オグン・ソード・ミリシャ~プラブータ・ウォーズ

作者:絲上ゆいこ

●少し前、オウガの主星『プラブータ』
「はは、凄いなぁ」
 引き締まった腹筋の上に乗った大きな胸を揺らし、鉄棍棒を片手に彼女は笑う。
「いや全く、でも。――もう終わりだ!」
 応じ、ニヒルに笑った男が一気に踏み込む。
 長い時間戦っていたのであろう。
 満身創痍で武器を構える、黄金の角を生やした8人の戦士たち。
 地球風に言えば、コードネーム『デウスエクス・プラブータ』――オウガたちの戦士だ。
 対峙するのは、見ているだけで正気を失いそうな冒涜的で宇宙の狂気を濃縮したかのようなおぞましき姿。
『みりしゃ みあ おぐん そーど ぬい くるうるく!』
 オグン・ソード・ミリシャと呼ばれる巨大な触手。その大きさは、ざっと40m程はあろうか。
「何言ってるのか、解かんない、よっ!」
 合わせ、突っ込んだ戦士たちはその馬鹿馬鹿しいまでの腕力で触手を叩き潰す、磨り潰す、捻り潰す。
 念入りに、念入りに、もう復活しないように。
「おっ、終わりかな?」
「いえーい」
 動かなくなったオグン・ソード・ミリシャの上で勝利に掌を合わせて喜ぶ戦士たち。
「しっかしいくら復活すると言ったって、ここまで倒し尽しゃあ問題ねぇなァ」
「――おい、後ろ!」
『みりしゃ みあ おぐん そーど ぬい くるうるく!』
 粘着質な音を響かせ、潰れきったオグン・ソード・ミリシャの死体から触手が捻くれ伸び。鞭のようにしなった触手が戦士の一人を貫いた。
 一瞬でコギトエルゴスムと化す彼。
 こつんと宝石が地を転がり、戦士たちは――。
「おいおい……、アレだけ潰しても復活するのかよ……。さっきよりデカくなってるし、……強くなっていそうだな」
 呆然と呟くオウガの戦士。
 ああ、これは、これは。
「……ははっ、ははは! 面白い、面白いな! 強者を倒すチャンスだ! 行くぞ!」
「おお! 何度復活するか試してやろうか」
 幾度でも強者と戦える喜びに、武器を振るう楽しみに。
 仲間が倒れ、自ら達も傷だらけだと言うのに喜色が浮かんだ声音で笑う戦士達。
『みあ みあ おぐん そーど! みあ みあ おぐん そーど!』
 仲間達が次々にコギトエルゴスムと化して行くが、戦いを止めようとする者は誰も居ない。
 一回り巨大化した触手に、喜々として彼らは立ち向かって行く。

●オウガの女神・ラクシュミ
「ステイン・カツオ(剛拳・e04948)クンが予期していて、ちょっと調べていたンだが……。クルウルク勢力がオウガの主星『プラブータ』を襲撃して、オウガの戦士達が蹂躙されちまったようなんだ」
 集まったケルベロス達の前で、レプス・リエヴルラパン(レプリカントのヘリオライダー・en0131)は話し出す。
「で、この前の岡山県の件、オウガ遭遇戦で現れたオウガ達はその襲撃から逃れて地球に来ていたようなんだ。……あー、なんだその。続きはVTRでご確認下さい」
 頭を少し掻いたレプスは掌を広げ、片目を瞑る。

 立体映像に映し出されたのは、黄金の角をいくつも生やしたオウガの女神、ラクシュミの姿だ。
「こんにちは、ラクシュミです。このたび、定命化によってケルベロスとなる事ができたので、皆さんの仲間になる事ができました」
 いいや、既に元オウガの女神のようだ。
「オウガの女神としての、強大な力は失ってしまいましたが、これからまた、成長して強くなる事が出来ると思うと、とてもワクワクしています」
 彼女は遠足の前の日みたいなテンションでなかなか凄い事をさらっと楽しそうに言うと、更に言葉を紡ぐ。
「オウガ種族は戦闘を繰り返し成長限界に達していた戦士も多かったですので、ケルベロスになる事ができれば、きっと、私と同じように感じてくれる事でしょう。皆さんに確保して頂いた、コギトエルゴスム化したオウガも、復活すればケルベロスになるのは確実だと思います」
 ぐぐっと拳を握りしめるラクシュミ。
「ここからが本題なのですが、オウガの主星だったプラブータは、邪神クルウルクの眷属である『オグン・ソード・ミリシャ』に蹂躙されて、全てのオウガ達がコギトエルゴスム化させられてしまいました」
 つまり。今、彼らの星にはオウガ達は存在しないと言う事のようだ。
 ラクシュミは一瞬言葉を切ってから、言葉を次ぐ。
「オグン・ソード・ミリシャの戦闘力は、初期時点ではそれほど高くないのですが、『撃破されると周囲のグラビティ・チェインを奪い、より強力な姿で再生する』という能力を持つ為、オウガの戦士にとって致命的に相性の悪い敵だったのです」
 うんうん、と頷く彼女。
「とにかく殴って倒す。再生しても殴って倒す。より強くなっても殴って倒す……を繰り返した結果、地球に脱出したオウガ以外のオウガは全て敗北してコギトエルゴスム化してしまったのですから。地球に脱出したオウガも、逃走したわけではなく、オグン・ソード・ミリシャにグラビティ・チェインを略奪された為に飢餓状態となり理性を失い、食欲に導かれるまま地球にやってきたのです」
 少しだけ眉尻を下げ、ラクシュミは前を真っ直ぐに見据えて。
「彼らも、理性さえ残っていれば、最後まで戦い続けて、コギトエルゴスム化した事でしょう」
 それはオウガ達の性分。
 戦いに愚直とも言えるその行為を、彼女はただ事実として告げる。
「このように、オウガとオグン・ソード・ミリシャの相性は最悪でしたが、ケルベロスとオグン・ソード・ミリシャの相性は最高に良いものになっています。ケルベロスの攻撃で撃破されたオグン・ソード・ミリシャは、再生する事も出来ずに消滅してしまうのです」
 定命化によって新たにケルベロスと成ったラクシュミは、にっこりと微笑んだ。
「オウガの戦士との戦いで強大化した、オグン・ソード・ミリシャも、今頃は力を失って元の姿に戻っていると思います。オウガのゲートが、岡山県の巨石遺跡に隠されている事も判明しましたので、一緒にプラブータに向かいましょう」
 ぺこりと頭を下げるラクシュミ。

 そこで立体映像を止めたレプスは、ケルベロス達を見渡した。
「と、言う訳なんだ」
 やや圧倒された様にレプスは言い、立体映像を切り替えた。
「ラクシュミクンがケルベロスになれたように、コギトエルゴスム化しているオウガ達がケルベロスになる可能性は高い。つまり――この戦いはコードネーム『デウスエクス・プラブータ』を救う作戦では無い。お前たちの仲間として、ケルベロスを救出する戦いになるだろうな」
 切り替わった映像は『オグン・ソード・ミリシャ』のイラストである。
 それは、邪神クルウルク勢力の冒涜的でおぞましき触手だ。
「プラブータを制圧しているコイツらの多くは、2m程の大きさに戻っている。……ただし、こいつらを眺め続けると、お前たちケルベロスでも狂気に魅入られて、軽い錯乱状態になる事があるかもしれない。戦闘にゃ影響は無いだろうが、変な事をしちまうかもな」
 その場合はフォローしあってくれよな、とレプスは付け足した。
「攻性植物に近い戦闘方法でオグン・ソード・ミリシャは戦うようだが、今回は探索をお願いするからなァ。基本は2m級だが、中には、3~4m級や最大7m級のオグン・ソード・ミリシャも遭遇する可能性は十分にある。……小さいヤツは強くはないが、巨大なヤツは勿論その分強敵だ。気をつけてくれよな」
 一通り説明を終えて言葉を切ると、立体映像を閉じるレプス。
「ま、プラブータを放置して、それを足がかりに邪神を復活させられても堪ったものじゃないしなァ。それに、新しい仲間たちを救って迎えに行けるのはお前達だけだ。頼んだぜ、ケルベロスクン達」
 そういって笑う彼の瞳に浮かぶのは、信頼の色。
 ケルベロス達が困難を跳ね除ける力を持っていると、レプスは知っているのだ。


参加者
ドールィ・ガモウ(焦脚の業・e03847)
チェリー・ブロッサム(桜花爛漫・e17323)
霧城・ちさ(夢見るお嬢様・e18388)
ファルゼン・ヴァルキュリア(輝盾のビトレイアー・e24308)
アンナ・トーデストリープ(煌剣の門・e24510)
クリームヒルト・フィムブルヴェト(輝盾の空中要塞騎士・e24545)
ピヨリ・コットンハート(ぴょこぴょん・e28330)
プラン・クラリス(愛玩の紫水晶・e28432)

■リプレイ


 オグン・ソード・ミリシャによってグラビティを略奪された大地に、アリアドネの糸がまっすぐに伸びる。
 割れた地面には過去は緑が広がっていたのであろう、残骸が朽ち果てた風化した砂と化して転がっていた。
 オウガ達の戦闘跡を追って行くと、荒野以外の場所にはオグンソード・ミリシャは存在せず。コギトエルゴスムも落ちていない。
 結局コギトエルゴスムを集め歩くケルベロス達は、延々と見晴らしの良い荒野を進んでいた。
「お」
「むむむ、いますね」
 上手に棘を避けてドールィ・ガモウ(焦脚の業・e03847)の肩の上に居座り。
 周りを観察していたピヨリ・コットンハート(ぴょこぴょん・e28330)がいつもの表情で呟いた。
「そうだな、……結構多いな」
 その横で双眼鏡を覗いたファルゼン・ヴァルキュリア(輝盾のビトレイアー・e24308)が頷く。
「大きいのが1匹に、小さいのが、ひー、ふー……、3匹ですわね」
「足元にゃバッチリコギト玉が転がってるみてェだし、戦闘は避けられねェか」
 ウイングキャットのエクレアを肩に載せた、霧城・ちさ(夢見るお嬢様・e18388)が遠くに見える敵を指折り数え。
 ドールィは瞳を細めてピヨリを地に降ろす。
「多いねー! まだ見つかっていないみたいだし、小さい敵からさくっと行っちゃおっ!」
 桜色のウサギの耳を揺らして、チェリー・ブロッサム(桜花爛漫・e17323)が皆ににぱっと笑いかける。
「うん、陽が沈む前に倒しちゃいたいしね」
 頷きながら、プラン・クラリス(愛玩の紫水晶・e28432)は黒革のブーツ具合を確かめる様に地を踏み。
「了解でありますっ」
 クリームヒルト・フィムブルヴェト(輝盾の空中要塞騎士・e24545)と、そのテレビウムのフリズスキャールヴがぴしっと返事をした。
「まぁ。何だか遠くからでも、眺めていると変な気持ちに……」
 わざとらしく熱っぽい声音で、アンナ・トーデストリープ(煌剣の門・e24510)がクリームヒルトにしなだれかかってその手を伸ばす。
「な、何をするでありますかっ!」
 批難も何のその。掌がするするとクリームヒルトの体を滑り――。
「うん、もっと変な気持ちにしよう」
 背後から近寄ったファルゼンはアンナの兜を両手で掴み、左右にシェイクした。
 がこがこ。がこがこ。
「うふふ、頭がシェイクされて、待っ、あっ……あっ」
 どこか楽しそうなアンナに、ボクスドラゴンのフレイヤは肩を竦める。
「仲良しさんたちー! 日が暮れる前に行くよーっ!」
 桜の花弁のオーラが舞い、甘い香りが漂う。
 ウサギの耳をぴょんと跳ねさせて、一気に敵群へと踏み込んだチェリー。
「ボク、一番乗りっ! さあさあ、ばちばちっと光るショータイムをご覧あれ!」
 勢い余って予定とは違う攻撃をした気もするけれど、ソコはノリと攻撃力でカバーだ。
『みりしゃ かるする ぷらぶーた なうぐりふ!』
 弾けた雷光がオグン・ソード・ミリシャ達を貫き。
 一際大きな個体を守る様に、小さなオグン・ソード・ミリシャ達が前へと固まった。
 同時に冒涜的な触手が、鞭の様に撓る。
 割り込む様に間に飛び込んだドールィが、その鍛え上げられた腕を横に薙ぐ形で受けた。
「おいおい、本当にデケェじゃねェか」
 ギリ、と触手に囚えられ、腕を引くドールィ。
 桃色の髪が跳ねた。
「こちらはレプスさまの仰っていた最大級でしょうか」
 ちさの刃めいた蹴りが、ドールィの腕を絡め取った触手を引き千切り。
「みてェだな。――オラッ、その不気味な歯ァ、喰いしばれェ!」
 引き千切られた事で緩んだ触手の先を、逆に引き寄せる様にひっつかんだドールィ。
 脚の地獄より火花を散らして。2m程の敵をボールの様に蹴り上げ、ぐるんとその場で宙を跳ね飛んだ。
 エクレアが猫の爪で追撃を重ねるその横で、ちさは用心深く身を低く構え直す。
「気を引き締めたほうが良さそうですわね!」
「おー」
 ピヨリがピヨコをぎゅっと抱きしめ直し、マイペースな鬨の声をあげた。


『おぐん そーど ほろわろ りむがんと みりしゃ なうぐりふ!』
 小さなオグン・ソード・ミリシャ達より、槍の雨の如く降り注ぐおぞましき触手。
「はぁっ! ファルゼン様、アンナ様、頼んだでありますっ!」
 巨大な盾を構えたクリームヒルトが、触手の雨を押し止めながら。勢いを横へとずらす様に力を籠める。
 無理やり作った流れの先で待ち構えるのは。
 地獄の炎を纏った那羅延金剛を構えたファルゼンと、既に踏み出しながら尸剣ムリエルを突き出したアンナだ。
「ファルゼン。うふふ、一気に決めちゃうわよ」
「取り零すなよ、アンナ・トーデストリープ」
 ファルゼンが呼気を漏らすと、円を描く形で炎の軌道が刃と共に走る。
 触手の雨が千切れ斬り開かれ、ファルゼンが身を低くステップを踏んだ。
「――永劫の時、来たれり」
 彼女の背より飛び出し迫るのはアンナだ。
 零れるオーラは、世界を侵食する。
 それは灰に色褪せた、静寂の世界。
「死出の門、開門」
 一閃。
 アンナに貫かれた敵はぐしゃりと潰れて、体液を吐き出しながら沈黙する。
 残る2m級は2体だ。
 グラビティがプランの体を纏い、揺れる紫の瞳が真っ直ぐに敵を見据える。
 白い肌はより白く、その身を雪と氷に変えて。
「植物みたいだし寒いのは苦手かな?」
 数多の騎士を従える女王となる。
「ほろびよ」
 プランが首を傾ぎ、ピヨリが真顔でピヨコを投げつけた。
 グラビティが渦巻き氷の女王と化したプランの号令で、氷の騎士達は愚かな敵対者を掃討せんと敵へと殺到する。
 その最中に投げつけられる、爆発寸前にピヨコ。
 ピヨコも痛いが敵も痛い。
 ぴ、と涙目で帰ってきたピヨコを拾い上げようとして、ピヨリは見上げてしまった。
 巨大なオグン・ソード・ミリシャ。
 その姿を。
 どろりと零れ落ち滴る緑色の体液。
 おぞましき、冒涜的な触手が蠢く。
 揺れる果実めいた緑色は中から脈打ち、木の様にも見える触手は確かに生き物の艶めかしさを持っていた。
『みりしゃ みあ おぐん そーど ぬい くるうるく!』
 仲間が倒れようが様子は変わる事無く、蠢き吼える巨大なオグン・ソード・ミリシャ。
 ぐわ、と開かれた口から放たれた光線をフレイヤがその身で受け。
 フリズスキャールヴが回復を重ねている姿が、酷く非現実的に感じた。
 怖くはない、怖くは無い。
 しかし、何故か目を離す事ができない。
 ぞわぞわと、頭の奥が擽られるような――。
「――ピヨリさま!」
 腕の中が突然、熱く熱くなった。
 ちさの声。肩を叩かれた事に、は、と、ピヨリは思わず後ろに飛び退いた。
「はっ!」
 気がつけば腕の中でピヨコが随分と発熱しており、ついでに敵へとぶん投げる。
「ピヨリちゃん、大丈夫っ?」
 チェリーが桜花一門を構えた姿勢で、どこまでも真っ直ぐな赤い瞳でオグン・ソード・ミリシャと視線を交わしたまま尋ねた。
「は、はい……――あれが、狂気ですか」
 ぐわぐわとお腹の中の釜が沸騰するような感覚。
 ピヨリは表情を変えること無く、ふるふると左右に顔を振る。
「いけるか?」
「もちのろんです」
 ぶっきらぼうに言ったドールィに、今度はピヨリは力強く縦に首を振った。
「大丈夫なら、どんどん行くよーっ!」
 元気に明るく言ったチェリーは、一気に距離を詰めて踏み込む。
 妖刀の刃は容易く敵を貫き。仲間のお返しとばかりに流し込むのは、自らの妖刀の持つ呪詛だ。
「えーいっ」
 ぶわ、と膨れ上がる小さなオグン・ソード・ミリシャの体。
 ――妖剣士は呪詛に耐性を持つ訳ではなく、強靭な精神で狂気を押さえ込んでいるに過ぎない。
 否、――本当に押さえ込めているのだろうか?
「よーしっ、後は大きなヤツだけだねっ!」
 びくんと大きく跳ね、動かなくなった敵から引き抜いた刃を空で払い。汚らわしい体液を地へと弾き飛ばすチェリー。
 彼女は只管明るく、健気な表情で笑った。


 プラブータ唯一の衛星がまるで地球の月の様に輝き。
 地球とは配置の違う星空が、薄っすらと空を彩りだす。
 ケルベロス達も傷ついてはいる。
 しかし。
 本来ならば、幾ら潰されても復活する身なのだ。
 回復を持つ必要すら無かった巨大なオグン・ソード・ミリシャは、ケルベロス達以上に傷ついていた。
 吹き出す体液はケルベロス達の体を汚し、地に落ちた触手は無数の障害物と化している。
 この個体の癖なのだろう、暴れる前の身震いをオグン・ソード・ミリシャが行い――。
「やらせるかッ!」
 暴れ蠢いた触手と組み合い、ドールィの纏った地獄の赤い炎が一際大きく燃えた。
『みりしゃ みあ おぐん そーど ぬい くるうるく!』
 そのままうっとおしそうに体を捩った敵の攻撃が、彼に叩き込まれ。
「……フンッ!」
 両手を交わしてガードとしたドールィの体が、そのままの勢いで触手に叩きつけられながら後方へと引きずられる。
 地獄の炎の足先が、火花を散らして轍を生み。
 彼の鮫肌のような皮膚も敵の触手を傷つけ、穢らわしい体液が溢れ零れる。
「これを食べてもうちょっとがんばりましょう、ふぁいとですの!」
「おう、受け取ったぜ」
 ちさの投げつけたコンビニおにぎりを、ドールィは大口を開いて受け止め。
 そのままぺろりと平らげてしまう。
 癒やしの力が彼の体を漲り。その彼の背に、とん、と手を当てて。
 馬跳びの要領でプランが跳ねた。
「踏んであげる」
 羽根の様に軽く跳ねる彼女の足先は、流星を纏い。
「悦んでいいよ」
 白い髪が空に靡いて、プランは口元を笑みに歪めた。
 黒革のブーツでオグン・ソード・ミリシャの身を捻り蹴り。
 離れようとした彼女を、脚を一本の触手が追う。
「じっとしてて欲しいなっ!」
 チェリーが素早く古代語の詠唱を行い。
 放たれた魔法の光線は、ガードを固める事すら知らぬオグン・ソード・ミリシャの触手を直撃する。
「そろそろ楽しい時間も終わりのようね」
 触手と戯れる女の子を眺められる楽しい楽しい戦闘時間も、もう終わり。
 また次の戦いまでお預けなのだから。その開いているのかいないのか解らない瞳で、しっかり光景を脳裏に焼き付けようとアンナは細く息を吐いた。
「いきましょう」
「了解でありますっ!」
 壁の名を持つ盾を構えて。
 触手を押し返しながら、アンナの声掛けに健気に応えてくれたのはクリームヒルトだ。
「ではそのまま、触手を抑えてくれ」
 狙うならば、あの口だろうか。
 那羅延金剛を肩に担ぐように構えたファルゼンが声を掛け、視線だけでアンナに促す。
 ぴん、と気がついた様にアンナは笑う。
「うふふ、うふふ、解ったわ」
 地を蹴り跳ねたアンナが、斧を蹴り上げる様に飛び。その瞬間ファルゼンが斧を振り抜いた。
 カタパルトめいた動き。ファルゼンの地獄の炎を纏った一撃が敵を裂き。
 勢いのついたアンナは、一直線に敵の口へと飛び込んで行く。
「――開門」
 世界を侵食するオーラ。
 貫く一閃は敵を突き破り。
『みあ みあ おぐん そーど! みあ みあ おぐん そーど!』
 揺れ、地を転がる巨大なオグン・ソード・ミリシャ。
「とどめであります!」
「とどめです」
 溢れた体液が乾いた地に広がる。
 ピヨリに投げつけられたピヨコと、クリームヒルトの縛霊手がその巨大な体を二つに切り裂いた。
「今日進めるのは、ここまでですわね」
 プラブータに訪れてから出会った敵の中でも一番巨大な敵を無事倒せた事に、ちさは胸を撫で下ろし。
「コギトエルゴスムを回収して、野営準備しましょう!」
 翼を広げたエクレアを抱きとめると、皆に癒やしを重ねて行く。
「その前にちょっと体を綺麗にしたいよね」
 ちさの掌を柔らかく取り、とん、とん、と二度撫でるプラン。
「まあ、ありがとうございますの!」
 桃色の髪と白髪が風に揺れる。
 惑星プラブータに訪れてから何度目かの夜。
 今日も少し肌寒い夜風が荒野に吹き始めていた。


「デウスエクスの感覚ってのは分からんが、このコギト玉を見てるとよ……。定命化してる俺達の方が異質なんだと思えてくるぜ」
 荒野に無造作に転がる、幾つもの宝石を拾い上げたドールィは囁く。
 コギトエルゴスム。
 ただの宝石にも見えるコレは、一つ一つに文字通り魂が篭った石だ。
 重力より解き放たれ不死性を備えたデウスエクスが、倒れた際に变化する宝石。
 重力に魂が引かれるが故に倒れた際はそのまま死を迎える。――寿命を持った自ら達。
「少なくとも今、この星ではな」
「……そうかも、しれませんわね。――少し休憩に致しませんこと?」
「ああ、そうだな」
 ドリンクバーで取り出した飲み物とバナナをドールィに差し出すちさ。
 ドールィは小さく肩を竦めてから、飲み物を受け取った。
「うふふ、うふふ……感じるわ。オウガの女の子が触手に蹂躙されて散ったのね」
 禍々しい鎧の掌の上で、コギトエルゴスムが弄ばれ転がる。
「綺麗なコギトエルゴスムの曲線、手触り……はぁ、気持ちいい」
 うっとりとした声音でアイテムポケットへ、丁寧にコギトエルゴスムを収納するアンナ。
「もう大丈夫、私が大切に大切にしてあげますからね」
 少し遠巻きにアンナを眺めるファルゼンとクリームヒルトは、敢えて彼女から視線を外したままであった。
「あれが男オウガのコギトエルゴスムの可能性もあるが、黙っておいたほうが良いのだろうな」
「今下手に声をかけると、被害が増大する可能性が高いのであります」
「では放っておいて、野営準備の手伝いをしよう」
「はいであります!」
 触らぬ神になんとやら。
「じゃあこっちのテントを広げておいてくれるかな」
「今日のご飯は何かなーっ」
 食事の準備をしていたプランとチェリーに近寄ると、早速仕事を振られた二人はコギトエルゴスム拾いをアンナに任せて、野営準備へと。
 その後ろをフレイヤとフリズスキャールヴもついて行く。
「お弁当も、バナナも沢山ありますわっ!」
「どうしてちさちゃんはそんなにバナナ推しなのかな?」
 チェリーの素朴な疑問の声。
「バナナ、私も好きだよ」
 おっとりと呟いたプランがバナナを剥いて、一口齧る。
 広がりだした星々。
 空を見上げたピヨリは、ピヨコを頭に呟いた。
「ついに宇宙進出したスペースピヨリ&ピヨコの冒険はまだまだ続くのでした」
「ぴ!」
 何処かに向かってびしりと決めるピヨリ。
「おう、ピヨリ。ジャーキー喰うか?」
「もちのろんですよ」
 ドールィに声を掛けられ、仲間の輪に戻ってゆく。
 たとえ地球の上で無くとも、ケルベロス達の日常は変わりはしない。
 新たな冒険に少しだけ心踊る事もあろう。
 逆に恐怖を、――狂気を覚えもしよう。
 しかし。
 オウガの皆が、新たな仲間となるのならば。
 未知の世界であろうとも、未来の仲間を護るために全力を尽くすだけだ。
 クリームヒルトはぎゅっと掌を握りしめて、空を見上げた。

作者:絲上ゆいこ 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2018年2月20日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 0/感動した 0/素敵だった 7/キャラが大事にされていた 1
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