウルク勢力に、オウガの戦士達が敗れた、という情報が入りました」
アリス・オブライエン(シャドウエルフのヘリオライダー・en0109)が告げたのは、ステイン・カツオ(剛拳・e04948)が予期していたオウガの現状。先日の遭遇戦で戦ったオウガは、その襲撃から逃れて地球に来ていたのだという。
「詳しくは、こちらの方から説明して頂きますね」
そう言って彼女が指し示したのは、幾本もの黄金の角を生やした女。ケルベロスの中には見覚えがある者も多いだろう彼女は、集った者達に、新たにケルベロスとなったラクシュミだと名乗ったのだった。
●ラクシュミ曰く
こんにちは、ラクシュミです。
このたび、定命化によってケルベロスとなる事ができたので、皆さんの仲間になる事ができました。
オウガの女神としての、強大な力は失ってしまいましたが、これからまた、成長して強くなる事が出来ると思うと、とてもワクワクしています。
オウガ種族は戦闘を繰り返し成長限界に達していた戦士も多かったですので、ケルベロスになる事ができれば、きっと、私と同じように感じてくれる事でしょう。
皆さんに確保して頂いた、コギトエルゴスム化したオウガも、復活すればケルベロスになるのは確実だと思います。
ここからが本題なのですが、オウガの主星だったプラブータは、邪神クルウルクの眷属である『オグン・ソード・ミリシャ』に蹂躙されて、全てのオウガ達がコギトエルゴスム化させられてしまいました。
オグン・ソード・ミリシャの戦闘力は、初期時点ではそれほど高くないのですが、『撃破されると周囲のグラビティ・チェインを奪い、より強力な姿で再生する』という能力を持つ為、オウガの戦士にとって致命的に相性の悪い敵だったのです。
とにかく殴って倒す。再生しても殴って倒す。より強くなっても殴って倒す……を繰り返した結果、地球に脱出したオウガ以外のオウガは全て敗北してコギトエルゴスム化してしまったのですから。
地球に脱出したオウガも、逃走したわけではなく、オグン・ソード・ミリシャにグラビティ・チェインを略奪された為に飢餓状態となり理性を失い、食欲に導かれるまま地球にやってきたのです。
彼らも、理性さえ残っていれば、最後まで戦い続けて、コギトエルゴスム化した事でしょう。
このように、オウガとオグン・ソード・ミリシャの相性は最悪でしたが、ケルベロスとオグン・ソード・ミリシャの相性は最高に良いものになっています。
ケルベロスの攻撃で撃破されたオグン・ソード・ミリシャは、再生する事も出来ずに消滅してしまうのです。
オウガの戦士との戦いで強大化した、オグン・ソード・ミリシャも、今頃は力を失って元の姿に戻っていると思います。
オウガのゲートが、岡山県の巨石遺跡に隠されている事も判明しましたので、一緒にプラブータに向かいましょう。
●インサイド・アビス
「ラクシュミさんがケルベロスとなれたことを考えると、コギトエルゴスム化しているオウガの皆さんもケルベロスになる、という可能性が高いのは確かです」
アリスの告げた言葉は非常に重い意味を持つ。すなわち、オウガは敵対するデウスエクスではなく、未来の同胞と成り得るということ。そして、未来の同胞を救うためには、オウガの主星プラブータに向かわなければならないということだ。
「もちろん、このままだと邪神クルウルクが復活し、地球にやってくる可能性も否定できませんから」
クルウルク勢力の力を削ぐこと、味方を増やすこと。両方の意味で重要な作戦になります、と彼女は続けた。
「オグン・ソード・ミリシャの多くは、初期状態、つまり大柄な男性ほどの大きさに戻っていますから、それほどの強敵ではありません。ただ、必ず一体ずつとは限りませんから、注意が必要です」
オグン・ソード・ミリシャの攻撃方法は、攻性植物のそれを想像すると近い。また、触手による攻撃を行う場合もあるようだ。
また、その外見は非常におぞましいという。戦闘には影響は出ない程度の筈だが、長く見続けたならば、狂気に陥り軽く錯乱してしまうかもしれない。
ほとんどは2メートル級だが、中には4メートル級や7メートル級の個体も存在しているらしい。そういった強力な個体には注意を払うべきだろう。
「きっと、オウガの皆さんは心強い仲間になってくれるはずです。ですから、頑張ってオウガの皆さんを助けてあげてくださいね」
そう言ってアリスは一礼し、彼らをヘリオンへと誘った。
参加者 | |
---|---|
ゼレフ・スティガル(雲・e00179) |
烏夜小路・華檻(一夜の夢・e00420) |
シィラ・シェルヴィー(白銀令嬢・e03490) |
東雲・苺(ドワーフの自宅警備員・e03771) |
レスター・ヴェルナッザ(凪の狂閃・e11206) |
一之瀬・瑛華(ガンスリンガーレディ・e12053) |
スピノザ・リンハート(忠誠と復讐を弾丸に秘め・e21678) |
セリア・ディヴィニティ(忘却の蒼・e24288) |
●
何度見上げても、見知らぬ星。
「……そんな、甘い話は無かったわね」
星の大海を渡れば、何かを思い出せるかもしれない。
無いと判っていてなお期待した自分にほろ苦いものを感じながら、セリア・ディヴィニティ(忘却の蒼・e24288)は身体をプラブータの大地に横たえる。彼女の意思を超え、急速に襲い掛かる疲労。
数日とは言え、異星の旅は過酷だ。見なかった事にして欲しい、なんて恥じらいも追いつかない程に。
「随分遠くへと来ましたわね。未だ糸は繋がっていますけれど……」
指先から伸びる細い糸は、彼女らの故郷へと繋がる命綱。まるでその強度を試すかのように指を引いて見せた烏夜小路・華檻(一夜の夢・e00420)は、寝息を立てるセリアを見て柔らかく微笑んだ。
「身体が冷えてしまいますわ」
芯から熱を奪うかのようなプラブータの夜気。華檻は野営道具から毛布を取り出し、そっとセリアを包み込んだ。
「ううん、でも、宇宙はやっぱりいい事ばかりじゃないのかな」
ゲートをくぐってしばらくは天真爛漫にはしゃいでいた――実は一行の最年長ではあるが――東雲・苺(ドワーフの自宅警備員・e03771)も、流石に疲れを隠せてはいない。
「オウガさん達が暮らしてて、観光で来れたりしたかもしれないのに」
苺が嘆くのも無理はない。彼女らの道行の多くは、延々と広がる赤茶けひび割れた大地であった。観光どころではない。オウガ達が生活していたとは思えない程、その光景は荒涼としている。
「おそらくは、あのオグン・ソード・ミリシャが大地の生命力を吸い尽くしたのでしょう」
淡い笑みを浮かべて応えたのはシィラ・シェルヴィー(白銀令嬢・e03490)。確かに、植物に近い見かけを信じるならば、荒野を好むというよりは、大地の力――グラビティを吸い上げて荒野にするという方が納得できよう。
「それほど強いとは思いませんでしたが……」
そう言いかけて、シィラは口を閉じる。強くないと思えるのは、彼女らがデウスエクスに死を齎すケルベロスだからと気づいて。
アイテムポケットに収納した、少なくない数のコギトエルゴスム。勇敢に戦い続けたであろう彼らの熱を――ほんの少し、羨ましくも感じるのだ。
「居たぜ。三倍くらいはあるデカい奴に、取り巻きが三匹ってところか」
身を隠す風を纏い、一人斥候に出ていたスピノザ・リンハート(忠誠と復讐を弾丸に秘め・e21678)が、今夜のキャンプである窪地に身を滑らせる。
「ご苦労さん。……よく見つからねぇもんだ」
おれには無理だ、と迎えたレスター・ヴェルナッザ(凪の狂閃・e11206)の口調は、普段よりも幾分か柔らかい。共に旅し鍋を囲むのも存外に悪くない、というところか。
「仕事柄、隠密行動には慣れてるのさ」
流石に地球の外ではした事ねーけどな、と軽口を叩くスピノザに、違いない、とレスターも珍しく唇を歪ませる。
「しかし、三倍まで育ったって事は、そこまで戦ったオウガが居たんだよな」
「勝ち目もねえのに挑んで、力尽きたのさ。救いようがねえな、オウガってのは」
そう続けた竜人の戦士に、紅眼の青年は面白そうな目を向ける。咎めなかったのは、その声に侮蔑ではなく親近感こそが色濃く滲んでいたからだろう。推し量られたのに気付いたか、鼻を鳴らすレスター。
「……だからこそ救う気にもなる」
「そうだな。オウガ達を助けて……いつか、この星も取り戻せればいいんだけどな」
そんなやり取りを聞き流しながら、ゼレフ・スティガル(雲・e00179)は手製の地図を広げる。地図とはいっても、見渡す限りの荒野。方角と歩数、それに窪みの様なポイントと戦闘記録程度で、まるで航海図の有様ではあるのだが。
(「此処は、嘗ての地球みたいなものだ」)
目線は地図に落としてはいたものの、その思考は仲間の会話を追いかける。
(「オウガ達は、いつかの地球人――僕らと同じなんだろう」)
だからこそ、助けたいと思うのは同じ。過去、幾つかの種族が地球人と肩を並べてくれたように。
「――なんて、感傷かな」
「あら、懐かしい気持ちになりました?」
背後からかけられる声。同時に、細い指がぽんぽん、とゼレフの髪を撫でる。振り返れば、悪戯げな一之瀬・瑛華(ガンスリンガーレディ・e12053)の笑みが視界に飛び込んで。
「……そうだね、流石に今も昔も気が滅入る行軍だけれど」
彼女の勘違いには気づいていた。けれど、その笑顔が随分幼く――本来の年相応に見えて、だからゼレフは、過去の戦場を思い出していた振りをしてみせる。
「見知らぬ地の行軍ほど、疲労が溜まる作業はありませんから」
自身も少年兵時代に山岳戦を経験している瑛華は、それを疑いもせずに頷いて。
「まぁ、狂気に取り込まれぬよう気をつけましょうか」
遠くには、微かにあの声が聞こえている。
いあ、いあ――。
●
払暁。
眷属の群れへの強襲は、爆ぜる業火によってその幕を開けた。
(「生きたかったのだろう、さ」)
捻じくれた大剣に動脈の如く走る焔の筋。噴き出す業炎を、ゼレフは腕にまで纏わせ一本の得物と成した。
ちらり視線を走らせれば、無造作に地面に撒かれた宝玉。戦いを挑んだオウガ達の成れの果て。
「なら、その手は掴んでやらないとね」
燃え盛る剣を、小さな個体へと叩きつける。護る様に伸ばされた触手が、じゅっと音を立てて消し飛んだ。
「やっちゃうよー!」
派手に燃え盛る僚友を目晦ましに、小柄な影が飛び掛かる。全身にオーラを展開した苺の華奢な拳が眷属に向けられ。
大地をも割り砕く一撃が、邪なる大樹の幹に亀裂を生んだ。
そも、自宅警備員である彼女が、地域を、日本を、或いは地球を守るのは当然だ。だが、この見知らぬ星で――苺は何を護り、何が為に戦うのか。
その答えは、彼女の華やいだ声にあった。
「楽しい事大好きだよっ。オウガさんも一緒なら、もっと楽しいでしょ?」
「――喰えねぇ婆さんだ」
突如背後で膨れ上がる怒気を置き去りにして、レスターが疾る。右の腕より漏れ出す銀炎は、夜明けの暗がりで讃美歌を口ずさむ眷属どもを完膚なきまでに照らし出す。
「まず一匹、仕留める!」
やがて白金の焔は腕を伝い剣先へと至る。竜骨を削り出した大剣は、刃は毀れども叩き斬る重さに変わりなし。そして、それが地獄の炎の力を得るならば、一頭の竜と化して哀れなる得物へと牙を剥くのだ。
手応え。破砕。そして、湧き上がる高揚。いつからか感じていた、流れる血への昂りとは異なる感情に、どこかレスターはむず痒さを覚え。
次の瞬間、彼方を鋭く一瞥し、大剣を立てるように構えた。鈍い衝撃が彼を襲い、地面へと叩き伏せる。
それは、七メートルに及ばんとする魔樹の太い触手が、鞭の如く振るわれた結果。
「――レスターさん!」
僅かに焦りを滲ませて、けれどシィラは為すべき事を迷わなかった。彼女が刻むステップは優美に弾み、妖精の魔力を求め舞う。
空間に舞い散る癒しの花弁。降り注ぐ彩の雨が、レスターの痛みを和らげていく。
(「ですが、これは……」)
彼女もまた銃士であり、癒し手たれども引鉄を引く意志はある。並の敵であればそれで良かった。
だが違う。あれは、別物だ。
油断すれば、仲間が死ぬ。
「――支えてみせます」
だから、そう誓った。自分に。穢したくない何かに。
「悦楽と欲望なら歓迎ですのに、狂気と惑乱ばかりですのね?」
乱れ飛ぶ触手と種子の弾丸。神経を掻く呪詛の聖句。その只中を意外と身軽に飛び回る華檻。
彼女が地を蹴るたび、黄緑に染められたオーガンジーの向こうに透けるしなやかな脚が、ぐ、と張り詰める。
「なら、早くオウガの皆様を返して頂きますわ。せめて半分だけでも」
どんな半分なのかは言うまでもないとばかりに、奪還者の娘は大きく距離を詰めた。
半ばむき出しにした半身、細い両腕の先には、華檻の印象からは遥かに遠い大鋏。素早く見定めた一点を、巨大な爪で抉り取る。
「さて、最善手なのかは知らないが」
知らない空、知らない敵。それでもこの数日戦い続けて、スピノザはこの眷属の凡その力量は掴んでいる。既に乱戦と化した前線から、彼は軽やかに抜けだして。
「まずは、こいつで決めようか。……景気良く燃えろよ?」
すらり抜き放つ二丁拳銃。両手に構えたそれを、指先でくるりと回し――再び彼は妖魔とケルベロスが激突する只中へと身を躍らせる。
ふわり、シィラの舞にも似たステップ。軽やかに刻む足音とペアを組むかのように、異境の夜明けに響く銃声。二丁の凶器がスピノザの一足毎に咆哮し、全方位に銃火を撒き散らす。
「早めに減らしておくべきでしょうね」
一方、三人目のガンナーたる瑛華は、僚友程に派手な動きはしていない。ただ、呪詛と轟音の入り混じる戦場で、彼女の周囲だけが奇妙に静かだった。
「……逃がさない。この星の、何処にも」
ほっそりとした左腕を眼前に伸べた。白い肌が淡く輝いていく。いや、輝いているのは腕に巻き付くように現れた鎖だ。
装飾の様に華奢なそれを音もなく放ち、既に深く傷ついた眷属、その触手の悉くを絡め捕り、縛り上げ。
そうして丸裸になった眷属の『芯』を狙う、瑛華の銃。
「……ばんっ」
異郷に在ってさえ紅く塗られた指先に力が籠められ――瞬く間に、四散する眷属。
だが、次の瞬間。
「危ないっ!」
瑛華を狙った大型の太い枝を、割って入ったセリアの得物が叩き落した。そのまま強引に狙いをつけ、バスターライフルを解き放つ。
殺到する冷気の奔流は、大型眷属の触手の一部を氷の結晶に閉じ込めて。
「この身は、守る為の盾ですもの。そう簡単には傷つけさせない」
きっ、と睨みつける。
うぞうぞと蠢く触手は時に吐き気を齎す醜怪さを感じさせる。けれど、最期の一瞬まで勇敢であった魂に負けぬ戦いをしようと、セリアは決めていた。
●
「コギトエルゴスム、持っているならちゃんと出して貰うよ」
横に四閃、縦に五斬。瞬く間に振るわれたゼレフのナイフが、鋸歯を使うまでもなく樹木の如き小型眷属を切れ端に変えた。
「さて、分割返済の一環、って事でお願いできるかな?」
悪戯っぽく問いかけた先は、その眷属が狙おうとしていたレスターだ。もっとも、そのレスターは横目で友人を睨んで。
「地獄も奈落もこんなもんじゃない、しっかりしろ!」
「錯乱扱いとは酷い!」
思わず叫んだゼレフだが、それが照れ隠しに近いものだと判っている。――彼が借りを返しはしても、貸しているつもりなどないのだという事も。
もっとも、レスターの側はそこまでの感傷に浸る余裕はない。彼が対峙し、その攻撃を引き受けるのは、遥か見上げる程に育った格違いの魔樹なのだから。
ふん、と眼前の妖をねめつけ。
銀炎を帯びる竜骨の大剣を、大きく振りかぶる。
「おおおおおっ!」
ぐん、と。
真っ向から叩きつけた無風の剣は、つんざくような破砕音を上げ、眷属の胴を縦一文字に刻みつける。それは、決して退かぬと決めた戦士の覚悟の雄叫びにも似て。
「素晴らしいお覚悟、ですわね」
そっと進み出た華檻の姿は、彼とは対照的なたおやかの極み。けれど、少し垂れ気味の目に宿した熱情は、決してかの純粋戦士に劣るものではない。
「わたくしも、気合が入っておりますわ」
迎え撃つは触手と種子の剣林弾雨。だが彼女は、ちらとセリアへ視線を送るや否や、軽々と戦場を潜り抜け、大胆にも魔樹の幹へと取りついてみせる。
「さあ、わたくしと楽しい事……致しましょう?」
窪みに腕をかけて抱き締めるように密着し、捩じ切るかのように力をかける華檻。びしり、と幹にひびを入れ、絡み合う触手のいくつかを千切り取って。
「そこを離れて、華檻」
彼女が魔樹と戯れている間にバスターライフルを展開していたセリアが合図を送る。十分に時間を稼いだと知り、ウィンク一つ、後方へと下がる年上の少女。
「私の魔力を吸い、力を貸しなさい。――此の手に宿るは氷精の一矢」
目礼を投げ、そして構えるセリア。砲門には、科学ではなく魔道のエネルギーが充満し、いまや遅しと放たれるのを待っている。
「さあ、射ち穿て」
蒼炎の瞳が照準を得、そして魔力を開放する。一本。二本。……そして、無数に。大量の細いビームが撃ち出され、その多くが触手を動かぬオブジェへと変えていった。
「……く、うぅ」
この惑乱の戦場で、狂気は少しずつ忍び寄る。邪神の呪詛に囚われたのは、硬質の表情に感情を隠すシィラだった。銃を構える手が、小刻みに揺れて。
「抗いなさい。あなたに望む何かがあるのなら」
時折見せる怜悧さとはまた違う厳しさ。言葉を紡ぐ瑛華の唇は、血の気の引いたシィラのそれとは比べ物にならぬほど紅く。
「抗いなさい。あなたに貫く何かがあるのなら――支えるのでしょう?」
実のところ、瑛華にとってその台詞は、例えば相棒ならば、言葉も荒くこう言うだろう、と考えたに過ぎないものだ。
だが、その言葉はシィラを抉った。揺るがぬ自分という存在など、何処にも居ないと知っているが故に。
――或いは、そう思い込んだままである故に。
しかし。
「……失礼しました。朽ちれば只の枯葉ですね」
「ええ、そういう事でしょう」
落ち着いた返答を聞き届け、影の刃を手にした静謐なる麗人は向かい来る触手を切り払い、本体へと迫る。それを援護すべく、白銀の少女は愛銃を構えた。
「それでは、鉛の弾にてご挨拶を」
銃声の数と同じだけ、太い触手が弾け飛ぶ。
今は自らを証すため、歩みを止めるまいと――そう、決めていた。
「あはは、どうにか落ち着いたかなー」
一方、そんな二人を好ましげに見やりながら、苺もまた眷属へと攻勢をかける。
もはやこの巨大なる魔樹を人間の負傷と同じ概念で語るのは難しい。だが、既に限界が近かろう、とは予想出来ていた。
「いくよマカロン、全力攻撃だー」
オーラを纏い、勢いをつけて回転しながら体当たりを仕掛ける苺。同時に、眼鏡をかけた白いボクスドラゴンが甲高い声を上げ、主人を真似るかのように体当たりして。
ドワーフの秘技に竜の力が合わさり、幹を折り飛ばすかのような衝撃を生み出すのだ。
そして。
「切り札ってのは、ここぞって所で切るもんだろう?」
苦し紛れに放たれた触手を前方ステップで難なく避けて、スピノザもまた魔樹の幹へと肉薄する。二丁拳銃の得意とする距離から更に前進する事を眷属は予想していなかったか、迎撃は僅かに遅れた。
「だから、手の内は隠しておくものなのさ」
右の一丁を内ポケットに滑らせ、空いた掌をぬめりとした幹に軽く当てる。
それだけで、十分だった。
「――吹っ飛べ!」
スピノザの掌から流れ込んだ螺旋の力が、魔樹の幹を爆ぜさせるには――。
この戦いを最後に、彼ら八人と一匹はゲートへと帰還する。
その手に、未来の仲間達を携えて。
作者:弓月可染 |
重傷:なし 死亡:なし 暴走:なし |
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種類:
公開:2018年2月20日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
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得票:格好よかった 7/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 4
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